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2014年03月31日

-読書感想- 「人を動かす人」になるために知っておくべきこと / ジョン・C・マクスウェル

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「人を動かす人」になるために知っておくべきこと

2010/12/16発売。2012年6月頃の読書。

-読書感想- マネジメント 基本と原則 / ピーター・F・ドラッカー

と同様、2011年からAZZLOに対するマネジメントに疑問を強く持っていたので、この本を手に取った。

読書時には疑問のきっかけを直視しなくても良い状態だったが、他の疑問が生まれていたしw 特にソーシャルメディアを活用した企画の場合は "生活者に動いて頂く" 必要がある為、企画の為にも良い影響がある事を期待して読んだ。



1:使命感とは、ある意味で、「思い込み」 なのかもしれないが、そんな 思い込みが強い人間のほうが、「最後の踏ん張り」 がきく のだと思う。

この踏ん張りが、今の日本人には欠けてきている気がしてならない。

「まぁ、いいや」 「ほどほどでいい」 そんな考えでは、踏ん張りなどきくわけがない。

⇒AZZLOの使命は、 "先輩たちから貰ったバトンを渡していく" だ。先輩たちはAZZLOを後輩と思っているかどうかは知らないし、AZZLOから渡された人たちにとっては有難迷惑である場合もあるので思い込みも含まれるだろうw

組織の使命はなんだろうな?

2:時代は、半歩先は見える。しかし、本当の意味の経営とは、二歩、三歩先をやっていなければ勝てない。そして、二歩、三歩先のことというのは、何らかの使命感があって、「どうしてもやりたいこと」 が時代とぶつかったという偶発性がなければ成し得ないと考えている。

⇒少なくても二歩、三歩先ぐらいの視力を持ってないと追従するにも後手過ぎで燃費悪いよなw ま、自ら目隠ししてる事って多いんだが。

3:相手を動かしたいなら、まず自分から動く-----これが人間関係の基本である。

相手の気になるところ、関心しない点を改めてほしいと思うときも同様だ。

⇒某若手が 「あのおっさん挨拶すら出来ない。それで 『若手が挨拶出来ない!』 とか文句言ってるの信じられない!」 と愚痴ってたが、組織の中では一番分かりやすい事象だと思う。

「遅刻するな!」 という偉いおっさんが、そもそも朝来てないとかもあるなw

" 『チーム』 言うてるのに、すれ違う時に睨みながら舌打ちをする" とかも同様だな。

4:厳しい中にも温かい激励の気持ちがあるのか、それともただ相手を自分の都合のいいように利用してやろうと考えているだけなのかは、自ずと相手に伝わるものだ。

⇒「売上が倍になったら、君達の給料も倍になるんだよ!だから頑張って!!!」 と言う偉いおじさんに対して、白けてる人が居たがw 典型的な "利用してやろう" がバレてるケースだと思う。金で動く比重が高いのは今どきチンピラぐらいじゃないだろうか。

そもそも売上が倍になった上で原価が倍以上になっていても給料が倍になるんだろうかw 売上があれば儲けがあるという金銭感覚はAZZLOは分からないな。

・・・そして、その白けてる人は辞めたw

5:人間関係で最も大事なスタート地点は 「私」 ではなく、「私たち」 であると気づいたとき、多くの人を惹きつけ、動かせる人間的魅力、対人能力が備わるだろう。

⇒コレだな。

相対評価では、自分以外の人が良い結果を出すと、特に自分が悪くなくてもギャラが下がる仕組みなので、当然 "私たち" という発想にはなり難いな。そしてチームに昇華出来るものも出来る訳がないw

6:カリスマ性のある人は、「相手が興味を持っていること」 に関心を示す。

感傷的だとか、べたべたしているというのではなく、一緒にいると、「ああ、この人は自分に関心を持ってくれている、気遣ってくれている」 と感じられて、自分にも価値があると思わせてくれるのである。(中略)

