∵ TAKA-AKI AZZLO WEB ∵

2015年10月28日

-読書感想- ファシリテーション入門 / 堀公俊

2015-7-21-01-42-15.jpg

-読書感想- ファシリテーション入門 / 堀公俊

2004/7/1発売。2015年7月の読書。

近年 "ワークショップ" とか流行りだが、ネットコミュニケーションの台頭によって "FACE to FACE によるコミュニケーション" が見直されているだけの事に感じている。

ワークショップの旨味を突き詰めて考えると、サロン的な事だと思うので、当然必要な事だとは思う。しかしサロンとの違いは "溜まり場" であるか否か、"白熱灯か否か" "酒があるか否か" だと思うw

溜まり場ではなく蛍光灯で酒もないワークショップには全く可能性がない、ただの労働履歴でしかないと思うw 故にこれらが欠落している分をファシリテーターが補う必要を感じている。

その点、2011年のad:tech tokyoで見た徳力基彦氏の場の作り方 には感動して、ちょっと憧れていたのだがw 徳力氏はその欠落している分を補えているし、"寸劇" にすら昇華出来る凄いスキルの持ち主だと思う。

要らんワークショップと徳力氏のような人の差異を確認する為に、この本を手に取った。


1:課題は、 「経営が逼迫するなかでコストのかさむ顧客の要望にどうやって応えるか」 というもので、双方が満足する解決策をチームで話し合ってみつける演習です。それに対して、さも当然のように 「要望の内容をアンケートで確かめる」 「顧客と企業の話し合いの場を持つ」 「顧客の声を盾に社長を説得する」 という珍回答が続出したのです。

「なにが悪いのだろうか?」 と不思議に思った人は、緊急入院して集中治療を受ける必要があります。

www。組織の多くの人は要入院だな。

アンケートは一次段階でしても良いと思うが、その結果は表層的な皮の部分なので、実がなんなのか考えないと意味ない。皮で分かる事は

"手足が4本" "茶・黒・灰のパターンがある" "歩くより走った方が速い"

とかでしかなくて、人間とも馬とも言える状態の事でしかないと思う。

要は顕在意識であって潜在意識はない。

2015-10-25-22-07-59-Edit.jpg

2015-10-25-22-17-50-Edit.jpg

2015-10-25-22-10-39-Edit.jpg

2015-4-07-21-47-55.jpg

顕在化している要望なんて、「それオレに求めるぅ?www」 な事だったり、しょせん無理難題だったりもする。それに全て対応しても売れるとは限らないし、むしろ売れない実例が多い。

「この言葉の裏の熱はこぉいう事かな? ・・・であれば僕らにはコレが出来るよな?」※今すぐ出来なくて良い。

的な分析で繋いでいかないと、マーケティングとは言えないと思うな。

2:たくさんの要因が複雑に絡み合う問題となると、関係する人々が力を合わせないと問題は解けません。

そのために考えだされたのが組織です。たくさんの人の知恵とエネルギーを合わせ、一緒になって問題解決を図ろうとするのです。そのためには、異なる意見を調整し、コンセンサスを生み出していかなければなりません。恊働によって、一人では対処できない大きな問題を解決していくのです。

おそらく組織の起源はそうではなくて、単純に処理力の為の集合であり、適材適所的な発想ではないと思う。

全てにおいて、数人における恊働があって、拡大として処理力を必要とし、コモディティ化への対応として、また新たに数人における恊働が起きる。常にその繰り返しだと思う。

今は全体的にコモディティ化の底と産業革命の境目だと思うので、協働 (新たに起こる事) 的な事が持て囃されつつ、ITによる処理力が既に担保されているだけに、恊働への信仰が強まっていると思える。

3:今まで一般市民は合意形成にほとんど関与できず、おカミ (行政や政治家) にお任せするしかありませんでした。しかも彼らは民主的とはほど遠いやり方で意思決定を進めてきたため、市民の知恵とエネルギーをつむいでいくノウハウが育っていないのです。

市民は、ただ利己的な不満を言うだけだったりして、ディスカッションが出来なかったりするからな。その点おカミは 最低限 "聞いてるフリ" は出来たりするw

4:リーダーのもっとも大切な役割は、組織の方向性を決めることです。複雑な環境に対して、組織が存在する意味 (ミッション) を明らかにし、組織が目指す目標 (ビジョン) とそこに至る道筋 (戦略) を指し示します。その上で、自らが望ましい行動の模範を示しながら、人をつくり組織を育てていきます。

以下の様なリーダー (偉いおっさん) はどうだろうか?

目標:儲かる
道筋:頑張る
模範:やってるフリ

AZZLOは仮に偉くなっても、こうはならない、その濃度は薄めだとは思うが、気を付けようと思うw

5:もはや、少数の人間が組織を率いていくのは難しく、たくさんの人々がそれぞれの持場でイニシアティブを発揮していかなければ動きません。上位の者が決定し、下位の者に動機づけや命令をするのではなく、一人ひとりがなすべきことを考え、関係する人々を巻き込み、その連鎖で組織全体を動かしていかなければなりません。環境変化のなかで、自分や組織の意味 (Why) を問い直し、自律的に行動するのです。

「それだと偉いおっさんの威厳が・・・」 みたいな声が世の中的にあるらしいが、そぉいうのは

"偉いおっさんの自尊心担保の為に組織を個人利用している"

と言えるしな。それで儲かるならまぁ別に良いと思うが、もうそぉいう時代ではないと思う。

6:今までのリーダーは、コンテンツにもプロセスにも強い指導力を発揮していました。それに対して、ファシリテーターは、コンテンツはメンバーに任せ、プロセスのみにイニシアティブを発揮します。いわば黒子 (演出家) 的なリーダーです。自分の意見を押し通すのではなく、メンバー一人ひとりがリーダーとなるように育て、多数のリーダーを合意によって束ねていきます。

テレビ番組の司会者とかそぉいう感じだもんな。田原総一朗は違うけども。

7:支援型リーダーは組織に一人とは限りません。組織の代表者が支援型リーダーとなってもよく、また代表者とは別に支援型リーダーがいても構いません。メンバー全員が支援型リーダーとなり、組織のハブやポータルとして活躍し、時と場合に応じて代わる代わるリーダーシップを発揮していくのが理想的な形です。

こういう話をすると、「これで組織が回るのか?」 と疑問に思う方が多いと思います。もちろん、組織が回っていくには条件があります。一つ目は、ミッション、ビジョン、バリューなど、組織としての大まかな方向性が共有されていることです。二つ目は、環境に対する認識が正しくなされ、それが組織のなかで一致していることです。三つ目は、メンバー間の相互理解が進んでいることです。この三つがそろえば、自律分散的に活動をしても、おのずと統一のとれた方向に組織は動いていくのです。

いわゆる "マネージャー" という事だと思う。

8:組織を取り巻く環境が大きく変化するときは強いリーダーシップが、安定的なときは緻密なマネジメントが、変化が絶え間なく起こるときはファシリテーションが適しているといわれています。今はまさにファシリテーションが力を発揮するときです。リーダーシップとマネジメントに偏った組織管理のあり方を大きく見直さなければならない時期に来ているのです。

あとリーダーシップとマネジメントも、今一度見直す必要があると思う。

リーダーシップ=虚勢
マネジメント=監視管理→懲罰

では、どの時代でも必要ないと思うw

9:相乗効果を発揮させるには、多様な考えを持った人々が、自由に安心して意見を交換できる場をつくるのが一番です。そのなかで、互いの考えを共感とともに理解させ、異なる知識や文化をぶつけ合わせます。そうして初めて、チームの良さを活かした斬新なアイデアや深い学習が生み出されていくのです。

コレと同じだな。

2014-10-25 23-06-49.jpg

2014-10-25 23-07-28.jpg

総中流で、同じような "理想の家庭" を目指す環境で育った人たちでつるむ一般的な組織では、当然起こる訳がないので、"ワークショップ" が魔法に思えるんだろうな。

10:このとき、戦略が優秀で納得性が高いのが一番よいのはいうまでもありません。意外なのは、戦略が優れていて納得性が低い場合より、戦略が多少まずくても、メンバーの納得性が高い方が、成功確率が高いのです。なぜなら成果を決めるのは、意思決定ではなく実行の良し悪しであり、メンバーが当事者意識 (オーナーシップ) を持って真剣に課題に打ち込むか否かが実行の良し悪しを決めるからです。

まぁコレだな。

2014-03-10 20-30-10.jpg

2014-08-30 00-40-33.jpg

2014-05-11 23-06-31.jpg

2015-3-22-11-31-18.jpg

11:組織で働く多くの人は、もっと自分の能力を発揮したいと願っています。これは管理する側も同じなのですが、全体の利益を優先するために、どうしても個人の自律性を抑圧する方向になりがちです。

そうなると個人の閉鎖感が増すようになり、組織の問題を自分の問題として感じられず、活動に身が入らなくなります。適当なところでお茶を濁したり、なんでも人のせいにして、傍観者的な態度になったりします。ひどい場合には、自分の問題すら自分のことと感じられず、人に責任を押し付けるようになります。

AZZLOにも半分当てはまるなぁw

12:クロスファンクショナル (部門横断的) なチームによる大きな組織変革やシステム開発では、ファシリテーションの巧拙によって、アウトプットが大きく左右されます。

某超ナショナルクライアントにて、国内・海外・広報部門を集めたMTGに参加した事があるが、"各部署がただ愚痴を言うだけの会" であったw

一つの会社内の部門では利害関係によって綱引きがあるので、ほとんどのケースでうまくいかないと思うな。

それよりも、社外とのディスカッションによって、多面的な考察と、それぞれの強みを認識して行動に移せる機会が必要だと思う。

そして、その機会は昼間に会議やMTGという形でセッティングしても、基本うまくいかず、双方の担当者は "タスク" となってしまい、やっているフリで終わる。

かっこ良く言うと "散らばっている同士が志を確認してチームとなる瞬間" が必要であるのだが、それは昼間の蛍光灯の元では絶対に起きない。歴史が証明しているし、AZZLOが見てきただけでも間違いないんだよな。

13:業務に関する知識が豊富なのにもかかわらず、意思決定の権限のないスタッフ管理職は、ファシリテーターに打ってつけの存在です。現場の知恵を引き出すのはもちろん、余剰感のある中高年に新たなやりがいを与えるのに大いに役立ちます。

酒に関する知識が豊富なのにもかかわらず、酔っぱらわないバーテンダーは、ファシリテーターに打ってつけの存在です。客の愚痴を引き出すのはもちろん、自慢したい中高年に上位者 (先輩) の意識を与えるのに大いに役立ちます。

と言い換えられるなw

14:社会的動物である人間は、人との関わりの中で学び、成長していきます。多様な個性と価値観を持った人々がぶつかり合い、活発な内省 (省察) と相互作用 (対話) を通じて、何を学ぶべきかを学んでいく。そんな 「学び合い」 の場を促進するのがファシリテーターの役目となります。

ほんとバーテンダーの事だと思うな。

15:これからの組織や社会では、多様な考え方を持つ人と恊働して問題解決できる能力が問われます。まさにOECD (経済協力開発機構) が学習到達度調査 (PISA) で求めているものです。そんな能力は、"管理" では育成できず、自らの学習を "支援" していくしかないのです。

その "支援" が、受ける側からすると "タスク" になりがちなんだよなぁ。"支援" 言うからには "こぉいう支援をしました" という労働疲弊履歴の担保が必要になりがちだし・・・。

2014-06-26 18-46-36.jpg

直接的な "支援" は、ただのおせっかいになるケースも多いので、こぉいう事であるし、最終的には

2014-06-26 18-50-34.jpg

"支援" というより "邪魔をしない" 事が必要な事だと思う。

16:ときどき勘違いする人がいるのですが、ファシリテーションは一部の専門家だけが持つスキルではありません。社会的なスキルのひとつであり、常に組織と関わって生きていく現代人であれば、誰もが持たなければならないものです。

組織に限らず、他者と接点を持つ人は、ケースバイケースで行っていると思う。

とは言え、「イイ歳してまったくその必然性にも気付いてないな・・・w」 という方々が存在するのも事実ではあるな。

17:ワークショップで 「場のデザイン」 といえば、会場選びから椅子や机の配置、さらにはチームのムードづくりなど、空間のデザイン全般を意味します。ここでは、このような物理的な空間を含めて、異なる人々が知識を共有しながら、新しい創造を生み出していく知覚的なスペースを 「場」 と呼び、そのデザインを考えていきます。

AZZLOが知る限り、それはクラブだw

2015-8-22-23-30-44.jpg

宇田川カフェとかを運営するLD&Kの大谷秀政氏がやってる事も同様だと思う。

18:「問題解決」 型プロセスを進める上でのポイントは、一つひとつのステップをきっちり消化して、合意を積み上げていくところにあります。消化不良のまま先に進んだり、ステップをひとつ飛ばしたりすると、必ずどこかでしっぺ返しをくらいます。組織による問題解決の失敗の多くはここにあり、全員の歩調を合わせることがなにより大切です。

そもそもだが、問題解決の前に、問題発見しないとグダグダなんだよな。

2014-11-27-22-16-20.jpg

組織でよくあるパターンだが

1:まず具体案の良し悪しを好みで精査する。

2:既にある具体案をボツにしたくないので、なんとなく有力具体案を否定はしないロジックで安堵感を得る。※問題発見しないまま、手段ユルフワ肯定の骨抜きロジックになる。

3:問題が分かっていない手段羅列なので達成出来る事がよくわからず、コンペで負ける。

こんな事ばかりな気がしている。もちろん具体案とロジックはどちらから初めても良いとは思うが、言うならば "鷹の目と蟻の目どちらにもピントが合う場所" を見つけなければならない と思う。

これは、複数人で同時進行では難しい。鷹の目的 (得意先のお買い上げ目線) である営業と、蟻の目 (具体案の魅力目線) であるスタッフの2人で、"ピントが合う場所" を見つける作業が必要だと思う。

鷹の目蟻の目は、

鷹の目:生活者の能動的行動を促す視点 (スタッフ)
蟻の目:それをどうマネタイズするか視点 (営業)

と考える事も出来る。どちらの意味も営業とスタッフが理解して尊重しない限り、得意先に真摯な提案は出来ないと思うな。

多くの場合は "代理店が売上に必死なだけの金乞い" にしか見えない。

19:どちらかといえば、会議では形式知を中心に知識が交換されていきます。ところが、その裏には膨大な暗黙知があり、そちらに個人や企業のノウハウが隠れていたりします。暗黙知もコミュニケーションしないとせっかく集まった意味がないのです。

この暗黙知って

2015-8-29-23-33-22.jpg

2014-08-02 15-18-18.jpg

要はネガティブな事であるケースも多いと思う。

少なくてもネガティブを明確化する事で、"ネガティブをやらない" という事だけでも大怪我はないハズ。

取り急ぎ進みやすい道を行くと、"進んだは進んだが、また同じ場所に戻ってた・・・" という事が起きやすい。

故に "あっちは草まみれだけど、行く価値はある" みたいな事を認識しないとだと思う。

20:意見の食い違いは大いに歓迎すべきものです。しかしながら食い違いを協調的に議論できなければ、せっかくの多様な意見を活かすことができません。攻撃的な調子で意見を述べる人を戒め、皆が安心して発言できる協調的なコミュニケーションの場を築き上げるように心がけましょう。

その場で攻撃的にならなくても、後で陰口を言う人もいるな。食い違いはその場で確認しなければと思う。

※AZZLOは口頭でもほぼココに書いてるのと同じ事を組織内で話している。

そして

A:「こっちって、XXXな理由でマズイんじゃないの?」

B:「う・・・そうなんだよ。でもあっちの理由の方がマズイから、渋々こっちだと思うんだよね」

C:「あっちとこっちの共通のマズイ所がなさそうな "そっち" ってのもありますよね」

A:「なるほど、でも時間がないからある程度出来てるこっちをベースにそっちを意識してつくりあげよう」

C:「じゃぁ、"そっち" の要素をまとめておきます 相性精査・繋がりはBさんお願いします」

みたいな事が "わざわざ他人とやる意義" という感じがするw

攻撃的な人は、最初から "こっち" で見解は決まっているのに整理して喋れないので被害妄想に入り、キレるパターンだろうな。

21:コンフリクトは、表面的には意見そのもの (コンテンツ) が対立しているように見えます。ところが、実際にはその裏にある考え方の枠組み (コンテクスト) が対立しているのです。だから、人間関係にギャップやコンフリクトはつきものであり、それを避けるのは不自然な話なのです。~中略~

互いのコンテクストが理解できれば、いよいよ対立の解消に向けての話し合いになります。

ときどき誤解をする人がいますが、対立は解消しなければなりませんが、ギャップは解消する必要はありません。それぞれの意見やコンテクストを変える必要はまったくないのです。違いを認めた上で、現在直面している論点に対して、双方とも満足できるアイデアを一緒になって考えていけばよいのです。コンテクストを変えるのは至難の業であり、そこを間違えるといつまでたっても水掛け論になるばかりです。

よくAZZLOが営業と揉めるのは

営業:取り急ぎ四半期決算で焦っている。

AZZLO:今回コンペで負けても良いから、真摯に得意先の成功を望んでいるパートナーとして認識してもらう事で、将来的にはコンペにさせない状態を築きたい。(コンペするにしても出来レース状態にしたい)

というコンテクストがそもそも違う事が多い。

ちゃんと話す機会を設けると

「意外とAZZLO、会社の事考えてるんだな・・・。ハマる案件があったら相談するよ」

という会話が起きたりもする。

AZZLO的コンテクストが存在する事も知らない営業はマズイと思う。「今回はあえて四半期決算・・・何故ならば」 があれば良いと思うし、AZZLOも

「なるほどね!じゃぁ何も起きない普通の案を安かろう悪かろうのプロダクションに丸投げしておくね!」

という事でとっとと片付けるのだがw

22:振り返りはメンバーを成長させる絶好の機会です。ファシリテーター自身もメンバーに対して適切なフィードバックを返してあげなければならず、それがメンバーにとってなによりのプレゼントになるはずです。

コンペで勝っても負けても、その理由がほぼ無いんだよなぁ・・・w

まぁ勝った時はある程度理由が分かるんだが、負けた時は得意先もちゃんと説明してくれない事も多い。

そんな場合は、特に営業が "おそらく" で良いから敗因と、次に活かせる要素を整理して欲しいと思うな。

そぉいうのがないと、また同じ間違いを繰り返す事になる。これは労働疲弊履歴レベルであっても、儀式的でも必要な領域だと思う。

23:多くの会議では意思決定者と進行役を同一人物が担い、その人が思い描く結論を追認するだけのアリバイづくりの場となっています。議長といっても、会議を効率的に進めるためのトレーニングはまったく受けておらず、問題解決のプロセスやツールを合意形成に役立たせるノウハウはほとんど持ち合わせていません。

表層的民主主義w

24:ファシリテーションは知識やテクニックだけではないことにも、だんだん気がついてきます。その人が持つ使命感や存在感、人や社会への責任感や奉仕精神など、最後には 「人間力」 というしかないものの存在が大きいことに気がつきます。特別なトレーニングを受けなくても、ファシリテーションを見事にやってのける人が世の中にいるのもそのためです。

利他的じゃないと出来ない役割だもんな。

あと、"共通の使命感" をどう作るかだと思う。これは難しいけどマストな要素だと思う。これが整理出来れば徹夜が楽しくなるw

てめぇの今期の評価とかギャラとかが気になるレベルでは、ファシリテーションはやり難いと思う。

25:最後に忘れてはならないのは、ファシリテーターの高い志です。中立な立場というのは、志を捨てて無色透明になることではありません。組織活動の意義が感じられなければ人は動かず、恊働のパワーを引き出すには、ファシリテーターが活動の意味づけをしなければなりません。それは、当事者が議論している内容を超越した、大義ともいうべき大きな理念やビジョンです。そのエネルギーを惜しみなく場に降り注いで恊働のダイナミズムを生み出していくのです。

人と人の恊働の場を育み、活動そのものに意味を与えていく。これこそが、支援型リーダーとしてのファシリテーターの責務なのです。

バラエティー番組は、"笑う" という大義におけるチームワークだよな。

司会者が指揮ができるように、常に準備していないとだし、出演者の旨味を引き出すのは司会者だし。

ま、その司会者を指揮しているディレクターが居たりはするのだがw



広告業界における大義とは

プランナー目線:生活者が企業のブランドを好きになる事で買うきっかけ作る事で、広告主からの支払いが発生する。

営業目線:企業が言いたい事を言うお手伝いをする事で広告主からの支払いが発生する。

大方このどちらかで、どちらも "売上" という物差しでは正しいのだが、"広告が効かない" 的な事になっているのであれば、プランナー目線を営業目線に翻訳してプレゼンする事が必要だと思う。

"広告 (既存マス媒体) が効かない" 理由は、「WEBがスマホが・・・」 の理由もあるが

"マーケティングがないジャイアンに寄り添う人は居ない"

という根本にぶち当たっているだけじゃないかなと思うw

プランナーは営業が掘り下げた得意先の温度感を信用し(信用出来る材料が必要だが)、営業はプランナーの設計力を信頼して、そのブリッジには多少揉める事もあるだろうが、お互いに歩みより、共通の言語を持てば、得意先に対して

"熱を帯びた上で翻訳したプレゼン" が出来るのだと思う。


ファシリテーションとかワークショップとか、やっぱり横文字バズワードなだけで、

"生の人間だから FACE to FACE が出来るし、しなければならない"

当たり前の事を、あえてかっこつけて言ってるだけな感じが改めてするなw

近年のデスクワーク資本主義のスタイルと日本語の相性が悪いが故に、魔法に感じるんだろうと思う。

ダイバーシティとか多様性とか、そぉいうのがバズワードになっている事で分かる通り、日本はガラパゴスなので魔法を信じやすいのだろうが

"それぞれ違う生の人間がわざわざつるんでいる理由"

を、ちょっと考えれば (これは絶対に一人でやる事)、上手く出来ないにしろ、下手な事にはならないと思う。

2015-9-24-23-33-03-Edit.jpg

2014-11-12 21-17-13.jpg

2014-11-12 20-50-48.jpg

2015-1-03-04-02-18.jpg

"ファシリテーターが発生する場づくり" が本質的な課題なのだと思う。



AZZLOは元々は、ファシリテーター的に先輩たちが居たから今があると思っているが、今後はファシリテーター的な言動も必要な時があると思う。

ま、組織内の労働では行わないがw 脳内でリアルタイムにシミュレーションしたりはしている。しかし・・・

「ちょ!・・・その前提も無いの? えぇっと・・・そもそもコレはね・・・」

という事ばっかりなんで、あんまトレーニングにならないんだよなぁ・・・w

例:"PRとはプレスリリースを撒くこと" という認識しかない場合とか

「もう底が見えた」 と数年前に書いているが、素材認識するまで顕微鏡で見てる感じがするなぁ・・w

2015年08月25日

-読書感想- 家族という病 / 下重暁子

2015-7-21-01-40-32.jpg

家族という病 / 下重暁子

2015/3/25発売。2015年6月の読書。

報道2001にて

「実際には家族は理解し合えてない 友だちの方が理解している」新報道2001 2015 05 30

「実際には家族は理解し合えてない 友だちの方が理解している」新報道2001 2015 05 30

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年6月9日

こんな感じで非常に興味深い切り口だったので手に取った。


1:家族団欒という幻想ではなく、一人ひとりの個人を取り戻すことが、ほんとうの家族を知る近道ではないのか。

多くの労働において言い換えると

"チームワークという幻想ではなく、一人ひとりの個人を取り戻すことが、ほんとうのチームを知る近道ではないのか"

と言えるな。

2:結局、親子共に甘えて暮らしているとしかいいようがない。~中略~

世の中が厳しいせいではない。お互いもたれ合い甘えあい、独り立ち出来ない親や子が増えているのだ。

www。

お互い言い訳の材料として依存しているケースは少なくないよな。

3:「親はなくとも子は育つ」 という。環境がいかに過酷であろうとも、子はそれを引き受けて生きていく。

AZZLOも両親と過ごした時間は孤児とまでいかないが、平均的な家庭環境と比較すると 1/10000 ぐらいだろうしな。

4:何を捨て何を選ぶかその基準は自分にあり、どんな時も自分で選ぶ。

言いなりではギャラが良くても自尊心がケア出来ないからな。

5:大人にとってのいい子など、ろくなものではないと思っている。最近、反抗期のない子が増えているというが、こんなに気持ち悪いことがあるだろうか。

親の権威や大人の価値観に支配されたまま、言いなりになっていることは、人として成長のない証拠である。

大人というのは成人者が定義したものっぽいしな。疑問を感じる若年者を "大人しい" という概念で黙らせているだけに過ぎない。

黙れば怒られない・ご褒美がある。(親の自尊心ケアの為に子の笑顔を得ようとする報酬も含む) 要は "何もしない方が評価が良い" というしつけとなり

2014-07-28 02-18-18.jpg

2014-07-28 02-19-19.jpg

となっているのが、日本の根本の課題だと思う。

6:超エリートと呼んでいい家族は、学校教育を批判し、子供を自分達の考え方で育てようとする。その結果、個性的な子が出来るかというと、そうとは限らない。他の子供や先生との間で悩んだり、けんかしたりする部分がないせいか、変に大人びた常識人に育ってしまう例も多い。教育とは親が与えるものではなく、子供が自分の世界で切磋琢磨してつかみとっていくものではないか。

エリートとは "庶民が達成出来る上位レイヤー" だしな。

"AZZLO家は超エリート" かどうかはとりあえず置いておいてw 祖父である水谷暢宏とロータリークラブの人たちは

「学校なんて行くな!あそこは馬鹿養成所だからだ」

と幼少のAZZLOに言いきかせていた。ま、中2の1学期までは行ったがw

学校に行かない分、学校に渋々行くのではなく、能動的にクラブに行って、様々なお兄さんお姉さんとのコミュニケーション、PARISに住みカタコトのフランス語でDJのギャラ交渉もろもろがAZZLOの少年期の学びのコアであった。

今この歳になって言語化出来るが、酒場で起きる文化の瞬間を見てきた・体験した事と、言語の違いの中から発見する差異性・共通性が "教科書の内容を記憶" する一般的な受験教育よりも、生きる力にはなっていると思うな。

7:私など、いつ結婚したのかも正確には憶えていないし、結婚して何年経ったかなど数えたこともない。誕生日だって、自分でも忘れる。何かしてくれるのではと期待するから、裏切られたと余分なストレスを抱え込む。期待していないのに、贈り物などもらうと思いの外に嬉しい。

期待していてそれに応えてくれないことほど、腹立たしいものはない。

「期待しないで、待っていて下さい」 などというセリフは失礼もはなはだしい。待つという行為は期待の表現だから、期待しないでと言うなら待つ必要もないわけだ。

AZZLOも自分で誕生日を忘れるw カノジョには教えてすらいない。

"誕生日ケーキのロウソクを吹き消す"

とか、唾が飛ぶし衛生面からしてもおかしいしな。

そもそも誕生日は "親に感謝する日" ならまだしも当事者を祝うってのは意味不明だw

8:自分ことですら正確に把握することも出来ないでいるのに、他人のことが理解できるか。配偶者は他人なのだ。一番近い家族ではあるが他人である。

家族は暮らしを共にする他人と考えた方が気が楽である。

そうでないと "家族なんだから" とかいう義務感で疲れるからな。

9:自分の家の独自性を考える前に、他人の家をまねすることから始まる。

家族エゴで固まっているのに、暮らしに自信が持てない。他人の家族を気にしながら、自分の家が上だと思えると誇りにし、他人の家がいいと、不平やら不満やらが噴出する。~中略~

自分達だけよければ他人はどうでもいいという家族エゴ、自分の住んでいる所さえよければという地域エゴ、自分の国さえよければという国家のエゴ、全て争いのもとになる。

自己を整理出来ていないと、家族という無敵っぽい概念を美化・依存するんだろうと思う。

10:パートナーという呼び方も多くなってきた。パートナー、日本語に訳せば、つれあいである。

パートナーは結婚した相手でなくともいい。暮らしを共にしている人、特別の間柄の人、異性とは限らない。同性同士でもいい。お互い一番信頼出来る人ならばいい。

AZZLOは異性のたまにセックスする友人を "カノジョ" というのには抵抗があった。今もあるが。

"今一番仲の良い(距離が近い)異性の友人"

が一番矛盾がない言い方だと思っているが、紹介が長くなるし、大概 「?」 という反応になるw

今は面倒臭いし、それぞれ具体的な価値・定義はあるので 「カノジョ」 と言うようになったが、"つれあい" って良いな。物理的距離が近い感じするし。

11:国は女性の生き方について口をはさむ前に、社会環境を整えるだけで十分だ。女性は自分の生き方は自分で考える。今の女性は賢明だし、男よりも真剣に自分の生き方を考えている。

女性の選択にまかせるべきだ。

男性化した女性では女性の旨味はない点は注意が必要だと思う。

12:子供は何も、自分のDNAを受け継いだ子でなければならないわけではない。DNAが受け継がれていなくとも、みな同じ子供なのだ。~中略~

血などつながらなくとも、思いでつながっていれば十分ではないか。思いがつながらないから血に頼るしかないのでは、と皮肉の一つも言いたくなる。

www。コレと同じだ。

2015-3-18-06-42-27.jpg

2015-3-18-06-42-40.jpg

この星に生まれた子どもたちだからなw

DNA的子孫へのこだわりが強まったのは、結局資本の問題故だろう。

国が子育てを "家庭" として押し付ける為に、DNA的子孫の依存症を作りだしたのだと思う。

13:孤独に明日をも知れぬ暮らしをしている人々は、どうやって自分の心の均衡を保っているのだろうか。かえってストレスのない暮らしを確保しているのだろうか。

AZZLOはPARIS在住開始時が酷い状況でw

・金がない。飯食えない。
・フランス語喋れない。日本人の友人も居ない。(喋れないなりにフランス人と遊んではいたが)
・電気止まる。暖房も出来ない。
・ビザ無し滞在期間を過ぎて不法滞在になるw
・当時学生だったKITSUNEのMASAYAクンと一杯のカップラーメンをシェアする。

ってな感じで、超絶孤独・・・と書きたかったが、意外と人と会ってたなw

とは言え、"1週間誰とも合わない" ぐらいは日常だったな。

14:野垂れ死にといわれようと、覚悟の上ならいいのではないか。

心ない家族にみとられるよりは満ち足りているかもしれない。

それはそうだな。労働においてコレも言い換えられる。

"貧乏と言われようと、覚悟の上ならいいのではないか。尊敬してくれない部下を持つよりも満ち足りているかもしれない"

15:自分達で家族をつくる。心許した仲間と同じ墓に入る。そうした試みが見られる。仲が良いわけでもなく、心も許せない家族が無理やり一緒に墓に入るよりは、よほど自然なことだ。

"休日に誰と過ごすか" の延長で考えれば当たり前の事だと思う。

16:独りを知り、孤独感を味わうことではじめて相手の気持ちを推しはかることが出来る。家族に対しても、社会の人々に対しても同じことだ。

おそらく携帯電話・ネットの普及で過去よりも孤独感を感じにくいと同時に義務感が増しているのが昨今かな。

枯渇状態によって自己把握が出来る機会になると思うが、近年そういうきっかけが少ないと思う・・・。

17:盆と正月、必ずニュースになるのが帰省ラッシュである。高速道路に延々と続く車の列、新幹線の乗車率が百パーセントを超え、子供の手を握った親が、もう一方の手でキャリーバッグを引いている。

「冬休み、何が楽しみ?」 というリポーターの差し出すマイクに子供が答える。
「おばあちゃんやおじいちゃんに会えること」
「おもちつきと雪だるまを作ること」
親も笑顔だ。
「両親に大きくなった姿を見せてあげようと思って」
「お年玉をもらえるのも助かります」
登場する家族はみな善人である。

テレビの中では、家族は善人でなければならないのだ。

あれは誘導尋問だしな。

"家族は善人でなければならない"

は、"個人だと悪人だから集団で群れると善人になれた気分になれる" という感じだろうな。

18:国は、家族を礼賛する。戦時中がそうであったように、家族ごとにまとまってくれると治めやすい。地方創生というかけ声はとりもなおさず、管理しやすい家族を各地につくることに他ならない。その意味で、家族とは小型の国家なのである。

そうだとすると、小型の国家たる家族は排他的にならざるを得ないのかもしれない。

"家族" という定義における人の集団はそうだろうな。愛国心と同様だ。

19:公共の場でのマナーは、その国の成熟度をあらわしている。家族もいつまでも自分だけの世界に甘んじるのではなく、社会の中の一員に成熟していって欲しい。

たまに疑問に思うのだが、小児や小人がはしゃいでいる際に、親が 「すみません」 と謝罪している風景がある。

まず親が謝罪するのは良いと思うが、同時に当事者である小児や小人も謝罪するべきだと思うんだよな。

"親が処理してくれる"

というしつけになっていると思う。

20:日本人は知っている人には親切であるが知らない人には冷淡である。家族、親戚、知人とはこれ以上ないというほど結びつきを大切にするが、関係のない人には掌を返したよう。

貨幣の支払いがないと "お・も・て・な・し" なんてしないしな。

21:私は、家族写真の年賀状があまり好きではない。善意であることは間違いないし、たくさんいただくので差し障りはあるのだが。

幸せの押し売りのように思えるからだ。家族が前面に出てきて、個人が見えない。感じられない。お互いの家族をもともと知っている場合は別として、私はよその家族を見たいと思っているわけではない。へそ曲がりといわれるかもしれないが、頼んでもないのに子供の写真を見せられるのに似ている。

家族はそんなに誇らしいものだろうか。たまたま機会があって、紹介されるのはそれはそれでいいが、無断で入ってきて欲しくはない。

www。

"元気ですエビデンス"

なだけで、そこまで考えてる人はそうそう居ないだろうなw

おそらく年賀状はそぉいうものではなく "貴方を想っていますエビデンス" が本質なんだろう。そんな中の "元気ですエビデンス" は場違いなんだろうな。

更に下重さんはより個として向き合ったコミュニケーションを求めているから、表層的な集団の笑顔に 「だからぁ?何ぃ?」 と思うのではないかな?w

22:空威張りでもいいから、毅然としていて欲しかった・・・。幼い日迎えの馬にマントをひるがえして乗っていったりりしい姿が、私の脳裏に刻み込まれています。私にとってはじめての身近で格好いい男性でもありました。それがことごとく打ち砕かれていくことがたえがたかったのです。

コレ、後半の家族への手紙、それも父への手紙だそうで、戦後にチグハグな言動の父親が嫌いだったそうだ。

この家族への手紙までは "おもろいばあさん" として認識していたが、かなり幻滅したw

結局、"いわゆるふつぅ~の家族になれなかったコンプレックス" が下重さんの言動の源だと解釈しやす過ぎるw

もちろんきっかけは何でも良いと思うが、 "いわゆるふつぅ~な家族" を否定するロジックを構築して自己防衛する必要があったのだろうし、そう信じたいという歪が露骨に出てる印象を受けたなぁ・・・。

23:つれあいという家族がいなくなったら・・・。私はその時のために、一人でいることに馴れようと準備を始めています。私がこの世に生を得て、長い長い暗い道を一人歩いてきた時のように、最後は一人なのだと自分に言いきかせているのです。

"言い聞かせる" という時点で "そう信じたい" んだろうな。


最後の家族への手紙までは面白かったが・・・。この本を読んでから下重さんの喋りが提言ではなく嘆きに聞こえるようになってしまったなぁ・・・。

まぁ、そぉいうドキュメンタリーという意味では価値があるし、そこまで全裸なのも立派とも言えるが、あまり見たくなかったなw

手紙までの全体の2/3は非常に共感するAZZLOも下重さんと同様なコンプレックスがあるからだろうか?

AZZLOはその辺コンプレックスは無いつもりだ。自分で言うのもなんだが、ある種高貴な家系?でなければ起きない流れな感じだし? いわゆる家族として成立しないのも、ウチの家系ならではで当然の流れだと認識している。良くも悪くも上から目線があるのがウチの家系だと思う。・・・と信じているだけかもしれないがw

「俗な庶民と同じ事をする必要ない」という感覚は幼少の頃からあったなぁ。自家用車も無かったし同棲者と自宅で食事するという事もなかった。それぞれ一人か外食しかなかった。旅行(遠出)は祖父の仕事の延長だったし、遊園地は "子供に時間を割いたエビデンス(扶養家族税金免除権アピール)" に付き合わされた記憶しかないw

いずれにしても、この本がかなり売れてるというのが日本の課題を表しているし、それぞれ必要な人間関係を考える機会となっているなら、良い提言だとは思う。

-読書感想- データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 / 矢野和男

2015-7-21-01-43-01.jpg

データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 / 矢野和男

2014/7/17発売。2015年6月の読書。

ビッグデータ関係の記事で紹介されていたので手に取った。


1:人は因果という枠組みに頼って世界を認識しようとする強い傾向があるが、因果という考え方は、多数回の繰り返しの結果を見通すには適さないということなのだろう。

"マス目に7万2千個の玉をランダムに分布させると特定の箇所に偏りがみられる" という実験結果における見解だが、社会事象においては因果が認められる方が多いんじゃないかな。後付けで "因果" と信じているのかもしれないが。

2:ミクロの詳細を知らなくともマクロは予測できる

コンデンサーやトランジスタの事を知らなくても電器店の販売員は出来るからな。

"ミクロの詳細を知らなくとも "熱" を知っていれば、マクロは予測できる"

と言えそうだな。

3:現状の我々の生活は、残りのガソリン量をまったく知らずに、車を運転しているようなものだ。

"ウェアラブルデバイスから得られる情報から人の行動には 「帯域」 と言える区分があり、仕事の気力がなくても (仕事カテゴリーは使い果たしても) 遊ぶ気力はあったりする"

という事らしい。

組織で言うと

"帯域はある程度自己把握しているが、そもそも目的地が無いので上手く活用は出来ないし、取り急ぎ進み続けてはいるが結局ループして何周もしている"

と言えるな。

4:システムを制御し、最適な状態にするときには、「システムの望ましい状態」 とはどんな状態かをまず決める必要がある。人間というシステムに関する答えを人類はまだ明確に持っていない。古今の宗教や哲学はその答えを求めてきた。これらの知恵のなかには答えはすでにあるかもしれない。まだわかっていない何かがあるかもしれない。

それでも、この人間の望ましい状態を表す言葉だけはすでに広く使われている。それが 「幸せ」 あるいは 「ハピネス」 だ。

人間の幸せを制御できれば、そのインパクトは大きい。

しかし、人間はこれまでテクノロジーが制御してきたどんなものよりも、はるかに複雑なシステムであるし、幸せとは、人によって、さらに国や文化によって違うものだという見方もあるだろう。統一的な議論などできないのではないか。

不動のハピネスは "自尊心の充足" だろうと思う。その条件は人それぞれだが、少なくても金ではないという事はあらゆる人が証明している。

2015-6-11-23-52-23.jpg

2015-6-11-23-52-57.jpg

2015-6-11-23-53-16.jpg

2015-6-11-23-53-44.jpg

2015-6-11-23-54-32.jpg

5:地道な研究の結果、幸せは、およそ半分は遺伝的に決まっていることが明らかになった。うまれつき幸せになりやすい人と、なりにくい人がいるということである。

すべては努力で変えられる、と信じたいところであるが、やはり遺伝は影響している。

遺伝的に影響を受けない残り半分は、後天的な影響である。半分は、努力や環境変化で変えられる。これは、変えられる部分が意外に大きいとも捉えられるのではないだろうか。

幼少の頃の影響 (後天的影響) もあるが、祖父、母の批判精神はAZZLOも受け継いでるしなぁ。イライラしてないと落ち着かないという病気だしw

しかし使命は遺伝ではなく後天的に形成されたりもするし、失う場合もあるよな。

6:我々は普通、結婚してよき伴侶を得たり、新しい家を購入したり、たくさんボーナスをもらったりすると、自分の幸せが向上すると思う。リュボミルスキ教授の定量的研究によれば、これらには、案外小さな効果しかない。~中略~

私を含め、多くの人は、ここでいう 「環境要因」 を向上するために日々努力している。その結果が、後ほど幸せに結びつくと信じているからだ。しかし、データによれば、これは無駄ではないが、幸福感にはあまり効かない。我々の思い込みの部分が大きいのだ。

それでは、残りの40%は何だろう。それは、日々の行動のちょっとした習慣や行動の選択の仕方によるというのだ。特に、自分から積極的に行動を起こしたかどうかが重要なのだ。自ら意図を持って何かを行うことで、人は幸福感を得る。~中略~

行動を起こした結果、成功したかが重要なのではない。行動を起こすこと自体が、人の幸せなのである。

ギャラが良くても言われた事だけやってたら病むからなぁw より "カネ" を追いかける病気が加速するものだw 問題は中途半端な年収1000万で習慣病になる事だと思う。病気なら徹底的にカネを追いかけた方が良いw

逆にギャラがしょぼくても、自己決定出来ていれば楽しい。

7:自ら行動するように、人に指示したり命令したりするということはできないということだ。「自ら行動する」 ということと、「指示する」 というのは、互いに矛盾する。この矛盾をいかにして解決できるだろうか。

"M男がレイプする" みたいな矛盾だよなw そぉいうAV見てみたいがw

8:せっかく教育して戦力化した社員がやめると、新たな人員の教育にコストと時間が必要になる。すなわち、社員の幸福を高めることは、一種の 「必要悪」 的な捉えられ方をしてきたのが実態だと思う。

これが変わりはじめている。社員が幸せに働くことは、社員本人にも会社にも両方を利するという見方がはじまっている。

これは日本だけでなく世界的な傾向らしいが、おそらく産業革命時期 (工業化) が偏っていただけで、人として当たり前の状態に戻りつつあるだけな気がする。

"専業NG" な会社すら出てきるしな。

2015-7-01-23-00-16.jpg

2015-7-01-23-03-01.jpg

9:心理学者が、質問紙に頼るやり方には限界を感じているのが実情だ。センサによって身体の運動から人の心を測ることができれば、これが変わる。継続的に変化を計測できるようになるからだ。そのため、センサで客観計測した人間・組織の大量データには、大きな期待が寄せられている。

アンケートは顕在意識であって、ビッグデータ的な事から分かるのは潜在ニーズも含めだからな。

10:実は、受注は、意外なことと相関していた。それは、休憩所での会話の 「活発度」 である。休憩時間における会話のとき身体運動が活発な日は受注率が高く、活発でない日は受注率が低いのである。

電話オペレーターの受注をウェアラブル端末でデータを取った結果がコレ。AZZLOも外出移動が多い日ってデスク作業がサクサク進んだりするしな。要因として焦っているのもあるがw

11:実験のオペレーター業務は、もっぱら 「個人プレー」 であり、「チームプレー」 の要素が少ない点である。このような個人プレー色の強い業務でさえ 「現場の活発度」 という 「集団的な要因」 が、生産性やコストに強く影響しているのだ。このことはこれまでまったく認識されていなかったことである。素直に考えれば、無関係のはずだ。

逆にネガな他者関与があるぐらいならば、個人プレーの方がマシと言えるな。

12:活気ある職場づくりに関する経営の優先順位はこれまで高くなかったのが実情である。そのために経営者は時間と資金を投入してこなかった。これは収益との関係がこれまでは明確ではなかったからだ。~中略~
しかし、今、我々の研究によってそこに突破口が開かれた。

飲み代を経費で落とせなくなってから、途端に組織内の一体感は無くなったし、社外とのネットワークも薄くなったしなぁ。気がするレベルではなく露骨に影響が出てる。

物理的なオフィスレイアウトや "チームという名の強制的活動" ではなく、自主性をサポートするしくみが必要だと思う。

自主性と相反概念になっている "責任" において 「責任誰が取るんだ?」 みたいな事が出てくると思うが、何を持ってして "責任を取った" と言えるんだろうと思うw

結果的に倒産したら責任追求も何もできなくなるw

13:「さる者は日々にうとし」 といっても、以前は、単に誰かの主観的感想を述べていたのかもしれなかった。したがって 「私は、そう思わない」 「今は、時代が違う」 といえた。データがあるとこれが変わる。

AZZLOがビッグデータにぞっこんなのはコレなんだよな。

14:「温度」 を定義し、計測することには、大きな意味がある。温度に影響を受ける機器を設計したり制御したりするには、温度という共通のものさしがなければ、どうしようもない。たとえ、人間が体験する豊かな現実をすべて反映したものでなくとも、まったく 「ものさし」 がなかったところに、客観的で計測可能な 「ものさし」 では測れない違いも、ものさしがあることにより、むしろ、明らかになるのである。

組織にはあらゆる 「ものさし」 が無いなぁw

その場しのぎでバズワード連呼してるだけで、何時の時代も変わらない女子高生みたいに見えるw

15:温度という概念を受け入れるためには、見方が逆転する必要があった。感覚がわかりやすく、温度計が複雑でわかりにくいのではなく、温度計が客観的でわかりやすいものさしで、感覚の方があいまいで複雑な現象だということに気づく必要があったのだ。~中略~

計測量は感覚より客観的で、よりしっかりした根拠と基盤を持ちうる。感覚と異なり、大量に記録でき、参照でき、その変化や法則性を数学的に表現できる。

広告業界ではメディアプランニングからリアルタイムに根拠を持った表現 (出稿) をするようになるし、クリエイティブ領域等の "リアルタイム変化は無理" な領域の方向性選定にもデータから検討するものになる。

更に、リアルタイムにクリエイティブが変動する形になると思う。

TVCMも見る人によって、バナーのように趣向に近いものになるハズ。

16:仕事がうまくいく人には、共通の特徴があった。だが単純にコミュニケーションをとる知り合いの多い人が、仕事がうまくいくかというと、そういう相関があるわけではなかった。単に顔が広いだけでは、まわりにあるかもしれない情報や能力を活かせないわけであ。

実は、この仕事がうまくいく人は、共通して前記の 「到達度」 が高かったのである。「到達度」 とは、自分の知り合いの知り合いまで (2ステップ) 含めて何人の人にたどり着けるかであった。

サトナオや猪子寿之の名刺持ってるだけでは仕事が出来る訳ではないからなぁw

AZZLOは知人・友人は少なくないと思っているが、それぞれあまり深くはない。(特に近年外に出てないし)

しかし、知人・友人はAZZLOよりもアクティブで広い人間関係があるように思う。

故に、AZZLOは必要に応じて、2ステップ段階を含めた人付き合いになっている気がするw

去年は観光ビジネスに興味があって、"浅草盛り上げプロジェクト" を想定して墨田区議会員さんとも繋がって飲んだりしたが、"浅草に知人が多い友人" に相談して繋がる事が出来たし。

17:「追従」 に関しては、上司に部下が 「追従」 するのは、組織を指揮命令 (いわゆる上意下達) で動くところと見ると何も問題なさそうである。たしかに、上司がスーパーマンで、すべてを把握し、すべての能力に関して部下よりも上であったらそうだろう。しかし、現実は違う。現場の実情は部下の方がよく知っており、現場での実勢能力についても部下が上回る面があるのが普通だ。その知識や能力と上司の知見や権限を掛け合わせることが必要だ。

よく 「・・・だったら『お刺身にたんぽぽ乗せてね♪』 って言って欲しい」 とAZZLOしかりあらゆる人が言うもんなw

そして、その上司と部下の特性を踏まえて昇華出来るのがチームだと思う。どこでもよくあるが "上司が部下に嫉妬する" とかでは、まともな労働とは言えないw

18:理想的には 「建設的な議論が大事」 ではあっても、現実にはそうもいっていられないことだ。上司が強権的で、多少なりとも異説を述べれば、立場を失ったり、左遷されたりする状況にあれば、「追従」 せざるを得ないであろう。あるいは、自分の経験と知識に照らしてどう考えても、参画したプロジェクトの意義や目的がわからなければ、そのプロジェクトの会議に出席しても、その態度に 「懐疑」 的なところが現れるであろう。

強制的にたんぽぽ乗せやらせても、結果的に "美しくない刺し身" として出荷され、売れないんだよなw 一時的には良くてもT芝の様に転換点が来る。

そして、強権的な人は、うまくいかないと大概逃げるよなw

19:双方向の会話は、メンバーが双方向率の高い会話の重要性の認識を共有することにより高まる。しかし、根本的には、双方向率の向上そのものは目的でなく、むしろ双方向率は我々の仕事への、そして人生への 「挑戦性」 を映す鏡、指標になっていると考えた方がいい。会話の双方向率を見て、関係者が挑戦的な仕事をしているかを確かめることができるということだ。そのような挑戦の度合いが、企業の収益に強く相関するのは、納得いくことである。

「ですよねぇ・・・」 で終わる若手とか、双方向率が低くて挑戦性無いと言えるな。

そして、そういった若手をdisるので終わるのではなく、何故 「ですよねぇ・・・」 になっちゃうのか? その根源を探る事が必要だと思う。

20:これまで、社員の人材力を高める施策は、会社の人事部門が行ってきた。たとえば、「管理者教育」 や 「コミュニケーション研修」 や 「想起選抜」 などである。しかし、これらの施策が現実のミクロな社員行動にどの程度影響を与えているかはわからなかった。計測する手段もなかった。ましてや、これがマクロな会社業績と関係しているかは、誰にもわからなかった。

多くの場合、人事部門の "労働履歴" なだけで 現場社員には "タスク" だったりするもんな。

ま、"根本意味ない" という学びも悪くないけどなw

多くの人事部門は "人事書類部" と名称を変えるべきだと思うw

21:実は、仮説などつくりようがないのである。それでも無理を承知で人が仮説をつくろうとすると、関係者が簡単に想定できることやすでに知られていることになってしまう。本件で専門家が行ったように、関係者へのインタビューやこれまでの経験と勘から仮説をつくらざるを得ない。それをデータで検証するという手順にならざるを得ない。

仮説は作れるハズだが、確かに多くの業務においては "上を通す" 前提の、"なんでもない内容を担保する為の調べるまでもないデータが付いている資料" なだけだったりするw

今後は仮説設定から何から何までAIが出来るようになって、人は "承認ボタン" を押すだけになるが、それまでは、人の妄想・(本来の)仮説設定は機能すると思う。

22:通常、向上したい目的変数のデータは、1日の店舗の売上 (日販と呼ばれる) などのマクロな情報なのに対し、それを説明するビッグデータの方は、細かい時刻ごと、顧客ごと、店員ごと、場所ごとのミクロなもので業績との直接の関係性が一見薄いデータである。この間の大きなギャップを埋めることができるのが 「H」 の特徴である。このミクロとマクロとのギャップを埋める独自技術 (特許出願済) を 「跳躍学習」 (Leap Learning) と呼んでいる。

「H」 とは、著者が作っているプログラムらしいのだが、ビッグデータの旨味はこの "ミクロとマクロの因果関係解析" と言えるだろうな。

これが理解出来てないと 「ビッグデータってなんか意味あんの?」 って事になるんだろうな。

23:大量のデータの全貌を人間が理解することは不可能だ。全貌どころか、その概要すら把握できないのがビッグデータの特徴なのだ。その状態で、人がつくった仮説とは、必然的に、大量データの恩恵を受けていない (無視した) 経験と勘に頼ったものになってしまう。多種大量のデータがある問題については、仮説はコンピューターにつくらせる時代になっているのだ。

逆に人だからこそ "無知こそ最大の武器" 的な事もある。そしておいおい、その "無知" すらもAIが再現するだろうけどw

24:学習するマシンは、問題を設定することはできない。あくまでも、与えられた問題に関して、データを活用して的確な情報と判断を提供するだけである。人間は、解くべき問題を明らかにし、学習するマシンを活用して得られた判断を実行することが求められる。

"問題を設定する" という学習させたらどうだろう?w

25:今後、学習するマシンが得意な仕事は、人から機械への移行が急速に進むであろう。機会への移行が進むのは、与えられた問題 (ただし、ゴールが定量化可能で、これに関わるデータが大量にある問題)に対して、その解き方を考案したり、その上で判断したりする仕事である。代表は、ソフトウエアの処理手順 (アルゴリズム) を考える仕事である。これまで、これは高度に知的な仕事の一つと考えられてきたが、今後は、むしろ 「学習するマシン」 が過去の大量データからアルゴリズムを自動生成することが当たり前の時代が来よう。

広告代理店業で言えば、やはりメディアプランニング領域は、特に "学習するマシン" に置き換えられるな。

リアルタイムに "あのサイトでは在庫過剰だから優先表示する" も出来るし、当然閲覧者、閲覧者の状況とのマッチングもより精度が高くする事が出来る。

26:学習するコンピュータの登場により、人間がやるべきこととやるべきでないことが大きく変わる。これは人間と機械との新しい協調関係が生まれる過程と考えるべきだ。学習するマシンに適切な問題を与えることで、人間の問題解決能力は飛躍的に向上する。これを活かすことのできる人あるいは組織と、そうでない人・組織との違いは大きくなっていくだろう。

作業ドメインではなく、効果ドメインで自分の労働を見直す必要があると思う。

技術革新等で起きる事は "今の作業が要らなくなる" 事が多いのでビビる人が多い訳だが、"その作業の先にある事" を踏まえたらビビるのではなく、活用したくならないだろうか?

「そんな事したら俺ら要らなくなる」

は作業ドメインで考えてるんだろうな。

27:経済性の追求と人間らしさというのは両者が協調しあってうまくいく体系であることがスミスの主張だった。しかし、スミス以降、このうち、経済性のみを限られたデータにもとづいて追求することが普及した結果、人間らしさの追求が置き去りにされた。そもそも、スミスがいいたかったのは、経済性と人間性とは、相反するものではなく、互いに関係しあうことだった。このスミスの考えが、いよいよ大量データと知的なコンピュータの出現により可能になったのである。

経済って "貨幣" だけではないからなw そこを忘れる人たちが多いから歪がいっぱいだと思う。

28:20世紀初頭には、多くの活動が個人や家族で行われていた。100年後、ほとんどの社会活動が組織で行われるようになった。組織は社会の基本単位となった。しかし、現在の企業が基盤としている階層型の組織は、硬直的になりやすく環境変化に弱いことがしばしば指摘される。環境変化のなかで、複雑だが重要な問題にフォーカスを保ち続けることはむずかしい。多様な構成員の力を発揮させつつ、全体の目的へ調和をとる21世紀の組織システムを実現したい。

このためには、我々が組織運営の上で当たり前だと思っていたことの見なおしも必要だ。たとえば、我々は組織の上下での連携を行う常識として 「ホウレンソウ (報告、連絡、相談) が重要だと教わった。しかし、今後はこれに加え、「マツタケ (巻き込み、つながり、助け合い)」 が必要になるという指摘があった。目指すのは、個と全体とを結合して共通の視点が持てる組織であろうか。大量のデータが、組織の科学と工学への道を拓く可能性がある。

「確かに」 とは思うが、組織に入る前の道徳の問題とも思うw

29:収集された大量のセンサデータを日々見ているうちに、今日の自分の状況にあったアドバイスを自動で生成できないかと考えた。数年の時間を要したが、このアドバイスシステムの開発にすでに成功しており、これを 「ライフシグナルズ」 と呼んでいる。私は、これを毎日活用している。いつでも相談できる自分専用のアドバイザーがついているようなもので、もうこれなしの生活は考えられないほどだ。

あぁ・・・。これがビッグデータの行き着く先で、生殖対象すらもアドバイスされる事になるw


いわゆるビッグデータの可能性である "これを買った人はこっちも買う可能性が高い" に留まらない、マネジメント・人が動く根源にも言及しているのが、ありがちなこの手の本とは少し違う内容かな。

そして先日、ソフトバンクがpepper for bizを発表して

「残業大歓迎 24時間でも働きます 自分で見て聞いて触れて学習していく」WBS 20150730

「残業大歓迎 24時間でも働きます 自分で見て聞いて触れて学習していく」WBS 20150730

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年7月30日

接客分野でデモも行われているが

ビッグデータで進化する売り場 「未来の店」を体験

デモでもこんな事が出来るようになっている最中、"手売りメディア営業" に拘る組織は、何を根拠に継続・成長を予定出来るんだろうなぁ。ただの願望にしか見えないのだがw

pepper for bizに類する事は、まだ数年後だと思っていたのだが

既にリリースしちゃった訳で、確実にAZZLOが想定していた未来が現実になってきているし、むしろ想定よりも早まってる(汗)

現状の労働内容と評価制度においては人と同等のパフォーマンスを出すには当然数年後にはなるが、いわゆるデスクワーク労働の大半はペッパーの方が人より優秀なのは明らか。

人類の知能を、コンピュータの人工知能がクロスオーバーして超えてしまう時はもうすぐ側に来ている。ソフトバンクがシュミレーションにより導き出したそのタイミングは2018年。もうあと3年しかない。人類の知能は、今後大きく進化することはないだろう。でも人工知能の成長が止まることはない。従って、両者の関係が一度逆転すれば、もう二度と関係性が戻ることはないだろう。

と孫は言っている訳だし、わざわざ人であるメリットを改めて問いただす必要が出てくると思う。

その根底には、仕組みの変化を受け入れたくないという風潮さえある。日本はこのままだとインターネットがもたらしつつある新たな産業革命から取り残されてしまう。

な、AZZLOが在籍するような現代適応出来ない組織は今後多発するだろうな。

どうもAZZLOが在籍する組織は今だに工場労働的発想で

"人を増やせば処理量が増やせる。よって売上が増える"

という感覚が強いっぽい。しかし特に現代は

"デジタルによる効率化で人を増やす必要がない。むしろカット出来る"

で、1人当たり経常利益の向上に目を向けるべきだと思うなぁ。そもそも人口減少前提な訳だし。

「機械のする事と人間のする事の境目が変わっちゃう」WBS 2015 06 26

「機械のする事と人間のする事の境目が変わっちゃう」WBS 2015 06 26

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年7月5日

今後は売上は伸ばせたにしろ、多くの既存産業はコモディティ化によって1人当たり経常利益は下がるだろう (人が今まで通りの労働をする上では)。しょぼいPCによるデスクワークの為にオフィスなんてものに家賃払ってる余力は無くなる。

どぉいう崩壊っぷりになるか楽しみにしたいなぁ。・・・正確にはもう組織がどうなろうが、無関心のレベルになってきたが・・・良くないので頑張って楽しみにしようと思うw

-読書感想- たった一人の熱狂 / 見城 徹

2015-7-21-01-37-13.jpg

たった一人の熱狂 / 見城 徹

2015/3/18発売。2015年4月の読書。

-読書感想- 憂鬱でなければ仕事じゃない / 見城徹・藤田晋

-読書感想- 人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない / 見城 徹・藤田 晋

に次ぐ見城本。相変わらずタイトルが流石だな。

一人で熱狂出来なければ、他者の熱狂への理解・コミュニケーションも出来ないしな。


1:ブランド力が強い会社に慣れてしまうと、知らず知らずのうちに外的要因としてのブランドに依拠した仕事をしてしまうものだ。無名から叩き上げるのは当たり前と思っている人は、周囲の人が 「大江健三郎さんの原稿なんて取れるわけないよ。無理無理」 と冷笑しても最初から匙を投げはしない。

ほんとにブランド力が強い会社ならばまだしもであるがなw

2:生の虚しさを紛らわせる要素は、せいぜい①仕事②恋愛③友情④家族⑤金の五つしかない と思う。人によっては、これに⑥宗教を加えるかもしれない。僕の場合は、①~⑤に熱狂しながら虚しさを紛らわせてきた。

AZZLOはタイミングによっては①や③で、気分転換に②があって、⑥は音楽かな。①と③は外的要因が強く、②は面倒な側面も強いw しかし⑥であったり特に音楽は自分で調整出来るし、人が介入しないという事は裏切りがないので一番信じられるものであると思うw

3:たとえ 宝くじで20億円当たったり、何かの拍子に巨万の富を得たとしても、①仕事を放り出してすぐさまリタイアするなど考えられない。

"金" 軸足の道楽は飽きるからなw

金が欲しい人、給料が上がらないと愚痴る人は、年収1000万なんて中途半端な目標ではなく、与沢翼みたいに、もっと上を目指すべきだと思うな。飽きるまで手に入れてみれば良いと思う。

4:日本中をあっと言わせる企画を人知れず準備し、原稿を校了して印刷に回す。印刷所から本ができあがって来て市場に流通すると同時に、新聞広告や様々なプロモーションが一斉に流れるように念入りに仕込む。そして、長い時間かけて作ってきた本がベストセラーに踊り出る。

熱狂が最高潮に達した瞬間、僕の仕事は終わる。そして僕は、未知なる次の熱狂へ向かってすぐさま新しい仕事を準備するのだ。

AZZLOに対して 「お前は成功案件に依存してる!!!」 とか言う人は、次の熱狂へ向かわない人だからこそ、勘違いでAZZLOを定義するんだろうな。

AZZLOは飽きやすいので過去は誇りであるが依存にはならない。

2013-12-07 17-29-52.jpg

5:上司や同僚ができることをやっても面白くもなんともないに決まっている。

企業の多くは "上司のコピーになる事を下々に求める" だから歪を生むし変化に対応出来ないんだろうと思う。

"上司や同僚が出来るならそれでいいじゃないか"
(故に自分は違う事をやる)

と思うw

それぞれ強みが違うからこそ、つるむ意味があるのが組織であってチームだと思う。

6:当時の上司であった角川春樹さんと僕は、一心同体となって昼夜を分かたず熱狂の時代を過ごした。なにしろ春樹さんが女性と二人の時間を過ごしている時でさえ、僕は女性の家のリビングに待機して、勝手にレコードをかけていたくらいだ。~中略~

リビングでレコードに聴き入っていると、春樹さんが女性と一緒にベッドルームから出来て 「メシでも食いに行くか」 と声をかける。それから飯倉のイタリンアン 「キャンティ」 に連れて行ってもらう。

昔の方がエロが身近だったよなぁ。最近はセックスも死も現実のものに思えない空気感があると思う。

そしてAZZLOをキャンティーに連れていってくれた先輩は、今のところ母であるYUMI YAMAZAKIしか居ないなぁ・・・。

7:「No pain, No gain! 痛みのないところに前進はない」

ドMwww。

8:トレーニングは絶対に裏切らない。と同時に、ごまかしながら身体を鍛えているふりをしたところで、結果は一目瞭然だ。優秀な経営者は、例外なく皆トレーニングを日課にしている。対価が必ず得られるトレーニングによって自らを鼓舞し、生まれ変わった肉体と精神で再び仕事に飛び出して行くのだ。

あまり身体を鍛えるとかしないAZZLOだが、確かに身体は必ずフィードバックがあるのは知っている。ある種RPGのレベル上げみたいなもんだ。

そして経営者がトレーニングをしているケースはAZZLOが知ってる範囲でも多いと思う。

しかし、身体のトレーニングでも良いが、その時間を仕事に向け続けてても良い気もする。

9:世間が注目している頃には、僕はその仕事を弊履 (破れた草履) のように打ち捨てたい。次の無名の人と一緒に何かたくらみ、新しい仕事を爆発させたい。

AZZLOも成功案件で組織内もザワついていた頃、そんな気分だった な。

10:「ああ、何の後悔もない満足な人生だった」 と最後に思える人など、およそ存在しないと考えた方がいい。死の瞬間には、誰しも多かれ少なかれ後悔するに決まっているのだ。だったら、死の瞬間に後悔を少しでも減らすために熱狂したい。

これを言い切れない限り、言い訳が続いて後悔しながら死ぬ濃度は高いだろうと思うw

「年収一千万に一時期は達したけども、手取りは当然一千万以下だったし・・・」

だろうなw

11:悔しいが、僕は本物の表現者にはなれない人間だと自覚したのだ。ひとたびは作家を目指した僕だが、道半ばで挫折した。

AZZLOも10代の頃から自身を "音楽家" としては懐疑的に思っていたw "若い人にはかなわない。いずれ自分もおっさん" という意識があって、プライオリティは下げたんだよな。

店舗・コミュニティーとして、プレイヤーを生む・映える環境作りにも興味あったしな。

12:僕は若い頃から 「これは売れなかったがいい本だ」 という言い訳は一切やめようと決めてきた。株で儲けろ、という本が売れようと、ヘアヌード写真集が売れようと、セックスの指南本が売れようと、ベストセラーは大衆の中でくすぶる欲望の奥深くに突き刺さっている。大衆の欲望を鋭敏にとらえた本だからこそ、多くの読者に支持されてたくさんの部数が売れるのだ。

自分の中に何かが突き刺さらなければ、人は身銭を切って本なんて買わない。売れる本は、マジョリティの大衆が抱える無意識の欲求や欲望をつかみ取っている。売れる本は良い本であり、売れる本は無条件に尊敬すべきなのだ。

本を売る人が "本なんて" と言えるからこそ、本が売れないと言われる現在でも売れる方の本を作れるのだと思う。

マスとは俗とも言えるからな。そして "俗" とは "高尚でないこと。いやしいこと。" と辞書に書いてある。

よって端的に言うとダサいハズなんだよなw

故にAZZLOは広告案件を作品と言うには違和感を感じる。実績は実績だが、ただの案件である。しかし世に出るという事は、誰かに良くも悪くも影響がある点は意識したい。

13:作家の中には、芥川賞や直木賞などの文学賞が欲しくて欲しくてたまらない人もいる。芥川賞や直木賞を取れば日本中で注目されるし、受賞直後は書店で本が大きく展開される。だが、賞によって起きるブームは所詮、一過性のものであって、芥川賞や直木賞作家の本が永続的に売れ続けるわけではない。受賞歴の看板があるだけで本がちっとも売れないようでは、賞にたいした意味はないとさえ思う。

結果とは何か。賞というのも一つの結果であるが、一番判りやすい結果は利益をいくら上げたかであり、それを曖昧にしては駄目だ。この世界で生きるからにはその数値にこだわり、数値で自分を納得させるべきだ。

広告賞を受賞したところで広告主は知らないし価値を感じないのに、広告業界は自己賛美である賞に依存しているしな。

AZZLOは賞、組織内評価なんかではなく、"生活者の反応" を欲しいと思う。

14:角川映画の第一弾が 「犬神家の一族」 (76年公開) だ。「『犬神家の一族』 は死に至る映画になるかもしれない。この映画がはずれればウチは倒産する」。春樹さんは悲愴な覚悟で一世一代の勝負に打って出た。

映画公開の前日、僕と春樹さんはマンションの一室に集まった。春樹さんが 「神」 という言葉を口にしたのは、この時が初めてだ。「俺たちはやれることは全部やったよな。あとは何をやるべきか。わかるかお前!」 「はい! 何でしょうか!」 「神に祈るんだよ!」 人事を尽くして天命を待つ。僕は春樹さんと一緒に天に祈りを捧げた。

角川春樹だけが経営者ではないが、今の多くの経営者は角川春樹的に要素をあまりに失いすぎていると思う。

"潰れそうな会社"

を前提にしてしまえば、何が起きても良いから成長も出来ると思うけどなw

それでビビって入社しない人はそもそもビジネスパーソンではなく従業員なんだから、そんなのはアルバイトか派遣で必要な時に必要な数調達すれば良いと思う。

・・・そうそう、アルバイトレベルの労働価値観の人間を社員にしちゃうから上手く回らないのだと思う。(立派なアルバイトさんも居るが)

15:オーソドックスに無難に勝負しても、無難な結果しか得ることはできない。無知と無謀を貫き通して仕事をやり切れば、頭上に鮮やかに旗を打ち立てられる。旗が鮮やかに見えれば、その旗はオリジナルなブランドとなる。

無知は恥ずべきことではない。無知であり無謀であればこそ、不可能を可能にする闘いに挑戦し、この手で鮮やかなブランドを創出することができるのだ。

AZZLOが上手くいった時は、大概その題材においては無知だったしな。そして大概

「出来るんならやろうよ。イケそうなんでしょ?」

と言ってきたな。

16:幻冬舎創業から現在に至るまで、僕は他人様に広告戦略を考えていただこうなんて思わずに仕事をしてきた。広告会社に戦略を任せることなく、キャンペーンもイベントも全部自分で考える。新聞広告を出す時も、幻冬舎のデザイン室が僕の指示に従って作る。「見城徹」 というプロデューサーが一人で指揮をして作る広告だから、規模の大きな広告制作会社と組む必要もない。

www。

商品広告ならまだしも、企業広告をゼロから広告代理店が考える案件とか意味不明だしなw

17:「ヒンシュクはカネを出してでも買え!」 というのは 「悪名は無名に勝る」 という僕の心の叫びだ。新しく出ていく者は周りから顰蹙を買うくらいが丁度いい。

AZZLOは頑張って顰蹙を買おうとはしてないが、うっかり発言もあるし、妬み等から評判が悪い側面もある。

しかし、大概AZZLOを悪く言う人は、コンプレックスが強い人なんだよな。

同世代・同等ヒエラルキーの人たちが煙たがるのならば、まだ分かるが、上位者がAZZLOを悪く言うのはダメだと思うなぁw

そんなAZZLOに設定した (信じている)のは、彼ら自身であるw

18:文庫本を乳首を隠すのに使ったっていいじゃないか。文化だ、芸術だと言って偉そうにふんぞり返ってるから衰退するのだ。

"ふんぞり返る" 時点で停滞であって、少なくても文化ではないよな。

19:圧倒的大差をつければ、嫉妬されることはなくなる。ただし、決しておごり高ぶってはいけない。おごれる者は必ず堕ちていく。

覚えてる限りだが "ヒエラルキー" "ソーシャルグラフ" という単語も知らない、要は知識すらも微妙な人が、AZZLOを批判してたりするもろもろへの疑問からの組織批評 (ほぼ批判) であるが、AZZLOはおごり高ぶっているだろうか?

仮におごり高ぶっていたとしても、知識すらも微妙な人がAZZLOを批判している訳だから、お互い様だと思うw

20:編集者が作家と惰性で付き合っていると、ともすれば作家は 「裸の王様」 になってしまいがちだ。

作家の機嫌を損ねることを怖れ、無難な物言いしかしなかったとしよう。編集者がそのような態度で一歩引いている限り、作家の琴線を刺激してエキサイティングな新作を受け取ることはできない。ただ原稿をありがたがって受け取り、印刷所に回しているだけであれば、編集者は原稿のクーリエ (運び屋) と同じだ。

そしてテキトーな結果しか残せないので 「また媒体打ちましょう♪」 というループをするんだよなw

2014-01-13 23-40-45.jpg

最終的には広告しなくても売れる状態を築くのが、販促パートナーのミッションだと思う。

大半の広告代理店営業は、本当に得意先が栄える事を望んでいなくて、ただ継続して媒体買ってくれれば良いとしか思ってないだろうな。

21:自分の身を切らず、自分の身を痛めずして、安全地帯で身を守りながら 「キャラを立たせたい」 と言ってもどだい無理な話だ。

若年層に少なくないのだろうが、おそらく "ちょっとチヤホヤされたい" 程度のモチベーションなんじゃないかな?

そして、AZZLOは "キャラが立っている" 的な定義にハメられやすいのだが、当然嫉妬する者が出てくる。

特に狙って攻めてる訳ではないがw 光が強ければ影も強く出るんだよな。

22:パートナーとして長く癒着の関係を保つためには、キラーカードを何枚も手に持っておかなければならない。お互いが圧倒的努力を重ねて何枚ものキラーカードを常に獲得し続けるからこそ、お互いがお互いを必要とする癒着は続いていく。

そして、キラーカードを切り合った先に、大きな成果が出ると癒着は益々深くなる。

勘違いして欲しくないのだが、「癒着」 と 「人脈」 は似て非なるものだ。僕は 「人脈」 という言葉を聞くと虫酸が走る。

「仕事ができる人間になるためには人脈が必要だ」 と考える人は、異業種交流会やパーティーにやたらと出席しては名刺交換に謹んでいる。大勢の人間が集まる場で名刺を渡し、通り一遍の薄っぺらい世間話をしたところで、癒着と言えるまでの濃密な関係を築けるわけがない。残るのは顔も思い出せない人たちの名刺の山だ。

"電話帳の登録数" "ラインの友達数" に依存するのは自信の無さな訳だしな。

そしてキラーカードを持ち続けるのは、相手に対する礼儀とも思う。

"全員アンパンマン" と言えるんだよな。相手から搾取して自分だけ潤うのは失礼だし、長くは続かない。

23:どちらかが、どちらに依存するのではなく、お互いが欠くことのできない者同士として多くの血を流し、命を張る。その関係を批判するのは、ビジネスにおいて本当の人間関係を理解しない者のやっかみである。癒着こそが大きな結果を生むのだ。

何も持たない者同士が生半可な関係を築いたところで何の結果も生まれない。キラーカードを持つ者同士の濃密な癒着こそが大きな結果を生み出す。

人脈は一朝一夕でできあがるが、癒着は決して一朝一夕では成立しないのである。

理解出来ない人も少なくないかもしれないが、特に仕事はこの指摘の要素の濃さが、成果に紐付くと思う。人生の濃さでもあるな。

24:正面突破で仕事をすることによってギアがピッタリ合う作家もいれば、波長が相容れず縁がないまま終わる作家もいる。後者のパターンになることを怖れ、作家と可もなく不可もないやりとりなんてしたくない。相手の顔色をうかがい、お世辞に終始する仕事などやりたくないのだ。

イケてる人はお世辞には馴れ過ぎているので、刺激が無いと思われるしな。

そぉいうレイヤーを知らないでゴマすりに終始する人、ゴマすられてダマされる人は、そのレイヤーの人同士という事で、もう別に良いと思うが、AZZLOを巻き込まないで欲しいとは思うw

25:僕は常に小さなことに後ろ髪を引かれ、小石につまづき、小さなことにクヨクヨする人間でありたいと思っている。

AZZLOもそうありたいと思う。

過去はその濃度が濃かったが、最近歳のせいか、全て忘れてしまいがち・・・w

26:GNO(義理人情恩返し) をごまかしたか、ごまかさなかったかは、自分が一番よく知っている。GNOに生きるのは疲れるが、同時に清々しい。義理と人情と恩返しを、重んじてたとえ損をしたとしてもそれに殉じたい。

その行き方を感じてくれれば、僕以上に大きく義理と人情と恩返しで報いてくれる人は必ず現れるはずだ。僕はそうやって生かされて来たのだ。

そして恩送りをするべきだと思う。

27:94年3月25日、僕は決死の覚悟で朝日新聞に創業宣言の全面広告を出した~中略~

3月25日が近付くにつれて、怖くて怖くてたまらなかった。ベッドに入っても恐怖に打ち震えてちっとも眠れず、涙がどんどん流れて止まらないのだ。朝日新聞をはじめ、この時の広告費には1億円近い大金がかかっている。もし本が売れなければ会社は即倒産。僕は自己破産だ。

「調子に乗りやがって。見城は失敗するに決まっている」 「幻冬舎を立ち上げたらあいつは終わりだ」。

みんなが大笑いしている様子が、幻覚のように耳元で鳴り響く。「そいつらの言う通り僕はまんまと失敗するのか。そうなれば、文芸元年の歴史が始まるどころではないな」 最悪のシナリオを想定したら、泣けて泣けてならなかった。

やはり創業は、特に近代は相当な覚悟が必要な事だと思う。

ITベンチャー云々で、いわゆる独立というのが簡単・流行に見えなくもないし、簡単なめぐり合わせ・タイミングもあるとは思うが、継続するのは大変だと思う。

AZZLOの周辺には経営者が少なくない。よく彼らから苦労話を聞くが、「家のもの全部売ってしのいだ」 とか、スレスレなタイミングも無くはない。

そぉいう現実を見ると、多くの企業の "雇われ社長" は、社長ではあれどビジネスパーソンとしては筋力がないように見えるよな。こないだのT芝の件とか特にそう感じる。

28:オーナー経営者は、経営が多少まずいからといって逃げ出すわけにはいかない。多くのスタッフや取引先がいるし、経営判断いかんによって、彼らやその家族の人生にまで責任を負うことになる。幻冬舎を立ち上げてから、僕は鉄板の上で火あぶりにされるようなジリジリした緊張感にさらされて来た。この重圧は、角川書店時代にはまったく味わったことがないものだった。

母は同じ国に1ヶ月と居ない生活をしていたが

「地上に居たら出来る事が多過ぎて疲れる。飛行機に乗っている時は命も預けている訳だから、唯一まともに寝れる場所。」

と言っていたのを思い出した。

29:もし君が銀行や大手広告会社、テレビ局、航空会社のような大企業に勤めているのであれば、そこを辞めて企業する道はあまりオススメしない。これらのナショナル・ブランドは、まず潰れる心配がないからだ。仮に倒産寸前にまで経営が悪化したとしても、同業他社なり国なりが必ず救済してくれる。

救済後がイイカンジかは保証されないけどなw

30:覚悟を持って現実と格闘した先にしか大きな結果はない。

「覚悟」 とは、このためには死んでもいいと心に決めることである。

AZZLOはそこまで悲壮感というか、背景が濃くない状態だが、"死ぬまでの有効活用" という確信は持っている。

31:幻冬舎は創業から今に至るまで、基本的に新卒は採用しない方針を貫いてきた。社会人経験がない新卒の学生は、海のものとも山のものとも判らない。偏差値が高い有名大学や海外の大学を卒業していたり、履歴書にかかれている経歴がいくら華やかだったとしても、新卒の学生は社会人としての経験値がゼロだ。

社会人経験がまったくないため最初は仕事がうまく行かなくても、まっさらの状態であることが強みとなり、柔軟に対応できるタイプもいるかもしれない。しかし、そういった大いなる可能性も、1年くらい一緒に働いてみなければ見えて来ない。

僕が新しい人材を採用するときは、その人から立ち上がる雰囲気と印象を重視してきた。俗な言葉で言えば、背後から漂うオーラだ。その人の肌ざわりから醸し出す人間性を鋭敏に察知し、自分の直感力を信じる。直感は多くの局面において正しいものだ。

人を見る目が人事部に無ければ、スペック採用の根は絶たれないだろう。

先日人事的な事に従事する人と話したら

「!!!確かに何をもってして良い学生かオレは分からない・・・」

と言っていたしな・・・。

そして学生は 自分にオーラが無い前提だからこそ、スペックを求める生き方の動線がケアされている と思うw

2015-2-04-23-01-05.jpg

2015-3-03-23-04-14.jpg

こぉいう傾向は強まっているしな。

何度も書いているが "従業員" が欲しいならば、今の大卒採用動線で良いとは思う。ビジネスパーソンが欲しいならば別の方法を検討しなくてはならない。

32:人は必ず死ぬ。今この瞬間は、死から一番遠い。今から1分経てば、僕も君も1分だけ死に近付く。死があって生があり、生があって死がある。生と死は不可分だ。「自分には必ず死が訪れる」 と認識した時、生が輝き始める。生きているうちにやるべきことが見えてくる。

死へと一歩ずつ近づく悲しさに震えながら生きるから、生に感動と歓喜が生まれる。切なさや悩み、苦しみを感じ、同時に官能も恍惚も噴き上がる。生まれた人は全員 「死のキャリア」 なのだ。

"生まれた時から終活" だしな。

33:僕は大学生時代、かなり真剣に学生運動、革命運動に関わっていたつもりだった。だが、実際は現実という踏み絵をまるで踏み抜けてはいなかった。

「留置所や刑務所に入れられるのは嫌だな」 「親が悲しむだろうな」 「就職もできなくなるだろうな」

そんなくだらない理由をつけて、臆病な僕は革命運動に殉じることができずのうのうと現実にとどまっていたのだ。

かたや日本赤軍の奥平たちはどうか。アメリカやイギリスのせいでパレスチナの人々は自分たちが住んでいた場所から追い出され、難民キャンプに追いやられる。こんな矛盾を許してはいけない。戦うべきだと決意した彼らは、命を投げ打って信念の道に殉じた。

僕も一度は、矛盾に満ちた世の中の仕組みを変えようと夢見た。だが、いくら高邁な観念や思想、理念を描いたところで、実行に移さなければ何の意味もない。何の価値もない。僕がやっていた学生運動、革命運動など、所詮は観念の遊戯に過ぎなかったことに気付いたのだ。奥平たちの事件は僕の人生を一変させた。

こうして僕は、21歳の時に生き方を変えた。僕如きが軽々に革命を口にするのは申し訳ないと思ったのだ。もう革命とは決別しよう。偽善はやめよう。自分が否定し続けてきた資本主義の世界で、徹底的にのし上がってやろうと決めた。

だから僕は、自分が忌み嫌ってきた俗世界と、なんとしてでも折り合いをつけなければならない。ただ折り合いをつけるだけでなく、俗世界をねじ伏せ、そしてのし上がってやる。僕がのし上がることによって、この世の中の醜さを証明してやる。革命に挫折した僕は、意気がった気持ちで人生を大きくギアチェンジした。~中略~

理想に燃えて革命を夢見たものの、世界はまるで変わらない。そのことに絶望して死を選んだ奥浩平や高野悦子に、僕は借があると今でも思っている。奥浩平や高野悦子が命懸けで憎んだこの世界が、いかに醜いか。僕の成功と出世によって、逆説的にこの世界の醜さを証明してやるという意気がりがあった。

やはり出てきた名前だ。なんかそぉいう臭い感じてた。

そしてAZZLOも20歳か21歳でDJを辞めたと宣言した。(しばらくはたまに回したが)

ユートピアだと信じていたクラブが腐敗していく瞬間を見て、まずは離れよう、そして馬鹿にしていた "会社員" を演じてみよう、"馬鹿にしてるならば簡単に彼ら以上の結果は残せるハズ" と思って今がある。

見城氏のように命を検討するまでの背景ではないが、"自分が否定し続けてきた資本主義" にあえて身を置く経緯は似てると思う。共感する。

逆にずっとサブカル周辺に生息して、マスと交わらない生き方は "言い訳・逃げている" 様にも見える。少なくてもAZZLOはそうはなりたくなかったんだよな。

34:よく別れ際に 「近いうち、メシでも食いましょうね」 と言う人がいる。食事をする気もないのに、上っ面の言葉だけで社交辞令を述べるのは失礼ではないか。軽い気持ちで言っていたとしても、守らなかった時点で単なるウソになる。

僕はこのような小さなウソをつくのも耐えられないから 「今度メシでも食べましょう」 と口にした時には、必ず手帳をめくって予定を空ける。

小さな約束を守る、小手先のウソやごまかしを言わない、人を騙さない。仕事ができるできない以前に人として最も大事なことである。

人を平気で騙すような人間は、社会的な成功を得ていたとしても人間のクズである。

www。そして常にビビって生きていく事になるし、死ぬ直前は濃い目の後悔をしながら死ぬだろうw

35:小さく生きて、小さく死んで行く。誠実に生きて、誠実に自分の運命を引き受けて死んでいく。あざとい野心もなければ、人を押しのけてまで目立とうとも思わない。そういう人たちの日々の営みを感じられず、彼らとの友情をないがしろにするような僕であれば、もはや編集者として現場に立つ資格はないのだ。

そうでないとただの成金だからなw

36:幸福の尺度は一人づつ違う。人からどう思われようと自分が満足できていればいいのだ。死の瞬間に後悔しないように今、熱狂するだけだ。

経済を回す為に 「幸福とはこぉいうもんですよぉ~。クリスマスは異性と過ごさないと失格なんですよぉぉぉぉ♪」 に代表されるマス媒体を通した価値観ゴリ押しに洗脳されていると、キリがないんだよな。

AZZLOがそれに乗っかるのならば

「クリスマスに複数の異性と過ごさないと満足しません」

になるw デモ行進と言えるぐらい数万の女子を引き連れて歩きたいw

いわゆる家族という概念・それに紐付く幸福も同様に最近出来たものでしかない。

「父母子 なんていうイメージは つい最近 経済構造と共に出来た価値観」新報道2001 2015 05 30

「父母子 なんていうイメージは つい最近 経済構造と共に出来た価値観」新報道2001 2015 05 30

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年6月9日

政治家の未熟さ・不備を見えなくするように家族単位で美化されているとも思う。

「家族を美化して 信じて 全てうまくいく という考え方がある」新報道2001 2015 05 30

「家族を美化して 信じて 全てうまくいく という考え方がある」新報道2001 2015 05 30

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年6月9日

中途半端に上手くいってるし歪も出てきているが故に、ワールドカップやオリンピックの時だけ、合法的に愛国心に依存するのだとも思うw

37:失敗して落ち込んでいる人に出会うと、僕はこうやって声をかける。「今起きていることはすべてプロセスだ。プロセスの中で生じた暫定的な結果によって、人生がすべて決まるわけではない。最後の勝負は、死ぬ時にあなたがどう思うかだ」

当たり前過ぎるwww

38:金持ちにも貧乏な人にも、いずれ死は訪れる。仕事で多くの功績を残している人にも怠惰な生活を送っている人にも、いずれ死ぬ瞬間は平等にやって来る。「あの人は貧乏だし、家族にも恵まれずかわいそうな人だ。あの人の人生は失敗だった」 と周りから憐れまれても、死ぬ時に 「俺は自ら望んでこういう人生を送ってきた。一人で死んで行くことに何ら悔いはない」 と独りごちることができれば、それが幸せなのだ。

"ゴミ屋敷の住人" とかも同様だしな。半分ヤケクソで自分で信仰を作りだしたという逃げもあるケースは少なくないが、いずれにしても自信を騙しきったら勝ちだろうw

39:人生にifはない。僕は自分がリスクを負って常に闘い続けられるように、できるだけ守るものを少なくしてきた。そう生きようと決めたのだから仕方がない。

血を分けた子どもがいない僕は、最後は一人で密かに死んで行きたい。父と母から頂いた 「見城徹」 の血と骨が灰となった時、僕は故郷・清水市の海へ静かに還るのだ。

見城氏とはちょっと違うが、AZZLOも守るものをもちたくないが故に、高収入にはなりたくないと思っている。33番に書いた事と矛盾するがw

大概高収入になると "偉くなる" も伴うので、その "偉い" が、少なくても今在籍している組織では目指したくないんだよな。今の組織を離れたらどう思うかな?