言い換えれば、自分を売り込むのではなく、相手に売り込ませる ということである。

⇒水商売の多くはそうだし、結局、"自尊心ケアサービス" だと思う。そして、相手の興味と、自分の必要な事を摩り替えるのがテクニックだと思う。

7:人への影響力を強めたければ、「ウィット」「自信」 という二つの資質を身につけること。

カリスマ性のある人には、この両方が備わっている。

ウィットのある人は 「月並みではない表現」 に長け、自信のある人は 「月並みではないやり方」 を実行に移していく。

⇒やはり組織内ヒエラルキーは権限はあれど、影響力とか、人の価値みたいな事には関係ないな。

8:否定したり批判したりしないこと以上に大事なのが、ほめて励ますことなのだ。そして、それができるのは、自己肯定感を持っている人間だけである。

⇒まず親に否定されて育った者は、コンプレックスからの力である為、自己肯定感が無いんだろうな。故に、学歴、金、出世 組織内昇進に盲目になるんだろう。

自己肯定感とは、AZZLOの言う "自尊心ケア" だな。

9:注意するべきは、天狗にならないことだ。成功体験はあくまで、「自信を高める」 ために活用してほしい。

⇒ AZZLOの成功案件と体験に対して 「依存している」 という勘違い意見があったりするが、

こういった生活者の反応を見て、彼らに対して武器(バトン)を渡しちゃっている事に気付き、それをAZZLOの使命と捉えたんだよな。

要は "彼らには成功案件チームが先輩になっとるwww" という自覚に繋がったんだよな。

そしてAZZLOの先輩たちはAZZLOに武器を渡してくれていた事にも気付いた。

よって、後輩達にはAZZLOを踏み台にして、それぞれの使命を全うしてもらいたいと思う。 決してAZZLOを崇めて留まって欲しいとは思わない。


10:リーダーは、まず自らが範を示す必要がある。

リーダーが自信に満ちていれば、組織の中にも自信が増殖し、自然に向上心とやる気に満ちた組織になる。

⇒偉いおっさんは目が死んでたりする。更に人を疑う目をしてたりもする。

11:「無理だ」 とつぶやいて停滞したまま生きるか、「出来る!」 と言いながら 「勢い」 を持っていきるか、その 「差」 はあまりにも大きい

⇒"ただノリが良いだけの上司に振り回される" っていうケースもあるな・・・w

12:リーダーシップとは、強制することなく、自分のために人を働かせることである

⇒AZZLOの "強制ではなく追従に勘違いさせるべき。奴隷は奴隷として扱わなければならない" と同様だな。

更に

強制し続けるのも面倒臭い。勝手に思惑通りになる自発的環境が楽で良いと思う。

13:リーダーシップとは行動であり、地位ではない

⇒リーダーやヒエラルキーってのは配役みたいなものだと思う。よって年長者がリーダーをやる必要も特に無くて、若手がリーダーやった方が、意外とうまくいくと思う。

特に "ダメな若手" とされてる人がリーダーやると、バカ殿効果で、周りがフォローせざるをえない (フォローしないと自分にデメリットがある) 自発的環境が出来ると思うw

14:高いコミュニケーション能力の持ち主は、相手に対して 「厚い信頼を寄せられている」 という気持ちを抱かせることができるのだ

⇒上手いキャバ嬢がそうだもんな。

15:強力なリーダーシップを発揮している人々は、統率の鍵とは 「人の価値を高めていくこと」 だと知っている。

⇒まんまコレだな。

16:エジソンは、当時のアメリカ産業界で尊敬を集めていた。

だがエジソン自身は、自分一人の力でこうした大いなる成功を実現できたとは考えていなかった。

だからこそ、最もすごい発明として 「メロンパークの研究所」 と答えたのだ。

⇒個の実績としてカウント出来る様な事よりも、"未来をディスカッション出来るコミュニケーションスペース" の方が価値があるという事だと思う。

17:本当に突出したリーダーになりたいのであれば、「自分のヴィジョンを人に伝え、周囲のアイディアを活用して目的を達成していく」 必要がある。

優れたリーダーはヴィジョンを持っているだけでなく、「人に知恵を借りる」 ことの重要性を知っているのだ。

⇒ヴィジョン: "年収一千万に達したい" → "人に知恵を借りた上でdisる" → "自分のやりたい事を強制させる" → その結果プレで負ける。という某代理店営業が居るw