40:「女が女を愛してはいけない」 「男が男を愛してはいけない」 「ムチで人を打つのはヘンタイだ」。共同体が勝手に決めたルールなど無視して、性愛を貫けばいい。毛深い女性が好きだ。ハイヒールに異様に興奮する。体臭はキツければキツイほどいい。人それぞれフェチズムがあり、その嗜好は他人に理解されなくたって一向に構わないのだ。~中略~

性愛を根源的に突き詰めて行った時、生きることの意味が問われる。

見城氏はバイセクシャルでドMっぽい感じするよなぁw

性愛のスタイルは時代によって多少変わるが、根本的に出来る事が限られているし、大枠は変わらないのが、非常に興味深い対象だと思う。

面倒くさいと思いながらも、また新たな性愛に興味を持つ "学ばない・懲りない" みたいなのも面白いw

41:たとえ高収入ではなくても、他に魅力があれば女性は君を好きになってくれるはずだ。たとえ華やかな金持ちではなくても、身をやつして一つのことに打ち込む姿に官能を見出す女性はいる。学歴も収入もなくても、やたらとストリートファイトばかりしている不良に惚れる女性だっているわけだ。

それは君がどう生きて来たかに関係する。その 生き方の集積が相手を痺れさせ、君の虜にさせるのだ。適当に生きて来た奴に魅力などあるはずもない。外見なんんかいくらでも生き方でカバーできる。

AZZLOよか金があって小奇麗な男子でも、女子を釣ろうと思っても釣れないみたいだもんな。

42:今の時代、ひょっとすると 他者への想像力は恋愛でしか育めなくなったのかもしれない。 恋愛をしている人は、否が応でも相手の気持ちを考える。相手の気持ちなんてそっちのけで自分のことしか考えていなければ、恋愛関係は早晩破綻する。

僕たちの若い頃には貧乏があり、学生運動があった。仲間について 「あいつは何を考えているのだろうか」 と想像する瞬間がたくさんあったのだ。学生運動が激化した渦中には、「あいつは俺たちを裏切っているかもしれない」 と不穏な想像力も働かせた。~中略~

だが恋愛だけは、時代がどう変わろうと不変だ。他者について想像力の翼を広げ、さまざまな道筋をシミュレーションする。そうしなければ恋愛は決して成就しない。

AZZLOはコレ面倒臭いんだよなぁw 過去にやっていたDJとしてフロアに居る人の感情を想定し、今はプランナーとして広告主の決定要素と生活者の反応を想定し続ける日常なので、プライベートまでやっていたら疲れてしまうw し、ある程度傾向は把握したつもりだが、女子と男子では根本咬み合わない領域が少なくないw

43:僕が25歳の時に、故・有吉佐和子さんが 「あんたを日本一の料理屋に連れて行ってあげる。まだ25歳だから早いけどね」 と誘ってくださった。初めて足を踏み入れた西新橋の名店 「京味」 には驚いた。 ~中略~

25歳の時に一流の味を知った僕は、角川書店で猛烈に働いた。京味の良い客になりたい。そのためには仕事で大きな利潤を上げなければならない。会社を食い物にしたり、会社を騙して京味に行くのではない。会社に 「文句はないでしょう」 と言いながら、堂々と正面突破で京味に行きたい。

AZZLOも自腹でキャンティぐらいは行きたいしなぁ。(行けなくはないがw)

"先輩が飯を奢る" というのは、こぉいう導線を構築する意味があると思う。

"行っても割り勘で和民" では社会としてダメだと思うw


AZZLOは見城氏ほどではないが、ドM感は近い部分もある事を確認。

AZZLOの発想・企画方法メモ

に書いたように "まずはあえて四面楚歌を目指す" とか、近い感じがする。

そして近年、見城氏ぐらいの年代の人は激動の時代を経験してきただけに強いし面白いと感じていたのだが、改めて実感した。

しかし、多くの特に大規模な企業経営社も見城氏と同年代だが、T芝のようなダサい事が少なくない現実とのギャップは一体なんなんだろうと思ったりもするw

当然時代による傾向はあるものの、個それぞれなんだろうが、近年素敵な先輩に出会わなくなったなと思う・・・。今在籍している組織中心の人間関係なのが大きな要因ではあるが。

おそらく "死を意識した事があるか否か" が違いを生む要因としてあると思う。孫正義も病気で死にかけてたしな。

死に比較的近い高齢の人であれば、当然死への意識は高まるハズだが、"権力依存" 等により傾倒するのは、高齢になる以前の経験・育ちの違いなんだろうとは思う。若い頃はそういう時期があっても良いと思うが、高齢になったら "キリがない事への飽き" が起きてなさそうな偉い人には疑問だな。

改めて、同じ社長でも雇われ社長とビジネスパーソンの違いを実感した読書だった。

2015年07月19日

-読書感想- 気づく仕事 / 博報堂研究開発局

2015-5-07-00-46-34.jpg

気づく仕事 / 博報堂研究開発局

2012/4/26発売。2015年4月の読書。

しばらく前の本だが本屋の棚を物色していると、気になるタイトルを発見!博報堂関係の本は結構好きだし、AZZLOの組織に対する疑問の多くは

"何故論理が破綻している事に 『気づかない』 のか?"

な訳なので手に取った。


1:人は意外と自分の欲望に気づいていないものです。マーケティングといわれる活動の基本は、当人がまだ自覚していない欲望を、さまざまな方法から探りあてることにあります。よく 「欲望の創造」 という言い方をしますが、これはちょっと違うと考えています。むしろ 「欲望を発見」 することが私たちの仕事だと言えるでしょう。

博報堂っぽいw そして博報堂もちゃんとやれてないな。

やはりアンケート等の顕在ニーズはある一つの側面の事実でしかなく、大半のマーケティングは “欲望への順応” なだけ。故に “既存顧客維持” には寄与するコミュニケーションではあっても、社会変化に伴う新規顧客獲得は起きないんだよな。

"線でしか認識出来ない。点は見えない"

的な視力が悪い感じがするw

2:当人もまだ自覚していない欲望を発見したら、次はその欲望への生活者の 「気づき」 をうながすのが私たちの役目です。というのも、ただ欲望を発見しただけで終わってしまっては、市場も生活も何も動いてはくれません。

そして 「お前の潜在ニーズってコレだろ?」 と言われると、認めたくなくなるので、「オレ (生活者) が発見したのだ!!!」 というトラップにハメられる状態が望ましい。

普遍的な欲望は "自尊心の担保" だから、そこをケアしない限り、表面的には欲望であっても反抗したくなるもんだと思う。

3:「人は意外と自分の欲望に気づいていないもの」、当然これは博報堂の社員にもあてはまります。私たちはふつうの人間の集まりです。そんな私たちが 「当人がまだ自覚していない欲望」 を先に探り当てるためには、常に思考を自由な状態に、固定観念にとらわれないようにしておく必要があります。

もし私が顧客に何が欲しいのかという事を尋ねていたら、彼らは「もっと速い馬が欲しい」と答えていたことだろう。(ヘンリー・フォード)

と同じだよな。そして人の判断ではなく、今後はビッグデータ的な予測で精度高い探り当てが可能になるので、人の “センス” みたいなものも崩壊する気がする。

そして一周回って "勘違いこそ価値" みたいな事が起きると思う。

4:自らの自負を込めて博報堂は 「人が資産」 の会社とうたっています。

仮に博報堂の意思として文字通りであったとしても、あえて言わなきゃいけない前提がおかしいとは思うなw

要は "人が資産" ではない組織が少なくないという事だろう。

5:私たちは、ふつうです。天才ではありません。ひとりでは、大きな 「気づき」 は、やっぱり難しい。ふつうの人間が 「気づき合う」 から、ふつうの生活者が気づけないことに 「気づく」 ことができるのです。

その側面はあるし、多面的考察が出来るからチームだと思うが、大概 ”声が大きい人・上司の意見・前例事例踏襲に流れる” という複数人の弊害もある。”気づき合う関係” は権力的な面倒臭い束縛が無い関係でなければ起きない。

昨今 "ワークショップ" とか流行りらしいが、もちろん旨味もなんとなく想像は出来るのだが、"譲り合い" みたいなのも日本人だと起きるので、"個人の熱狂" の方がずっと良いと思う。

6:社会は、変わります。「常識」 も変わります。当たり前のように思ってきた 「世の中」 や 「常識」 を、まだ当たり前だと思っていないでしょうか。

これを前提に持ってないと、気づく事は何もないからなw 大概気づくのではなく “後追いで事実を知る (知識)” なだけで、世の中からは一歩遅れているw

家族という概念も同様だと思う。

「父母子 なんていうイメージは つい最近 経済構造と共に出来た価値観」新報道2001 2015 05 30

「父母子 なんていうイメージは つい最近 経済構造と共に出来た価値観」新報道2001 2015 05 30

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年6月9日

7:成長期の常識は、もはや常識ではなくなりつつあります。たとえば 「新しいもののほうが古いものよりも常に優れている」 という考え方は、わが国の経済成長期における進歩主義的なものの見方でしかありません。もし、仮にあたながイタリアのローマへ行ったら、そこには 「古いアパートほど家賃が高い」 という正反対の常識に出くわすでしょう。

いわゆる昭和の高度成長期においては、”モノ(工業製品)の産業革命” の真っただ中だった訳だから、それは大方事実。しかしローマのアパートにおいては、不動産物件であり、今、氷の冷蔵庫はないだろう。比較対象が違うと思う。

8:なぜ私たちの社会はまだ経験の浅い若者のことを 「最も進んでいる」 と見なし続けてきたのでしょうか。虚心に見れば、最も 「進んでいる」 のは豊富な人生経験を積み重ねた老人だ、という発想もありうるはずです。

これも比較対象が違う話に思う。とは言え、このような “こっちもありうる” 検証は必要な思考だと思う。

9:アイデアとは、「既知のふたつのものの間にある、未知の関係を発見すること」 であり、偉大なアイデアの多くは、このようにとても身近で、「なんだ、それくらいなら自分も思いつけるぞ」 と思えるものなのです。ところが、これがなかなかできない。〜中略〜

それは、私たちは誰もが 「マインドセット」 を身につけているからです。マインドセットとは、経験や教育・先入観などにより形成された思考様式や価値観のことで、「固定観念」 「暗黙の了解」 「思い込み」 といったものがこれに含まれます。

日本の教育は “気づかないマインドセット” だな。全員がアイデアを出さたら、偉い人の価値が "低まる雰囲気がする”(自信がない上にヒエラルキーを理解していない偉い人の不必要な危機感) から、戦後教育を踏まえて社会全体で今だに促進させている事だと思う。

10:「カテゴリー知覚」 と呼びますが、これなどはマインドセットによる代表的な 「気づき」 の妨げかもしれません。「携帯電話」 というカテゴリー知覚からは、テンキーのないタブレット型のスマートフォンは生まれなかったでしょうし、「調味料」 というカテゴリー知覚に縛られていたら 「食べるラー油」 という発想は永久に出てこないのです。

型にハメると "理解度" が増した気分になる人の根本があるしな。逆に言うと、既にカテゴリーにハマっている事は、ハメようとする頭が働かにので興味は湧かないとも言える。(普遍的な欲求カテゴリーはあれど、時代によって変化はある)

11:えてして知識や経験の豊富な人ほど、マインドセットの束縛にとらわれてしまいがちです。一切の予見を持たず、ものごとをありのままに見ること、それが気づきのために不可欠な基本作法なのです。

という知識もマインドセットの束縛に寄与しなくもないんだよなw

本当のフリーでフラットな見識とは何だろう?とちょいちょい思うw

12:論理的に考えたら間違いなくベストの選択なのに、どうしてもその商品を欲しいと思えない、そのような経験は誰にもあるはずです。その 「しっくりこない」 違和感の理由を探っていけば、論理では割り切れないものが何なのかが見えてくるはずです。

"可愛げ" だろうかw

恋愛でも同様で、スペック高くて申し分なくても、なんか盛り上がらないとかあるしな。

13:気づきが違和感=認識のズレからはじまるのならば、その発見と解明はひとりではなく多人数で行ったほうがはるかに生産的です。

なぜなら、何人かが集まれば、自ずとそれぞれの認識は異なります。同じものに対しても違うとらえ方をします。だからズレの発見が大変容易になるのです。

そのズレを公にして良いのならば生産的だと思う。しかし組織では "ケチをつけた" 的に受け取る人が少なくないので、沈黙のポーズだけになると思うw

世の中的にワークショップがこれといって大きな成果が出ないのは、蛍光灯の下でシラフでやるからだと思うしな。

何度か書いているが、生産的な発見解明は酒場でしか起きないと思う。

14:共同空間とは参加者全員で 「ひとつの脳」 をつくることではありません。一人ひとりの 「個人脳」 が自発的に繋がり合い共同で機能するような状態のことです。それには、まず個人脳が自由にいきいきと活動していなければなりません。~中略~

この共同脳空間の大きな強みは、お互いが他の人の思考力や発想力・観察力などを引き出しあえることにあります。誰かのちょっとした発想や観察を他の人が解釈したり分析することで、当人も認識していなかったような視点をそこから引き出していくのです。相手の力をうまく受け入れて、より大きな力へと変えていく、という点では合気道に通じるものがあるかもしれません。~中略~

クラウドコンピューティングのような概念を人間のネットワークによる有機的な 「運動体」 に置き換えたもの、それが共同脳空間だ、とも言えるかもしれません。

端的に言うと、それがチームだと言える。

そして "人間一つの脳" も細胞の集合体であるので、クラウド・ビッグデータは "地球規模の脳" とも言える。

組織内のナレッジマネジメント概念の延長からも、いずれ "大きな脳" になり、人間は "アカウント" 的になると思う。

ただし組織がやるナレッジマネジメントは、ただのタスク・疲弊履歴でしかないので、ポジティブな共同空間脳にはならないのは明白だな。

15:共同脳空間では、秀才が必ずしも優秀であるとは限りません。一般に秀才とは高学歴の人を指すことが多いと思いますが、それは具体的に言うと 「勉強を重ね、受験戦争を勝ち抜いた人」、すなわち 「与えられたお題 (問題) を解き続け、誰よりも正解を出し続けた人」 ということになります。そんな彼/彼女らは往々にしてお題に対する正解のみを最短路で追い求めてしまい、そうでないものを否定し排除する、いわゆるネガティブチェッカーになりがちです。これでは共同脳はその活動を止めてしまいます。また何より、「お題ありき」 で考えてしまって、お題自体を疑うことをしなければ、「お題を超えた 『気づき』 を得られるはずもありません。

コレ、ほんとあちこちで言われてるよなぁw

にも関わらず、企業の採用活動が特に変わらないのはなんでだろう?

まぁ採用側がいわゆる高学歴の秀才であれば自分を否定にする事になるから出来ないのだろうがw

16:「1986年に男女雇用機会均等法が施行されたことで、日本の女性の社会進出は大きく進みました」・・・などと書いてあっても、ふつう何の疑問も感じませんよね。でも、「本当にそうなの」 でしょうか?

「女性の社会進出」 というのはすでにひと連なりの慣用表現のようになっていますが、それを前提に 「社会進出を果たした女性のこれからのライフスタイルについて考えましょう」 といったお題で議論に入ってしまって、よいのでしょうか。

少し考えればわかることですが、ここで言う 「社会」 とは 「企業社会」 のことにほかなりません。つまりこれは正確には 「女性の企業社会進出」 を指しているのです。そもそも日本の女性は、男女雇用機会均等法の施行以前から、少なくても1945年の婦人参政権獲得以降は、いやそれ以前でさえも、立派な社会の成員です。

AZZLOは疑問を感じ続けている。"女性は社会に存在しなかった前提" なのが腹立つのだw

いわゆる "会社" という中には女性は比較的少なかったり、寿退社とか前提だったかもしれないが、社会には存在したハズであるw

そもそも "モテたい" から仕事頑張る男子が居たりする訳であって、こういっては失礼な側面もあるが、"資本主義を回す餌" として十分社会に存在していたと思う。

どう転んでも男子はおっぱいとおま◯こには逆らえないのだw

そして、"情緒不安定" "男性社会への仕返し" はダメだが、女性管理職とか女性上位環境の方が資本主義上の組織は上手くいく可能性は高い気がしている。

かといって 「女性も就職して一人前」 というのは間違った配慮でただのレッテルとなるw

両性共にだが、それぞれの性のポテンシャルを最大限活用出来ていない社会環境に思う。

17:全体を俯瞰するときには、当たり前のようですが 「全体」 を見なければ意味がありません。ですが、ついつい私たちはそれを分類し 「部分」 に分けて見ようとしてしまいます。得てして優秀な人ほど、全体を緻密に分類し、整然と部分に分けてしまいがちです。私たちは分けないと 「わかった」 気になれず、不安なのかもしれませんね。

それも "二次元に分類" するから、欠落するし辻褄合わなくなるんだろうと思う。

18:いま、私たちは、こうつぶやきたくなります。

「そもそも、『幸福』 をこうと決めることなんて、できるのだろうか」

逆に、「自分が成長することで、社会が幸福になれる」。そのように幸福のベクトルを変えてみると、どうでしょう。

「気づき」は、新しいものを生み出す力です。自分への 「気づき」、自分の日々の行いへの 「気づき」、そんな意識が、自分を成長させることになります。それを続けて、世の中に関わり続けることは、きっと、あなた自身のよろこびも、社会のよろこびも大きく成長させることになるのだと言えそうです。

逆に "知らぬが仏" とも言えるがw



もろもろ

2013-11-04 18-35-10.jpg

2013-11-04 18-40-43.jpg

2013-11-04 18-45-44.jpg

2013-11-04 18-46-01.jpg

2013-11-04 18-49-50.jpg

2014-10-25 23-14-05.jpg

これが無いからこそのAZZLOの疑問だし、こぉいう本が出るんだろうな。

体育会では上級生の命令は絶対です。たとえ上級生の言い分が間違っていたとしても、逆らうことは許されない。その世界を生き抜いてきた学生は不条理だらけの会社人としての耐性を備えています

共通するのは指示された目の前の仕事だけをやり、他のことは何も考えていないというか、創造性やクリエイティビティに欠けるのです。上司に対する忠犬ぶりはすごいが、後輩や周囲を巻き込んで創意工夫しながら仕事をこなす能力が低い。

更にこういった指摘も非常ぉぉぉに多くなっているし

2015-3-21-12-40-50.jpg

2015-3-21-12-40-03.jpg

もちろん世界的に上位っちゃ上位かもしれないが、上位とするものさし次第だし、それが組織に必要かどうか?が分かってないと意味ないw

企業の人事採用、特に新卒採用においては、まず自己理解 (組織内理解) の上で、外部要因を見渡し "気づく" 必要があるんだろうな。

2015年06月10日

-読書感想- ビッグデータビジネスの時代 堅実にイノベーションを生み出すポスト・クラウドの戦略 / 鈴木 良介

2015-4-19-21-53-06.jpg

ビッグデータビジネスの時代 堅実にイノベーションを生み出すポスト・クラウドの戦略 / 鈴木 良介

2011/11/9発売。2015年3月の読書。

AZZLOは2009年頃から明確にビッグデータの可能性に期待と危機感を持っているが、在籍組織においては

「俺ら要らなくなっちゃうから嫌だ」「AZZLOはSF作家になれば良いんじゃないか?」

という感じで読書しても生かせない切り口なので、後回しにして購入から時間が経った最近読んだ本。


1:もしも、あなたの会社にスティーブ・ジョブズのような経営者やスタンフォード大学卒の意欲と能力に富んだ従業員がいないのであれば、「ビッグデータ」 の活用を考えた方が良い。ビッグデータの活用は、一部の天才のみに依存することなく、堅実にイノベーションを実現するための方法となるからだ。

そして "自ら考えない従業員" の代替として必須なんだよな。ビッグデータは考えさせる事も出来るし、従業させる事も出来る。

2:・「わざわざ」 回答させずとも、「おのずと」 蓄積されるデータを分析すること

・分析により得られた知見のフィードバックを個々別々に対して実施可能であること

ナレッジマネジメント的な事も含まれるからな。しかしナレッジマネジメントの現実は "情報共有" だけ(知識だけ共有の労働疲弊履歴で次に繋がらない) だし、"情報を都合よく解釈して手を抜く人間" よりも複数のペッパー君に完璧にフィードバックして遂行してもらった方が経営者は良いだろうな。

共有会・勉強会なんていう、時間もカット出来る。リアルタイムに共有し続けて仮説を出して、24時間すぐ実施出来る。

そして、会社経営という枠組みだけではなく個人が "オレをオレがマネジメント" という発想が強くなるだろう。

この多重人格化に違和感を覚えるのが、一つの隙間だろうな。

3:ビッグデータの活用を視野に入れた事業遂行を行わない限り、待っているのは激化した競争環境の中での敗北と市場からの退場である。

つくづくそう思う。コレだな。

4:「事業に役立つ有用な知見」 としては、「個別に、即時に、多面的な検討を踏まえた付加価値提供」 を行いたいというニーズを満たす知見といえる。特に販売促進活動の領域において 「パーソナライゼーション」 や 「リアルタイムマーケティング」 などといった言葉にて表現されている考え方が相当する。以前の 「20代女性は~というものだ」 といった分類に基づく施策だけではなく、個々人の興味・関心・行動動態に基づいて施策を講じたいという考えが高まっている。

特に日本は単一民族なんで、短絡的なデモグラが通用しやすく "マス" という存在が維持しやすかったが、現在はそうではないからな。

更に、時間軸が速くなってるから、"今" を前提にした数カ月前の企画なんて通用しないんだよな。人として普遍的な領域はあるが、流行前提の "今" の企画は実施のタイミングでは既に手遅れと言えるw

媒体に限らずコンテンツも "リアルタイム1to1マーケティング" になると思う。"全てがオートクチュール" と言えそう。

5:壁を乗り越えた先にある便益に、世界中の誰も気がついていないのであれば、その壁を乗り越える労をあえて取る必要はないかもしれない。しかし、その壁の向こうにある、大幅な効率化・収益性の向上に誰かが気がつけば、あとは 「追いつき・追い越すこと」 を目指さざるをえない。そうでなければ、次元の違う競争力によって本業での敗北を喫するだけである。これが、利用サイド事業者において、2010年代にビッグデータビジネスに取り組むべき大きな理由である。

2010年代はもう半分経過したな・・・w

この4月で 「そぉいう事(新しい事)は電通がやってからで良い」 といった人のセクションに、「ビッグデータとかそぃおうの踏まえろ!」 的な号令がかかったらしいが、既に "追いつき" を目指している訳で、大変だろうと思う。

先日子会社のすごく偉いおっさんと会話した際に、「確かに危機感はあるけども、兄貴分会社が居るから、なんとかなる」 と言っていたが、"競合の範囲が今まで通りだったら" という前提な感じするな。今後はCCCや楽天等も競合となるんだが・・・。

6:現在インターネット広告では広く用いられている行動ターゲティング広告のような取り組みもフィジカルとサイバーが連携する形で進められるだろう。たとえば 「昨晩、ウェブサイト上で長時間閲覧していた商品を販売している店舗の近くを通る際に、『実物見て見ませんか?』 といった広告を即時に送る」 といった広告配信も想定される。

Beaconなんかは、このフィジカルとの連動を促進させるツールだと思う。

組織でもBeacon提案は前向きだが、この連動を踏まえてないと

"店舗の前に行くとお知らせが表示される"

程度の企画の "有難迷惑サービス" になるw

Beaconはプロモーション (マス媒体以外のお知らせ) ツールではなく、マーケティングツールだと思うな。

7:データを 「買いたい」 「売りたい」 という両者がいるのならば、取引仲介サービス (マーケットプレイスサービス) が成立する。米国ではいくつかの商用マーケットプレイスサービスが登場している。

媒体の問屋ではなく、データの問屋をやらなければ生き残れないと思う。やはり

代理店と各企業のビッグデータ活用方法

コレだと思う。

競争は国内だけじゃないので、USの知見を踏まえたサービスが全てをかっさらっていく可能性を感じる。

東京大学先端科学技術研究センターの玉井克哉教授は「グーグルが集めたパーソナルデータは、世界でほかにないデータベースになっている。検索を会社分割して平等に利用させるべき」と当局に対し、踏み込んだ対応を提案する。

日本でもこぉいう危機感がやっと出てきている。(記事になりはじめている)

8:電子書籍サービスを例に考えると、クラウドから端末に対しては電子書籍データが流れる (くだる) 一方で、端末からクラウドに対しては 「誰が、どのような時点において、どのような電子書籍を読んでいるのか?」 という利用動態情報を取得する (のぼる) ことが可能になっている。

やはりインターネットは上りがキモだよな。

9:個々のデータについては、利用者自身が開示を許可したものであったとしても、複数のデータが関連付けられることによって、利用者本人が望まない事実までもが露見してしまうことも、懸念事項といえる。

とは言え、その望まない事実は潜在ニーズだったりする訳で、生活者はデータをアップロードし続けるハズ。

2015-3-26-23-14-40.jpg

2015-3-26-23-15-04.jpg

であるし

2015-4-14-21-40-45.jpg

2015-4-14-21-41-05.jpg

こうなった方が多くの人にとっては良いだろう。

10:消費者のストリッパー化傾向をサービスにつなげているのが、英国Allow社の事例である。これは 「不正に自分のデータで稼がれるのは嫌ですよね? でしたら自ら管理して自分のデータを現金に変えませんか?」 というキャッチコピーを掲げるものである。

このサービスでは、ユーザが自らの嗜好や、サービスの利用状況についての登録をすると同時に、その開示範囲を設定するようになっている。

www。

今後は、"何を公開するか?" ではなく、デフォルトでは全て公開で、"何を公開しないか?" という選択になると思う。

だな。

11:いささか極端な事例ではあるが、「消費者のストリッパー化」 そのものの事例として、チェコの売春宿 「ビッグ・シスター」 の例を紹介する。

ある36歳の男性は、フランスのメッツにある自宅から、約8時間かけてチェコのプラハにある売春宿 「ビッグ・シスター」 に通う。ここでは、無料でセックスすることができるからだ。そのかわり行為は50台以上のカメラで撮影され、インターネットで配信されることに同意しなければいけない。

「セックスはタブーではなくなった。もっと自由に考えなきゃ」 とこの男性は言う。

2005年以来、1万5000万人がここを訪れ、サービスを利用してきた。一方で視聴者は月額29.9ユーロ (約4800円) を払えば、インターネット上で素人のセックスを無制限で見ることができる。

面白いなw セックスはもうちょっと陰湿であって欲しいと思うが、サイバー共産主義的サービスかもしれないw

12:オフライン空間における事象 (フィジカルな事象) を、より精緻なデータに変換していくことの重要性が、今後より一層高まっていくだろう。そして、フィジカルな事象に由来するデータとサイバーな事象に由来するデータを合わせて活用することの重要性も当然にして、増大する。

6番と同様だな。

一つとしてApple Watch的なウェアラブルデバイスに紐付くデータがトレンドになる。

そして 電子皮膚なり、デバイスとして意識しないものでリアルタイムにデータを吸い上げる んだよな。

13:たとえば、「昼間新宿駅南口の前を通過した人は、○○という看板を確実に見ているはずなので、夜にインターネット上で同様の広告を再度配信する」 といった施策である。

この方向は "広告効果検証" が多面的になるのを嫌う広告代理店に対して、広告主が自社ODMを所有して進化する感じがする。

自社ビルの有効活用や、不動産領域からもマーケティングビジネスへの参入はあると思う。

広告代理店も問屋として扱う事は出来るだろうが、いずれにしても "高い" という理由で媒体主と広告主の直取引を加速させるだろう・・・w

14:フィジカルな世界における強い人間関係を、現在のSNSよりも適切に抽出するデータもあるのではないだろうか。(贈答品の購入データなど)

"あなたとセックスしたそうな人はこの人です" というデータもおいおい出てくるなw

15:あるデータを低コストで取得することができる事業者と、そのデータから十分に効用を引き出すことができる事業者は、必ずしも同一ではない。そのことを踏まえれば、データの事業者間流通が促進されることにより、より一層データ活用が進むと考えられる。

まだ流通していればマシだし、マイレージグループや、Tポイント、ポンタポイント、といったグループに統合された上で活用されると思う。

現在の事業者は事業ドメインの範囲が狭いので、そういった橋渡しをしてデータ活用をする事になる。その "取りまとめ役" が、いわゆる勝者だと思う。

そして、その取りまとめ役は、人の限界を超えるんだよな。

16:「電子化・自動化」 の実現を目的とする中で雇用した従業員を食わせるだけの仕事が本当にあるのか冷静に評価するべきだ。クラウドは従来のICT業界の仕事を確実に減らす。数年後にどたばたと退職勧奨をするぐらいであるならば、いますぐに時代に則したセクシーな職種への転換を促した方が良いだろう。

データサイエンティストは良い仕事をすればする程、自らの職を失わせる訳だしなw

故に一周回って "居酒屋" がリアルの世界では最強な気がするw

今後はやはり、"クラウド経済圏"(ユートピア) 的な意識が出てくると同時に、"どっちもリアル" という感覚になると思う。


2011年の本なので、2015年としては特に新鮮味は無いが、"まだそうなってない" と捉えるか "おいおいそうなる" と捉えるかで、今後のあり方が変わるよな。

・・・そして今から焦っても、もう遅い。"実は自動運転車は既に実現レベル" と同様、まだ表沙汰になっていない事が、世界的にいっぱいあり、いつ始まってもおかしくないテクノロジーが控えている。

馬が車になったり、ビルが建ったりといった、見た目の変化ではないので分り辛いが、井の中の蛙の範囲が変わるんだろうな。

2015年04月01日

-読書感想- 広告ビジネス次の10年 / 横山隆治、榮枝洋文

2015-3-19-19-24-31.jpg

広告ビジネス次の10年 / 横山隆治、榮枝洋文

2014/5/15発売。2015年3月の読書。

発売当時、広告業界でザワっとした本。普段AZZLOが言っている 「ビッグデータがないと蚊帳の外だから食えなくなる」 という事を詳細にわたって書いてあるので、非常に痛快な本だったw

そもそも横山氏がこぉいう本を出さなくても、気付くのが代理店スキルとして必要だと思うw


1:マーケティング領域へのテクノロジー活用の指南、分析、運用が果たして広告代理店にできるのだろうか。当然、従来IT予算を受注しメシを食ってきたシステムインテグレーターたちがこの動きを黙って見過ごすわけがない。情報システム部門が顧客だったシステムインテグレーターはマーケティング部門へ進出しようと、いま虎視眈々と機会を窺っている。

「その時にはそぉいう人材を獲得しよう♪」 という後手対応ではもう追いつけないだろうな。そもそも年収400万で採用しようとしても来ないしw

2:そもそも 「グローバル化」 というテーマは、「デジタル化」 と表裏一体だ。デジタル化とグローバル化が表裏一体の例は、「アプリを1個開発すれば、世界中で売れるよね」 という現実を連想してもらえば早い。

"グローバル化" って一体なんなんだと考えると

"デジタル技術によって世界中の連動がリアルタイムになること"

という事な気がするもんな。

3:これまで日本の広告代理店のビジネス領域はGDP世界3位、1億2千万人の人口を有する日本市場で十分だった。成長戦略といえばアジア進出に留まり 「ネットワークサービス」 と呼び名を変えただけの 「手売り」 の外販で、アジア各国へ進出する日本の広告主を追いかけるのみ。

"手売りで汗かいてるから労働疲弊履歴になる" からなw 得意先のメリットではなくて "てめぇの組織内昇進" のプライオリティーが高いからだろう。まだ中途半端に売上等にも紐付くが、今後特に紐付かなくなると思うw

4:日本の広告主は広告代理店の選択肢が少なすぎるだけに、日本初 「Dentsu」 のデジタル化、グローバル化は 「乗るか、降りるか」 を迫られる局面が増大するだろう。

その動きにメディア側も同調し、博報堂以下すべての広告代理店は、ますます差別化が難しくなる。それとは別に防衛的な動きとして広告主側が自社内で広告代理店機能を持つ取り組みも加速する。一方、テクノロジーを主体とするアドテクノロジー企業は軽く国境を超えて日本進出の機会を窺っている。

ほんと、電通でもなく博報堂でもないAZZLOが在籍する組織は何を持って前年比100%超えを達成するんだろうな。AZZLOが知る限り全く材料が無いのだが。

5:ビジネス環境が変わる中で、「この仕事はどうやって儲けるのか」 をプランニングする能力が必要だ。これからは 「コミュニケーションクリエイティブ」 もさることながら、「ビジネスクリエイティブ」 の能力が重要なのだ。広告代理店で培われたクリエイティビティは、ビジネスモデル開発に向かう必要がある。

むちゃくちゃそう思う。

広告代理店に在籍する人が "いいなり奴隷" ではなく "有能な人" であるならば、"汗かいてなんぼの媒体問屋" に活用するのはもったいないと思うしな。

あらゆる企業の商品・マネタイズモデルを知る機会、要は "ビジネスモデル" の知見があったりするので、そぉいうのに向いている可能性は高いハズだと思う。

AZZLOは既に、媒体問屋モデルではなく、新サービス開発とか企業に提案していたし。

6:広告・マーケティングに関わる人材であれば、必然的にビッグデータやデータマーケティングの大きなうねりに無関係ではいられないし、うかうかしていると広告代理店ではないプレイヤーに仕事を取られる可能性がある。

これ、AZZLOは入社2年目の2009年から言ってる。

7:広告代理店は、いったん自社の事業ドメインの再確認と再設定をしてみるべきだろう。総合力や資本力のない広告代理店は、特化すべき領域や撤退すべきラインを遅くとも今年中には戦略策定を実行していくべきだ。もうギリギリのラインかもしれない。時間は待ってくれないのだ。

これを "重視クライアント選定" ではないレベルでやんないとダメだよなw それであっても、他のクライアント担当をどう活用・解雇するのかも当然踏まえないといけないw

8:広告主とお天気と株価の話しかできない営業・経営幹部のほとんどは絶滅する。まともな広告主であれば、「彼らは連れてくるな」 と既に言っているはずだ。

あぁ・・・言われた偉いおっさん居たなぁw そして本人は知らないままという・・・。

9:従来は広告主側の知識が乏しい状態だったので、なんとかなっていた現実もあったが、広告主担当者の専門化によって、そういった傾向が続くことはこれからなくなる。特に施策の結果が管理画面上でわかるデジタル領域においては、フロントに立つ人材が広告主とのコミュニケーションにおいて、その場で回答できないということはありえない。つまり、広告主のフラストレーションの源泉となる。「スタッフに確認します」 は、もう通用しないのだ。

"その場で回答出来なさそうな事は、そもそも提案しない" → "オリエン無視になるのでプレで勝てない" という沼にハマってるよなぁ。まだ "たまにはプレで勝つ" 事もあるので、自覚症状が薄いが。

10:CM職人は制作プロダクションに所属すればよいのだ。広告代理店のクリエイターは、コアとなるアイデアを広告のクリエイティブだけでなく、情報のクリエイティブやブランデッドコンテンツ、そしてサービス開発にまで展開する力が必要である。

"まずはコピーとタレントキャスティングから" な労働お作法依存では、「なんでお前総合広告代理店に居んの?」 だもんな。

もろもろWEBや "プロモーションメディア" 方面の業務は、広告代理店内にあるにしても "制作部" で良いんじゃないかと思うw

11:広告主も、15秒、30秒のCM企画のアイデアレベルで企画を選定するのではなく、コミュニケーション・プランニングを設計できるクリエイターをパートナーにすることが求められる。

"広告主" という言葉が既に本質とズレがあると思うよな。本質的に言うと "モテたい人たち" だと思うw モテるとは相手から来てくれる訳で、何もしなくてイイ思いが出来た方がいいだろう。

戦略って "戦いを省略する" という事でもある訳で、"頑張らないのに得をする仕組み" を最初に頑張って作った方が良いと思うw

12:いまのままでよいのであれば、生き残りは難しいだろう。特に若手のプランナーは、先輩諸氏が確立している実績や技術に対して意見することに躊躇しているとしても、自分は変わる努力をしておかないといけない。

他の業界を見回してみても、現状では広告キャンペーンの実施能力において広告代理店の右に出る業界はないだろう。担い手が他にいない以上、業界がなくなることはない。しかし問題はその付加価値のつけ方である。

この先広告代理店は、ハイエンドなコンサルティング能力とそれを反映させたオペレーションサポートがきっちりできないと、特定のポジションを維持することは難しい。オペレーションはただの労働代行に過ぎないので、ハイエンドなコンサルティングスキルがないと、付加価値が低くなるという結論となる。そういう時代に中途半端なプランナーはまったくお呼びでない。

ハイエンドなコンサルティングができる知見・スキルは個人に帰属する。広告代理店としての総合力が発揮できるのは、旧来のビジネスモデル内だけだ。

www。

"代理店もコンサルティング♪"

という切り口はAZZLOが入社する前から感じていた事だが、入ってみて思うが

"ビクビクしている言いなり処理班が、対等・時には上から的になりやすい助言みたいな事は出来る訳がない"

とうのが現実・・・。ビジネスドメインとしては近いんだけども、既存社員の基質が真逆なんだよなw

13:最後に三つ目はクライアント企業が課題も具体的な解決手段もわかっているが、自分で実行するのが面倒なので外部へ依頼する仕事だ。当然、三つ目が価格競争にさらされ、一番付加価値が低い仕事となる。

広告代理店にとっての最大の危機は、三番目の仕事しかなくなり、とてもいまの給与水準を保つことができず付加価値の低い企業になってしまうことである。広告代理店、特に社内にハイエンドなコンサルティングスキルを持った人材がいない広告代理店は次のような事態によって、自社の付加価値が極めて低くなるだろう。

・マーケティングの通貨がユーザーデータに置き換わる。
・データ取引において、いまの広告代理店業態では役に立たない。
・この現状にいまの経営者が理解不足であるため、後手にまわり対応できない。
・さまざまな広告配信管理プラットフォームの登場に対応できず、実行領域の仕事の発注もなくなる。

「ウチは電博じゃない!面白い事なんか出来ないし、広告主から言われた事に応えるしか道はないんだ!!!」

みたいな事を言う人が居るが、"コモディティー業務に依存" という事だしな。

そぉいう四半期決算に依存する人こそ、まず最初にペッパー君に職を奪われるハズw

「◯月のヤフーブラパネは、現在◯社が検討をしていて、在庫状況は◯%です。競合は1社が既に発注になっており2社が仮押さえとなっています。あ!今3社になりました。よって現状の御社におけるヤフーブラパネ実施効率は、◯ポイントとなり、年平均よりも下がる事が想定されます。あ!今発注している2社のうち1社の商品カテゴリーが変更されましたので、◯ポイントとなります。よって年平均よりも上がる事が想定されますので、只今現在としてはヤフーブラパネは効率が良いメニューとなります」

ペッパー君ならこんな事が出来る。

14:非常に残念だが、いまの日本の広告代理店の経営陣のほとんどが、デジタルマーケティングおよびマーケティング領域へのテクノロジー活用法を理解しているとは言い難い。いまの経営者たちの年齢からすると、現場でやっていたことは従来型の広告ビジネスでの成功体験だけなので、「経験していないのでわからない」 のに 「わかった気になっている」 危ない世代と言える。デジタルマーケティングも既に15年以上の歴史がある。まったく経験のない人材がいまから勉強して本当の意味でキャッチアップできる時期はもう7~8年前にとっくに終わっているのだ。

おそらくAZZLOがじじいの頃には、キータイプというのが無くなっていて、"妄想が活字化・視覚化される" 装置があると思う。その頃にAZZLOはまだキータイプをやっていて、若手から 「あのじいさんカタカタ煩ぇな」 と言われるだろう。経験と吸収力の相反する部分はAZZLOにも起きる事だ。

故に "じじいは出来なくて良いから、必要性は理解した上で環境を整える" べきだと思うな。その前に "気付くスキル" が必要だけども。

今で言えば高度成長期もろもろで、もの凄い変化を体験してきているのが60代だろう。今後も当時と同等の変化がある可能性がある事をむしろ知っているハズだ。

人類はバブルがゴールではなかったのだw

15:偉大な営業マンであることが社長の条件とは必ずしも言えない。社長の資質は別なところにある。順繰りで社長になるという従来の慣習を踏襲しているようでは、求められる変革の実行が可能なリーダーを生むことはできない。

"偉大な営業マン" って "重度の言いなり奴隷" の場合もあるからなw

16:スター経営者となる人材がいない会社は、外部から招聘すればよい。日本でも大企業が経営トップを外部から招聘するようになってきた。スター経営者を招聘できないのは、株主の無作為である。新たな時代はやはり一人のリーダーが作るのだ。

コレだし

「日本の組織では勝てないような土俵で、世界全体で見るとパイが生み出されている」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

「日本の組織では勝てないような土俵で、世界全体で見るとパイが生み出されている」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月21日
「やはりプロの経営者でないと、もう太刀打ちが出来ない」新報道2001 2015 03 29

「やはりプロの経営者でないと、もう太刀打ちが出来ない」新報道2001 2015 03 29

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月31日

だよな。

そして、重要なのは "今の組織を優秀な経営者が引き取ってくれるかどうか? (改善出来るベースがあるか?)" というのも起きるだろうなw

17:では、次世代型の広告代理店のリーダーに必要な資質を列挙してみよう。

① マーケティングとコミュニケーションの本質を語ることができる。

② マーケティング全体の中に、デジタルを包括しデジタルによって得られる 「気づき」 をマーケティング施策全体に反映させる構想力をプレゼンできる。

③ 従来のクリエイティブをデジタルマーケティング / データマーケティングによってどう改革発展させられるかを説明できる。

④ 次世代型の広告代理店に必要な新たなスキル、またその育成方法について語ることができる。

⑤ ビジネスロジックを十分理解し、マーケティング側からテクノロジーを評価することができる。

「こんな人材いるわけないだろう」 という超えが聞こえてきそうだが、ビジネスモデル、提供サービスの質、そのスキルを変革するリーダーというのは、このくらいでなければだめだ。その認識をすべての広告代理店のステークホルダーに持ってもらわなければならない。

居ないなw そしてAZZLOも全部は無理だなw

① マーケティングは大枠では経済学と言えそうだし、コミュニケーションは "おしゃべりのネタ" だし、そのブリッジが "より良いセックスの可能性" の臭いと言える。

② ビッグデータが、まだ "デモグラの精度高い版" という状況かもしれないが、今後は間違いなくリアルタイムが加速するし、そのリアルタイムはその人の周辺も巻き込んだ想定が出来る。

※テロ予測等もある程度予測出来るようになってきている。

リタゲのような "もう買ったのにまだ出てくる広告" なんかではなく、"情報だけ" もより精度高くタッチポイントを創出出来るし、"潜在ニーズの顕在化" によって、"必要な時に必要な関係" を築く事が可能になる。

③ "制作" すらもリアルタイム生成・自動化が可能になり、"スケベな人にはエロいワード・巨乳タレントで" といういわゆるone to oneマーケティングが行われる。

なんならタレントのクローンがその人の家に住み、商品訴求・"買うと良い事してくれる" という事すらも出来る。

例:そろそろ走りだす新型山の手線車両は、全てモニターによる広告展開なので "朝はモーニングショットで夜はスーパードライを表示する" という事は朝飯前に出来る。今後CMも個人それぞれで流れるCMが変わる。

④ "マーケティング" という軸では人は要らなくなる。遅くて精度悪い。少なくてもメディアプランニングは ミラートレーダー と同様のシステムが出来る。

そのシステム開発力が直近の必要なスキルと言える。根本的には自動化含めもろもろ可能性に気付ける "多面的検証" の情報力ではなく教養が必要。

育成方法は、少なくても既存高学歴者採用に疑いを持ち、ISAKしかり、海外放浪しかり、俯瞰して見る経験が必要。よって既存入社組をどうこうではなく、児童の時点からの教育が課題と言える。(長い・・・w)

既存社員に関しては、他社への出向・出向受け入れ "俺シェア" を導入するべき。今後のビジネスは1社の知見だけでは成り立たない。

⑤ "知られさえすれば売れるハズマーケティングロジック" の "問屋マネタイズモデル" を継続する場合も、本質的な "販促支援" に伴うもろもろというロジックでも、"根拠はデータ" となるので、ビッグデータ的な事しかあり得ない。




"銀行・商社・電博に落ちた資本主義の落ちこぼれ集団" の安堵感を得るために会社を使わせるのではダメだと思う。

広告代理店に限らないが、ビジネスする上では "常識が通じない経験" をしているか否かが重要な気がするな。

今後、自動出稿システムが出来たら、媒体社側も楽になる。もろもろ調整して、現状の3割減の価格で、高精度なメディアプランが出せたら、得意先は当然利用するだろうからな。

「それじゃぁオレら要らなくなる」 という危機感に繋がるが、"手出さない限りオレらは必要とされる" 訳ではないんだよな。

18:何より重要なのが求められるリーダー像を設定し、社内外から探し出す行動を起こすことである。いままでの延長線で社長候補を選んでいては、いつまでも変わらない。次世代型に変われないということは、すなわち会社の死を意味する。

「あいつを社長にすると、あの派閥が反発するし、あの領域が弱くなる・・・」 とか、どこの企業でもやってるが、犬が自らのじっぽを追いかける的事象だと思う。

もちろん社内からの選出でも良い訳だが、"ゴマすり" が無い社外からの起用の方がメリットが大きい場合が大半だと思う。・・・逆に強まるかもしれないがw

19:広告主の判断基準は 「どこに頼むか」 ではなく 「誰に頼むか」 になっている。いままでにない知見を求めているため、こういった傾向はこれからも進む 「誰に」 があなたの会社の社長になれば、自分にとって最も心強い存在となるはずだ。社員、役員、株主、また取引先も含めて広告代理店のトップが持つ資質と知見を、厳しく要求するようにならなければいけない。

中国共産党と同様な事象によって

2014-08-25 01-55-29.jpg

2014-08-20 20-56-08.jpg

2014-08-20 20-54-23.jpg

2014-08-25 02-08-34.jpg

2014-08-04 01-44-36.jpg

2014-08-04 01-46-31.jpg

まぁ、自然沙汰されるだろうな。ほんとに終わっちゃうからな。

AZZLOが所属する組織でも社長は年収1億円。役員は3000万~5000万円ぐらいで良いと思うんだよな。その分儲かる組織に出来れば大した金額ではない。

20:常に 「A」 つまり 「認知」 からしかはじまらないのだろううか。~中略~

「購買ファネルのどこに投資をすれば最も売れるのか」。それを立案・実行することがマーケティングの真骨頂と言える。その商品のライフステージ、購買サイクル、流通環境によっては、まずは消費者への認知を増やし、そこから購入意向者を増やし・・・という試みが的を得た施策でない場合も多い。

既存顧客の維持・拡大、習慣的な購買の促進、購買者のクチコミによる新たな購買者層の獲得など、BUYからはじまるファネルを設計することでできることも非常に多い。そのため広告を活用し、まず認知させることからスタートするステレオタイプなマーケティング手法にこだわっている広告代理店では、そもそもパートナーとしての役割が果たせない場合も多いのだ。

穿った見方をすれば、Aからはじまる購買ファネルを広告代理店が提唱するのは、広告主を 「罠」 にかけるためだったのかもしれない。なぜなら、「広告を買わせること」 が広告代理店の収益の源泉となっているからだ。

この本を読んだ広告代理店の方々が 「うふっ♪バレちゃったわねwww」 とならず涙目になっているのは、

"得意先に悪気はないのだが、労働お作法疲弊獲得を優先していたボク・・・"

という事なんだろうな。全く頭使ってない証拠だよな。

21:広告、マーケティング領域においてはコミュニケーションの対象者であるオーディエンスデータを整備することが喫緊の課題である。しかし、広告代理店がこのオーディエンスデータ保有にどうコミットしていけるか、甚だ疑問だ。

いわゆるユーザーの購買・行動履歴データを指すオーディエンスデータはグーグルやアマゾンをはじめ多くの有力ウェブサイトが保有している。また、広告主も顧客データベースや会員データ、ウェブサイトへの訪問者というオーディエンスデータを保有する。そのほかにもポイントカード、クレジットカードや外部のデータ配給会社も存在する。

ところが、広告代理店はオーディエンスデータを保有する立場にないのだ。これは致命傷である。

これもAZZLOは以前から言ってる。まだマシな状況だとしても、各企業が参加する "電通系のデータネットワーク OR 博報堂系のデータネットワーク" を元にしたマーケティングデータしか信用されない事態になると思う。

そのデータネットワークが無い場合は、他社から購入しなければならない。すなわち経費が上がる。

得意先からは 「え!?媒体に纏わる事はおまけでしょ?なんで高くなるのよ!!!」 と言われるから値上げ出来ないwww

まだ商品を持てる (データネットワークが売ってくれる) にしても、経費が掛かり過ぎで、どう転んでも今の人件費では回せないし、商品が無い状態が想定される。

22:メディアが保有するオーディエンスデータと広告主が保有するオーディエンスデータの流通の仲介役を担えばよいと思うが、問題は 「仲介する 『意味』 や 『価値』 があるのか」 という点である。

データ流通ないし、交換 (エクスチェンジ) に何らか関わるのであれば、自前でオリジナルなオーディエンスデータを保有しないといけない。独自のデータを持ち広告主ないしメディアの持つデータとマージすることで価値あるデータにすることができなければ関わる意味がないのだ。

「分析力」 を企業へ提案したいのであれば、オリジナルなオーディエンスデータを保有しない状況では極めて難しい。拠りどころがないのに価値を提供することはできない。

・・・まず "データエクスチェンジ" という言葉が誤解を生みやすいと思う。交換だと、こっちにあったものをあげてしまうからな。

そして必要な事は

"複数社のデータを組み合わせた上で発見する串"

これがマーケティングになると思う。

23:データ保有の主導権争いは、既にもう何年も前からはじまっている。しかし日本の広告代理店はいかにもこの動きに疎いし、このことを理解している経営幹部も少ないだろう。

普通に楽天とか利用してれば、この動きには気付くもんだと思うけどな。

「オレら要らなくなっちゃう」

は、逆に言うと 「オレら楽出来る♪」 でもあるんだけどな。

"言いなり奴隷は奴隷らしく疲弊していたい症候群"

という事なんだろうかな。今後は疲弊を超えた領域に入ってしまうのだが・・・w

24:企業自身が保有するファーストパーティデータとメディアが保有するオーディエンスデータ、いわゆるセカンドパーティーデータの交換やマージが先に進むことになるだろう。

メディア側は大きな広告予算を持つ大手広告主との交換を優先し、その広告主向けの効果的な広告商材の開発へのチャレンジが求められるだろう。その際まずデータ分析を行い、オーディエンスデータの有効なクラスター化 (同じ趣味趣向を持つ集団へわけること) ができるかどうかを試したい。この作業に広告代理店が介在することもあるだろうが、オーディエンスデータを保有していない広告代理店がどこまで存在意義を示せるかは疑問である。

おいおいCCCや楽天から "媒体は代理店にやらせとけ" という、今までとは逆の導線になるだろう。そしてそれも途中経過であって、おいおいより精度の高いシステムを楽天とかは自社で持つだろう。そしたら声もかけてもらえないだろうwww

25:企業の自社保有データの分析は、プライベート型のデマンドサイドプラットフォームを構築し、自社で分析、運用するようになる。マーケティングの根幹とも言えるこうした作業を広告代理店に依頼するようではいけない。

でも、他社のデータとも比較しないとあんま意味ないんで、どっかで他社との接点は生まれるよな。

その各社の接点をケアしやすいのは、既存の代理店だと思う。要は "データお預かり・検証代理店" にならないと食えないし、それが出来やすいのは既存広告代理店と言える。

それをやらないと、ほんとにCCCや楽天に、広告主の相談プライオリティー上位を奪われるだろう。

26:テレビ視聴系データは、テレビ広告に多額の予算を割く広告主はもちろん、テレビ局にとっても喉から手が出るほど欲しい情報だ。なぜならオーディエンスデータを利用すれば番組のマーケティングができるからだ。

この領域であれば大手広告代理店に大きなアドバンテージがある。もっともこの領域まで他のプレイヤーに取られるようでは話にならない。いまの広告代理店の立ち位置からだと、この領域つまり消費者のメディア接触データをもとにオーディエンスデータのプランニングが行えるという点は大きな優位性と言える。

テレビ視聴データが、600台程度対象の視聴率程度のテキトーなデータしかないから、おそらくマーケティングにおいてテレビが対象から外れるという事すらあり得るな。

"根拠がないテレビは、残念ながら外さざるをえない"

という、決断が徐々に常識になる可能性は十分あるw

"コンテンツ力はあっても根拠がないから広告が売れない。よってネットコンテンツに制作予算を移そう"

という判断がテレビ局側もいつかするかもしれないな。

結局、テレビ屋でも雑誌屋でも

"胸を張ってネットインフラを使えば良い"

と思う。いずれにしてもそれぞれ土管インフラでしかなく、情報インフラとしてインタラクティブという点が、受信者側の体験ではなく、"ログ" という点からも活用出来るって事だよな。

27:視聴率という 「率」 を基準にするモデルには落とし穴がある。例えばGRPの獲得を指標とする広告主は多いと思うが、20~34歳の男女 (M1、F1) などの若年層はどんどん人口が減っている現実がある。つまり母数が減っているので、いくら率が同じでも昔より到達人数は減るはずだ。それにもかかわらずコストは変わらない。いや母数が少なくなっている分、実質ターゲット到達コストは上がっている。

www。

広告の "広" が、"広だけど小" となるんだよなw

そして、仮に "広で大" だったとしても、購買までの効率が悪い訳であって、いわゆる1to1的な事が出来るデータ活用は両輪で普及するハズ。

28:プロとしての矜持がある故にコンテンツをマーケティングするという文化はこれまでなかった。もちろん 「受け手の期待以上の情報発信をするから意味がある」 という考え方は否定しない。しかし、質の高いユーザーをより多く獲得するために、どんなコンテンツを作ればよいのかを科学的に分析するメディアが今後どんどん登場するだろう。そして、広告収入がビジネスモデルであれば、広告主が欲しがるオーディエンスを獲得するようなコンテンツのマーケティングも必要となる。

コレだな。

2014-02-03 17-41-48.jpg

2014-02-03 17-42-29.jpg

2014-02-03 17-42-51.jpg

2014-02-03 17-42-06.jpg

そして接触が発生する際のタイミングの精度があがるよな。

"失恋中はこの曲!" "片思い中はこの曲!" "腹減ってる人にはこの情報!" "セックスした直後にはこの情報!" みたいな事だと思う。

29:「デジタル領域はネット広告代理店」 「マス広告は総合広告代理店」 という形で別々の領域として機能させる広告主は多い。

「デジタルに強い」 「マスに強い」 という話は既に論外で、マスとデジタルを連携した施策を企画運用できるかが鍵である。

結局まだ "納品物区切り" なんだよなw 担当も部署もそう。

30:オンライン・ツー・オフラインも 「オンラインからオフラインへ」 だけでなく、オフラインの顧客を顧客データベースというデータマーケティングの対象にできるように仕掛ける 「オフラインからオンラインへ」 という視点も必要となる。

いわゆるO2Oの事だが、オンラインからオフラインは普通のWEBプロモーションをバズワードにしてるだけだよな。

バズワードになっているからには何か新しい概念なんだと思っていたので、AZZLOは最初から 「オフラインからオンラインへ」 で考えていた。某商業施設のO2O施策で企画したけど、逆だったみたいだったな・・・・w

クラウドユートピアも、「オフラインからオンラインへ」 だな。

31:広告主が自社内でやらなければならないことがいくつかある。コンサルティング企業に支援を依頼する手もあるが、外部に任せるのではなく広告主が自分で行わなければいけないことだ。それは簡単に説明すると次のようなことだ。ポイントは広告代理店に任せることと、自社でやるべきことを明確にわけることにある。

・広告キャンペーンの評価は自社で行う (第三者配信サーバーの導入運用・分析、投資対効果の分析と予算配分のプランニングは、外部のコンサルティング企業を活用する)。

・運用型広告はブランド横断での管理を基本とし自社内運用 (メディアからの直接購入、コンサルティングと運用は外注) もしくは自社専属の広告代理店 (ハウスエージェンシー) に担わせる。

・データマネジメントプラットフォーム (DMP) は、企業が自らテクノロジー会社と直接契約し自社内で運用する。

ROIの提示とかを施策に求める企業とかも居るが、広告代理店もある程度は出せるデータと計算式はあるハズだが、そもそもおかしな依頼だしな。

そして、そんぐらい広告主がやってくれないと、今の媒体マージンでは広告代理店は潰れるw

人件費にもならない運営費では維持は出来ても次の提案出来ないからな。

32:少なくともその評価は外部のコンサルティング企業を入れよう。評価を施策の実施当事者である広告代理店に任せることは、サッカーで例えるならプレイヤーに笛を吹かせるようなものだ。

www。

「明らかに失敗なんだけども、『成功した』 という報告資料にしたよw」

とかあるもんなぁ・・・w

33:広告配信はブランド横断で運用・管理されることでコスト削減や効率化につながる。よってブランドごとの提案で広告代理店を競争させつつ、横断的な施策は自社ないし自社専属の広告代理店によって管理するのが適当である。データマネジメントプラットフォームの活用は、広告代理店に任せてしまうような代物ではないのだ。

まぁ本来そうなんだけども、広告主内でもデータ活用は難しいから、そこが既存代理店のチャンスだと思う。

34:アドテクノロジー企業は広告代理店との取引を飛び越え、広告主側との 「直接取引」 を伸ばし、ベンチャーキャピタルの要望を満たす売上成長を追いかけ続ける。

これもトラディショナル代理店が蚊帳の外になる要素だよな。

35:オムニコムの社長は62歳、ピュブリシスの社長は72歳だ。グローバルのホールディング会社とはいえ、テクノロジー系のスタートアップ企業の経営者から見れば立派な 「年長組 (爺さん)」 だ。余談だがWPPのマーティン・ソレル社長も69歳。このパワフルな年長組には恐れ入る。

それでも彼らはデジタル化、グローバル化のトレンドを嗅ぎつけ、その本質をしっかりと自分の言葉で語れる。先を見据え学び、さらに行動もできる人物であることが一連の吸収合併劇から垣間見える。日本の広告代理店経営者にデジタル化、グローバル化の本質を語れ変革の意味を理解し行動できる人物が何名いるだろうか。

60代以上が 「オレもまだまだイケる♪」 という材料に使われそうだなw

根本としては優秀な人は何歳でも優秀だし、そうでない人は中途半端な知見によってむしろ老害になるだけだと思う。

そして、広告、デジタル云々に限らず、多くの経営者が表層的な事しか言ってない様な気がする。結局行動に繋がる見解がなく、「なんとなく減点は喰らわない "今やってます表明"」 ばかりな気がするんだよなw そら従業員あがりの社長であればそんなもんかもしれないが。

36:社長にふさわしい人物とは、やはりそのマーケットを熟知する人材であり、有能なスタッフを束ねられるキャパシティーがある人物だ。何も電通だからといって日本人である必要はない。もっと露骨に言えばアジア的、日本的なカルチャーのゴリ押しで欧米のビジネスマンたちをマネジメントするのは不可能に近い。

電通の偉い人には外人さんが居るし、役員報酬が3億円以上だしな。

37:サイロ同士のシナジーは超大手広告主案件以外では滅多になく、広告主の獲得は基本的には単独サイロで動く。そして損益分岐はサイロごとに別計上するのがホールディング会社の経営である。

サイロとは "グループ内個々の会社" という事として使っている言葉になるが、AZZLOが居る組織では "グループ会社を活用しなければならない" という名の元、不必要な稼働が増えて、スピード、提案力、金の話もろもろ無駄な事ばかりな気がするな。

AZZLOの本籍である子会社は、昔は "ミニ代理店" という感じで、非常に利益を産んでいたらしいが、制作会社として本社の人と絡まなければならなくなってから、儲からない体質になった模様だし・・・w

38:「あらゆる領域に強い総合広告代理店」 という言い回しは、いまや 「立ち位置が決まっていない」 と同義語だ。

"どれが一番儲かるか・強みを活かせるか" ってのを整理出来てない事を、綺麗に言い訳してるだけだからなぁw

逆に儲からない事すらも手を付けていているとも言える。

39:デジタル領域で急伸する会社の特徴を見てみると 「データの保有量」 = 「売上総利益」 に比例している印象がある。データがマーケティングにおける新しい通貨だと耳にするようになった。それがそのまま代理店の稼ぎにも比例しているとなると、この波に乗り遅れてはまずい。

これもAZZLOが在籍する組織が "あえて自滅"(コント) する理由になるよな。

40:グーグルやヤフーが広告代理店的な機能を本気で提供しはじめる可能性もある。現に日本のヤフーは既にマーケティングサービスプラットフォームを発表している。既に彼らのデジタル広告取扱高は大手広告代理店の取り扱い規模を凌駕しているのだ。こういったテクノロジー企業が広告代理店的機能を持とうとする兆候は多くある。

ある。超あるw ちょいちょいその手の企業からオファー来るw

41:日本の従来型広告代理店も柔軟な発想を持てれば、いろいろな 「縁組み」 が考えられるのではないか。デジタル領域を取り組むことにはじまり、マーケティングデータを大量に保有する企業との縁組み、グローバルプラットフォームの受け入れ、PR・ソーシャルメディア系企業の吸収、あるいは逆に魅力あるテクノロジー企業の傘下に入ることだってできる。日本の広告代理店は 「未来へ向けて動いている状態」 から程遠く、残念ながら 「現状に甘んじている状態」 なのは否めない

デモグラ・依存・既存労働慣習に依存を強めて

「オレの人生間違ってなかったんだもん!!!」 という

自尊心の担保やってるだけだからなぁ・・・w

「中途採用年収400万で人が来ない・・・」

と嘆く時点で、世の中と感覚がズレてるからな。

おいおい仲間に入れてくれる会社もなくなるし、M&A言うてもその資金力も無くなってるだろうしなw (というかもう無いらしいw)

42:日本では 「原価に (定率) 利益を乗せて売上とする」 課金方法しか知らない営業マンも多い。この手法 (あるいはマインドセット) の欠点は、営業マン一人ひとりが経営の重要指標である 「営業利益」 に責任を持てていない点だ。自分がいくらの儲けを生み出しているのか不透明なまま一生懸命残業している。 広告マンに変化が見られないのも提供している商品が旧来の 「広告枠販売」 の延長線であるからだろう。

金銭感覚がなんかおかしいんだよな。経費という概念を営業が持ってない傾向が強い。飲み代とかそぉいう経費ではなく、ショバ代やらテメェらのギャラやらもろもろだ。

"金銭的儲け" という本質が無いからこそ、"労働疲弊履歴に夢中" という事になるんだろうな。

43:「ベンチがアホだから野球ができない」 とぼやいた野球選手がいたが、まじめに聞いてほしい。現在の経営陣では難しいという状況であれば、現在の30代から40代の人材こそが率先して 「自分ごと」 として動いてほしいのだ。前出のグローバル起業の社長たちも30代半ばから40代半ばでグローバル起業の社長となっている。デジタル、グローバルの感覚がなければ起業経営が務まらない時代なのだ。

その意味で若手、中堅の人材はこれらの事態を 「自分ごと」 としてとらえることが第一歩だ。

「自分ごと」 としてとらえるタイプから退社してるなw

44:海外事業に求める考え方を 「取扱高」 を基準にするのではなく、グローバルの多様性を受け入れる (育む・なじむ) ことに基準を置く時代に入ったのだ。 ~中略~

日本の広告主の取扱高を増やす発想で作った拠点はその手のグローバル広告代理店との協業の発想がない。よって 「自前で細々と取引先を広げる」 という悪循環に陥り、細い取引先を手放さい拠点が残存してしまう。

"媒体問屋" という自覚の上だからこそ起きる事とも言えそうだな。

そして、サントリーしかり、今後は国内のトラディショナル広告主が、いわゆるグローバル企業になる例は増えるだろう。その時に "多様性" を持っていないと、ホントに "安さしか売りにならない作業屋" になるな。

45:ポイントは 「すぐ儲かりそうなら開店しよう」 という基準ではなく、「その地域のチーム・会社が魅力的なら投資しよう」 という発想へ転換することだ。育てるものは 「自分 (本社) の取引」 ではなく、「現地のパートナー」 なのだ。

"すぐ儲かる事はすぐ儲からなくなる" っていうのは常識だしな。そぉいうの探し続ける方が長期的には面倒臭いし疲弊履歴は獲得出来れど、成長はないと思うんだよな。

しかも 「すぐ儲かりそう!」 という想定が出来ればまだマシで、「今儲かっているらしい」 というのに後発で飛びつくからコモディティー化に苦しむという、当たり前体操が好き過ぎる傾向があるよなw

46:そもそも 「暴走を抑える。手綱を引く」 とうい意識は、最初から 「危ない」 「管理する」 という視点を持っているから生まれる。

www。信用出来ない人を入れてる時点で採用を間違えているし、もしかしたら、てめぇもそうだからこそ周辺に疑いを持つとも言えるw

47:広告代理店にとっては欲しい人材が 「流出」 している状況だ。リクルーティングシステムと報酬システムを戦略的に構築しておかなければ、テクノロジーとグローバルビジネスに精通した人材をみすみす逃す事態を招く。

そぉいう人材が居たところで、その上が 「そぉいうのはSFの世界」 という見解では何も起きない けどなw

48:広告代理店のプランナーには仮説立てとその立証までをデータマネジメントプラットフォームを駆使して分析し、データをインテリジェンス化するスキルが求められる。これまでは仮説の 「言い切り型」 だったが、今後はカスタマージャーニーデータからの 「文脈発見型」 のマーケティングが必要なのだ。

"何故ならば" の必然性だよな。

49:従来型の広告代理店のクリエイターはホームランバッターでいつもバットをぶんぶん振り回すがホームランでも三振でもどうしてそうなったのか検証しない。一方、ネット広告代理店のクリエイターはバント職人だ。バットの角度を1度づつ調整してボールの転がり方の変化を見極めることで、出塁率がどう向上するのかしか考えない。

AZZLOが居る組織ではCRが 「俺バント職人www」 と自虐するし、競合プレゼンでは "バントでアウト" みたいな事が連発しているw

全員バントが成功しても、満塁になった上で3塁手がホームでアウトを3回したら終わりなんだよな。誰か振らないとw

逆にAZZLOは "9回裏2アウトの代打" という表現をされる。業界と真逆だなw

50:コミュニケーションプランニング局という部署を作ったとして、どの部門に置くのか判断することは大変難しい。クリエイティブ部門、マーケティング部門、はたまたアカウントプランニング部門として営業のフロントラインに近いところに置いてみたり・・・。このような試行錯誤が繰り返されていたが、結局はしっくりこないのだ。

それもそのはずだ。「広告」 よりも 「コミュニケーションプランニング」 の方がはるかに大きな領域の概念だからだ。「広告枠販売」 を目的として組織が編成されている広告代理店の中にうまくハマるはずがない。

www。

そしてコミュニケーションを考えていくと、大枠として結局経済だし社会学だし心理学だと思うんだよな。"情報接点創出" だけでは何も起きないし、起きないどころか ルミネのCM みたいに炎上したりもするしな。

51:トリプルメディアという概念が登場して久しいが、昨今は 「ペイドメディアから発想するのではなく、オウンドメディア/アーンドメディアから発想してペイドメディアで補足」 という考え方も出てきた。

P→O→EからO→E→pへ

AZZLOの企画はこの図に近くて "自走式PR装置" と言ったりしている。「故に高いメディアを買わなくても済む!メディアは初速を促す役割だ」 という話をするのだが、営業が

「ダメぇ!!!それじゃぁメディア売れなくなるじゃん!!!」

だったりするw

そぉいう不誠実な提案をしてるから広告主から信頼されないし、AZZLOが在籍する組織だけが自制したところで取り残されるんだよなw

52:「テクノロジー」 こそ、いまの広告代理店にまったくないスキルであろう。ここで指す 「テクノロジー」 とはいわゆる情報システム部門が持つスキルとはまったく違う。「マーケティングを理解しているテクノロジーの専門化」 が持つスキルであり、マーケティング領域で活用される多様なテクノロジーの使い方を、広告主へ提案し導入と運用のコンサルティングができる能力をもつことだ。また自社内でテクノロジーサイドからのアプローチを試みてアイデアの創出やサポートを担う役割となる。

このスキルセットを育成するのはかなり難しい。もともと広告代理店にいない人材なので、当然外部から獲得することになるが 「広告」 や 「マーケティングコミュニケーション」 の本質を理解しているテクノロジーの専門化は現在ほとんど存在しない。

これはほんと難しいよなぁ。ま、仮に居ても必要な案件がないし営業が作れないだろうから、要らない気もするがw

53:広告代理店にとって、一番改革が求められている機能はフロントラインにあたる 「営業」 だ。これからの広告代理店のフロントラインは (あえてもう営業という言葉は使わない) 専門化を縦横無尽に使いこなす存在でなければならない。サーカスのライオン使いのイメージだろうか。~中略~

フロントラインの体制をどうするのかは、今後広告代理店が何で稼ぐのかという課題と密接に関係する。メディアの 「広告枠」 を売る役割は従来型の営業マンでよいが、広告主は必ずしもメディアの広告枠を買いたいわけではない。自社が抱えるマーケティング上の課題を解決したいのだ。

「"従来型の営業マン" を疲弊活用する為に、従来の労働・マネタイズモデルをあえて維持する」

というのがAZZLOが在籍する組織だな。

そして、"これからのフロントライン" は、いわゆる多様性・ダイバーシティーの素養がないと成り立たない。細かい専門用語や知識はそんな無くて良くて (自然と身につくし) 目的をそれぞれの言語に翻訳する・理解する教養そのものが必要だと思う。

54:そもそも営業マンは担当する企業のことを熟知していないといけないのだが、自分は最も顧客のことを理解していると、胸を張って言える営業マンはどれほどいるだろうか。

営業マンって悪く言うと "ハイエナ" とも言われるし、某プロダクションのプロデューサーさんは、AZZLOよりもAZZLOが在籍する組織の人事構成なんかを知ってたりするw

そしてAZZLOが知る限り、イケてる営業はプレゼン前に

「こんな提案を考えているんだけど、勝算ありますか?」

と事前にヒアリングして課題との紐付けの材料を仕入れてくれる。よってスタッフは迷いなく精度高い提案が出来たりする。

逆に 「今日プレゼンする担当者は、オレも知らない人なんだけど・・・w」 という営業も少なくないんだよな。ま、仕方ない時もあるけども。

いずれにしても "御用聞き" ではダメだよな。

55:営業かスタッフかという古い考え方をいったん捨て、広告主の窓口となるのは誰であるべきかをじっくり考えなおす必要がある。「自分は関係ない」 と言ってバックエンドへ逃げ込むタイプの人材は必要ない。売上、利益責任はすべてのスタッフにあるという文化を作ることで、積極性のある専門スタッフを増やし、そういった動きを評価する仕組みを構築するべきだ。ある意味、「全員営業、全員スペシャリスト」 としてフロントラインを構成していくことを実践するべきだろう。

自信のある営業は 「いいよ~AZZLOクンあとよろしくぅ~♪」 と言えるんだが、不必要なプライドが高い営業は、得意先メリットを考えず、無駄に疲弊を選択していて、その結果効率も犠牲にしていると言えるな。

ほんと、自尊心の担保とビジネスは冷静に分離して考えないといけないと思う。

※自尊心の担保をしちゃいけない訳ではない。キャバクラ等、外でやるべきだ。

56:出張してアドテックへ参加する日本人は 「テクノロジーは出揃った感があるのであまり見るものがなくなってきた」 と感想を漏らすことが多い。これは参加意識が 「講演を聴く」 という参考・勉強の方向に向いているからこその感想だ。各注目企業がブースを出展し社長が登壇して講演している理由は別のところにある。実は出展企業の狙いはアドテックに集まる参加者たちの 「リクルーティング」 や 「スカウト」 なのだ。参加者もこういった事情がわかっているので自らのプレゼンテーションスキルを磨き、ネットワーキングに奔走する。「テクノロジーのお勉強」 をしている時代はとっくに終わっているのだ。

なるほどな。そもそも情報はネットで見れるしな。

そしてアドテック東京はAZZLOは最初の3年ぐらいは行った。初回は博報堂の堀氏のプレゼンに感化されたが、2回目以降は内容つまらない し、転職した人たちとの同窓会みたいなもんだったな。

57:「学ぶとよいことが目の前に沢山あるのに、それに気づいて行動を起こしている人はごくわずか」 (ジョー・ザワツキー)

AZZLOが言う事に共感する人は多いのだが、「いやいや・・・でも怖いし・・・w」 というオチばかりなんだよなぁ・・・w

放置した上でのオチは明確であって、そのオチが一番怖いと思うんだけどなぁ・・・。

58:デジタル・アドバタイジングにおけるデータスキルは、既にマーケティング全体から見て 「誰でもできる」 付加価値の低いスキルになっているのだ。上流のスキルはオウンドメディア、アーンドメディアのデータを活かすスキルへ移っている。~中略~

従来の勘と経験のクリエイティブが通用しない時代になっている。

「アナリティクス」 というのは職種として考えられているが、実はクリエイティブ人材に最も求められているスキルなのだ。

故に "クリエイティブ基質のデータ活用出来るSTP" が最強な気がするw

しかしCRは相変わらず "しずる" という定量制の無い指標に依存しているし、STPはビッグデータが活用出来ない組織なので、アンケートに依存するしかない・・・w

59:独自のオーディエンスデータを所有しない広告代理店の存在感は極めて希薄になる恐れがある。データエクスチェンジ (交換) 市場はあくまでトレードオフが原則である。「交換の場」 に自分が所有している有用なデータを提供できてはじめて参加することができる。

メディアと広告主が直接データ交換することもテクノロジーを上手く使えば実現可能な中、広告代理店がデータマーケテイングにどう関わっていくのかは、まさに経営課題となるだろう。ただ、まずはそういう状況になっていることを認識できなければ何もはじまらない。~中略~

いまのままではグーグル、アマゾン、ヤフーなどに主導権を奪われるのは必至である。

あ、これ

これと同内容だw

60:そもそも広告の役割とは読んで字のごとく 「広く告げる」 ことであり、それは 「いま興味関心のないユーザーに商品への関心を高めること」 と言える。

いま興味関心のないユーザーへ自社の商品を知ってもらいたければ、性別、年齢、移住地などの属性データにもとづいた広告配信だけではなく、価値観、趣味嗜好など心理面におけるマーケティング、つまり 「関心にもとづくマーケティング」 を実施する必要性がある。

そしてリアルタイム性だよな。

61:ストーカーのようにしつこいリターゲティング広告を見ていると表面上の数字では見えないが、ブランド毀損につながっているケースもあるだろうと思う。短期的には顧客獲得に成功しているが、中長期では顧客を逃しているとも言えるだろう。

「それもう買ったし!!!」 ってのあるよなw

62:これからの10年で広告業界に起こる構造変化を予測してみよう。筆者が考える既存プレイヤーの衰退と拡張、新規参入組のタイプを整理した。

① 電通イージス・ネットワークのさらなるグローバル化
② 電博以外の総合広告代理店の衰退
③ デジタルエキスパートの台頭
④ IT、コンサルティング系企業の異業種参入
⑤ ネット広告代理店という業態からの脱皮
⑥ 黒船たちが再進出
⑦ 新たな仕組みのハウスエージェンシー

Ohh・・・w 2番露骨に言われとるw

63:日本企業がグローバルマーケティングを推進すればするほど、日本企業の予算を日本の外から電通が獲得するという事態が増える。

日本企業のグローバルマーケティングの主導権を、グローバルエージェンシーの海外拠点が持つということも十分考えられる。「日本のやり方ではグローバル展開が厳しいので、米国◯◯のマーケティング手法を使ってグローバル展開を図ろう」。こんな話が出てくることもありえる。こうした展開が現実化すれば日本だけでコツコツとマーケティングをやっていても、太刀打ちできない状況になることは明白だ。~中略~

デジタル領域でも電通と博報堂はそれ以外の総合広告代理店に圧倒的な差をつける。もはや追いつくことはできないようにも感じる。そうなると電博以外の総合広告代理店は、従来の総合広告代理店という看板をあえてはずし違う土俵で戦う戦略をとるか、営業のワンストップ体制を見直すか、戦略、体制の見直しが必要となるだろう。

あぁ・・・。その導線もあるか・・・。より致命的だなw

64:現在起こっているパラダイムシフトは、外資系広告代理店にとって再進出の最大のチャンスである。日本独特の市場は外資系広告代理店にとって大きな障害となっていて、特にマスメディアの広告枠購入には手が出せない状況が続いている。

しかし、「枠もの手売り」 モデルから、デマンドサイドプラットフォームを活用しオーディエンスデータにもとづいた広告配信という新たなな仕組みの登場を機に、彼らは再参入を図ってくるだろう。成長性が低いとはいえ世界全体を見渡せば日本市場はまだまだ圧倒的な存在感を持つ。

狩られるな・・・w 既に海外で実績のある新しい仕組みを日本の代理店に飽々している広告主は飛びつくだろうしなぁ。

65:おそらく呼び名は 「ハウスエージェンシー (一広告主専属の広告代理店)」 とはならないかもしれないが、大企業のデータを事業横断で扱いプライベートデータマネジメントプラットフォームを運用しつつ、プライベートデマンドサイドプラットフォームも運用する担い手を、企業自身が機能分社化によって設立する動きが出てくるだろう。既存でハウスエージェンシーを持つのなら、そこが担うことが望ましいだろうが残念ながらスキルがない。

そこにシステム会社がコンサル要素も含めて入っていくんだろうなぁ。

66:「その他の広告代理店」 がどんどんシェアを減らしていく最大の要因は、彼らの主たる広告主である中小広告主がオンラインで直接広告枠の買い付けをはじめるようになるからだ。また大手広告主の広告コミュニケーション活動がインハウス化していく傾向が強くなり 「その他の広告代理店」 が入り込めなくなる。

広告主のこうした動きに合わせたコンサルティングや人材配給ができる広告代理店は新たな収益モデルを確立できるが、そういったケーパビリティのない 「その他の広告代理店」 は残念ながら消えていくほかない。

10年後の各プレイヤーごとのシェア推移予想イメージ図

「全体では伸びてる♪ 故にチャンスは有る!!!」 的に捉える人が居そうだがw おそらく海外上積み分だろうw

67:新しい技術や手法にしても、いち早く勉強して提案するのは悪いことではありませんが、それが本当に担当企業に必要なのか、という視点が欠けていることが多いと思います。それでは施策が単発になってしまい、広告主の立場に立ってマーケティングの戦略パートナーとしてお手伝いをしていくことはできませんよね。(真野英明)

"取り急ぎARアプリ" とかそんな感じだよなw

まぁ特にWEBというかデジタル領域というか、技術オリエンテッドに旨味もあるんだが、"猫騙し提案" 的になりがちとも言えるんだよなw "飛び道具だから実施必然性がない" とかにもなるwww

"新しい事に取り組む姿勢によって、企業ブランディングを促進させる"

みたいな目的が整理されていれば良いのだが、中途半端な出オチ施策は、出る前にオチが見えてると言えるw

68:これからは、広告主がマーケティングデータを戦略パートナーの広告代理店には開示していく必要があると思います。マーケティングデータを開示しない中でのコンペ形式では個別最適解しか得られない。(真野英明)

そして、その "戦略パートナー" を電通に担われたら、ほんとにもう入る隙がない。電通も対応は大変だろうが、間違いなく他社が入ってこれない状態を築くだろうな。

代理店と各企業のビッグデータ活用方法

この代理店の部分を担ったもん勝ちだ。それが出来ない組織は、"運送屋に馬車を営業する" 状態だ。

69:いまコンペをしても、結局どの広告代理店に頼んでも同じテクノロジー会社が請け負う、といったことが起きてる。そらなら、最初からその会社とつながれたらいいですよね。また、中立な立場でテクノロジーの評価をしてくれるパートナーが、いま求められているのです。(真野英明)

当たり前体操www

そして "中立な評価" において、トラディショナル代理店は信用がないのでw テクノロジー会社が営業している最中、行き場を失っているよな。

70:少し遠回りかもしれませんが、「広告主を育てる」 発想が大事ですね。他社の事例などを集めて傾向を伝えるなどして、広告主に勉強してもらいながら、自分たちも現状の環境に適応するように育っていくというやり方がいいのではないでしょうか。~中略~

世の中が変わっているのですから、自分たちも変わらなくてはいけないし、同時に広告主にも変わっていただくよう提案する。そうすると、おのずと戦略パートナーとしての考え方になっていきます。(真野英明)

そう思う。広告主はいまだにジャイアンである事が少なくない。ジャイアンの言いなりでは信頼されないし儲からないしジャイアンのファンは生まれない。

AZZLOのプレゼンは、"勉強会" という雰囲気がするようにしていて

「僕も気付いたんですけど、こぉいう事なんじゃなかって思うんですよね。故に御社では◯△□で・・・」

という感じが最近多かったな。

そして、コミュニケーションのプロなんだから、言いなりではなく "センス無い人に対するスタイリスト" 的であるべきだと思う。

71:広告主は組織体制に課題を抱えていることが多いので、その部分にまで働きかけて実際に組織が変わっていくと、その後の仕事がずっとしやすくなります。~中略~

もちろん簡単ではありませんが、長期的なパートナーになるとするなら、そこから育てる視点が重要だと思います。

他社の体制・人事に口を出すという事でもあるので、非常に難しいけども、誰も言わないから、誰かが言うと 「そう!その通りなんで、もうやっちゃおうか?」 ってなったりもするんだよな。

多くの代理店営業は、この企業の体制を理由に、儲ける事を諦めて、疲弊収集をしているだけのケースが少なくないw

しかし、得意先の成功を求めるならば、言わなきゃいけない事もあると思う。

72:日本の代理店がもっと努力すべきなのは、広告主の事業や顧客についてよく知るという点です。米国では、マーケティングの企画を頼まれたら広告代理店はクライアントの工場から販売現場からすべて歩き、開発者の話を聞き、顧客の声もよく調べる。そういうことに時間を費やします。

成功案件 の営業は、"中の人より中の人" と言われる程で、広告主の施設内では鍵を預かって、倉庫まで案内・説明できる程だったしなw

73:個人情報が今後のマーケティングの通貨になっていくなと感じています。広告主が持つ場合もメディアが持つ場合も、いずれにしても個人が自分の情報をどこかに預けて、メリットを享受する、いわば銀行に預金をしているような感覚ですね。そうすると、我々が読者からお預かりした個人の資産を運用し、利子をお戻しするという考え方をしないと資産は目減りします。そのときの利子とは何かと言うと、サービスやコンテンツです。

AZZLOはよく

「個人情報なんて全部ダダ漏れ (正確にはどこかに預ける) になる。その上でのメリットの方がデメリットを上回るから」

と言っているが、貨幣経済ではなく評価経済とはこぉいう事かもしれないな。

ワトソンが最適解を出してくれる材料 (ログ) を多く持っている方が裕福なのだ。


ほんっとAZZLOが普段言ってる事と近いw

広告代理店内の人だけでなく、まつわるプロダクションさんも読んで踏まえておくべき内容だと思う。

某パートナー営業さんが

「もう御社には営業かけませんw」

と言っていたが、まぁ当然だよな。

トラディショナルな広告代理店が今後食えない理由 ( ノ ε`)

ボットン便所から肥溜めへダぁぁ~~っイブっ! \(≧▽≦)/ (子会社に戻る事になった)

の最後に、ビッグデータ的な軸足強めの

この資料を張ったが、更に材料が出てきたので、ログ化しておく。

① ビッグデータ・ライフログ的な
② 人事採用の課題 (広告代理店に限らず)
③ マネジメント・経営の課題 (広告代理店に限らず)

切り口としては3つだな。ま、最近よく言ってる事の集大成だな。





① ビッグデータ・ライフログ的な

とにもかくにも、ビッグデータ・ライフログ的な事によって、広告代理店の既存マネタイズモデルでは成り立たないという危機感・活用出来れば楽出来る見解を持っているのがAZZLOだが

2009年から言い続けていた事を2010年にまとめた資料がコレ。

この資料内容に類似する事が、連日日経系メディア等で紹介される現実になっていて、経営者自らセミナー参加する程の関心を集めている。

2014-04-22 23-19-54.jpg

2015-2-21-21-51-54.jpg

更に カンヌでもクリエイティブデータ」部門が新設される 事態だ。確実にトレンドだし、やはり前提になりそうな勢いだと感じる。

そして

10年後の各プレイヤーごとのシェア推移予想イメージ図

広告ビジネス次の10年 / 横山 隆治、榮枝 洋文

にあった図だが、電博以外は縮小して、IT・システム系企業が台頭してくるという図だ。

左から2番目の博報堂DYグループは博報堂本体+博報堂メディアパートナーズの意味合いが強く、DとYは左から3番目のゾーンの意味合いが強いんじゃないかな。

AZZLOが在籍する組織は左から3番目に該当する。2014年を100として2020年には50ぐらい。すなわち半減www さすがにAZZLOもそこまで酷い想定はしておらず、3割減ぐらいな気分なんだが・・・。とは言え3割減だしなw 軽くオフィス1フロアは無くさないと対応出来ないだろうw

そして今はまだ、広告・プロモーションの最先端やらなんやらという小手先の事 (デジタルサイネージ etc.) が課題 (新しい手法だと高く売れる?的な事なのかな?) だったりするが、本当の課題は

「最後まで人間が強みを持てる能力はなんなんだ? クリエイティビティと感性の領域においては、人工知能の進化は一番 『遅い』 で...

「最後まで人間が強みを持てる能力はなんなんだ? クリエイティビティと感性の領域においては、人工知能の進化は一番 『遅い』 でしょう」 WBS 2015 03 27

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月28日

コレだと思う。

"銀行の融資担当者" がAIに置き換えられるという意見もあるが、それもそうだし、"媒体問屋マン" は、より置き換えられるのは明白w STPやらマーケッターと言われる人たちの現在の業務も簡単に置き換えられる。

故にクリエイティブブティック的になるか、ビッグデータ的な事を活用した "早くて安くて正確な媒体問屋" になるしかない。

"広告代理店の社員はシステムエンジニアのみ"

というのが理想だろうw まぁGOOGLEがそんな感じかw

先日のWBSで紹介されていた、吉野家のタメコ活用が、非常に分かりやすいが

2015-3-26-23-09-59.jpg

2015-3-26-23-10-28.jpg

2015-3-26-23-10-47.jpg

2015-3-26-23-14-40.jpg

2015-3-26-23-15-04.jpg

この判断が出来る為のデータの所持・・・というか、踏み込んで言うと "潜在ニーズの把握だけでなく顕在化" が出来ないとマーケティングとは言えないという見解に変化するんだよな。今までやってたのはママゴトだったと誰しもが気付くw

代理店と各企業のビッグデータ活用方法

やはり広告屋 (マーケティング屋) はコレでしか食えないとつくづく思う。




② 人事採用の課題 (広告代理店に限らず)

更に人材、そもそもの教育段階において、梅沢高明さんも上に貼った動画内で指摘しているが

「自分たちで分かんないから、やっぱり交流を促して方向性を示す。これが新しい経営の仕事ですね」 WBS 2015 03 03

「自分たちで分かんないから、やっぱり交流を促して方向性を示す。これが新しい経営の仕事ですね」 WBS 2015 03 03

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月3日
「社会に出ると自分で問題を発見する 能動的な姿勢がまず重要になる」 WBS 2015 03 20

「社会に出ると自分で問題を発見する 能動的な姿勢がまず重要になる」 WBS 2015 03 20

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月21日

WBS半レギュラーと言えるコメンテーター3人がほぼ同じ事言ってるw

故に、その導線の学生を採用するというのは、効率悪いどころの話ではなく、完全なミスマッチだと思う。"言いなり奴隷が欲しい" という理由であれば逆に真っ当だがw

2015-2-25-23-26-35.jpg

2015-2-25-23-21-34.jpg

既に "インターンでの実績" が採用基準になってたりする訳で、労働経験がない大卒なだけってのは、採用基準としては希薄になってきている。・・・と同時に本来の目的の "記憶量" がないがしろになってるw

※もちろん大卒で優秀な人も居るが、(特に大学院卒はどこの大学院でもイケてる気がする) 現代のモノサシではそうではない割合が高いと言える。

注意点はロバート・フェルドマンさんの指摘に対して

"交流を強制的に促しても 『やってるふり』 になる。自発的なモチベーションをケアする根っこの問題が課題"

という事を付け足さなければならないと思う。

「成果主義だから教え合わなくなる」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

「成果主義だから教え合わなくなる」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月21日

こぉいう課題の課題もあるし、更に

「企業の中の人間だけのノウハウ・アイデアだけでは、かなり限界にきている」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

「企業の中の人間だけのノウハウ・アイデアだけでは、かなり限界にきている」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月21日

そもそも、一つの組織内の知見なんて大したもんでもなくて、大概愚痴大会になるw 故にハッカソンとかが流行る訳だし、タメコの様に様々な企業のログを多面的に検証するように、あらゆる企業間で社員を共有するぐらいが理想だと思うw

"俺シェア"

っていう人材サービス始まると思うなぁw




③ マネジメント・経営の課題 (広告代理店に限らず)

まず

「若い人たちの不満の一つが、働かないのにたくさん給料もらっている40代50代」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

「若い人たちの不満の一つが、働かないのにたくさん給料もらっている40代50代」ニッポンのジレンマ 2015 03 01

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月21日

コレが地味にヤバいと思うw AZZLOとしては

"高い給料貰って邪魔しなければ良い"

とは思っていてw むしろいわゆる部長以上 (いわゆる部下を持つ人) の人たちのギャラが低過ぎるとすら思うw

課題は "給料が高かろうが安かろうが邪魔されたら生産性が下がる" だと思う。

「やはりプロの経営者でないと、もう太刀打ちが出来ない」新報道2001 2015 03 29

「やはりプロの経営者でないと、もう太刀打ちが出来ない」新報道2001 2015 03 29

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月31日

邪魔 (自尊心の担保) だけしてると、こぉいう事が浮き彫りになるし、特に上場企業であれば

「ダメだったら首を洗って待つ」新報道2001 2015 03 29

「ダメだったら首を洗って待つ」新報道2001 2015 03 29

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月31日

これが前提だしな。自浄作用があるとも言えるが

「長期的な観点を考えられるプロの経営者であれば良い」新報道2001 2015 03 29

「長期的な観点を考えられるプロの経営者であれば良い」新報道2001 2015 03 29

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月31日

こぉいうしょぼい背景があるのも課題・・・w




で、広告代理店に特に言える事だが

「東京はもう頼りにしてない。直接外国とやる」 WBS 2015 02 27

「東京はもう頼りにしてない。直接外国とやる」 WBS 2015 02 27

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月3日

"東京" を "広告代理店" に置き換えた様な流れが加速しているのが現実だ。

某広告主に (プライベートで)

「代理店のプレゼンは "代理店がプレゼンで勝ちたい" というのはよく伝わる。しかし俺らの成功を望んでいるようには全くもって思えない」

と言われたのが、非常に状況をよく表していると思うw 故にプロダクションさんや媒体社との直取引が加速している・・・。

ビジネスパートナーではなく、

「媒体買う上では代理店通さないと買えないヤツがあるからなぁ・・・」

という消極的な理由で関係が繋ぎ止められてるだけな気がする・・・w 故にビッグデータ活用的な事で "安くて速くて正確な媒体問屋" しか選択肢が無いと思う。"企画力" とか "クリエイティブ力" なんていう単発のものは、あるに越した事はないがw プライオリティーは後だ。根本的なマネタイズモデルが危うい。

・・・そんな最中、発売から時間が経ってるが、当時広告業界がザワっとした本を読んだ。

-読書感想- 広告ビジネス次の10年 / 横山隆治、榮枝洋文

2015年03月30日

ボットン便所から肥溜めへダぁぁ~~っイブっ! \(≧▽≦)/ (子会社に戻る事になった)

2008年春から本社に出向 していたが、この3月で出向が解除になった。7年間か。

毎年この時期になると 「子会社戻るんかなぁ?」 という想像が可能だったのでw 不必要なネタが1つ減ったのは良いことだw そもそも

2013-05-26 01-21-06.jpg

2013-05-26 01-21-34.jpg

だし。

とにもかくにも、いろんな学びがあった7年であったのは間違いない。これを機に 「ウチに来ますぅ?」 「是非来て下さい!」 という声がけを頂けた点、繋がりを確認出来たのは、ある種7年の結果だなw いつも有難うございます!

そもそも 2014年の頭の時点で 「ホントに底見えたな・・・」 という気分だった から、何か変化は欲しかったんだよな。これといって行きたい企業もないので、(好きな企業はあるが、あえて中の人にならなくても良いと思ってしまう) なんとなく今の組織に居るんだけども。

出向解除理由は "WEBスタッフの見直し" という理由らしいが偉いおっさんが

「力不足でごめん・・・」

と言っていた。「本社に居たい」 とか一言も言ってないんだけど、なんなんだろう? やはり "子会社=ゴミ" という事だろうか?

そして

AZZLO:「子会社に戻るとAZZLOはポジティブに稼働するという事でしょうか? それが無いと戻す理由としては微妙ですよね」

偉おっさん:「知らない・・・www もっと偉いおっさんは知ってるかも?」

「作り方も知らずただ売るだけ。大企業の歯車に過ぎなかった事を思い知らされたのだ。」カンブリア宮殿 2015 03 12

「作り方も知らずただ売るだけ。大企業の歯車に過ぎなかった事を思い知らされたのだ。」カンブリア宮殿 2015 03 12

Posted by Taka-aki Motoi on 2015年3月21日

という事だったが、どうせ知らないだろうから、もう質問する気にもならなかったなw つくづく "何故ならば" が無いなw

"WEBスタッフの見直し" という理由を推測すると

「結局、商品サイトとキャンペーン応募ページ程度しか得意先が必要としてないし、営業も分からないし、"WEBプロモーション" の軸でも "食べログタイアップ" とかいわゆる媒体タイアップ、デジタルという軸でもデジタルサイネージといった "プロモーションメディア" しか必要とされない。

いわゆる "クロスメディア" 的な事を "いろんな媒体寄せ集め" という概念にしかなっておらずw 生活者のモチベーションを踏まえた "仕組み" (悪く言うと罠) の概念・必要性を営業が理解出来ないし、そもそも得先からも求められてないので、現実と相反するAZZLOみたいなモチベーションの人は要らない。

やはり媒体マージンが命なのだ」

という事かな。それであれば当然だなw

かといって子会社にもAZZLOは要らないと思うんだが・・・w むしろ "より要らない" とすら言えるw

そしてAZZLOに限った理由として

そもそもチームメイトではなかったし・・・w

営業抜きの一人プロジェクト (もちろん許可は取っている) では、数年で年60億円~230億円程度の売上が立ちそうなサービスを提案し、某企業の担当部署レベルで合意が取れ、経営側に上げている状態。

更に、他の企業に 「こんな商品作ったらこんな付随サービスが出来る。御社の既存資産の有効活用にもなるし、一緒にやろうよ!」 という提案をしたら

という感じで、いずれもまだ確定してないが、スタートしちゃうと、"一番売上持ってるのがAZZLO" という事にもなりかねないw その上で

こんな意見もあるので、ヒエラルキー偏重の方々の自尊心がボロボロになるだろうから排除する。・・・という理由もあるかもしれないな♪ ・・・引き継ぎの話とかも何もないんで意外とアタリかもしれないなぁ・・・。前向きになっている企業を裏切るという事になるんだが・・・w

・・・そぉいうのはビジネスではないんだよな。100歩歩み寄ってもプライオリティーが違うw おいおいその自尊心のケアも場がなくなれば出来なくなる。景気とは別に "社会の変化" というのがあるんだよな・・・。

2013-08-21 18-33-31.jpg

コレが出来なかったと言えそうな側面もあるな( ̄∀ ̄;)。



子会社の偉いおっさんと話す。

偉いおっさん:「子会社の偉いおばさんが多忙過ぎで鼻血が止まらないのでw 救済の為の新しい部署を作る。その部署は "企画力" を重視した部となり、AZZLOはそこに合流する。風通しは良いよ♪」

AZZLO:「(まぁ肥溜めだから便所と違って壁がないだろうからなw) そうですか。しかし子会社には企画力なんて誰も求めてなくて "誰でも出来る事を安く仕切ってくれさえすれば良い" なんですよ。そもそも本社がそうな訳だしw 企画力があった所で必要とされないですよ? 現代の企画すると営業が理解出来ない、出来ても前例が無いとやらないので、僕みたいにお声がかからなくなるわけですよwww」

偉いおっさん:「そうでは儲からないからさ・・・」

AZZLO:「まぁ、論理ガタガタだからプレで負けまくってる訳ですもんね。そもそも "プレ直前に論理繋げた" なんて良く聞きますけど、論理無い状態で企画ではなく慣習に沿った具体案を作っているだけですよ。

・・・必要なのは企画力と言うか論理力じゃないですか?何故そうなるか?という1つの原因としてはダイバーシティーの欠如じゃないでしょうか?

2015-3-08-23-15-11.jpg

四半期決算の個人主義だから、営業が多面的考察を出来る状態にないですよね。子会社からのボトムアップはしても良いけども、根っこの課題も同時にやらないと、意味ないですよw」

偉いおっさん:「ま・・・まぁなw だから大変なんだよぅ・・・」

AZZLO:「でも、課題がいくつか見えてるだけ、今の僕が居るセクションよりは大分マシっぽいですね。今のセクションは沈黙のセクションですから。」

こんな会話をした。タバコ部屋で会う子会社の人と話すと

「『"企画力" というか "論理性" というか、前段から書いていかないと』 という部署になりそうだよ?」

との事。

その点AZZLOは、言われなくても前段書く・・・どころか、主に前段を書くのがここ数年のAZZLOなんで、課題と部のミッションとAZZLOの傾向の相性は良さそう。

早くも子会社の若手が 「アレとコレ・・・一緒にやりましょう♪」 なんて声をかけてきてくれている。

席配置も、周辺に "まだ知ってる人" が居るようになっているらしく、今の "沈黙のセクション" よりは楽しいかもしれないw

そもそもAZZLOはチームメイトじゃなかった 訳であって、なるべく組織内 (本社) の人と仕事しないように気を付けてたからなぁ。(故に営業抜き一人プロジェクトを始めたのはある) ・・・ま、子会社に戻ったら戻ったで 「本社に長く居たからって生意気なヤツ」 という都合良い偏見を生み出していじめする人が居そうな気もするが・・・w



早くも組織内 (本社) の様々な人から

「個性を活用出来ないウチはやはり終わった・・・」

「はぁ?AZZLOクン戻すって馬鹿じゃないの!!!」

「えぇ?寂しいですぅ・・・」

という意見を貰っており

「ま、AZZLO含めてあのセクションそのものが要らないと思うしさw」
そもそもスタッフ丸ごと要らないと思っているのがAZZLO

と、むしろ宥める的なコミュニケーションになってたりするw

そして付随して

「実は、俺、転職活動しててさ・・・。あいつも転職活動してるよ」

という話題出過ぎwww

「俺は社畜だよ・・・」 と言ってた人すら転職活動してるw しかしAZZLOは転職活動してないというギャップが面白いなw

まぁAZZLOをどうしようがビッグデータに取り組まない限り終わるんだから、あんま気にしなくて良いと思うwww (ポジに作用するAZZLOという認識を持って頂いているのは有難い)

今期も評判良い人からバタバタと辞めていったがw "何故自分が今コレをやっているのか?(やれと言われるのか)" という論理がガタガタだから、若手中心に辞めていくんだと思う。

もろもろ "何故ならば" がない事が退社ラッシュ、更にプレ勝率が下がっている要因だと思う。伝統工芸としても役不足なだけに、よりビッグデータが必要なんだけどなw ・・・おそらく旧時代の方が会議・企画書はマトモだったんじゃないだろうか?

ダサくても儲からなくても極論辻褄があってれば、要は "自分が組織にどのように機能しているのか?" という実感を持てればプレ勝率は下がったままでもw 退社ラッシュにはならないと思うw 「何故ならば売上が必要だから♪」 ではない理由が必要w まだまだ続きそうだな。



先日の資料だが

コレが組織だけでなく、広告代理店にまつわる現実であって、今回のAZZLOが子会社戻る云々とか、正直小さい話過ぎて "『都落ち』 的なてめぇだけの範囲の尺度" では反応出来なかったなw むしろほっとしたというか、清々しい気分w

2015年03月14日

-読書感想- フリーエージェント社会の到来 新装版 組織に雇われない新しい働き方 / ダニエル・ピンク

2015-3-19-19-19-47.jpg

フリーエージェント社会の到来 新装版---組織に雇われない新しい働き方 / ダニエル・ピンク

2014/8/29発売。2015年1月頃の読書。

以前 TEDで見たプレゼン が非常に面白かったダニエル・ピンク。

2014-02-20 17-46-00.jpg

そんな彼の本を見かけたので手にとった。TEDのプレゼン内容の上での最新の本だと思ったのだが、10年以上前の本の新装版だった・・・。でも今読んでも面白い内容だった。


1:日本社会では突出した個人が生まれにくい、とも考えられてきた。生まれでようとしても、出る杭は打たれるがごとく、個性的な才能は得てして認められなかったり、ときには煙たがら、つぶされてしまうことすらある。日本で個性は育たない。その結果 「だから日本は駄目だ」 ということになる。

そうなると、今度は 「個人の力」 を伸ばしていかなければならないという意見が必ず強まっていく。会社内でも、組織にどれだけ貢献したかという曖昧な評価よりも、個人としての具体的な成果を評価すべきという考えに重きが置かれるようになる。1990年代以降、会社人事の主流となった、年功主義から成果主義という流れも、その変化と軸を一にする。

しかし、個人を重視する傾向が強まれば強まるほど、今度は一人ひとりがバラバラになってしまい、チームとしてのまとまりが失われていくことが懸念されるようになる。個人としても、組織で取り組んできたときのような一体感が保てなくなり、仲間意識も消えていく。最後に待っているのは、孤立した状態に陥った個人ばかりが増える現実だ。そして今度もまた 「やはり日本は駄目なんだ」 となっていく。

そろそろ、私たちは、組織か、個人か、という不毛な二分法から抜け出さなければならない。大事なのは、組織も、個人も、である。(玄田有史)

組織経営の指針と、個人の思想があった上で、評価軸が整理されてないと、どっちみちループすると思うな。

整理されてないと、そもそも人事採用も成り立たない しな。要は "何をもってしてイケてるとするのか?" なんだよね。つくづく "何故ならば" だな。

2:日本で社会的に成功するとは、偏差値の高い大学に入り、有名な大企業に就職し、そこで着実に出世しながら定年まで勤め上げ、引退後は悠悠自適な生活を過ごすことだ、と永らく信じられてきた。

しかしいまや、いわゆる一流大学を卒業しただけでは、就職もおぼつかないご時世である。首尾よく一流企業に就職したところで、数年後には業績が突然悪化し、統合・再編やときには倒産したりすることも珍しくはない。そうなると途中で再就職に努力しなければならないし、年金もおぼつかないまま、老後も働き続けることは当たり前になる。

もはや、一流大学・一流企業での成功など、夢の夢でしかない。いや、そんな一流志向など、幻想でしかなかった。(玄田有史)

"一流大学・一流企業に入った時点で成功" という安堵感が得られちゃうから、疲弊処理班としてしか、その後に使い物にならない からな。

3:仕事の前提は 「組織」 から 「プロジェクト(事業)」 へ移っていく。仕事はまず組織ありきではなく、顧客や取引先から 「プロジェクト」 がダイレクトに舞い降りてくる。もしくは経営からトップダウンで、リーダーに対し 「プロジェクト」 のミッションが伝えられ、一定期間内での遂行が求められる。

にもかかわらず、組織のタテ社会の人間関係に縛られているならば、プロジェクトの期限内での実現は到底不可能である。必要なのは、組織のしがらみにとらわれることなく、適材適所で縦横無尽に活躍できるフリーエージェントの存在だ。重要なプロジェクトの多くは、既存組織のメンバーだけから構成されるのではなく、組織を超えて集まったフリーエージェントたちの手を借りることによってのみ、成し遂げられるのだ。(玄田有史)

「代理店営業に頼むと遅いから、必要なサービス・スキルがある企業に直接連絡を取ろう♪ その方が安いし」

ってのが、コレだよなw

故にAZZLOみたいなスタッフは、営業ラインとは別個に直接企業と接点を持たないと企業から組織へお支払いを頂く機会が無くなると思うのだが、「営業が居ないとダメ」 と言われるんだよな。それじゃ金産まないんだけどな。

今と同程度の金を生むにしても、疲弊度がアップするんだよなw

4:日頃思っていたり感じていることについて素直に話し合える仲間を、働いている会社や通っている学校などの外に、せっせとつくることである。それは、SNS、コネクション、同窓会、保護者会、自治会、NPO活動、地域活動など、なんでもかまわない。大事なのは、心をむなしくし、そこで交わされる他人の話や、自分の知らない世界に耳を澄まし、深くうなづき、ときに感動することだ。(玄田有史)

一つの組織内でもあって良いが、それだけではダメだと思う。特にAZZLOが在籍する組織は10年で売上3割減している負け組企業w なので、ネガなガラパゴス企業内で集ってもあんま意味ないと思うw ・・・事例集めて 「ふ~ん・・・」 で終わるw

5:オーガニゼーション・マンは、組織を信仰の中心に置く世俗版の宗教の論理をしっかり守っていた。その教義では、個人は組織に忠実であることを求められた。それと引き換えに、組織も個人に忠実であってくれた。個性よりも仲間意識、個人の実現より集団の調和が重んじられた。個人は組織に忠誠を誓い、その要求に従った。

結局、過去なんだよな。

その過去のバランスは旧ソ連、中国も羨む社会・共産主義であった訳でw 都合よく社会主義とガチ資本主義をミックスしているのが日本企業の歪って感じする。

6:終身雇用の崩壊により、職場における忠誠心は弱まったと言われている。しかしこれは、必ずしも事実とはいえない。フリーエージェント・ネーションでも、忠誠心はなくなっていない。忠誠心のあり方が変わっただけだ。個人が組織に示すタテの忠誠心に代わって、新しいヨコの忠誠心が生まれつつある。取引先や同僚、元の同僚、チーム、職業、プロジェクト、業界に対する強い忠誠心が生まれている。ある意味で、忠誠心は強化されたのだ。

故に偉いおっさんは寂しくて、金を産まない労働履歴を色々と作って接点を作ろうとするんだろうな。余計金産まなくなるw

偉いおっさんは取引先の偉いおっさんと接待して

「後は・・・お互いの若い子たちに頑張ってもらいましょう」

とかやるべきだと思うな。縁の下の力持ちというか、パトロンというかエンジェル投資家というか、そぉいう事やるべきだと思う。

7:古い考え方では、収益の多い大企業は、収益の少ない中小企業より成功しているとされていた。しかしこうした発想は、フリーエージェント経済には当てはまらない。大きいことは、必ずしもいいこととは限らない。問われるのは、その中身だ。

大企業で赤字と、中小企業で黒字だったら後者の方が良いからなw

8:いまの学校にとって最大の問題は、学校が役に立たなくなっているということだ。しかし大半の教育改革案には、画一的な労働に従事するテイラー主義的な労働者を養成するためのテイラー主義的な手法をますます徹底するものになっているという問題がある。

過去は憧れる人生ストーリー設定が空気感としてあったが、それがもう無いから、テイラー主義との紐付けが出来ないしなw

テイラー主義的な方だったら、日本の座禅的な事を授業でやったら良い気がするな。"正しい" が表層的には比較的明確だしテストもしやすいし (本質的にはテスト要らない領域だけど)。

・・・テスト (というかチェック) は身体検査だけで良いんじゃないかな?

9:女性は社会のフリーエージェント化の原動力であり、やがてフリーエージェント経済の支配者になる可能性がある。

ま、いつの時代も女性が支配者だけどもw ま、資本主義上の正面からでもそう見えるようになりつつあるよな。FRBのイエレン議長なんかそうだしw

NHK紅白歌合戦出場のX JAPANだって、そう言ってるw

ただし、昨今日本で言われている "女性の社会進出・女性活用" みたいのには、徹底的な奴隷扱いという真実に女性は騙されちゃダメだと思う。

まず "女性は社会に居なかった前提" が、そもそもおかしいし、失礼だしw ・・・そら会社という場にはあんま居なかったかもしれないけども。

"働きたい女性もOK!" という事は全然OKだけど "働いてない女性はダメな女性" という空気感にも繋がっているのが今。実は女性は辛そうだし、でも露呈させない立派な人が多いと感じる。

「子ども産めよ、そんで育児しつつ働けよ」

って・・・w "お腹痛い痛いウィーク" もあんのに無理過ぎる・・・w

それ言うなら、せめて「ISAK幼稚園は無料です♪」 ぐらいにして欲しいんだよな。

※ISAKは高校ぐらいの年齢からじゃないとコンセプト的にハマらないんだが、でも幼稚園にもカスタマイズ出来ると思う。

10:批評家たちに言わせれば、束の間の人間関係と一時的な帰属意識を特徴とするフリーエージェント経済が過熱すれば、社会の腐食はますます加速するという。しかし実は、フリーエージェントにはこれと正反対の作用がある。人と人との絆を弱めるのではなく、逆に絆を強めるのだ。コミュニティーにほころびを生み出すのではなく、ほころびを繕い直す。堕落を助長するのではなく、前向きな競争を促す。200年前にアメリカを訪れたフランスの思想家アレクシ・ド・トクヴィルが書き記した 「結社の技術」 ---- 「正しく理解された利己主義」 に基づく本物の共同体を形成する力 ---- は、いまもフリーエージェント・ネーションのなかに健在なのだ。

不定期でも年に数回は合う スペシャリストの集い とか、言うならば結社だし、全然仕事してないけどたまに飲むプロダクションさんとか、そぉいう人たちと情報交換してる方が、組織内の勉強会よりもずっと重要な学びだもんな。

11:政府は、リンゴとオレンジを選り分け、それぞれのカゴに投げ入れて几帳面に数を数えることは得意かもしれない。それはそれで意義のあることだ。しかし、多くのアメリカ人がいわばパパイヤになってしまったいまの時代に、その作業の意義は大分薄らいでしまったように見える。アメリカ政府のフルーツ勘定係は、赤みがかったパパイヤをリンゴとして数え、オレンジ色がかったパパイヤをオレンジとして数えている。まったく数えないよりはましだとしても、正確な数字にはほど遠いと言わざるを得ない。

デモグラとかすでにそんな感じだよな。業務内容と売上換算項目もチグハグだしな。

12:多くの人は自分の働いている組織よりも長生きする。いまの仕事がずっと続くなどと言える人はどこにもいないのだ。そう、いまや私たちの誰もが 「臨時」 労働者なのだ。

今の50代以上とかは、企画書をPC使わないで作ってた訳だしな。当時は写植の人とかが居たんだと思うが、大半が職を失った (業務内容が変わった)ハズだ。

そして、2035年ぐらいには、キータイプなんてのも無くなってる可能性あるからな。

2013-05-26 01-21-06.jpg

2013-05-26 01-21-34.jpg

だしな。

故に "媒体問屋" というマネタイズ手段依存ではなく "企業の販促支援" という役割で考えて、業務内容は変えていかないと食えないと思う。

2015-3-06-19-17-47.jpg

2015-3-06-19-18-56.jpg

今トラディショナル代理店がやってる事は

"電気の冷蔵庫が売られ初めてるのに氷屋を続ける。頑張って3日持つ氷を開発しようとしている"

"ガソリンの自動車が売られ初めているのに馬車屋を続ける"

"石油が売られ初めてるのに炭鉱屋を続ける"

と同じ状態だと思う。伝統工芸を目指すならば良いが、それぞれ "冷やす" "移動する" "エネルギー" という元々の役割を見つめ直さず、"マネタイズ手段依存" だと思う。

スーパーだって "セルフレジ" を導入し始めていて "良いものを安く" という役割を意識して変わってきている。「それじゃぁパートのレジ雇用が要らなくなっちゃう」 とは言わないからな。

"若干時給は下がるにしても働かなくて良いパート"

というのが出来なくもないしw 偉いおっさんからすれば、人件費・採用経費が減るから全体としてみんなハッピーを目指せると思うんだがw

13:私たちの社会は、肉屋やパン屋や燭台職人の時代に戻り始めている。(ノーム・ストアー)

"専門職化している" とも捉えられるし "一人でマネタイズ出来る" とも捉えれるな。

肉屋やパン屋という流れで考えると、商業施設のテナントみたいに、一つの屋号の中で職人を育てる的な事ではなく、既に育っているテナントをキュレーションした施設 (組織) というのが必要とされる感じかな。

「それだと社内の知見が蓄積されないし漏洩する」

という発想は、もう通用しないだろう。漏洩するからこそ、逆に他社の知見も入ってくる。そのメリットを捨てるならば漏洩にビビるにも良いだろうが。

"ウチは漏洩したくないけど、他社の知見は漏洩して欲しい"

っていう都合よいジャイアン思想では、既存知見だけで老廃していくだろう。

14:「(完全雇用の方針は) 一種の宗教だった」 とIBMの元幹部はフォーチュン誌に語っている。 「歴代の人事責任者はこの原則を守り続けた。それこそ純潔を守り抜くみたいにね」

しかし1990年代に入ると、IBMはカーテンを開けて窓の外に目を向けはじめた。家の外は、思った以上に厳しい世界になっていた。IBMは、新興のコンピュータ会社に市場のシェアを奪われはじめていた。グローバル化の進展により新しい市場が生まれると同時に、新たな競争相手が生まれた。しかし、戦略的なミスや決断の遅い官僚的な体質など、様々な社内の問題のおかげで、変化への対応はますます後手に回った。そしてついに、IBMは解雇をしないという方針を捨てて、92年と93年に12万人の人員削減を行った。これは、IBMの社員にとってベルリンの壁の崩壊に等しい大事件だった。なにか重大なことが起きたのだということは、誰もがわかっていた。しかし、次になにが起こるのかは誰もわからなかった。

ビッグデータには手を出さないAZZLOが在籍する組織 が、これだな。今後CCCやら楽天やら、そぉいう企業が競合プレで出てくると思う。というか既に競合になる前に彼らは営業仕掛けている。

先日偉いおっさんに

「そぉいうリスクがありますよね。しばらくの間は僕らもデータは買えますが、彼らを肥大させる為に貢献するという事でもあります。そして仕入れが増えるという事です。おいおい彼らは自社で完結する目論見でしょう。既存代理店に居る人間の中途採用を進めてますから。要は競合として同列になるんです。金あっても買えなくなるんですよ。対する僕らは "アンケート調査" なんていうテキトーな顕在意識だけが武器です。潜在意識の提示が出来る彼らにマーケティング前提を奪われるんです。どうすんですか?」

と言ったが、

「うぅぅ・・・だから、やばいんだよぅ・・・」

だったな。まぁその危機感を持てるだけ随分マシなんだがw

CCCや楽天などがプレの競合にはならなかったとしても

「あのぉ・・・。楽天さんのデータとウチのWEBサイトのログと販売ログを紐付けた上での傾向と全然違うんですけどぉ・・・。御社の前提は顕在ニーズですよね。そんなのは分かっていて、潜在ニーズは既にこうなってるんですけどね。・・・具体案は良いにしても前提がおかしいですね。これじゃぁ上を通せませんよ」

と言われるんだよな。もう起きてる場は起きてるし、2年後には今のデジタルサイネージぐらいの感覚にはなってると思う。

それに潜在から顕在にシフトさせるのをリアルタイムに制御出来るシステムになっていくので、プレ段階では何も言えなくなるだろうなw "購買意欲喚起率" のプログラム提案の勝負になるだろう。

※AZZLOがずっとビッグデータ言い続けているのは、"媒体問屋の効率化" に紐付いて

"マーケティング前提を論理性高いログで企業自らが持ってしまう、リアルタイムに活用出来てしまうので、アンケート等の時間軸にズレがある上での顕在ニーズなんかでは論理性の担保が出来ない"

っていう事になるんだよな。ほんと死ぬよな・・・。

2014-02-20 18-23-43.jpg

バケツリレー依存ではなく、広告主の成功を願って真摯に対応しないければならないと思う。

まぁ、一時的に "その潜在ニーズ可視化ツールのご提案" とかの案件は発生するが、"広告主が自立するお手伝い" だからなw

故に代理店は

"お付き合いのある企業のログをお預かりして他社とのデータと照らし合わせ、多面的な検証が出来るシステムを自社で持たなければならない"
※そぉいうログネットワーク会社は出てくるが、要は仕入れがかかる。

"企業間コラボ施策なんかも、ついでにご提案♪"

ってしないと、なんの武器もないんだよな。

・・・ほんと他社に奪われる分、何で補填するんだろうなぁ。

15:職場は巨大な道具倉庫のような性格をもつようになった。管理者は、決まった時間になると道具倉庫の扉を開けて、労働者がみんなで一緒に道具をきちんと使うように見張り、時間が来ると倉庫を閉めて、労働者を家に追い返す。それまで一体のものだった資本と労働が分離したのだ。資本家が道具を所有し、労働者は、巨大な機械が生み出す莫大な利益から雀の涙ほどの分け前を受け取るようになったのです。

しかし、状況は、再び産業革命前に戻ろうとしている。知識経済の生産手段は、小型で安価、操作も容易で、あまねく普及している。

メモリ2GBでアースも繋がってないPCに、WXGA+ のモニターというしょぼい道具しか組織は提供出来ないしな。机繋がってるから隣の人が荷物置く度に振動するし。

故にオフィスってのは、デスクワークスペースではなくて "アイデアがセックスする場所" であるべきだと思うな。

知的労働が工場労働の作法を採用しているのが根本の課題だと思う。

16:トーマス・ペッツィンガーは著書 「新しい開拓者たち」 で書いている。「(デジタル技術は) 限界費用を限りなくゼロに近づけ、市場への参入障壁を縮小もしくは撤廃する・・・テクノロジーのおかげで、資本主義にとって、資本は不要のものになりつつある」。そして、オーガニゼーション・マンにとって、オーガニゼーション (組織) は不要のものになりつつあるのだ。

シェアオフィスなんかも増えてるもんな。

毎日同じ場所で蛍光灯下に居るよりも、違う場所を転々としていた方が、移動時に見える風景も違うしな。

17:人間は低いレベルの欲求が満たされてはじめて、高いレベルの欲求に進むことができる (住む家のない人や腹の空かせている人には、美的欲求を追求するゆとりはない)。

"財布もココロも貧乏人こそが年収一千万を目指す" とも言えるなw

18:豊かな時代になって、人々が仕事に求めるものは変わっているのに、多くの大組織ではそれに応えることができていない。給料とストックオプションはもちろん大切だけれど、いまや仕事の目的は金だけではないのだ。人々は、仕事に意味を求めるようになったのである。

つくづく "何故ならば" が必要って事だよな。AZZLOが在籍する組織では聞いても無視されたり返答があっても 「だって売上必要じゃん!」 でしかなかったりするw 売上あっても利益がないと意味ないんだけども、"食ったらウンコ出るのを知らないので垂れ流しして困っている人" に見えたりするんだよな。

19:鳥かごの中に閉じこめられていても、かごの外にチャンスがあまりなければ我慢できるかもしれない。しかし、かごの外にチャンスがいっぱいあれば、鳥かごは刑務所に等しい。

昔は生まれた時点で仕事が大体決まっていたが、今の時代は転職しやすいんだよな。故に苦しむ人も少なくないがw

そして "かご" の概念を少し変えた方が良いと思う。"自社の利益" を考えると人材を "囲い込み" したくなるかもしれないが、それではガラパゴス状態。それで上手くいったのは昭和までだ。

今は、他社での経験に期待して中途採用もあるし、むしろ出ていってもらって、外での経験を踏まえて、また戻ってきてくれた方が良いw

既存のかごの概念は終着点ではなくハブとして捉えた方が良いと思う。コミュニティは終わらないと次に繋がらないしな。

20:ケース・ウェスタン・リザーブ大学のロバート・D・ヒスリッチによれば、起業家と企業の管理職を対象に調査を行ったところ、起業家のほうが企業管理職よりも格段に倫理に配慮して行動していることがわかったという。この違いはおそらく、倫理を重んじる自由の有無から来ているのだろう。

企業管理職が金ちょろまかしてたりする訳だしな。もちろん起業家でズルい人も居るけども、割合で言えば前者の方が多そう。起業家は一般的な信用が少ない分、倫理とか道徳とかマトモじゃないと一瞬で八方塞がりだもんな。

企業内の不正の場合、対外的に恥ずかしいので揉み消されたりするもんなw (とは言え給料天引き返済とか当たり前な事は起きるらしいがw)

21:どう行動するべきかを社会が教えてくれる世界、すなわち、社会が次のステップを指図して、エスカレーターに乗せてくれる楽な世界では、自分の弱みや失敗に直面することがないだけでなく、自分の強みを知ることもない。(エイブラハム・マズロー)

故に、大半の企業において、エスカレーターを期待して辿り着いた大卒者ではなく、ヒッチハイクで暮らしてきた人の方が採用の価値があると思うな。

パリで友人になったバックパッカーは、今は某学校の学長だしなw

22:ニューヨーク・タイムズ紙によれば、数々の心理学的研究の結果から、「満足感は金では買えない」 ことが明らかになっている。むしろ、「富を人生の大きな目的と考えている人は、極度の不安や抑鬱に苦しめられるなど、幸福度が全般的に低い」 という。

以下の2件は同一人物なのだが

金を追いかけてると論理がなくなるって感じするもんな。論理ないから金を絶対的正義に設定するのかな?

そして、この人はAZZLOに対して

「AZZLOは会社員じゃないよね。フリーの人って感じ」

と言ってた。

個人的には会社員かフリーかっていう概念ではなくて、「今のギャラで高品質な奴隷をやる気はない」 という消去法だったりするんだけどな。

故に 「こんだけ金積むから奴隷やってよぉ!」 と言われれば、「じゃぁ・・・期間限定でお願いしますw」 とは言うかもしれないw

まぁその発想は会社員であっても "従業員" ではないとは言えるか。

23:「会社を辞めようという考えが頭に浮かんだのは、2月のボーナスと昇給のシーズンのことだった」 と、彼女は語った。「あんなにたくさんのボーナスをもらったことはなかった。前の年の3倍だった。そのとき、本当にがっかりしてしまった」

「ボーナスが思っていたより少なかったのですか?」 と、私は尋ねた。

「いいえ。ちっともうれしくなかったということに、がっかりしたのよ。いっぱいお金をもらっても幸せになれないということに気づいてしまった。私はその仕事が好きではなかった」

銀行口座にはお金がいっぱい入っていたけれど、心の中は空っぽだった。

糞ビッチ女とかも、イイ男と付き合った事ないからっぽいよなw

24:人材派遣会社ロバート・ハーフが経営幹部を対象に行った調査によれば、仕事を好きになるための条件は、自主性が認められること、難しい課題に挑戦できること、仕事を通じてなにかを学べることだという。

一歩踏み外すととブラック企業になるがw 確かにそうだと思う。

・"難しい課題" が長時間労働ではない課題である
・"なにかを学べる" は多くの場合、不条理を押し付けられる上での学びではない
・ギャラの配慮 (論理的な評価)

この点があると、ブラック企業にはならないポイントかな。

25:アメリカ経営協会 (AMA) の調査によっても、従業員の流出を防ぐ最良の方法は、給料を増やすことでも各種手当を充実させることでもなく、柔軟な勤務スケジュールを認めたり、長期間のリフレッシュ休暇を与えたり、学ぶ機会を提供することだ。要するに、従業員管理の最善の方法は、金をつかませるのではなく、フリーエージェントのように扱うことなのである。

ギャラが良くても辞めるからなw 逆にギャラはしょぼいが、ほぼフリーみたいな自分の方が自主的に辞めてなかったりするw

AZZLOみたいなケースは偉いおっさんの自尊心はケア出来ないかもしれないが、経営としては、そんな金がかからないヤツを転がした方が良いと思うw

26:必ずしも 「大きいことはいいこと」 ではない。自分にとっていいことこそ、いいことなのだ。出世や金など 「共通サイズの服」 の基準で成功を目指す時代はもう終わった。自由、自分らしさ、名誉、やり甲斐など、「自分サイズの服」 の基準で成功を目指す時代になったのだ。

共通サイズの服では、国まるごとモテないからな。

27:要するに、金がすべてではないということだ。出世がすべてでもないし、事業の拡大がすべてでもない。パフ・ダディの言葉よりも、ボブ・ディランの言っていることのほうが正しいようだ。「成功したと言えるのは、朝起きて、自分のやりたいことをやれる人だ」 とディランは歌っている。

ちょいちょい記事にもなっているが、今の人の生活スタイルは、せいぜいここ150年ぐらいの事だからな。たかだが2代、3代程度の時間しか経ってない。

とは言え "帰属意識" というのは、いつの時代もあると思う。その点を最近は "たまたま会社という組織が担っていただけ" だと思う。

28:くだらない仕事を見事にやり遂げたとしても、それは本当の業績とはいえない。私がよく言うのは、「やる価値のないことには、立派にやり遂げるだけの価値はない」 ということだ。(エイブラハム・マズロー)

AZZLOも 「儲かるか楽しいか、どっちかは担保しよう」 と良く言うw

偉いおっさんの悩みの一つとして 「それ(金額少ない案件)に疲弊すんなよぉ・・・」 というのがあるみたいで、要は 「それぞれ個でも効率を踏まえろ」 という事があるらしい。

しかし、何を持ってしてくだらない仕事なのかそうではない方なのかの判断が出来る人はどうやら少ないらしいし、しかも評価面でも指標が無いので、プレイヤーに判断を任せるのは酷な気がするんだよな。

後出しで 「お前アレ手抜いただろ」 とか言われそうだもんなw

29:ロサンゼルスのグラフィック・デザイナー、ジョフ・マクフェトリッジは、依頼主に対して 「おたくの金で楽しませてもらってるよ」 と言いたい気持ちになるときはいい仕事ができると言う。

AZZLOの成功案件 はそんな感じだったし、他の案件を見てもそんな空気感があるのが人の心を打つ感じする。広告ではないが、ウゴウゴルーガとか非常に短期間の放送だったのに、未だに人の心に残ってる。

30:フリーエージェントの人たちは、ウォールストリート・ジャーナル紙コラムニストのスー・シェレンバーガーが言う 「明日のためにという罠」 ---- いますぐに楽しみと満足を得るのではなく、「将来に快適な生活が待っていると信じて、未来のご褒美のために生きる」 という態度 ---- に陥っていないという点だ。多くのフリーエージェントにとって、仕事は 「明日のため」 のものというより、それ自体がご褒美なのである。

人生のロードマップ・ストーリーの (テレビ冷蔵庫エアコン) がなくなったのが要因として大きい感じするな。

"庶民の為のニンジン" が無いんだよな・・・。故にSNSとかで自尊心をケアしたりするんだろうな。

31:どういう仕事をするかは自分で決める。いちばんやりがいがあって、わくわくするような仕事をすることにしている。そこにときどき 「ギャラがいいから、まあいいか」 という仕事が入るという感じね。

いわゆる会社員も入社前はそんなスタンスだと思うんだが、入社後は奴隷になるよなw

32:会社が従業員を大切にしているなどと言う人がいたら、「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」 と、簡単な呪文を繰り返し唱えること。そうすれば、危険な幻想を抱かないですむ。(リック・コーエン)

まぁなぁ・・・w

「チームワーク」 を重視する経営者や上司は多く、そういった管理職たちは替えの利かないような優秀な従業員を恐れています。上に立つ人間がチームワークという言葉を口にするときは、要するに 「いわれたとおりにやれ!」 といってるのと同じ。

こぉいう指摘もあるしな。

大塚家具問題においては

父:「社員は子ども」
娘:「社員はチーム」

というスタンスの相違があるが、現代は偉い人から下々wへの "チーム" 的な概念がないと成り立たないと思う。創業者の発言の旨味は1代も持たない、要は賞味期限が短くなっているのだと思う。

おそらく政治不信しかり "偉いおっさんは信用出来ない" という感覚から促進された点もあるだろうな。

そして、チームというスタンスでもフレキシブルに (プロジェクト毎に) リーダーは変えた方が良いと思う。

対して父的な "子ども" というのは、素晴らしい正義感だとは思うが、一歩間違うと 「ダメなもんはダメ!」

2013-07-21 01-36-07

という論理性欠如になりがちな側面があるよな。

どっちも正しいんだけど、子離れも必要だと思う。いつまでも親やるのも大変であってw 正義感を通り越して "依存" になってしまう事もある。

「久美子を信頼して支えてやってくれ。ダメだったら決定したオレを恨んでくれ」

と言えたら良かったと思うな。そもそも一度決めた事だしw

それが出来ないのならば加勢大周的に "新・大塚家具" やったら良いと思うw

33:単一の雇用主のもとで長い間働き続けていると、技能が鈍り、急速に変化する外の世界に触れる機会が少なくなる。そして、忠誠心は単なる依存心に成り下がってしまう。

www。総合広告代理店がデジタル技術に疎く、GOOGLE的な企業に本来手にできるハズの予算を奪われてるもんなぁw

34:「会社に対して忠誠心は感じていない」 と言うのは、ボーイング社のエンジニアの労働組合を率いるチャリー・ボファーディングだ。「会社などというのは、しょせん抽象的なものに過ぎない。私がはっきり実感できるのは、職場の同僚やボーイング技術部門のコミュニティーだ」。このように、タテの忠誠心は弱まっても、ヨコの忠誠心は強まっている。フリーエージェントは、仲間に対して強い忠誠心をもつのだ。

アナログな人なんだから、本来そうだと思う。しかし自信がない人が、無駄に会社というのを信仰の対象に仕立てたが故の歪が大きいんだろうな。

35:私たちの孫の世代は、おじいさんやおばあさんの時代にはほとんどの人が雇われて働いていたと聞けば、びっくりするかもしれない。

今の常識は150年程度だし、よりセグメントしていくとせいぜい50年ぐらいの常識だもんな。

今後は "働く" とか "生活費" とか、そぉいう感覚も変わってくる可能性は十分ある。

36:電流の通ったフェンスの中に閉じこめられた犬は、2、3度痛い思いをすれば、どこから先に行ってはいけないかを学習する。目に見えないフェンスでも同じことだ。犬は自由に歩き回ることはできない。そのうちに、フェンスの外に出ようとすらしなくなる。

AZZLOが在籍する組織は、意図的に電流を流してるんじゃなくて、漏電しまくってる感じだよな。修理しようとして余計強めちゃったりとかしてるしな。やはりコントだな。

仮に意図的な電流であったとしても

2014-10-21 20-25-14.jpg

2014-10-21 20-25-50.jpg

だからな。どっちみち生産性には寄与しない・・・w

37:フリーエージェントにせよ企業の従業員にせよ、大半の労働者は単に時間を切り売りしているだけではない。能力や専門技術、アイデア、創造性を売っているのだ。こうしたものはすべて、数字で計るのが難しい。とりわけ、テイラー主義的な時間という物差しではなかなか計ることができない。それでも、工業経済的な時間の概念はまだ死んでいない。弁護士業務や広報業務のような知識型の仕事の場合も、いまだに報酬は労働時間を基準に支払われている。顧客の立場から言えば、短時間で出てきた優れたアイデアより、長い時間をかけてようやく出てきた使い物にならないアイデアのほうがコストが高いということになる。

この指摘は大半の企業でも病気のようになってるな。簡単な事をあえて難しくして疲弊して労働実感 (自尊心) を獲得しているだけな事象が少なくない。

「なんか資料しっかりできてるんだけども・・・結局何も言ってねぇwww」

「言ってるけど 『うんこは臭い』 って、そんなん知ってるし!!!」

みたいのとかなぁ・・・。

38:「自分の問題を頭から追い出して、他人の問題について考えているから、自然とアイデアが湧いてくる。そういうことが何度もあった。いちばん得るものがあるのは、自分の問題について考えているときではなく、他人の問題を検討しているときだ」。そう、フリーエージェント・ネーションでは、「与えた者が得る」 のである。

代理店のマネタイズではなく、企業のメリットを真摯に考えればプレで勝てるって事だよな。(そうじゃないから負ける)

上司が身を削っているから 「お助けしたい」 という忠誠心が生まれるしな。

39:シマンテックを辞めてフリーエージェントになった男性は、とてもうまいことを言った。「シマンテックで働いていちばんよかったことは、みんなが会社を辞めていったことだ。おかげで、あちこちの会社に人脈ができた」

AZZLOもそう思う。同士は別に同じ場所に居る必要はないと思う。

こんな事があったり、ちょいちょい他社からお誘いは頂いたりするが、

「各地に潜伏していた方が狙いは達成出来ますよねw おいおい合流させて頂くタイミングがあるかもしれませんが、今はまだ良いのではないでしょうか?」

的に話してたりするもんな。

41:「会社だと、オフィスで暇にしている人が3人いれば、次に仕事が入ってきたときに担当するのはその人たちということになる」。つまり、いちばん手近にいる人間のところに仕事が行く。しかしそれは、必ずしもいちばん適任の人物とは限らない。

AZZLOが所属する組織では、向き不向きは多少は考慮するな。とは言え "処理" という概念も強く、"誰でもいい" という軸足も強いな。

40:忠誠心と保証の交換というシステムが崩壊し、チャンスが増えるのと引き換えに不確実性が高まって、心の錨を失ったように感じはじめる人が増えた。そして人々は、この荒れた海に乗り出していくために、助けを必要とするようになった。

スペシャリストの集い という結社的なグループに参加させて頂いているが、その辺をそれぞれケア出来てるしなぁ。

42:臨時社員としてやっていかなくてはならない以上、せめて待遇についてひと言言わせて欲しい。

そうなんだよなw そもそも既存正社員では出来ないからこそ、スキルを持った人、もしくは単純にリソースとしての処理班に期間限定で来て頂いているのだから、本来高めじゃないと成り立たない。

43:悪質な雇用主のなかには、正社員への登用というエサを目の前にぶら下げておいて、何年たっても臨時社員の待遇を変えようとしないケースもある。

www。悪質かぁw

44:劣悪な労働条件を強いられている臨時社員を 「テンプ・スレーブ (臨時社員奴隷)」 と呼ぶ。「給料は低いし、付加給付も保証もないし、敬意を払われることもなく、白化ネズミのように永遠に同じ場所をぐるぐる回っている」

ま、いわゆる正社員も同様だけどなw

45:臨時社員は、金についてだけでなく、仕事のやりがいの面でも不満を感じている。臨時社員として低い給料で働いている人は誰でも、仕事は救いようがないほど退屈だと身にしみて感じている。退屈な仕事を 「脳みそ泥棒」 と呼んだ元臨時社員もいた。窓もない部屋でひと言も口を利かずに、銀行の発表文章の校正を延々と続けている人もいる。ファイルのラベルを貼り直したり、アイスクリームの容器のふたがしっかりしまっているかどうか検査するだけの日々を過ごしている人もいる。ある調査によれば、「臨時の労働力に与えられる仕事は、概して組み立てラインのいちばん単純な反復作業、つまり誰にでもできる仕事である」 という。これでは、自己実現など成し遂げられるわけがない。

とは言え、そぉいう反復作業しかやりたくない人も少なくないんだよなw

"仕事人" "作業人" は向き不向きがあるので、共存が出来るのが一番良いと思う。

課題は "作業人しか居ない企業" だと思う。

46:社会学者のアーヴィング・ゴッフマンは1959年の著書 『行為と演技---日常生活における自己呈示』 で、「非人間」 という概念を提示している。ここで言う 「非人間」 とは、「その場にいるのに、存在しないかのように扱われる」 人たちのことだ。子供や高齢者、召使いや給仕などである。

"反復作業こそが仕事" みたいな教育は "合法的奴隷" の為の種まきだよなw

故に 「つまらないけど反復作業しかしません」 というのは、ある側面真っ当だと思うw

この成り立ちを知らないで 「ウチの社員は使えない」 等と嘆く偉いおっさんは、採用段階で間違えていると思うなw

48:テンポン:社員ではこなしきれない仕事を処理するために雇われた使い捨ての臨時社員。仕事が終われば、あっさり捨てられる。

42番と紐付くが、故に手取りは高めにしないといけないと思うな。そして無理に正社員にする必要がないと思う。"臨時社員=劣化版" みたいな考え故に "おいおい正社員化" という気遣いと期待が出てくるのだろうが、そもそも意味が違うと思うw

例えば、イベント運営のヘルプスタッフ・コンパニオンなどは、バイトとしてはやや高めの時給である事が少なくない。しかし当日の現場が終われば、次の現場を決めなくてはならない。その面倒臭さと随時発生する人件費ではない訳だから、割高なのは当然だと思う。

49:「すべての人が同じ年齢で引退するという制度と雇用主の負担による企業年金の制度は、官僚制の発展と大企業の成長とともに形成されたものであり、このシステムの普及に拍車をかけたのは、高齢の労働者の生産性は総じて落ちていくという考え方だった」~中略~

しかし21世紀を迎えて、こうした前提は非現実的になってきている。数十年先には、奇妙なアナロニズムとみなされるようになるかもしれない。工業経済の時代には、年を取って曲がった背中は大きな負債だったが、知識経済の時代には、年輪の刻まれた脳ミソは大きな財産なのだ。

丁度今ぐらいの時代はキータイプが出来れば、高齢のデメリットは相殺される領域が多いな。

しかし、今後キータイプ以外の入力装置が普及した時には、一度 「高齢は使えない」 という時期もくると思う。AZZLOが高齢になった時には若手からそう言われるだろうw

そしてビッグデータ・ライフログは、個人単体ではなく集合知にも出来るので、"高齢者の知識よりもビッグデータ" という事になってしまうw

過去の経験に伴う知識依存の高齢者は一歩間違うと "邪魔な爺さん" となるしなw

2015-3-09-01-33-15.jpg

「そうだ!早く死のう♪」 になっちゃうよなぁ・・・。

50:自己実現を追求し続けてきたベビーブーム世代にとって、のんびり老後の生活を送るのはかえってつらいのかもしれない。年老いて死を意識するようになれば、彼らはますます人生の意義を追求するようになるだろう。その欲求は、ボウリングやトランプでは満たすことができない。多くのベビーブーム世代は、仕事を通じて人生の意義を追求しようとするだろう。

気持ちは人として分かるけども、"組織を利用して自尊心担保" はビジネスではないので、それは辞めて欲しいな。煙たがられて自尊心の担保も出来ないw

今はそうではないように見えても、葬式には誰も出席してくれないだろう。

51:公立学校を訪れると、私はいまでも目眩がしそうになる。校舎に一歩足を踏み入れた瞬間、ノスタルジーの波がどっと押し寄せてきて、失神しそうになる。いまや21世紀だというのに、どの学校を訪ねても、たいてい1970年代に私が通ったオハイオ州の公立学校とそっくりに見える。教室の広さも変わってないし、机も昔と同じように並べてある。廊下の臭いまで同じだ。

100歩譲って 「黄金比だから」 というのは言えるかもしれないし、小学校低学年までの読み書きレベルであれば、今のままの教室でも良いかもしれない。単純に知識なので。(もっと良いやり方もあると思うが、不味くはないのかもしれない)

しかし読み書きではない授業や、小学校高学年以上は、今の教室のスタイルは黄金比からはズレがあるように思うな。

まず "話す人(先生)がいて聞く人(生徒)がいる" という押し売り・受け身スタイルそのものがなんか違う気がするw

振り返ると、"理科の実験" は好きだった気がする。"みんなで試してみる" という事だからだろうな。

世界のすべてが先生になる

という考え方もあって、"先生=人" というのがやや旧世紀的なのかもしれない。が、旧世紀生まれのAZZLOとしては "FACE TO FACE" には拘りたいかな。リアルなアナログの世界なので。

52:人類の歴史の大半を通じて、私たちは 「師匠」 や家族にものを教わってきた。教育史学者のデーヴィッド・タイアックによれば、19世紀のアメリカでは、「学校は自発的なものであり、付随的なものだった」。子どもたちは、基本的な教育を親から受けていて、学校にはときおり顔を出す程度だった。~中略~

学校での義務教育という制度は、歴史的に見て例外であるだけでなく、現代社会における例外でもあるのだ。しかし、オーガニゼーション・マンを養成するためには理想的なシステムだった。学校教育は、未来の工場労働者や中間管理職に、仕事で必要な基本技術や知識を授けてくれた。勉強以外に学校生活を通じて学ぶことも、オーガニゼーション・マン経済にとって同じように重要だった。子どもたちは学校で、ルールを守り、命令に従い、権威を尊重することを学び、それを拒んだ場合には罰が待っていることを学んだ。

・・・w 明確に奴隷育成システムwww

53:オーガニゼーション・キッズは、同じ時間に同じ場所で、同じ方法で同じことを学ぶ。社会学者のマーシャル・マクルーハンは、学校は 「子どもを放り込んで加工する均質化装置」 であると書いている。全国共通の学力テスト、一律のカリキュラム、均質化された子どもの集団 (同年齢の人間だけが押し込められた部屋で1日過ごすことなど、学校以外ではまずあり得ない)。学校はは、工場の業務処理の方法を一種の信仰にまで引き上げたのだ。

"従業員" "処理班" "言いなり奴隷" 全て当てはまるなw

54:「学校に通うというのは、12年間の懲役刑で人生を始めるようなものだ。そこで学ぶのは、実は悪い習慣だけだ。私は学校で教師をしていて、賞までもらった。だからよくわかる」。これは、元教師のジョン・テイラーガットの言葉だ。ガットは1991年にニューヨーク州の年間最優秀教師賞を受賞した人物だが、現在は在宅教育という新しい潮流の旗振り役になっている。

うわ~・・・www

幼少の頃に、ロータリークラブの偉いおっさん達 (政治家とか) に

「君は学校には行かなくて良い。学校とはバカ養成所だからだ。」

と言われてたのを思い出すなw

※AZZLOの高学歴者批評 (ほぼ批判) はこの発言が大きく紐付いている。

55:90年には、全米で在宅教育を受けている子どもの数は30万人に達した。93年には、アメリカの50州すべてで在宅教育が合法化された。それ以来、キリスト教教育の推進とは無関係に、質が悪くて危険な学校に不満を抱く親たちが在宅教育を普及させている。現在、在宅教育を受けている子どもの数は全米で170万人。その数は、毎年15%の割合で増えているという。18歳未満の子どもの10人に1人が在宅教育を経験している計算になる。

年15%増ってハンパ無いなw すぐ100%になってしまうw

とは言え、同年代の人とコミュニケーションを図るというのも、非常に大事な学びはあるので、そぉいう機会はケアしたいよな。

56:在宅教育を受けている子どもは、社会性の面でも概して極めて好ましい傾向が見られる。在宅教育に対する最も大きな誤解のひとつは、社会性のない子どもが育つというものだ。しかし実際には、在宅教育を受けている子どもは、従来の学校に通う同世代の子どもより大人と接する時間や地域社会で過ごす時間、違う年齢の子どもと付き合う時間が多い。ブライアン・D・レイという研究者によれば、「従来型の学校に通う子どもは、在宅教育の子どもに比べて攻撃的で騒々しく、負けず嫌いな傾向がある」 という。

あぁ。AZZLOは小4から芝浦GOLDに通っていて、バブルガム・ブラザーズとか、RIKACO(村上里佳子) とか、そぉいうお兄さんお姉さんに遊んでもらってたのが、類似性だなw

その上で、デニーさんのバーで合うエディトリアルの重鎮の人に

「よくまぁ、その流れでマトモに育ったよなぁwww」

と言われるもんな。

逆に、従来型の学校に通った、いわゆるAZZLOが批評 (ほぼ批判) する高学歴な方々は、大雑把に言うと "論理なくキレやすい" というのはAZZLOから見ても思うな。

この事象とか露骨にそうだからなw

57:レゴの積み木遊びに夢中になっている5歳の女の子がいるとする。毎日長時間、農場や動物園、飛行場、宇宙船など、手の込んだ 「建造物」 をつくって過ごしている。友だちが遊びにきて、一緒に 「建物」 をつくることもある。この子は、誰かに指図されてレゴ遊びをするわけではない。いつレゴ遊びをしろだとか、どういうふうにやれだとか、指図する人はいない。それにもちろん、完成した 「作品」 に先生が点数をつけることもない。それでも、この子は 「学んでいる」 と言えるのだろうか? 答えはイエスだ。在宅教育の子どもたちはこういうふうにして物事を学ぶのだ。

この子は 「学んでいる」 と言えるのだろうか? 答えはイエスだ。

という箇所にもの凄い違和感を感じるんだよな。あまりに当たり前体操な事なので、フックになりえない気がするw

おそらく 「ノー」 という見解も存在するのが現実なんだろう・・・。

58:ここでお節介な大人が首を突っ込んで、レゴ遊びのやり方を教えてやるとしたらどうなるだろう? 大人は、毎日45分間レゴで遊びなさいと、子どもに指図するかもしれない。子どものつくったものに点数をつけて、いい点数の場合にご褒美をあげるかもしれない。同い年の5歳の子どもを集めて、同じことをやらせるかもしれない。全員一緒に、一斉に同じものを45分間つくらせて、成績をつけて、いちばん点数のいい子どもに商品をあげるかもしれない。そうなればすぐに、5歳の女の子はレゴに対する情熱を失ってしまうに違いない。この子の作品は創造性がなくなり、学習効率は悪くなるだろう。これが、従来の学校でやっていることなのだ。

善意の大人たちは、遊び、学び、自分でなにかを発見していくという自由を子どもから奪ってきた。

コレだよな。

2014-10-22 13-33-04.jpg

2014-10-22 13-33-23.jpg

2013-06-03 00-03-13.jpg

"偉いおっさんが監視するアイデア出しチーム (という名の労働疲弊履歴発生装置)"

が、どうやら事例集めしか出来てないらしいしw

"フィギアスケートの若い子のコメント"

とかも、洗脳されてる発言だしな。

「・・・そんなお父さんが大好きです!」 なんていう作文発表会も洗脳だし、場合によっては子どもが親を転してたりしなくもないけども、大人の自尊心の担保に子どもを利用してたりするケースは少なくないからなw

59:子どもでも大人でも、学校や職場、家庭で自由を奪われ、賞罰のシステムを押し付けられると、やる気を失い、学習や仕事に喜びを感じなくなるという

AZZLOは小学校時代、いわゆるテストの点は良くて開成中学行けるぐらいの偏差値はあった (一応目指してたw) んだが、周辺の大人の期待 (塾の先生とか)を感じた瞬間、「ダカラナニ?」 と思ったんだよなぁw そっからアホ臭さをより強く感じたので学校嫌いが加速したなw

その頃は明確に整理出来てないけど

「オレが開成入れたら塾のステータスが上がるんだろ?故に期待してんだろ?・・・オレはお前の為に勉強してんじゃないから!!!(だったらせめて金こっちに払えよ。持ちつ持たれつだよ)」

というのがコアだったんだろうなぁ・・・w ほんと生意気なガキだよなぁw

60:責任を持つという点はどうだろう? 女の子は、出来上がったレゴの作品に完全な責任をもつことはなくなった。レゴでなにをつくろうと、すべて他人に命令されてつくったものでしかない。作品の出来栄えがよくても悪くても、それは、もはや自分のものではないのだ。

レゴの作品の評価についてはどうか? 子どもは自分の作品に 「A」 の評価をもらっても、やる気が出ないというのか? たぶん、そんなことはないだろう。しかし、その評価は自分自身の基準に従ったものではない。女の子は、「A」 の評価をもらった作品より、「B」 の作品のほうが好きだったかもしれない。けれど、これからはそうした感情を捨てて、他人の基準に従って行動するように努めなくてはならない。思い切って、憧れのスペースシャトルをつくるべきだろうか? おそらく、それは得策ではない。いい点数がもらえない可能性が高いのに、わざわざそんなものをつくってなんになるのか? ここは自分なりの基準で成功を定義するなどという発想とはまったく無縁の世界なのだ。それに対して多くの在宅学習者は、成功を自分なりの基準で定義している。

AZZLOの広告賞嫌いと同様だなw

"自分がイケてるかどうかは自分自身しか評価出来ない"

なんだよな。

2014-05-10 23-11-16.jpg

とあるプロダクションさん社長 (先輩の友達) にコレを言ったら

「あぁ・・・君はそうなんだね」

と呆れられた雰囲気だったのを思い出したw

従業員に呆れられるならばまぁ納得だが、社長さんのそんな対応は意外だったなぁ。

61:レゴ遊びの例を使って、自分らしさについても考えてみよう。人は誰でも、他人の基準にはめられるのではなく、ありのままの自分でいたいという願望をもっている。あの5歳の女の子は、自分自身の意思に従って行動しているという実感を失ってしまった。代わりに、あるメッセージを受け取った。それは、きみはパパが会社に行くのと同じ理由で、つまり偉い人にそうしろと言われたからという理由で、レゴの積み木をつくらなくてはならないのだ、というメッセージである。

使命 (モチベーション) が義務になると、途端につまらなくなるんだよなw

故にマネジメントに紐付くが

"義務を使命(モチベーション) にすり替える"

ってのが、直近を生きる上では、マネジメントの手腕だと思うな。戦時中の「お国の為に」 や 「世界救済の為にサリンを◯△□・・・」 とかと同様。

62:かつて若者は、経験豊富な師匠に弟子入りして、技術や専門知識を学んだものだ。そのシステムがよみがえりそうだ。それは、配管工事などの分野に限った現象ではない。コンピューター・プログラミングやグラフィック・デザインなどの分野でも指定制度が見られるようになるだろう。たとえば、14歳の子どもが学校で毎週いくつかの授業に出席し、それ以外の時間は商業美術の見習いをするようになるかもしれない。

"奴隷育成プログラム" はアナログな人間に対しては無理だったんだよな。故にペッパー君に全てを奪われるハズ。

一周回って "人だから出来ること" という事を見つめなおす時代になるんだろう。

人は飯食わないと→飲食業→酒あったら良い→居酒屋最強 (リアルにおいては)

という感じがするんだよな。

あ、そもそも "ほんとの金持ち" は不動産やら高級車なんかじゃなくて、"植物の種" 買ってるんだもんな。やっぱそぉいう事だよなw

63:将来は、たとえば、数学と会計、それにビジネスの基礎を複合した新しい教科が誕生するかもしれない。

ん~・・・。ちょっと残念な話かもしれないなw

数学・会計はまぁスキルとしてあるに越したことはないし、ビジネスの基礎ってのは、そもそも足し算引き算だしw その上で気付かない人ってのは、もうしょうがないって気がするw

"疑問を持つこと・気付くこと"

が、何よりも必要な事だと思う。その先のスキルは後からどうにでもなるが、その以前が無い限りスキルがあっても何も起きないw

簡潔に言うと "ダイバーシティ (multi-culturism)" があるか否かであって、その素養を持つには・・・、少なくても均質化された学校に行く事 (だけ) ではないんだよな。

"差異を検証する為に学校にも行ってみる"

というのはアリだと思う。

・・・AZZLOが会社員を目指した理由の一つもそぉいう理由だったなぁ (遠い目)

もう一つは 「フリーでやっててスキル的に限界感じたから、『得意分野を組み合わせる』 的な事やりたい! 自分みたいな人は少なくないハズ!」 だったなぁ (遠い目)

あ、裏には 「真鍋大度方面(プログラミング)は自分は相性悪いわ・・・」 っていう挫折もあったなw

64:画一化への反発:高校の卒業書は、いまやかつてのような 「品質保証書」 としての価値をもたなくなってしまった。そこで政治家たちは、高校卒業証書の価値を取り戻すために、生徒が卒業を認められるためのハードルを厳しくしようとしているようだ。~中略~

大半の政治家は、今日の高校が抱えている問題を解消するためには教育に対する管理や統率を強める必要があると思っている。しかしそれでは、問題は解決しない。実際に必要なのは、フリーエージェント龍の処方箋、すなわち管理や統制を弱めることなのだ。フリーエージェントの時代には、ティーンエージャーは学校に通うよりも 「実践」 を通じて、様々なことを学ぶようになる。

・・・w

"既存の奴隷システムにこそ権威というか価値がある (様に見せかけたいし、それで生きてきたから信じたい)"

という依存に必死状態って事だよな。ん~・・・それでは国力としてマズいし、そもそもの目的じゃなくて "てめぇのマネタイズ+自尊心ケア" が優先されてるって事だよなぁ・・・。

65:公教育というオーブンの中に子どもを12年間入れて、しっかり焼けたら、企業などの雇用主に引き渡していた (選ばれた一部は、大学という名の場所であと4年間、最後の仕上げをされた)。しかし、企業の寿命が短くなり、知識や技術があっという間に時代遅れになってしまう時代には、このモデルはもはや機能しない。フリーエージェント経済の時代には、人々が生涯を通じて学べるようにするシステムが不可欠だ。学校を卒業しても、まだ人生の4分の3は残っているのだ。