そぉいう人は、金の流れの上流に居ないと成り立たない事を分かっているから、金を追いかけるんだろうな。

その営業の案件は、プロダクションももう手抜くようになってるんだよな。

18:古代ギリシャの詩人ホメーロスも、「逆境は、順境において眠っている能力を引き出す」 と言っている。

⇒AZZLOは1匹狼イメージが強いと思うが、様々な不条理から、こういう本読んだりしちゃって、チームとかマネジメントとか考えちゃう事は、結果、組織にとっても良かったりする側面もあるからなぁ。

そもそも広告代理店のマネタイズは "媒体問屋" ではあるが、"生活者と企業をポジティブな関係にマネジメントさせて頂く" が本来の代理店の役割だと思う。媒体問屋はその上での達成手段だ。

19:頭の固い人たちは、発想力のある人が世界を変えてきた という事実に気づいていない。誰かが革新的なアイディアを出さなければ、そもそも自分たちの仕事もなかったかもしれないのに。

⇒ "しつけの悪い犬は、人間ではなく自分を家の主人だと捉える" みたいな事だな。

20:人は 「賛同できるが、態度が二転三転する指導者」 より、「賛同できなくても態度が一貫している指導者」 を信頼するという調査もある。

⇒ま、バランスだな。"周りをdisりまくってるのに、1人では何も出来ない" を一貫してやっている人がいるが、誰も近寄らないもんな。

21:「人」 によって言動を露骨に変える人には、誰もが警戒心を抱く。一方、誰に対しても多少の差はあれ、分け隔てなく接する人は、信頼される。

⇒前者はてめぇの事しか考えてないからだろう。周りは言いなりにはなれど、能動的に助ける事はない。

22:権限や影響力が大きくなるにつれ、生き方の選択肢も広がっていくと勘違いしている人は少なくない。

多くの才能を与えられた者は、与えられた分を社会に還元していかなければならない。評価の基準も、一般の人とは違うことを覚悟する必要がある。

⇒ノブリス・オブリージュだな。

更に、そもそもだが

であって、たかだが組織内のヒエラルキーが人の価値となる訳ではないハズ。

23:人の道を守ってこそ、リーダーは本来の努めを果たすことができるのである。

⇒先日、"交通事故起こして後輩に身代わり出頭させる" という事件があったが、自分を守る事に必死なケースは少なくない。

コレが根本にある気がする。

24:一人ですべてを完璧にこなせる人間はいない。

「一人の限界」 に気づき、他者の力や知恵を借りていくのが正しいリーダーのあり方だ。

「あれをしろ、これをしろ」 と命じるだけになっていないか自省してほしい。

口だけでなく耳も使っていくことが大切だ。

⇒命じた上でとやかく言わないなら、ポジティブな独裁者として良い面もある。しかし多くの場合は、

こぉいう指摘をされるオチが多いな。

ごくごく当たり前なんだが

な訳で、強制するならば、"お刺身にたんぽぽ乗せ労働" 並にルール化が必要だと思う。

25:「上に立つ者は孤独だ」 という考えは、不健全だ。

人は支えあってこそ力を発揮できる。喜びを分かちあえることももちろんだが、一人よりもチームのほうが、より安定して責務を果たしていけるのである。

⇒トップは権力があるので、トップ未満を解雇したりギャラを下げる事も容易だ。故に本音のコミュニケーションが発生し辛く、本人にその気がなくても孤独になりやすい。故に

キャバクラなり、おねえちゃんにチヤホヤしてもらうべきである。その為の高額のギャラなのだ。高い車乗ったり、高級マンションも処方箋としては良いだろう。この程度の金で解決出来る贅沢は当然の権利だと思う。

と思うが、そうではないトップも居るな。

チームラボの猪っちだw

そらAZZLOよりかは金持ってるハズだし、お姉ちゃんと遊んでいる時間もAZZLOよか多いかもしれないw 中の人からすれば 「猪子超うぜぇ・・・」 というタイミングも無くはないだろう。