今後は、より生 (レア)の時代というか、「焼かなくても・・・いや、焼かない方が美味かったじゃん!」 というのが明確になっているという事と言えるな。

もしくは 「今までコゲだけ食ってたのか・・・多少汁が出るからそれを旨いと思ってたが・・・」 みたいな事かもな。

そして、AZZLOが指摘する "入社したらミッション完了。その後使えない" は、継続して学ぶ姿勢がないが故と言える。

それは個々の姿勢もあるが、「変化を必要としない。作業を頑張ればなんとななる!」 という組織の論理も同時にあって、必要を感じても取り組めないってのもあるだろうな。

66:21世紀には、立派な大学の卒業証書よりも、インターネットへのアクセスと賢明な仕事仲間のネットワークが知識への切符になる。しかも、生涯を通じて、その切符を何度も使うようになるだろう。

結局生のアナログの人間同士だからな。

67:学位の耐用年数が短くなるにともなって、教養を身につけるというより、特定の技能を身につける目的で大学に行く人が増える。知識を身につけたいというニーズは、時間や時期を選ばない。人々は、実際に必要なときに高等教育を受けたいと考えるようになるだろう。裏返せば、学位を取得する前に大学を離れることがあってもいい。オラクルのラリー・エリソンも、アップルのスティーブ・ジョブズも、映画監督のスティーブン・スピルバーグも、大学を卒業していないのだ。

田中角栄は小卒だからなw

ま、必ずしも低学歴ほどイケてるとは限らないが、同時に高学歴ほどイケてる訳でもないし、むしろ高学歴の弊害が現代では多いという事をAZZLOは言いたい。

68:すでに、アメリカの大学生の40%が25歳以上だ。「いくつかの予測によれば、数年後には、35歳以上の大学生の数が18歳と19歳の学生の数を上回るという」 と、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は書いている。

いずれにしても "大学出たら就職" という導線は明確におかしいと思うな。

そもそも、20代前半でやりたい事が整理出来る訳がないと思う。今まで働いた事もないのなら尚更だw

AZZLOで言えば11歳ぐらいでDJを目指し、20歳ぐらいまでやって、インターネットの可能性に気付きつつ "サラリーマン" に憧れてw WEB的な会社を転々として、たまたま辿り着いた今の組織で、広告領域における "企業と生活者のポジティブな関係をマネジメント" という媒体問屋ではない意味で夢中になってみたりw その上で今は教育分野に感心が高いからな。

今後、教師的な事を仕事にするかもしれないし、(文部科学省認定の先生は無理だろうがw)その周辺でサポートする事をするかもしれないし、"マイノリティにはソウルがある!" という軸でホームレスを目指すかもしれないw

"線で結ぶ為の点を得た上で、線引きに必要なスキル?知識?を得る為に大学に行く"

という事であれば、真っ当な大学の活用法だと思う。決して就職の為ではないんだよな。

今の流れだと

2015-2-25-23-21-34.jpg

2015-2-25-23-26-51.jpg

これが現実だからなぁ。

証明書はあっても目的である "記憶量" に課題が・・・w ま、このコメントをしている学生は違和感を感じるだけマシだとは思う。

彼らは就職した上で

「なんでオレの事採用したのかなぁ?」

と感じれたら良い事だと思うな。

69:現代社会において、一流大学に通うことの目的は3つある。社会に出るのを先延ばしすること、仕事を始める際にある程度有益な 「証明書」 を手にすること、友人のネットワークを築くことの3つだ。

証明書がないと信用してもらえない人だからこそ大学に行きたがるとも言えるしw その証明書で人事判断をする人事は、「考えてない」 というのはあるよな。

70:名門大学に入学できるのは、従来型の (すなわち時代遅れの) 教育制度でいい成績を収めてきた若者だ。

Ohh・・・w

71:ウィークデーのデスクやオフィス、個人用作業スペースの利用状況を見た場合、常時その7割が空席になっているという。週末や休日も計算に入れると、使用中のデスクの割合は15%程度にすぎない。

現在、平均的なオフィス (小売業を除く) は、面積の8割が個人の作業用スペース、2割がミーティング用スペースになっている。その結果、ほかの場所でもできる仕事をするために通勤を強いられる一方で、大勢が同じ場所に集まって働く最大の目的であるはずの共同作業向けのスペースが十分に取れないという状況が生まれている。~中略~

未来の職場は、個人用のスペースが20%、「着陸スペース」 (ノートパソコンで作業をしたり、電子メールを送受信したり、ちょっと電話をかけたりすることのできるスペース) が20%、会議室などの共同作業スペースが60%という比率になるだろう。会社員は、出社すべき明確な理由がある場合以外は、会社に出てこなくてよくなる。

すなわち現状は金捨ててるって事だよなw

それによくある定時の出社規定とかも

「オレは朝遅刻しないから仕事しなくて良い。AZZLOは朝来ないから仕事しなくてはならない」

という某先輩の名言が、論理的 (へりくつ) には成り立っちゃうからなぁ・・・w

72:「規模の経済」 の恩恵を受ける企業はとほうもなく巨大化し、国家の規模に近づく。一方、企業の小規模化もさらに進行し、フリーランスやミニ起業家は増え続ける。しかし、その中間の規模の企業は、消滅するか、そうでなくても存在感が薄まるだろう。経済の新しい生態系では、たくさんの象ともっとたくさんのネズミが活躍し、その中間サイズの種は滅んでいくのだ。

知人のフリーランスさんは、数人でオフィスを借りて、その数人で一つの案件をこなす時もあれば、それぞれ個別の案件をやってる時もある。更に人数の増減に合わせて引っ越しをしている。

そんなフレキシブルなブロジェクト毎、それも同期してたりしなかったりという状態が本来の姿だもんな。

1つの会社組織でも、一緒に仕事する時もあればそうでない時もある訳で、それを会社内だけに限定する必要は全くないと思う。

内緒話なので、何に対してかは書けないが

「社内メンバーでやれるならば学びはない」

という指摘もある。

チームメンバーは同じ場所に居なくても良いんだよなぁ。

73:大半の管理職は前時代の遺物になる。典型的な管理職がなにをやっているか考えてみてほしい。管理職の主な役割は、部下を監視すること、そして上から下へ情報を伝達すること。このいずれの役割も時代遅れになる。会社のオフィス以外で働く人が増え、チームで仕事するケースが増えれば、上司による部下の監視は無意味になる。

そもそも監視しなきゃいけないヤツを入れてる時点で間違いだからなw 監視するにしてもセコムに頼んだ方が安いしな。

偉いおっさんにコレを言うと

「みんなそんな優秀じゃないのよ・・・。優秀な人採用するの大変なんだから・・・」

とか言われるが、周辺の先輩の事象が憧れる内容だったら、自然と優秀 (憧れた上で似る) になると思うんだけどな。ま、理想論である自覚はあるが・・・。

現代では、"仕事出来ないヤツの労働疲弊履歴獲得の為にだけ存在するポジション" という側面が強いよな。

※監視じゃなくてマネジメントとしての管理職であればポジティブな管理職だと思う。

74:潤沢な資金をもち、一大ビジネスを築きたいという野望を頂くiグランドペアレンツの3人の創業者たちは、グランマ・ベティの家のリビングルームでベーグルにクリームチーズを塗り、カフェインレスコーヒーを口に運びながら、失業した68歳の女性が産み育ててきた個人ビジネスを売ってほしいと頭を下げなくてはならなかったのだ。

いわゆる会社組織って "出来ない理由 (論理ない言い訳)" を探すから周回遅れで、燃費悪いからな。

今までは国内全体でなんとなくそんな感じだったけど、いわゆる "グローバル資本主義" が加速している今は、どんな業種も外資に持ってかれるリスクが高まったと思う。

武田薬品というお固そうな大企業が、社外の外人を社長に迎えた訳し

・サントリー
・三井物産

なんかも、通常の 出世 ローカル昇進レールとは違う事が起きてるもんあ。

ま、武田やサントリーの例は、引き取ってくれる優秀なプロ経営者に選んで頂かないといけないけどなw

今やっているマネタイズ手段は "過去に誰かがリスクを取ったから" であるんだけどな。自分らもやらない限り、一般的なビジネスはコモディティー化する訳だから、当然儲からないからな。



・・・そもそも10年前の本なんだよな。日本はアメリカの10年遅れとかよく言われるが、実際、最近はシェアオフィスが増えてるし、AZZLOの周辺の人たちは 「次、転職するならば・・・フリー」 という声は非常に多いし、退職と同時にフリーになってる人が半分ぐらいの印象がある。

新装版が出てくるというのは、日本の今と親和性が高いからだろう。

AZZLOは過去にフリーだったから、特に憧れる訳でもなく目指す対象でもないし、いわゆる会社員でもこの本の指摘のように既にやってるんだよな。コンプレックスが強い "従業員" な人達から冷たい視線を感じなくもないがw

2014-11-27-22-26-21.jpg

新たな事に取り組み成長する企業は、こんな感じだし

2015-3-06-22-58-04.jpg

最近株価があがっている (ま、大半の企業が上がってるんだけどもw) タカラトミーはこんな感じだ。

2014-08-30 00-45-05.jpg

信じないというのは、まず自分自身を信じてないからだろうしなぁw

AZZLOが在籍する組織では、真逆方向も強いが故に、売上向上が無いし、その上で無駄な経費も垂れ流しw なので、そら儲からないよな~。

ま、改めてAZZLOが在籍する組織は自滅に進んでいると、今更の今更の今更・・・・過ぎるが、より確信が強まったなw (いつまでやるんだろうな~w)

"10年で3割減収の男 (与沢翼風)" だから 「さすがです与沢パイセン!」 的にネタとして面白いんだよなぁw

2015年02月23日

チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地

2015-2-20-15-14-52.jpg

AZZLOが認知している以上に話題になっているらしいw 未来の遊園地に行ってきた。

個別の作品・アトラクションは映像で見ていたが、現物を現場で見るのは初めて。

前半は、チームラボ的な?映像中心作品。クラブの壁や床もこんぐらいになってても良いと思ったな。

そして、未来の遊園地へ進むと・・・平日昼間なのに子供がいっぱい居る!!!暗い場所に映像があって、それぞれが好き勝手にやってるので、ほぼクラブw そして順番を守る規律があるのも素晴らしいw

印象的だったのが、積み木列車。親が子供に教えるのではなく

「これを・・・?こぅするとぉ???・・・あぁ!!!こうなるんだ!!!」

と、親が喋っていて、親子で共に学ぶ機会になっていた。これ凄い事だと思う。

"アウトプットがまだ2次元の映像がベース"

というのがAZZLOの懸念点なんだが、その歪もありながら、2次元的デジタルと通常のリアルをうまく繋いだ作品だと感じたな。

水族館も、手作業で塗り絵した上でデジタルに昇華している装置だし、想像よりも良かったw

多分技術的にはそんな難しい事やってる訳ではないと思うんだが、横井軍平の "枯れた技術の水平思考" を思い出した。(枯れた言う程古い訳ではないと思うが)

行動を起こしたチームラボには尊敬だし同時に嫉妬も感じたなw

AZZLOも某企業と "子供が夢中になって学びが加速されるデジタル装置" を企んでいる (とりあえずプレゼンして激盛り上がりした。その上で実行出来るかは別の話だが) ので、今後チームラボがAZZLOを踏み台にして次のステップに行けるぐらい、AZZLOも形にしていきたいと思った。(今は先行しているチームラボをAZZLOが踏み台にさせて頂くがw)



そぉいえば、昨今WEBで技術的に 「ぬぉ!!!そぉキタか!!!」 っての、ここ5年ぐらい無い気がするな。AXEのプロモーションで、"PC画面上の女の子が電話かけてくる。しかもリップシンクロが完璧!" というの以来ないな。

AZZLOの案件では、"コンテンツを楽しんでいると、ツイッターへ情況に連動したメッセージが届く" ってのはやって手前味噌だが話題にはなったなぁ。(AZZLOのアイデアではなくエンジニアさんのアイデア)

PC・スマホっていう装置においては、既に "やってみちゃったカルチャー" みたいのがもう無い雰囲気だな。

IOT的な領域・切り口で、そぉいうの出来そうな感じがするけど、予算的に今までのWEBとは違う事になる (大概高くなる)から、進み難い感じするなぁ・・・。

更にAZZLOが居る組織では、"ジャイアンコンサートのお手伝い" でしかマネタイズしようとしない傾向が強いので、余計無理だしな・・・w

・・・こぉいう事考えてると、"居酒屋が最強!"(飯と酒とおしゃべりという生の人間故のサービスだから) になっちゃうんだけどもw

あ、そぉいえば "居酒屋をデジタルで楽しくする!" という企画の先っちょだけは作ってたのを思い出したw それ昇華して苦境のワタミとかに提案しに行こうかなぁ?・・・でも諸事情あって出来ないんだよなぁ・・・。

ま、そんなこんなの考察に繋がる良いきっかけもろもろをチームラボからは頂けた感じだ。自分も誰かにそぉいう考察のきっかけになるアウトプットをしたいと思う。

2015年01月04日

-読書感想- 池上彰の教養のススメ 東京工業大学リベラルアーツセンター篇

2014-11-09 22-45-39.jpg

池上彰の教養のススメ 東京工業大学リベラルアーツセンター篇

2014/4/3発売。2014年9月頃の読書。

AZZLOの最近の読書には "教養" というワードが増えてきているし、ちょっと前にAZZLOがよく使っていたワードである "品格" はほぼ同じような気がしているので、ここらで一度がっつり教養とやらを知ってみようと、この本を手に取った。


1:誰もが大学に行く時代になると重視されるのは 「すぐに使える」 実学的な教科になりました。大学のカリキュラムも教養科目を削り、専門科目を増やしていきました。初等中等教育でも、「実用」 が重視され、「教養」 の要素が落ちていきました。

教養は、「すぐに役に立たない、どうでもいい学問」 という扱いになったのです。

大学に行きたいと思うモチベーションって

「○○の知識や経験を積んだ上で、将来はこんな事がしたいから行く」

があるべきだと思うのだが

「とりあえず就職に有利っつぅか無いと話にならないから」

という対象で学問でもなんでもない、"金がかかるスタンプラリー" なので、スタンプとして機能しない科目は無駄なんだろう。

企業の人事採用が手抜き発想なのが根源かな。

直近の4半期決算では今の人事採用フローで良いのだろうが、解雇し難い今の法律では、10年後にはお荷物になりそう。

2:慶應義塾大学の中興の祖といわれ、今上天皇にご進講した小泉信三は、かつて学問についてこんな言葉を残しています。

「すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなる」

更に今となっては知識は必要な時にググれば良い訳だしな。(何をググる必要かを気付くのは過去の知識とセンスだが)

3:東工大の学生はみな真面目です。いい意味でも悪い意味でも。向学心があり好奇心があり、与えられた問いを熱心に解こうとする。一方で、与えられた前提を素直にそのまま受け入れてしまうところがある。問題そのものに疑問を抱かず、問題の最適解を求めることに没頭してしまう。

これが "言いなり従業員" だよな。やはりそのトレーニングが日本の教育機関で行われている事という事だな。

4:実社会に出てビジネスをしている方ならご存知でしょう。

実社会には、そもそも 「正答がある問題」 そのものがほとんど存在しません。何が 「問い」 なのかさえ判然としないことが珍しくないのです。学校のように、問題があって正答を答えられたら合格、ということはあり得ません。

向き合っている世界の中から、自ら問題を発見し、自ら答えを見つけてくる。狭い専門分野に収まっているだけではできないこと。それが実社会で生きる、ということです。

"大卒者の負のループ" にハマったら、問題発見を自らする事はないからなぁ。

広告業界では、"この商品を必要としている生活者のモチベーション傾向と、必要になる瞬間の状況" とか何も考えないで、すぐ "コピー×タレントキャスティング" + "商品サンプリングとかの手段プロモーション" になる。

典型的な "正答を出したつもり労働" だと思うな。そんなんだから "業者扱い" されるのだ。

5:人間世界の 「ルール」 や 「条件」 は全て、かつて誰かがつくったものです。人がつくったルールが永遠にそのまま続くことはないのです。

自分の専門外のことに疎く、仕事や興味の範囲でしか生きてないと、これまで当たり前だと思っていたルールや制度が簡単に変わってしまうことに気づきにくくなります。

ビジネスの世界では、ルールや制度はあっという間に変わっていきます。

"メーカー直販サイト" とか過去ではご法度な領域だったが、今はあって当然だからな。

ガチな流通業もかなり問屋省いて流通コスト下げたしなぁ。

2014-06-26 00-27-46.jpg

2014-06-26 00-24-06.jpg

2014-06-26 00-22-29.jpg

2014-06-26 00-18-34.jpg

ジャイアンコンサートで例えるならば、「お前らもステージに上がってこいよ!」 的な事が起きてるしな。

2004-08-28 23-51-46

アフリカ・バンバータの2004年メタモルフォーゼのステージの様子だが、ビジネス上にも、似たような事が起きてるよな。

6:ルールを守るばかりでなく、ルールを創る側に回る。そのときに必要となるのが教養です。フレームワークや、所与の条件や、ルールそのものを疑ってかかる想像力。教養はそんな力を養ってくれます。すると、あらゆる変化が 「想定外」 ではなくなります。

"ルールを創る側に回る" が偉いおっさんたちに無いんだよなぁ。

今年取り組んでた "営業なしで新規でアポ取って提案するプロジェクト" は結局

「営業なしで提案は会社のルール上出来ない」
「担当になった営業は今期の売り上げが悪くて目の前の事で追われてる」
「提案すら出来ない。金にならない。」

という事象になってるからな。過去のルール、大概行動を規制するルールが横行しているが、守れば守るほど金生まないんだよなw 教養以前に 「儲かりたくないの?」 という疑問を強く感じる。

もちろん動かなければ損失を生む事はないが、そもそもの人件費とショバ代があるのを忘れがちだと思うw

何もしない方が良いなら、"出社・労働免除" にして欲しいんだよな~w

7:はっきり変化したのは、1990年代。日本の大学は、教養科目を削減して専門科目を増やしました。企業も 「即戦力」 を学生に求め、すぐに仕事に使えそうなコンピュータ・リテラシーや英語の能力を重視しました。

その結果、どうなったでしょう?90年代後半から多くの日本企業の多くがどんどん元気をなくしていきました。

いわゆる文部科学省認定の学校は、それでも良いとは思う。教養的な事はプライベートの家族・友人から遊びなどで得られる方が強いし、教科書通しの記憶継承ではなくライブで体感するものだと思う。

そぉいう大学では足りない領域がある事を気付くセンスがそもそも大学入学以前から無いと、どっちみち話にならないと思う。

問題は大学ではなく、それ以前の体験にある気がする。

2013-10-17 13-34-51.jpg

2013-10-17 13-36-27.jpg

な訳だし。

8:堤さん (堤清二) が関西で 「つかしんショッピングセンター」 を開発したときのことです。当初現場で整然とした機能的な街を設計したところ、堤さんはダメ出しをしたそうです。

「路地裏のようなところがないとダメです。人間は、ごみごみとした路地裏や下町のようなところが好きなのだから」

目先の 「合理主義」 で考えたら、新しい街をゼロからつくるときに路地裏や下町のようなゾーンは、単なる汚い余分な場所に過ぎません。わざわざ作ろうという人はなかなかいないでしょう。~中略~

目先の合理主義だけでできた街の計画にないものは、「教養」 です。人間は合理主義だけで動く機械ではありません。何を愛し、何を憎み、何を好いて、何に興味があるのか。人間に対する洞察力すなわち教養がなければ、魅力的な街を計画的につくることはできないのです。

坂とかカーブとか必要だしな。村田大造さんは 「ナンパスペースを作っておく事が人気クラブの秘訣」 とも言ってるし。

渋谷のvisionとか、行った事ないけど見取り図見ると、そぉいうナンパスペースになりそうな隙間がいっぱいあるように感じるもんな。

9:私が考えるに、1970年代にこうした教養のあり方が崩壊します。説はいろいろありますが、私は、大学の庶民化があるだろう、と考えています。かつて大学はごく一部のエリートが通う場所でした。それが誰もが大学に通う時代になって大学生はエリートではなくなってきた。大卒の大半がサラリーマンとして中産階級に属するようになりました。かくして教養と修養を差別化する必然性がなくなったのです。(上田紀行)

AZZLOも幼少の頃は大学行くもんだと思ってたしなw

今となっては少子化で "誰でも行ける" 度合いは更に高まってきてるよな。ほんと企業の新卒採用を大卒者前提でやるのは何の意味があるんだろうと思う。"言いなり奴隷が欲しい" という事であれば真っ当だが。

10:教養主義は廃れ、専門家が進み、結果として 「できる人間」 「できて儲けられる人間」 を育てる場になりました。この10年くらいはさらにそうです。

ところが今、こうした大学の 「専門」 重視のカリキュラムが実は根本的にダメなんじゃないか、と問題になっているんです。

一見役に立たない 「教養」 を学ぶ時間をどんどん削って、専門科目だけを徹底的に習得させると、たしかに学生たちは 「できる人間」 になります。でも、この 「できる人間」 とは、あくまで 「決められた枠組み」 で 「できる人間」 のことなんですね。

価値観が多様化して、「枠組み」 そのものをどう決めるかという時代には、実はこうした 「決められた枠組み」 の中だけでの 「できる人間」 や 「専門家」 は、新しい時代には対応できない。つまり新しいアイデアが出せない 「使えないやつ」 となってしまうのです。~中略~

誰かが出した問いをエレガントに解くには、コストパフォーマンスを追求する勉強法で 「解法」 を勉強するだけでいいでしょう。東工大生も、「この条件で最適解を出しなさい」 という問いを解くのは得意です。kれども、「決められた枠組みで、決められた問題を、いかにエレガントに素早く解くか」 という力だけでは、「今の社会では何が問題か?」 というように、問題そのものを自分で設定しその答えを自ら探していくことができないんですね。(上田紀行)

当然の結果だよな。言いなり奴隷には、まず指示しないと始まらない訳なんだからw

そして "出来る" ってのは、"処理" なだけなんだよな。しかも時代変化に合わせてその "処理出来る" は変えなきゃならないの訳で、変化が激しい現代においては、上手くいっても非常に短い期間しか使い物にならないw

11:結局、教養とは 「前進していく」 ことなんですね。それから、「場が大切だ」 とも言っています。教養は、枠にはまったカリキュラムを作り、誰が教えてもいいようにマニュアル化したとたんに死んでしまいます。そうではなくて、社会とのかかわりの中で問題意識が鮮鋭な人たちが集まり、熱く考え、議論する場があれば、そこで現代的な教養が育めるのだと思います。(上田紀行)

教科書あって教室で1対Nな "教える" では教養に繋がらない (つながり難い) と思う。リアルタイムに起きている事象を自分も参加して体感してないと気付きにならない。

12:おっと忘れてはいけない、専門バカにならないために、東工大生の男子諸兄におかれては、「男女のコミュンケーションもとっても大事よ」 ということですね。(池上彰)

そうだと思う。セックスしなくても良いし、むしろやらない時の学びもあるw

13:つまらないことを言う人、それから文句ばかりを言うひと、ネガティブなことを言う人には、それなりの理由があるんです。この先生の講義はつまらないなと思ったら、なぜつまらないのか自体を考えてみる-----というのは面白いですよ。(桑子敏雄)~中略~

なぜつまらないのかを分析すれば、その分析自体が大変面白く先生も反面教師になってくれて自分には力がつくんだよと。すると大学には、ためになる先生ばかりがいることになります(笑) (池上彰)

www。

AZZLOが今在籍している組織とか、そんな学びがいっぱいあるな。大分骨までしゃぶった気分だが。

14:教養とは、教え養うと書きますが、では、誰が教え養うのか。先生、ではないんですね。自分です。自らが自らを教え養うこと。それが教養です。(桑子敏雄)

自分で言うのもなんだが、ココに書いて読んでを繰り返すAZZLOは "自らが自らを養う" をやっているつもり。

"AZZLOクン" を露呈すると "AZZLOさん" 視点が出てくる。時間が経ってから読むと二人を見守る "AZZLOじいさん" 視点の思考に気付く。その繰り返しだ。

15:21世紀になってだいぶ経ちますが、まだ20世紀の発想が根強く残っているなと思うことがたびたびあります。私は今、志賀高原の湿原回復のサポートをしていますが、志賀高原近隣のホテルのオーナーたちは、まだ、バブル景気の再来を期待しているんですね。いつかバブルのような熱狂的な消費景気の時代が訪れると思っているんです。(桑子敏雄)

何を根拠に再来すると思ってんのかなw AZZLOの知っている知識によるとバブルは仕込み発生だからな。世界中の意志としてオリンピックと同様選ばれないとバブルは発生しない。

もちろん今後改めて日本を舞台にしたバブルというのは仕込み発生するポテンシャルは、微妙にある気もするが、当時の様な日本人に益があるバブルではない様に感じる。

日本人の "お上の指示を待つ人格形成" の最後の仕上げとしてバブルを発生させた とも考える事出来るな。よって次のバブルがあるならば酷い仕打ちがある気がするw

16:最近ですと、私たち自身が、グローバル化が必須だとかコミュニケーション力が欠かせないと学生たちに説きますが、私たちのこうした言葉も疑ってほしい。先生に言われたからやりましょう、と安易に信じないでほしい。デカルトの 「我思う故に我有り」 の 「思う」 とはすなわち 「疑う」 ということです。(桑子敏雄)

共感した事こそ疑ってみないとな。結構苦しいのだが・・・w

共感したって事はある程度ベースは良い訳で、疑うことで、ネガ取りが出来てより完璧になれる。そうして共に強くならないと最初の共感を出した人にも失礼だと思う。

17:私は同調圧力の強さが、日本人をがんじがらめにしているとずっと主張し続けてきました。同じでなきゃいない、違ってはいけない。職場も学校も地域社会もそうです。だからちょっと違ったことをするとすぐにいじめが起きる、とても苦しい社会になってしまった。しかし、そういう社会の中でも、自由に輝いている人もいます。(上田紀行)

いじめする人ってコンプレックス強いからな。

「AZZLOは育ちが悪いからしょうがない」

を言った先輩の周りの意見は

「企画じゃAZZLOさんに適わないと思ってるからでしょ。負け惜しみですよ」

って声が出てきたしな。そぉいう視点を持ってAZZLOに教えてくれる人もいるから、まだ組織を辞めないのだが。

18:嵐の中を来てくれた皆さんには 「あのとき、あそこにいたんだよ」 といつか自慢話をしてもらえるよう、私たちも頑張りたいと思います。(上田紀行)

これは、この講義の日が嵐だったが故の発言なのだが、1997年のフジロック と同様だな。

・・・そしてわざわざ言わなくて良いなw

19:アメリカでは、既存のシステムを組み替える発想のトレーニングを大学の教養課程すなわちリベラルアーツの過程で教えています。このため、社会に出たあとも、大卒のエリートたちはシステムやフレームワークを変えることができる。

日本の場合、こうしたシステムやフレームワークを変える作業は、一部の優秀な個人に頼ってしまう。つまり、属人主義なんですね。アメリカでは、優秀なリーダーがいたら、そのリーダーをサポートしながらシステムの変化を促すチーム作りを周囲のスタッフが行っていく。そんな訓練が大学時代からできている。(桑子敏雄)

変化とは光と影の範囲・対象が変化する事も多々ある訳で、既存の光から影的になりそうな人たちからは反発くらうしな。

そして、その手の人たちは大概 "太陽はずっと変わらずある" 感覚なんだろうな。俯瞰して考えれば、

「企業まるごと影の方になっちまった・・・。企業内での光と影どころではなかった・・・(T△T)」

という可能性に気付かないのが不思議だ。"国まるごと影" の可能性だってある。

20:四半期ベースの短期的な思考だけではなく、10年後20年後なにを生み出せるかを考える。じゃあ、どうすれば考えられる? まずは周囲を見渡しましょう。時間を超越した面白いことをやっている人をまず周囲で見つけ出して、友達になる。「あいつ、なんだか面白いことやっているなあ」 というひとは、たいがい普通のひととは別の情報の入力法を知っているんですね。(上田紀行)

一人ぼっちも良いけどな。AZZLOはAZZLOクンとAZZLOさんとAZZLOじいさんが居るしw

21:なぜそれぞれが賛成、反対の意見を持つに至ったのか。その意見を持った理由をちゃんと掘り下げる。そしてそれぞれの意見=インタレストの対立構造そのものを露わにした上で克服する。それが合意形成なんです。調整というと、賛成と反対の間に立って、だいたいこのくらいの感じでいいでしょうか、という形ですよね。それではないんです。(桑子敏雄)

さまざまな意見の背後にあって、かならずしも表には見えない対立構造が生まれている。その構造自体をまず明らかにせよ、と。(池上彰)

しっかり構造を認識する。そこから合意形成が始まります。(桑子敏雄)

インタレストを奥行きも含めて露呈すると

「あら?意外と目指してるの一緒だったね? だったらここを重視すれば、一番メリットでかくね? 多少捨てる部分双方にあるかもしれないけど、トータルでメリット増す感じしない?」

って事が起きるよな。

AZZLOが在籍する組織では、そぉいう検証起きない。 "折衷案" って言葉が横行しているし。

先日久々に組織内の複数人とやる案件があった (まだやってる) のだが、AZZLOの意見に営業は一言もコメントしなかったんだよなw

故に 「じゃぁ僕はフェードアウトでいいですよねぇ♪」 っつったら引き止められるっていう意味不明な出来事だったなぁ。

その営業は 「客から細かいことまで質問が来て面倒臭い」 と嘆いていたが、そら質問攻めにあうのは当然だと思ったな。

22:ユルゲン・ハーバーマスという社会学者は 「生活世界の植民地化」 ということを言っています。私たちの生活世界は、点数を取らなきゃいけないとか、金を稼がなきゃいけないとか、効率化して短時間で最大限のアウトプットを得なきゃいけない、という近代社会の考え方の植民地になってしまっている。つまり、我々は 「効率やシステム社会の植民地」 に生きている。それに気がつかなきゃいけないと指摘しています。(上田紀行)

経済の駒だよな。故にAZZLOは

"効率化して短時間で最大限のアウトプット"

には意識が高い方だと思う。楽して儲かる "自動出稿ツール" とか、"社員要らずに役員が儲かる" アイデア出してるw

23:オウム真理教に帰依した若者の多くは高学歴者が多い。東大卒や東工大卒や医学部卒の信者もいました。そんな彼らの言葉で一番はっとさせられたのが、「僕が僕の人生を生きている気がしない。誰か別の人の人生を生きさせられているような気がする」。他人事じゃない、と思いましたね。これは、受験システムに乗って、ただテストの点数を競って、やりたいことも情熱もないまま東大に入って惑っていたかつての俺のことじゃないか、と。この言葉はしかも事件が起きた1995年から20年近くたっても通用します。東工大の学生たち、いや日本人の大半にとって、思い当たる言葉です。(上田紀行)

オウムは敵を設定した "リアルRPGゲーム" みたいな要素強かったんだろうしな。自分の強みを生かせて自尊心の担保も出来るし "チーム" を実感しやすかったのではないかな。

そぉいうの超王道だからな。企業もそぉいう手法をポジティブに導入したら良いと思う。

24:どんなエリートでも、どこかで自分の存在を疑っている。モノサシが受験勉強と偏差値ですからね。自分自身の力で生きている、という実感がどこか希薄なことを感じているし、不安にも思っている。そんなふうに自己の存在について不安を抱く現代の若者たちにとって、オウム真理教はある意味で逃げ場となってしまった。(上田紀行)

そうなんだろうな。凄くよくわかる。

偏差値じゃ現実モテないからなぁ。東大とかだと、それでモテても 「その女がアホ」 とすぐ気付いちゃうだろうしな。

25:そもそも、なぜ日本から伝統的宗教が存在感をなくしてしまったのか? 原因の一つは、村社会のような共同体に代わる、新しい強固な共同体が戦後、日本でスタンダードとなったからです。

会社です。会社という強固な共同体ができた結果、伝統的宗教がその存在意義を失ってしまったのです。いいかえれば、日本において、会社は神様仏様の代わりになった。実は、これが日本の問題の根っこにあります。(上田紀行)

"社長は神様" みたいな感じは今もあるからな。そんな社長がトイレの個室から出てくるとみんな見てみぬフリ的な事象になるからなw

社員に気を使わせないように 社長は "社長専用トイレ" が必要だと思うと同時に、"社長もそら糞するわな・・・w" を露呈した方がいいな。

26:バブル崩壊で会社の神様仏様が消えてしまった。以来、日本は長い不況に悩まされました。自殺者は増え、心の病も増えました。本来ならば宗教がなんとかしなければいけない。ところが、いったん宗教を捨ててしまった日本人には今さら宗教に帰依するなんて、という意識がまだある。宗教アレルギーが根強く残っている。すると、どうなるか。かつての会社の神様仏様を取り戻そう、となります。2013年、久しぶりに会社の神様仏様が戻ってきそうな機運が盛り上がりました。アベノミクスです。

実際は、どう考えてもちょっと景気回復したくらいで、かつての高度成長期のように会社が絶対安全な存在になるわけはないんですけれどね。リーマンショック前の好状時でも会社は得た利益を溜め込んで社員には分配しなかったわけですから。(上田紀行)

www。

高度成長期は焼け野原とアメリカの思惑がなければ成立しないと思う。

2014-06-02 00-42-12.jpg

2014-05-23 19-27-49.jpg

2014-05-23 19-27-03.jpg

2014-05-23 19-28-10.jpg

だからな。

27:鬱の社員を救うのは会社の人ではありません。会社で出世しなくたって、うまくいかなくたって、生きる価値は誰にでもあると教えてくれる存在です。間違いなく会社の外の人です。人事担当者にカウンセラーや精神科医や宗教者の役割を負わせては鬱が伝播するだけです。

会社の線とは別の、もう一本の線のほうで救うべきです。~中略~

つまり、日本には、私たちを支えるもう一本の線が存在しない・・・・。結局のところ、強靭に見える日本社会はいざというとこんなに弱いということなんです。しなやかな強さを欠いている。単線社会の構造的な問題ですね。(上田紀行)

"定年退職したら旦那には何もなくなった" っての起きる訳だしな。

「売上が倍になったら、君達の給料も倍になるんだよ!だから頑張って!!!」 と言う偉いおじさんに対して、白けてる人が居たがw

とかも単線で生きてきた偉いおっさんと、その線を見限っている若い世代のギャップだろうしな。

28:子どもの世界もそうですね。学校でいじめられると逃げ場がない。子どもには学校しか世界がないからです。でもそれこそ、複線的な場所が用意されていて、たとえばアジール (避難地) として寺子屋のようなところでお坊さんと話ができたりすれば、ああこの世は学校だけが世界じゃないんだ、と救われますよね。(池上彰)

AZZLOにとってクラブは寺子屋で社会的子宮だった。そぉいう人少なくなかったと思う。

今はコスプレイベントやニコ動がそんな役割を担っているんだと思うな。

AZZLOは探してたというより単純にクラブに夢中になってただけだが、いつの時代もこぉいう事なんだろうw

コスプレやニコ動って、単純にユルい娯楽、旬なコンテンツとして見がちだが、現代の寺子屋機能を担っているのだと思う。

29:僕たちが常に合理的に動くロボットなら、単線でいいでしょう。けれども私たちはロボットではない。心も感情も好き嫌いもある。そもそもですね、俺は合理的だ、宗教なんてまやかしだ、カネを基準に勝ち負けを考えれば一番シンプルじゃないか、という合理主義の勝者のような人間が一番負けているわけです。

だって、「合理主義者」 って、偏差値だのお金だと、システムが作ったモノサシに従っているだけの話で、他のモノサシをムダだといって捨ててしまうわけですから、ある意味ではシステムの一番の奴隷ともいえるわけです。システムの中で勝てば勝つほど、個人の存在はそのシステムの軍門に下ることになる。(上田紀行)

その手の思考が強い人は、遅かれ早かれロボットに置き換わるハズ。やはり赤い血が流れた人間では企業戦士は無理だったのだ。

ヒトの企業戦士が、実は金ちょろまかしてたりする訳だからなw

30:近年では、2008年に秋葉原通り魔事件を起こし、多数の死傷者を出した青年がそうです。彼は地元の青森で元々勉強のできる子だったと聞きます。だから成績に自分を同一化して育った。しかし地元の進学高校に行ったら成績がどんどん落ちていく。成績以外のアイデンティティを喪失したときの、たった1本の線が失われたときの人の危うさ。彼の犯した犯罪の重さが、逆にそれを物語っています。もう1本の線、たとえば宗教が、いい意味でちゃんと逃げ場を確保しなければいけない時期なんですよ。(上田紀行)

清潔感あって優秀っぽいイメージの人はAZZLOがうっかり言っちゃうホントの事に強烈に抵抗するもんな。1本の線が危うくなると、冷や汗が出るのだろう。

データサイエンティストさん:「得意先のサイトを見ている人の平均プロフィールは "こんな感じ" (性年齢地域年収) です。彼らが得意先の商品の購入意向が高い訳ですから "こんな感じ" の人が本施策のターゲットになります!」

AZZLO:「なるほど!それでは "彼らは既に検討しているんだから、彼らにアプローチする必要はない" と考える事も出来ますね?」

データサイエンティストさん:「!!!(゚д゚;) ツールでそぉいうデータが出ているんですぅぅぅ!!! "こんな感じ" の人がターゲットなんですぅぅぅ (。`Д´。)ノ」

とかな。

31:あの朝の通勤時間帯の殺人的なラッシュの中に毎日身を投じるというのは正気の沙汰ではない。高度成長期の時代は当たり前のこととして皆できていたのに。(池上彰)

なぜかというと、殺人的ラッシュの電車でぎゅう詰めになって会社に行けば、ちゃんといいことが待っていたからです。労働時間は長いけれど毎年ちゃんと昇給する。ローンを組めば家だって買える。会社の仲間と帰りに一杯やれる。週末は一緒にゴルフができる。会社に行くことは苦痛じゃなかった。~中略~

年功序列どころか、今勤めている会社がいつまで続くかだってわからない時代なのですから。なのに朝の通勤ラッシュは今もある。すると、ふと立ち尽くすことがある。この電車に毎日乗り続けて、俺は果たしてどこに行くんだろうと。ふと見ると掲示板に 「人身事故」。この表示に親近感を持ってしまう。そういう社会になっているんです。(上田紀行)

AZZLOは "オフィスのPCしょぼいし色々と効率悪い" からオフィスには行きたくない。"しがみつけば給料は上がる" 訳でもないしw

ただし企画の仕事には誇り持ってるし使命感じてるから、それがAZZLOにとっての "いいことが待っている" だな。逆に今の組織でなくても大丈夫なのは明白w

32:会社勤めの単線思考、合理主義の人にとってみれば宗教なんか洗脳じゃないか、となるかもしれません。でも、考えてみてください。じゃあ、我々が生きているこの世俗的な日本社会は洗脳じゃないのか、と。

合理主義もまた洗脳のひとつに過ぎない、という事実に触れず、宗教だけを洗脳とみなすのは、間違っているし、危ういぞ、というのが、宗教人類学者としての僕の強い主張です。(上田紀行)

宗教に否定的な人には 「じゃぁどっちが儲かってる?」 軸を出したらどうなるだろうなw

33:社会からも家庭からも無価値の烙印を押される。これは人間としてはつらいですし、そんな立場の人間は弱いものです。システムが強いときは、強い立場にいられるけれど、そのシステムから放り出されたら、価値がなくなる。それはつまり、システムに徹底的に依存しているということです。で、システムはいつか必ず調子が悪くなるんです。ひとつのシステムに頼り切ることがいかに危ういか。(上田紀行)

組織内ヒエラルキーなんて、いずれにしてもどんぐりの背比べなんだから、強い立場とかも明確にあるけど俯瞰したら誤差だからなw "組織内で偉い" は、犠牲にするものが大き過ぎるとAZZLOは思う。

いわゆる芸能人とかも、収入は一般平均よりは多いにせよ、全国的に顔が利いちゃって、のんびり散歩も出来ないのを引き換えにしてるんだし。

34:本来成熟社会は、さまざまな意見、さまざまな考えが多様に存在する社会です。そんな多様性を前提に、お互いが話し合ったり、交渉したりして、行動する。それが成熟社会のあり方のはずです。(上田紀行)

multi-culturismだな。

35:古代の奴隷仕事は人間がやらされていましたが、現代では機械に相当任せられる。なのに、その機械をさらに増やすために仕事している。これでは、奴隷の奴隷ですね。(池上彰)

"人が汗かいてないと安くなる" ってのは日本だと強いかもな。機械に任せられるのに "機会" のためにわざわざ人が労働している。

36:あらゆる存在に意味付けをする仕事を負っているのは科学ではありません。宗教です。(本川達雄)

www。12月24日の事だなw

"毎年コートを買う" とかも、"ブランド" というほぼ宗教要素があるからだしな。防寒という科学的な尺度では5年は大丈夫だろうw

37:理論があるから、現実が理論からどれだけ違っているかで、現実を測るものさしや、現実を見る視点が得られます。それから、いいかげんだけれど、理論を使って予測を立てられます。理論を学ばず、現実だけ見てしまうと、現実はごちゃごちゃでわからない、だから理解はあきらめて現実に埋没し、ただの現世利益のみを追いかけてしまい、道を誤ってしまうことになりやすい。

"自動出稿ツールを否定する広告代理店" がコレだな。

38:そのモデルにどこまで現実の複雑さを組み込むのかが次に問われていきます。いずれにせよ複雑な現実と向き合い、そこから人間に扱いやすいようなきれいなモデルをつくっていく。これが一見、非現実的な学問を勉強し続ける意味でもあります。(本川達雄)

AZZLOが想定しているビッグデータの可能性はそぉいう事だったりするな。

故にビッグデータ関係のツールはインターフェースは一つ重要な課題だと思う。

今のアクセス解析ツールですら相当分かり難いw ビジネスになる隙間だと思うな。

長い目で見るとインターフェースは、最近の風呂みたいに非常にシンプルになるんだけどもw

39:生物の個体は、細胞という基本の要素が集まってできています。ゾウの細胞も、ほぼ同じ大きさで、要素としては同じ。ゾウとネズミの違いは細胞の数であり、ゾウはネズミより、数が10万倍多い。要素還元主義に立てば、細胞はどこでも同じに働くはずだから、ゾウはネズミの10万倍働くはずだ、と、考えることになります。ところが現実には、ゾウはネズミの10万倍も働いているわけではない。ゾウのように体のサイズが大きい動物ほど、細胞が働くなるのです。だから結局、大きなシステムの構成員はさぼっている、ということになります。(本川達雄)

その解釈に繋がる現実もあるがゾウに失礼だw

ゾウは鼻で何か持ち上げる事が出来るし、何か踏み潰す働きが可能であって、ネズミにはできない事が可能だ。

これに近いのが人間社会のヒエラルキー・権力かな。ヒエラルキーが高い人ほど働いているように見えなくても、"責任" に紐付いて何か決定的な働きをしていると言える。

そして、AZZLOの偉いおっさんへの疑問は "偉くなったのに従業員思想(責任嫌い)" で、"ネズミのようにちょこまか動くだけ" では、でかいだけに周りが迷惑なんだよなw 振動だけ起こしてるだけでは、むしろ本人が沈んでいくだけと言えるw

偉いおっさんはネズミが動きやすいように、なにか障害物を鼻でどかしてくれたり、水たまりを踏んで水を飛ばしておいてくれたり・・・といった事がゾウのように可能なハズだ。

それが共存だしチームワークだと思う。

40:問題は、規模の大小ではなく、その規模にあった生存戦略をもっているかどうか、です。(本川達雄)

その点AZZLOが在籍する組織の "電通をパクる" という戦略? は良いのかもしれないな。しかし 「コンペで電通に勝とう!」 という気は起こるものではないし、"アイデア開発会議" みたいのはやるべきではないよな。

41:私はこの国語部会で、こう提案しました。

「みんなが作家になるわけじゃないんだから、全員が名文を書かなくてもいいんじゃないですか。むしろ、読む側に誤解を与えない、すっきりした論理の通った文章、よくできた理系のリポートみたいな文章の書き方を教えた方が、実践的でいいんじゃないですか」

こんな反応が帰ってきました。

「理科の文章は理科の時間に教えてもらわないと。国語の教師では対応できません」(本川達雄)

寒気たがした・・・。"理系な文章" いうてるのに "理科の文章" になってるw

42:大学受験を戦い抜いてきた東工大生にとって、授業で習ってきた理系科目とはずらりと並んだ理論と事実のことであり、それをひたすら覚えるのが勉強だ、と思っているんです。私は、というと、そんな新入生たちを相手に、「ある事実をもとにどう考えるか」 という授業を行うわけです。たとえば、「なぜ」 昆虫には羽があるのか? 羽があるとどんないいことがあるのか? 「なぜ」 有性生殖をするのか? そんなことを考えさせながら授業を進めます。すると、東工大生の一年生たちはこう言うんですね。

「先生、それは授業ではなくて、ただの 『お話』 じゃないですか?」~中略~

「なぜ」 と意味を問うとそれだけで違和感を持ってしまう。(本川達雄)

やばい・・・分かってる事だったが、頭クラクラする・・・。

そぉいえばAZZLOはとある、ex偉いおっさん (偉くなくなったおっさん) に

「中二病だな。いい加減大人になれ」

言われたけど、大人って大概の場合 "思考停止状態" の事だと思うわw

43:「価値」 を問わない、というのは理系だけではありませんね。歴史の教科書なんかも、大概つまらない。解釈がゆるされないので、年号とセットになった事実をただ並べているだけの本になる。面白くなるわけがありません。(池上彰)

「あなたは明智光秀です。織田信長が憎いのですが、どんな事でやっつけますか?」

とかいう投げかけとかあっていいよな。点数付けれないが、そぉいうトレーニングが、あまりに既存教育分野ではなさ過ぎるように思う。

AZZLOだったら

「殿!!!宣教師から最新の服が献上されました。英国の王が身に付けているものだとの事です!天下を取る殿ならば英国の王と同等でございます!!!」

っつって、レイザーラモンHGみたいな服に着替えてもらうかなw

44:たんなる事項の羅列。実につまらない。もちろん、専門家になるためには、専門知識は絶対に必要です。でもその知識をもとに全世界を眺めて、その知識をもった専門家としての自分の立ち位置がわからなければ、専門家としてどうふるまうべきかもわからないですよね。(本川達雄)

世の中には "経済学部" ってのがいっぱいあって、いっぱい卒業生がいると思うのだが、何も役に立っているように見えないしなぁ。

"その組織のビジネスドメインに則ってあえて疲弊する"

を選択している気がする。経済勉強してたら "楽して儲ける" を考えちゃうと思うんだけどな。

45:検定教科書とは独立したゲリラ本が必要になるんです。(本川達雄)

「認定学校とは独立したゲリラ学校が必要になるんです」 だな。

46:東工大の学生たちは自分たちを 「コミュ障=コミュニケーション障害」 と卑下します。うまく人とコミュニケーションをとれない、という意味です。日本の製造業の明日を担う東工大生たちが 「コミュ障」 というのは、かなり問題ではないか、と思うですが。(池上彰)

まずは、その専門分野を強く持っていれば良いんじゃないかな。若い時期に両立は難しいと思う。

それに "コミュ障" 的な人は、大学以前の生活に起因していると思うし。

その課題はやはり大学以前の体験をどう作るかという事だと思う。

48:今の学生たちは、生まれた時からテレビを見せられて育っています。15分たったらコマーシャルソングが入る、というリズムが、体に染みこんでしまっているのですね。だから、今の学生たちの集中力はだいたい15分が限度。15分に一度ブレイクがないと、お尻がもじもじする人間に育っちゃったわけです。だからこちらも、15分ごとに歌わないといけない。(本川達雄)

椅子の問題もあると思うけどなw あとそもそも学校や勉強というものに意義を感じてないベースもあると思う。スタンプラリーだからそらそうなる。

現実のスタンプラリーやる場合、その場の景色とか見てないですぐ次に移動するからな。

小学校で起きる前習えとスタンプラリーはマジで犯罪だな。

49:教える側が文句を言うわけには、いかないでしょう。そういうふうに育てたのはあんたがたの世代だ、と言われれば、返す言葉はありません。それが現実なのですから。その現実を踏まえて教育方法を工夫するしかない。(本川達雄)

既存の枠組みで教育に携わる人は凄く大変だと思う。故に尚のこと、大学以前が課題だと思う。

50:生物にとっては常に現実だけが正しい。理想は存在しない。なにせ生物の都合と関係なく、環境は変化し得るわけですから。そんな環境=現実に、自らを合わせることで生物は生き残ってきた。それが進化です。進化とは、理想へ向かっての進歩とは、まったく違うものです。ところがいきものの中で人間だけは違う道筋を辿りました。古代ギリシャ以来、現実じゃない、脳内でつくりあげた理想こそが正しいとした。究極のイデアの世界を追い求め、宗教をつくって神の世界を想像した。対する現実は、理想に届かぬできそこないのような扱いを受けています。(本川達雄)

"欲深い人たちの免罪符" みたいなのは人だから必要かもしれないなw

神の存在や聖書に書いてある事がホントならば 「イエスは十字架にかけられなくても良かったんじゃね?ワープして逃げられたんじゃね?」 とか思うしなw そして世界大戦の時代にも "再度登場♪" しても良かったと思うんだよなw

むしろイエスが居た事によって争いが加速してたりするからなw "悪い人が聖書を利用している" のかもしれないが、もう結果は出てるようなもんなんだから、早く神の統治の時代に切り替えて欲しいと思うw

「お祈りすれば神は見てくださっている。御加護を頂ける」

とかそうかもしれないけど、お祈りしなくても神に愛されたいんだよな~♪ そもそも人間作ったの神なんだったら、"イジワルな検証期間長過ぎ" じゃないかと思うw

そんなAZZLOみたいな事考える人は数百年前からいるだろうから、神に変わって現世メリットが明確な金の力が強まったんだろうな。

51:ニュートン教に入信すると、科学の理論を疑いのない 「真実」 として受け止めてしまう。根本的な 「なぜ」 を問わなくなる。科学ばかりを見て 「現実」 を見なくなる。宗教は大抵あの世で救われる。ところが科学はこの世での救いをもたらします。この世を飢えのない自然の力にひれふさずに自由にふるまえる天国に近づけていく。だからニュートン教は、絶大な人気があるのですね。

"メディアに多く露出しているAKBが笑顔で出てくると商品が売れるハズ教" とかも "アンチAKBも居る" 現実見ないからなw

"旬な商品を横流しする問屋" という人の感情にひれふさずに楽にふるまえる天国に近づけていく。だから "AKBが笑顔で出てくると商品が売れるハズ教" は絶大な人気があるんだろうな。

信者の方は "なんでAKBがメディアに出るのか?なぜファンが醸成されたのか?逆にアンチも居るのか?" とか考えないんだよな。頭使ってないから "安く仕切る媒体問屋" + "キャスティング作業屋" になってると思う。

52:生物学的に見れば、自分の子供は私なんですね。孫も私。私、私、私、と私を渡していきながら永続するのが生物です。生物はこの世の永遠をこうして手に入れました。永遠に生きられるのだから、天国ですね。結局、伊勢神宮も生物も、体を更新する、つまり生まれ変わることによって時間をリセットしながら回り続ける、永続しているのです。回る、つまり元の状態に戻って繰り返す、こうすれば持続可能になります。(本川達雄)

コレだな。

2014-04-24 23-14-03.jpg

2014-04-24 23-14-17.jpg

物理的な命じゃなくて思想・魂って方の命だよな。

ついつい物理的命が終わると魂も終わるっぽく捕らえがちだが、別の人の体・頭でそれは続いていくのは当然の事。

バトン貰っちゃった人なら分かることだと思う。

53:生物学は理系文系にかかわらず必修項目だと思っています。生きものとは、生命とは何かを考える、ということは、例外なく全ての人に必要ですから。(本川達雄)

"経済の駒" ではなく "赤い血が流れているヒト" を知らないと、マーケティングが労働疲弊履歴にしかなんないしなw

言うならばマーケティングは生物学を踏まえた上でやらないと、労働疲弊履歴になっちゃうんだろうな。

54:東工大のような偏差値の高い大学で、少ない専門科目だけを勉強するようになるとどうなるか。学生がみんな目先の100点だけを追い求めるようになるんです。でも、テストで計れるのは過去の知識の量にすぎない。未来への創造につながる創意や工夫は計ることができないんです。一見ムダに見える、一見自分と関係ない 「教養」 こそが、今はない新しい何かを生み出す糧になるかもしれない。教養課程をないがしろにする教育には、こうした視点が欠けています。(本川達雄)

「100点取らないと!」 「有名大企業に就職しないと!」 「出世しないと!」 って既に追われてる生き方だもんなw

一応やった上で 「あんまコレ意味なくね?」 と気付くためのトレーニングなら良いけどもな。

「100点だったら・・・どうなんのか?」 と気付くきっかけが必要で、池上彰は

2014-04-21 21-40-28.jpg

と言ってるしな。大学入る前に知るべき事ではあるんだが、既に既存の大学に入っちゃったヒトには強烈に言わなきゃいけない事だと思う。

2014-05-19 04-21-07.jpg

2014-05-19 04-21-40.jpg

当たり前体操な、これでしかない。

55:「世の中の都合に合わせて」 人を育てようとするあまり、「世の中が必要としている」 人が育たないジレンマが生じるわけですね。(池上彰)

既に 「世の中が必要としている」 すらも分からなくなっているから、どうにもなんない状態になってる様に見えるなw とは言え

2014-12-20-17-04-05.jpg

2014-12-20-17-05-09.jpg

2014-12-20-17-05-22.jpg

現実の親子に起きているのはこぉいう事が進んでいるので、既存のスノッブな教育環境ではない場所から、必要な教育は洗練されて起きているのだと思う。

56:若い人たちを単なる 「労働力」 と見なして、パートタイムで使い倒そう、という教育や経営から創造的なものは絶対に産まれない。なのに、国も大学も経済も学生の教育や社員教育に対して、どんどん 「その場主義」 になってしまっている。(本川達雄)

経済全体が自転車操業感強まってる印象あるしな。

そして、とりあえず広告代理店業においては、

媒体問屋の領域は、日本語カタコトの中国人でも可能だから、置き換えて経費削減出来る部分はした方が良いと思う。

と思うな。

「大学出てんのに広告代理店なんか行くの?それバイトでしょwww」

ってのは一時的に言われる事だろうなw 長期的には

「大学まで行っちゃったら、そら広告代理店ぐらいしか行けないね・・・」

となるだろうな。

57:時間をかけずにすぐできることが正しいという悪しきスピード主義、悪しき効率主義がはびこっています。その元凶が大学受験です。大学受験とは効率主義の権化です。(本川達雄)

大学の学科でそぉいうのが一つあってもいいと思うが、受験の時点ではマズイと思う。

結果的に "やってるふりだけはうまい" 人間が育成されているw

58:教養と言うと、どうしても脳みその中だけで構築したお話を教養と言いたがるところがありますが、体で覚える教養もあると私は思っています。体の部分がとても大事なんです。「身」 が 「美しい」 と書いて 「躾」 です。こういうものも私は教養のひとつに数えたいですね。(本川達雄)

背筋良い人は、少なくても卑屈ではない傾向を感じるかな。

2013-07-21 02-07-06

猫背でデブはダメな人とは限らないが、イケてる人が猫背の可能性は低いよな。

AZZLOも意図的に背筋良く一日を過ごすと、企画がスムースに出来たりするのは実感する。

59:教育で一番大切なことは、物が今ほどなくてもみじめだと感じない人間、物ではない豊かさを創造できる学生をつくること。それが大学の大きなミッションになるのではないでしょうか。(本川達雄)

それだと現時点では経済回らないな・・・w

ある種真逆の 「ヒッピーを育てなきゃ!」 的に感じるが、長期的にはそうなりそうな気がする。

大学以前の経験からして 「会社に入って出世して・・・」 というモチベーションが元々低い状態だし (先輩たちが疲弊してるんだから憧れる訳がない) 既に会社に入ることへの期待が薄いと思う。

60:今回MITの先生とスタッフにインタビューして、つくづく感じたのは、理系専門大学だからこそ 「教養」 を重要視していること。その象徴が、MITにある音楽教室です。(池上彰)

1970年代に作った、とうかがいましたね。音楽大学にあるような立派な防音室がいくつもあって、ただ、理論を教えるだけではなく、実際に楽器の演奏まで教育しているのにはびっくりしました。(上田紀行)

あえて面倒臭く言うと

"物を筋肉を使って鳴らし、同時に発生する触覚と聴覚、更に内臓器官の動きをインプットし、更なるアウトプットを続ける行為"

で、もの凄い情報量を扱うインタラクティブ行為と言える。

ボーカロイドは除くが、言語がない音でも言語的な解釈が入ってくるし、いわゆる歌詞も付与されると、非言語領域と言語認識の更なるシンクロを体感する事が出来る。

"言語的な頭でっかち" になりがちな理系?には音楽演奏などで、結局はアナログな人間である自分を通過させるトレーニングが非常に必要なんだと思う。

セックスもそうで、最中のエロワードとかで盛り上がりが増すってのは音楽と一緒だよなw

61:「MITというと、先端科学の総本山というイメージがあるかもしれません。でも、私たちが学部生に教えるのは、先端科学などではありません。すぐに役立つ技術などでもありません。理由は、先端科学や先端技術であればあるほど、5年以内に全部陳腐化して次の先端と入れ替わってしまうからです。もちろん先端科学や先端技術には触れてもらうが、しかしそれらは研究者や企業人のように専門家となって自ら切り開くべきものです」

日本の教育をポジティブに捕らえた場合

「5年前に記憶した事は卒業の時点でもう必要ない情報だった・・・。よって常に学び続けなければならないし、むしろ自ら生み出していく事だな♪」

という気付きを得るための肥やしだったら良いと思う。それに気付く人ってのは、大学以前の体験によるので大学でどうこうなるものではないと思うw しかし大概

「大学出たからもう安心♪」

になるから "言いなり奴隷" としてしか活用法がないんだよな。

おそらくMITは "今後学び続けやすくなる武器" を学生に身に付けてもらっている場所なのだと思う。専門分野はあれど、他分野とのシンクロやメイン分野の変更もおそらく容易だろうしな。

62:新しい 「先端」 が生まれていく根っこには、人類がこれまで数百数千年蓄積してきた知の体系があります。こちらも同時に学んで血肉としていかないと、呼吸の浅い思考しかできなくなってしまうと思うんですよね。(上田紀行)

先端だけに "先っちょだけ思想" になりがちだよなw

根元までグイングインしたら楽しいんだけどな。

広告業界は "先っちょだけのみこすり半劇場" という寸劇をやってるように見えるしなw

63:入れ替わるもの、変わらないもの、「考える」 ためには両方が必要ということですね。

人間そのものは変わらないからな。そして変わらないことの一つとして

"ヒトは知的欲求がある"

が非常に重要だと思う。それをAZZLO流にすると

人はより良いSEXしたい為だけに生きてる

になるw

64:MITでは、どうやって具体的にリベラルアーツを教えているのか? 先生に訊きました。するとこんな答えが返ってきた。

「私たちが学生に教えるべきは、知識そのものではなく、学び続ける姿勢です」 (上田紀行)

あぁ・・・w

"そんな先輩の生き様を見て自分はどうするのか?" (学び続けようとするのか?)

という自己対話のきっかけを生む事が、先輩たちのやる事だと思うしな。今後知識 (記憶) は

2014-10-22 13-40-19.jpg

2014-10-22 13-40-38.jpg

2014-10-22 13-40-53.jpg

だしな。

65:スタンフォードでの経験なのですが、学生が必死に課題の本や資料を読んでくる、ということは授業に対する準備ができているわけです。そうすると75分の授業で、半分以上僕が一方的に講義していると、学生たちがイライラし始めるんです。(上田紀行)

まさに "記憶頑張ろう会は家で一人で出来る" だな。

なんでわざわざ先輩である講師が出てきて、わざわざリアルで集まる必要があるのか?

"リアルな授業やるんだったら体験でなくてはならない"

って事に繋がるな。そして

"良質な体験は教室で起こす事も不可能ではないが、大概遊び場にあるという現実"

も考慮した方がいいな。

66:自分と社会を見る 「軸」 をまず身につける。そうした軸がないままで社会に出ると、その後右往左往するだけです。そして 「役に立つ」 「お金がもうかる」 といった指標だけで動いてしまう。そうではなくて、人間の根っこ、社会の根本についてしっかり学ぶ。(上田紀行)

暴走族でもアニオタ (特定ジャンルに限ったほうが良い) でも何でも良いので、10代のうちに強い感情を自覚した方が良いと思う。悪い事イタい事でも何でも良い。「学歴が全てだ!!!」 でも良い。それが軸なので。

2013-11-04 18-22-36.jpg

本気で取り組めば見えてくる事があるという事。

狭く深くが良い。何かの頭から尻まで知る経験をしたら、他の事での共通性や、何が足りないか想定しやすくなるからだ。

幼少男児の "電車好き" をベースにするなら、乗車券・回数券・定期券しかり、線路敷く際の地上げの事や当時の都市計画の事、現在の電気代やメンテ費用、人件費など、興味があれば自然と記憶出来るだろう。

将来的に電車以外に興味を持っても、電車と比較する事で、まだ自分が知れてない領域の認識が早まるし、知った上で、そのレベルにも気付きやすいだろう。

幼少女児の "りかちゃん好き" をベースにするならば、パパの収入、ママのへそくり、りか自身の食費と学費・・・。もろもろ自然と記憶出来そうw

20代は、その感情をベースに様々なトライをして、上手くいってみたり、後悔してみたり・・・w

その上で30代に、それぞれの最適解を見つけられるのではないかと思う。

その最適解がダサいことであっても、見つけられない人よりはずっと良いw

親はその "強い感情" を促す事に密接なポジションであるので、何でも良いのでブレイクポイントを作るサポートをした方がいいだろう。極論 「親超嫌い!!!」 でも良いw

2014-11-29-16-33-54.jpg

自ら判断する機会を提供出来るのは幼少時期の環境を作る親自身じゃないだろうか。

2014-10-25 22-17-48.jpg

2014-10-25 22-18-05.jpg

2014-10-25 22-18-24.jpg

ISAKの狙いの様に、大学以前に多様性の先っちょぐらいは嗜んでないと大学に行く良いベースもないと思うな。

67:日本の大学では、教員を採用する際、研究者としての実績を主に見ます。学術雑誌にどのくらいの学術論文を書いているかが大きな要因になります。一方で、教育者としての側面はさほど重視されません。つまり教える能力があるのか、コミュニケーション能力があるのか、プレゼン能力があるのか、は、あまりチェックされないのです。アメリカの大学では、教員採用の際、研究者としての実績はもちろん教育者としての適正も厳しくチェックされます。(上田紀行)

教員採用も "テストの点" なんだなw

結局教員も "生活費" かかってるからなぁ。その背景がある人はどっかで保守的になるので、後輩からするとその導線からは、あんま学びがないような気がするんだよなぁ。

故にAZZLOは中学も行かず寺子屋であるクラブに行ったのだ。

利害関係がない能動的な寺子屋状態が望ましいと思う。

68:日本においてはどの大学に帰属しているかのほうが、何を学んだかより重要なんですね。帰属情報がものすごく価値を持つ。だから東工大生たちは自分たちより偏差値の低い大学生の前ではふんぞりかえり、東大生の前では縮こまる。(上田紀行)

www。逆に東大の人はふんぞり返らない印象がある。縮こまる対象がないと同時にふんぞりかえる必要もないんだろうな。

おそらくそぉいう東大の人以外は "自分で決めた大学とは言え不本意な大学だった" という背景があるような気がする。だったら行かなかった方がずっとマシな気がするw

更に帰属情報に盲目というのは

2014-11-19-00-23-06.jpg

2014-11-19-00-15-02.jpg

2014-11-19-00-15-18.jpg

こぉいう側面あるし、今後はAZZLOの

"大学行く目的が整理しきれないでなあなあで行った判断力のない人"

という意味も増えてくるだろうな。

69:学生は、簡単に単位が取れる科目を 「楽勝科目」 といってコストパフォーマンスが高いなんてうそぶきますけれど、せっかく授業料払っているのにちゃんと教わっていないということは、学生自信にとってみれば楽勝科目はコストパフォーマンスが低いわけです。(上田紀行)

逆に "そもそも大学から学びはない。故に楽勝なスタンプラリーして卒業する" であれば良いけどもな。

70:日本の場合、小学校から大学にいたるまで教育機関はすべて文部科学省の管轄化です。文部科学省が 「大学はこうあるべきだ」 と大方針を出すと、全国の大学はそれに従わなくてはならない。もっとリベラルアーツ教育を東工大で充実させようとしても、「あらゆる大学の基本的なカリキュラムはこうです」 と文科省が決めた枠があると外しようがない。(池上彰)

マジか・・・・w 知らなかったwww

軽井沢のISAKとか大丈夫なのかなw 狙いが文部科学省と真逆だと思うんだが・・・w

2014-10-25 22-50-22.jpg

2014-10-25 22-51-11.jpg

2014-10-25 23-06-49.jpg

2014-10-25 23-07-28.jpg

これを当たり前体操している学校をAZZLOは始めて知ったからな。"理念" みたいのにはあるかもしれないが露骨な現実にしている日本の学校はISAKが始めてじゃないだろうか。

・・・というかそもそも啓明学園がISAKの元祖だったかもしれないな。(他にも濃度の違いはあれど存在しているのかもしれないが)

啓明学園は、AZZLOの種付けの父、母が居た学校で、AZZLOの育ての親である母の父(祖父) である水谷暢宏がPTA会長かなんかをやっていた学校だ。

帰国子女と、芸能人の隠し子と政治家の隠し子ばっかりの学校だったらしい。極端な境遇の子どもたちが集う寮生活は、ある種ISAKだな。今は割と普通の学校になっているらしいが・・・。

71:企業留学の学生さんたちは皆、「いやあ、正直言って日本の会社には戻りたくないです」 って話していましたね。(上田紀行)

戻りたくない、というよいりは、戻れない、という感じでしたね。(池上彰)

そうそう、なんというか、MITにしろハーバードにしろ、世界を見晴らせる場所に来てしまったら、なんだか日本の中で働いているのが辺境のの地でちまちましているような感じがして、もう戻る気が・・・という若者たちが、たくさんいましたね。(上田紀行)

日本の企業の現実は大概 "面白くない寸劇" だからな。瀬戸弘司の寸劇の方が面白いし生活者に必要とされるからなぁw

72:「自分たちの使命はよりよい社会を創っていくことだ」 という使命感は、学生のみならず、今回お話をうかがったMIT、ウェルズリー、ハーバードの3大学の大学関係者すべてから一貫して伝わってきたメッセージです。では、僕たち日本の大学関係者は、大学生は果たしてどうでしょうか?(上田紀行)

学生は 「オレが食う手段の為のスタンプ」 だろうし、教員は 「オレが食う為の手段」 が多いだろうな。教員はその割合は学生よりも低くなるとは思うが、残念ながらゼロではないのが現実だと思う。

73:東工大にもっとも欠けている根源的な問題を最後に指摘しなければなりません。ダイバーシティ。学生たちの多様性です。(上田紀行)

なぜ、ダイバーシティを確保しなければならないか?理由は明確です。世界がダイバーシティを認める方向に、どんどん変化しているからです。~中略~ そんな時代にモノカルチャーな場所で学んだ人間が対応できるかというとはなはだ心もとない。(池上彰)

そこへ帰結するんです。僕たちが慣れ親しんできた日本の文化は、ある意味でコノテーションの文化です。言葉にならないさまざまな習慣や空気を共有して、「あ・うん」 でものごとを決めていく文化です。何も説明しなくても、ある種の等質性・同質性が担保されているので、スムーズに社会が動く。ものすごく洗練された暗黙のうちの理解が当たり前になっている。これが日本文化のすごいところでもあり、しかし実に特殊なところでした。(上田紀行)

66番でAZZLOが書いた事は、"ダイバーシティの性能を上げる為には大学以前の経験が必要" という感じだな。

そして、そもそもが

2015-1-01-02-30-20.jpg

である。地理的な特性は若干違うが、そもそも ワレワレハ地球民ダ Ψ(Θ)_(Θ)Ψ なんだよな。

74:戦前の政治家や官僚や財界のリーダーは、もしかすると今よりも 「教養豊か」 だったかもしれません。でも、彼らは負けました。なぜ負けたのか。その理由のひとつに、多様性のなさがあった、という点を見逃してはならないでしょう。

教養は常に多様性とセットであるべきだ、と思います。教養がその価値を本当に発揮するのは、多様性が担保されている場だ、と思います。つまり、文化の多様性であり、人種の多様性であり、性の多様性であり、世代の多様性であり、経験や知識の多様性です。

現代は、ひとりで森羅万象を知り尽くすゲーテやレオナルド・ダ・ヴィンチ的なスーパー教養人を求める時代ではないのかもしれません。

ひとりですべてをカバーしなくてもいい。チームをつくればいいのです。(池上彰)

戦前の政治家や官僚は東京帝国大学法学部 (東京大学法学部) 出身ばかりだった故の池上彰の指摘だ。

当時は必要な経験がそこでしか得られなかったというのはあったのかもしれないけどな。むしろ東大じゃないと多様性がなかった時代なのかもしれない。

真逆っぽい見解になるかもしれないが、多様性を知らないと

2015-1-01-02-20-59.jpg

これに気付く事は無いからなw 言うならば "光を知らないと影も認識出来ない"。 "影を知らないと光も認識出来ない" でもOK♪

物事には裏側というのがある。すなわち2次元じゃなくて少なくても3次元であって、

"プリウスは走行中はCO2排出が少ないかもしれないが、製造時に大量のCO2を出す"
(自動車の寿命を踏まえると、通常ガソリン車とCO2排出量は大差ない、もしくはプリウスの方が多いらしい)

みたいな相反する面がある事に気付かなきゃ、現代のコミュニケーション・ビジネスは結構難しいと思うw そうでないと "処理班・経済の奴隷・言いなり奴隷" であってヒトじゃなくなっちゃうw

そぉいう領域は今後ロボットが担当する時代なのは目の前に迫っている。



読書の最初のモチベーションである "教養ってなんだ?" は、正直どうでもよくなってw 色々とAZZLO自身の見解を整理出来る非常に良い読書だった♪

なんか教養って "茶道" "座禅" みたいな、「あ・・・足痺れるぅぅぅう・・・(´O`)」 的な面倒臭い印象ってあるがw "楽に生きる為に必要な経験・思考ロジック" と言えるかな。

その "楽" ってのをどの面で捉えるかそのものが既にに教養な感じはするがw

2014年まとめ (仕事)

トピックは

1:実施したのは100万の案件1つのみ。

2:音楽アーティストに纏わる企画を数件やった。

3:複数人の営業から連絡がない。

4:営業なしで取り組む自主的案件が進まない。

5:営業なしで某企業に新規提案した。

6:デスクに居られないからMac買って真面目に仕事してたらダメって言われた。

7:やはり代理店自ら自滅している気付き。

こんな感じかな。7番は気付きというか確信だがw

最後に "広告代理店の言う 「広い」 とは" に、広告代理店のダメさ加減について 整理してみた 全然整理出来てないが、思う所は残した。


まず1番。実施したのは100万の案件1つのみ。

久々に競合プレゼンした (σゝ∀・)σ

久々に競合プレゼンで勝った (σゝ∀・)σ

で、オリジナル楽曲・動画を作ってアップする内容で、何種類かAZZLOが歌詞を書いた♪ 得意先担当者さんが 「炎上したい!!!ウチが話題になる事なんてないんだから!!!」 と力強く言っていたので、仮に自販機の活用案件だった場合

「あなたの大事なソレ (金) を私に入れて欲しいの」

みたいな "エロく解釈したら負け" な歌詞を書いて企業担当者さんと盛り上がっていたのだがw 企業担当者さんが上司を突破出来ず、"教科書に載っちゃうぐらい普通に良い曲" で製作した。

良かった点としては、コンペで勝った上とは言え、そんな歌詞を提案する事に異議を出さなかった営業には感謝だw

製作に進んでからも営業のサポートが丁寧で非常にスムースに仕事が出来た♪ たかだか100万の動画に丁寧に営業のリソース裂いてくれたと思う。この点は得意先からも信頼されたチームだったと思う♪

音源のミックスダウンとマスタリングは経費削減とAZZLOの趣味でw AZZLO自身が行った。勉強になった♪

ボーカルは企業担当者さんからオススメ頂いた女性ボーカリストを起用。ボーカリストさんのライブに行ったり、実は12月24日はそのボーカリストさんと、しまだでカレーうどんを食い、デニーさんの新しいバーに行ったり・・・、仕事として大きな反響はなかったが、プライベートの潤いがあった。(下半身は潤ってないがw)

ボーカルリストさんは年初から海外に3ヶ月行くのだが、日本を俯瞰する視点を持った上で、またディスカッションさせて頂ければと思う。

コミュニケーションの結果は、媒体量5倍だった前年の電通の結果よりも上回ったとの事!!!これで今後もコンペ呼ばれるな。出来ればコンペ無しの指名受注の方が良いがw




2番。音楽アーティストに纏わる企画を数件やった。

目玉とヤギについて (米津玄師ステキ (≧∇≦))

に書いたように、メジャーレーベル所属の音楽アーティストのプロモーションの企画などしていた。

デビュー直後という事もあって、糞真面目に考えて、プロモーションという手段ではなく "アーティストプロデュースに紐づくプロモーション" を企画してプレゼンした。

しかし、

「広告代理店にはCM、ドラマテーマソングのタイアップを決めてきてほしい」

だった・・・w

結局媒体問屋の付随サービスでしか求められなかった・・・w

あとは、某誰でも知っているJ-POPアーティストさんの "CD発売にあたってパブしたい" というオーダーで出した案は、その案で実施したのに 「社内で同じ案があったので社内案を採用という事にします。すみません」 という事で、売り上げにならなかった・・・w

今までで一番のパブ露出効果があったというお知らせを頂いたが・・・。(AZZLOも朝のワイドショーで確かに見た)

正直それ言われたら後だしじゃんけんでどうにでもなるので、もう企画出来ないと思ったな。代理店営業からすれば 「それが貸しになって媒体取れれば良い」 なんだろうが・・・。

「繰り返されるとAZZLOを動かせない (今後は媒体提案だけになっちゃう) ので次は頼みます!!!」

ぐらいは言って欲しいなぁ。

・・・故に早くAZZLOも含めてスタッフは解雇して 「その分安く媒体仕切れるようになりました♪」 っていう方がいいと思うw




3番。複数人の営業から連絡がない。

オレは前向きだ!」 と力強く言った上で1ヶ月以上、音沙汰無しの営業 ( ̄□ ̄;)

がメインだが、他の営業でも横行している事象。これは偉いおっさん達も困っている事象だw 少なくても

「時間割いてくれてありがとう」

みたいな一言はないとな。そんな事やってるから

こぉいう風に外部から思われる事に繋がってると思う。

仕事で "近いうちに・・・" が半年経ってるが・・・(*´Д`)

もあるしな。もう丸1年経ってる。

そぉいう姿勢は得意先にもバレてると思う。




4番。営業なしで取り組む自主的案件が進まない。

最初は3つの切り口だったが、それぞれハードルがあったり、3番の様に営業から連絡がなく進まないやらで、追加で色々と切り口は考えた。しかしある段階で

「営業が居ないと提案してはダメ」

という念押しがあった。

そもそも偉いおっさんから

「もう営業とか入れなくて良いから好きにやってよ!」

という声がけが発端だし、その上で考え方・企画切り口をもっと偉いおっさんに出した時は

「まぁ・・・まずは企画詰めてみれば?」

ぐらいだったと思うんだよな。

営業入れたら3番の様に進まない訳で、ホントに儲かりたくない組織なんだという認識は加速したなw

「保守的な代理店の思惑が介入しない取り組みだから楽しもう♪」

的に声がけしていたパートナーさん達のモチベーションはどうしてくれるんだと思う o(メ`□´)

某プロダクションさん社長の言葉だが、「代理店とは仕事したくない」 という意思が見える言葉だ。実際代理店案件は半分程度のプロダクションさんだ。

故に回りまわって "代理店は物事動かせないビジネスが出来ない集団" というイメージが強まっちゃう事を危惧している。




5:営業なしで某企業に新規提案した。

「もう営業とか入れなくて良いから好きにやってよ!」

と言った偉いおっさんが、組織内アイデアコンペで

「応募が一件もないから、AZZLOも応募してよぉ。頼むよぉ ヾ(´Д`;) 」

と言われて考えて応募して即効で辞退した (偉いおっさんは応募が欲しかった訳なので、そこは担保した) 企画を、アイデアコンペではなく、直接企業に提案に行った♪

この偉いおっさんの友人が、AZZLOの企画にドハまりな企業に出入りするコンサル会社をやられていて、スムースにアポ取って頂いたのだ。

最初の計算だと年65億円。コンサル会社さんのアドバイスを踏まえて、体制・計算を変えると年260億円の売り上げが "非現実的ではない" ぐらいのビジネスモデルだ。(残るお金は当然少ないが、10人ぐらいは食えそうだ)

提案先企業は、年数百億円なんて誤差な大企業なんで、"儲かる" 機軸では興味無さそうだったがw

「生活者に必要とされるサービスなのは分かる。ニーズはあるだろう」

という好印象は頂いた。年初に改めて追加提案に行く予定だ♪ 今後の結果はどうであれ行動に移せたのは良かった。

初回の提案後に偉いおっさんが 「やっぱ新規はしがらみがなくて楽しいなぁ♪」 と言っていたのが印象的だった。

組織内でこの案件の雑談をすると

「それはうまくいきそう!頑張ってね!」

というポジティブな見解が非常に多い。しかし同時にかなり偉いおっさんは

「儲かっちゃったらどうするんだ!!!(既存のマネタイズモデルじゃないから) 別会社作らなきゃいけないじゃないか!!!」

みたいな心配してる・・・。ま、儲かりそうだから心配するんだろうな。その点はAZZLOには良い評価ではあるんだがw だったら 「提案しちゃダメ! 」 って最初から言ってくれれば良いのにと思ったな。

"アナル拭かないで痒くなる事象" みたいだ。自分でアナル拭くか、ウンコ出ないように最初から飯食わなきゃ良いと思うんだけどな。

AZZLOは "ウンコが嫌で飯食わなかったら死ぬ" という当たり前な事知ってるから、前向きに仕事しようとしてるのだが・・・。

そしてAZZLOが食おうとしているのは、まだ開発されていない "カリフォルニアロール" みたいなもんだ。AZZLOの企画は

「"アボカドに醤油はまぐろ" って言うでしょ?実際旨いでしょ?だったら寿司にしてもいいんじゃね?」

的な事だ。

キワモノだったカリフォルニアロールは、今日本のすし屋でも食えるからな。そぉいうのやらないと "言いなり奴隷" だと思う。

逆に 「コレやってくれさえすれば儲かるから♪ 自主的に考えなくて良いよw 有難迷惑ですよ!」

とか言われたいんだが・・・w




6:デスクに居られないからMac買って真面目に仕事してたらダメって言われた。

「最近AZZLOクン全然見ない気がするんだけど・・・生きてる?」 ヾ(・ε・`*)

に書いた通り、「面白すぎる!!! 」 と評判だった "向かいの人の足" 問題w

どこでも仕事出来るようにMacBook Airを自腹で買って、漫画喫茶で仕事してたのだが、"デスクに居ないと仕事していないイメージ" があるのでダメと言われた・・・。

ま、この事象の裏には "デスクに居なくても仕事サボっているAZZLOではない" という近い範囲の偉いおっさんの見解が見えるので光もあるのだが、組織全体としては無駄だと思うw

漫画喫茶の方が静かだし寝れるしドリンクバーも豊富だし、ジャパンエキスポで話題になる最新コンテンツである漫画も見れる。(AZZLOは漫画見ないで純粋にMacで仕事してたけど) 組織からすれば電気代も浮くし良いと思うんだけどなぁ。

それでパフォーマンスが落ちる人は "サボってる" のが明白な訳で、真面目な人はどこに居たって大丈夫なハズ。信頼する社員ならば本来問題ないハズだ。・・・すなわち社員を信用してないんだよな。

多くの人がそんな感じだったら、オフィス縮小して家賃も浮かせられるし。サボりが明確になるので減給や解雇の材料にもなるのにw




7:やはり代理店自ら自滅している気付き。

4番、5番もだが、年末から久々に組織内複数人でやる案件を取り組んでいる最中に更にダメ押しがあった・・・w 1エントリーにするべき長さになってしまったが。

"成功案件 から分かるように、WEB上の生活者のニーズを知っているプランナーだから"

"商品特性上エロニーズが背景にある。故に 成功案件の様なギリギリのエロさを理解しているAZZLOが必要"

という理由で営業ではなくSTPの人からの指名だった。しかもAZZLOは提案対象の商品の類似商品を利用しているので、"WEBニーズとエロ加減と商品利用ニーズを理解しているAZZLO" という事でSTPの人からの期待は高まっていた。

しかし、営業の方が

「えぇ!?AZZLOじゃ (企画が) エロくなっちゃう・・・」

という戸惑いがマジであったらしいw 確かにエロ案得意だけども、全案件エロでやってる訳ではないのだが・・・w まず 「代理店営業はやっぱり表層的で多面的思考が無いな」 と "表層的返し" を思ったなw

しかもAZZLOの近隣の人が過去に1度だけその企業に提案した事があるという事で、"AZZLOは近隣の人のヘルプ" という立場になる。指名してくれたSTPの人は凄く怒っていたw AZZLOは

「ま、いいや。ご期待通りエロい企画してフェードアウトしよ~♪ (そもそも多人数必要無いし)」

と思ってたが

"生活者の恥ずかしいエロモチベーションを美しいモチベーション摩り替える装置。エロは暗黙知にし美しさを形式知にする取り組み"

みたいな感じで企画した。

依頼のあった翌日の顔合わせMTGに、簡単な資料だが考え方と "先っちょだけ企画" を出した。プレ日まで日がないので取捨選択するならとっととやりたいのだ。

この商品は例えるなら "カスタムカー事業" みたいなもんで

"非常に多くの人が買って利用している自動車だが、カスタムする人は少ない"

みたいな商品である。

AZZLOは "実ユーザー" を想定して、「そんな彼らの救世主的商品として出ていくべき!」 という方向性だった。しかし

CR+営業「:いや~~~それだと狭いから。"みんなの" サービスにしないと」

AZZLO:「誰が車をシャコタンにカスタムしてます? そぉいうニーズがある人に確実に使ってもらえるようにしないと、『ふ~~ん。ま、必要な人は居るんだろうね。』 で何も起きませんよ? スマホケースとは違うんですよ」

CR+営業「現実そうなのは分かるんだけど、プレの見栄え的にそれではダメだから」

AZZLO:「以前、その企業の女子社員と合コンした時に言われたんですけど

「広告代理店のプレゼンは "お前がコンペで勝とうとしている" のはよく伝わる。しかしこっち側企業の成功を望んでいるようには到底思えない。代理店のプレゼンは信用しない」

って言ってましたよ?」

・・・しかし 「プレの見栄えが・・・スケール感が・・・」 という意見は変わらなかった。

合コンの話は本当で、"店舗のAZZLO" を知っていて芝浦GOLDの DICIPLINE GYM にも来ていた人だw よってかなりの本音だと思われる。おそらくその発言した人はこのプレゼンで出てこないと思うのだが、"社風" としてそぉいうのがある可能性は高い。・・・し、他企業やプロダクションさんから聞く代理店の立ち居地も、全体的にそぉいう印象が強まっている。

AZZLOはあくまで "ホントに必要な企画であると共感・同意があった上でプレで勝つ" という事がしたい。そうじゃないと赤い血が流れたヒト同士のお付き合いではないので。

広告主だって赤い血が流れているヒトなのだ。楽しそうで友達・家族に自慢出来そうな企画の方に感情は動くハズだ。その結果、非常に遠回りだが、"より良いセックスをして頂いて多子化振興" に繋がれば良いと思っているw

人口減ったら "広告" の精度が減るし、"広" そのものが無くなるw

・・・次のMTGの時に

AZZLO:「ちまちました手段のプロモーション要らないでしょ?オリエン書に "指標:広告認知率" って書いてあるし。クリステルのCM動画は56回しか再生されてないけど、栗とリスの動画は45000回再生されてる訳で、

普通の企業発の情報なんてWEBでは必要とされてないんですよ。故に徹底的に広告でしょ♪ 認知率だったら広告の方がCP高いでしょ? プロモーション入れたら懐石料理みたいなもんで、満腹感が出ないよ。それよりも 『ステーキ1キロぉぉっぉ!!!』 的な広告の方が満腹感あるでしょ? ほら!!! "スぅ~クぅぇぇ~~ル感" ですよ!!!」

と、元気良く言いつつも、"みんな" な前提の、"商品名、タレント候補、コピー、グラフィック案 (ラフデザイン)、とは言え考えた手段のプロモーション案" を複数出した。タレント候補は "何故この人なのか?この人にするとどういうメリットがあり話題になるのか?" という論理性も含めて考えている。というか論理があった上で候補を挙げている。

CRは "みんなの○△□" を言い換えたコピーが複数。"ふなっしー" ぐらいのタレント案。商品名は企業が充てで使っていた品名そのまま。3人CR居るのにその程度だったw

資料の総ページ数でもAZZLO一人と同等、下手したらAZZLOの方が多かったかもしれないぐらいだった・・・w 文字数・画像数では絶対AZZLO一人の方が多い (すごいどうでも良いがw)

AZZLOの案には若手のCRが爆笑してくれたがw 営業はノーコメント。で、そんな状態で次のMTG日時の話になったので

AZZLO:「っつぅか、僕もうフェードアウトでよいって事ですよね?(何のコメントもないし)」

これに対して営業は儀式的に引き止めるw 更に「手段のプロモーション要らないでしょ!」 をスルーして

営業:「(手段の)プロモーションどうしよっかぁ」

AZZLO:「僕は『要らないと思う』 ってさっき言いました。とは言えさっき言ったように考えてきてますけど」

営業:「客はオリエンうまく出来る企業じゃないから、(手段の)プロモーションも必要だよ」

AZZLO:「・・・だったら、さっきAZZLOが出した手段のプロモーション案を精査とかしてくんないかな (AZZLO心の叫び)」

・・・コミュニケーションがそもそもおかしいw

この営業は 「客はコンサバでぇ~・・・細かい質問が多くて大変なんですよ」 って言ってたが、この仕事のやり方だったら当然細かい質問攻めになるだろうと思った。

MTGの中で、「WEBで話題になる動画とかぁ~」 っていう超表層的な希望が出たりしたが、"そもそもコンサバな企業にWEBで話題なんて無理" という事すら分かってないw

・普通ぅぅ~~~に今が旬のタレントが出てきて商品と一緒に笑顔のグラフィック

・電通には適わない媒体力

・商品サンプリングやプレキャンという手段のプロモーション (ほぼ媒体メニュー)

結局こういう労働お作法に則った提案をするのだろうが、少なくても最初に

「客はコンサバでミーハーだから、旬なタレントは必須です。ジャイアンコンサート状態のコピー・グラフィックで構いません。手段のプロモーションは、広告お作法に則った、ほぼ媒体メニューので良いです。前例が無いと決めれないし質問攻めに合いますからね。ではAZZLOクンには・・・あ、タスクないですねw」

って言えば全員話早いんだけどな。様は

「オリエン下手な企業って認識あるならスタッフに翻訳しろよ!」

だな。プレで負けた時に

「いや~・・・あの企業はオリエン下手だから、今回は僕らとのマッチング悪かったですね」

という自分の保身の為に先に言っているだけだろう。危険を知っていながら対処してないって事は保身にすらならないのだが・・・w

このパターンはプレ直前になって

「普通過ぎるから、飛び道具を入れないと・・・」

ってなるヤツで、"普通" な骨格に "飛び道具" を入れると、"実施する必然性がない。全体のストーリーがない" という事になる。何年やってんだよと思うwww

もろもろ論理性がおかしいというか "考えてない無い提案" だから質問攻めにあうのだと思う。

"歯医者の症状と治療希望を書くアンケートフォーム" みたいのないと無駄が多過ぎる。大概この手の営業に限って 「いや、会話で見えてくる事もあるから!」 とか言うんだろうけど、そらそうなんだが最後まで整理・意思決定出来ない営業にはアンケート必要だと思う。"パクりたい電通の案件" とかも記入してくれれば、要素はかなり整理出来るし、必要なスタッフやプロダクションさんの選定もスムースだろう。

久々に組織内の人と仕事したが、むしろ "更に悪化した" という印象だった。(その営業と仕事するのは初めてだったので、その人においては元々なのかもしれないが)

そんなガタガタな提案するから、"安く仕切ってくれれば良い媒体問屋" という期待しか企業から得られなくなっていると思う。

そんな企業の期待に応えるために 「手段のプロモーション無し!媒体力だ!」 って言ってるのにwww

犬が自分のしっぽを追いかけているようにしか見えない・・・w

多くの人が諦めてわざわざAZZLOみたいに言わず、淡々と処理してるが、大概みんな気付いているもんであるw その点を確認出来たのは良かった。


こんな感じで、地味で小さいが良かった事が深かった。良くない事は

「志村~後ろ!後ろ~!!!」 も言い疲れて来た・・・

と、既に1年前に感じてたので今更だがw 正直 「骨までしゃぶったな~」 と感じた1年だった。案の定10月には歯の詰め物が取れたしw

2014年の広告で唯一マトモに感じたのは

コレだ。広告業界でも評価は高くて 「やっぱりCMは効果あるんだわ~い♪」 という "何故生活者から反響があるのか?" を考察しない表層的な盛り上がりを見せているw

しかし広告代理店ではなくてタグボートなんだよなw らしい事象だと思うw

広告代理店内では 「そんなのリスクあるから提案出来ないよ」 で終わるw しかしタグボートだったら、動かない大きな船である代理店を引っ張る力があるんだろうな。コンセプト通りの凄く良い社名だなと思う。

そしてどれとは挙げないが、広告業界で評価されている動画コンテンツの中には、"再生数の割にコメントが少な過ぎる。twitterでも言及が無い" というのがちょいちょい見受けられる。

寸劇臭凄いするんだよなw

広告業界の記事見ても何年も前と同じ事を言葉変えて言ってるだけだし。

こぉいう事書くと "AZZLO辞めそう" という印象になるのだろうが、そうかもしれないし、「骨も食べてみた♪」 という検証をしたいかもしれないw

ま、今の状態では どっちみち2020年で終わり だから今の今は最後をガン見したい気分だが。



まず、広告代理店の多くが何も考えずに "広く" を言うのは以下のような発想だからだと思う。

対象者広く

うまく図が書けなかったが、"広くみんなの" ってこぉいう事で二次元の中で全箇所に区分する人種 (トライブ)に反応して頂くもの。デモグラではないトライブで考えた方が良い。顔の大小はZ軸を踏まえているが、代理店には奥行きの認識はなく

広告代理店が言う対象者広く

全トライブの1人でも反応すれば、「みんなだやった~♪」 という論理なんだろう。AIDMA、AISASのAだけに固着し過ぎなんだよな。しかも注意が起きない弱いAに固着するw

対象者狭く

逆に "狭い" のは、一定の人種 (トライブ) に限られるが、その方々の多くに反応して頂くもの。

これ、全案件で "絶対数だとどっちが多いだろうか?" という検証が必要な事だと思う。もちろん "広くみんなの" の方が絶対数が多い場合もあるだろう。

AZZLO的には5億円以下の案件は商品特性によるが、ほぼほぼ "狭い" 方が絶対数は多くなると思う。まずは "なんであんな行列出来てるんだ? オレも並んでみよう♪" という ショーケースの役割として一定のトライブの方々にタダで働いて頂ければw うまくいけば "全トライブが行列" 的になる。

コレだ!この動画の様に少数の熱狂者から周辺を巻き込む自走的ムーヴメントに昇華する事を考えるのが、コミュニケーションデザインだと思う。

商品そのものにInterestを感じるのは限られた人だ。それよりも 生活者の関心は "他の人の関心" なのだ。 それを可視化 (行列) にご協力頂ける特定の層を意識するべきだと思う。

AIDMAもAISASも "企業と生活者がそれぞれ一本で結ばれている" という前提だが、今は

2015-1-03-03-04-51.jpg

2015-1-03-03-05-09.jpg

2015-1-03-03-05-23.jpg

特にSNSでこぉいうペルソナを常に作っている日常な訳で、そのもうひとつの自分同士のコミュニケーションに介入させて頂く必要がある。ダイレクトに企業と結ばれるのは、いわゆるコアファンだけだ。

"広く" だったら大概誰も文句言わないし、"狭く" だと 「なんで?」 となるのをみんな分かってるから、"広く" を言って安堵感を得ているだけに見える。

"広く" を選択する人たちは 「なぜならば」 が大概無いw Z軸知らなければまぁ当然なのだが・・・。

2013-08-11 18-45-56

2013-08-11 18-46-34

ほんとにこれを成人してからも続けてないと、今のビジネスは難しいと思う。

多面的な検証を避けるのは怠慢な労働だと感じる。

"とりあえずAKBロジック"

なんかも、"特にWEB上で活発な方々の中ではざっくり半分はAKBアンチ" だったりする訳で、そんな中、労働お作法の面だけの提案は、むしろ非常にリスクある施策になる・・・。本来 "何も起きない事にお金を出す" というのはリスクどころか金捨てる行為 だからなw

2015-1-02-04-34-23.jpg

2015-1-02-04-34-51.jpg

2015-1-02-04-35-18.jpg

AZZLOがよく言っている "ジャイアンコンサートロジック" は、広告界の大御所 川崎徹も指摘している。

有名人好きなくせに、なんで川崎徹の言う事 (知識) パクらないのかなと思うw

"コスプレ" の心理と同様な 安易な現実逃避 (リアルなオレはダサいけど、情報作っている広告代理店に居るオレはイケてる♪) で仕事されちゃ困る。 "ファッション業界に居るだけでセレブ振るスノッブ" と同様だ。

今まで 広告業界内・外で創造してきた先輩達に失礼過ぎると思う。 営業は "銀行と商社に落ちた人" が多いらしいが、いわゆるスタッフセクション、特にCRに居る人は多分 "好きな広告" ってあると思う。そぉいう憧れる創造をしてきた先輩に自分らもなる努力は少なくてもしなくてはならないと思う。

そして営業はそんな馬鹿なヤツ(例:AZZLO)を転がす技量が必要だと思う。"てめぇの組織内ローカルの評価" は生活者には関係ないのだ。それはスタッフも同様だ。

最終的に判断する生活者を "ターゲット" という殺傷対象の言葉で扱い、二次元なデモグラとかで判断してるから、生活者からすれば "自己満足ジャイアン" の寸劇にしか見えない のだ。結果的に広告効果が下がって広告主からも頼りにされない導線が濃くなっていると思う。

2015-1-02-05-34-16.jpg

最近だと "ゆとり世代" とかで記号化してるが、事実強めの傾向はあると思うが、正確にはそれぞれヒトなのだ。

2015-1-02-04-37-30.jpg

2015-1-02-04-37-57.jpg

2015-1-02-04-38-00.jpg

2015-1-02-04-38-27.jpg

2015-1-02-04-43-25.jpg

2015-1-02-04-43-29.jpg

2015-1-02-04-43-33.jpg

2015-1-02-04-52-08.jpg

2015-1-02-04-52-14.jpg

2015-1-02-04-52-17.jpg

セゾンが全てではないが、黄金時代はそぉいう感じでやっていた訳で、少なくてもジャイアンではなかったのだ。色々なタイミングが悪くてセゾンは終わっちゃったけど、広告業界内のレジェンドなだけではなくて、生活者が大きく反応した事実がある。

今となっては "金払ってブログで賞賛してもらう" とかが広告メニューであるけども、生活者に 「お願い!!!先っちょだけ!!!」 言ってるようなもんで、プライドのかけらもないw

"金払って動画再生稼ぐ" とか "いいね数" とかも同様で、そんなの虚構だ。"見栄え" でしかない。そぉいうの生活者に金で協力してもらう訳だから、すなわちバレバレだからむしろネガキャンだと思うw

※広告業界の裏事情をAZZLOが公開しているが訳ではないという事でもある。

代理店の姿勢だけでなく、広告主の姿勢も四半期決算尺度に起因する事が要因だとは思う。

よくAZZLOは "生活者が介入する隙を作らなければならない" とか言うんだが、多少謎な方が考察したくなっちゃうから、様は能動的に生活者から近寄ってきてくれた方が良いと思うんだよな。

エヴァンゲリオンの人気とか、その謎が話題でヒト同士のコミュニケーションに介入出来てる訳だし。

デニーさんの星子も 「なんで星子? 昔惚れた女?」 的に最初は誰でも考える。勝手にクイズを解こうとしてくれちゃう、すなわち誘ってないのに近付いて来てくれるのだ。

酒で言うなら獺祭とかも 「ダサ・・・い?」 っていうネガな言葉っぽいから記憶に残るしな。

そおいう提案をしないから代理店には "媒体問屋" としてしか期待が無くなるのだ。そして優秀な学生からも興味持たれない、相手にされないのでR。

おいおい 「広告代理店は嘘つきの始まり (先っちょだけって言ったのに・・・的な)」 っていう世間的な形式知になりそう。「昔からそうじゃんw」 かもしれないがw 更に広く深い範囲の形式知になりそうな危機感が強まる2014年だった。



とりあえず書きたい事書いて整理されてないエントリーになっちゃたが、繰り返すが "広告業界内・外で創造してきた先輩達に失礼過ぎると思う。" から、言い続けるだろうし、もちろん自分自身実践で試み続けるつもり。というかバトン貰っちゃった者の使命なので、この肉体はその為に使いきる。

2015年01月01日

-読書感想- 無印ニッポン―20世紀消費社会の終焉 / 堤 清二、三浦 展

2014-11-09 22-45-09.jpg

無印ニッポン―20世紀消費社会の終焉 / 堤 清二、三浦 展

2009/7発売。2014年9月頃の読書。

2013年まとめ (仕事2) -肉体を全うするという事-

で書いたように、"創造とマネタイズを両立するにはアートへの投資が必要" みたいな事に気付いた最中にぶち当たったのが、セゾンのボスであった堤清二。

自分が好きだったTOKYOというのは、TOKYOではなく東京でもなく、TOKIOだった気がしている・・・w

という気付きからも、追っかけていくと、TOKIOとは堤清二の事だったw

非常に気になるおっさんだからこそ

軽井沢・草津行ってきた (´ー`) 1 (堤清二 / 辻井喬 オマージュ展)

AZZLOにしては非常に珍しくリアルな行動で追いかけているおっさんである。

本は小説含めていっぱい出ているが、一番ライトに読めそうなこの本を手に取った。


1:私はマーケッターである前に市民です、人間です、人の親です、個人です (三浦展)

っ・・・w 当たり前体操w

広告代理店は、この当たり前体操を忘れているよな。某有名企業に勤める人と飲んだ際に

「広告代理店のプレゼンは "お前がコンペで勝とうとしている" のはよく伝わる。しかしこっち側企業の成功を望んでいるようには到底思えない。代理店のプレゼンは信用しない」

って言われたが象徴する意見だと思うな。

2:日本人は権力に従順。もともとそうだったんじゃないんですよね。昔は反乱も起こしたし、一揆は方々にあったし。生きていけなくなるまで追いつめられないとだめなのかなあ。(堤清二)

"お上がなんとかしてくれるハズ" ロジックを戦後に植え込んだから、追い詰められても無理だと思うw

織田信長などの戦国武将系コンテンツが多い事によって

「俺ら日本人は優秀で勇ましい!!!・・・オレは農民だ・か・ら・・・偉い人は優秀なハズぅ!!!」

となっていて、自分事化無いからな。

3:ある企業が、自由が丘のマダムたちにヒアリング調査をしたところ、BMWの買い替えをやめて、二〇万円の自転車を買った、というようなことが起きているらしい。実際、その方がいまはかっこよく見える。五〇〇万円のBMWを二〇〇万円の一般車に買い換えたくはない。むしろ、二〇万円の自転車のもたらす満足感の方が、二〇〇万円の車のもたらす 「どうでもいい感」 よりも、はるかにハッピーだということです。(三浦展)

AZZLOはそんな買い物ばかりだな。実際チャリは15万円ベースにメンテ・カスタムしてるし、PCの電源パーツや SATAケーブルまで拘る しw

なんで自由が丘のマダムがAZZLO化?w してるんだろうな。高めのチャリ屋が増えて目に留まるようになったというのはあるだろうが。

4:田中角栄は、食糧の自給率を高めようとしたので、俗説ですが、日本が自立することをアメリカが嫌って、突然ロッキードの資料がころがり出てきた。つまり、田中角栄は、日本を自立させようとしてアメリカに刺された。(三浦展)

日本が自立したら、また戦争しそうな人種だったからな。

ま、今からだったらもう戦争しないかな。"言いなり人間育成教育" を通過した人たちが大半になったから、もう大丈夫だろうw

5:「敵ながらあっぱれ」 という思想があってこその武士道だと思うけれども、そういう気持ちにさせないのは自民党も民主党も同じかもしれない。「政治献金はよくありません」 って、三〇年前から同じことしか言ってない。時間が止まっている。(堤清二)

www。

AZZLOは政治献金別に良いと思う。"ちょい悪" というグレーゾーンで潜伏されるより "極悪" は明確な方が分かりやすいw "極悪" の方が規律や正義感あったりするしなw

献金に値しない働きしか出来ない政治家なら沙汰されるだろうし。(ここがスムースにいかないのが難しいのだが)

献金とかクリーンじゃないお金が動いてたから経済活発だった側面は否定出来ないと思う。そぉいうの規制してマルサで吸い上げてたら、"回る装置を破壊" してるようなもんだと思う。

6:いままでは、サラリーマンでも工場労働者でも、自分のかなりの部分を企業や職場共同体にコミットさせていた。しかし、それが希薄になってきていた。年功序列制や終身雇用制の崩壊と踵を接するように、労働者の気持ちが企業や職場共同体から離れ始めていたから。(堤清二)

そしてネットによって "ニッチな趣向でも繋がれる" 状態が出来たからな。そしてAZZLOに多く発生しているが

"偉いおっさんが時代変化を読めてないし読もうとしない。優秀なハズなのに停滞してる"

も全体的に多く影響があると思う。

戦国時代の様にドラスティックに攻められはしないが、毎年95%決算で 「まぁ・・・微減だね♪」 で10年経ったら、かなりの縮小になるのだが・・・w

95
90.2
85.7
81.4
77.3
73.4
69.7
66.2
62.8
59.6

10年で4割減になるw 当たり前体操な計算なんだがな。

7:それにしても、派遣労働者を非正規労働者と呼んで平気でいるメディアなどの言語感覚がわたしには理解できない。この名称は、派遣は切られてもしょうがない、正規ではないのだから、という差別意識が見え見えです。(堤清二)

派遣社員とか契約社員って本来は

"既存社員では出来ない事を、専門性を強く持っている、すなわちスキルがある人に助けて頂く"

という事なんだと思うんだよな。よって

「助かりました。もう大丈夫です♪」

というお別れがあるのだと思う。

一時的に助けて頂くのだから、そら手取りのギャラは通常社員よりも高くなければならないと思うんだけどな。

契約のルールを都合よく活用する人材派遣会社が問題だと思う。

そして今の人材派遣会社に頼る企業は、そもそも "どんな役割で人を増やしたいのか" も整理出来てないだろうなぁ。

8:いま、二〇代の女性は結婚・出産後仕事を辞めたいという人が増えているようですね。それは、内閣府の調査結果を過去三回分、並べてみるとわかる。しかし、一年分見てたらわからない。内閣府もあえてそれを公表したくない。新聞記者も疑ってかからない。男女平等で、女性で働く人が増えているということしか書かない。でも、若い女性が保守化しているかもしれないという現実を書かなければ面白くないんです。せめて、そういうことに勘の働きそうな学者に意見を聞くということが、最低限の良心でしょう。(三浦展)

様々な傾向のデータがあって

"働きたい女性が増えている"

というデータもある。しかしAZZLOはコレは本音ではない印象を持っている。

女性の立場って時代でかなり変化していて、近年・今後に仕込み予定されているのは

"女性も働けば人口減に伴う経済縮小が軽減出来る"

これがコアで 「女性も家事だけでなく仕事で自己実現♪」 的なお仕着せが加速している様に思う。

もちろん本気で家庭以外の取り組みをしたい女性もいるが、どっちかというと少数派だと感じる。

男性も一定の年齢を超えた人は "子ども (後輩) の可能性を伸ばしたい" という感情を担保出来る事には前向きだし、女性は "ヒトの最初の時点から一緒" な訳でより強いのだと思う。

よって "育児と旦那のお世話こそが未来に寄与している" に繋がりそうな "主婦" というのが女性が一番自尊心の担保が出来る立場な気がする。

「女は家庭に入ってろよ!!!」

的な男尊女卑ではなくて、女性は

「私の楽しみの為に、旦那は金は担保しろよ!お前の "家庭を守る正義感" に寄与してやってんだしさ!!!」

ぐらいの上から目線であるべきだと思うw

結局どう転んでも、男はおっぱいとおま○こが大好きで逆らえないのだからw

故に 「王子様来ないかな~♪」 的なシンデレラロジックは、むしろ女性を不幸にするものだと思う。

「ありのぉ~~ぉ~♪ ままでぇ~~~♪」 なアナ雪も同様。「何がありのままなのか?」 を考えさせるのが有難迷惑だと思うw そして整理出来ている人・考えている人を排除しないのが良い。

May J.もそれしか歌えない、他の曲だと反応無しな観客に、既に困っているだろうし。

9:セゾン文化が論壇誌をつぶした(笑い)。罪は重い。セゾン文化、パルコ文化は、本質的には、サブカルチャーのもっているカウンター・カルチャー的な性質を備えていたんです。ただ、それがあまりにも受けちゃったもんだから、カウンター・カルチャー的な要素が弱まって、軽いノリの方ばかりが広がったという面がある。(堤清二)

"ジェフミルズぱくりDJ" が現場でDJしている、何の提案もなくなったテクノ・クラブと似てるなw

とは言え論壇誌の役割はネット上、特にニコニコ動画が引き継いでる部分あると思う。

ま、何でも必ず表面的なスタイルパクりが横行して終わっていくんだよな。
 

10:官僚主義の本質とは何か。官僚主義には、国の利益も地域の利益も何もない。自分自身の身の安全だけ。(堤清二)

www。

まぁそぉいう生き方を選択したい人が存在するのは別に良いのだが、"お上" に居ると物事が動かないんだよな。

2014-04-19 23-24-26.jpg

2014-12-21-20-02-54.jpg

2014-07-28 02-19-19.jpg

競合が国内だけだったら、まぁ1世代は逃げ切れるかもしれないが、今後はアベノミクスの海外資本流入促進の目論見からして、海外企業がかっさらっていく可能性は非常に高いんだよなぁ。

itunesストア的な事が、他の領域でも今後多発していく様に思う。

11:やっているうちに、あれっ、というふうに疑問に思ってしまうのがわたしの悪いところ(笑)。これを疑問に思わなければ勲章ということになるんでしょう。疑問に思うから、それを壊したくなる。(堤清二)

気付かないとヒトとして精度低いからな。あるべき性だとAZZLOは思う。

2013-07-21 01-34-34

2013-08-11 18-45-56

2013-08-11 18-46-34

これやらないと、都度言い訳し続ける生き様になるだろうしな。言い訳したくなければ最初から辻褄合っていそうな言動をせざるをえなくなる。途中経過として思考が整理されるからな。

12:わたしの考えでは、商店街や中心市街地はコミュニティ (共同体) というよりソサエティ (社会) なんです。それらを守らなければいけないのは、それがソサエティだから。つまり、商店街や中心市街地が消えるということは、社会が消えることである。そして、企業と消費するだけの人間と国家だけが残る。社会はない。(三浦展)

"社会" は定義が広いので "企業と消費するだけの人間と国家だけの社会" とも言えるからなぁw

商店街の個人商店は個性ない商品を並べて定価で売ってる事が多い訳で、生活者視点の消費軸で考えたら直接的にはメリット無いだろうなw

更に商店街の "女性下着店" とかで下着買う女性の心理よ~わからん。外の空気に触れまくった上の下着だからなw そら一回洗濯してから使うのだろし、施設内で売ってても衛生的に大差ないのが現実ではあるがw

純粋な生活者視点としては、商店街は通過点だっただけな気がするな。みんなイオンの周りに住めば、過去とほぼ同じような状況な訳なんだから。現在は過去との歪が目立っているだけの事象に感じる。

13:(ケータイ小説について) 舞台は都市部ではなくて地方です。地方だけれども田園地帯ではなくて、どうもあたりにショッピング・モールみたいなものがありそうな感じがする。もちろん性風俗もあったりする。これは、いま日本のロードサイドのそこかに見られる風景です。こうした地方の風土の変質と均質化が、携帯小説が売れる土壌になっている。実際、日本中でくまなく売れるそうです。(三浦展)

風景はより均質化されたのだろうが、日本は比較的、近代以前から均質化されてた感じする。

むしろちょっと前は "100万枚以上同じCDが買われる" ぐらい趣向も均質化されてた訳で、今は不揃いになってきていると思う。とは言え

"その瞬間で均質化している箇所"

というのは、時代どころか瞬間ごとにあるとは思うな。

"実らない恋心・駆け引き"

なんて、源氏物語からの超セオリーな手法な訳だしw

14:もっと人間にとって本質的な要素がそこにある。古い社会だから個人がなかった、のではなくて、古いのに、いや、古いからこそ個人があった、のではないか。いまは全部、売れる売れないの論理で動いてしまっている。そういう論理というのは、結局、最大公約数的になってしまうものです。(三浦展)

なってるなw

鶏卵だが、生活者自ら "属性" を探してたりするからな。

と、同時に 「おいしい食べ物は好き」 的な金関係ない当たり前な共通性もある訳で、AZZLO的には "人はより良いSEXしたい為だけに生きてる" 思考基軸がある。

そぉいう普遍的な事からは目を背けて、ちまちましたマーケティングという労働疲弊履歴で停滞している様に感じる。

エロ軸で言うとならば "全員おっぱいが好き!おっぱい分かりやすいのは巨乳♪" になりがちであり、"貧乳好きも居る" というのを忘れて 2次元的思考で短絡的だと思う。

15:堤さんが経営者でいらっしゃった頃、百貨店には文化があった、と言えると思います。文化催事なども積極的に進められていました。イオンとかになりますと、そういうものが何もない。そこが決定的に違います。(三浦展)

幼少の頃を思い出すと、どこの百貨店も "なんちゃら展" みたいなポスターが入り口に張ってあった気がするな。「なんでモノ売るだけのスペースでアートとかやんのぉ?」 って思ってたかも。

その点、イオン的な場所は、ひたすらに実用性だな。

近年の商業施設では 「文化発信基地として・・・」 みたいなお決まり台詞を聞く事が多いが、何発信してるのか全然AZZLOは知らないんだよなw ニュースにもならないしw

おそらくセゾン・西武百貨店を考えると、"百貨店内" はそら売り場でしかなかったのだが、施設外への投資があったと思う。トレヴィル (出版社) とかやってた訳だし。

対して昨今の 「文化発信基地として・・・」 な商業施設は "スノッブな雰囲気のする売り場" として勘違い継承してるだけに思えるかな。

スノッブ層から金を巻き上げる為の狙いだったら良いが、本気で "文化発信基地" と思ってたら、"犬が自分のしっぽ追いかける的事象" だなw

16:美術館の地域の中でのあり方を勉強しなければと思っています。というのは、「いい美術品があるぞ。恐れ入ったか。心して見ていけ」 みたいな感じのところが多い。そういう美術館があるのは仕方がないけれども、もっと地域とコミュニケーションのある美術館、あるいは美術館的な空間があってもいいのではないかと、思い始めています。(堤清二)

軽井沢のセゾン美術館は、車じゃないと行けない感じの場所だったが、中にカフェあって普通ぅ~~な旅行ファッションの人たちや、家族連れなんかも居た。グッズの売り場も小さくてスノッブ臭なかった。

そして 「帰ってきたぁ~♪」 感あったな。ま、そんなテンションだったからというのもあるがw

六本木ヒルズの森美術館とかはその真逆で 「恐れ入ったか。心して見ていけ」 だなw

17:いわゆる二流以下の大学の学生ほど、一つのことしか知らない。昔なら、東大生は秀才で一つのことしか知らなくて、早稲田ぐらいがちょうどいい、というイメージでしたが、それも怪しくなってきた。ある大学の先生の話ですが、大学の図書館にピカソの絵が飾ってあったので、「これはピカソの絵ですよ」 と言ったら、学生たちが 「ピカソって誰ですか?」(笑)。(三浦展)

ありうるな (笑)(堤清二)

ピカソ知ってるかどうかはどうでも良くて、見た上で何を感じるか?の方が大事だと思うな。そして知らない時に知ったかぶりしないのが良いと思う。改めて大学ごとの印象を書いてみるが

東大はトップ学歴な訳だから、コンプレックスが無くて素直な人多い気がするな。ノブレス・オブリージュ知ってそう。AZZLOが変な事言っても 「ま・・・w そぉいうのもありますよねwww」 と返してくれる感じw

早稲田は "ノリが良い" とは言えて、普通の組織では一番馴染めるキャラの傾向が強い気がする。言いなり奴隷として活用するには一番良い印象。

慶応は一番 "論理性高くて勉強出来る系" だけど、同時にスノッブ臭が強いなw

18:日本は相当高い食文化をもっているはずなのに、なぜファストフードが燎原の火のごとく広がったのか。これは食文化論として、たいへんな重要なテーマだと思いますね。(堤清二)

"食事に時間をかける人は暇な人"

的なイメージ作りの上で経済市場拡大したかったんじゃないかなぁ?

そして日本人が日本食を食べなくなる分、食材を高く海外に売りたかったんじゃないかなぁ?

19:生活の二四時間化が日本人の暮らしをすごくゆとりのない、貧しいものにしたと思います。これがわたしのファスト風土論のテーマの一つでもありますが。本来スーパーでもコンビニでも百貨店でも、人々の生活を豊かにするためにあるはずです。しかし正月も休まず二四時間営業となると、働く方は生活が解体していく。買う方も、生活にゆとりや落ち着きが、かえってなくなっていく。生活を愛せない人が増えたと思うんです。(三浦展)

元旦セールとかは、買う側にも迷惑だろうからなぁw 目先の経済の為に犠牲にする事が増えたのはAZZLOの世代でも感じる変化だ。

20:「体制」 というものを考えたことのない、まじめなビジネスマンが揃っているところで、「反体制」 なんて言うと、みんなびっくりしちゃうんですね。でも、ビジネス上は、わからなくなって、かえってよかったかもしれない (笑)。(堤清二)

www。

そもそも "従業員" であれば、体制もろもろ与えられるもので変えれるものという概念が無いからな。

21:決まって勉強していない政治家が、「伝統を重んじろ」 って言うんですよ。これは困る。こんなこと言われたら、若者が伝統嫌いになってしまいます。本当の伝統というのは、「伝統を打倒してやろう」 というエネルギーが働いて初めて生気を吹き返すもの。上から、「君が代を歌え。国旗を仰げ、両親を大事にしろ」 なんていうのは、結局、教育勅語に行き着きかねない。(堤清二)

www。

多くの場合伝統とか文化って "過去に作られたモノ・過去の習慣" なだけで、今それを重んじたら、どう良くなるのか全く分からないもんだからなw

そして真面目に伝統を重んじて調べたら 「伝統を打倒する伝統が重要な伝統でした・・・」 という事になると思うw

規律・思想として普遍的な事はあるハズだが、スタイルの伝統は変えていかないとな。今から "縄でウンコ拭き取る" を誰が望むだろうか?w

22:社名がないと通用しない人は、有印。外国の人と議論していると、「○○さん」 とは言うけれども、「○○会社の○○さん」 とは言いませんよね。「電通の山田さん」 とか 「博報堂の木下さん」 という言い方はしないですよ。そういう意味でも、その人が社会の中の存在として自立しているかどうか、無印人間かブランド人間かは、その人を見るときの基準になります。会社の名前はブランドと同じ。「よく言うようなあ。自分ではブランドを五〇も輸入して儲けておいて、今度は反ブランドでまた儲けようというのか」 と言われると、相すみません、という感じ (笑)(堤清二)

"サラリーマンは企業の歯車だから" という理由があるかもな。その人が辞めても大丈夫な範囲しかやってない訳だからw

「○○広告のAZZLOですっ♪」

っつって名詞出すと背筋が正しくなる人とかホント信用出来ないんだよなw AZZLOが電通か博報堂だったらまだ分かるんが・・・w

23:お金持ちのところにはこっちは興味ないわけ。新進の、まだ食うや食わずのアーティストの卵がいるところの方が好きなんだなあ。そういうところを歩きたい。(堤清二)

堤清二自身が "電鉄もらえると思ってたのがまさかの三流デパートしか貰えなかった" 挫折を知っているからだろうな。

成り上がりよりも、元が高い所に居た上で転落してるからw その落差は激しかったんだろうと思う。

そぉいえば 新宿南口の高島屋の場所がまだ更地だった頃、西武百貨店も出店意向を表明して、新宿南口まで西武新宿線が延長する案 があったみたいだが、仲が悪いと評判の弟 (西武HD) とそぉいう時は力を合わせたのかなぁ。

24:日本人は、ことにビジネスマンはほとんど実行しないみたいだけれど、その国を知りたいと思ったら、たとえばアメリカだったらウォール・ストリートとワシントンにだけ行ってたって、絶対だめ。都会で言えば、ソーホーみたいなところだとか、できれば、車で地方に行きなさい、って言うんですね。車で地方に行かなかったら、大きい国は絶対にわからない。(堤清二)

AZZLOは田舎 (実家)というのが無く、今のセントラル暮らし以外を見る機会が非常に少ないので、SAYAちゃんに会いに高崎に通うのは、マーケッターとして凄い良い経験だったもんな。

2011-01-01 16-30-31

こんな景色が日常な人たちの方が多いハズなんだよな。

25:絶対に一人でないといけない。ただ、何かを探して、やむをえず歩くことが多いですけどね。それからテレビなどで見て、「一度行ってみよう」 という感じ。できれば、同じ街を三年に一度ずつくらい歩きたい。(堤清二)

20代の頃によくやっていた目的の無い散歩は、色々な発見があったなぁ。東京が更に嫌いになってきて引き篭もりになって全然やってないが・・・。(都内で電車にも乗りたくない)

26:上流の人にもいろいろと苦労はあるでしょうが、彼らは黙っているんですよ。下流の人は、「俺は下流だけれど自由だぜ。そういう誇りの方が大事だ」 などと、つい言ってしまう。自分流で、しかも下流でなかったら、もっといいんじゃないの、というのは嫌味にしかならない。 (堤清二)

www。それAZZLOだw

いずれにしても、普通な会社の上流は苦労の方が多いように感じるな。年収700万~3000万あたりが、手取りと責任のバランス悪い感じする。

27:いまの若い男性は趣味がものすごく少ない。ゲームしかしないんですから。いま、映画館も美術館も、来ているのは女性です。本を買ったり、いい服を着るのが快楽であったとすれば、そういうものが失われつつあるいま、男性は何に快楽を求めているのだろうか。(堤清二)

ニコニコ動画 (笑)。お笑いとか。非日常で、「がんばった感がないもの」、あたりですね。(三浦展)

そうなると、人間退化しないかと心配になりますね。(堤清二)

文化的にね。おじさんとしては、若い人たちにもっと文化を教えなくてはならないと思っています。ピカソを知らないなんて、セゾン美術館が成り立ちませんよ。(三浦展)

まぁ美術館のマネタイズは難しいだろうが、役割を終えて頂くのも文化なんじゃないだろうか?w

そもそも文化って美術館に格納される前に既に露出しているコトだと思う。

"コンピレーションアルバム" の大半が既に終わっている事と同様かな。"ごった煮コンピレーション" は今に近いけどな。

"文化を教える" ってのもよくわかんないな。文化はリアルタイムに発生している事でしかないのでw "記録をオススメする" だったら出来るけどな。

"がんばった感がないもの" や "お笑い" は、狙ってやってる訳で、狙いを達成できるアウトプットは好みは別として良い創作活動だと思う。

ニコニコ動画も、趣味のニッチ促進がネット普及しかり起きている中で "共有体験" は薄いけど出来るんだから、無いよりは良いと思う。ホントはリアルで偶発的に体験出来るのがベストではあるが。

ゲームについては、若い男子において男性的 "狩" のモチベーションはリアルでは 「あれダメこれダメ」 だからゲームに走るのだと思う。

2014-03-10 19-38-12.jpg

現実ではスキルアップしても、大きなフィードバックがないし (給料上がらないモテない)、そもそもミッションが面白くないんだろうな。ゲームだと 「姫を助ける」 とか困っている人や姫をさらった敵があるからモチベーションが続くのだが。

大半の労働は

"ジャイアンコンサートの仕込み業務" (椅子セッティングしたり・・・)

みたいなもんだから、通常は、やる気起きる訳がないし自慢したい事にもならないw

2014-03-10 19-38-41.jpg

ミッションも微妙でモチベーション上がらない上に、上司にdisられたりしてれば、そら設計されたゲームに没頭するのも理解出来るんだよな。

これは若者がダメなんではなくて、ポジティブな設計をしない・阻害する利己的なおっさん達のせいだと思う。

28:「わたしは日本社会に生まれたばかりに、あらゆる可能性の芽を摘まれた、という思いがあるの」 と言うんですね。日本は、女性が才能や能力を発揮しづらい社会なんですね。※堤清二の妹の発言 (堤清二)

そぉいうケースもあるが、全女性には適応出来ないと思う。"子育てこそが満足" という女性だって居る。

今の若い女性は 「ワタシの可能性とかやりたい事ってなんなんだろう・・・?」 ってな事で悶々として苦しんでいる人が非常に多いように見える。

"ワタシの可能性" に早く気付た・整理出来た人は、近代の日本では確かに "摘まれた" 部分はあると思うが、「"知らぬが仏" で良いんですか?」 という投げかけはありがた迷惑に機能する場合もあるw

29:男性の場合は、それこそ三井や三菱などの大企業ではとても雇ってもらえそうにない連中がいっぱいいた (笑)。わたしは、セゾングループがかなりの数のフリーターを吸収していたと思いますね。逆に言うと、セゾンがなくなったからフリーターが増えた (笑い)。七〇年代だったら、それこそ高円寺で古着屋を始めるとか、西荻で喫茶店を始めるとかできた。八〇年代は会社の金で遊べた (笑)。九〇年代以降は遊びようがない。「生きづらさ」 なんていう言葉が流行っていて気持ちが悪いですが、実際、社会に隙間がない。なので、生きづらいというのも無理はないかと。(三浦展)

そぉいう人たちの "収容所" 的な "成人の幼稚園" 的な場所は必要だと思う。

某チームの人が言ってたが 「ウチは社会不適合者ばっかだからw すぐにAZZLOさんの言ってる要望に対応は難しいのよwww」 ってな事言ってる企業が成長してるからな。

そして多くの人にとって生活は娯楽も含めて "タスク" って感じするな。

facebookでリア充アピールして、人の投稿にいいね!して、カノジョが出来ても仕事忙しくて文句言われw 息抜きで出会い系やってサクラとのやり取りに疲弊してw ハロウィンは仮装しなくちゃならないし、クリスマスイブは女子を誘わないといけないし、相手が居なければ友達と集わなければならない・・・w

経済の駒って感じするな~・・・w

30:一九世紀アメリカのキャサリン・ビーチャー (『アンクル・トムの小屋』 の著者ストウ婦人の姉) の 『家庭経営論』 (一八四一年) では、主婦とは、家政という経営を任された非常に優れた女性の仕事である、と主張されたようです。もちろんその時代から、一方では家に閉じ込められているという面もあったでしょうが、むしろ主婦という立場は、当時は女性の解放だったんですよね。しかし戦後、「自己実現」 「個人の自由」 という意識が拡大して、これは本当の自由ではない、という意識が強まった。

そうした意識の強まりと同時に、家電製品の浸透などがあり、女性に暇ができた。自分で家事をしていたときには、家事労働を通じて家をコントロールしているという喜びがあったかもしれませんが、全部機械がやってくれるようになるとそれがなくなって、かえって空しくなる。 (堤清二)

AZZLOは "主婦とは、家政という経営を任された非常に優れた女性の仕事" だと思うな。

子どもの物理的世話ではなく、人格育成に密接なポジションだし、

2013-10-17 13-34-51.jpg

2013-10-17 13-36-27.jpg

旦那にもおっぱい×おま○こでやる気を出させる訳だしなw

主婦の心の充足という面では

11:ホットケーキミックスは、当初の狙いと逆行するようだが、卵を入れなければつくれないように商品を設計しなおした。その結果、急に売れるようになったという。

技術的には省略することができるにもかかわらず、「卵を用意して加える」 というひと手間をわざわざ増やしたことで、それが主婦には料理に関与した充足感を与え、怠けているわけではないという自分自身への言い訳を成り立たせたのである。

な訳で、現代は心の充足と引き換えに経済を回しているんだよな。

凄く真面目に考えているのだが、経済と心の充足をポジティブに回すには "女性のフェラテクニック" の向上が一番キクんじゃないかなぁ?w 義務教育で取り入れた方が良い気がする。

31:ソニーの盛田昭夫さんが、「堤さん、不眠都市を作るんだ。もうたいていのマーケティングは開拓されちゃった。開拓が遅れているのは、人間の寝ている時間だよ。その時間に活動させれば、少なくてもあと三分の一くらいマーケットが広がる」と。わたしは、「それはどうなんですかね。ちょっと理解できないな」 と、喧嘩みたいになった (笑)。 (堤清二)

これは池袋のサンシャイン60を作る前の議論らしいのだが、ファミリーマートしかり結果的に不眠都市になったよな。

そして 今後は、アカウント経済圏を作ることだとAZZLOは思う。今の言葉で言うならば "大量のワトソンの社会" をリアルと別に作れば、とりあえず経済圏がもう一つ出来るw しかも短期に無限に拡大出来るw

ソーシャルゲームって半分そぉいう事だよな。

32:わたしは、六本木ヒルズも表参道ヒルズも、「都市のイオン・モール」 だと言っています (笑)。客を一切外部から遮断し、内側だけ見て歩いて、ものを買って帰ってください、そういう構造ですよね。~中略~

品川でも大崎でも、開発はみんなそういうパッケージ型。パッケージ型の対局がパッサージュ型です。パッサージュ (街路) をどんどんなくしていって、みんなパッケージの中に閉じ込めるというモール型手法が都市にまで及んでくるのは問題だと思う。都市はパッサージュ的でなければいけないんです。駅ビルもいまは駅地下、駅中開発によって、どんどんパッケージになってしまった。JRも悪い。駅から出さない、全部駅の中ですませさせるという、開発の仕方になっている。そういうふうになっていくと、都市文化の衰退につながると思います。(三浦展)

同感ですね。パッケージ型商業ビルは、「誤れるモダニズム」 だと思いますね。ここはビジネス街、ここはショッピング街、ここはレジデンス街、という分け方自体が人間性に反する。ビジネス街は、夜になれば人気がなくなり、死の街になる。強盗事件が起こっても誰もわからない。 (堤清二)

さすがに表参道ヒルズが出来た時に 「商業施設もう要らねぇよ・・・」 と思ったな。中入った事ないし、渋谷ヒカリエも中入った事ないw

大宮の駅ナカとか 「!?オレ改札出てたっけかぁ?」 と混乱するほど充実していて、新幹線の乗り換えで15分ほど時間があるとかの時に便利なんだが、そもそも地面に降りてない訳で土地を感じない移動になった気がした。

東口とか泥臭くて面白いんだけどな。

表参道の駅ナカはアホだと思うw 人多くて地下鉄の空気が紛れている場所で飯とか食いたくないw 小奇麗なお姉ちゃんばっかなだけに、余計理解出来ないw ネーミングも中途半端に響きが綺麗なだけにダサいw

地下で完結出来るから "シェルター" とかパッと思いつくが、"女性向けだから生理用品みたいなネーミング" は女性を馬鹿にしてる気がする。"女だからピンク" とかも同様。

この事象は "必ず開発会社が儲かる仕組み" の為に "一つの建物にしちゃえ♪" という目論見なんだと思う。

四半世紀尺度のビジネスとしては真っ当だと思うがw 多様性は削がれるんだよな。カルチャーを発生させる揺らぎが無いから、既に達成した輸入モンに頼る導線が強まるw

場所は金で解決出来るが、中身の魅力はまた別だからな。

33:越谷のイオン・モールでは、子どものおもちゃ売り場に監視カメラが五つぐらいついている。それで守っていますよ、と言いたいわけなんでしょうが、いかに変な人が来るかということでもある。そして、いかに都市的な自由から遠いかということです。(三浦展)

www。

「怪しい格好をしてイオンモールに行くと捕まるのだろうか?」

という遊びしてみたいなw 万が一捕まって、ワイドショーに

「悪趣味ですねぇ・・・。」

と言われても個人的には大丈夫だが、一応普通の会社員なのでマズイんだよなぁw 誰かの顔に泥塗らない範囲で遊ばなければならないと思うw

LIGブログの菊池さん とかにやってもらいたいな♪w

まぁ抑止力という機能もあるし、「町中監視カメラ付けて欲しい」 という意見もあったりはする・・・w

しかし "監視カメラ無いところではしたい放題♪ 文句言えません" 的になる側面があるんだよなぁw

34:いま一番遅れているのは、都市計画と建築ではないでしょうか。ただ、そういう都市が普及しているから無印が売れるというのもあるでしょう。その補いとしてね。(堤清二)

都市計画はダサいと思う。大企業の思惑が無いであろう蔵前の動きの方がずっと面白い。

企業が所有している土地の範囲で開発されるから、"一線越えると何もない" みたいな事多発してるもんなw

大概 "子供から大人まで♪" とか言ってるのに、幼児の託児所はあれど、プログラミング教室のスペースや、バーやクラブもあるべきだと思うんだが。パッケージ型だったらそぉいうのも無いとな。

バーやクラブは都市機能として不可欠だと思うんだけどな。クラブで言うなら極論ソウルトレインでももう良いと思う。とりあえず "爆音×酒×ミラーボール" でも、もう良いからw "薬局" と同じレベルであるべき機能だと思う。

35:ファミリー・レストランが近くにできれば、主婦が料理をしなくてすむようになるんだから、よほど世の中のためになると思っていたけれども、最近疑問が出てきましたね。ファミリー・レストランが家族の団欒を破壊したという面もあるでしょうから。(堤清二)

"ファミリー以外お断りレストラン" という原点回帰な店舗とかやってみて欲しいよなw

大概都心のファミレスは、タクシードライバー用のカウンター席を用意しているが、あんなもの要らないと思う。あのカウンターに居る人たちの背中、悲壮感半端無い・・・。

36:いま一番画一性を感じる場面は、天皇家崇拝でしょう。これは世界的に見ても、驚異の画一性です。昭和天皇がご病気になったときに、三ヶ月ぐらい、誰も命令していないのに歌舞音曲は自粛。テレビのコマーシャルでも、どんどん表現が抑えられていきました。それを見た外国の大使、行使が対日認識に自信をなくした。

わたしに電話をかけてきて、「来月大蔵大臣を来日させていいだろうか」 、などと聞いてきた。最初は何を聞かれたのかわかりませんでしたね。(堤清二)

意図的な演出もあるのだろうが 「みなさまの・・・健やかな・・・健康を・・・お祈りしております」

AZZLOにおいてはそれしかないんだよな。それに皇室ジャーナリストの "似合わない帽子" のイメージが強いw

ま、日本のヒエラルキートップは首相じゃなくて天皇だもんな。ヒエラルキーに従順な日本人であれば当然だと思う。

日本人が知らない天皇陛下の権威

ちょっと調べてみたが、"お祈りするのが仕事" って書いてあったw

そして日本だけじゃなくて世界的な偉いおっさんなんだな。昭和天皇は

"LSD食いまくって戦争没頭した"

という噂を聴いたことがあったがw そうではない噂もあるんだな。(そら事実はわからん)

すげ~~~~~~偉いのは分かったが、国旗振りに行くモチベーションは全然わかんないな。自分らもお祈りすれば良いと思うのだがw

37:中国の人から、「我が国も日本のような社会主義国を作りたい」 と言われて、びっくりしました (笑)。「日本は自由市場経済ですよ。あなたのところは共産党の枠の中での市場経済でしょう。だから、中国の方が進んでいるのではないですか」 と、少し皮肉を混じえて言うと、「そうでもないから問題なんです」、と、奇妙な話になる (笑)。(堤清二)

旧ソ連からも

2014-06-02 00-39-52.jpg

って羨ましがられたみたいだからなw

今の日本の歪は社会主義からガチ資本主義への移行で歪が多い時代なんだと思う。その歪とネットコミュニケーションの多様化によって共産主義的な思想も混じっていて余計グチャグチャだと思うw

38:資本と労働は、対立しているのが平和な状態だ、と思うんです。対立して妥協点を見つけ出せるなら、その方がいいからです。不安をもちながら、それを押し隠しているのは、不健康な平和状態、擬似平和です。(堤清二)

おぉ。それ大半の企業に言えるよな。

偉いおっさんは

「オレの言ってる事・・・アホだと思われてないかなぁ・・・。」

とビクビクして、下々は

「アホって言ったら怒られるかなぁ・・・」

とビクビクしてるw

そんな状態で儀式的な対話をしても、

「やっぱオレは偉いからアホではなかった模様だ♪」

と偉いおっさんが短期的な安堵感を得るだけなんだよな。



その点AZZLOは、ココだったり対面で 「アホ!!! 」 とは言わないがw 疑問と解決手段は出してる。ホントに解決出来るかはそら分からんが、一つ検討できる手段は出しているし、個々の案件においても同様だ。

その上で、

「そもそもその疑問はAZZLOしか感じてない、気にし過ぎだってばぁw」

「その手段では○△□な理由で解決出来そうもない。故に実行しないもんね♪」

なんなりをやった上で、より次の洗練された解決手段なり、まだ見えていない課題を見つける事になると思うんだけどな。もちろん場合によっては

「なるほどね!やってみようか♪」

ってのもあるだろう。

対立っつぅと "ケンカ腰" な雰囲気がするが、対立を避ければ避けるほど、上記の "ビクビクループ" になっちゃうと思うw

常々言っているが、そのループで儲かるなら良いと思う。

39:当時の西武鉄道の幹部は、思いっきり時代遅れでした (笑)。

それで、「いい組合であれば、あった方がいいことがわかりました。ただ、男性社員だけの組合を作ることにします」 と言ってきた。こっちは、あっけに取られたわけ。「どういうことですか」 と聞くと、「女性はハンサムな男が出てくるとみんなその人の言うことを聞いてしまう。それは非常に危ないので」。いくらあの時代でも、経営者、それも名だたる私鉄の重役たちが、そんなことを平気で言うのには、正直あきれ返りましたね。(堤清二)

www。

むしろ最強は頭の良い美女であって、峰不二子なんだけどなw 異議を自分の言葉で言えるのは男性よりも女性の方が多い印象。

ただし若い女性と、こじれた女性は、平均的男性よりも画一的というか、転がすのは簡単だが、"光と影" がある判断には保守的な傾向を感じる。

そしてヒエラルキーに従順なのはむしろ男性だけどもな。

40:清水眞砂子さんが、学生に 「人を罵倒する言葉を挙げなさい」 と言ったら、「きもい」、「死ね」、「うざい」 くらいしか出てこなかったというんです。「おまえの母ちゃんでべそ」 でも、「あんぽんたん」 でもいいんですが、人を罵倒したり、罵倒しつつも愛着をもつようないろんなニュアンスの言葉がたくさんありますが、ヴォキャブラリーが少ないと思うんです。つまり、いまの若者は皮肉を言うことさえできないんじゃないか。わたしは皮肉ばかり言うもんだから嫌われるんです (笑)。(三浦展)

ぼくが嫌われるのも無理ないな (笑)。(堤清二)

AZZLOが嫌われるのも無理ないなw

皮肉ってセンス必要だよな。近年そぉいうの全然聞かないな。ココは結構皮肉まみれだと思うがw 改めて考えてみよう♪


ふと思いついた言葉だが、おそらくどこかで起きた事だと思うw

「お前の母ちゃんのパートって、ふなっしーの中の人なんだって?」

「そうなんだよ!!!実はねw」 と話したくなるのが罠だw

「どうせ股間にティッシュ付いてるくせに!!!」

「!!!そ・・・そうかもしれない。でも証明するには脱ぐしかない・・・。万が一付いてたらどうしよう・・・。」というもどかしさで人をよりイライラさせる事が出来るw

「高いワイン飲んでスノッブぶってる日本人は、フランスにとっちゃ "奴隷からの搾取" だろうね。3年住んでたAZZLOが言うんだから、住んでない貴方よりは信憑性高いでしょ?」

自分で書いて気分悪くなるぐらい嫌味だな・・・w

間違いなく言えるのは、日本のワイン嗜好はフランスの現実とはかなり違うw 銘柄とか年数とか覚えてるヤツなんて日本で "電車のモハなんちゃらは、あの工場の何年製造" を言える鉄オタぐらいの確立しか居ないしw ワインがその場の主役になる事なんてフランスではない。主役は人なのだ。

高いワインでも安いワインでも "飲んで楽しかったヤツ勝ち" なんである。

酔った上でスノッブし続けるの結構大変だと思うしなぁw

あ、その点

"酷い音でも楽しかったクラブイベント"

"良い音だけど一人ぼっちのAZZLO宅"

も、ちょっと違うけど、傍から見たら同様だろうなぁ・・・w

41:女性の中には、その危険を理解していた人もいると思います。わたしは、均等法は諸刃の剣であることが、すぐにわかりました。均等法で女性にも男性と同等に仕事ができる可能性が開かれました。しかし現実には、子どもを産んだらどうするか。苦しい労働条件の中で、体を壊す女性でも出るだろう。可能性だけは開かれましたが、女性にとってはたいへん過酷な世の中になったんです。当時、均等法導入に反対していた女性団体もあったと記憶しています。~中略~

それがその後、女性自身の予想をはるかに超えた 「男女平等参画社会」 が実現し、その結果、「おひとりさまの老後」 が待ち受けている。(堤清二)

8番でAZZLOが書いた事は、この指摘を覚えてたからかな?

そもそも女性上位社会だったのを労働部分だけ均等にしたら女性が苦しむのだ。"お腹痛い痛いウィーク" でパフォーマンスダウンすら許されないのだ。全く酷い話だw

そして核家族化・おひとりさま化の方が一人あたりの経済活動という駒は大きくなるが、駒の数が減っちゃうんだよなw

子供を生み育てるという当たり前な生活すらも、託児所やら経済に取り込まれてしまったし。

特に女性は産んだ子はがっつり身近で育てたい傾向は男性よりも強そう。"自分の企画は自分でプレゼンする" 的な事だと思うw

託児所がどんなもんなのかよく判らないが、"がっつり親が居る" か "孤児" のどっちかが良いと思うなぁw 中途半端なの良くないと思う。その 極論に達さない為に "親の親" (じいちゃんばあちゃん) の介入が必要だと思う。

2013-07-21 02-14-49

2013-07-21 01-18-09

2013-07-21 01-18-25

2013-07-21 01-18-48

2013-07-21 01-19-06

2013-07-21 01-19-18

2013-07-21 01-20-49

そもそも両親だけでは無理なのは明白w

AZZLOにとっての社会的子宮は幼少時期はロータリークラブ 、少年時代はDJクラブ だったな。最近だとデニーさんのハウルがそうだった。そぉいう 何かしらの同年代だけではなく "主に年上と接点が持てるコミュニティー" が子どもには必要だと思う。

先輩たちの生き様を見て、自分がその年齢になった時に比較する事で、検証・精査が進むと思う。

42:テレビや新聞の示す日本中の最大公約数は、シンプル族にとってはちっとも公約数ではないんでしょうね。しかしだからこそ、一方で、「公約数と言われているもの」 に対する意識は強まるとも言えます。つまり、公約数が、シミュラクル (オリジナルのわからないニセモノ) 化している。いま、「定番」 とか、「お決まりの」 とか、「お約束」 とかいう言葉が流行っているのは、みんなが本当の公約数、常識を知らないのに、「公約数のようなもの」 を想定したいと考えているからです。本当に公約数かどうかではなく、「これが公約数と言われるものでしょ」、というものがいまは強く求められている気がします。(三浦展)

信じる者は救われるってヤツだな。

43:パルコのときに、増田さんといつも編集会議をやっていました。あるとき今回の日本テレビの 「バンキシャ!」 と同じようなヤラセ事件が起きたんですね。それで、ヤラセ社会を分析したい、と言ったら、「ヤラセが問題なのではなくて、ヤラセをさせるとそこにいる普通の人間が 『やろう、やろう』 と言う社会が問題なのではないか。ヤロウゼ社会なのではないか」 と言われました。これはなかなか鋭いアイロニーだな、と思いました。自分たちを乗らせてくれるヤラセを待望する大衆はたしかに存在しています。(三浦展)

乗じて楽しむということですかね。どうも、あまり上等とは思えませんね。(堤清二)

連れション性分・・・w "ギブミーチョコレート" から始まってるからなぁ。

そして日本人ほどマーケティングを通過したコミュニケーションが横行・やりやすい国民も珍しいかもしれないな。

"モテる為の10か条"

的な記事や本をいまだに見かけるが、そこから分かるのは "ヤラセを信じれば、ヤロウゼも通用する" という信仰になってるんだろうなw

44:そのエリアだけに流通する地域貨幣というのが、だいぶ注目を集めてきています。預金機能などをもたせなければ法律には触れない。地域だけの貨幣があると、中央集権志向はだいぶ変わるのではないかと少し期待しています。(堤清二)

"ふるさと納税" とか少しそぉいう事に繋がるのかな?

日常的に使う貨幣ではなく、為替市場と連動する経済という面での指摘かな。

途端に島根県円が急騰したりとか面白いよなw

45:正社員になんかなりたくないよ、次はハンズで働きたいよ、と言ってる人の方が、次に何が売れるかわかる人なんです。どうしても正社員にしてくれ、というのは管理型の人で、これから売れるものなんてわかんない人なんですよ。すぐに辞めそうな人の方が面白い。~中略~

いま正社員になろうとしている人は、安定した長期的な雇用のためなら、いやなことでもやると言うはずです。(三浦展)

そうだよな。AZZLOは "代理店の子会社の正社員で本社に出向している" 訳だが、"本社社員ではない" ので、"いやなことはいやと言う" ロジックだ。

そもそも "本社社員が豪快に 「いやっ!!!」 言うてる" からな。AZZLOは5倍ぐらい言わないとなw

46:大学をどうにかしないと、地方分権とか、地方に人を呼ぶとかは、難しいですよね (堤清二)

大学は地方の拠点になりえます。文化的、精神的拠り所。地方は、都市部に先んじて高齢化が進んでいますから、地方をよくするためには、若い人を増やすことが不可欠。定年後の団塊世代なんて来てもらっても困るはずです。(三浦展)

その点若い人も地方移住を進めてたりするな。

島根県海士町 とか、勢いよく増えているらしい。

48:国立学園の卒業生は、入学試験では素晴らしい成績なのに、元気がなくて、だんだん成績も落ちてしまう、と言うんですよ (笑)。全員がそうだというわけではないのでしょうが。それで、思い切ってカリキュラムを変え、図画工作、体育、音楽を、一週間で三、四コマ増やしたんです。そうしたら、PTAに呼び出されて、そんな意味のない学科を増やして、うちの子が一流大学に入れなかったら責任を取ってくれるんですか、と詰め寄られた。

ビジネスマン時代にもいろいろな経験をし、労働組合を反対されたときにも驚きましたが、このときも驚きましたね。卒業生の追跡調査から、小学校のときに知能ばかりを要求すると、人間としてその後の伸びがなくなることがわかったので、カリキュラムを変えました。みなさんの子どもさんの将来を考えてのことです、と説明したのですが、わかってもらえないんです。親御さんとしては、自分の子どもが一流中学校へ行っていることを自慢したいんですね。「うちの子どもは、相撲取りにするために国立に入れたのではない」、と怒られて、こちらも切れちゃった。納得できなければ転校なさって下さい、と言った。(堤清二)

学歴偏重は、そぉいう親のお仕着せから生まれてるよな。自尊心の担保は違う所でやってもらいたい。

2014-03-10 19-52-17.jpg

2014-03-10 19-45-01.jpg

2014-03-10 19-45-51.jpg

そんなんで育った子どもは、また自分の子孫にそぉいうお仕着せを強いる。 "エリート家系" として自尊心をケア出来るだけだ。

49:国際的というのは、英語を話すことではなくて、違う文化の所有者を理解しようとする心構えをもっているということです。(堤清二)

そう思う。そぉいう感じの人は 「教養がある人」 みたいに言われてると思う。

共感は無理でも把握はしないとな。そうでないと差異を認識する事にも繋がらない。

そもそも日本人同士でも "同じゴール目指してたけど道順が違った" 的な事は当然ある訳で、"同じ道順だけど最後にジャンプしたいか?体育座りしたかったか?" の違いもある。

例えば "ヤンキーって意外とイイヤツ" ってのは "道順が違うけどゴール同じ" みたいな事だし、その一致性を発見した時の快感ってデカいんだよな。

AZZLOがこの快感に気付いたのは、フランス在住時に家でJupiter Jazzを聴いてた時に、

「オレワー・・・ソラトンデルニナッテルノ・・・キョク!!!」

とジャンマリーが言ったんだよな。

テクノのノンバーバルコミュニケーションに気付いた瞬間だったし、言語も人格形成背景も関係ない繋がりが起こった経験だった。

AZZLOが一番のトランス曲だと思っている CO-FUSION / FRONTIER (ATOM MIX) で、同時にLSD5個、エクスタシー3個とか、日常的に嗜む友人のレナルドが、頭抱えて悲鳴あげてフロアで転げ回ったんだよな。この事象も "ノンバーバル・マルチカルチャー" を実感した瞬間だったな。

もちろんフランスに居ると常に 「C'est boぉぉぉn!!!」 言ってワイワイやってる訳だが、聴覚でマイナーなテクノでw それが起きた事にビビル17歳のAZZLOだったのでした。

50:わたしは高校全廃論者さんです。高校は、専門知識を身につける大学に行く人が勉強するためだけ必要なのであって、その他の子どもは、中学を出たら専門技術を学ぶ学校に進学した方が、手に職はつくし、いいのではないか。みんなが大学に行きたがる気持ちもわかるが、これだけ世の中が変わってくると、大学を出ても職があるとは限らない。(三浦展)

義務教育が終わってんだから、そもそも次は専門なんじゃないかな? "専門じゃない高校?" というのが存在している事が論理的におかしい気がするw

更に義務教育なのに教科書・制服に金払わなければならないとか意味不明だしな。給食はまぁ金払っていいと思うが。

会社員が "自腹でスーツ買わなきゃいけない" とかも意味不明だよな。

高校・大学行く理由が当人のモチベーションと紐付いていれば行っても良いと思うが、大学出てるって事は 「自信ないからスタンプラリーしてました・・・」 みたいな側面がある。そぉいう人は卒業してもその後学ばないから使い物にならないと思う。

51:高卒の資格が欲しくて、なんとなく普通科高校を出たという子どもが一番フリーターになりやすい。目標がありませんから。女の子だとキャバクラ嬢になりやすい (笑)。(三浦展)

行きたい理由、活かす理由がなかった訳だからな。

ま、ただしイケてるキャバ嬢とか、水商売の人は感動する程コミュニケーション能力は高かったりする。どんな業種の営業でもトップセールス間違いないだろうw

52:差別と言うと大げさですが、やはり 「ホワイトカラーの方がかっこいい」 とか、「格好だけでも大卒」 といった意識は根強い。だから、これは冗談ですが、小・中・高の名前をみんな 「大学」 にしたらどうか。大学を九年で卒業したと言ったら、すごい秀才なのか、勉強嫌いなのかわからないんで (笑)。(三浦展)

www。

会社組織の "役職" も全員 "社長代理" にすれば良いと思う。ある種そうなんだし。

53:何年か前に、本を書くために教育のことを調べていたら、アルファベットを全部書けない高校生がいるということがわかって、びっくりしたんです。それを筑波大学の先生に聞いたら 「もちろんそうですよ。平仮名も全部かけませんから」 (笑) 。のけぞりましたよ。(三浦展)

なんでそんな事になってんだ?www

AZZLOも世代平均からしても漢字が手書きでは書けない方だが・・・。(小5ぐらいからワープロで文字打ってたし・・・)

まぁその辺はほぼ知識の領域だから、必要に応じてその後身に付ければ良いもんだとは思うが、"記憶頑張ろう教育" が既に全然頑張れてない って事だよなwww

54:近代化というものをめざして高度成長を成し遂げたことのツケが、いままわってきているのではないでしょうか。本田宗一郎さん、井深大さん、みなさん個性的でした。ところがその後、会社の経営に入っていった人たちは、非個性的な人が多いですね。非個性的な人が、エスカレーターに乗って、えらくなっていった。そのために経済界は、ナンノ意味もない集団になってしまったのです。個性的な人たちが財界を形成していた頃は、面白かったですよ。その人たちが評価する人物に、「あなた総理大臣をやりなさい」 と言っても、なんら問題はなかったでしょう。いまは、財界人が政治に口出しをすればするほど、政治は悪くなる。(堤清二)

"戦後復興" という使命・正義がない世代だからな。それは当然AZZLOも含めだが。

更に戦後は "言いなりで老後も安泰♪" の大キャンペーンがあった訳で、言うならば "個性ない方が幸せキャンペーン" だったと思う。当然の結果だと思う。

55:個人の誇りというのは 「人と違っても俺は大丈夫だ」 ということでしょう。しかし、他人と違うということに耐えきれるのは、ごく少数の人だけでしょう。ふつう、どんな人でも、ローカリティに支えられて、その上で個性を保っていると思うんです。そのローカリティの部分が根こそぎになって、浮遊してしまっているのが、現在の日本人ではないでしょうか。(堤清二)

リアル社会では、ローカリティがローカルヒエラルキーだけになってるからな。当然会社への帰属意識なんて起こる訳がないw

ビッチ女が金持ち男捕まえても、そこに愛なんて無いからな。お互い(男女) の自尊心の担保でしかないw

"与えられているのは出世の可能性だけ。個の尊重とか無い"

みたいな感じだもんな。故にコスプレとか理想とするキャラクターへの変貌願望が強くなるんだと思う。


セゾングループという超大企業のボス、すなわち "凄く偉いおっさん" のイメージとはかけ離れた感じだったな。"店舗のAZZLOを西武渋谷店1Fの路面スペース" に出店させた訳だしw

結果的にタイミングが悪くセゾンは解散してしまったが、終わったからこそ今のAZZLOが興味沸くわけだし、近年では様々な人に無意識領域のバトンを渡した人はこの人そうそう居ないんだろうな。

日本で育った30歳以上の人は、堤清二のわずかなバトンでも全員が受け取ってしまっていると思うw

おそらく西武百貨店しかりセゾングループはスノッブな方々も含めて帰属意識があった様に思う。そぉいう帰属意識こそがブランドだと思うな。

代理店が 「ブランディング」 とか言うとすぐ、「広告じゃないやつ・・・プロモーションか!」 とかになるが、そぉいう事じゃないんだよなwむしろブランディングは手段で言うなら洗練された広告の方がやりやすいと思うし。

もうちょっと早く生まれてセゾンの濃ゆい現在進行形の頃を体感したかったと思う。

と同時に、AZZLOの今後の言動しかり、AZZLO以外の人たちのムーヴメントは起き続ける訳だから、今後を楽しみにしたいとも思う。

2014年12月27日

-読書感想- 初音ミクはなぜ世界を変えたのか? / 柴那典

初音ミクはなぜ世界を変えたのか? / 柴那典

2014年7月頃の読書。

米津玄師 2ndアルバム『YANKEE』発売記念特番

を聴いていた時に、著者である柴那典氏が出ていて、この本を紹介 (宣伝) していたので手に取った。

AZZLOの初音ミク感は、

2013年出会った素晴らしい音楽

ボーカロイド施策!!!・・・を断念。(クラブ文化のダメさ具合)

この辺の記事に書いた通りで、AZZLOが知っているクラブカルチャー的な事が、近年はミク周辺にある (あった) 印象を持っている。


1:しかし、現実は違った。インターネットは、音楽を殺さなかった。

確かに、レコード業界をはじめとして、既存の音楽産業には大きなダメージを受けたところもあったかもしれない。しかし、そこから数年で音楽文化が衰退したかといえば、そうではなかった。結果として訪れたのは全く逆の風景だった。

ネットがあったから kz livetune とかを知れたからな。

そして、音楽業界のマネタイズ部分は、おそらくネットがなくても、今ほどではないにせよ萎んだ気がする。毒がない嫌われない歌詞と日本人好みのコードばかりになった四半期決算尺度でのマーケティングを通過した音楽は撫でてくれてもシコる事は無いと思うんだよな。すなわちエクスタシーには到達しないと思う。

エクスタシーを知れば中毒性を伴ってくるから、より新しいものを求める導線が生まれると思う。AZZLOの "いまだに新譜を月600曲はチェックしている" は完全にエクスタシー中毒だからな。

2:ボーカロイドが生み出した新しい音楽カルチャーとは何だったのか?ボカロPたちを駆動した原動力、ニコニコ動画という場が持っていたエネルギーとは何か?kzや八王子Pが語っていたような 「無我夢中の楽しさ」 は、まっさらな新しい場所で何か面白いことが始まったいるというワクワク感は、何故生まれたのか。

それを考えている間に、ふと、一つの巡り合わせに気づいた。それは、ひょっとしたら 「サード・サマー・オブ・ラブ」 のようなものだったんじゃないだろうか。~中略~

一九六七年のアメリカ、一九八七年のイギリスと同じように、二〇〇七年の日本のインターネットには 「新しい遊び場」 があった。そこには誰でも参加できる、小さな、しかし自由なコミュニティがあった。その中心に音楽があった。

そう考えれば、初音ミクの登場が巻き起こした現象を 「サード・サマー・オブ・ラブ」 と見立てることができるのではないだろうか?

ネット、オタク、ニート・・・だけとは限らないが、その傾向が世の中平均よりも強い方々、ドラスティックに言うと資本主義尺度での弱者の傾向が強い方々が、テクノロジーを武器に吐き出したアウトプットだからな。

ファーストもセカンドも傾向は似てると思う。

3:「ヤマハという会社は、日本の音楽にとても大きな影響を与えたと思いますねヤマハが作ったのは、我々音楽家の "遊び場" だったんですよ。そこに音楽の仲間がいて、切磋琢磨していた。そういう場所だったんです。」

ハードウェアだけじゃなくて、教室とかもやってるしな。

ヤマハ銀座スタジオ

こぉいう場も持っているみたいだ。

もっと若い人が居る街で場持って欲しいと思うな。

4:ムーヴメントはいろんな要素から成り立っていた。社会運動ともリンクしていたが、ドラッグも重要なキーの一つだった。LSDは色鮮やかな幻覚を生じさせ、意識を拡大するツールとして広まっていった。その体験に影響を受けたアートが次々と生み出され、ドラッグが社会を変えると真っ直ぐに信じられた。そのムードは 「サイケデリック革命」 とも称された。

ヒッピー登場以前から、"人の能力を拡張するもの" みたいな認識あったみたいだからな。

他にも要因はあるのだろうが、LSDが開発されてから、社会変化が圧倒的に速くなったんだと思うし、今あって普通のものはLSDの副産物である事が珍しくないみたいだしw

しかし近年LSDの影響を感じるものは減った様に感じる。なんか磁場が一定というか平面的というか、LSDがあれば奥行き揺らぎが出るかっつぅと、必ずしもそうではないのだろうが、サイケな感じないな。泥酔感も感じない。

人ってシラフでもサイケな状態ってあるはずで "高熱の時に見る意味不明な模様の夢" って多くの人がそれぞれある。場合によってはモノクロでいわゆるサイケの多色ではない場合もあるっぽい。

そぉいう自己認識出来ない領域を確認出来るツールという側面はあるのだろうな。

※そんな感じにLSDを捕らえていて超憧れがあるAZZLOはLSDしかりケミカルの経験がない。"童貞の書くエロ小説・漫画の方がエロい" 的な事にチャレンジしたいのだw

5:「当時の若者たちは、人との繋がりを強く求めていたんじゃないかと思います。古い慣習に縛られて、息苦しさを持っていた。『僕一人が幸せでも、それは幸せとは呼べない』 というような共通認識を持っていた」

"僕一人が幸せ" って、おそらく発生しない事だからな。

2014-02-18 23-07-45.jpg

・"今10億円あげるけど、今後一切人とコミュニケーションを取ってはならない"
・"今まで通りです"

だったら、ほぼ100% "今まで通り" を選択するだろうからな。

6:以下は一九七〇年、ニューヨークのティーンエージャーだったアンドリュー・サイドマンが、当時の若者向け雑誌 『セブンティーン』 に綴った文章だ。タイトルは 「アイ・ワズ・ゼアー (僕はそこにいた)」。

ウッドストックに行かなかった人に、そこがどんな風だったかをどうやって話せばいいだろう。一緒でさえいれば、泥だって、雨だって、空腹だって、喉が渇いてることだって、全てが愛に感じられたあの場所のことを、三〇万人が、ずぶ濡れになって、へとへとに疲れて、丘の上で音楽を聴いていた。三〇万人、それぞれ一人一人が、マッチを灯した。それが集まって一つの灯火になって、新しい世代を照らす光のシンボルになっていた。ラブ・アンド・ピースの光。たぶん、実際は何も象徴してなかったんだと思う。でもそれは灯火だった。光だった。三〇万人の、泥だらけでずぶ濡れになって腹を空かせた人たちが、そこには一緒にいたんだ。

"ある日のマニアックラブ、その日は強烈な台風だったので、到着した時点でズブ濡れだったのだが、ミカちゃんが靴も靴下も脱いで快適そうにしていたw AZZLOも脱いで、ミカちゃんが持ち込んだキリン氷結を回し飲みした♪ 足真っ黒になりながらWADAの音で踊った♪"

とか、やや近い話だなw

そしてAZZLOは行ってないが、1997年のフジロックは強烈な台風だったからこそ伝説になってるみたいだしな。

あと覚えてるのはフランスに居た時、「地方でレイブイベントがあるから遊びに行こう!お金は大丈夫♪」 とフランス人に誘われ、TGVに無銭乗車したら発車直後に即効で車掌に怒られw 「日本人で未成年は手続きが面倒臭いなぁ・・・w」 という理由でお咎め無しで現地到着。

みんな金持ってないので、当然会場に入る事も出来ず・・・w そんな自分らと同様の連中からパンを一口貰ったりしてる最中に、仲間がゲートを飛び越えて中を視察。中からゲートを開けてくれてみんな無事中に入ると、古いコロシアムの中でジェフミルズのプレイで3万人ぐらい踊ってた。

ってのあるな。この時に初めてジェフミルズのプレイ聴いたんだよなぁ。

"無銭乗車に不法侵入で出会ったジェフミルズ" を経験させてくれた、ダメなフランス人の友人にはホント感謝だなぁw

7:七〇年代初頭には、世界中の若者たちを魅了した熱気は、あっという間に下火になってしまっていた。流行を当て込んだマスメディアや一儲けしようと企む企業がムーヴメントに乗り込み、当初のDIYなムードが次第に失われたのも、その大きな理由の一つだ。若者たちのラフなスタイルも、あっという間にファッションとして消費されるようになっていった。

六〇年代に 「ラブ・アンド・ピース」 を合言葉にした若者たちの理想主義は、その後、大きく世界を揺るがす形になることはなかった。

まぁ文化は終わらないとダメだと思うしな。そうじゃないとこぉいう本出ないしw

そして、セカンド、サード・サマー・オブ・ラブは、ファーストがあったかどうかは関係なく、自然発生している訳で (仕掛けたもんではない) いずれフォース・サマー・オブ・ラブは起きるハズなんだよな。

AZZLOは 「ラブ・アンド・ピース」 という言葉は、なんか安っぽくて表面的なスタイルに感じてたので好きじゃなかったがw 結局今振り返ればAZZLOが夢中になったマニアックラブは、少なくてもAZZLOが在籍する組織よりはラブ・アンド・ピースがあったな。

ま、若者が集うと常にそぉいうのが生まれるという "箸が転んでもおかしい年頃" 的なもんかもしれないがw

8:「サマー・オブ・ラブ」 とは、何だったのか?