しかし、同じ組織内に居る者に命令をする形だけでは、チームラボの作品は出てこない感じがする。

そして、このテレビ番組では、全て

「僕たちは○△□って思っているんです」

と言っていたな。

26:機会や誘惑に魅力を感じたときは、「自分の行動がどんな結果につながるか」 を冷静に考えることだ。今日、さまざまな組織でモラルの荒廃が起こっているのも、こうした 「想像力の欠如」 が原因である。

「やったら後悔するようなこと」 には、最初から近寄らない 分別を持ちたい。

⇒ "自分を良くみせたいが故に、他人の案件が事故る仕込みをする人" とか、誘惑に負けた想像力の欠如事象なんだろうな。

細かい事だし、誰にでもある範囲ではあるが、以下のような事が多発するのもモラルの荒廃と言えると思う。

誰にでもあるとは言え、てめぇの尻の吹き方すら崩壊するレベルって凄いわ・・・。

27:「NASAが成功したのは、明確な目標を立て、それを宣言したからだ。そのおかげで最高の人材が集まり、あらゆるレベルで政府のサポートを得ることができた」

目的地も知らずにバスに乗る人はいないだろう。

⇒凄く分かりやすいなw

AZZLOのリーダー的発言は、monstrostereoの活動において

「クラブは守るものではない。むしろクラブには引退して頂かないと、ダンスフロアが無くなってしまう。クラブを更新する上で、僕らにはこの素晴らしいサウンドシステムがある!!!」

みたいな事言ってたなぁw

全員がこの要素を持ちながらも、得意領域が被らず、「自分はこの活動に必要とされている」 自覚が全員にあったと思う。

素晴らしいチームだった。

28:本当によい指導者はあまり口を出さず、目的が達成されたときには、民衆に 『自力でやり遂げた』 という達成感を味わわせる

強要するにしても、"自ら選んだ" と勘違いさせるのがテクニックだ。 だな。

29:ボスは人を追い立てる。リーダーは人を導く。
ボスは権威を笠に着る。リーダーは志を訴える。
ボスは 「私」 と言う。リーダーは 「われわれ」 と言う。
ボスは失敗を叱責する。リーダーは失敗を克服させる。
ボスはノウハウを自分の胸に秘めておく。リーダーはノウハウを伝える。
ボスは 「やれ」 と言う。リーダーは 「やろう」 と言う。

⇒対比してみると、ボスはなんか追われてる感じするな。

30:強豪校同士のサッカーの終了間際に、ある少年が投入された。

試合の経験はなかったものの、人一倍強い愛校心と情熱の持ち主だったこの少年は、今すぐゴールしないと勝てないという思いから、ボールに手で触れてはいけないとうルールを忘れてしまった。

彼は手でボールを抱えると、観衆が唖然とする中、ゴールに向かって走りだした。

他の選手や審判はあっけにとられて立ちつくしていたが、観衆は少年の熱い魂と意表を突いた行動に興奮し、喝采をあびせた。

こうして新たなスポーツが誕生した。

ラグビーは、議論を重ねたルール変更によってつくられたのではなく、一人の少年の情熱から生まれたのだ。

⇒結局のところ

コレな訳だと思う。

ラグビー誕生ほどの事象は求めないにせよ、ビジネスにおいてはルールが変化していくので、変化がない事はあり得ない。ちょっとした効率化であっても、個人の 「こんな繰り返し作業かったるい」 的な気づきが紐付いているハズ。

31:人は、自分の発言は 「建設的批判」 だと思い込み、人からの耳に痛い指摘は 「中傷」 だと思い込む傾向がある。 (中略)

建設的な批判は本来、一対一で行われるべきものだ。衆目の前で批判された場合は、こちらのためを思っての言葉である可能性は低い。(中略)

ポイントは、批判の 「動機」 だ。(中略)

問題や困難を抱えている人は、ストレスが他者への批判や冷たい態度となって表れることがある。

⇒AZZLOのココは、組織へのほぼ批判の批評になっているがw "1人新橋の飲み屋" 的ログとしか思っていない。少なくても 「自分はココで書いた批判はしないように気を付けよう♪」という建設的批判にはなっているな。批判の対象の人たちは不在だが・・・w