冷静な視点で振り返ると、それは、熱病のような一体感の興奮の中で生まれた、単なる躁的な興奮だったのかもしれない。ヒッピーカルチャーの狂騒は、その後に何も残すことはできなかったと思えるかもしれない。

しかし、二〇世紀最大のカウンターカルチャーの勃興であった 「サマー・オブ・ラブ」 は、実はパーソナルコンピューターとインターネットの誕生に、深く結びついている。ヒッピーカルチャーもコンピュータ文化も、実は、六〇年代のアメリカ西海岸という、同じ場所、同じ時代をルーツに花開いたものだ。

二〇〇七年の日本。初音ミクがインターネットを舞台に起こしたムーヴメントを 「サード・サマー・オブ・ラブ」 に見立てるための、最も重要なポイントはそこにあると、僕自身は考えている。六〇年代と〇〇年代を太く繋ぐ、本質的な線がある。

セカンド・サマー・オブ・ラブの頃は日本ではやや遅れた上でポケベルと携帯電話の時期だもんな。

9:サマー・オブ・ラヴのど真ん中、六〇年代のドラッグカルチャーの伝道師となったティモシー・リアリーは、LSDを 「意識を拡張するための道具」 として喧伝していた。

4番で書いた "人の能力を拡張するもの" は、このティモシー・リアリーの言葉がAZZLO流になった言葉だったんだな。

2014-04-05 19-42-26.jpg

この事実と記憶の違いがヒトは起きるから面白いよな。(面倒臭くもあるがw)

10:「 『あ、こんなんでいいんだ』 と思ったって言いましたけど、それは 『これだったら自分も始められる』 っていう側面もあったと思うんです。楽器が弾けなくても、歌えなくてもラップならできる。そういうところに、みんな勇気づけられた。初期のヒップホップも、ボーカロイドの楽曲も、どちらも黎明期には、売れたいとか、メジャーデビューしたいとか、全然思ってなかったと思うんです。とにかく聴いてもらってそれを評価してもらえることの喜びが創作活動の原点になっていた。そういうプリミティブな原動力が共通していた。ニコニコ動画が始まった時って、みんなそこを新しい遊び場だと思ってたんですよね。サマー・オブ・ラヴ的なものとボーカロイドの繋がりって、やっぱりそこにあると思うんです。」(ユーマ株式会社 弘石雅和)

そうだと思う。逆に言うと既存クラブにはそぉいうの無くなった。故にAZZLOは離れた。

ミク楽曲は、いわゆる "イイ曲" もあるが、

こぉいうエロ楽曲が出てくるからなぁ。『あ、こんなんでいいんだ』 感強烈だよなw

11:「もう一つ大きいのは、ボーカロイドって、別に音楽のジャンルではないですよね。カルチャーだと思うんです。音楽でありながらも、別のアーティストがイラストを描いたり、動画を作ったり、踊ってみたり、二次創作的な動きは総合的なアートと通じる点がある。そこにヒップホップやテクノとの共通点もすごく感じるんです。ヒップホップにも、ラップやDJにとどまらず、グラフィティアートやブレイクダンスの文化があった。当時のストリートでみんなが同じ感覚を共有していた。そういう風にヒップホップが生まれた時代にストリートにあったものが、今はネットにある。そういうことだと思うんですね」

そのカルチャーを総称すると "その音楽ジャンル名" って事なんだと思う。同時にスタイルが固定化してくるが、思想はたまに誰かがぶり返したりするなw

その点では、いわゆる音楽とその周辺にある創作活動は、結局どれも思想は非常に似てると思う。たまたま時代的にロックだったりヒップホップだったりテクノだったり初音ミクだったりであるし、それぞれの出会いのタイミングの違いなのだと思う。

音楽やらなんやら関係なく、ヒトのモチベーションと紐付く活動は

前向きな部分はコレが全部言っていると思うしな。

12:それまでに存在しなかった、新しい遊び場から、新しい文化が生まれる。そこから新たなアートプラットフォームと価値観が生まれ、結果、それが世界を変える。それがムーヴメントの本質にあるものだった。

歴史は繰り返される。様々な時代、様々な場所で、そうやってムーヴメントというものが生まれ、次世代に受け継がれていくのだ。

赤い血が流れているヒトであれば時代が変わっても絶対そうだと思うw

2014-11-03 01-32-40.jpg

2014-11-03 01-32-55.jpg

ネット上は "表沙汰にするかどうかは本人次第" なんで、既に "そんな世界" は特にニコニコ動画で出来ていると言えるからな。

全員が全員を踏み台にして成長出来るプラットフォームとも言える。

過去とちょっと違うのは、『"場" が必ずしもリアルスペースではない事もある』 という事かな。でも結局 "ライブやって生で体験する" 等に辿り着く。

「WEBなんだからWEBで完結出来るじゃ~ん。結局オフ会かよ・・・」

と思うし

「モニター通しではないリアルコミュニケーションがやはりヒトだから必要」

とも思うな。

AZZLOは昭和生まれだしw 後者を信じているが、早く前者で生きたいとも思う。

2014-10-25 21-04-09.jpg

2014-10-25 21-04-31.jpg

2014-10-25 21-04-53.jpg

リアルだと無駄も多いんだが、無駄と有用の隙間から自覚していない何かを発見する対象がWEBとは違うので、リアルでもWEBでも、そぉいう場がいずれにしても必要だと信じたい。いわゆるserendipityって事なんだが。

2014-09-22 00-10-54.jpg

リアルは空間があるので、その無駄さ加減w はWEBでは、少なくてもまだ出来てないからな。

13:「僕らとしては、着メロや着うたを、音楽コンテンツを販売するサービスだと捉えていなかったんです。そもそも着メロや着うたって、自分で聴くために購入するものではないんですね。それが鳴った瞬間に友達との日常会話が始まる。そういう風に、あくまでコンテンツを、コミュニケーションを成立させるための媒介として捉えていた。それが、僕らがサービスを提供する時の考え方の、一番コアな部分なんです」 (ニワンゴ杉本誠司)

音楽って聴覚刺激の自己完結じゃない領域あるからな。

MINODA:「あのレーベルの6番買った?」
AZZLO:「あれレビューで評判だけども、自分は5番の方が好きだったな」

とか、コミュニケーションネタだったからな。その為には情報は徹底して頭に入れてないとならなかった。

そしてDJ終わった後に

お客さん:「あの曲の3曲後のが凄い好きです!なんていうヤツですか?」
AZZLO:「これだったかな?ウチ来て確認する?」

とかナンパみたいなコミュニケーションが生まれてたしなぁ。

そぉいえば昔は 「あの曲が聞きたい」 という人に電話で聞かせたりしてたなぁw

14:「本当に奇跡に近い話だったと思います。今から振り返ると、あまりにでかすぎだったという感じもしますね」

ボーカロイドの開発を担当したヤマハ株式会社・剣持秀紀氏は、初音ミクが発売された二〇〇七年夏というタイミングをこう語る。ボーカロイドに携わる人に話を聞いていくなかで、様々な人が口をそろえて語ったのが、二〇〇七年という年の持つ意味の大きさだった。

AZZLOは1991年だった な。故に2007年のミクの流れに気付けなったのが本当に悔しい!!!

15:「多くのユーザーがやりたいことは、単純に音楽を聴くことではなかったんです。もちろん、ただ聴かせることでもない。やはり、日常的にみんなで一つの話題を共有する会話空間を作ること、またその話題を提供する役回りになることだったんです。そのことに直感的に気づいたユーザーたちは 『商用のコンテンツを用いたものを投稿すると削除されてしまうのであれば、代用できるものを探そう』 と考えた。もちろん、ニコニコ動画で楽しまれていたコンテンツは音楽だけではなかったから、それ以外の人たちもいろんな題材を提案していました。ただ、やはり音楽に関しては、誰かが作るしかない。その時に、代用音楽のためのツールとして重宝されたのが初音ミクやボーカロイドだったと思うんですね。言い方はよくないのかもしれませんが、あえてこの言葉を使うと、やはり初音ミクは最初は 『代用品』 として受け入れられていったのだと思います」 (ニワンゴ杉本誠司)

デトロイトテクノの "渋々二束三文で売られてたTR-909を買ってなんかやるしかなかった" というのと同じ感じだなw

その尺度では、NI製品は安価に充実し過ぎで、"納期に追われるプロの道具" としては機能するが、"魂の叫び" 的なのにはNI製品を買うと削がれる感じするんだよな。あらゆるプラグインを立ち上げないと損した気分するしw

※故にAZZLOは2003年~2005年ぐらいの時期にはNI製品持ってたが今は持ってない。ちょいちょい欲しくなるが我慢してるw

16:初音ミクを使っていい曲を書いたって、可愛い初音ミクのイラストを描いたからといって、それが金銭的な報酬に結びつくとはつゆほども思っていない。表現したいから表現する。その理由は、自分のつくったものを見てもらいたいからだし、それが誰かに届いたということを感じたいからだ。

目的はまず自分の満足。そして自分の属するコミュニティの中でそれが認められたら何よりの報酬になる。

金が動こうが動かなかろうが、結局 "自尊心の担保" だよな。こう言っちゃうと凄くつまらないのだがw

17:ボカロ曲のリスナーは 「作詞作曲は誰で、サムネ絵師は誰で、ギターは誰々で、PV制作は誰々」 といった細かい情報に気を配り、作風やサウンドのクオリティに差異を見いだし、積極的に楽しみます。

"マスタリングエンジニアは誰で、アナログプレス工場 (カッティングエンジニア) はどこで・・・" とかまで情報としてあった90'テクノみたいだなw

「あの人、トラック良いんだけどいつものレーベルのプレスがダメだから音悪い・・・。でも今度違うレーベルから新譜出る!!!すなわち発注しているプレス工場の音が良いからヤッター!!!」 みたいのあったなw

18:自分が環境にあまり恵まれなかったというのが大きいんだと思います。自分がいた中学とか高校とか、一般社会とか、ろくでもない環境にいると、音楽って本当に救いになるんですよ。中学のときに初めてディープ・パープルやメタリカ、アイアン・メイデンのようなハードロックやメタルを聴いたときに、日々を忘れさせてくれる音楽の強度というのは、すごく大事だと思った。それは、自分が聴いてきた音楽の全てにありますね。格好いいと思うものは自然と繰り返し聴くじゃないですか?そういう感覚が自分の根底にあるから、自分が作る音楽にもそれがあってほしい。それだけのことだと思います。(ryo)

スノッブな方々は、この思いを "弱者連鎖" と鼻で笑うのだろうなw

弱者は、ある物差しの上では大いに認める事が出来ると思うがw そんな弱者がファンを持ち必要とされ継承されていくというのは、なんとも皮肉だw

そんな弱者がスノッブな方々よりも金も手にする導線があったから、より面白かった側面があるかな。今はそのマネタイズの部分が難しいよな。

19:『EXIT TUNES PRESENTS Vocalogenesis feat.初音ミク』 で、二〇一〇年五月、ボーカロイドを用いた楽曲を収録したCDとしては初のオリコンチャート一位を記録。

これはメジャーレーベル涙目だよなぁw

某メジャーレーベルと仕事した際に、"プロデュースして売り出し中"(AZZLOが提案のみ関与) の人よりも "既にネット上で話題"(その上でそのメジャーレーベルと契約) の人の方がファンが多くてセールスも良い(ハズ)な事実を、どう議題に挙げるか慎重になったんだよな~w

今、Youtubeで動画再生数確認したが、"既存メディア(金で買える媒体)のパワープッシュ曲" とかに指定されたりもする前者の人よりも後者の人の方が圧倒的に再生数多かったw

音楽に限らずなんでもそうだが "四半期決算尺度のマーケティング" が薄い方が売れるかは別だが、評価は高くなるというのは、一つ言えるかもしれないなw

そもそも

"放っておいたら売れないしょぼいもんだから四半期決算尺度でマーケティングしなければならない・・・"

という事とも言えるしなぁ。

20:二〇一三年のいま、ミクノポリスは伝説になっています。バーチャルアイドルの金字塔であり、日本の芸能史に刻まれるべき 「事件」 でしょう。ウッドストックや、ビートルズ武道館公演のように 「ワシはあのライブを現地で生で見たのじゃ、わっはっは」 と僕は将来、孫に自慢したくてたまりません。

割とまだ近い過去だがマニアックラブは、当時居た人にとっては既にそうだなw

当時の人の歓声入り生録を人に聴かせるとみんなビビルからなぁ。AZZLOは

「ワシはあのマニアックラブを生で体験して『記録しなきゃ!』 と気付いたのじゃ、わっはっは」

を既にやってる・・・w

21:勃興期の熱気である二度の 「サマー・オブ・ラヴ」 は終わっても、ロックという音楽が死に絶えることはなかったし、クラブカルチャー自体が廃れることもなかった。むしろその後の一〇年にそれぞれの 「黄金期」 とも言うべき時代を迎えている。ロックにとっての七〇年代、クラブミュージックにとっての九〇年代は、それぞれ名作と呼ばれる作品が次々と登場する充実した時代になっている。

ブームは去っても、カルチャーは死なない。

うん。当たり前体操過ぎて特に書く事がない・・・w

22:貰わないとわかんないんだよ。俺もやっぱり好きなバンドがいて、そういうバンドに何か貰った気がしたし。そう感じた人が次の人に渡そうって思うんだ。(菅波栄純)

AZZLOの 「WADAのプレイを聴きに行くのがWADAへの愛の表現ではない!」 がこれだな。

「うぉっ!!!オレってこんな感動するんだ!?夢中になるんだ!?」 を自覚させられたんだから、自覚した人は、その事象を自分のアウトプットで達成は出来ないにせよ試み続けなければならないと思う。それはもう使命だ。

それをしないのは利己的で 「オレだけ良かったヤッター♪」 だと思う。 その選択をしなかった先輩たちが居たから後輩である自分らの自覚に繋がったのだ。やらないのは感動をくれた先輩たちに失礼だ。

2014-10-13 11-00-05.jpg

コムデギャルソンの川久保玲に対する思いだが、そぉいう先輩に自分らもならなければならない。

ただし必ずしも同じスタイル (音楽・服・絵画・文字,etc.) のアウトプットに拘る必要はないと思う。同じスタイルでも良いと思うが、"心の触れ幅" 尺度では違うスタイルでも良いのだ。同じだと "維持する" 的なバイアスが強まる保守的なアウトプットになってしまう危険性もあるし。

これも当たり前体操だな。

23:振り返ってみれば、はっぴいえんどが 「日本語ロック論争」 を巻き起こした七〇年代初頭から九〇年代まで、ロックやポップミュージックの時代性というのは 「海の向こうで何が流行っているか」 という視点とは切っても切れないものだった。アメリカやイギリスで生まれた新しい音楽のスタイルが少し遅れて日本でも花開く。そういうムーヴメントのあり方が当たり前だった。しかし、〇〇年代以降、そこが切り離された。日本の音楽がユニークな進化を遂げる土壌が生まれた。

"バンドスタイル" ではそうだったかもしれないが、歌謡とか演歌とか、"進化" は微妙だがユニークなスタイルはあったと思うけどな。

ユニークさで言えばインド音楽がちょっと面白いんだよな。音楽好きの人は一度は通る道だと思うがw

インド系って欧米価値観を踏まえると "田舎っぽい" 的雰囲気がする偏見があるが、この動画はむしろ武器にしちゃった開き直り昇華クリエイティブだと思うなw 音もYoutubeで分かるレベルで良いし。

24:ニコ動全体に占める再生数で、『ボーカロイド』 や 『歌ってみた』、要するにボーカロイドから派生した動画に対する再生数が、ウチの調べでは二〇一三年のゴールデンウィークくらいからだいぶ落ち込んでいるという印象があります。『サードサマー・オブ・ラヴ』 が、過去のファーストとセカンドが五、六年くらいで終焉を迎えていったっていうことをなぞるとするならば、今のボーカロイドのムーヴメントはそろそろ終焉を迎えていくかもしれないし、その可能性はあります」

「理由は幾つかあるんだと思いますが、流行る曲調がみんなだいたい同じになってしまったからということもあるでしょう。新しい曲を聴いても 『これ、あの曲に似てる』 っていう感覚を抱くようになった。商業化という一つの呪縛がボーカロイドのムーヴメントにも起きたのかもしれません。(クリプトン・フューチャー・メディア 伊藤博之)



既にスタイルが出来てきたんだな。その試行錯誤している最中に生で体感したかったなぁ(涙)

25:中学生、高校生の中に、これまでの教育のカリキュラムをこなして、とりあえず卒業するという人ではなくて、自ら学ぶとか、自ら自己表現するとか、自ら率先して工夫をする人が沢山増えることがこの国には必要だと思うんです。そういう人が増えれば増えるほど、問題解決に対する新しい発想が生まれやすい」(クリプトン・フューチャー・メディア 伊藤博之)

それ中二の1学期までしか行かなかったので生涯中二なAZZLOですぅぅ!!!w

2014-12-22-23-47-39.jpg

AZZLOの言うところの "記憶力(知識)じゃなくて知識を活用する知恵の力が必要" という方向で入試が変化するかもしれないので、少し良くなるかもしれないが、その 「キミ知恵あるね!」 的判断が難しいのが課題だよな。

しかし "知識活用" ってまだ "知識" 言うてる時点で甘々な気ぃするけどなw

就活での "言いなり奴隷即戦力" 的な判断であれば、その業界の知識は生きるだろうが、知識なんて後からどうにでもなる。むちゃくちゃ本売ってるしw

今後

"言いなり奴隷枠"
"ビジネスパーソン枠"

というドラスティックな採用基準が出来そうな気がするなw

経営側・採用される側、どちらにも誤解が生じ難くて良いと思うな♪

階級社会のネガな側面に対する危惧が強まる見解かもしれないが、"不必要な社内ゴマすり" とかも起きないので全体的に生産的になる気がするw

王は生まれた時から、将来の自覚を育む訳で、"何者でもない者" として育った者が、ヒトの上に立たせるのは酷な事だと思う。

26:なんか面白いから、楽しいからやってみようよ、それによって自分のやりたいことが見つかるだろうし、いろんな人とコミュニケーションできたら楽しいし、いろんな人に感謝されたら嬉しいよね、ということなんです。お金が儲かるっていうことだけがクリエイティブの唯一のゴールではなくて、人に喜ばれるとか、感動させるだとか、それによって自分にできることが増えていくこともゴールとして捉える。この先に音楽の原盤でお金を儲けることはたぶん難しくなっていくと思いますが、お金以外にも自分の生きがいを見つけることはできる。それだけでもやる意義があるのかなと思うんです。そして、ここから先は単なる直感ですけれど、お金という概念がいつまで世の中の主流であり続けるかもわからないですからね。情報革命の行くつく先は、価値のパラダイムシフトだと思っていますから」(クリプトン・フューチャー・メディア 伊藤博之)

前半の指摘はBONOBOでありセイさんだな。

後半は岡田斗司夫の "評価経済社会" だな。

既にニコニコ動画やFACEBOOKは、サイバー共産主義的になってるしなw

更に今後はちょっと怪しい空気を感じるが、ニコニコ動画は資本主義とのブリッジを取り組む気合を感じる (感じてた) んだよな。

ニコニコ動画がダメだったとしても、ま、違うコミュニティが生まれるハズだが。クラウドファンディングが既に具現化してるのかもしれないし。

27:僕らの立ち位置としては、音楽テクノロジーを通して未来をポジティブに設計していきたい。それに尽きると思っています。音楽を通して、多くの人に機会を提供して、クリエイティブな創作活動のきっかけを提供していきたい。僕らにできるのは、それだけですからね」

うん。ただし設計が組みあがるのは必要な時にどぅわっ!と起こるんで、点を残せば良いし、点を結んだ "オレの線の結び方" を俯瞰した一つの点として残していくことだと思う。

2014-11-12 19-05-45.jpg

常に全員がそうな訳であって、次の世代が、また他の線で結んでいく。

2014-08-22 20-06-10.jpg

それを繰り返す事で、こぉいう螺旋階段的な事を続けるのが赤い血が流れたヒトなんだと思う。

"ピタゴラスイッチやりたくなるガラクタを放置しておく"

とも言える。

28:疎外された場所だからこそ生まれる熱が、そこに集まった人たちだけで真新しい 「面白さ」 の種を育てていく熱が、そこにはあった。それこそがカウンターカルチャーの正体なのではないかと、僕は思っています。

"疎外ナルシズム" みたいのは先天的な人も後天的な人もいるし、いずれにしても熱はあるからな。

疎外度が高いという事は

2014-12-15-00-05-33.jpg

2014-12-15-00-06-18.jpg

2014-10-09 19-19-19

政治家も利用するテクニックだからな。

2000年頃 "テクノ喫茶ピエール" というWEB上の掲示板が盛り上がっていたがw 当時はまだネットが今ほどの生活インフラではなかったので、「こんな極地によ~来たなぁ」 的な同士認識が早かった側面あったな。パソコン通信時代はより濃かったのだろう。

今は表面的なお題を挙げているWEBコミュニティに辿り着きやすいから、繋がりは出来ても熱は薄いように感じるかな。投稿率低いだろうし。

AZZLOにおいて少なくても現在は、リアルなBONOBOに行った方が速いし深いんだよな。既にAZZLO認知が完了しているBONOBOという場に甘えているAZZLO (おっさん化している) という側面も間違いなくあるがw そうでなくても物理的移動を伴うリアルの方が最初のハードルは高くても結果的に深くなる可能性も捨てきれないんだよなぁ。

ヒトはまだ肉体を持っている前提だから、WEBコミュニティーでは完結しないハズだが、"アカウント" としてWEB上で生きる事が可能になれば、そら肉体がないからWEBコミュニティしかないので、それはそれで流行る・・・というか、"アカウント" でもリアルコミュニティに関与出来るよなぁ?

ライフログ妄想20110214

これがベースになるんだろうが

"リアルヒト" "アンドロイド" "アカウント (死者含む)"

の3種類の意思において、"アカウント" がリアルのロボットを操作すれば、"ほぼアンドロイド" と言えるよなぁ。

そんな事が現実の頃には、AZZLOが心配している深さとか意識せずに、今で言う所の "電話で会話" に違和感を感じないレベルになるんだろうな。


初音ミクって "アニメオタク的ネガレッテル" 方面の偏見があって "ダメなヤツの娯楽" 的に捕らえがちだが、若者、そもそもヒトのモチベーションから紐付くカルチャーと経済を考える事になる "良い意味で裏切られる" 本だった。

※偏見は一定の事実を拡大して一面的に捉えるものだと思うので、ある程度強めなのは事実だとは思うがw そして "クラブ=ドラッグやってる人たち" 的偏見も、ある程度は事実だw

どうやらミク文化の瞬間は2007年で、もう終わっちゃったみたいだがw 今後の初音ミク的な事象に気付けるように、おっさん化が進まない様に気を付けて生きていきたいと思う。

・・・とか考えるのが完全におっさんだよなw

2014年12月22日

-読書感想- 始まりを告げる 《世界標準》 音楽マーケティング / 高野 修平

2014-07-16 01-09-37.jpg

読書時である5月頃は、某音楽アーティストのプロモーションを企画していた ので、参考としてこの本を手に取った。

結論先に書くと、

"いま広告業界に携わり2020年以降も類似業種に携わっていたい人は読んでおいた方が良い本"

"今後なんかしらヒトに動いてもらう業種に携わりたいヒトは読んでおいた方が良い本"

と思う。音楽業界に限らない、コミュニケーションとマーケティングの当たり前体操ぅ過ぎることが色々と書いてある。

2020年以降路頭に迷いたい人は見なくて良いと思うw


1:過去を振り返ってみて、これまではマスメディアに載ることによって、話題化を促進し、意図的であれ、結果的であれムーブメントを生み出してきた。ただ、これからの時代は、それだけで世の中は動かない。ソーシャルメディアの存在が、ムーブメントを時には加速させるのだ。

これ、随分前から言われている事だが、今だにマスメディア完結というのは、ムーブメントを求めてないのだろう。その割り切りがあれば別に良いと思う。

"知ってもらえば売れるハズというジャイアンロジック"

信じるならば別に良いと思う。信仰の自由だしw

広告代理店は、デモグラターゲティングでちゃんとターゲティング出来る手段もないのに依存しているから、なかなかジャイアンロジックから抜け出せない様に思うな。

そもそも "広く" であればターゲティング要らない からな。

2:Movement (ムーヴメント) の最大の特徴は、ライフスタイルを変えてしまうことにある。それは、生活者の 「価値観」 を変えることに他ならない。ライフスタイルを変えるまでに到達するには、商品の働きについてではなく、イメージ、価値、イデオロギー、メッセージを心に訴えかけることが必要だ。つまり、精神的付加価値のことである。

宗教、それも分かりやすい所で言うと、オウム真理教とかそうだったしな。そして、この図があったのだが

2014-10-18 15-05-44.jpg

この時間軸設定が著者のセンスが見えるな。

3:起きているMovement (ムーヴメント) に対して、否定、反論の声が上がる。この声が上がることによって、Movement (ムーヴメント) とは呼ばない。それはBoom (ブーム) であり、Trend (トレンド) に属するものになるはずだ。Movement (ムーヴメント) とは、強い 「熱量」 と 「主体性」 を伴うことが条件であるわけだが、その 「熱量」 や 「主体性」 が強ければ強いほど、否定、反論のチカラも拡大していく。そのぶつかりあいがメディアを媒介しとして伝搬され Movement (ムーヴメント) は加速していくのである。

EDMに対しては、様々な否定、反論の声があがっているしな。

逆に縮小する側の トラディショナルクラブは、否定、反論等を拒否して安住を求めたから、EDM程度のもの (音源だけの判断) に人の関心・マネタイズで勝てない のだと思う。

ま、そもそも対比する対象ではないとも思っていたが、トラディショナルクラブ的要素はEDMシーンにもあるのが見えてきた感じする。

2011年、2012年に実施した成功案件は、

08a

13a

24a

31a

このように賛成・反対の議論のネタになって、当然否定意見もあって、様々な側面の意見が噴出した もんなぁ。

最近ロンドンに居るカノジョが 「ロンドンで生活していると毎日違う言語が聞こえてくるし "multi-culturalism" を感じる」 と言っていたが、全て多面的である事を前提に生きる必要を感じる。

日本は全国大体似たようなもんだが、他の国では地域が違うだけで大分違うからな。

そして日本もデモグラではない、"心のデモグラ" とでも言う様なデモグラを踏まえないと、企業コミュニケーションの企画は難しいと思う。戦後のmono-culturalismはもう終わってるのだ。

※最近、成功案件を共にした某プロダクションのプランナーが、"マイルドヤンキー定義" にハマっているのだがw そぉいうデモグラが本来必要だと思う。

4:ビルボード音楽賞にEDMジャンルが新設されたり、世界で稼ぐDJランキングなどがソーシャルメディア上で話題になったりと、楽曲のみならず、その周辺のエリアに話題が拡張されていることは、EDMが Movement (ムーヴメント) になった証と考えることが出来る。他にも例えばデヴィッド・ゲッタが 「Beats」 からヘッドフォンを発売したり、スウェディッシュ・ハウス・マフィアがボルボのCMに起用されていたりするのも、「拡張性」 のひとつだ。

この指摘はAZZLOはあんまりしっくりこないな。著者も "EDMは Movement (ムーヴメント) であるという分析" と言っているのがニクイw

個人的にはムーブメントって、AZZLOの言う所の文化の瞬間 であって、どっちかっていうと最初に起きる短期間の状態 を指す言葉だと思う。

今のEDMの盛り上がりは絶対に四半期決算の株式会社とかが裏に居るので、近いうちに終わるトレンドだと思う。

5:世の中に生まれつつある兆しを 『社会記号』 化することによって、『トライブ』 を作り出す。その結果、ターゲットは 「自分ゴト」 だと認識し、マインドセットが行われ、雑誌を手に取るのである。そして、主にテレビを通して拡張し、人々の共通認識のひとつとして機能するようになる。

『トライブ』 とは、"年代や性別を超え、共通の趣味や興味、価値観で構成される部族" という意味で、共通の趣味趣向,、価値観形成されている集団を言う。

少なくても "トライブなマーケティング" しないと、"時間軸遅過ぎる今のマーケティング" はホント価値無いな。

・・・今後 「トライブマーケティングで顧客の心を掴め!」 みたいな本出るんだろうなw

そして "マイルドヤンキー定義" は正にトライブだな。

6:目先のビジネスだけの目線でEDMを推進するのではなく、EDMを通して日本で音楽が文化としてもっと発展していくのなら、まずはBoom (ブーム) からどんどん起きていってほしいと、いち音楽ファンとしては強く思っている。

あ、やっぱコレが本音だよなw 超共感する。

いわゆる初期段階のBoom (ブーム) であれば、おそらく既に日本は世界的に一番豊かな 文化 モチベーションがある国と言えると思う。ニコニコ動画等にアップされるボーカロイド楽曲の数、コメント数は、どの国の音楽数、視聴数、反響は大きいんじゃないかな?

しかし、規模的にはでかい 東京の地下鉄で "メトロミュージシャン" が居ないのは、"都市" としてダサいっつぅか、"トイレが水洗じゃない" ぐらいの事象に感じる んだよな。

世界が尊敬するクリエイティブ気質はあるんだが、都市計画がダサい んだよな。

外国人観光客が増えたっつっても、いわゆる過去に作られた名所巡りと買い物が目的であって "今の日本" のプライオリティーは非常に低いんだろうからなぁ・・・。

そして "今のココ" を知るには、絶対に夜遊び場 (いわゆる 『本来のクラブ』 とか)にある よな。

7:世の中を動かす "企て" をする際に、『社会記号』 を生み出すことが出来れば、話題は圧倒的に起こしやすくなる。なぜなら、共通言語として起きているムーヴメントやブーム、トレンドを一言で機能させることが出来るからである。

『ボーカロイド』 『初音ミク』 みたいなもんだよな。

テクノにおいてはカールコックスが "意図的に作られたアイコン" だが、そぉいう "憧れる先輩" が居ないとダメだよな。

こぉいう事はいつの時代も、常にどこかのシーンに自然発生的に起こる事なんだが、促進・意図的なプロデュースをする事を (も) 仕事にしたいのがAZZLOと言えるな。

8:世の中に生まれつつある兆しを 『社会記号』 化することによって、『トライブ』 を作り出す。その結果、ターゲットは 「自分ゴト」 だと認識し、マインドセットが行われ、雑誌を手に取るのである。そして、主にテレビを通して拡張し、人々の共通認識のひとつとして機能するようになる。

『トライブ』とは、"年代や性別を超え、共通の趣味や興味、価値観で形成される部族" という意味で、共通の趣味趣向、価値感形成されている集団を言う。

これをやろうと思うスタートラインに立っているのは日本だと電通しかないよな。そして死んじゃったけどマルコムマクラーレンしか居ない様な気がする・・・w

ま、小規模な "トライブの活性化" がプロモーションの良い事例とは言えるな。永遠のテーマである "きのこ派たけのこ派" なんかそうだし。

9::これからの時代、「終わらないニュース」 を実現できるかが勝負の分かれ目になるはずだ。どれだけ 「熱量」 が下がらず、むしろさらなる 「熱量」 を投下できるようなPRを戦略的に仕掛けられるか。そしてそれがソーシャルメディアで語られるようなTalk-ableな内容かどうか。ネタがどんどん拡張されていくものかどうか。これが、ムーヴメントを起こす新しいルールとなる。

AKBが完全にそうだよな。

そしてAKB程の事は電通じゃないと出来ないが、"玉離したら勝手に進んで色々動く 『ピタゴラスイッチ』 的仕込み" は意識していたい よな。

そして企業の運営マネジメントも "ピタゴラスイッチ" と言えると思う。毎度偉いおっさんが止まった箇所をいじるのは面倒臭いハズ だ。少なくても "重力" の概念は踏まえた設計が必要なハズ。ココは地球なのだ。

10::一方通行的なマスメディア発信では、ムーヴメントは起きない。優れたコンテンツ力と人に語りたくなる要素、「終わらないニュース」、熱狂性などがあって、初めてムーヴメントの萌芽は生まれる。

"介入する隙間" があればCM投下だけでも自発的な行動は起こるとは思うけどな。

震災という背景 (隙間?) があったとは言えるが

これとかCMだけで発展した動きだからな。

11:戦略PRを考える上で、まず紹介したいのが、ヒップホップアーティストであるカニエ・ウエストが発した次の言葉だ。これがまさしく戦略PRを言い当てていると言える。

「みんなが欲しがっているものをつくってちゃダメなんだ。みんなが自分が欲しがっていることに気づいてさえいないものをつくらないと」

ヘンリーフォードの 「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」 と同じだよなw

12:広告はAdvertisingで、PRはPublic Relationsですね。で、実は概念としてはPub-lic Relationsの方が広いんですよ。イメージ的には、PRの方がでかい傘としてあって、硬く言えば社会のいろいろな構成員・・・・消費者、利害関係者、企業だったら政府とも関係を結ばないといけない。そおいう大きな話があって、いろいろな伝え方がある中の一つに広告がある。そういう関係なんですね。(本田哲也)

最近は広告業界でも暗黙知的にそうなりつつある感じはするな。でも業務フロー的にまだまだそうなっていない感じはする。

"CMが広告の花形" は変わらないが、"コミュニケーションの花形" かはまた別の話である事実を自覚するべきだと思う。

やはりあと20年はかかるな。・・・いや、そこまでかかんないだろうな。何故ならばその自覚が出来ない広告代理店は潰れるだろうからw

その上で社内権力関係や社内マネタイズ概念(元々ほぼ無いが)の変更も準備しておく必要があると思う。・・・というか今すぐやらないとマズイだろうな。

"売り上げ下がってるからオレらの強みを打ち出していく!"

って、冷蔵庫が普及してきている最中に、"2日持つ氷を開発!" みたいな事だからな。

先日もオリエン書に "プロモーション" って明記されてるのにCRが 「広告でしょ!」 と論理なく自分の立ち居地だけの概念でオリエン無視を強行しようとしてたしなw 既存概念の変化に対する危機感から、しばらくその傾向は強まると同時に広告代理店の弱体化が進みそう な気がする。

故に

"媒体問屋に徹する" (ジャイアンコンサートのPA屋として徹する)

もしくは

"赤い血が流れたヒトのモチベーションを考慮したコミュニケーション設計をする"

のどちらかを選択した方が良いと思う。両立して繋げられるのが広告代理店の強みであるハズなのだが、少なくても現時点で何も出来ていない。

おいおい "企画に定評があるプロダクションが自動出稿システムを作ってみちゃいました♪" 的な事が起きて、媒体問屋の自動化とコミュニケーション設計の両方が担保出来る会社が、広告代理店ではない企業から出るハズ。

いわゆるデジタル企業とか括られる企業は、みんな明言はしてないが絶対にそれ狙ってる。

AZZLOが危惧するのは、これが現実になったら、電通意外は明確な作業屋になって少なくても絶対に今の給与水準は維持出来ないからんだんだよなぁ。

社員切って対応するにも限界あるからなw 遅かれ早かれ 「よし!次のリストラ候補はぁ・・・オレ♪・・・あら???( ̄□ ̄;)」 ってなるw

13:代理店さんも、広告はばっちりお金を取るんだけど、パブリシティのお手伝いは 「いいですよ、全体の中でやります」 みたいな感じがこれまでは多かった。メディアさんも、高い広告枠が売れていれば、ミニ枠みたいなものは、「優先的に入れますよ」 ということになる。(本田哲也)

広告代理店は "億単位の媒体買ってもらう前提のマネタイズモデル" だからな。起源から言えば新聞の3行広告が広告業界の製作領域みたいだし。

今後媒体買う必然性、更に "代理店通しで買う必然性" は上がる事はない。媒体社は既に直接企業に営業かけていて既にトラディショナル代理店通しではないメディアバイイングが起きている
 し、広告主からすれば速くて安い方が良いに決まってるw

ほんと、メディアマージンに依存するトラディショナル代理店、更に "自動出稿ツール" を否定 するAZZLOが在籍する代理店はどうやって食うんだろうと思うよなぁw

14:本来のPRって、パブリシティが出るとかではなくて、独立戦争から来ているわけで、世の中全体の "空気" ムード、世論を動かすということですよね。だからたくさんの人の考え方を、右に向かせるのか、左に向かせるのか。そういう土壌でやっているものがもともとのPRです。~中略~

PRが進化して戦略PRになったわけではないんです。(本田哲也)

起源からすると "敵" が居たから盛り上がったと言えるんだな。

戦略PRは分かりやすそうで分かりにくいのは "敵の設定" を曖昧にしてる要素はあるかもな。

結局広告業界の "バズワード" なだけで、そもそも人間変わらないしw 流行作らないと資本主義回らないからな。すぐ値段競争に陥るのも資本主義だし。

その点政治による "規制強化・緩和" ってのは金の回りの隙間をいじる事で、投資が起きる訳なんで経済が動くし資本主義がより強くなる印象感じるよな。

15:例えばトヨタみたいな一番大きな会社が、影響力もあるから広告を出せば "空気" が出来るかというと、出来ない。なぜなら、広告は、言いたい理由がある企業が、言いたいことを言うからです。

本当のムードとか "空気" は、いろんな立場の人が、同時多発的に言い出すことが大事です。自然発生のムーヴメントは、やはりそうやってできているわけですね。その中に、広告がワンオブゼムで入るなら良いんですけど。広告だけでは出来ないんですね。そこには限界がある。(本田哲也)

あwwww当たり前体操ぅぅぅwww

"いろんな立場の人が、同時多発的に言い出すこと"

アンチが表面かするのを嫌って企業は取り組まないだろうが、アンチも狙って発生させるぐらいの上から目線が必要なんだよな。タダで働いて頂くのだからw

16:結果論でというより、もっと仕掛けていくという意味で、どういう感じの "空気" に世の中がなっていきそうだから、こうおいうアーティストを 「こおいうことなんです」 とつなげてあげたら、良いんじゃないか。(本田哲也)

電通の一部を除いて広告代理店は、"そうなっていきそう" の読みが全くないし、"そうさせたい" が全くない気がする。

"企む・仕掛ける"

全くないw

音楽においても20年前と比較して "速い馬" どころか "安い馬" ばかりな感じで "自動車" がない感じするな。

そぉいう自動車の役割がクラブミュージックだと思ってたのだが、既にスタイルがあるからな。

でも、やはり最初の "自動車らしきアイデア" はクラブとか夜の場所から生まれているのは絶対だと思う。

故に西麻布YELLOWは好きじゃなかったけど "音のあるSPACE LAB" は都市機能として絶対に必要だと思う。 その点は2010年代はBONOBOでありセイさんがやっていると思うな。

セイさんからちょいちょい

「ウチで回せばぁ?(BONOBOでDJしてよ)」

という気軽過ぎるオファーには苛立ちを感じるのだがw LABのネタとしてAZZLOは承認されたという意味もある訳で、有難い側面もある事に最近気付いたなぁ。

17:やっぱり商品と一緒で、自分が聴くべき音楽がなんなのか、わからない人も多いと思うんです。昔みたいに邦楽はザ・ベストテンで、洋楽はビルボードとキャッシュボックスを見ていればっていう世界じゃないですからね。『トライブ』 もいっぱいあるし、いろいろ複雑になってる。だから、取っ掛かりがないっていう人もいると思うんですよね。~中略~

だから与えられた情報というより、自分が自分らしく生活していたら、たどり着いた情報というのが大事ですよね。(本田哲也)

音楽の意味もいろいろあるからなぁ。

1:"カラオケで盛り上がれれば良い" というコミュニケーションツール

2:肯定感を得るメッセージ

3:気付きを得るメッセージ

4:吐き出しに対する賞賛

5:覚醒音響

要素で言うとこんな感じかな?いわゆるオリコンチャートイン系は1と2を重視しているよな。逆にテクノ周辺は4.5が強いよな。

18:日本で多いですけど、どんどん広告宣伝に近づいてしまう。"空気" づくりから始まるんだけど、だんだん自分が言いたいことの方が、大きくなってしまって、限りなく広告に近づいてしまうわけです。「そんなにコントロール出来ないんだったら、もうメディア買いましょう」 ってなってしまう。それは結局、広告なんですけどね。~中略~

一般の人から見たらどうでも良かったり、違いがわからないところを、ドヤ顔でテーマにしようとすると、失敗するんですよね。(本田哲也)

wwwwwwwっほうぅぅxwwwぐwwwほふgwwwぐwwwww

マジで笑い止らないわwwwwwww

19:的も決まっていないのに、先に突き刺してどうするっていうことですよね。

広告とかPRとかソーシャルメディアとか、伝える手段はいろいろありますけど、今ドキのマーケティング活動全体って、「大いなる合コン」 みたいなものなんじゃないかとおもいます。企業もお客さんも入り乱れて参加して、しかもお客さんがメディアにもなってしまうし、オウンドメディアで企業もメディアになる。もう、ぐちゃぐちゃなんですね。で、合コンっていうのは途中でターゲットが変わったり (笑)、仲間だと思っていた奴が裏切ったりする。しかも、みんながそれぞれの思惑でもって動いている。もう、そういう状況なんですよね。PRとか戦略PRは場のセッティングに近いので、こういう合コンの場をセットしているような感じに近いかもしれないですね。(本田哲也)

「大いなる合コン」 ・・・素晴らしい例えだな。

"人はより良いセックスがしたい為だけに生きている"

というAZZLOの揺らぎ無いマーケティング前提はプレで言えないが、「大いなる合コン」 は言えるなw それでもAZZLOが在籍する組織のコンサバな営業の顔は引きつりそうだがw

20:例えば、イギリスでは若手UKロック勢として、ジェイク・バグやストライプスを始め、ジョン・レノン・マカラーなどが登場している。これは彼らを含めたアーティスト郡がひとつのシーンとして想像出来ているからであり、だからこそムーヴメントも起きやすい環境が出来ていると言える。

このようにロックバンドやアーティストの場合は、単独ではなく複数で連合してひとつのシーンを作り出すような戦略も可能だ。

R&SとWARPみたいなもんだよな。そして日本ではSUBLIME RECORDS。4HEROをSUBLIME RECORDSが出した 時にSUBLIME RECORDSの意味が分かった感じするな。

21:ソーシャルメディアは企業やアーティストがマーケティングを行う場として存在しているのではない。facebook' Twitter' mixi' LINEなどそれぞれ独自のルールの中で、生活者は自由に楽しんでいる。そこに踏み入って行って 「新曲出るんです!」 「今度ライブやるんです!」 と声高に言われても、生活者は興味を持たない。

トライバルメディアハウスの池田さんによる

"生活者が主役の公園に乗り込んで 『バナナの叩き売り』 はしてはならない"

と同じ話だな。

音楽アーティストでもtwitterを告知ツールとしてしか使ってなかったりするしな。ファンは "日常生活は何してるのか?" というストーカー心理がモチベーション なんだけどもなw

"知ってもらいさえすればファンになるハズロジック"

は、単細胞というか、現代の人間の頭ではないとすら言えるw

22:例えば、レーベルのfacebookページで考えてみた場合、よっぽどの音楽好きでない限り、好きなアーティストがどこのレーベルに所属しているかなど全く興味ない。ということは、レーベルのfacebookページは、ユーザーにとって当たり外れの多いページになる。

日本のメジャーレーベルの括りは無いに等しいからな。R&S、WARP、SUBLIME、SARAVAは "トライブ" があるからずっと追いかけられるが・・・。(AZZLOが知らないだけで他にもあると思うが)

23:一般的にファン数というのはひとつの指標であって、それを目的にすることはない。よくありがちなのは、facebookページのファン数に必要以上にこだわることであるが、重要なのはファン数を10万人にすることではなく、10万人にしてなにをしたいかである。

っつっっっっ当たり前体操ぅぅっっwwww

某企業にfacebookページの開設にあたって相談を受けた時に

「開設するべきではないです。facebookは広告業界におけるメディア (情報リーチ)ではなく、人と人の間にあるmiddiumのメディアなのです。企業の思惑に偏る投稿になりがちな企業facebookページでは、良い意味で信者が居る御社ではネガ炎上する可能性が高いのです」

というプレゼンをした (これは珍しく営業からのアドバイスだった) のだが、案の定3つ目ぐらいの投稿でネガ炎上してたからなぁw

その後は、facebook施策じゃない他の案件でも "facebookページのファン数に寄与する施策も織り込め!" というオリエンが含まれるようになったが、「増えたらどうすんの?( ´△`)」 って印象だったもんなw

やっぱり "知ってもらいさえすればファンになるハズロジック" が、そもそもおかしい 気がする。

"知った上で嫌いになる人も居るハズ" という当たり前の前提が抜け過ぎ てるんだよな。

閲覧注意「視聴者がイラッとしているCM」15選 2014年前期

こんなのもある訳だし。

なんなんだろうな、この単細胞感w 有名企業であれば少なくても中学中退のAZZLOよりは高学歴(いわゆる頭良い)のハズなんだがw

24:僕が2013年のフジロックに行った際の写真で、投稿に対するいいね!が57、コメントが1件であった。この投稿に対して 「はいはい、楽しそうだね!」 「私も僕も行きたいなあ」 というソーシャルグラフ内のいいね!こそつくが、「おい!高野がフジロック行ってるぞ!みんな見て見ろよ!」 なんてことはまず起こらない。

ほぉぉwwっっっっwwww 当たり前体操ぅぅっぅぅwww

企業がやっているtwitterやfacebookも大半がそぉいう事だよな。"繋がり" という点では寄与するかもしれないが、その上でのアクションは期待出来る訳がない だろう。

25:単純に 【共有】 と括ってしまうと大きな落とし穴がある。【共有】 される導線設計はどうするか。超情報過多の時代に、いかに音楽に時間を頂くか。多種多様な楽しみの中で、生活者に時間を割いてもらわなければならない。音楽自体のクオリティはもちろんだが、意識すべきは音楽に接触する時間を作り出す仕掛けと仕組みを生み出すことだ。そのために 【共有】 があり、その先に可能性が生まれる。

SNSを企業が意識するようになって、「オラも話題にされたいぞ♪」 というオリエンが増えた訳で、まぁ正しいモチベーションだとは思うが、かっこつけるならば与沢翼ぐらい徹底したネタとしてSNSにお邪魔させて頂かないとトピックにならないと思うんだよな。

"年収一千万の地味な公務員"

に誰がチヤホヤするだろうか?それと同じである。

26:音でも良いし、それ以外でも良い。音楽を知るきっかけは、なにも音楽そのものだけである必要はない。ライブパフォーマンスでも良いし、アーティストの人間性でも良いし、音楽から紐付く記憶やエピソードでも構わない。その中で、ソーシャルメディアはアーティストとユーザー、ユーザーとユーザーをつなぐ架け橋となり得る。

背景の理解を深める上ではそう機能する事もあるが、当然ソーシャルメディアで何をするかによる。ソーシャルメディアに手を出せば必ず深みが出る訳ではない。むしろ事実に近いだけに "ネガな深み" が深化する可能性もある。この辺はもろもろプロデュースが必要な領域だと思う。

いわゆる広告とか大々的にやるナショナルクライアントは "オレはイケてる前提" でソーシャルメディアに出ていったりするから、反感を生んだり、「はいはい・・・あなたイケてますよね。誰しもが知ってますよね。よって改めて賞賛する必要ないですよね!僕には関係ないですね!!!」 になるんだよな。

イケメン的尺度で言うならば、「キムタクがイケメン賞賛を求めているか?」 っつったらむしろNOだろう。NOな言動がむしろイケメン感を際立たせているわけであって、企業コミュニケーションはそもそものヒトのモチベーションをもっと学ぶべきだと思う。

今の大半の企業は与沢翼にも達しない "サイズ合わない有名ブランドのダブルのスーツ着てモテない地味な公務員" 状態だと思うなw

広告代理店は 「もっとモテたいんですかぁ?じゃぁ・・・こんなダブルのスーツはいかがですかぁ?石田純一も買っていきましたよ♪」 って商売だよなw

秋葉原の高額版画商法みたいだよな。

27:ポイントになるのは、ミュージックグラフの種類である。ミュージックグラフは厳密に言うと、ふたつに分類することができる。ひとつは 「音楽関連性」 ふたつ目が 「時代性」 である。

これはitunes等で瞬間的にソートしやすくはなったな。しかし新たに出会うきっかけは音楽関連性に非常に寄ってしまうので、CDショップなどの陳列等は偶発的な出会いを生む非常にクリエイティブな仕事だと思う。そしてWEB上の販売サービスも、そういった偶発的な出会いが生まれるインターフェースには課題があるよな。amazonとか楽天も含めだ。

そして、音楽関連性の一種だが "マスタリングエンジニア" 軸や "NEVE卓" 軸等もあるとニッチ過ぎるが個人的には楽しいな。

28:音楽はもう大きな括りじゃ刺さらない。小さな点を集めて、広げて、バラバラな点を糸でつないで、ひとつの 『線』 を生み出す必要がある。当たり前だが、人の好みはひとつだけじゃない。

これをうまくやっているのがフランスのRADIO NOVAだと思うな。

そして "点を線で結ぶ" 的ロジックはついつい二次元的になってしまいがちだが

「二次元で見て最短最適で結べたと思ってたのだが、あの点はかなりの光量があったので結んでしまったが、実はすげ~~~~~奥の方の点だったので、斜めから見たら結構イビツだった・・・w」

というのが起こる。このZ軸 (奥行き) も想定しなければならないし、更に位置だけでなく、"固さ・柔らかさ・重さ" といった、4次元的概念も踏まえなければならないと思う。

・・・まず組織内の2次元人間を突破するのが無理だけどもな・・・w

でも 広告主はは2.5次元ぐらいは見えてる場合がある。

29:THE NOVEMBERSの 『トライブ』 は、アーティストが多い。例えば、Charaとの一連の共演からのCharaトライブはTH NOVEMBERSと近い 『トライブ』 と言えるし、彼らが一緒にシーンを作っていこうとしているPLASTICZOOMSやLillies and Remainsはかなり近しく 『トライブ』 同士の行き来があると考えることができる。

一方、THE NOVEMBERSはアパレルブランドLAD MUSICIANとの関係性も深く、ここからの 『トライブ』 も想定される。一般的にマスメディアを使用しないアーティストの 『トライブ』 を紐解き、戦略を考える際には、音楽と音楽以外の 『トライブ』 に分類して把握する必要がある。

ここでLAD MUSICIANが出てくるとはなw

AZZLOは2000年~2003年頃のLADが快進撃中の頃に関与していたが、LADのボスである黒田氏はこのトライブ構築を凄く意識してたと今になって分かるな。

AZZLOをメンバーに入れたのも、"フェティッシュトライブ?" の介入を狙ったものだったのだろうという気がするw

30:きゃりーぱみゅぱみゅで考えてみよう。楽曲トライブ、ファッショントライブ、ダンストライブ、中田ヤスタカトライブ、キャラクタートライブ、青文字系トライブ、HARAJUKU KAWAii!!!トライブ、ミュージックビデオトライブ、などがある。

自分は完全に中田ヤスタカトライブから入って、ちょっと増田セバスチャントライブが介入してる感じだな。きゃりー本人には全く興味ないw

31:それぞれのアーティストにおいて、THE NOVEMBERSやきゃりーぱみゅぱみゅのように、どのような 『トライブ』 があるのか。どの 『トライブ』 が層として厚いのか。一方、薄い 『トライブ』 はどれか。戦略的にどの 『トライブ』 と接していくのか。また、『トライブ』 同士で似た 『トライブ』 はないか。似た 『トライブ』 同士の中で、相互に行き来しそうな 『トライブ』 はあるか。音楽性やファンが近い別のアーティストの 『トライブ』 はなにかを、見つけ出す必要がある。

その上で、『トライブ』 同士の距離感や関係性を読み解き、近い 『トライブ』 を集めた 『トライブス』 を形成できないか、それぞれの 『トライブ』 をつなげて大きな 『トライブス』 を作れないかを考える。そのためには、『トライブ』 を見極め、戦略を立ててプランニングすることが大切だ。

コレほんと現代の企画で超絶必要なのに完全に欠けてる事だと思う。

まだワードとして存在していないが、言うならば "トライブマーケティング" 的な軸足が必要だと思う。

先日組織内MTGで 「"マイルドヤンキー" みたいな、性年代デモグラではない "部族セグメント" も意識する必要がある」 と言ったのだが、みんな "きょと~~ん・・・( ゚ ρ ゚ )" だったんだよなぁ。

"広告業界労働お作法" から逸脱する定義は理解出来ないし拒否するのに "横文字バズワード大好き" っていう相反する生き様はいったいなんなんだろうと思うw

32:ポイントは、マーケターが一定のルールに従ってセグメントしたものではなく、オーガニックに人々が結びついているものを見つけだすことだ。レーベルやアーティスト、製品のマーケティング活動がいかに人々のつながりを作り、関係性を良くするのか、そこにどのように関わることができるのかを考えることこそが、重要である。

まず "オーガニックな人々の繋がり" はビッグデータ的な事で可視化出来るのは時間の問題。

その上で、企業の思惑がどの隙間に入り込めばポジティブに介入出来るのか?それも単純に位置の話ではなく、胸を張っていたら良いのか?体育座りしていれば良いのか?この辺まで配慮したプランニングが本来必要だよな。

現状のいわゆる戦略って、"現状の二次元" の視点でしかなく、戦国時代の戦略の方がずっと多面的な思考だった様に思うな。

何故二次元になったのか?コミュニケーション対象者をターゲットという殺傷目標である軍事用語で表し、人ではなく "的" として見ている事が要因としてあると思う。

対象者は的や駒ではなく、赤い血が流れていて人格があるヒトである事をあまりに省略し過ぎ なんだよなw

これは企業内マネジメントとか、比較的小規模な範囲で、露骨な2次元化を確認する事が出来るよな。

33:アーティストプロモーションをする際、施策がエヴェンジェリスト向けの施策なのか、それとも新規ファン、ライトファン向けの施策なのかを混同しているパターンが多い。これらを明確に切り分けプランニングしていく。そして、どこにエヴァンジェリストやライトファン、新規ファンが接続できる場所を作るのかまで考えられると、Buzz型とAlways-on型の融合となるCampaign Centric型として機能する。つまり、短期的な話題化と中長期的な関係性構築を融合させるのだ。

なんか難しい話だが

"ピンクローターを買おうと思ってグッズのサイトに行ったら、極太アナルバイブがトップページでおススメされていた・・・。将来的には欲しくなるかもしれないが、今日はそっとページを閉じた・・・。"

的な事かな?w

ま、各施策の繋がり・ストーリーを忘れるな!的なことだな。大概 "必然性ない手段寄せ集め大規模案件" になるからな。

バケツリレー式寄せ集めメンバーをチームと信じる体制では、まず無理だよな。

企業側からの仕掛けとして テレビCM、PR、ODM、WEBコンテンツ、イベント、といった、大体広告手段全部を活用した成功案件 は、大体AZZLOの意図通りでコントロールしたが、それでも連動性という点では課題あるしなぁ。要は

"問題なく足し算は出来たが、ちゃんと掛け算になったかは・・・?"

って感じだ。とりあえず桁数が多い足し算は正解出来たので、掛け算を目指したい。

この計算的な事で考えると

"ちゃんと1桁台の結果が出た上で10の桁の計算をするバケツリレーならば正解が出せるが、位毎に同時に計算し始めたら、近い数字にはなれど、正解はまぐれ"

と言えるなw

掛け算を目指したらそらもうグダグダであるw

34:ソーシャルメディアで話題化を図っていく際に、3つの条件が必要になる。これは音楽に限らず、多様な業界でも同じことが言える。

・Talk-able (話したくなる要素)
・Buzz-able (話題になる要素)
・Shar-able (共有のされかた)

Talk-able (話したくなる要素) はつまり、いかに 「人の言の葉」 に乗るかである。例えば、「タイアップ決定!」 や 「●月●日、新曲発表」 といったニュースは、ファン以外で広がることはない。これではTalk-ableとは言えない。Talk-ableとは、ファンを超えて話したくなる要素を兼ね備えていることがポイントになる。

次にBuzz-able (話題になる要素) もTalk-ableと同様に、ファン以外で話題になる要素を持てるかが重要になる。例えば、Twitterでアーティストのプレゼントキャンペーンを実施したとしても、これがファン以外でBuzz-ableになることはない。しかし、一生ライブご招待券が当たるとするならば、これはBuzz-ableになり得る可能性がある。このように、ファン以外にも 「WOW」 を提供できるかどうかが鍵になる。

最後のShar-able (共有のされやすさ) が 【共感】 されてからのアクションにもっとも必要になる。ただ 【共有】 できるだけでは、なんの価値も生まれない。

しかし、まだまだ音楽においてはShar-ableの要素が少ないのが現状だ。コンテンツを 【共有】 させることではなく、コンテンツを載せた文脈設計のShar-ableが足りない。

音楽においては発信者そのものが3つの要素を元々持っているべきだからなw 販促活動は小手先テクニックとも言えるw

とは言え "3つの要素を演出" という点でのプロデュースは可能だな。

いわゆる企業コミュニケーションも、アップルやダイソンみたいな、"そのままで話題性ある" 状態じゃないと根本意味ないからなぁw

そして、特にソーシャルメディアのトンマナは、とても生々しい訳なので、"地味な公務員がサイズ違いの高級ブランドの服着ていっても目にも留まらない" んだよな。少なくても芸を披露しないとな。

AZZLOの企画は、言うならば芸、ギャグを教えて差し上げたいという感じだが

代理店営業 / 企業:「みんなやってないじゃん!恥ずかしいし・・・」

AZZLO:「お笑い芸人はあなたよりもファンが居ますが・・・?やらないんですね?だったら気が済むまでサイズが合わない服 (媒体) 買い続けてください。こちらは販売は出来ますので」

みたいな感じだなw

35:調査によれば、EDMファンはソーシャルメディアの利用が非常に活発であることがわかった。EDMファンは1日平均11回ツイートし (平均的Twitterユーザーは1.85回)、3回に1回の投稿はEDMに関連する内容で、一般的な音楽ファンに比べ彼らが音楽について投稿する回数は52%も多いという結果となった。平均的なTwitterユーザーよりもEDMファンは今聴いている音楽について4倍多く投稿し、音楽好きの中でもEDMに関する話題を日常的に生み出している。

これは凄い数字だな。EDMに関係ないツイートも当然多い訳だが、EDMってトラディショナルテクノの "テクノロジートライブ" とか無い印象なのだが、何でそんなツイート出来る材料があるんだろう?

36:EDMファンはまた特定のアーティストに偏った投稿を行うのではなく、EDMというジャンルが生み出すライフスタイルやイベントの体験など、全体的なトピックについて投稿している。

あ!EDMは音は昔からほとんど同じようなスタイルの "POP DANCE" の新譜でしかないのだが、演出面では確実にクラブ的なシーンを更新している印象はあるな。その辺は "テクノロジートライブ" になっている感じするな。

トラディショナルテクノ・クラブは、何故ミラーボールとレーザーで停滞するのだろうか?音をMIDIに変換して音と照明・映像とシンクロする演出は10年前から理屈的に出来るのに、まだ本気で手付けてないだろうしな。

そのうち "ダンスフロアーは無重力" という装置が出てくる可能性も技術的にはある訳で、そぉいう 「はぁぁ??? ちょwwww」 という体験を提供して欲しいと思うんだよなぁ。

個人的趣向は "スモークとストロボだけ" なストイックな空間ではあるが、"夜やってる遊園地" という尺度でのクラブは "BODY & SOUL" 的な "懐かしみ体験" になってしまったと思う・・・。

ま、音としてのEDMは何のクリエイティブ性もフォーク・パンク寄りのロック性も感じないが、トラディショナルクラブ的な事を昇華したシーンが存在するのは良い事だとは思う。

37:興味が顕在化された、もしくは関与度が低い友人は自身ではおそらくライブに行こうとは思わないし、積極的に情報を取得しようともしない。

しかし、そこに信頼に足るエヴァンジェリストである友人の 「巻き込み」 が付加されることで、そのハードルを超えることができる。

すると、音楽発信側からすると、エヴァンジェリストが友人、知人に伝達ができるような 【共有】 できるコンテンツを、ソーシャルメディアも含めたWeb上にいかに配置できるかがポイントになる。

とりあえずAZZLOのフェースブックのウォール (既に全員フォローを外したので分からないが) では音楽ネタを見たのはほんとに限られるな。音楽やってる人の告知はまた別だが。

「カラオケでコレ歌っちゃったぁ~ん♪」

みたいのもないよな。

それだけ音楽がファッション (流行) とか、アイデンティティ表現のツールではなくなって、当然コミュニケーションツールとしても機能しなくなったのは間違いないだろう。

音楽を聴くシチュエーションもパッケージが無いデジタルデータとイヤホンになったから、「!何コレいいじゃん!」 的な事が起きないもんなぁ。

たまにウチに人が遊びにきた際に起きる 「え~~~っとぉ・・・あの曲はどこだったかなぁ?」 とアナログレコードを探す瞬間って凄く無駄なんだが、凄く楽しいし、「まだぁ?もういいよw」 とか会話が生まれて待ってる友人もその隙間に起きる会話は楽しいと思うんだよな。

そぉいう隙間が人間的だと思うが、非常に機会が少なくなったよな。

そんな事を考えると、よりフィジカルな生楽器演奏に回帰するよなぁ。近年のアナログレコード、アナログシンセ・モジュラーシンセ回帰のトレンドは当然の事だと思える。

38:しかし 【共鳴】 は、アーティスト側の演出だけで生まれるものではない。

ポイントになるのは、ライブそのものに加えて、誰もが気持ちよく参加できて、アーティスト、会場、ファンの3つを見事に融合させているかどうか。そして、しかるべきタイミングで、どれだけその場が一体感を持って盛り上がるのか。オーディエンスの感情を動かすことができるのか。そういう状況を、アーティストやスタッフが作れるかにかかっている。なにもお金をかけることだけではない。

これはマニアックラブだな。いわゆる スタッフもお客さんも全員が "世界が憧れるマニアックラブ" のキャストの意識あった からな。

そして排除しなくても違う人は近寄らなかったしなw そのぐらいの熱量はあった空間であり 毎日が文化の瞬間だった と思う。

あんな世界的に見てもコアだった場所に長時間滞留してれば、人生こじらすよなぁwww ホント幸せだw

39:・ユーザーがどのソーシャルメディアでなにを 【共有】 するのかを設計する。

・どこから 【共有】 → 【共感】 → 【共鳴】 のサイクルを作り出すかを設計する。

上記2点に気をつけないと、サイクルの始まりが不明確になり、結果としても中途半端に終わってしまう。

某音楽アーティストのPR施策のプレゼンで感じたが

「レーベル担当者がアーティストの機嫌を損なわないような施策を求めている」
(アーティストがレーベルの株持ってるので・・・)

だけで、共有も共感も共鳴も起きない施策を好む傾向を感じたな。

「そんな綺麗事では既存ファンだけの儀式で終わります!」

と言いたかったが、そんなAZZLOを察知した営業の表情が強張っていたので我慢したがw

ほんと金って面倒臭いよな。

41:僕が小中学校だった時代だと、「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」 「ミュージックステーション」 「CDTV」 「THE 夜もヒッパレ」 などがある。これらの番組は "必ず見るもの" であり、そこには音楽好きというレッテルは存在しなかった。

「HEY!HEY!HEY!」 が放映された翌日には、学校で友人とその話題でもちきりになり、とあるアーティストの新譜がカラオケに載れば、すぐさま学校の帰りに歌いに行った。学校行事の社会科見学や遠足では、テープに流行の音楽を入れて持参するのだが、それこそオリコン一位~十位までを片っ端から借りて、選曲をどうするかと夜中まで悩んだものだった。

可愛いwww

AZZLOは世代じゃないが "トヨタ86に女子を乗せてドライブコースに合わせた選曲でココでキスする!" みたいな事、みんなやってた訳だからなw ある意味80年代はみんなDJだった訳だw

90年代はカラオケで選曲センスの重要性は継承してるしな。

"ヒトのコミュニケーションを促すには聴覚刺激が有効"

というのは、ほぼ形式知である暗黙知なんだよな。

AZZLOがエロモチベーションが高まる要因は、いわゆる "ルックスクオリティーが高い娘" ではなくて、"この普段の声が喘ぎ声だったらどうなるんだ?" という聴覚の軸が強いしな。

故に、おっさんの喘ぎ声とかに対しても同様に関心が高くて気分悪くなるんだけどもな・・・w

42:少なくとも90年代にはソーシャルグラフなんていう概念は存在しなかった。そして、なにより重要なのは "ソーシャルグラフとインタレストグラフは同一のものだった" ということだ。同じアーティストを聴き、みんなで語れるアーティストが存在し、みんなで歌った。もちろん、そこから 「音楽好き」 に変容した人間は音楽を掘り出し、細分化された領域へと突入する。

BOWY、X-JAPAN、チャゲアス、とかそんな感じかなw

厳密に言うと濃度は微妙だが "トライブ" だったと言えるし、その精査するフィルターとして音楽は機能していた部分はあるよな。音楽が思想・生活様式との連動性が高かったと言える。極論ヒッピーがそれなんだろう。

昔からあるっちゃあるが、昨今一辺倒になりつつある

「恋が実らないアタシ。でもそんなアタシ頑張ってるから未来にきっと王子様来てくれるわ」

的、超マーケティング音楽パッケージでは、もう "タイミング" でしかない状態に思うなw 思想もスタイルも何もない普遍的女子ニーズなんでタイミングでしかない のだ。

そして同じ普遍的テーマでも、昔の曲の歌詞の方が奥行きがある詩になっていて面白いように思う。

マーケティングは大概 "広く" を目指す事になるが、結果的にコアファンは醸成出来ないし、音楽そのものへの期待が無くなったな。

ターゲットとかいってる対象は赤い血が流れているヒトであって、「どうよ?どうせお前こぉいうの好きだろ?マーケティングしてっからさ♪ ほら買えよ?」 と言われたら好きでも反抗したくなるもんなんだよなw

そのマーケティングがニッチ (忘れていたマス) だと 「あえてココかよwww」 的に賞賛したくなる反面もあるんだけどもな。AZZLOにおいてはLONEがそんな感じだw 三十路四十路テクノ好きでLONE嫌いなヒトは居ないハズだw

GALAXY GARDENってのが、KEN ISHIIのGarden On The Palm と、GALAXY言うたらGALAXY 2 GALAXYな訳で、お好み焼きとゲロの組み合わせ的タイトルだもんなぁ。

いずれにしてもデトロイトテクノ以降のクラブテクノの概念は "UTOPIAを求める・歩む" 思想と言えそうだな。凄くヒトとして当たり前のモチベーションだとAZZLOは思う。

43:一般社団法人レコード協会の 『音楽メディアユーザー実態調査2012年度版』 の中にある、「世代別の音楽との付き合い方」 を見てみると、全体の比率として、音楽に対して無関心だと答えた層が、2009年には無関心 (既知楽曲のみ) と無関心 (音楽を聴かない) が、27.8%だったのに対して、2012年だと36.3%まで上昇している。音楽を聴ける環境やデバイスは飛躍的に進化しているのにも関わらず、そもそも音楽に興味のない生活者が増加していることがわかるだろう (年代で細分化すればもちろん数値は変動する)。

おぁっ・・・・。

や・・・ヤバイと思う・・・。

そもそも偉いおっさんが一番恐れるのは音楽家であるぐらい聴覚の刺激というのは圧倒的だし、オウム真理教も信者にLSD食わせて密室で麻原の歌を爆音で聴かせてたぐらい浸透が深い手段なのに、言うならばドラッグ無しでシラフで飛べる合法的娯楽なのに、それを必要とされなくなっている・・・。

「ドキドキする事ぉ・・・殺人だ~~~ね~~~♪ Oh Yeah!!!!」

が表面化してしまう・・・。音楽はキスやらエロい事で留まって頂く為のキャップでもある と思うのだが・・・。

"記憶頑張ろう的教育" ではない方の教育・規律として、音楽ソースやそれを体験する場は必要な教養だと強く思う!!!

"ダンス教育義務化" が、その点すら排除する為の仕込みとして機能してしまったら、マジヤバイんだよな・・・。

音楽ビジネスのマネタイズの問題とかそぉいう事ではない次元でヤバイ。

44:音楽が共通言語ではなくなった理由。それは 「無知無関心層」 が増え、彼らが音楽に時間を割かなくなったことだ。音楽をより楽しい時間と場とコト、モノが世の中に増えて、それで十分満ち足りている生活者が多くなったのだ。

満ち足りているかは微妙だな。"SNSなどの可視化される繋がり" に依存した上に維持に疲弊している側面も多く見受けられる。

45:今はソーシャルメディアからマスメディアへ、マスメディアからソーシャルメディアへといった情報伝播は生み出されている。昔のような上意下達の情報の流れは変化している。だからこ、『ソーシャルトピック』 を意図的に考えてプロモーション出来るかどうかは今後、今まで以上に重要になってくるはずだ。

先日起きた事だが 『"プロモーション" ってオリエン書に書いてあるのに CRの人が 「広告だね!その方がプレが分かりやすいし♪」』 と言った人は 「オレはトラディショナル広告マン」 と開き直っていたもんな。その人の生き方の論理性は担保されているが得意先の成功は二の次 だと感じたな。

ターゲティングも狙いも論理性ない広告に紐付くプロモーション案企画とかって、"商品サンプリングします" ぐらいのプロモーションしかハメれないと思うんだよなぁw WEBを踏まえると

「ジャイアンリサイタルをtwitterで賞賛してください」

みたいな事だから成り立たないんだよなw AZZLOにおいては別に提出書類は書けるけど提案書にはならないんだよなぁ。そしてプレゼンは出来ないw 何故ならば詐欺になるから。

ほぼ全案件に言える事だが、ソーシャルメディアをマスメディアと同様の"金で買える出稿媒体" として捉えてる事がそもそも間違ってた (まだ間違っている) 気するな。

"ブロガーに金払って賞賛レビュー買いてもらう"

とか、「どんだけ商品に自信ないんだよ!!!そんなもん買わせようとしてんのかよ!!! 」 って感じだもんな。

普通の生活者だったら普通に気付く事だと思うんだけどな。

AZZLOは幼少の頃からテレビCMや広告を見る度に

「少なくても広告費の分は販売価格に乗せられてるんだよな?ん~・・・広告してない商品だったら同じクオリティーで安く買えるって事じゃね?」

って思ってたからな。幼少のAZZLOで気付くレベルであるw

46:しかし、盛り上がった波をマーケティング担当者として、ただただ 「すごかったね」 「バズったね」 と眺めているだけでは全く意味がない。人は忘れていく。普段関与度が低ければ低いほど、忘れやすい。

大事なのは、そこから見込顧客も含めてつながっていく施策である。これは言い換えれば、ムーヴメントが終息していったあとの話にもつながる。そう、ムーヴメントは必ず終息するのである。

その終息も見越したプランニングをしたいと思う。成功案件も 「パートいくつまでやるって決めた方が着地が綺麗だから、いつ終わるか決めようよ」 って営業に言ったなぁ。

そうじゃないと 「あぁ、今回のでコケたから次のは無いんだなw」 ってバレるので、ネガキャンになるんだよなぁw 評判が良い企業コミュニケーションほどその落胆は大きい。

CMが話題の某案件のプロモーション企画を依頼されて、"みんなで決戦♪" 企画を作ったのだが、「決戦して倒しちゃったら次がないからダメ!」 言われたんだよなぁ。

オチがないまま終わったら 「あぁ・・・そもそも効果なかったんだなぁ」 って思われるのが明確なんで、終わり設定した方がヒトの記憶に残って、企業からのコミュニケーションが無くても永遠に続く生活者チャレンジが生まれると思うんだが・・・。

AZZLOはまだ生まれてもいない時期のキャンディーズの解散発表は知っている。

こんな感じで終わんないと伝説にならないんだけどな。

企業コミュニケーションは広告代理店の貧乏性で、せっかく良いベースを持っていても、植物人間状態で延命させる為に金を使わせている不誠実なビジネスになりがちだと思う。

そんな事やってるからコンペで毎回疲弊することに繋がるとも言えるw

"疲弊した履歴を元に給料アップを要求する材料としたい"

のだろうが、AZZLOは楽して儲けたいと思うし (正確には欲望ではなく条件として思う)、誰でもそうだと思うんだけどなぁ。

48:話題性って本人から一番遠いところのものと合体したときに生まれると思うんです。たとえば黒ギャルが 「農業に感心があります」 って言ったらニュースになるけど、「ギャルがいやらしい下着つくってます」 って言ってもニュースにならない。(福山雅治)

w・・・。

ま、もうちょっと広く言うと "コントラスト" って言葉が出せるかな。

そのコントラスト、すなわち意外性みたいなのを、企業はともかく広告代理店は嫌うな。そして話題起きないな。

「あの企業はコンサバだからさぁ・・・」

と連呼する営業が少なくないが、それは広告代理店がコンサバで、そぉいうコンサバな案件の処理班でしか声がかからないからだと思う。

企業がチャレンジしたいときは、電通意外の広告代理店に相談する導線は薄まっていると感じる。電通なら法律も変えようとするが、それ以外はそぉいう事が可能な事も知らないし、知ってても知らないフリするからなw 頼りにならないんだよな。よって処理しか頼めないんだよな。

49:今の日本の音楽アワードはあまりにもコンテンツパワーを持っているアーティストに比重を置きすぎていて、新しいアーティストがブレイクする機会が少ないのが現状になってしまっている。

アメリカのグラミー賞のように権威があり、ここで評価されることによってアーティストが花開くようなアワードが、日本でも生まれていくことが重要だ。

ザ・ベストテンの演出違いでしかないケースは少なくないよなw

そして、日本人は既に起きた事を追いかけるのは得意だが、連れション意識やらもろもろで、議論を促しそうな提案はやらないからグラミーみたいな事は出来ないだろうな。

「様々な見解がある。あなたの見解も正しい。あなたの指摘通り我々も検討した。その上で我々の出した結論は"こぉいう理由" で取捨選択した上での結果なのだ」

みたいな事を日本人は言わなさ過ぎると思う。ま、"あなたの指摘通り我々も検討" したくない面倒臭い逃げるからなんだろうが。疲弊労働履歴としては良いネタだと思うんだけどな。

「円である」 という視点で留まっていたら、「あら????三角でもあった???こ・・・これは円錐ってヤツだね?」 という事に辿り着かないんだよなぁ。当たり前体操なんだが。

50:今、音楽だけでなくゲームなどを始めとしたエンターテインメントは、生活者の可処分時間の取り合いゲームをしている。生活者の時間を頂くこと現在、なによりも難しい。

この事実、企業と広告代理店は "タッチポイント" で0.01秒でも接点があれば 「リーチした。認知だわーい♪」 ロジックだよな。超2次元感覚w

逆に短いからこそ "分からないから 検索して調べたくなっちゃう" しかけとか出来るとも言えるが、"伝えたい事が伝えられない" となる。むしろ能動的な興味喚起を生む方が価値があると思うんだが。

CMとかも "超早口で何言ってるかわからなくて気持ち悪いから検索してみた" という導線作れるんだけどな。

51:NO MUSIC, NO LIFE な人々なんて、本当にごくわずかだ

うわー・・・w まぁなぁw

でも一番幅広い娯楽っつぅか趣味っつぅか、"好きな絵描き" の名前を挙げれる人に比べれば圧倒的に大きいものだとは思うw

52:音楽サブスクリプションサービスを世の中に浸透させていかなければならない。させなければならないというのは、音楽サブスクリプションサービスまでもが、音楽好きの中でしか利用されないということは、ひいては音楽から本当に人が離れていく可能性があることを意味するからだ

そぉいう意味ではないと思うな。AZZLOが古臭いのかもしれないが、サブスクリプションサービスは全然必要と思えないんだよな。ほぼYOUTUBEでメジャーレーベルのは聴けるし。

今のウチのシステムではMP3 320kbpsとWAVの違いが分かる状態になってしまったしw MP3で聴くと位相が曖昧でふわっとした音になるんだよな。

あとCDやアナログレコード、カセットテープ等の物理記録メディアの場合、"書道における墨を擦る" 的な儀式であって、出音には関係ないが何気に重要だと思うw

移動だけ考えれば燃費の良い軽自動車で良い訳だが、それで全てまかなえる訳じゃないのと同じだと思う。

53:音楽ファン以外に音楽サブスクリプションサービスを利用してもらうためには、聴き放題や2,000万曲、月額980円などとは異なるマーケティングメッセージを打ち出すべきだ。

なぜなら、音楽ファン以外の多くの生活者にとっては聴き放題じゃなくても知っている曲だけ聴ければいいし、2,000万曲も必要ないし、月額980円も払うのであれば、YouTubeで十分だからである。

かといって、比較的音楽ファン度が高い (毎月600曲以上新譜聴いて、年50枚以上はCDレンタルする) と思われるAZZLOにもサブスクリプションサービスは必要無い感じするんだよな。

LAST FMは面白いと思って、ちょっと使ってたけどな。

サブスクリプションサービスは偶発的な新しい音との出会いをビッグデータ的な事で、うまく環境作ってあげる事がポイントだと思う。サブスクリプションサービスで検索しなきゃならないとか、有料のYoutubeになるだけだからな。

54:日本の音楽業界では、大枠のマーケティング戦略が決まった上で、「facebookどうする?」 「Twitterどうする?」 「ソーシャルアドどうする?」 といった話に終始しがちである。そうなると、出来ることが限りなく少なくなり、ソーシャルメディアダイナミズムを実行することは出来ない。マーケティング戦略を検討していく上で、ソーシャルメディアをおまけに組み込むのではなく、最初から戦略の一環に組み込んで考えるようになっていく必要がある。

音楽以外の業界も同じです・・・w

本人でもないスタッフが書いた 「告知」 なだけのfacebookページやTwitterばかりだもんな。そして知名度の割には "数千人" のページいいね!で終わってる事象が大半w

手間と金 (人件費) を考えたら、都度小規模でも広告出稿した方がずっと良いと思うなw

55:デバイス限定で無料配信するということに対しての否定、反論。加えてサムスンがアルバムを事前に買い取ったことに対する否定、反論的意見が形成されるとムーヴメントは加速する。JAY-Zファン、非JAY-Zファン、サムスンファン、非サムスンファン、音楽業界、通信業界など業界を超えて話題化を生み出した。(JAY-Zの新アルバムプロモーションにおいて)

先日のU2の "itunesユーザーへの無料自動ダウンロード" も話題になったしなぁ。

"険悪感も含めて話題" と捉えるのは日本企業は無理だな。

「ジャイアンの歌はいかにキツいか?」

を公にするプロモーションをやれば、「どんだけキツいんだ?w」 という人が関与してきて

「確かにコレはキツイ・・・w」
「思ってたよりはマシじゃん!」

とかなって話題になって、"多面的議論" になる訳なんだけどな。

56:世の中に話題を起こす際に、ファンを中心に 「盛り上がりの種」 をシーディングし、話題を醸成することは大きな武器になる。「盛り上がりの種」 はファンから生まれないと波及しない特性を持つ。理由は明確だ。ファン以外興味がないからである。

「俺らがやったのだ!」 という勘違いをさせる促しが必要だもんな。部下マネジメントと同様で強制ではなくて追従に変換する事が必要。

57:HARAJUKU KAWAii!!!!トライブから始まったきゃりーぱみゅぱみゅは、戦略的なPRとソーシャルメディアを駆使し、「世の中ゴト化」 へ到達した。そこからさらにきゃりーぱみゅぱみゅがファン / 非ファンを問わず日常生活に浸透するマスメディア戦略を実行し、まさしく誰に話しても知っている状態へとたどり着いた。デビューからたった2年で世の中を動かし続けているきゃりーぱみゅぱみゅから学ぶことは多い。

"腹くくったプロデュース" だからな。デビュー前からかなり仕込みしてる訳だし。

きゃりーを参考にしても多くの場合、"へんな文字フォントのロゴ" "水色と黄色" "動物の着ぐるみ" 程度の表面的なパクりで終わるw (すでにそぉいうのある)

58:統一されたコンセプトが、各アーティストに紐付いて展開している例は多い。イギリスのWARP RECORDSにも、まさに同じことが言えるだろう。ただ、日本において "今" の時代にこのことをメジャーレーベルで実行しているのは 「unBORDE」 だけではないだろうか。

一般的に、生粋の音楽ファン以外は自分の好きなアーティストがどこのレコード会社に所属しているかには興味がない。「unBORDE」 が秀逸なのは、ファンが手を伸ばすことが心地いいレベルの範囲を用意し、「unBORDE」 マーケティングを行っていることだ。ワーナーミュージック・ジャパンでは広すぎるのだ。「unBORDE」 だから意味を持つ。「unBORDE」 という単位だからこそ、語ることも出来る。

ここでWARPキタw WARPからのリリースは、その時は趣味じゃなくても一度は耳を通すもんな。

近年やっとオウテカが普通に聴ける、どの曲がどんなんだったか覚えられるようになってきたしw

そして我らがSUBLIME RECORDSもそうだったな。

そしてPROGRESSIVE FOrMは、今でも磁場を感じるな。

59:闇雲にドラマのタイアップを取ったり音楽番組に出演しても、長いあいだ活動し続けることは難しい。ましてやムーヴメントなど起きることはない。そのような戦略によって活動を維持できなくなったロックバンドは数知れない。

音楽のジャンルの中でも特にロックバンドは徹底的に 「仲間ゴト化」 を目指すべきだ。

某音楽アーティストのプロモーション提案をしていた際の現実は

「広告代理店にはCM、ドラマテーマソングのタイアップを決めてきてほしい」

という事だったからなぁ。AZZLOは少なくても10年単位の "共同体作り" を考えて提案していたのだが、有難迷惑だっただろうなぁ・・・w

他の音楽アーティストのデビュープロモーションも "どう引退するか?" を先に考えたけど、提案すら出来なかったしなぁw

そして、広義な意味でのロックもあるので、ロックバンドに限らないと思うが、セオリーとしては 「恐怖に怯える臆病な自分」 をさらけ出す事で、臆病な人が集まってくるというのはあるよな。言うならば "ミスチルロジック" だw

「何にどう臆病になるのか?」

は、想像力が必要なのでw この点がバンドの個性だよな。

そして、バンドは長く続けるもんでもないと言えると思うw バトンを繋ぐ一つの手段だろう。終わった方が深く記憶に残るし。

60:"戦略的PR" はあれど、意図的に戦略PRを仕掛け、ソーシャルメディアとマスメディアを融合させ、世の中を動かすマーケティング戦略を描いたものは、音楽マーケティングにおいてはほぼダフト・パンク以外に存在しない。

音楽以外でも去年のダフトパンク以上のものは無いんじゃないかな。

"グラミー受賞でスティービーと競演"

というゴール設定があった上で設計している様に思う。

61:「言うのは簡単」 「ダフト・パンクだから出来た」 「きゃりーぱみゅぱみゅだから、可能だった」 こういった台詞はもう封印しよう。その台詞を用いても、現状はなにも変わらない。

そして "何故可能になったか?" をちゃんと知るべきなんだよな。

千里の道も一歩からな訳だからな。"歩いたらしい" というのを知らなければパクる事も出来ないw

広告代理店は "事例集めた上で表現だけパクる" が横行してると思う。それは良くても "劣化版" として認知獲得出来るだけなのだ。"何故その表現を採用・組み合わせたか?" の論理を探らなければならないと思う。その考察の中で絶対にズレ (勘違い) が生まれる。それが個性であり、新しいものだと思う。すなわち先輩を踏み台にして後輩が更新し続けるという人間らしい行為になる。

62:未来可能性に溢れている。世の中はいつだって動かすことが出来る。音楽マーケティングはこの先もっと変化し、進化していくはずだ。むしろ、進化していかなくてはならない。それぞれ音楽に向き合う人たちが一緒になって取り組めば、世の中を動かすことは絶対に出来る。

世の中を動かす未来には、共通項が存在する。共通項を紐解いてそれぞれのアーティストやサービスなどに応用することで、切り拓かれる道はきっとある。

音楽は永遠に消えない。古代から生まれた人類最高の発明のひとつである音楽はいつの時代も人々の心を揺さぶり、支え、明日を照らしてきた。

その音楽が、今までのように機能しなくなったと言われている。果たして、本当に機能しなくなったのだろうか?大丈夫。音楽はこれからも人々の生活に深く関わってくる。音楽は共通言語として機能する。音楽はこれからも変わらず多くの人の心を鳴らし続ける。

音楽の未来はどこにあるのか。きっと大きな分岐点に来ていると思っている。ただ、今、この瞬間も音楽によって生きていてよかったと思う人がいて、今、この瞬間も音楽によって救われている人がいる。音楽によって支えられてきた人たちが、音楽の未来を作るのだ。

ONE OK ROCKの69に非常に似てるなw

そして共通言語に昇華されるには、大概現在の共通項を否定する事だったりするんだよな。"しっくり感" が違うんだよなw

63:音楽マーケティングのルールを超えていくことが、新しい音楽ビジネスの未来に結びついている。そして、この取り組みの向こう側には大勢の人が音楽に身を委ね、音楽を必要とし、音楽に生かされるようになる未来があるはずだ。

鳴り響く歌が、歌詞が、メロディが、演奏が、人生を形づくる。マーケティングはそのあとの話しだ。

音楽マーケティングで人の人生は変わらない。ただ、人生を変えるきっかけは与えてくれる。音楽マーケティングのルールを超えていこう。世の中を動かす "企て" を生み出そう。音楽で世の中を幸せにしょう。

そして、音楽が人生を変える。音楽こそが人生を変えるんだ。

これもONE OK ROCKみたいだなw

「最高のマーケティングはマーケティングしない事」 とかも言われるしなぁ。

そして 「音楽こそが人生を変えるんだ。」 はその通りで、故にグレートミラクルワンダフルハッピーバリューエクストリーム偉いおっさんは音楽家を一番恐れるんだよな。

権威や金よりも "小汚いガキが叫んだ方が人を動かす" ってのは、なんとも皮肉である・・・w

64:音楽が鳴り響く世界は、光に溢れています。日々最高の音楽が生まれ、最高のライブが開催され、最高のテクノロジーが開発されています。きっとこの先も次々と融合が始まっていくはずです。

音楽に救われ続けた僕のように、もっともっとそんな人が増えて、音楽が文化として根付いて、奏でる人も、聴く人も、届ける人も全員が幸せになるエコシステムを必ず作れるはずです。音楽の未来はきっと、明るい。

暗いのは "マネタイズ領域" だけで、音楽そのものは大丈夫だとは思うけどな。ニコ動の初音ミク楽曲においては、かなりエコシステムは綺麗に昇華されたとは思うし。元々マネタイズが関係ないモチベーションだし。

ニコ動みたいなのは、過去にはイカ天とか、必ず時代に合わせて存在する訳なんで、その辺は気にしなくても出てくるだろう。

ただし、そぉいう動きを規制する法律によって可能性を潰されるのはダメだよな。ま、とりあえずネットサービスが今程度のことが出来ているうちは、単純に "作品が出る" という点では大丈夫だろうが・・・。

そのうちワトソンが自動作曲して、違うワトソンが賞賛してネットマネーで決済して・・・。っていう人間不在マーケットが出来るだろうなぁw

音楽に限らず、リアルヒト以外の経済圏を作らないと、資本主義が担保出来ないのでw


音楽のベースを持ちつつ広告代理店とかに在籍してコミュニケーション設計を試みるAZZLOとしては、"もっと前に読みたかった本" という感じがする。ま、蓄積された肥やしがあった上での読書だし、今でまぁ良かったとも言える。

そして改めて思うのは

"音楽に対するモチベーションはコミュニケーションの基盤であり、当然音楽以外の事象にも適応出来る。音楽ほど普遍的なメディア (middiumの方のメディア) は無い"

って感じかな。あ・・・エロの方が強いか・・・w

2014年12月17日

TMPGEnc Video Mastering Works 6 体験版を試す

エロ動画編集の為に活用しまくっている TMPGEnc Video Mastering Works 5 だが、先日6の体験版が公開 されたのでさっそく試してみる。

現状5での不満は "サムネイル生成速度が遅い" ぐらいで、(先日PC買った のはこの理由が大きい) 非常に安定していて非常に良いソフトだと思っている。


○良い点
・立ち上げ時のロゴデザインがかっこよくなってる。

・インターフェースデザインもフラットデザインで現代的になってる。

・編集点をまたいでプレビューすると、若干止まっていたのだが、6ではスムースにプレビュー出来る。タイムライン編集時も同様にスムース。

・タイムライン編集に変更する際のフォーマット設定が1クリック少なく設定出来るようになった。

・バッチツールにファイル名が表示されるようになった。大量のバッチを登録、エンコード後にミス編集に気付いた際などに、どのバッチファイルを直せば良いかすぐ分かるようになった。

・停止状態からプレビュー開始すると、1割程度の確立で無音になっちゃっていた (一度止めてもう一度プレビューすれば音は出る) のだが、直った。

○悪い点
・機能 / ボタン位置 などは5とほぼ同じ。ただし現代的なデザインによって、ボタンがやや小さくなっているので慣れるまでミスクリック多発・・・w

・編集画面の音量調整が通常のマウスホイールの上げ下げと逆・・・。音量下げようとすると上がる・・・。

・フィルターの "テンプレートを開く" ボタンが5では上部だったのが6では下部になった。上部の方が使いやすかった・・・。

○どちらでもない点
・フルHD H.264でもサムネイル生成速度が爆速!!!一瞬でシークした箇所のサムネイルが表示される。これだったらPC買い換える必要無かったな・・・。

と思いきやサムネイル生成設定が違うようで "自動設定" だと爆速。5でも爆速だった。(AZZLOは4秒ごとのサムネイル生成指定が丁度良いのだが、フルHDでは5でも6でも一瞬で表示される訳ではない。)

若干6の方が速いが、体感でギリギリ判別出来るぐらいの違いしかなかった・・・。

・H.265のエンコードをしてみた。プラシーボ効果程度の綺麗なエンコードな印象。そしてH.264の倍時間がかかって、ファイル要領は2割ぐらいかな?少なくエンコード出来た。


こんな感じだった。

総合的には良くなったと思う。AZZLOは超活用しているソフトなんで、アップグレードする予定だがH.265エンコードがマストでない限り、アップグレードする必然性はそんなに高くないとも思う。

2014年11月10日

-読書感想- 知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代 / 田坂 広志

2014-11-09 22-44-59.jpg

知性を磨く「スーパージェネラリスト」の時代 / 田坂 広志

2014年5月頃の読書。

大卒者 (エリート) が組織で使いものにならない理由

にて

(高学歴ほど) "知識に盲目になり、知恵の存在を忘れる"

等、知識と知恵の関係を考えたりした訳だが、最近 "知識と知識の隙間を見極めるスキルが知恵" とかいう見解も出てきた最中、似たような言葉の 「"知性" はなんなんだ?」 という興味からこの本をポチった。

ちなみに帯コピーである "なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?" については

何故AZZLOは偉いおっさんに疑問を感じるのか?

に書いた通り、アダムスミスを踏まえて "偉いおっさんは徳が無いから" という見解があるのがAZZLOだ。


1:学歴は一流。偏差値の高い有名大学の卒業。

頭脳明晰で、論理思考に優れている。

頭の回転は速く、弁も立つ。

データにも強く、本もよく読む。

しかし、残念ながら、

思考に、深みがない。

そうした若手がいないだろうか。

いや、それは若手だけではない、実はこうした 「頭は良いが、思考に深みが無い」 と評するべき人物は、年齢に関係なく、存在する。

まぁ日本の教育は "考えるスキルを奪うトレーニング" だからな。しょうがないw

2:例えば、世の中には 「知能検査」 というものがあるが、この検査の一つの重要な柱は、正解の有る問題を数多く解かせ、いかに迅速に、正解に到達できるかを測るものである。

すなわち、「知能」 というものの一つの重要な意味は、まさに、「答えの有る問い」 に対して、速く、正しい答えを見出す能力に他ならない。

そして、言うまでもないが、現在の中学、高校、大学などの入学試験で測られるのは、この意味における 「知能」 であり、現在の「学歴社会」 において受験勉強を勝ち抜いてきた 「高学歴」 の人間とは、この意味での 「知能」 が高い人間こと 他ならない。

日本の学校で得られるものは、言い換えると "記憶力 (記憶内容)" であって、あまり "能" ではない事が大半w (全てだとは言わないが) 能はその記憶をただ都度使うのではなく、組み合わせる事であるとも言える。

"九九の歌" 小3でAZZLOもやったけども、"掛け算の構造関係無い記憶促進ソング" だからな。大半の勉強と言われるものは、九九の歌に近い状況に思うw

"なんちゃらかんちゃら鎌倉幕府"

とかも聴覚から記憶してるだけで同じだよなw AZZLOは既にその記憶すら微妙だしw

昭和の時代までは、知のストックが一定以上あると、

"都度引き出すだけである程度事足りてしまうので、組み合わせの必要性にかられない"

という事でOKだったが、現代では "考えない" 事に繋がっているし、必要な知が無い時は逃げ出したりするんだよな・・・w

2014-10-21 20-25-14.jpg

2014-10-21 20-25-50.jpg

現代に必要なのは

2014-05-23 19-18-27.jpg

こぉいう事だし、もっと突っ込むと

"そもそもどれが問題かを見極める"

必要があると思う。

で、"記憶力" とも言える知能については

2014-10-22 13-40-19.jpg

2014-10-22 13-40-38.jpg

2014-10-22 13-40-53.jpg

2014-10-22 13-41-10.jpg

2014-10-22 19-35-02.jpg

今後こぉいう事なので、いわゆる日本の教育・勉強というのは、ほんとに "筋力" 的な努力賞的な事でしかなくなる。

そぉいう筋力だけで企業の人事採用をしているから、SONYがダメダメになってる的事象に繋がってると思う。

今後、事実や記憶はWEB上に格納していく割合が増えていくハズなので、"サプリの様に記憶を購入" するビジネスなんかも可能だし、事実を好みの記憶に変換する解釈 (フィルター) の販売も可能となる。

ってAZZLO自身も予見してたなぁw

3:成功したと思われる人生を歩んだ後でさえ、もう一つの道がどのような道であったか分からない。

それが人生の真実の姿であるならば、若き日に、進路の選択肢を前に我々が悩むとき、それは、まさに、「答えがない問」 の前で佇むときに他ならない。 ~中略~

そして、その 「答えの無い問い」 を前に、その問いを、深く問い続けることのできる能力、それが 「知性」 に他ならない。

これに対して、「知能」 とは、「答えの有る問い」 に対して、早く正しい答えを見出す能力のこと。

この "道" の選択に環境はどの程度影響するのか?(DNAかコミュニケーションどっちが強く影響するのか?)

というのが気になるんだよなぁ。言語によっても思考変わってくるから、要は内的と外的どっちが影響強いの?って事なんだけども。

例えば、映画とかでよくある設定だが、"政治家・財閥の子孫なのだが隠し子なのでw 里子に出された子供は、DNA的親の様な道を選択するのか?少なくても素養はあるのか?" みたいな疑問だw

ちょいちょい研究結果とかは出てるみたいだが、"言語" も含めた検証は・・・秘密組織が秘密にやってるって話は聞いた事あるがw 秘密だからわかんないんだよなぁ・・・w

「今思えばニアミスだったあの娘とヤッてたら・・・普段のあの声は、どんな喘ぎ声になるのかなぁ・・・?」 というのも 「答えの無い問い」 だなwww

4:「知能」 が、「答えの無い問い」 に直面したとき、何が起こるか? 端的に言おう。

「割り切り」

「知能」 は、それを行う。

すなわち、考えてもなかなか答えの出ない問題を前にしたとき、「知能」 は、この「割り切り」 という行為に走る。 ~中略~

精神が 「楽になる」 ことを求め、「割り切り」 に流されていくと、深く考えることができなくなり、「答えの無い問い」 を問う力、「知性」 の力が衰えていく のである。

2番で書いた

そして、必要な知が無い時は逃げ出す・・・w

と近い話だな。

そして "割り切り" についてはAZZLOも、たまに起きる事なので、常に自覚症状がある範囲に留めておこうとは思っている。

例えば、プレで勝ったのに、プレゼン内容では制作に進めない事象 等の時は 「とっとと終わらせよ♪」 (事故らせちゃダメなので納品優先) となる。

あとは、「面白い事がしたい!」 って言ったのに、結局媒体買うしか出来ないクライアントとかの場合、要は前歴がある場合には、「媒体持っていけばいいじゃん?」 と割り切るなw 逆に嫌がらせで超エロい施策作るかもしれないがw

・・・そぉいえば作った上に提案までしちゃった案件あったなぁw 某、移動・乗り物系会社に

「乗り物言うたら女ですよね?・・・故に!!!御社のサービスを女に見立てて移動するゲームコンテンツ作りましょう!」

ってのやったなぁ。結構反応良くて 「子会社の施策としてならばイケるかな?」 ぐらいの反応はあったんだよなぁ。(お金が非常に厳しく社会的な目も厳しい状態だったので実施出来なかったが・・・w)

5:真の 「愛情」 とは、物理的に遠く離れても、相手が何かの利益や喜びを与えてくれることが無くなっても、相手のことを想い続ける力であり、相手に心を残す力に他ならない。

しかし、我々は、この 「愛情」 と 「エゴの所有欲」 をしばしば混同してしまう。 そして、「エゴの所有欲」 が満たされると、ときに、相手に対する心の 「関係」 を無残に断ち切ってしまう。 その背後にあるのは、「心が楽になりたい」 という 「エゴの欲求」 であって、真の愛情ではない。

それゆえ、真の 「愛情」、すなわち、相手に対する心の 「関係」 を断たぬということは、膨大な精神のエネルギーを、我々に求める。

しかし、それゆえにこそ、「愛情」 とは、知性の 「最も高度な形態」 なのであろう。

佐川一政の

「男女間の愛は幻想であり、そのことがすべての過ちの原因になりうる。人は錯覚に基づき、感じ、考え、行動している。その錯覚が、人間しか創造し得ない膨大な幻想を生み出しているとしたら、愛の過ちは素晴らしい人類への贈り物である。愛そのものが幻想なら、自分自身は、案外、愛の真実の姿を典型的に、もっとも過激に生きているのかもしれない」

に似てるなw

そしてAZZLOがあえてWADAさんのプレイを聴きにいかない (WADA絶ち) のは、エゴになりそうな事への自戒だし、逆に他の人たちにエゴを発揮してもらえる隙間を作らなければならないと思っているからと言えるな。(余計なお世話だがw)

ちょいちょいWADA周辺の人たちに

「WADAのプレイを聴きに行く事がWADAへの愛の表現ではない」

言ってるしな。

6:人間の能力というものは、「一〇〇」 の能力を持った人間が、「九〇」 の能力で仕事に取り組んでいると、その仕事を、たとえ 「一〇〇〇時間」 行ったとしても、確実に力は衰えていく。

自分の昔の企画書を見ると、今よりも綺麗で手が凝っていて、分かりやすかったりするしなw

そして、"良い企画書" と思えるのは、当時自分にとっては高いハードルの案件だった時な感じするな。

7:「知性」 の本質は、「知識」 ではなく、「智恵」

「知識」 とは、「言葉で表せるもの」 であり、「書物」 から学べるものである。

「智恵」 とは、「言葉で表せないもの」 であり、「経験」 からしか学べないものである。

ま、そぉいう事だよな。紐付いて "教養" とかもあって

知性= 【(知識×知識) ÷ 経験】=智恵×教養

みたいな、数式わからんのでテキトーだがw

"知識を経験で精査し引き出せる能力が智恵で、教養によって奥行きが加味された結果が知性"

みたいな事が言いたいw そんな因果関係はあるよな。

"経験" という点で代理店営業において、いわゆる高学歴よりも "海外をヒッチハイクで旅してました" 的経験を持っている人の方が、ずっと適していると思うな。

そして "企画するスタッフ" はニート出身が良いと思うw ニートさんって "ある側面" において美意識が高いが故ニートになってる可能性が高いし、特に昨今のソーシャルコミュニケーションの設計においては、孤独を経験しているニートさんは適任w

"媒体問屋領域の作業員" は、まぁ言いなりで疑問を持たない高学歴の人が、むしろ適任だな。

8:書店には 「プロフェッショナル論」 の本が溢れているにもかかわらず

実際に 「プロフェッショナル」 としての力を身につける人材が少ない。

こうした現象が生まれている一つの大きな理由は、明らかであろう。

「知識」 を学んで 「智恵」 を掴んだと錯覚する病。

"知名度が高いクリエーターの作品・言葉は称賛するのに自分はやらない病"

も同様だし、こんだけドラッカーのマネジメント論が一般的なバイブルになってるのに、"ほぼ真逆" になってるしなぁw

マネジメントは、"現場" によって最適な濃度やタイミングが違うと思うので、"今" 全て同時に実行出来ない現実は分かるが、"論" として知識にすらなってない気がするw 事実読んでなさそう だし。

そもそもドラッカーとか読まなくても、真摯な人であれば、自然とそうなってるとは思うけどなw

9:いま、多くの人々の心の中に、その 「うまい秘訣」 を求める安直な精神が蔓延している。

そして、こうした 「安直な精神」 が生まれてくる背景にも、永年続いた 「知識偏重教育」 と 「受験教育」 の弊害がある。

なぜか?

「知識の学習」 には 「うまい秘訣」 があるからだ。

「書物」 を読むことによって学ことのできる 「知識」 は、「いかに速く、いかに大量に、いかに効率よく学べるか」 という秘訣が、たしかに存在する。 ~中略~

しかし、永年の 「経験」 を積むことによってしか掴むことができない 「智恵」 には、「いかに速く、いかに大量に、いかに効率よく学べるか」 という秘訣は存在しない。

一時期あらゆる書店で山積みになっていた

100円のコーラを1000円で売る方法

これのニーズとか、そぉいう事なんだろうなぁ。AZZLOはこの本を並んでるのを見て

「100円のコーラは100円でいいじゃん!ドンペリ飲み放題のパーティーに100万で遊びに来てくれるイベント考えたいわ」

と思って買わなかったがw

最近この手の即効性がありそうなビジネス書はタイトルと目次見れば 「元ネタがアレで言い換えてるだけのヤツか・・・」 的なのが少し分かるようになってきたぞ!w 逆に元ネタが同じでも著者によって隙間が違うので、その違いから更なる考察をするのは面白いが。(同じTR-909でもJEFF MILLSも居れば、そうでない人も居るように)

そして、読むだけで終わるんではなく、AZZLOみたいに書き起こして、感想を書くなりする事で、自分自身の見解がブラッシュアップ (ある意味悪化とも言うw) した方が深みが出ると思うな。

ある種この読書感想文は

"知識を経験 (書き起こし・感想書く) を通す事で智恵に昇華する試み"

って感じだしな。AMAZONにレビュー書くでもいいと思う。

そもそも

"記憶(知識)=事実+解釈"

だと思うので、解釈が都度更新される事によって記憶 (読書しただけの印象)は良くも悪くも歪んでくるからな。

2014-09-15 00-44-26.jpg

読書感想文は、"書き起こし行為を含んでしまっているが感想の生ログに近い状態" であるので、将来的な、"オレマーケティング" において良い材料だと思う。

そして、ただ読むだけでは

2014-08-02 18-31-29.jpg

2014-08-02 18-31-48.jpg

こうだからなw

いずれにしても何を経験しようが、「振り返って考える」 という糞面倒な癖が必要な気がするw

ビッグデータ・ライフログの旨みは、企業のマーケティング手法のトピックばかりだが、このように、個人の自己精査 (他者評価も) の面でも非常に可能性あると思う。

あ、ビッグデータはその可視化の際に隙間や繋がりの認識を促されるインターフェースが凄いポイントだな。

勤怠表とかJOB紐付け時間消費履歴表みたいなインターフェースでは、因果関係がわかんないだろうw

そして、知識偏重の受験教育って・・・教育っつぅか "お仕着せ" だよな。微妙に有りがたく感じちゃったりするのが、まさに "お仕着せ" だと思うw

要は 「いい学校に入っていい企業に就職する」 というセオリーというかパターンを全員に強要するのは犯罪だと思うな。それがセオリーの人も居るけども、大概怯えて後悔しながら死んでいくんだし。

10:書物を読んで 「知識」 を学んだだけで、「智恵」 を掴んだと錯覚することなく、歳月をかけて経験を積むことによって、深い 「智恵」 を掴んでいくこと。そのためには、自分が何か語るとき、「これは書物で学んだ知識か、それとも、経験から掴んだ智恵か」 を自問しながら語る ことである。

近年、この手のいわゆるビジネス書を読んでいるAZZLOだがw この点は凄く気を付けているつもりだ。

故に元々自分で思った事をログ化し、本に書いてあった事はそのまま書き起こし、似てる言葉等はリンクで関連性を明確化しているし。

11:二十一世紀において、我々が理解しておかなければならない、一つの現実がある。

それは何か?

高度な 「専門性」 を持った優秀な 「専門家」 が。問題を解決出来ない。

www。"その専門知識だけでは何も起きない" だからなぁ。

"レコードいっぱい持ってるだけでは人は踊らない"

と同じだw

あと問題点は "解決すると用済みとなる" だろうなw その専門なんで課題が終わっちゃったら他の分野でマネタイズが難しいからなぁwww

代理店がいつまでも "媒体問屋" であるのも、得意先の課題を解決させちゃうと用済みになっちゃうからという理由もあるだろうな。

ある案件で社内企画説明の際に

「これで得意先はもう代理店要らずで自立していけるっしょ♪」

と言ったら営業に激怒されたもんなぁ・・・w

IBMはPC事業をLENOVOに売却した訳で、代理店もそれに似た変化を自ら起した方が儲かるんじゃないかなと思う。代理店が本来持っている (ハズの) スキルの使い方が違う気がするんだよな。

12:我々は、無意識に、自分の思考を、自分が得意だと思っている 「思考のレベル」 に限定してしまう 傾向がある。

例えば、

「自分は技術屋なので、ビジョンとか、戦略とかは、良く分からないです」

「僕は、会社の戦略企画部の所属なので、現場の具体的な問題は担当ではありません」

「私の仕事は、政策の提言ですので、行政の末端の細かい事情は知りません」

(etc...)

こうした言葉を語りたがる傾向である。

もとより、こうした言葉の一つ一つは、真摯に語られた言葉であるが、問題は、その背後にある 「無意識」 である。

代理店の人は、大分薄まってきたが 「オレWEBはわからないから!」 と言っていたなw "言った方がカッコイイ" ぐらい流行ってたと思うw

そしてAZZLOは

糞社員 ですから朝来れません」

言うしなw

13:例えば、「思想」 を語っても、単なる 「教養」 としての思想を語っているだけの経営者がいる。「思想」 というものが、「未来を予見する優れた手段」 であることを理解していない経営者である。

例えば、「ビジョン」 を語っているつもりで、単なる 「目標」を語っているだけの起業家もいる。また、抽象的な 「理念」 を語って、「ビジョン」 を語っていると錯覚する起業家もいる。そもそも、「ビジョン」 とは何かを理解していない起業家である。

例えば、「志」 を語ると称して、単なる 「野心」 を語っているだけのリーダーがいる。

例えば、「戦略」 を語るとき、「戦略」 の本当の意味を理解していない経営者がいる。

例えば、「戦略」 と 「戦術」 の違いを、スケールや規模の違いだと思い込んでいる起業家があいる。

例えば、「技術」 の重要性は分かっているが、それを磨くための 「方法」 を理解していないリーダーがいる。

例えば、「人間力」 を磨く方法は、古典や儒学、宗教の本を読むことだと思っている経営者や起業家、リーダーがいる。

こうした誤解をしているかぎり、その経営者、起業家、リーダーの 「七つのレベルの思考」 は決して深まっていかない。

キーワードに沿ったグレート偉いおっさんの事例紹介という内容。しかしキーワードと事例がどう紐付いてるのか全く分からなかった・・・。

りするしなぁ。そして大概

「変化する広告業界において我が社が生き残り成長を続けるには・・・各社員のスキルアップをし、得意先の要望に対応出来るようにする必要がある!」

みたいなの "あのおっさん" ではなく、"ほぼ全てのおっさん" が毎年言ってる感じするんだよなぁ。

その上で 「この事象から "対応出来た" と判断するのでスキルアップしていた模様だ♪」 とか、その逆で 「反省点を踏まえ次からこんな感じにする!!!」 とかほぼ無い気がするw ちょっとバズワードを入れ替えただけで毎年本質も行動も変わらない感じする。ま、"芯がある" とも言えるかもしれないがw

ちなみに AZZLOが珍しく共感しているけっこう偉いおっさんの方針 は 「反省点を踏まえ次からこんな感じにする!!!」 を比較的感じてはいる。

今の現実を見るとAZZLOの解釈からは全く "こんな感じ" からは程遠い、むしろ逆行している現実な感じはする・・・w

全てではないが、得意先からは 「安く媒体仕切ってくれる問屋であれば、他のサービスは要りません」 っていう傾向が強まってる気がする・・・w

2014-10-17 21-43-26.jpg

2014-10-17 21-43-44.jpg

こぉいう事だな。

要は得意先の顕在化しているニーズは "安さ" であって "スキル" とか "企画力" みたいなのは、必要な時には既にクリエイティブブティック的な生業の人たちに求めるようになっていて、代理店に求める動線はもう枯れた・・・というか元々無かったのかもしれないw。

"代理店が噛むとムーブメントじゃなくて、短期的マネタイズに落とされる"

というのが世の中の見解だしなぁ。"企みたい" 人が代理店に居るのはホントミスマッチなんだろうなぁ・・・。

事実広告賞を取るような案件は、"有名社外クリエイター" を起用の上だったりするしw そぉいうのは代理店スタッフとして "プランナー" ではあれど "クリエイター" っつぅ名称は遠い感じするw 広い意味で "ビジネスをクリエイトする"(マネタイズする) っつぅ側面では間違いではないが・・・。

14:では、なぜ、スーパージェネラリストは、こうした 「思想」 を学び、未来を予見する必要があるのか?

未来を予見できなければ、「ビジョン」 や 「戦略」 を描けないからである。

これから世の中が、どの方向に向かっていくのか?

これから企業や市場や社会が、そのように変化していくのか?

それを知ることができなければ、「ビジョン」 を描くこともできない。「戦略」 を立てることもできない。さらには 「志」 を定めることもできない。

www。当たり前体操ぅ♪www

「今のままでは今後大変だ」

は予見ではなく現実だよなぁ。ま、気付くだけマシだが。

よく思うのが、偉いおっさんが下々に話す内容が

"偉いおっさんが、もっと偉いおっさんに話した内容・資料のまんま"

で、下々は知らない領域の話なんで、分かんないと思うんだよなぁw

結局

「オレはもっと偉いおっさんにこの内容で通したって事を、お前らに伝えたからな!」

という偉いおっさんの労働履歴で終わってる事が珍しくないと思う・・・w

※もっと偉いおっさん向けの言葉と下々向けの言葉が混在している資料を見ると "頭イイおっさん" と感じるな。要は 「ここは儀式的に入れてあっけどさ。あんま気にしないでね!」 的なヤツだw

そして下々から多く聞かれるのは

「要は文句言うな!って事でしょ?」

という着地になってる・・・w

15:「未来を予見する思想」 を学ぶと、ある特定の分野での専門知識が無くとも、その分野の未来に起こる本質的な変化は予見できる。

自分で言うのもなんだが、AZZLOはこのスキルは比較的強く持ってると思う。

2番に書いた通り

今後、事実や記憶はWEB上に格納していく割合が増えていくハズなので、"サプリの様に記憶を購入" するビジネスなんかも可能だし、事実を好みの記憶に変換する解釈 (フィルター) の販売も可能となる。

ま、まだ現実になってないが、様々な未来を的中させたMIT創設者とほぼ同じ事考えてたし。

※そおいえばNHKスーパープレゼンテーション (TED) に出てるMIT所長伊藤穰一をテレビで見た時に 「なんか見覚えあるおっさんだなぁ?」 と思ったのだが、ゲンシさんの友達らしく、AZZLOは少年時代に会っていたのだと思う。

おそらく

・幼少の頃から、成人が凋落していくのをよく見ていたから (その逆も)

・クラブで "次の曲・繋ぐ箇所・フェーダーの上げ方下げ方・EQの操作" を場の状態から想定して聴いて暗い中で筋肉を活用しながら常に答え合わせし続けていたから

・自分自身でもDJをやり、"家でのレコード準備時におけるイメージ構築・現場での微調整・生録した音からの反省" を繰り返していたから

とか理由になる気がする。

一つ明確に間違えたので覚えてるのは (恥)

「スマホが普及する事で、ガラケーの課金コンテンツをやっている会社は、かなりキツイ事になる」

だな。確かiphoneがiphone内で "キャリア課金" が出来ない事から想定した事だった気がするが、モバイルコンテンツ市場は結果的に大きくなったからなぁ・・・w

16:「ビジョン」 とは何か?

「ビジョン」 とは、「これから何が起こるのか」 についての 「客観的思考」 である。 それは、「Vision」 という英語の語義通り、「見通し」 や 「先見性」 「洞察力」 という意味の言葉 である。

その点、AZZLOのビッグデータ・ライフログ企画は

本人が採点しても無理があるがw

・既に起きている事実
・事実を組み合わす事で起きる見通し

があるよなぁ。

見通しが 「今後大変そうだ・・・」 ではなくてw 具体的な例を書いてるし、おいおいサービスインされそうなものがあるよな。

そんで、ブラッシュアップした 「これから何が起きるのか」 は

ライフログ妄想20110214

コレだったな。先日NHKのスーパープレゼンテーション (TED) で、MIT所長の伊藤穰一も

「今後人の寿命に変化が起きるので、その際のルールを今から議論始めないといけない」

みたいな事言ってたしな。数年経ったが技術的には目の前の話になってる訳で、コレは結構当たる可能性高いと思うなぁw

金持ってるやましい人程死ぬのが怖い傾向が強い訳で、開発費出るだろうしなぁw

17:その 「ビジョン」 が見えたならば、企業の経営者であれば、「その変化が、自社の事業にどのように影響を与えるのか」 を考え、「企業戦略」 を考えることができるようになる。もし、それが、就職前の学生であれば、「その変化が、自分の進路にどのような影響を与えるのか」 を考え、「個人戦略」 を考えることができるようになる。

AZZLOが思う偉いおっさんとは

"何か具体的に現場行動はしないにせよ想定はする人"
(その上で現場も能動的に動く促しをする人)

だと思っている。特にトップはその想像力が全てとも言えると思う。

※ "より結果が出せる(より儲かる)" という点において限定だ。"オレの経歴が汚れる" みたいな想像力は必要ないw

しかし

「そんな未来は嫌だ!」
「その上で今出来る事教えてくんないと!」

みたいな事があまりに多いので、疑問感じるんだよなぁ。

「収入をいかに増やすかという方向に動かなくてはならない… 目標は、ケーキをいかに切り分けるかではなく、ケーキをいかに大きくするかだ」

スクーデリア・フェラーリの代表、マルコ・マティアッチが、バーニー・エクレストンに先日言い放った言葉だが、企業運営にも言える事だと思う。

18:「志」 と 「野心」、何が違うのか?

端的に言おう。

「野心」 とは、
己一代で何かを何遂げようとの願望のこと。

「志」 とは、
己一代では成し遂げ得ぬほどの素晴らしき何かを、次の世代に託する祈りのこと。

年収1千万とかそれ以上とかは、"てめぇの範囲だけ" なので野心だな。

AZZLOの

バトンは渡し続けたいと思う。ある種肉体はシェアしているようなものとも思う。

力を合わせて小さな事でも更新していく。それが "バトンを渡していく" って事。すなわち "肉体を全うする" 事だと思う。

は、既にAZZLOの肉体のリミットを超えた話になっちゃってるから志だよなw

そして、

2014-10-01 08-48-58

2014-10-01 08-49-46

2014-10-01 08-56-48

2014-10-01 08-56-09

ちゃんと金を手にした人は、こうなると思う。

19:「戦略」 とは、「戦い」 に勝つための 「策略」 のこと。

といったものであろう。

たしかに、この定義は間違った定義ではないのだが、「戦略」のレベルの知性を磨こうと思うならば、全く違った定義を心に置いて見る必要がある。

それは、何か?

「戦略」 とは、「戦い」 を 「省く」 こと。

すなわち、「戦略」 とは、「いかに戦うか」 の思考ではなく、「いかに戦わないか」 の思考 に他ならない。

googleはそんな感じだよな。

「googleによってあの会社が潰れた。あの業界が不況だ」

って話無いもんなw

20:真の知性は、「戦って相手を打倒し勝つ」 ことに価値を置くのではなく、「無用の戦いをせずに目的を達成する」 ことに価値を置く。

"金持ち喧嘩せず" だよな。現実は、ただ逃げるだけの小金持ちばかりだが・・・w

21:経営者や起業家であるかぎり、経営資源を無駄遣いするべきではない。しかし、経営者や起業家、リーダーであるかぎり、そうした 「経営資源論」 を論じる前に、深く理解しておくべきことがある。

人生が懸かっている。

そのことを理解すべきであろう。

どのような戦略にも、そこには 「かけがえの無い人生」 が懸けられている。

そこには、部下や社員の 「かけがえの無い人生の時間」 が懸けられている。

AZZLOはプロダクションさんに対して、こんな考えあるな。

"スキルのマッチングではA社だが、B社の○○クンだったら楽しんでやってくれそう (故に徹夜も苦じゃないだろうw)"

的な事考えるもんなぁ。出来れば

"B社の○○クンだったら、AZZLOが想定してお願いしている範疇を超えて、共に達成出来そう"

ってのがいいんだよな。

そして、AZZLOに "CM投下の上の受け皿サイト" の製作ディレクション案件が降ってこないのは、偉いおっさんの配慮を感じるよな。いつも有難うございます。

※今だに 「WEBはAZZLOクン」 という評価 (レッテル) を持って頂いている営業さんが居るが 「何時の時代だよwww」 と思うw

22:これまでの戦略思考は、「山登りの戦略思考」 とでも呼ぶべきものであった。

すなわち、あたかも山に登るときのように、地図を広げ、地形を理解し、目的とする山頂を定め、その山頂に向けて、どのルートで登っていくかを決めるという戦略思考 であった。

しかし、世の中の変化が急激かつ非連続になり、企業や組織をめぐる環境が予測不能な形で目まぐるしく変化する時代を迎え、これまでの 「山登りの戦略思考」 では、その環境の変化に対応できなくなった。

では、こうした時代に、どのような戦略思考が求められるのか?

「波乗りの戦略思考」である。 ~中略~

「戦略的反射神経」

その知的能力が求められる。

コレだな。

2014-08-30 19-28-14.jpg

2014-08-30 19-29-23.jpg

"山" って大概頂上が最初から見えてるから "頑張れば達成出来る" 的考えだよな。

今の時代、無重力状態みたいなもんで、上に進んでたら

「あら!?どうやらオレら遠ざかってねぇか?」

って事になるからなぁw これはイケてる偉いおっさんでもかなり難しい事だと思う。

23:「戦術」 を考え、実際にその 「戦術」 を実行したとき、それが成功裏に進む場合と、成功裏に進まない場合がある。そのとき、いずれの結果であっても、その 「戦術」 を実行した経緯を仔細に振り返り、それを思考の中で徹底的に 「追体験」 する。そして、そこから 「戦術」 の改善策を学ぶことのできる知性、それが 「反省力」 と呼ぶべき知性である。

組織では競合プレゼンで勝っても負けても、報告会ぐらいはあっても、次に繋がる材料を見つける機会は全く行われない点をAZZLOは不思議だと思っている。

負けた場合は 「誰が悪かったか?」 になりやすい点は注意しながら、"負けたけど良かった点" 等も整理すれば、その後に活かせる材料になると思うんだけどな。

そして、"追体験" するには、可能な限り事実に近いログがあった方が良いよな。9番に書いた通り、ビッグデータの一つのメリットはその点にもあると思う。

24:「私淑」 とは、「この人が私の師匠だ」 心に定め、その師匠の姿から 「智恵」 を様々な形で学ぶこと。

この 「私淑の技法」 としては、例えば、

「師匠からは、まず、リズム感を学べ」

「師匠からは、次に、バランス感覚を学べ」

「師匠の 『技』 だけでなく、その奥の 『心』 の動きを注視せよ」

といった様々な技法があるが、この 「私淑の技法」 を身につけているか否かで、同じプロフェッショナルの下で修行をしても、その成長の速さに圧倒的な差がついてしまう。

WADAそのものwww

・単純に "爆音ダンスミュージック" という点でのリズム

・選曲や流れのバランス

・1995年から20年間のWADAの変化

だもんな。DJはここ数年現場では聴いてないが、WEB上にアップされてるのは聴いてるし、曲は全部買ってる。

25:著者は、職業的な立場から、様々な分野の一流のプロフェッショナルの話を聞く機会があるが、その多くのプロフェッショナルが共通に語るのは、若き時代に私淑した 「師匠」 の話である。

いわく、

「自分の今日あるのは、あの師匠のお陰だ・・・」

「師匠の横顔と後姿から学ぶものが、すべてだった・・・」

「あの師匠は、仕事に対して本当に厳しい師匠だったな・・・」

といった話である。

しかし、ここで気がつくことは、この一流のプロフェッショナルが懐かしく振り返る、優れた 「師匠」。

しかし、この 「師匠」 の下で働いたのは、彼だけではなかった という、冷厳な事実。

この 「師匠」 と縁を得て、誰もが一流のプロフェッショナルの道を歩んだわけではない。

AZZLOが "一流のプロフェッショナル" かどうかはどうでもいいがw 今だに 「WADAWADA」 言ってるのは確かだなw

そうだ、多くの人に感じる疑問の根本は

「今の貴方で貴方の師匠に会えるの?(そもそも師匠居るの?)」

だな。

AZZLOにとってのWADAは "神" だったのが "師匠"(人間) になってきたので、近年会えるようになったな。逆に "会う (参拝する) 事が愛・リスペクト表現ではなくなった" から行かないのだ。5番の

真の 「愛情」、すなわち、相手に対する心の 「関係」 を断たぬということは、膨大な精神のエネルギーを、我々に求める。

が、AZZLOにとってのまさにWADAだw

デニーさんとは、一緒に温泉行ける仲間になりたいな♪

松本秀人は死んじゃってるから会えないがw 生きてたらどうAZZLOは思うだろうなぁ・・・。

いずれにしても "自信を持ってご無沙汰の先輩・師匠に会えるか?" という軸はAZZLOは強く持ちたいと思う。

26:我々が、真に 「人間力」 を磨きたいと思うならば、為すべきことはただ一つ。

「心の動き」 を感じ取る修行を、積む。

言葉にすれば、それだけである。

では、「心の動き」 とは、何か?

三つある。

一つは、「自分の心」 の動き。

一つは、「相手の心」 の動き。

一つは、「集団の心」 の動き。

クラブコミュニケーションまんまだなw

27:「エゴ」 という存在は、しばしば、我々の心の苦しみを生み出す元凶となり、他者に害を与える原因となる厄介な存在 でもある。

それゆえ、ときおり、「エゴを捨てよ!」 といった宗教的なメッセージを語る人もいるが、実は、我々の心の中の 「エゴ」 は、捨てることはできない。消し去ることもできない。

なぜなら、この 「エゴ」 があるからこそ、我々は 「生きている」 のであり、「生活していく」 ことができる からである。

では、我々は、この厄介な 「エゴ」 という存在に、どのように処すればよいか?処し方は、ただ一つである。

ただ、静かに見つめる。

すなわち、「エゴ」 の動きを、ただ、静かに見つめる。それを否定しようとせず、抑圧しようとせず、ただ、静かに見つめる。これも、言葉にすれば、それだけである。

しかし、それを行うだけで、不思議なほど 「エゴ」 の動き静まっていく。

実は、それが、「内観」 という修行の、本当の意味である。

エゴ=利己主義という流れで考えると、AZZLOはかなり "個人主義" だろうなぁ。

AZZLOのエゴは何だろうなぁ。物欲はキリがないが、今の収入でも適度に達成してるし、"組織内昇進" は少なくても今在籍している組織では目指す気も起きないしなぁw

"家庭を持つ" みたいなのも、大概は義務になるだけで、金があっても目指さないだろうしなぁw 逆に義務がなければ子供が居てもいいけども。(誰のDNA的子孫でもAZZLOにとっては同じだ)

結局死ぬ時に 「AZZLOクン合格です♪」 と言えるのは、AZZLOさんしか居ないので、他者の存在が無い気がするな・・・w

28:「自分の心」 の動きが感じ取れるようになると、何が起こるか?

「相手の心」 の動きが感じ取れるようになる。

逆に言えば、「自分の心」 の動きを感じ取る 「内観」 の修行をしないかぎり、「相手の心」 の動きを感じ取る力は身につかない。 ~中略~

しかし、我々が 「相手の心」 の動きを見誤るのは、ほとんどの場合、自分の心の中の 「エゴ」 が 「自分に都合の良い解釈」 や 「自分に心地良い解釈」 をするからである。

"マーケティングとは相手 (生活者) の心を可視化する事" とも言えるが (少なくても広告業界の労働内容から紐解く上では)

"生活者不在のジャイアン施策" (「オレを褒めろ!!!」 だけで終わってる)

ばかりの現実は 「相手 (生活者)の心」 を感じていたとしてもスルーだよなぁw

おそらくマーケティング対象が生活者ではなく 「企業担当者の上司」 に摩り替わってる、"売上げ(成果・昇給)" というエゴが影響してると考えられるな。

29:役者の世界に、次の言葉がある。

「ある役柄を、情熱を込めて演じている自分がいる。
その自分を醒めて見ている、もう一人の自分がいる」

ここでいうのは、そうした状況であるが、円熟の役者は、さらにこう付け加える。

「その二人の自分を、さらに少し離れたところから見ている自分がいると、最高の状態だ」

この第三の人格、すなわち、複数の人格を、少し離れて見ている自分、醒めて見ている自分が現れてくると、この 「多重人格のマネジメント」 も、ある段階に達したと言える。

自分は "代理店に務めるAZZLOクンを見守るAZZLOさん" の二人格が共存してる感じだもんな。

第三の人格は・・・

どうせこの世に 生まれたからにゃ
細く永くネバネバ Never Never
かわいあの娘も SUPER SONIC SLIMMY HOOKER
みたか 同じ地球の ベタベタ星人

僕と君との 被害妄想
無菌室で 分かち合おう

事無きを良しとし胸撫で下ろす
うじゃうじゃ・・・ナゾの生き物

役に立たぬ血統証は腹の足しにもならねぇ
それが君には一番大切 でんでん虫でもかまわねぇ

顔も知らぬヘノヘノモヘジのキサマラノツラにゃ
喰い残しの音符がブラさがってるだろうよ

↑ こんな感じがAZZLOが疑問に思う人たちへの見解。

何年待ってみても
僕ら宇宙の暇人だろう

そりゃまあ誰だって凡人
言われなくても 誰だって知ってる

すがる物など 何も無い 己に入り込め

首輪外せないけど 誰も撫でないけれど
何処へでも走っていけるさ Bow wow wow

↑ AZZLO自身の状態。そうでありたい思い。

なw 「松本秀人だったらどうかな?」 ってのはやるけど日常的ではないなw

※松本秀人は "参拝者総数ダントツ日本NO.1!" なんじゃないかな。世界的にも10位には入りそうな気がするw

あ!最近出没しないから忘れてたが

なんか最近、"AZZLOじじい" という別人格が、AZZLOの未来の事すらもじじい視点で懐かしんでいる事があるかもしれない・・・。

ってのあったなw

30:哲学者たちは、これまで世界を 「解釈」 してきたにすぎない。
大切なことは、それを 「変革」 することである。(カール・マルクス)

AZZLOもココで考察するだけでなく、具体的に動かないと頭でっかちなだけだからなぁ。まぁ動く際の肥やし作りっちゃぁそうなんだが・・・。

ま、故に 自主的案件 で企画して動こうとしてるんだが・・・ 「オレは前向きだ!」 と力強く言った上で1ヶ月以上、音沙汰無しの営業 ( ̄□ ̄;) によって結果的に "企画内容・動きが良かったか悪かったか?" の検証すらも出来ないんだよなぁw

人生かかってるのにホント失礼な人だと思う。最近上司には "あの認知症" というワードに切り替えたぞ。

・・・お陰で、読書感想文書く時間が出来て大変助かってるけどもw


読書のきっかけである 「"知性" はなんなんだ?」 は7番に書いた通り

"知識を経験で精査し引き出せる能力が智恵で、教養によって奥行きが加味された結果が知性"

こんな整理が出来たな♪

そして内容は、"一定の暗黙知になっていた事を言語化した本" と言えるな。経営者ポジションの人が読んでいておかしくない内容だと思うが、今後 "学歴偏重採用" に変化は起きるかなぁ?

新卒採用課題として "高学歴が必ずしもイケてる訳ではない" というのは明確になっている訳で、新たな採用判断軸のスタンダードが必要とされてるんだろうなぁ。

その解決手段は、2段階先の話だが、"生まれてからのログ" だろうな。その上で赤子に投資する企業が出てくるハズだと改めて思うな。

"高学歴をうまく活用する"(期待出来ない領域の明確化)のもしばらくは同時に必要だろうな。

そして高学歴でもそうでなくても

2014-11-04 23-30-58.jpg

2014-11-04 23-33-23.jpg

2014-11-04 23-33-43.jpg

2014-11-04 23-34-04.jpg

2014-11-04 23-34-20.jpg

人であったら当たり前の事を担保する事で

"偉いおっさんは楽をして下々は愉しむ"

良い循環を目指す必要感じるな。

2014年11月07日

あら!?素敵なおっさんが居た!!! (゚◇゚)

元々全おっさんに疑問を感じている訳ではないがw ちょっといい話を聞いたのでログ化しておこう♪

AZZLOには理解を示してくれて、「さすがにコレはこっちもキツイからさ。そこは死守してくれよ♪」 的な 「やれっつったらやれよ!!!」 ではない "痛み分け" 的な形でw マネジメントして下さる "a.k.a スーツ好きおっさん" である "かなり偉いおっさん"と飲みに行った。

※かなり偉いおっさんと、けっこう偉いおっさんが、どっちがどっちだったか分からなくなっていて、このブログ上で使う箇所が混在している可能性があるw "そこそこ偉いおっさん" とか "それなりに偉いおっさん" とかを充てる事は可能だが、なんか安っぽくてさすがに失礼だと思っているwww

久々に組織の人と飲みに行く事になったのもあり、記憶がちょっと微妙だが、まず疑問から挙げると

かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん):「AZZLOが最近居ない事については、"あの偉いおっさん" も心配しているんだ」

これは、"オフィスに居ない不良が居る" という意味ではない方の心配との事で、素直に有り難いとは思うが、( "あの偉いおっさん" の顔をAZZLOは知らないが)

"偉いおっさん同士の会話としては小さすぎるトピック"

と思うw 繰り返すが "人としては" 有り難いけどもw

そして、心配してくれるならばFACE TO FACEのヒアリングして頂きたいと思うw その点、"かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん)" は飲みに誘って頂いているので、AZZLOの思考と近いと言える。

・・・偉いおっさんには、儲かる未来の話をしていて欲しいんだよな~。そして強制される作業員ではなく追従する後輩・仲間をやりたいのがAZZLOだ。



で!!!"かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん)" がかなり素敵な事言った!!!

「オレが営業で売上げ立ててた頃にはさぁ、

1:他の営業が売上げ足りない時に、こっちの売上げを分けてたんだよ

2:売上げ足りない他の営業が経費切れないから、オレが切ってたんだよ」

酔ってたので、1番か2番かどっちか忘れたが、現実2番だろうな。さすがに1番は会計処理的に調整が非常に難しいだろうからw

AZZLO:「ぬぁっ!!!(;゚ロ゚ノ) それむちゃくちゃチームワークじゃないですか!!!」

かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん):「まぁなぁ・・・。」

こんな会話があった。

今、かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん) は、当時の営業ではなくスタッフセクションに居るので、"具体的な売上げ" に密接ではないポジションであるが、金ではない調整でAZZLOや他の人たちをケアしてくれていると感じる。し、具体的な事実もある。

「上は数字しか見てない」 という嘆きをあちこちで聞くが、そらビジネスなんで数字大事だけども、長期的な視点を踏まえると、かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん) の様に、人間的なコミュニケーションが発生するハズだと思う。

結局、マネタイズ手法が変化したところで、人間の肉体も思考も、そんな変化ないんだよな~。

1759年に出たアダムスミスの道徳感情論は、現代でも9割以上適応出来ると思うし、1776年に出た同じく国富論も、さすがに多少適応し難い箇所があるが、大筋で現代にもOK だしなぁ。

2014-11-04 23-30-58.jpg

DSC03685.jpg

2014-10-25 22-18-24.jpg

2014-10-25 21-04-09.jpg

※ライブハウス→代理店。アーティスト→世に問う。

2014-10-25 21-04-31.jpg

2014-10-25 21-04-53.jpg

※AZZLOがわざわざ代理店に居るのは、この "そういう場所" の理由が非常に大きい。「それは残念ながら勘違いですw」 なり 「そぉいう時代ではない」 のであれば、明言して頂いた方が、双方にメリットがあると思う。AZZLOはともかく今後間違って入社する後輩達が不幸だw

AZZLOは状況から先読みして、社内スタッフは要らない と思うし、

"メディアプランニングの自動連想ツールを作って、得意先担当者にツールを利用して頂く事によって営業すら要らない"

までイケると思うんだけどな。組織の利益と得意先の "安い媒体問屋" というニーズを踏まえると、そぉいう事になってしまうのだ・・・w

AZZLOは真逆の事を望んでいる様だが、"後輩に迷惑をかけない" という点では、どっちでも良いのでクリアにするべき だと思う。

2014-08-30 00-44-20.jpg

2014-08-30 00-44-48.jpg

2014-08-30 00-47-00.jpg

2014-08-30 00-49-27.jpg

2014-08-30 01-50-02.jpg

2014-08-30 01-51-48.jpg

2014-10-11 15-42-10

どう転んでもこぉいう事でしかない訳でw その点、"かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん)" は、この前提を知ってるんだろうなぁ。

・・・そぉいえば "AZZLOを信頼して一緒に高みを目指し、ヤフトピトップに乗って新聞にも乗ってテレビ番組にも取り上げられて組織内で表彰もされた成功案件" の営業は、この "かなり偉いおっさん(a.k.a スーツ好きおっさん) " の直属の後輩 (いわゆる部下) だったんだよなぁ。

そうでなければ

2014-10-17 10-09-27.jpg

トラディショナル代理店ではないプレイヤーに期待するクライアントが増えていくのは、逃れれない流れであって、組織は明確に 「安く仕切ってくれれば良い媒体問屋」 としてしか扱われない事になると思う。

2014年10月20日

ライフログ・ビッグデータは嫌だけど労働履歴は大好きです!d(*^v^*)b

「最近AZZLOクン全然見ない気がするんだけど・・・生きてる?」 ヾ(・ε・`*)

に書いた通り、組織のデスクにはほぼ居ない状態が続いている。更に

あのぉ・・・どっちみちデスクには居られないですけどね (°。°)

に書いた通り、今後は "ソフトがインストール出来るPCがなくなる"(FIREWORKSが使えなくなる) ので、AZZLOが居られる居られないの問題ではなく、"デスクに居たら労働しにくい・質が下がる" 状況となるw

そんな最中偉いおっさんが

「業務報告があるので時間下さい」

との事なんで、時間をセッティングして組織に向かう。
※早朝と夕方に一日2回はちゃんと行ってはいるがw




偉いおっさん:「えっと・・・最近居ないけど、ボードに書いてある "赤坂みつけ" じゃなくて、実際は何処にいるの?」

※しょっぱなから部下を信用してない発言w

AZZLO:「ネットが繋がる所が良いので、赤坂見附のネットカフェとかです。しかしネットカフェ代も相当な金額になるのでw、最近は家帰ってたりする日もあります」

かなり偉いおっさん:「・・・w ( ´_ゝ`)」

AZZLO:「あ!そもそもこの会は 『AZZLOは何処にいるの?もっとデスクに居た方が良いんじゃない?』 が趣旨ですか?」

偉いおっさん:「!いや、そうじゃなくて、AZZLOの自主的案件もろもろ、今後のAZZLOの仕事の事だよ♪」

AZZLO::「なるほど。そうですか ( ´∀`)。」

偉いおっさん:「「オレは前向きだ!」 と力強く言った上で1ヶ月以上、音沙汰無しの営業 ( ̄□ ̄;) 以外の案件はどうなの?」

AZZLO:「今日この後、ビジネスアイデアコンペみたいなヤツ で応募した上で辞退したw 切り口を、その専門分野に強い方とMTGします。」

偉いおっさん:「他はどうなの?」

AZZLO:「先日 (1週間前)、秘密の資料頂いたじゃないですか。ビジネスアイデアコンペみたいなヤツ で、ボツにしてるものとの紐付け等で、企画に昇華出来るものもあると思うんで考え中です。しかしやはりウチは事が進まないという事象が継続中ですので、・・・モチベーションを人のせいにはしたくないですけど、気持ちが高ぶらないのは事実です・・・。」

(1ヶ月以上音沙汰無しな営業を放置してるのに、AZZLOには先日 (1週間前) の資料のフィードバックを求めるって順番違うよな・・・)

偉いおっさん:「秘密の資料渡したんだから、考えてよぉ!」

AZZLO:「えぇ。だからやりますよ?」 (そもそも秘密の資料貰う経緯は、「秘密の資料あるよ♪」 → 「じゃぁ見たいです」 って言った流れであって、その上で受け取るのに3、4ヶ月程かかってるんだが・・・)

けっこう偉いおっさん:「あの音沙汰無しの営業の案件、他の企業に持ってくんじゃダメなの?」

AZZLO:「成立する他の企業はあそことかあそことかあります。しかし僕自身が一番絡みたいのは、放置の営業が担当の企業です。しかし、一度決めた想定パートナー企業変更は僕が決める事ではなくないですか?要はマネタイズ領域は口出しちゃダメだと思ってるんですよ (十分口出してるかもしれないがw) 」

※そもそも

「ビジネスの進捗が遅い会社だという点は同意しますが 最終的に何かが始まった場合、一人ではやりきれないことが想像できます。提案先との一定の関係が担保されることは大きなプラス材料なので うまく活用した方が得だと思います。」

と言ってたのは、このけっこう偉いおっさんなのだが・・・w これも痴呆症コントだろうか?

けっこう偉いおっさん:「・・・」
偉いおっさん:「・・・」

けっこう偉いおっさん:「あの音沙汰無しの営業もさぁ、直近の売上げが必要だから、進みが悪いんだよ。しかも最近新しい案件が入っちゃったみたいで、将来の種蒔きもしなきゃなんないんだけども、そこまで手が回らないんだよな」

AZZLO:「えぇ。そうでしょうね。単月・四半期決算ですから。そうなるのは分かってたから、"営業抜きでやりたい" っていう話にしてたんじゃないですか (°。°)」

かなり偉いおっさん:「・・・」
偉いおっさん:「・・・」

偉いおっさん:「ま、来週には絶対に営業からAZZLOに直接連絡あるハズだからさ!どの部署に提案するべきか確認はしてるから!」

AZZLO:「え!?実は動きあるんですか?www」

偉いおっさん:「そうだよ!だから来週には連絡あるから!」

AZZLO:「そうですか。じゃぁ待ちますね」



偉いおっさん:「で・・・ 『席替えしたい』 っていうAZZLOの要望を叶えたんだから、そろそろ席に居るようにしてよ・・・」

※冒頭に 「そおいう趣旨じゃない」 言うてたのに・・・w これも痴呆症コント???

AZZLO:「『席替えは一つの手段ですね?』 とは言いました が、僕から 『席替えして欲しい』 に類する事は一切言ってないじゃないですかwww」

けっこう偉いおっさん:「 "仕事はオフィス内でするもの" って事になってるんだよ。」

AZZLO:「えっと・・・w 『「オレは朝遅刻しないから仕事しなくて良い。AZZLOは朝来ないから仕事しなくてはならない」』 って言う先輩がいますが、その発言に習うと 『オフィスに居る程仕事してない』 という事になりますよね?僕は居ないから仕事しているとも言えます。」

けっこう偉いおっさん:「あぁ・・・w そんでアイツはデスクで漫画読んでただけだろ?それはダメなんだよ。アイツも今は少しは仕事してるっぽいよ?・・・ワカランけどwww」

偉いおっさん:「そう!その先輩は間違っているんだよ」

AZZLO:「な・・・なるほど・・・w」

偉いおっさん:「だから作業はデスクに居てやんなきゃなんだよ」

AZZLO:「???・・・僕は既に作業あんまやってないし今後もやる気ないです。仕事したいんで。仕事と作業は違いますよ。よくクリエイティブ (CMとかグラフィックとかコピーとか作る人) の人は 『デスクじゃ仕事になんないからカフェ行ってくる』 的な事言うじゃないですか!あれはどうなんですか?」

偉いおっさん:「それは・・・バランスだよw・・・」

AZZLO:「あと、これは僕も我慢しなきゃいけないとは思いますが、

オレは子会社社員の家族構成の事まで理解しているんだ。それだけしっかりとマネジメントしているんだ!」 という偉いおっさんに 「AZZLO自身家族構成を良く知らないので、調べたんなら教えて下さい」 とお願いをし、「後日対面でお知らせします」 と返答したにも関わらず、1年半音沙汰無しの偉いおっさん。

を、子会社が移転してきた流れで、タバコ部屋で見かける事によって、蕁麻疹が出るというのもあります」

偉いおっさん:「・・・他の階のタバコ部屋に行けばいいんじゃない?」

AZZLO:「おぉぉ!その方法ありますね!」

偉いおっさん:「でも、そのおっさんが、他の階のタバコ部屋にも出没するかもしれないけど・・・w」

AZZLO:「www」

偉いおっさん:「ソフトインストール出来るPCはまだ手元にあるんだよね?」

AZZLO:「えぇ。まだありますよ」

けっこう偉いおっさん:「オレも製作が強いセクションに居た時に 『MAC買って!』 って言ったら あのジャイアン偉いおっさん に拒否られたんだよ・・・w 個人的にMAC買って・・・フォトショップは高いから、フォトショップエレメント買おうか悩んだよ・・・w」

AZZLO:「確かにそうなっちゃいますよねw」

けっこう偉いおっさん:「今売上げ悪いから、新規の機器購入は厳しいんだよ。会社潰れちゃ意味ないからさ・・・」

AZZLO:「僕がソフトインストール出来るPCをお願いしているのは、画像編集の為です。僕の企画書は画像をパス抜きして合成したり等、紙芝居的に作りたいので、FIREWORKSというフォトショップみたいなソフトが必要なんです」

偉いおっさん:「・・・年間15万だっていうしね!」

AZZLO:「いや・・・普通に買って10数万程度なスペックなハズなんで、レンタルじゃなくて買い取りなんじゃないですかね?」

偉いおっさん:「あ・・・うん。そうかもね・・・。」

けっこう偉いおっさん:「ま、他の人も同じ環境でやってるんだから、AZZLOもやってくれよ」

AZZLO:「道具が無くなる分、仕事のクオリティーが悪くなってもいいんですか?」

けっこう偉いおっさん:「それは・・・しょうがないわな。このままでは俺らが上に報告出来ないんだよ。」

偉いおっさん:「AZZLOに何かあった場合に 『知らなかった』 では済まされないしねw」

AZZLO:「それは僕が "交通事故に合ったら" 的なやつですか?」

偉いおっさん:「そうそう!」

けっこう偉いおっさん:「AZZLOが居ない事で "仕事してない" と見る人も居るんだよ。今の状態では説明出来ないんだよ」

AZZLO:「はぁ・・・じゃぁ・・・調整はしますね!」


大体こんな会話をした。普段の会話の書き起こしの精度は 「AZZLOは酔っていても記憶が正確過ぎてムカツク!」 と言われる程なので個人的には80点。今回は会話の順番が違う箇所があるような気もするので、70点ぐらいの精度だと思う。

場は穏やかではあったがw 全部AZZLOのせいではないんだよなぁ・・・w ま、その点は会話した偉いおっさんも理解してくれてるが故に穏やかなんだとは思うが。

そして・・・ "デスクに居たら仕事している概念" は、典型的な "創造を必要としない工場労働員"(同じ時間に同じ場所に集まらないと生産出来ない) の発想だなぁ。

チームメイトな方々ではFACE TO FACEのコミュニケーションが生まれやすい条件として "デスクに居る" のは機能すると思うが、チームメイトではないAZZLO には適用出来ないしな・・・。

蛍光灯の下では

2014-10-18 12-43-50.jpg

2014-10-18 12-44-47.jpg

だし、"良い企画でプレで勝つ" ではなく "安く仕切った薄利多売な媒体問屋で食い繋ぐ" を目指しているんだろうなぁ。それが明確な方針なら別に良いと思うけどな。ビシネスとしては、"媒体営業だけやって媒体問屋に先祖返りするべき" だとAZZLOは思っているし。

AZZLOも快適にデスクに居られてチームとして高みを目指せるならば、喜んでデスクに居るんだけどな・・・。

とは言え、蛍光灯もろもろの "環境" については

2013-07-21 02-16-28

であるし、今まで居られた訳だし、決定的な "向かいの足" の原因は除去されたので、"以前と同等に戻った" とは言えるな。

※とは言え、今回移動した場所は通路の隣なので床が揺れるし、"歩くときタラちゃんの様に何かしら音を発している" 人の "タラ音" がダイレクトにクル場所で嫌なのだが・・・w



今回の話は

"偉いおっさんたちがやれる事は、数ヶ月経って達成したが (達成してないのもあるが) AZZLOには短期的な結果を求める"

点が多くあり、典型的な "ウンコした後拭かないからアナルが痒くなった上でウンコに問いただす" 的事象だったなw

そして、たかだか15万のPCすらも買えないのに、わざわざ作る必要もない資料 を作る人にギャラ払ってるという、意味不明な金の使い方は疑問だよなぁw ま、この辺はホントにAZZLOが口出す領域ではないが。

ライフログ・ビッグデータは否定 するのに、何故か金を生まない労働履歴には夢中って事だよな。

"より良い結果の為" に対しては、偉いおっさんもある程度はAZZLOの見解に共感があるっぽいが、それ以上に "労働履歴" のプライオリティーが勝っているよな。「(仕事の質が下がっても) それは・・・しょうがないわな。」 っていう発言が裏付けになっていると思う。

けっこう偉いおっさんも "本意ではないので葛藤している" のは感じたので、AZZLOも歩み寄らなければならないとは思うが・・・。

そもそも労働履歴が必要ならば

"ネットカフェもしくは家でしっかり仕事している"

という労働履歴にしといてくれれば良いと思うんだが・・・w ネットカフェ代を経費で落としてる訳でもなく、電気代も組織としては浮くし、フリードリンクの消費量も減らせるw 

あ、そもそも直近で言えば、もろもろ待ちだったので

"デスクに居ようが居なかろうが、ほぼ直接的な生産的活動はしていない"

が事実なんで、デスクに居たら仕事しているとは全くならないんだよなw 本質がズレてるよなwww

ビッグデータでもよく言われる事だが

"データ集めきっただけでは何も起きない"

んだけどなw

ま、今更だが、期待を裏切らない組織だなw

2014年10月16日

-読書感想- 君に友だちはいらない / 瀧本 哲史

君に友だちはいらない / 瀧本 哲史

2014年4月頃の読書。

-読書感想- 僕は君たちに武器を配りたい / 瀧本 哲史

が、かなり面白かったので、新たに出たこの本も手に取った。・・・しかし酷いタイトルの本だw


1:常に複数の緩やかなつながりを持った組織に身をおき、解決すべき課題を見つけて、共通の目標に仲間とともに向かっていくこと。

これがグローバル化が進展する時代に、人々が幸福に生きるための基本的な考え方になるはずだ。

「社外のモチベーションの高い人とやるしかない」 が既に現実で起きてる事だしな。

一つの屋号 (会社とか) の繁栄を求めた上で、"屋号内だけの活動 (多くの場合政治に走る) では衰退する事象" は多く見かけるしな。

※よくトピックになる日本企業の衰退の原因は、この "社内政治" にあると思う。そして何故社内政治が必要・走ってしまうかの原因を特定していく事が必要だと思う。

・・・かといって無差別的な勉強会・セミナー参加 "だけ" では解決出来る・達成出来る事でもないとは思うw

2:人材のコモディティ化を乗り越える方法は、「武器としてのチーム」 を自ら創り出すことしかない。

偉いおっさん同士で、お膳立てされた昼間の蛍光灯の下で、更に偉いおっさんが監視する下では、新たな発見を繰り返す事は絶対にあり得ない!!!

訳だし、残念ながら

「オレは前向きだ!」 と力強く言った上で1ヶ月以上、音沙汰無しの営業 ( ̄□ ̄;)

とかの人たちは、"3秒の声がけ" すら出来ないので、チーム以前に "事として成り立たない" しなぁ・・・w

故に 最初から "営業抜きでやる" っていう目標にしてた んだが・・・。

3:天動説が棄てられ、地動説が受け容れられたのは、天動説の支持者が論破されたからではなかった。主流をなしていた天動説支持者のほとんどは 「地球がこの世界の中心である」 ということを最期まで心の底から信じて、この世を去っていったのだ。

それならばどうして、天動説はあるときから見捨てられたのか。

クーンは研究の結果、その理由を 「世代が入れ替わったこと」 だと喝破した。

天動説の支持者のほとんどが死に絶えて、新しい世代のほとんどの人が 「天動説なんて非科学的な考え方を支持するヤツは、頭がおかしいんじゃね?」 と思うようになったからなのだ。

この指摘を踏まえると、広告代理店が現代で必要な働きが出来るのは、最低限20年はかかりそうだな。この "20年" という根拠は、"今40歳前後のおっさんが社長になる時期" という計算である。

すなわち20年後からやっと対応が始まると思う。しかし現在のマネタイズモデルでは20年間の維持は非常に難しいだろう。故に 2020年を越えられない という妄想になる。

4:自分たちの信じる新しいパラダイム、必要とされるパラダイムの信奉者を、少しずつ増やしていくこと。そうやって 「仲間」 をつくっていくうちに、いずれ旧世代は死に絶えて、新たなパラダイムの時代となるのである。

ビジネスの世界でも、停滞している分野ほどベンチャー企業が有利であるのはそれが理由だ。業界に長い間君臨してきた企業はかつての成功体験、固定観念にとらわれているために冒険ができない。その固定観念自体が時代の変化にともない、間違ったものになってしまっていることに、気づかないのである。

とりあえずAZZLOが所属する組織の人たちの多くは、想像力に乏しいみたい だし、「あぁ・・・銀座の頃は良かった・・・」 と今を見つめる事すらも無い人たちは、"銀座から離れた事実" を体験しているにも関わらず、今後の変化の可能性を否定・理解出来ても逃げる だから、進まないんだよなぁ・・・w

電通だったら

「少なくても今は、そぉいう方向に世の中が進まないようにしましょう」 (フリーザ風)

と言えるんだが、AZZLOが所属する組織は、ヤムチャぐらいなので、そんな権力はないのだw 追従でも食えるのは20世紀までだと思う。

ま、AZZLOには ビッグデータ等も検証しているチームメイト が居る・・・が、組織の業務 (ビジネス) にならない (承認されない。 承認されても関与者が動かない) からなぁ・・・w

まぁ、そもそもAZZLOが売上げとかマネタイズとか気にする必要は無いんだけどもな・・・w でも "代理店の作業員" はもう飽きてるのだ。作業じゃなくて仕事したいんだよな。どうせ作業員だったら "AMAZONの配送センター" でバイトした方が運動にもなるし時給換算したらバイトの方が良いしw

5:チームで活動するようになって感じるのは、ほんとうの仲間は、一朝一夕にはできないということです。楽しいときも、辛いときも、一緒にすごして初めて魂が通じ合うような関係を築けます。

つくづく

偉いおっさん同士で、お膳立てされた昼間の蛍光灯の下で、更に偉いおっさんが監視する下では、新たな発見を繰り返す事は絶対にあり得ない!!!

だよな。

6:「フリー」 という肩書で働いていても、本当に 「フリー=自由」 であるかといえば、そうとは言えない人も少なくない。

一時は出来ても継続し続けるのは大変だからな。AZZLO自身もフリーのWEBデザイナーとして食えてた時期に 「WEBの変化 (特にプログラミングの必然性向上) に一人じゃ対応しきれねぇ・・・」 と思ったから会社に入ったしなぁ。

そもそも会社に入るきっかけは、こぉいう気付きからなので

"会社ってそれぞれの強みを活かして一人じゃ達成出来ない事をみんなで達成するもんなんでしょ?"