しかし、「あの記事、勉強になったよ♪」 と声がけして頂く偉いおっさんが居るので、建設的批判は成立している場合もあるな。

中傷って "変えれない領域を悪く言う" 事だと思う。「あいつの仕事は適当だ!」 みたいな事は批判だが、「あいつはブサイクでキモい」 は中傷だと思う。

先輩にありえないdisられ方をした!!! は、変えられない領域への指摘なので、中傷だし、AZZLOに影響を与えケアしてくれた、様々な先輩たちを含めて中傷している思う。

耳に痛い指摘は、言い方次第だが、「指摘し辛い事をあえて指摘してくれて有難う」 という気もあるかも。ま、組織からのAZZLOに対する痛い指摘があった場合、「AZZLOをdisってるんだから、そら痛い事もあるでしょう。disれる材料を発見したんですね。相対的に 『オレはマトモだ』 と思えますね♪ お疲れ様です。」 でしかないなw

32:上に立つ人間に批判はつきものだと心得て、泰然自若としていること。

⇒批判があった方が、良い悪いかは別だが、コミュニケーションは存在していると言えるよな。"言いなりのプロダクション" と仕事しても面白くないしな。

33:「志」 のない人は、批判もされない

歴史上のあまたの宗教指導者がそうであったように、善を成そうとする人々は必ず批判にさらされる。

逆に何の批判もないようなら、問題があると思ったほうがいいだろう。

高い志というものは、同じ視点を持たない人々には理解されない。何か事を成そうというときに批判があるのは当たり前なのである。

⇒AZZLOがココで書いてる事の一つは "上の人の志が無い"(少なくても共有されてないし、当然共感もない) があるな。

おそらく、地位と志の不一致が、上でも下でも問題になるのだろう。

34:劇作家のバーナード・ショーは、批判をかわすのがうまかった。

ある演劇の初日に批評家の一人から 「退廃的だ」 という声が上がったとき、彼はこううそぶいた。

「まったく同感です。でも私とあなただけの意見では、多勢に無勢ですね」

⇒競合プレの方向性においてこのセリフ使えるなw 「企業目線の代理店の意見では多勢に無勢ですね」 だな。

競合プレにおいては、勝たないと意味ないんだが、"勝ったけど生活者は動かない" (生活者不在) である事が多い。そこで後付で "WEBでソーシャルで金かけずにミラクルな事がしたい!!!でもエログロNG!" となるケースがあってウンザリなのだがw

1:企業目線でプレに勝つ!生活者は動かなくても別に良い。(ジャイアンコンサート)
2:プレで勝てるか微妙だが、生活者は能動的に動くハズ!

のどちらかの割り切りが必要だと思う。

AZZLOは2を軸に考えて、なるべく企業がお買い上げ出来るように翻訳するのが良いと思っている。

F1の場合、

1:遅いけど壊れないマシンを速くする
2:速いけど壊れるマシンを壊れないようにする

だと、基本、2の方が達成しやすかったりする。

35:自分の行動や判断が正しいとわかっているときは、「待つ」 ことだ。そうすればいずれはわかってもらえる。

⇒かといって "何もしない" ではダメなんだよなw

36:カラスの集団に襲われたタカは反撃したりせず、旋回しながら上昇してカラスを振りきってしまう。

同じレベルで反撃せずに、より高いレベルに自分を引き上げることだ。

⇒AZZLOは性格が悪いので、"あえて同じレベル (競技) で反撃する" 的な事やるなぁw

ま、もともと会社員を目指したのは "やってもないのにdisれない" という気付きからだったからで、同じレベルでやらないとフェアじゃないからなんだが・・・w

37:自分をよく見せるために人を貶めるほど卑劣な行為はない。そういうことをする人は、自分に自信がないのである。

自分の価値を示すために、他者の価値を下げる必要などないのだ。

⇒偏差値や相対評価によって、人の足を引っ張る的な事象は発生しやすいよな。

AZZLOがココで書いている偉いおっさんへの疑問は "既に上位なのに下位をdisるのは何故?" だな。下位を踏みつぶす事で、相対的に上位の価値は上がるかもしれないが、そもそも組織内だけの価値だし、絶対的には変化はない。