と思っている。そして狙い通り、秋葉原の代理店では

・AZZLO:思いつき / 数字把握(運営) / ビジュアルデザイン
・本間さん:プログラミングでなんでも作ってくれる。(多くの場合自動化プログラム作ってくれてた)
・カトオ:旬な傾向のお知らせ・調査 / 飲みの誘いw (ほぼ毎日・・・w)

っていう役割分担で、結果的に毎月倍々で自社サイトのアクセス数を増やせていたんだよなぁ・・・(遠い目)。

よく 「AZZLOは変だからフリーでやればいい」 とか言う人が言うが、

"利己的な金 (いわゆる手取り) を目的にしてない。共に高みを目指して達成して気持ち良い飲み会がしたい"

のがAZZLOなので、そうじゃない人からすると、"変" なんだろうと思う。

7:自分の成長に資する仲間とともに働くか。それとも、「ごますり」 と言って語弊があれば、「社内調整能力に長けている」 だけの、尊敬できない上司や、夢は語れどそれを実現しようとする志はない同僚とともに過ごしていくのか。それによって人生の意味合いは、天と地ほど違ってくるだろう。

組織では "それぞれの成長" という概念が皆無な感じするよな。そぉいうのが無いと "組織としての成長" も無い気がするんだが・・・。

2014-10-13 09-25-05

2014-10-13 09-25-35

こんな傾向だし

"森 (売上げ) を見て木 (人) を見ず" (あえて逆)

な感じする。

8:秘密結社というとおどろおどろしいイメージがあるが、要するに 「さまざまな出身のメンバーが、ひとつの目的の達成を目指して、自発的に集まった集団」 のことを意味する。企業のなかでも新しいチャレンジを試みるのは、しばしば 「社内で部署横断的に集まった秘密結社的チーム」 だ。

"しくみ作り実行隊" みたいな自発的ゲリラグループじゃないと、勢がないからな。

偉いおっさんの目が届く場所では、直近の労働履歴にしかならない。

9:そもそも 「秘密結社」 というのは、世の中を何らかのかたちで変革しようという目的のもとにつくられた組織だ。

偉いおっさんからすると、自分ラの無能さが露呈される機会になる事も少なくない為、政治的に抑制したりするのは、世界的にどこも一緒だよなぁ。でも、どっちみちオチは一緒なんだよなw

2014-08-25 02-07-41.jpg

2014-08-25 02-08-34.jpg

10:知っておくべきことは、彼ら (フリーメイソン) の活動の根本には、「反カトリック同盟」 という理念があったことだ。商売上、さまざまな対立する立場であったとしても、強大なカトリックを中心とする既存の権力を握る勢力に対しては、団結して反旗を翻す。それは、彼らが信奉するのが 「既存の権威」 ではなくて、人の 「理性」 だったからである。王権よりも、神に与えられた 「理性」 を信じる、というのが彼らの考え方の根本にあったのだ。

フリーメイソンは、ほぼAZZLOと同じ感じだな。キリスト教嫌いだし、プロテスタントより更にカトリック嫌いだし。

11:じつはロータリークラブやライオンズクラブなどといった親睦団体も、もとをたどればフリーメイソンに行き着く。フリーメイソン会員になるには会員の投票や身辺調査があるなど門戸が狭いことから、似たような組織を設立して、もう少し一般的にも広げようということでつくられたのがそれらの団体なのである。

幼少からロータリーの4つのテストを散々聞いてきたAZZLOはロータリークラブに非常に共感している ので、フリーメイソンにも共感は繋がるんだなぁ。

12:福沢は慶應の人々に、「あたかも骨肉の兄弟のごとく、互いに義塾の名を保護し、労力や金、または時間や注意をもって助けあうこと」 と述べている。そして慶應が当時、官尊民卑の風潮が強いなかで成功できた理由について、「命令するものなく、全体の挙動を一にし、奨励する者なくして全員の喜憂を共にし、一種特別の気配があったからこそ今日まで維持できた」 と書いている。

「慶應卒の人が "他の人の案件を事故る仕込み" をしている」 というのを聞いた事があるがw ・・・福沢さんは泣いているだろうなぁ・・・。

13:神戸女学院大学名誉教授の内田 樹 氏は 『ワンピース ストロング・ワーズ』 (集英社刊) に寄せた解説のなかで、現代の若者の心を捉える 『ワンピース』 と、70年代の左翼学生を熱狂させた 『昭和残侠伝』 という任侠映画に共通するメッセージは、「友のためには死ぬという人間を信じ」 ることだ、と述べた。

世代的な違いもあるが、AZZLOはドラゴンボールは好きだが、ワンピースは興味湧かない。まず絵が鳥山明の方がセンスあると感じるからだが (鳥山明は漫画家にならなかった場合、ファッションデザイナーとしても大成したと思う)、ドラゴンボールの中で起きる死は、"友のために" もあるが "自分の正義のために" な感じする。

14:仲間というのは当初の目的を達成し、互いに必要とする時期が終われば、離れるのが自然だと思っている。いつまでもずるずると仲間意識をひきずり、「仲良しごっこ」 を続ける関係には、意味がないのだ。

自分的な文化は、"複数人が目的を持って新たな刺激を創造し前進している様" という感じかな?創造し終わったらもう文化じゃなくて、"習慣" に言い換えるべき。

だし、次の文化の為には、一度解散して、違う経験を再融合するべきだと思う しな。

故に "老舗のクラブ" ってのはあり得ないと思うよなw

15:「良いチーム」 はたいていの場合、

1 少人数である
2 メンバーが互いに補完的なスキルを有する
3 共通の目的とその達成に責任を持つ
4 問題解決のためのアプローチの方法を共有している
5 メンバーの相互責任がある

という5つの大きな共通点を持つことを見出した。

"スキルが被っている人たちが大人数集まる" のは良いチームじゃない可能性が高い って事だよなw

16:まず 「ありがちなチーム」 について見ていこう。

求められる仕事が定型的で平凡で、期待される業績が決まっていることであれば、ありがちなチームでも問題がない。会社内でチームを組織する場合、メンバーは年次や部署で自動的に決まり、スキルも固定的で新たな能力を身につける必要はなく、一度チームの一員に選ばれたら、基本的にクビになることも、能力が高くより適任と思われる別の人にその地位を脅かされることもない。

仕事は 「やったふり」 、仕事を 「したつもり」 で何の問題もなく、明確な成果を要求されることもない。「集団責任は無責任」 という言葉があるが、そういう組織は日本中、いたるところにある (昨今の企業や行政組織の不祥事を見ても、結局、最終的に誰も責任を取っていないことは珍しくない)。

えてしてそういう組織ほど、外部から他力本願的に有識者を招いて知見を求めたり、ビジネス書で読みかじった 「SWOT分析」 などの 「コンサルタントごっこ」 にうつつを抜かす。そもそもマッキンゼーなどのコンサルティング会社で働く人間ならば、SWOT分析などの一般化されたフレームワークは、それだけでは、ほとんどの現場で役に立たないことを知っている。

仕事を作業だと捉えたバケツリレーだから、"頭数が担保されればチーム" となっている気がするな。

そして指摘通り、「やってるふりだけはオレに任せろwww」 という先輩 が発生しているもんなぁ。ある意味チームワークだけども・・・w

SWOT分析やらについては、"かっこ良さ気な労働履歴" としては歓迎されるんだろうな。(SWOT分析は流行ってる気配もないけど)

17:ダメなチーム (ありがちなチーム) では役職や年次で選抜されるが、よいチームはあくまで 「何ができるのか」 でメンバーが決まる。ところがこれまでに試みたことがないプロジェクトなわけだから、その仕事に必要とされるスキルもはっきりとは分からない。だから何かしらのスキルがあるからといって、その人がメンバーにふさわしいとは言えないのである。

大人数の頭数だけ合わせて 「こんだけメンバーが居るなら、必要とされるスキルを持っている人が多分居るだろう・・・」 と全員が捉えて、結局誰も何もしないという事象が少なくないもんなw

18:職場や学校、町内会や趣味のサークルなど、人が集まる場所ではどこでも見られる 「仲良しグループ」 の多くは、自分に自信のない "迷える子羊" たちが、似たもの同士でツルんでシマを作る防衛的な集団である。メンバーはみな、自分がどんな人間かよくわかっていない。わかっているのは、自分たちが優秀じゃないことだけ。だからいつも不安でたまらない。

確かにそのような集団になってしまう事もあるが、"迷える子羊" が取り急ぎ所属出来るホームも同時に必要だとは思う。一定のコミュニケーション力は最低限磨けるしw

その上でコンプクレックスもろもろ明確化し、どう次に繋げるか?の整理が出来れば良いと思う。

暴走族から分かる若者のコミュニケーション

の様に、暴走族やクラブといった、いわゆる "悪い子・恐い人達" (不良) の駆け込み寺は、いつの時代も必要だと思う。デニーさんのバーとか、・・・デニーさんのバーとかぁ?・・・・っっっ!!!デニーさんのバーとかもそうだw

慢性的な傷の舐め合いは良くないが、集中治療室的なのは必要なハズだ。

現代で病まない人は "教育というワクチン (言いなり奴隷ワクチン) を摂取しているから" とも言えて、病む人はスキル不足の可能性もあるが、人としては真っ当な可能性もあると思う。

・・・故に大卒者で病む人は "筋力あった上でワクチンが効かない健康体" と言えたりもするので、結構イケてる可能性があると思うw

そぉいえば 成功案件 を共にした戦友 (退社済み) は、某、元国営大企業の営業やってて病んで出社出来なくなったもんなぁ。

19:自分で考えリスクをとって、成果を生み出せば、自分に対してある種の自信が生まれる。ところが自分から逃げまわって、他人に人生を預けて、従うべき何か、評価してくれる誰かを探してばかりいると、同じところをぐるぐる回り続け、永遠に不安のままの状態となってしまう。

アダム・スミスの

自分が称賛に値する行為を行ったにもかかわらず、偶然の理由によって、世間から称賛を得られなかった場合、賢人は、称賛されないことを意に介さない。一方、弱い人は、称賛を得られなかったことを残念に思う。

これと同じだな。

よくあるパターンだが、偉いおっさんは評価してくれる人が居ないので、"ハードM男" になる傾向ってあるもんなw

20:経済学の原則として 「増えすぎたものは価値が急激に低下する」

人脈も同じである。(中略)

人とのつながりづくり自体が自己目的化し、フェイスブックなどで数千人の 「友だち」 がいることを誇示しているのに、本人はあまり幸せそうではないという人は少なくないが、そういう人は結局、「人的資産」 をすり減らし続けているのである。

ミクシーなんか露骨にそうだし、フェイスブックもミクシー化 (リア充アピールだけで自尊心が担保出来る コミュニティ 繋がり → そこにコミュニケーションは無い) 進んだ感じするよなぁ。

21:怖いのは、プロフィールに出てきた 「友だち」 に 「痛い人物」 が含まれていた場合、その人も 「痛い」 と判断される可能性が高いことだ。

つまりその人のまわりにどんな人がいるかによって、その人物のパーソナリティーがくっきりと明確に浮かび上がるのである。古くから言う 「類は友を呼ぶ」 という諺は本当なのである。フェイスブックで無闇に友だちを増やすのが考えものなのは、それが大きな理由だ。

まぁ、"痛い人物の輪" として同質認識が出来ればそれはそれで良いと思うw "痛くない人" にとってもお互いに楽だw

ちなみにAZZLOは、

「他の友だちから紹介されてボタン押したら、どうやらAZZLOから申請をしてしまったらしく、繋がっちゃった人」

「名前の手書きメモを手渡され、『繋がりましょう』 (後で申請してね!) と言われた」

二人だけAZZLOから申請して 「フェイスブック上での友だち」 ということになっている人がいる。他は、全て相手からの申請で、まぁ、組織の人とマニアックラブ関係の人が多い感じだ。

・・・だからなんだって事ではないのだがw 明確に言えるのは、数人を除いて顔は見た事がある人たちだが、飲みに行った事がない人も少なくないという事だw

22:社交に過度な時間と労力を注ぐことは、時間の無駄となるどころか、ときにはマイナスにもなる。強力な磁石が、鉄鋼もくず鉄も区別せずに引き寄せてしまうように、人脈の多さを自慢する人は、つきあって有意義な人だけでなく、自分の足を引っ張ったり、迷惑をもたらす人や、さらには反社会的な勢力とまでもつながってしまうことがあるのだ。

AZZLOもミクシー化するフェイスブックには飽々してる もんなぁ。

23:モノも知識も、たくさん持ちすぎると、それを自分がコントロールしていると思っていながら、逆にそれらに縛られてしまうということがある。いわゆる 「専門バカ」 というのがそれだ。ある分野については膨大な知識を持っているがゆえに、それ以外の視点からは物事が見えなくなってしまうのだ。

某案件でグループ会社の "データサイエンティスト" が居たのだが、

"とあるブラウザのツールバーを利用している人のアクセス履歴"

をチェックした上で

データサイエンティストさん:「得意先のサイトを見ている人の平均プロフィールは "こんな感じ" (性年齢地域年収) です。彼らが得意先の商品の購入意向が高い訳ですから "こんな感じ" の人が本施策のターゲットになります!」

AZZLO:「なるほど!それでは "彼らは既に検討しているんだから、彼らにアプローチする必要はない" と考える事も出来ますね?」

データサイエンティストさん:「!!!(゚д゚;) ツールでそぉいうデータが出ているんですぅぅぅ!!! "こんな感じ" の人がターゲットなんですぅぅぅ (。`Д´。)ノ」

と、テンション高くなっちゃった事象あるしなw

この会話の段階では "検討者に離脱せず買って頂く" のか "新規の方にも検討して頂く" のかが決まっていない段階だったから、AZZLOは後者の可能性も議題に上げたかっただけなのだが・・・w

そして、多くの場合、前者の方が離脱するのは、"検討した上で排除した" 訳で可能性は低いと思うので、後者の方を重視した企画する方が良いと思うのがAZZLOだ。前者の方を重視すると

「あれ?既にある説明サイトがもう一個出来ちゃった・・・。要らなくね?」

という事になりがちだw

24:ときどきは自分の持つ 「モノ」 や「知識」 を手放した方がいい。これは勇気がいることだが、「持っているものが多いこと」 が貴いのではなく 「必要なものが少ない」 のが貴いのである。仲間についても同じだ。

必要な時はメールなり電話なり来るしなぁ。2001年~2006年はあえて携帯を持っていなかったのだが、ノイズが少なくて良かったもんなぁ。(採用が決まった当時恵比寿にあったIT会社から 『携帯持ってないなら採用取り消す』 って言われたから渋々持つようにしたのだが・・・w)

25:学生時代の最大のよさは、お互いにまだ何者でもないがゆえに、フラットな関係を構築できるところにある。社会人になってしまうと、自分と違う業界や社会階層の人と出会って親しくなることは難しくなる。しかし学生時代は出自がほとんど関係ない。

90年代半ばまでのクラブシーンがそんな感じするな。AZZLOの年齢的にも高校生ぐらいの年齢だったし。

カンヌで受賞すると

「AZZLOくんが社内外で有名になって、やりたい事がもっと出来るようになるよ。」

という話があったが、"良さ気なタグ・レッテル" によって有難迷惑な事象が起こる場合もあるしなぁ。この点からもAZZLOは広告賞が嫌いだ。

"高学歴で広告賞受賞者にはペコペコする" 様な奴 (本質が見えないから表面的なタグを重視する) とは仕事したくないしw

26:ある年に、東京大学に数人合格した高校が、それから合格者を伸ばしていくということもある。これも 「東大に入ろうと思えば入れる」 という現象を後輩が見ることで、行動が変わったと説明することができるだろう。

つまり進学実績がよい学校に入るということは、「自分もがんばればトップクラスの大学に進学できる」 という無意識の教育観を手に入れることになるわけなのだ。

こぉいう 「オレでもやれるかも?」 のお手本・言い訳・踏み台になるのが先輩がやるべき事だと思う。

AZZLOの成功案件 は、そんな思いも含めて企画したし、製作ディレクションしたなぁ。しかし誰も 「AZZLOさんの成功案件がエロいんだから、僕もエロい企画作りました!」 と、踏み台にしてくれないが・・・w

コレだよな。

2014-03-10 20-26-54.jpg

「親子と組織内の先輩・後輩は違うだろ!」

という声が聞こえてきそうだが、親子はDNA的により近いだけで、"その時代に生きる先輩と後輩" は親子でも同じだと思う。

※ "『その世帯の先輩と後輩 (いわゆる親子)』 だけイイ感じになるのを目指す" のは、核家族化の方が、冷蔵庫やテレビが必要になるので、経済を成長させる為の仕込まれた意識であるハズだ。

"隣の人と見栄を張り合うモノサシを提供する事で、『グローバル視点を無くし、戦争、それも特攻隊みたいなテロ行為をしない人種』 に育てる必要があった"

と、マッカーサー視点では思うなw

日本人が "親切で礼儀正しい" みたいな海外からのイメージって "白人 (とりあえず肌の色が違えば) は強い" というベースに紐付いてビビってるだけだと思う。

2014-08-30 19-33-21.jpg

2014-08-30 19-35-11.jpg

2014-08-30 19-37-13.jpg

2014-08-30 19-38-04.jpg

2014-08-30 19-39-07.jpg

2014-08-30 19-33-43.jpg

この事象とか典型的だと思う。

27:まわりに成功している人が多ければ、成功することが当たり前だと思って努力する。しかしまわりに成功者がいない人は、「成功するというイメージ」 が持てないために努力ができず、ひどい場合には 「成功することで人間関係が悪くなる」 ことを恐れたり、「自分が成功するはずがない」 と深層心理レベルで思っているので、成功の直前で突然自滅的な行動をとったりするのだ。

とある偉いおっさんが、おそらく "新規クライアント開発会議" みたいなのに出席した後のタバコ部屋で

「ウチが・・・TOYOTA攻めるって・・・www」 (おそらく会議で 「TOYOTAに提案しよう♪」 という会話があったっぽい)
※TOYOTAはあくまで例

と言ってたのを見て

「じゃぁ・・・ドコダッタライイワケ?(ーー゛)」

って言いそうになったのを我慢した事があったなぁw

アポ取りして

「ウチだからアポ取れなかったや・・・w」

ならまだ分かるんだが、何も動いてないのに、この諦めっぷりは腹立ったなぁ。

「オレがTOYOTA攻めるなんて・・・w」

も100歩譲ってまだ良いけど、"ウチ" という事は、全社員を "そこまでのレベルではない" と巻き込んでいるという事である。身を削って企画する人も居るので、そぉいう人たちに失礼である。

ま、それで食い続けられるんなら別にいいけどな (ーoー)y~~~。

28:むしろ今の時代、一流大学を出ただけでは、なんの優位性もない。東大の法学部を出て弁護士になろうが、京大医学部を出て医者になろうが、自らを資本主義市場で 「高く売る」 ことができない人間は、「高スペックコモディティ」 とし買い叩かれる運命にあるのだ。

大学での体験はともかく、代々木ゼミナールが大幅縮小している事実からして "少子化に伴って大学行くの難しくない" 時代だからなw 大学というビジネスに従事する人の生活を担保する為に献金しているのが今の、今後の大学生だw

※そして、大学教授が書いたこの本をAZZLOが買うモチベーションを生んだきっかけも、経済の為の仕込みであるw

比較材料が明確な分、大卒者はよりコモディティー人材になるだろう。どうせ行くなら東大じゃないと価値無さそう。金がかかるスタンプラリーにしかなってない 傾向はより強まると思う。

そして、"大卒者を優先する" 普通な人事採用は、要は "タグを見て人を見てない" と言えるな。

"人を見た上でこの人はたまたまた大卒者だった"

は良いと思う。

29:じつは特定の専門分野について、大学の先生が教えることには、あまり大きな価値はない。なぜならばそれらの知識は、すでにその分野においてスタンダードなものとなっているだけに、現在の企業が価値を生み出すコアの知識からは、数年から数十年の 「開き」 があることが少ないくないからだ。

おぉおw AZZLOの

まず、大学の役割とは何か?だが、各大学によって姿勢が違うかもしれないが

"現代で活躍する者を育成する場所"

と言える。

しかし、もうこの時点で現代の組織には必要ない者となる。何故ならば、現代はすぐ更新されるので、"数年前の定義の現代" では卒業した時点で周回遅れなのだ。数年前ぐらいであればまだマシで、教育内容が数十年前から変わってない部分も多いだけに、完全にアウトなのだ・・・w

と一緒だwww

30:一般的な大学の授業で教えているぐらいの内容は、やる気のある学生が本気で独学しようと思えば、1年間で学ぶ内容をひと月で終わらせることは十分可能だ。経済学でいえば、毎週1回か2回、先生の話を教室で聞くよりも、そのへんの本屋に行って、スティグリッツの本を購入して読んだ方がよっぽど早く最先端の知識を身につけられる。

これはあらゆる分野の学問について言える。大学 (学部生) で学べる程度の専門性ならば、本やインターネットを利用することで、誰でも学ぶことができるのだ。

海外行っているAZZLOのカノジョ はAZZLOがあんま好きじゃない早稲田卒なのだがw 入試直前の2、3ヶ月だけ勉強して合格したって言ってたしなぁ。

よく言われる事だが

「勉強を教える・教わる」

ってのは、よ~~~~分からん日本語だよなw

「勉強の仕方を教える」

的な事が必要で、"記憶を頑張りましょう会" みたいな学校は要らないと思う。それは家で一人で出来る。

"学ぶとは真似る"

とかも、よく見かけるので、どちらかと言うと

「共に学ぶ」(学ぶ行為を真似る為の元ネタ出さないと!)

が必要と思う。堅苦しく言うと先輩の "生き様" が見える事が必要だ。「教える事で、教える側も学びがある」 とかもよく見けるしな。

いわゆる勉強に軸足を戻すと

「何の記憶 (知識) が必要かを自ら気付く力 (知恵) を付けるコミュニティー」

とかだったらあっても良いと思う。それを学校や大学と言うならば、それはAZZLOも否定しない。

日本の勉強って、ノートに書き写すというシーンが多いが、コピーするだけならコピー機で良いと思うんだよなぁw

ま、書き写した方が記憶になりやすいとは思うので (筋力とシンクロした記憶は深く刻まれやすい) "記憶の為には真っ当な手段" とも言えるがw 必要な知識はタイミングで違うし (短期的対応においては)、10代で特定の分野を特定させるのは酷な課題だと思う。スペシャリストの為の知識は、もっと後でも良いと思うんだよな。

ま、"知識と知識の間にある何かがアイデア" とも思うんで、取り急ぎ詰め込みも一定の価値はあると思うんだが、その隙間に気づかなきゃ意味ない訳で "詰め込み (既に起きた事の記憶だけ) してれば OK" になりがちな点は、大卒者の残念なポイントだと思う。



そぉいえば、AZZLOは小学生の頃、栄光ゼミナールと四谷大塚に二股かけて通わされていたのだがw (あと、そろばん、PCタイピング教室、近隣のお付き合いで英語教室、横浜の赤い靴劇場の子ども劇団員,バロック音楽として、祖父からピアノ、ヴァイオリン、他の先生にリコーダー、ハープ習ってた・・・。そして週末の夜は芝浦GOLDに行ってたので、小学生の頃が一番睡眠時間無かったw)

栄光ゼミナールの先生は、毎日教室があるビルの入り口で待っていてくれて、授業もインタラクティブで雑学も多くて楽しかったな。

・空いてる教室使ってかくれんぼ
・先生と共犯して教室を他の生徒と入れ替えて、入ってきた先生を挙動不審にさせるw
・先生が激怒 (するふり) して大声を出し、次の授業の先生が入室出来ない・・・w

とかやってたなぁ。今でもこの遊びに誘ってくれた先生の名前は覚えてるw 国語の林先生だ。黒板の字が綺麗で、今言える感想だが授業が物凄く論理的だった。他の先生の授業よりも 「お~・・・( ̄▽ ̄)」 と感じる事が多かった。

四谷大塚は、"黒板の内容をノートに写すだけ" の授業で面白くなかったなぁ・・・。大教室で展開が早いから、写すだけで必死だし、先生の声は耳に入ってなかった。

子どもながらに

「この人 (先生) 、今と同じ事何回もやってるよね?働くってそぉいう事なの?大人って夢ないっぽいなぁ・・・」

と思ったなw

31:私が知っている中学生にも、経済学の本をたくさん読んで、世の中の出来事を経済学的な観点から自分なりに分析して、ツイッターで呟いていた少年がいた。彼はツイッター界で人気となり、ソフトバンクの孫正義社長や、ジャーナリストの津田大介氏らとも交友を持つようになった。

しかしそんなことには、はっきり言って何の意味もない。著名人と知り合ったからといって、自分が偉くなったわけでも、人に誇れる能力を身につけたわけでもない。

ま、それで踊れちゃう人は、死ぬ時に 「ン~~~?んんん???」 と思いながら死んでいくから、素養の問題だからなぁ。

著者はこの中学生に忠告して、そういった交友を辞めさせた (結果的に本人の意思で辞めた) との事。ある意味余計なお世話だが、先輩として愛がある忠告だと思う。

32:そもそもネットワークというものは、作ろうとして意図して作れるものではなく、自然とできあがってしまうものなのだ。「自分がどういう人間なのか」 によって、ネットワークは決まってしまう。

フェイスブックの友だち人数や、著名人へのいいねによって自尊心を担保出来るのは、アダム・スミスの言葉で言う所の "弱い人" と言えるもんな。

そぉいえば、AZZLOに喧嘩を売ってきた偉くないおっさん は、

偉くないおっさん:「お前!フェイスブックの友だち何人居るんだ!!!!」

AZZLO:「ん~・・・・100人ぐらいですかねぇ。少なくても80はあった気がします」
(直後に確認したが、110人ぐらいだった)

偉くないおっさん:「q|゚Д゚|p・・・悪く・・・ないじゃないか・・・」

という会話があったがw 100人って平均的には少ない方だと思うので、よくわかんない会話だったなぁw

今、調べてみたら、会話当時の2011年で平均108人 との事なんで、まぁ指摘通り少なくはないみたいだったが・・・。

33:気をつけておくべきは、「他の人脈と重ならないネットワークを作る」 ということだ。自分がすでに所属しているチームの他のメンバーと、重なるネットワークを作ってもあまり意味がない。自分の社内や同じ部署だけでネットワークを作っても価値が生まれないのである。

あ、AZZLOは、

"AZZLOとコミュニケーションが多い人と、『AZZLOが居ない所で他の人がコミュニケーションを増やす』 と、さ~~~・・・と引いてる"

かもしれないな。プロダクションさんとの関係とかそうかも。(担当・住み分けが結構明確なので、そうそうそんな事起きないけど)

これは嫉妬ではないつもりで、むしろ遠慮せず割り込んで頂きたいぐらいなのだが

"AZZLOとその人のコミュニケーションが、他の人も同様な状況を得たいという気付きになったんだろう" (「良いプレゼンがあのプロダクションとは出来そうだ」 とか?)

と思うからかな。超ナルシストかな?w 整理した考えではないが、大なり小なりある感じはする。(事実ナルシストの自覚あるしw)

34:彼らは 『Sに助けてもらった』 というつながりでお互いに交流するようになっていき、いつの間にかネットワークをつくるようになった。私が何かで困っていると、そのネットワークの誰かが勝手に助けてくれるようになり、それが結果的に自分に大きなテイクをもたらしてくれるようになったんだ。

「短期的なテイクを見越したギブってどうなのよ?」 的な事だな。

AZZLOの葬式イメージの一つのパターンは

「この出席している人はAZZLOさんの知り合いだから、みんなエロい事が大好きなのだろう・・・( ̄△ ̄;) ・・・よってこの人達とエロい仕事が出来そうだ!!!\(*^▽^*)/」

と、出席者がみんなニヤニヤしているのが良いと思っているw それに近い話だな。

35:私の知っている人に、このネットワークの効果を使って、ふつうの保険のセールスレディの何倍もの売上げを立て続ける凄腕の女性がいる。彼女はさまざまな業界の中小企業を営業するうちに、「この会社の社長と、あの会社の社長を引き会わせたら、きっとお互いにとってよい影響があるんじゃないか」 とかんがえるようになった。

そして実際に紹介すると、そこで新たな仕事が生まれることが重なり、新規顧客を得ることができた社長からはたいへん感謝されるようになった。そして 「お礼に、君の保険に会社で入ることにするよ」 と社員や知人に彼女の保険を薦めてくれるようになったのだ。この紹介をもとにした営業手法により、彼女はあっという間にその会社でナンバーワンの営業成績をおさめるようになった。

よく人的なネットワークって "オレが食いっぱぐれない為" で使うケースが多いが、本来こぉいう事だと思う。

そして人を繋げる際には、「貴方だから繋げた」 感は必須だよな。33番の "他の人脈と重ならないネットワーク" に習うと、"他の人脈と重なっているネットワーク" は有難迷惑だもんなw

36:「まわりにロクなやつがいない」 というのは、鏡に向かって悪口を言うのに等しい。自分の行動、態度を変えれば、まわりに集まってくる人も変わってくる。自分が置かれている環境は、少なからず自分が過去にしてきた意思決定の反映なのだ。

「AZZLOは育ちが悪い」 という先輩 は、彼も育ち悪いんだろうな。同質にして頂くには材料が違い過ぎると思うが。

そして、AZZLOのココで良く書いている "組織批評 (ほぼ批判)" は 「まわりにロクなやつがいない」 言ってるようなもんだがw これは組織とお互いに認め合ってる?ようなもんで

"AZZLOを育ち悪いとか、糞社員とする人を、チームワークの概念が無い糞生産者だと思うAZZLOなので、『どっちも糞じゃん!』 事象"

だなw ウンコのちゃんこ鍋だw

ただし、本来ウンコ同士は 庶民として涙を吹き合うのが、生産的な関係 (お互いの汁を吸い合ってより美味くなるちゃんこ鍋的に) であるハズだと思うので、「AZZLOだけ美味くなる具材です!」 的なのは寂しいんだよなぁ。

明確なAZZLO排除としてであれば、彼らはウンコじゃないんだろうか? もしくはAZZLOがウンコじゃないんだろうか?

・・・しかし "彼らのウンコ定義は彼らの方がむしろAZZLOよりも該当してたりする・・・" すなわち 「先輩の方がレベル高い (良い具材) っす!」 という、ごますり?・上を立てる? がココの "組織批評 (ほぼ批判)" という事かな・・・?w

37:しかし、選ばれてしまったのだ。だから持っている限りの力と勇気と知恵を使わないとだめなのだ」

使命だな。

38:アメリカの神話学者であるジョゼフ・キャンベルは、『英和と輪廻』 において、あらゆる神話は 「出立」 「イニシエーション」 「帰還」 の3つの要素からなると分析した。そしてさらにそれらを、次の8つの構成要素に分解し、「ヒーローズ・ジャーニー」 (英雄の旅) と名付けた。

1 Calling (天命)
2 Commitment (旅の始まり)
3 Threshold (境界線)
4 Guaradians (メンター)
5 Demon (悪魔)
6 Transformation (変容)
7 Complate the task (課題完了)
8 Return home (故郷へ帰る)

コレ、ちょいちょい本に出てくる訳で

-読書感想- 未来記憶 / 池田貴将 (ヒーローズ・ジャーニーの指摘)

-読書感想- ゲーミフィケーション / 神馬豪・石田宏実・木下裕司将 (ヒーローズ・ジャーニーの指摘)

超セオリーだからな。

AZZLOのDJの流れも結局こぉいう事だったし。(DJやってた当時は自覚してなかったが) 特に 2007.01.20 Just Do It ! @ Gamuso なんかそうだし。

そぉいえば、某、話題になったCMがあって、「WEBで続編出しても面白くないからさぁ、プロモーション考えられない?」 という依頼に

「誰がCM作ったか分かんないけど、読み解くと、このCMは "ヒーローズ・ジャーニー" に則っていて、今は2番の "旅の始まり" 段階です。CMプランナーさんは今後メンターとの出会い等想定しているでしょう? プロモーションとしては "生活者と共に7番の課題完了" を達成しましょう。具体的にはスマホで・・・」

みたいなプレゼンを組織内でやったのだが、相談してくれた偉いおっさんは

「ヒーローズ・ジャーニーって・・・ナ・ニ・ソ・レ (゚_゚i)」

だったな・・・。あのCMってまんまヒーローズ・ジャーニーなんで、関与者が知らない事は無いハズだと思ってたんだが・・・w

"知識ではAZZLOに負けるハズがない大卒者"

が、成り立たなかったので、かなり拍子抜けしたなぁw

※結局CMプランナーは外部プロダクションで、AZZLOのプロモーション企画は 「7番の課題完了に達すると終わっちゃう訳でw 続編が作れなくなるからやらない」 という事だった・・・w そしてCMはやはり "メンターとの出会い" な続編が出てたな。

39:2009年度の調査では、中国の上海が数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーのいずれの分野でも1位となったのに比べ、日本はそれぞれ9位、8位、5位と順位を下げている。この20年で中国は日本を抜きアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となったが、日本は経済だけでなく教育においてもすでに中国の後塵を拝しているのだ。

へ~。今でもまだ日本は上位っちゃ上位だな。

40:「子供たちはやる気がないわけではない。はじめから勉強ができない子はひとりもいない。先行きがわからないときに、"半歩先を照らしてくれる" 大人がいれば、子どもたちは自分で努力し、力を最大限に発揮しようとする」 (松田悠介)

コレだな。

2014-03-10 19-26-24.jpg

2014-03-10 19-33-06.jpg

2013-07-21 01-41-10

2013-07-21 02-04-16

2013-07-21 01-40-42

2013-07-21 02-16-00

41:「これまでの日本の教育は、工業化する社会のなかで、決められたモノを決められた手順で作るのに最適なスキルをもった人を生み出すためのものでした。しかしもはやそれでは、日本が立ちいかなくなることは目に見えています。これからの教育は、21世紀の世界を生きる力を与えてあげることを目的とし、それができるクリエイティビティとリーダーシップを持つ人を教師にしなければいけない」 (松田悠介)

"前倣えから始まる従業員育成" だからな。

「むぅうぇ~~~~・・・・・ぬぅるぅあえっ!!!!o(`ω´*)o」

とか言って、腕の角度とかチェックしてた学校の先生とか、ほぼ犯罪者だと思うわw

42:ある人は、この試算は間違っていると考え、現実逃避するかもしれません。ある人は奇跡が起こることを願い祈るかもしれない。またある人は、きっと別の誰かが解決してくれるだろうと、他人に頼るでしょう。しかし、このような重要な局面で、『自分の人生を他人任せにはできない』 、『成功するかどうかは不確実でも、自分自身の人生、運命は自分で切り開いていく』 と考える人もいるでしょう。

このプロジェクトには、そういうメンバーだけに参加して欲しい。

(日本交通再建にあたって著者が語った言葉)

競合プレゼンだと、この手の葛藤が代理店内の人達で起こる訳だが

"『コレ面白いの?プレで勝てるとは思えないよ』 な内容を強制した上で、実際プレで負ける" ハンドリングはホント辞めて欲しいと思うよな。

43:ラベリングには、「自分へのフィードバック効果」 もある。人間とは、他人から 「おまえはこういう人間だ」 と規定されることで、自然とそれっぽくなっていく存在なのだ。

悪い例でいえば、日本の受刑者の再犯率は50%と高いレベルにあるが、その原因のひとつは、刑務所に入れられることで (犯罪人とみなされることで)、社会復帰することが困難となり、「食うためには泥棒でもするしかない」 とますます犯罪傾向を強めることになるからだ。

望み通り反映出来ているか分からないが

「AZZLOは育ちが悪い」

は、AZZLOを育てた先輩 によるラベリングなんで、ちゃんとフィドーバック返さなきゃだよな♪

AZZLOは恩を忘れない律儀なヤツなのだw もっと頑張るぞぉ ( ゚∀゚ ) \

44:たとえば出版社ならば、「本を作って売る」 というのが事業内容となるが、なぜ本を作って売るのかつきつめて考えれば、「コンテンツを通じて人々の生活を精神的に豊かにする」 「生活していくなかで人々が必要とする情報を提供する」 という二つが本質的な意義となるだろう。

紙に印刷して本という形に製本し、書店で売るのはあくまで手段にすぎないわけで、他の方法でより効率的に目的が達成されるならば、紙にこだわる必要はないわけだ。

AZZLOはコンテンツビジネスの中で、出版社の方々はリスペクトする傾向が強い。要因としてはマーケティングが噛んでない "編集者の正義" を感じれる割合が他媒体よりも高いと思うからだ。

※マーケティングの固まりみたいな雑誌は少ないないがw それはそれで プロ 従業員の業として良い 仕事 作業だとは思う。

紙を売っていた訳ではなく、情報を売っていた訳なんだから、胸を張ってネットインフラを活用すれば良いと思う。

45:釈迦はもともと王族に生まれて、何不自由ない暮らしをしていた (間違った過去)

ところがある日、城の外で病気で苦しんでいる人を見てしまう。釈迦はその病人を見たことで 「自分は今は健康で豊かに暮らしているが、いずれ必ずあの人と同じように病気で苦しみ、やがて死すべき運命なのだ」 ということに気づく (イベントと心境の変化)

その結果、出家を決意して、僧侶となり修行の道を歩んでいく。途中、仲間とともに苦行をしたり、悪魔の勧誘にあったりしながらも、修行をすすめていく (行動)。

そして釈迦は菩提樹の下で悟りを開き、自分の教えを世界中の人たちに伝えていくことを決意する (結果)

このように本当の偉い人、尊敬される人というのは、私利私欲ではない身を削った行動に繋がる "気付き" が起きるもんだと思う。

46:仲間を引き入れるためには、自分のビジョンと歩んできたストーリーを語る必要がある。つまり自分を 「自己開示」 しなければならない。自己開示を通じて、相手側の自己開示を促すようなストーリーを語ることができれば合格だ。「私はこういう人間で、こんなことをしたいと考えています」 という自己開示がうまくいけば、それを聞いた相手側も 「じつは私もそのことについて、こんなことを考えています」 と語りたくなる。

自己紹介の目的は、自分についてすべてを相手に知ってもらうことではない。そんなことが短時間でできるはずもない。自分についてもっと知りたいと、聴衆に興味を持ってもらえればそれで十分である (厳密に言えば、関心を持ってほしい人と、ほしくない人を分けるフィルターを作ることが、最上の自己紹介といえる)。

AZZLOの自主的案件 では、マンガでやさしくわかる事業計画書 に習って "企画者 (AZZLO) プロフィール" を冒頭に入れた。

※そもそも全案件、体制図ではなく、全員のプロフィールを入れるべきだと思う。そして眠気と格闘するだけの偉いおっさんはプレゼンの場には要らない。その分、可能な限りプロダクションの人たちの顔も得意先に見せるべきだと思う。

"得意先とプロダクションとのお見合いをセッティングするのが代理店"

とも言えるんで、本人が居ないお見合いっておかしいw

AZZLOプロフィール を簡略化しつつ、イメージを入れたペライチを含めた企画書を、結果的に 「オレは前向きだ!」 と力強く言った上で1ヶ月以上、音沙汰無しの営業 ( ̄□ ̄;) になっている営業に共有すると

営業:「な!・・・コレAZZLOぉ?」
AZZLO:「えぇ・・・ ( 「な!」 ってなんだよw) 関係ない人のプロフィール意味ないじゃないですか。僕ですよ。説明しましょうか?」 (簡単なプレゼンをした)
営業:「このページは得意先へのプレゼンでは外してもらうかもしれない」

っつってたな。ま、アポが取れたら "入れてる事のデメリット、外す事のメリット" を聞こうと思っている。

「 "中学中退" の明記はキツイよAZZLOぉ・・・」 であれば理解出来るがw その点は記載してないんだけどなぁ・・・w

47:モテることを自慢する人には、本当の恋人ができない。多くの異性に受け入れられようとすると、最終的には自分が本当に求めている人からは、相手にされなくなる。誰からもモテる人を目指すのは意味がない、ということだ。

仲間づくりにおいても同じである。

度々引っ張りだしてきて申し訳ないが、チヤホヤ中毒・発情女子の 「浮気相手としてのお誘いはいっぱいあります」 っていう発言 は、起つもんも起たなくなるw 話だったしな。

48:「先生の教えている学生のなかでいちばん優秀な人に、『アメリカにグーグルという、これから世界を変えるすごい会社があるらしい』 と話してもらえませんか。先生にやっていただくのは、それだけでけっこうです。われわれはその学生に、グーグル本社のあるパロアルト行きのファーストクラスの飛行機チケットをお送りします。ぜひ先生が教える優秀な学生さんたちと、研究についてディスカッションしたいのです」

そのように頼んだのだ。

グーグルはそうやってアルゴリズムの計算において、天才的な才能を持つ学生に目星をつけ、世界中から 「青田買い」 していった。

人事採用でお困りの方 はこれぐらいやってみればいいのにな。

49:グーグルのユニークな採用活動に比べて、日本企業の多くは今なお 「できる限り多くの学生を説明会に呼んで、そのなかで優秀な人材を何度かの試験と面接を経て探しだす」 という、昔ながらの採用活動を続けている。

しかし画一的なリクルーティングをい続ける限り、その画一的な採用方法に 「順応」 した人材しか見つけ出すことはできない。いわゆる 「意識が高い」 学生がいくつもの大企業の内定を得ながらも、入社した企業で仕事をさせてみると使いものにならず、1年も経たずに辞めていったり、企業側から言えばとっとと辞めてほしいと感じる新入社員が少なくないのも、採用活動と実際の仕事に必要とされる能力の乖離が大きいのが理由だろう。

「僕、その場しのぎの好印象だけは得意なんですw」 と明確に言う若手が居たりするしなw

50:「そのプロジェクトがダメになったら倒産する」 「成功しなかったらメンバー全員クビ」 という緊張感があるベンチャー企業が行うプロジェクトと、大企業の 「まあこのプロジェクトが失敗しても給料は保証されてるから」 と考える社員が集まって行う 「新規事業プロジェクト」 では、結果が雲泥の差となることが珍しくない。

2003年~2005年まで在籍した秋葉原の代理店に、入社した直後の最初の部会で 「どんどん業績 (自社運営サイトのアクセス数) が悪くなっている」 という報告があったので、クソ真面目なAZZLOは胃が痛くなる程悩んで、手動かせるサイトデザインリニューアルやら、新たな企画やら必死にやってたなぁ。そしたら

「そんな真面目に捉えるのAZZLOクンだけだよw 部長だってそんな気にしてないよ」

と、同年代の先輩に諭されたなぁw ・・・事実まず部長が退社したがw

"給料は保証されてる"

であっても、より利益はあった方がいいので、色々やりたくなるもんなのが普通だと今でも思うけどな。"効率良いマネタイズ装置" があったら長期的には楽出来るし。AZZLOだって年齢と共に長時間ワークは頭は大丈夫でも体はキツくなるハズなのだ。

※そもそも心技体なので、長時間ワークは若くても体から頭へ影響はあるハズ。とは言え作業ではない楽しい仕事であれば、長時間ワークは悪い影響ばかりではない。むしろより楽しさは加速する場合もある。

51:これから述べる最期の基準は、絶対的な判断材料となる。この基準にメンバーが該当したら、絶対にチームから手を引かせないといけない。

それは、「倫理性」 だ。世の中には本当にいろいろな人がいる。平気でウソをつく人、法律を平気で破る人・・・・・・。こうした人に出会ったときに思い出してほしいのが、「ゴキブリ」 理論である。

部屋でゴキブリを一匹見つけたとき、「たまたま一匹だけ部屋にまぎれこんだ」 ということは、まずありえない。実際には家のどこかに巣があって、見つかっていないゴキブリがたくさんいて、たまたまそのうちの一匹が見つかったに過ぎないのだ。

不正も同じである。一つの不正行為を見つけたら、その背後にはまだ見つかっていないたくさんの不正行為が潜んでいると考えたほうがよいのだ。

代理店でよくあるのは "金の横領 (ちょろまかす)" かな。

昔に比べれば大分やり辛くなっているらしいが、今でもやろうと思えばいくらでもやれるシステムだと思うw

結局、金の面で利己的な目的がプライオリティー1番になっちゃう人は、そもそも組織人じゃないし、システムの対応ではどうにもならんと思うな。道徳の問題である。

そして、"選別した 人材 人財を信用しない" っていう事象もどうかと思うよなw

52:日本企業の多くは、新入社員に対してまるで大人になるためのイニシエーションであるかのように、「名刺を一日で50枚集めてこい」 とか 「ビルを上から下まで飛び込み営業してこい」 などといった無駄な仕事や研修をさせる。そういう馬鹿げた意味がないことをやっているから、勝てないのである。

とりあえず筋力は付くなw しかし付き合わされる人達 (飛び込みされる人達) はいい迷惑だw 研修料払わないといけないなw

53:同業他社との情報交換会、業界横断的な交流会など、社内・社外に非公式なネットワークがきっと存在する。えてして公的な組織のなかで話されていることよりも、そのような非公式組織のなかで話される情報のほうが、本質的に重要で自社や業界の動向をいち早く捉えていることは少なくない。

情報交換会・交流会に行ってもいいけど、その前にある程度は "自分の見解" みたいな事を整理しておく必要があると思う。見解とは "もやもや・疑問" でも良い。空っぽな人が空っぽの人と繋がっても何も起きないんじゃないかな?参加料からの主催者の儲けにしかならない。

54:自社だけの狭い組織で働き続けていると、「自社の常識は他社の非常識」 の状態に知らず知らずに陥っている。「他業界の常識」 については、その存在すら知ることができない。だが自分とまったく関わりがない集団に入れば、自然と 「外部」 の価値観を知ることができる。

たまにあると思うが、"他社への研修出向" をもっと大々的にやったら良いと思うな。

「それで、その会社、業界に転職しちゃったらどうするんだ!!!」

という偉いおっさんの声が聞こえたがw 出向元の組織・業界に魅力があれば心配する必要はないんだよな。

55:「ゲマインシャフト」 と 「ゲゼルシャフト」 という言葉がある。

ゲマインシャフトというのは、地縁や血縁など、人間が生活していくなかで自然発生的に生まれてくる社会集団のことを指す。

地縁にしろ血縁にしろ、この関係は、自分が生まれた時点でほとんどが決まっている。そのために事後的に自らの意思で、それらを変更することも、逃れることも基本的には難しい。その縁を増やして行くことも、完全に消すことも困難である。(中略)

ゲマインシャフトに対してゲゼルシャフトというのは、「ある目的を持った人々が、その目的を達成するために集まった社会集団」 のことをいう。何かの目的があって作られるものだから、いくつもの集団に同時に所属することもできるし、その目的が必要なくなったり、組織がダメになったらいつでも解散したり脱出することができる。

私はこれからの日本において快適に働き、生活していくには、ゲマインシャフト的な社会集団にこだわるのではなく、ゲゼルシャフト的な集団をいくつも作り、複数のそれに所属していくことが必要であると考えている。

AZZLOの文化の定義である

"複数人が目的を持って新たな刺激を創造し前進している様"

とゲゼルシャフト

「ある目的を持った人々が、その目的を達成するために集まった社会集団」

は、ちょっとだけ言葉違うけども、同じだw

"ゲゼルシャフトがないと文化は担保出来ない"

と言えるな。

56:家族との関係性で悩んでいる人は多いが、その理由は、その構成員である人々が 「母親」 や 「妻」 というひとつのアイデンティティしか持っていないことが大きい。女性が学校を出て就職し、しばらく働いたあとで結婚し、家庭に入る。そして母親としての役割を果たすことだけが自分の使命である、という社会の枠にはめられてしまうと、自分を評価する判断基準が、「子どものパフォーマンス」 だけになってしまう。

そのため子どもの学業成績が悪かったり、習い事のおぼえがよくなかったりと、自分が理想とするようなパフォーマンスを発揮してくれないと、全人格が否定されたような気になってしまうのである。

そこで!!!昼顔 (不倫が題材のドラマ) 的な "女" というアイデンティティの確認に走ったりするんだろうなぁ。

男も、"父親" "夫" "上司" というタグ・アイデンティティでは自分らしく生きれないので、若い女子社員と密会するんだろうし。

※そぉいうのは社内ではなく、キャバクラとか社外でやる分にはAZZLOはまだ理解出来る。

故に出会い系サービスって、汚れている業種みたいなイメージがあるが、むしろ凄く人を助けているサービスだと思うw どこだったか忘れたが、エロいサービスと真面目な介護サービスを同じ会社でやってる会社あるし。風俗嬢も "昼は看護婦" っての少なくないしな。

57:自然発生的に集まった 「なあなあ」 の関係のゲマインシャフト的な集団を、目的がきちんとあるゲゼルシャフト的な集団へと転換していくこと。それがこれからの日本社会において、大切になってくると私は考える。

AZZLOもそう思う!!!!!!!

クラブ的なコミュニティーも、"なあなあ" ではダメだと思う。

「JDIはなんせ飲みの場所で始まった事だからさぁ」といつまでも言い続けるミノダ。「音と酒があって楽しいってだけで満足なら完結してるし、それでいいんじゃない?」としか言えない・・・。

なんだよな。クラブコミュニティーこそ、ゲゼルシャフト的集団だと思ってたんだけどな。・・・コレがAZZLOがクラブから離れた理由として非常に大きな理由だ。

AZZLOはJDIクルーに最後の希望として

「我々はクラブを過去のものにする道具を持っている。我々が構築したMONSTROSTEREO ("レコーディングスタジオの論理をPAシステムに昇華した" 的なサウンドシステム) だ。"なあなあ" のクラブを終息させない限り、ダンスフロアが無くなってしまう。故に僕らはやらなければならない!!!」

みたいな事言ってたんだけど・・・、終わったな・・・w

最近はEDMがかなり盛り上がっていてマネタイズも上手くいっているみたいだが、EDMの音としては好みじゃないが (そもそもあぁいうの昔からいくらでもあった) 場の作り等もろもろ、90年代的クラブから前進したから刺激があるんだと思う。

AZZLOの好みの方のクラブは、停滞を選んだので、残念ながら好みじゃないがEDMカルチャーの方が・・・ "一般的にはFRONTIERで、現実としてマネタイズもまとまった" というのは言えると思う。

58:いじめという現象は、村社会に代表されるゲマインシャフト的組織でおこる典型的な問題である。いじめは 「そこで暮らしていくしかない人たち」 が、自分たちの集団の 「同質性」 を確認するために、定期的にわずかな差異を持つ人を探しだして叩くという一種の 「儀式」 だ。

だから特定の人がターゲットとなっても、その人がその場から去れば、周期的に別のターゲットをランダムに見つけ出して繰り返し行われる。いじめの対象を見つけ出す理由は何でもいいのである。

AZZLOは小学生の時に、軽い虐め?らしきものがあったが、「これが遊びになるなんて、お手軽な奴らだなぁ・・・」 と思っちゃったんだよなw

これは虐めだ・・・

に書いた事から、最近のAZZLOを紐解くと

「AZZLOに箸をあえて渡さない人が 『や~い!AZZLOは素手だぁwww』 と言っている人達が居る」

とも言えるな。あえて差異を作って優越感を得ているんだろう。

ま、それで彼らが楽しいならば別に良いんだけども (幸か不幸か?貢献出来てしまうw)

「素手で頑張るAZZLOを蹴り倒すのは辞めて欲しい」

というのが、常々AZZLOが言ってる事と言えるな。もう手の皮厚くなっちゃって、熱いもんでも素手で触れるように鍛えられちゃったので、彼らの尺度 (箸がないと熱いのはキツイ) では特に困ってないのだw そしてそう導いたのは彼ら自身である。

59:幸いにして今のところは自分がターゲットにはなっていない。しかし、いつ自分が標的となるかは分からない。だからなるべく目立たないように、他の人たちと同じように振る舞って、突出しないようにする。組織の同質性が高まっていく圧力は、そのようにして上昇していくのである。

この 「次のターゲットを明示しない」 というやり方は、絶対権力が支配する社会の統治システムにおいても巧妙に使われてきた。かつてスターリン政権下にあったソビエト連邦で暮らす人々は、全員が秘密警察に連行されることに怯えながら暮らしていた。秘密警察が市民を連行する理由はけっして明らかにされない。隣で暮らしていたふつうの家族が、ある日突然、一家揃っていなくなる。それを見た人々は震え上がり、「今度は自分たちの番ではないか」 「けっして当局の目にとまらぬように、おとなしくしていよう」 と胸に誓う。

スターリンが長期にわたってソビエトを支配した権力の源泉こそが、この 「予想の不可能性」 だったと言って間違いない。権力者がその権力を暴力的に市民に対して振るうとき、そのルールが明確になることは、権力を失うことに直結する。

なぜならば 「処罰のルールが明らかになる」 ということは、それに対応することができるようになることを意味するからだ。もっとも怖い権力というのは、「処罰の理由が分からない」 社会なのである。

"AZZLOを 『育ちが悪い』 という先輩" の後輩を務めた人たちは、AZZLO以外は全員辞めたっぽいもんな (AZZLO以降の人は全員辞めた)。

この先輩は "自尊心をケアする為に後輩を利用する" から、みんな離れていくんだと思う。コレだな。

2014-03-10 20-27-35.jpg

これは分かりやすいから避ける事が出来るw

そして、"「処罰の理由が分からない」 社会" は、組織にも適応出来る箇所があるな。

AZZLOの次に面談を受けた人が、「『 "お前はやる気が無い" と聞いてる』 ってだけで、また給料下げられた~~~。客観性ゼロだよ~(涙)」 と愚痴っていた・・・。

等は、根拠が不透明という事象だからなぁw ・・・。

60:ツイッターなどで他人に対して 「売国奴」 とか 「非国民」 といった言葉を使っている人々の発言を観察していると、彼らの多くがキャリアにもスキルにも誇るべきものがなく、人付き合いなどのヒューマンスキルにも乏しい人たちであることがうかがえる。(中略)

彼らはグローバル化する世界のなかで、自国でしか生きることができず、自国に留まらなければ生活できない。そのため自分たちの 「取り分」 が減ることを極度に恐れて、自己を守るために他社を攻撃するのである。

ナショナリズムに固執する人は、貧しい人が少なくなく、ほとんど社会のなかでは底辺に存する。これは世界各国に見られる傾向だ。なぜ貧しいとナショナリズムに走るのかといえば、自分に自信を与えてくれるものが、「国家」 以外にないからだ。

中国や韓国等の、反日事象についてはAZZLOも、「ん~・・・」 とは思うが、結局、ダサい人はどの国にも居るんだよな。それは日本にも居る。逆に、素敵な人は中国にも韓国にも居る。

ジミヘンの

「愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理させるな」

だし、AZZLOの

隣人を愛するならば人類を愛せ。キリスト教に心を管理させるな。

ワレワレハ地球民ダ Ψ(Θ)_(Θ)Ψ

が良いと思うんだよなぁ。

61:世界中から 「日本に住んでみたい」 と考える人がやってきて、肌や目の色が違う 「新しい日本人」 がこれからの日本を作っていく社会。インドからやってきた 「新日本人」 が武士道について語ったり、フランスから日本のオタク文化に憧れてやってきた留学生が、世界に向けて大ヒットアニメを製作するようなことが、当たり前になっていかねばならないと私は考える。

世界中から日本にやってきた人が、逆に 「純日本人」 に対して 「君たちは日本人のスピリットを失っていないか」 叱るぐらいになるべきなのである。

純日本人は切腹とか特攻隊とか "自ら絶つ命に美徳を見出す" ので、そぉいうスピリットは消されちゃったんだよなw

とは言え、名残なのか?

日本が海外から評価される理由

に書いた中の

"世界競技を間違えている (良い意味で馬鹿)"

は、今後も排除させないようにした方が良いと思うな。

62:日本人は単一民族だという説はまったくのウソだ。日本列島に元からいた住民たちに加えて世界から亡命してきた人が集まってきた、多民族国家だったのだ。

稲作 (水田耕作。陸稲などは縄文時代から日本で栽培されていたという説が現在は有力) や鉄器作りのような当時の 「ハイテク」 もすべて渡来人がもたらした。日本はアジア全体との関係から見れば、アメリカにおける西海岸的フロンティアだったと見ることができる。

生活様式は多民族と言えるのかもしれないが、("結婚は教会で葬式は寺" だったりとか) 生物としてのDNAは、かなり単一民族なんじゃないかなぁ?

62:東大や京大を出ようと、人はひとりでは何もできない。

そもそもグローバル化する世界のなかで、小さな島国のなかだけで通用する大学や会社の名前で 「勝った、負けた」 と言い合っていることには、何の意味もない。

その点AZZLOは "中学中退" なので、その勝負に参加したくても出来ないのは良かったなぁw

言うならば、有名大卒者は "頑張って戦車を手に入れた" 状態と言えるが、AZZLOは "取り急ぎ槍らしきもの?を作ってみた♪" 状態www よって戦争に行かなくて良い状態だよなw

戦車手に入れても燃料と弾がないと何も出来ないからな。"ちゃんと作った槍" の方がまだ身を守れるw

63:夢を語りあうだけの 「友だち」 は、あなたにはいらない。

あなたに今必要なのは、ともに試練を乗り越え、ひとつの目的に向かって突き進んでいく 「仲間」 だ。

SNSで絡んだり、「いいね!」 するだけの 「友だち」 はいらない。

必要なのは、同じ目線の下で、苦楽をともにする 「戦友」 だ。

おおおっ・・・。そぉいうオチかw

そぉいえば後付みたいになっちゃうが、昔っから "友だち" という定義がよく分からないんだよな。

"実質友だちという雰囲気がするが、元々は会社の仲間で今は別々の会社にいる人"

とか、"元同僚" という言い方が多いし・・・。

AZZLOは、いわゆるカノジョの事を "今仲良くしている女友だち"(正確には "たまにセックスとかもする女友だち") とか言ったりはするのだが (かなり女子から不評w) その女友だちとは仕事した事ないから "戦友" ではないし "仲間" っつぅには大袈裟なので、そんな定義になってくるのだが・・・w

現代だと "女" というのは 「女々しい」 等、ネガな解釈もあるので、カノジョ等の近い女性とは、まず "友だち" が成立していないと、いわゆる恋人にはなれど、パートナーにはならない気がする。故にAZZLOはあまり "彼女" とか "カノジョ" という言葉を使わないようにしている。

※この定義については、LOVE DUBの五十嵐さんに 「正しいけど、お前馬鹿!」 言われた・・・w

そして、フェイスブックで繋がっている人は "友だち" という名称になっているが、これも

「顔は知ってるけど、仕事一緒にやった事ないし、飲んだ事もないしなぁ・・・(戦友ではないし、そもそもよく知らない)」

みたいな人が多い。ま、特に申請断る理由にもならない感じなので、拒否してないけども。


-読書感想- 僕は君たちに武器を配りたい / 瀧本 哲史

と同様、かなり面白かった♪

大概続編は 「それ前に言うてたし・・・」 とかあるんだが、そんな感じしなかったし、タイトルが抽象的だが、それぞれタイトル通りな内容だと思う。

そして・・・

>SNSで絡んだり、「いいね!」 するだけの 「友だち」 はいらない。

はごもっとも過ぎる・・・。フェイスブックは、"日常ネタの皮肉とんち" ( "リア充アピール・ぼやき" とは違う、いわゆるコンテンツ) みたいな投稿をする人のは、見たい気分もあるが、「おい・・・飲み行く前に、やる事あるだろうがよぉ・・・┓(;´_`)┏」 と呆れる事も少なくないのでw 取り急ぎ全員フォローを外した!!!

「この人は・・・ん~、友だちぃ?かなぁ?」

「この人は・・・今後戦友になる機会もある・・・かなぁ?」

とか、考えるのが馬鹿馬鹿しい事が分かったなw お互いに必要であればリアル (3次元) で戦友になるし、仲間だし、セックスする時はするのだ。

今は企業等の情報だけ表示されるRSSリーダー的になっていて、大分ノイズが少なくて良い感じ♪

AZZLOのフェイスブックでの投稿は、ココ、YOUTUBE見て良かったもの、TUMBRでやっているテキストクリップ的な情報、などをまとめる "精度低いライフログツール" として元々活用しているので今まで通りだが、是非みんな一度 "全員のフォロー外す" はやってみると良いと思うw

「AZZLOクンにはオレの・アタシの日常を監視・・・すなわちストーカーして欲しいの・・・(@'ω'@) ・・・その上でなんかコメント欲しいのぉ!!!゜(`Д´)゜」

という人は飲みの連絡下さい。その方がコミュニケーションとして濃いし肉体を持つ僕らとしては真っ当だ。

おいおい "肉体を持たない僕ら" (アルコールの酔の概念がないアカウント) も含めた時代が来る。今の原始的な時代は、そろそろ更新されるのだ。故にアルコールで酔える僕らだけでの時間は大事にしなければならないと思う。

2014年10月13日

イイ感じのリュックを手に入れた ( ̄ー+ ̄)

去年の秋からレザーのバッグを貰って愛用していたのだが

2014-10-13 10-08-53

6月に買ったMacBook Air と本1冊入れると既に閉まらない状態・・・w

更にショルダーベルトが細いのもあって、かなり肩に食い込んで痛い・・・。

そこで、PC入れるのに適したリュックを探して、アップルストアにあったリュック をゲットした!

2014-10-13 10-11-23

中がモフモフ加工になっていて、PCをそのまま放り込んでもキズ付きにくい仕上げになってるし、上部に "財布とタバコ程度が入るポケット" があるのが非常に使いやすそう!

これでより快適にどこでも仕事出来るな♪

2014年10月11日

チームメイトから連絡をもらった (゚∇^)]

「AZZLOさん・・・最近アレな投稿が続いてるんで・・・w 飲みませんか?」

と、成功案件 等、色々共にしたプロダクションの方から連絡を貰ったw

※AZZLO自身の見解としては、その手の記事は以前から散々書いているので、今に始まったもんでもないと思っているw ひとつローンチがあった 影響で直近の記事が少なかったので、貯まってたもんが立て続けに出たというのはあるかもしれないが。

誰かが 「?・・・も、もしかしてAZZLOぉ?」 と気付く屁みたいなもんだとしか思ってないw ・・・とは言え、組織に対しては更に呆れ尽くしているのは確かではある・・・。

ゴミ社員 糞社員のAZZLO のボヤキなんて、糞にも達していない屁なんであるw



お互いに簡単に近況を報告し合う。

プロダクションの方:「今、○○県のプロモーションやってるんですけど、県の担当者は僕らの成功案件も知ってたし、・・・AZZLOさんとやりたかったなぁ」 (細かく聞いてないが、おそらく他店の案件なんでAZZLOは介入出来ない)

との事。プロダクションから逆指名される代理店プランナーwww 個人的にはむしろあるべき姿とも思うがw 金に紐付くローカル権力依存な代理店は認めたくない事象だろうなぁwっっっwwっwwww

今書いて思ったが

「あの営業なら得意先とちゃんと握ってくれるし、僕らのモチベーションを削がない配慮してくれるし、何かあっても火消ししてくれるからお願いしたいな♪」

という営業への逆指名も健全だと思うな。 これが出来るのはたまたま上手くいったってのもあるんだけども

2年間がっつりだった営業

は、自信を持って逆指名出来る。(今、具体的に書かないけど他にもいるよ!) 美意識のレイヤーが、中途半端な年収1000万が目標の金の奴隷たちとは違うんだよな。

AZZLOのカノジョも親が、"マンション数棟 (数室ではない) 持っているという、年収1000万どころじゃない、資本の娘だし。

逆指名される光栄な自体に 「逆だろうが!!!」 とかキレる営業は "ビジネスを放棄した小さい奴" って事だろうw

キャバ嬢や風俗嬢から

「他の人の接客するの辛いの・・・。貴方なら楽しいんだけど・・・(○´3`)ノ」

って言われたらどうだろうか?それに近いもんであるw ビジネス上でも、そう感じれれないのであれば、"コミュニケーションを知らない人" という感じがするな。

ちなみにAZZLOの近況は

作っていたオリジナル楽曲動画がローンチ して、他は待ちなんで、ほぼ空っぽです!」

な感じだw



議題は色々あったのだが、トピックとしてはこんな感じ。


1:WEB製作業界は、Web Designing (雑誌) に支配されている。FLASHでカッコいいサイト作れば良いと思っている。(彼が所属するプロダクションでは) 美大卒を率先して採用している点からしても、見た目のプライオリティーが高く、必然性が薄いサイトに辿り着きやすい・・・。

⇒AZZLOも2005年ぐらいまでは 2Advanced Studios に憧れていたがw 2014年でも、その手の人たちが居るのは意外!WEB業界もそれなりに時間経ってるからなぁ・・・。

2:広告案件を "作品" というのには違和感を感じる。中村勇吾が 「ラーメン屋の店主がラーメンを "作品" というのと同じだ」 って言っていて納得感ある感じがするけども、僕ら (代理店とプロダクション) がやっているのは "ラーメン屋のメニュー表作り" である。

⇒一つ一つを "いつでも作品と言える程の誇りは持ちたい" が、"装置" という方が今は正しいと思うよな。

3:高みを目指そうとすると、社内メンバーは 「忙しい」 だなんだ言い訳して動かない。社外のモチベーションの高い人とやるしかない。

「オレは前向きだ!」 と力強く言った上で1ヶ月以上、音沙汰無しの営業 ( ̄□ ̄;)

と、同様だなw

忙しいければそらしょうがないと思う。世の中平均からすれば、非常識な労働時間になりがちなのが、広告業界である。故に

「いついつだったら、動けそうだ。その頃連絡するね!」

なりの状況報告が必要だと強烈に思う。それが "一年後" ならそれはそれだろう。状況がそうならばしょうがないだろう。

自分のスケジュールも管理出来てなく 「今忙しい」 でマネタイズを後回しするのはビジネスではない。一日24時間なのは誰しも共通なのだ。そして寿命も大体似たようなもんなのである。 

「来月なら動けそうだ」 → 「ゴメン!再来月なりそうだ!」 → 「ゴメン!来年になりそう!」 ・・・それはそれでしょうがないと思う。

しかし、"てめぇがやりたいか否か?" が抜けてやしないだろうか?

ヒエラルキーに則った、"従業員" である訳だから、プライオリティー的に横入りがあるのは理解する。日銭稼ぎとして尊重しますよ。

その上で 「貴方が全うしたい正義はな・ん・な・ん・だ?」 と思うわな。

4:今後 "広告製作" の必然性は下がる。既にPhotoshopからのHTML書き出しで、相当マトモなソースコードが自動で吐き出せるようになっているし。

⇒当たり前過ぎる事なのだが、普通なコーポレートサイトと、商品概要ページとかは、代理店要らないどころか、介入してると遅くなるし高くなるしな。

この手のコーポレートサイト系は、時間との戦いであり、金もしょぼいので、代理店は請け負うべきではないと思う。代理店 (媒体問屋じゃない方の) のスキルと関係ないしw

もろもろサイト全体を代理店なりプロダクションと "共に作って更新している" かっこ良く言うと "共に発信している自覚" を持てているならば良いが、

例:チームラボのヴィレッジヴァンガードECサイト・アプリ とか。

「コレ更新しといて( ゚Д゚)∂」 → 「はいぃぃいΣ(´Д`lll)」

ってのは良くないと思うw

代理店マネタイズとしては、その "作業" である程度利益が担保出来るんならばやってもいいがな。

常々言っているが 「儲かるか楽しいか・・・少なくてもどっちかは担保してよ」 である。

5:大規模なセクション変更を行ったが、当人達の意識に変化はない。"クリエイター" なのに仕事が来ると面倒臭がるとか意味わからない。中途半端に食えてしまっているから質が悪い。

⇒www

広告業界はクリエイティブとかクリエイターという言葉を安っぽく使い過ぎてるからなぁ。

ま、AZZLOも好き嫌いは激しい方・・・というか 世の中平均より公言しているだけ なのだが、嫌な依頼があったら "こんな感じだったらやりたいんだけど・・・" は同時に無いとダメだよな。

あ、"広告なんて 『作業』 だから面倒臭い" んであれば、まぁしょうがないかw

6:勉強会等に参加してブレストとかやると、如実にスキルの違いが露呈される。広告主の参加が非常に多く、彼らの意識は高い。よって僕はすぐ仕事の依頼が発生してしまう・・・w

⇒「まずは代理店に相談」 という立ち位置が崩壊している事象だよなw

得意先は既に

「代理店が必要な時は媒体購入が必要な時だけ。要は問屋として安く仕切ってくれる事しか求めてないから!」

って感じがする。コミュニケーションデザインみたいな事は、少なくてもAZZLOが在籍している代理店には求める事は行われていないw

7:さすがにCMの人たちもWEBを否定する機会は減った。彼らは焦っているが、今までのプライドが邪魔して変な事になってるw

⇒代理店の中のCMとかも作る人たち (いわゆるクリエイティブというタグ付けの人たち) も、CMに紐付く商品サイトぐらいは自分ラで仕切りきる傾向は強まってるもんな。

故に今まで "CM撮影が遅れて、納期ギリギリを超えてるデスマーチWEB製作ディレクション" をやっていた代理店内のWEBディレクターは、"ソーシャルコミュニケーションデザイン" 的な "納品物" ではなく "モチベーション設計" を踏まえないとならない と思う。

これは、本来あるべき姿になってきたと思えるのでポジな事象だとは思う。

今までって

"代理店のWEB製作ディレクター" → "プロダクションのWEBプロデューサー" → "プロダクションのWEBディレクター" という流れが多くて、「役割被り過ぎwww」 だったと思うw

AZZLO的には

"代理店のソーシャルモチベーションを踏まえたストプラ"(これがAZZLO) → "プロダクションの翻訳家 (いわゆるプロデューサー)" → "プロダクションの現場監督 (いわゆるディレクター)"

という形が、良い流れだと思う。徐々にそうなるだろうし、これを察知したプロダクションしか生き残れない・・・。そうでない場合は値段競争でしかプロダクションさんは売りがなくなくだろう。

セブン&Iの "金のシリーズ" みたいに、ちょい高でいいから、満足度上げて欲しいと、"今は" 選定出来る立場にあるAZZLOとしては思う。

AZZLOはプロダクションさんには敬意を持ちたいので、不可思議な言動をするプロダクションには疑問を感じる のだ。

※選定出来なくても疑問を感じるか否か?では感じるもんは感じるのだがw

8:某ビッグデータ関連の会社にアポ取って仕事し始めている。3億ブラウザからの閲覧履歴・検索履歴・購買履歴等が見れるのだが、検索履歴が "おぞましい程のエロワードばかり" で引いた・・・w

⇒3億ブラウザって・・・。おそらくAMAZONか楽天じゃないかな? ・・・しかないよな。ツールバーと購買履歴を紐付けて、3億ブラウザを達成出来るのは、そぉいう所しかないと思う。

いわゆる "ネット企業" みたいなカテゴライズの組織は、全てこの方向を目指していると思う。

AZZLOがアラートを出し続けている "代理店の時間軸的に遅すぎる当てずっぽうメディアプランニング" は、やはり完全に時代遅れ過ぎるという裏付けになっちゃってるなw

そして "エロばかり" という点は 人はより良いSEXしたい為だけに生きてる を裏付けている様で、「うぷぷ・・・(_≧Д≦)ノ彡」 って感じだな。

このAZZLOの論理を否定出来るのは

「いやいやAZZLOクン! "人はより良いオナニーがしたい" のだよ。だからエロコンテンツを必要としてるんじゃないか!」

しかないだろうなw


青い部分がプロダクションのチームメイトが言った事で、⇒の部分がAZZLOが言った事・今思う事な感じだ。

どうもAZZLは "聞き上手" という評判が高く、"社内のあの人とのセックスのプレイ内容" を女子社員がAZZLOに報告してくれてしまう事象等も起きやすいのだが、

"AZZLOさんアレだから飲みましょう!"

が、どうも聞き上手のスキル?が影響して、聞く側になっちゃうなw ま、別に構わないんだがw



とりあえず、この誘ってくれたチームメイトとの会話で明確なのは

"中途半端にまだ食える人は面倒くさい"

という事だろうかな。

あのぉ・・・どっちみちデスクには居られないですけどね (°。°)

5月頃かな。総務系の人から

「お使いのXPのマシン、サポート終了しているので新しいPCに入れ替えて頂きたいのですが」

という連絡があった。

組織のPC環境は、"自分でソフトをインストール出来なくて、ブラウザ・OFFICE系・管理系作業だけ出来るマシン" があてがわれている。

AZZLOは企画書を、紙芝居的な全面ビジュアルで作る事が多く、画像加工 (パス抜き・レイヤー重ねとか) にFIREWORKSが必要なので、別途PCを用意してもらっている。いわゆるクリエイティブセクションの人が "イラレデータを開く為" に別途MACを配備してもらっているようなものだ。

AZZLO:「しょっちゅう入れ替えるもんでもないので、高めのスペック希望は可能ですか?」
総務系の人:「お応え出来るかは分かりませんが、取り急ぎおうかがいはしますよ」

との事なんで、マザボの型番とかも明記して希望を出した。

8月頃かな?結局マウスコンピューター製になったがw 一応SSD搭載でCPU・メモリのスペックは希望通りなんで、「十分です。有難うございます。」 と返答 (約15万円程)。USBメモリさえ申請が通らない組織にしては頑張ってくれたと思う。

見積書に合わせて申請書類に判子押して偉いおっさんに回す必要があるとの事で、先日書類を回した。(これは1ヶ月程AZZLOが放置したw 痴呆症連鎖である・・・。)

すると偉いおっさんが

偉いおっさん:「これは・・・経費部署持ちになるのかな?」

AZZLO:「あぁ、どうなんでしょうね。(AZZLOが知ってる訳無いじゃん!) ・・・部署持ちキツイですよね?」

偉いおっさん:「そうなんだよ・・・もう経費予算パツパツでね・・・。」

AZZLO:「 "今は" ほぼデスクに居ないので無くても大丈夫ですが、席替え等した際には、居る時間が増えるかもしれません。その際に必要ですね。

偉いおっさん:「ん?席替え???」

AZZLO:「もっと偉いおっさんには話してあるんですが・・・。僕が最近居ないのは、(スマホ内の写真を見せて) デスク環境がこんな感じだから ですよ。」

偉いおっさん:「!!!!(゜ロ゜)・・・・ナニコレwww」

AZZLO:「なので・・・来年4月のタイミングとかで席替えがあって、この座席じゃなくなったら、デスクに居るかもしれない訳です。その時に ソフトが使える環境がないと、どっちみちデスクに居ても仕事出来ないので新しいPCは必要 なんですよ。」

偉いおっさん:「・・・w こっちに移動したらいいんじゃない?」(AZZLOの隣は一席分空いているので)

AZZLO:「それもひとつの手段ですよね?(それはAZZLOが決める事ではない)」

偉いおっさん:「席替えの件も合わせて確認しておくよ。」

・・・後日

偉いおっさん:「経費は部署持ちではないって事だけど、総務系の人から 『経費削減も命題ですし、今一度必然性を再考して下さい』 って言われたよ。どうなの?」

AZZLO:「ま、既にデスクがなくてもデスクワークが出来る環境になっちゃってるので、ほぼ支障はないです。しかし、"運送屋がタイヤ交換しない" 的事象に感じますね。経費削減した上で、その分何に投資しているか知りたいとは思いますが・・・w (AZZLOに教える必要はないけども)」

・・・結果、ソフトがインストール出来るPCはAZZLOには無くなる事になった。

・・・更に後日

偉いおっさん:「結構偉いおっさんに相談して、隣の空いている場所に移動してOKとの事になりました」

との事。



「隣の空いている場所に移動出来たらいいのになぁ・・・(;-ω-`) 」 と当初は思っていただけに、気分的には今更な対応だ・・・。

席替えを許諾した (そもそもAZZLOは頼んでないが) 結構偉いおっさんも、最近AZZLOが居なさ過ぎる事を心配した様子だったので、6月末辺りかな?状況を説明した所 「なんだこの足は!!!蹴っちまえ!!!(`д´;)ノ」 と言っていた のだw

他の偉いおっさんも、AZZLOがMAC BOOK AIRを買ってどこでも仕事出来るように対処しようとしていた直前に

「(組織に)申請して買ってもらえばいいんじゃないか?『デスクに居られないから』 じゃなくて 『客先プレゼンの為に』 とかちゃんと大人の理由にしてなw」

というアドバイスを頂いていたw

「なんだこの足は!!!」

という点については、全員共感して頂けている模様 だがw この結果になるのならば、もっと早い段階で起きているべきだと思うw

ケチくさいが、今までのネットカフェ代、結構な金額使ってるのだ・・・。



向かいの足の問題は片付きそうだが、今度はPCがない (画像編集が出来ない) から、どっちみち居られないんだよな・・・w

ま、「申請して買ってもらえばいいんじゃないか?」 と言った偉いおっさんは 「AZZLOは居ないからってサボってる訳じゃないのは分かっている」 と随分前から言っていたので、経費削減を達成した上で、AZZLOをより信用して頂いているという事なんだろうなぁ。ま、個人的には好都合だが。

そうです!あたすが恥ずかしがり屋のおじさんです! (ノ∀\*)

アイデアとは "孤独な個人の現実逃避的な妄想がアイデア" という軸足が強いAZZLOとしては、FACE TO FACEのコミュニケーションもないアイデア募集メーリングリストには否定的 なのだが、

※初動は孤独な個人で、発展するのはFACE TO FACEのコミュニケーションがマストだと思っている。

「偉いおっさんに、『 "アイデア打出の小槌" 的なあのメーリングリストにお題出してよ!』 的に言われちゃったんで、みなさんお忙しいとは思いますが、お付き合い頂けますか?」

的な投げかけのメールが飛んでいた。

このメールを出した人は、「言われちゃったんで渋々メール出してるんですけどね・・・」 を公表している訳でw メーリングリストの仕組みには否定的だが、この人の事は悪いとは思わない。おそらくAZZLOと同様な見解なんだろう。

お題は

「養鶏所を盛り上げる為に、みなさんの好きな玉子焼きはどんなものか教えて下さい」

的なアンケートな感じだ。

「オレはあそこの玉子焼きが好きだ!(おしゃれな玉子焼き屋知ってるオレはイケてる!)」

みたいな内容が飛んでいて気持ち悪くなる・・・w

当然AZZLOはこのメーリングリストにメールを出した事 (返答) はないのだが、このメールを書いた人はお困りであるので、個別にメールをする。組織のチーム感によるものではなく (そもそもAZZLOはチームメイトとしてカウントされていない) 完全に "個同士の助け合い" だw

※本当のチームとは、"個同士の助け合いの連鎖" とも言えると思う。


「僕は日本の玉子焼き好きじゃないです。フランスのは食えます。フランスの玉子焼きはこんな感じです」

「課題は玉子焼きじゃなくて、玉子自体の消費を活発化させたいんですよね?」
(返答者の負担を軽減する為に、絞り込んだ質問にしているのは分かるんだが・・・)

「夕張メロンの海外展開に学べる事があるんじゃないでしょうか?」


みたいな内容を送る。

すると、

「おお、ここにも恥ずかしがり屋さんが!有難うございます!」

みたいな返信が来た。

"ここにも" という事は、理由は違うかもしれないがAZZLOと同様に個別にメールした人が居るという事だろう。

!!っ!!!!!ぬぁ!!!!!

最近ほぼデスクに居ないAZZLO だが、「だって恥ずかしいんだもん (ノ∀\*)」 という理由が成立・・・・・  ・・・・  ・・・・・・



しないよなw

一瞬、「なるほど!!!恥ずかしいからデスクに居られないのか!」 と思ったが 「馬鹿じゃないの!」 と思ったwww

ま、コントとしての返しとしては、ある意味正しいかもしれないがw AZZLOの正義感的に、ちょっと採用出来ない理由だな・・・w

2014年10月05日

「最近AZZLOクン全然見ない気がするんだけど・・・生きてる?」 ヾ(・ε・`*)

とある先輩本社社員から

「最近AZZLOクン全然見ない気がするんだけど・・・生きてる?」

と連絡が来たw

AZZLO:「はい。気付いてくれてありがとうございます。何故ならばオフィスにほぼ居ないからです。その理由は酒のネタになりますよw」

と連絡し、六本木のクワン で飲む事にする。


先輩本社社員:「さっそくだけどさぁ。ホント居ないよね?ヾ(・ε・`*)」

AZZLO:「えぇ。何故ならばですねぇ・・・向かいの人の足がこんな感じなんでデスクに居られない からです!!!(+・`ー’・)」

先輩本社社員:「・・・なんだそんな事かぁ ε- (´ー`*)」

※追加の画像があったのでココに張っておこう。

2014-07-22 19-25-48.jpg

2014-08-01 11-27-05.jpg

2014-08-12 12-07-06.jpg

2014-08-13 13-12-01.jpg

AZZLO:「あと、子会社が本社のビルに移転してきた流れで、

オレは子会社社員の家族構成の事まで理解しているんだ。それだけしっかりとマネジメントしているんだ!」 という偉いおっさんに 「AZZLO自身家族構成を良く知らないので、調べたんなら教えて下さい」 とお願いをし、「後日対面でお知らせします」 と返答したにも関わらず、1年半音沙汰無しの偉いおっさん。

を見かけるようになったのもありますね。タバコ部屋に居ても、僕に声がけすらしないんですよ。」

先輩本社社員:「あぁ・・・あいつホント評判悪いからねぇ。」

AZZLO:「やっぱそうなんだw しかし、よくそれであんな威張ってられますよねぇ」

先輩本社社員:「そう!なんで気付かないのかなって感じだよね!その点、スーツ好きおっさん は変わったよねぇ!」

AZZLO:「確かに当時は、みんな避けてましたからねぇ。でも、僕が辞めかけてた時に感付いて先回りして対応してくれた りしましたしねぇ。」

先輩本社社員:「あの年齢で変われるって凄い事だよ。」

AZZLO:「結局の所、育ちっていうか・・・。親と友達とのコミュニケーションなんでしょうね。」
「AZZLOは育ちが悪いからしょうがない」と言った先輩 へのオマージュw



先輩本社社員:「ところでさ。直属の偉いおっさんに今日AZZLOクンと飲む事話したら 『オレはAZZLOを買ってるんだ!あいつが辞めそうなら、オレが出来る事はなんでもする!状況教えてくれ!』 って言ってたよ」

AZZLO:「お~~~有難いですね。ま、2020年までの限定お笑い公演 ですから、エンディングテーマは聴きたいと思ってるんですよw」

先輩本社社員:「今の感じだと2020年まで待たずに済んじゃいそうだよねw ホントこの2年で酷くなったよねウチ・・・。」

AZZLO:「あ!やっぱ感じます?」

先輩本社社員:「感じるよ!あの楽しい偉いおっさんも、最近権力の奴隷になったっぽいしさぁ・・・」

AZZLO:「そのおっさんが楽しいかどうかは知らなかったですけどw 変化があるんですね。そぉいえば最近、評判が良い若手が辞めまくってますよねwww」

先輩本社社員:「そう!あの子も辞めたもんねぇ・・・」

AZZLO:「古株の人からすると、『今に始まった事じゃないよ』 って事らしいですけどねw」

先輩本社社員:「や~・・・。それでも最近の退社連発は酷い方でしょ・・・。」

AZZLO:「それで、みんな辞めていって、年収400万で文句言わない外国人労働者に切り替えていったらいいですよねw そうしないと偉いおっさんが食えない んでw」

先輩本社社員:「・・・ホント、みんな何が楽しいんだろうねぇ。」

AZZLO:「僕は鍋が落ちてくる、家が倒壊する的な、お笑いとしてのオチを楽しみにしてますねw」

先輩本社社員:「AZZLOクンみたいな人が辞めたら、ウチホント終わりだよ・・・。こないだ "近いうちに・・・" が半年経ってる 営業と絡んだけどさぁ。『コレ面白いの?プレで勝てるとは思えないよ。ちゃんと企画出来る人入れた方がいいんじゃない?A・Z・Z・L・O・ク・ン・と・か!!!』 って言ったの。無理難題言われるから業界では非常識な調整までしたけど、企画が面白くなくてプレで負けるから・・・。」

※なんとなく他の被害者から噂は聞いているが、例えるなら 「TOYOTAはドラえもん使って "TOYOTOWN" やってるから、オバケのQ太郎で、"TOYOTAROU" をTOYOTAに提案したい!!!」 的な事を、その営業はやっていて競合プレで負けまくっているw ←TOYOTAROUはまだ上手く言えてるので幾分マシw

更にAZZLOが企画していた頃は100P~170Pぐらいの企画書を提出していたが、AZZLOが関与しなくなってからは30P程になっていた。資料が多ければ良いって訳じゃないが、AZZLOは "前段+具体案+デザイン含めほぼ製作仕様書 (決定当日から製作に入れる)" な資料を提出していたので、相応のボリュームになっていた。

AZZLO:「あぁ・・・。