38:「間違いを指摘するのは効果があるが、励ますほうがより大きな効果がある。批判の後の励ましは、にあわか雨の後に射す太陽のようなものだ」

⇒過去に2回程だが 「てめぇふざけんなよ!こんなんあり得ねぇだろ!死ねよボケ!」 とプロダクションさんに言いたくなる事があったw デザインがもう福笑いみたいにへなちょこだったのだw そんな時は 「家族が死んで大変な時期でも、これぐらいは作ってくれたんだ・・・有難い」 と思うようにしたw

仲良くしているプロダクションさんのマネージャーから 「今回は新人でやりますんで、不都合があるかもしれませんが、よろしくお願いします」 と事前に連絡があったりする。既に報告がなくてもあうんの呼吸で分かったりするがw

代理店側のAZZLOもプロダクションさんの新人さんへの影響がある事を実感するな~。組織内で部下を持つ事が無いAZZLOなだけに、凄く責任感感じる。

39:「こういう生き方をしているのは自分だけじゃない」 という彼らの主張を、絶対に受け入れないことだ。

そういうことを言っていたら、「それは誰か」 と尋ねるといい。名前を言えなかったら、相手にしないことである。

⇒AZZLOは批判された場合に

「全て事実ですが、その指摘と同等、もしくはそれ以上の言動をしている人が居ますよね?まず彼らから改善されるべきではないでしょうか?」

という糞面倒臭い事を言うw

名前だったらいくらでも上げれるなw

40:主観的、個人的な判断に陥るのを避けるために私が実践しているのは、一年に一度、スタッフ全員に無記名で他のスタッフを評価してもらうという方法だ。これをやることで、かなり客観的に評価できるようになる。

⇒組織内でこれをやっても、スタッフ同士絡むことが少ないので、何も書けないなw 書けても

・電話の声が五月蝿い
・キータイプの音が五月蝿い
・歩き方が雑で床が揺れる

的な事ぐらいだろうかw

いずれにしても全員何かしらネガな指摘が出てくるだろうが、ネガの数よりもポジの数がどれだけあるか?がポイントな気がする。

ちなみに某プロダクションさんはスタッフ同士ではなく、スタッフが無記名で社長も対象とした評価をするらしい。「社長の朝礼が長い。しかも就業時間前からやるの意味わかんない」 等と意見があがり、社長が非常に凹むんだそうだw

41:虚言、終了論理の欠如、不誠実などの問題がある場合は、それだけでやめさせる理由になる。

信用できない社員が一人いるだけで、組織全体に悪影響が出る。(中略)

その他、組織そのものに否定的・反抗的な態度を示している場合は、断固とした処置をとるべきだ。そのような態度を放置しておくと、組織全体に悪影響が広がりかねない。

⇒その通り!故にAZZLOを即刻クビにするべきである!!!・・・が、AZZLOがクビになった所で、原因の根は絶やされていない・・・w

そもそもAZZLOがココで書いている事は、多くの人が飲みの席で話しているような事だ。

42:「魚を一匹与えれば一日腹が満たされる。釣り方を教えれば一生腹が満たされる」 ということわざがある。

一匹の魚よりも、釣り竿のほうがはるかに価値があるということだ。

これは人を育てていく場合にも当てはまる。すぐに 「答え」 を教えることは、「成長」 という観点では、意味が薄い。才能はあくまで本人の努力や試行錯誤によって伸びていくものだからだ。

⇒コレだな。

しかし、業務上においては、時間の問題もあるので、"取り急ぎ魚あげちゃう" 的事象も起こるよな。効率化の面でチームワークだとは思うんだが、"魚取れるようになったら魚あげれる人の意味がなくなる" 的な遠慮があったりもするし。バランスが難しいと思う。

43:「共通の目的」 を打ち立てること。もう一つは、その目的をチームに浸透させることです。(中略)

「目的意識を共有」 していない限り、本当のチームにはなれないのである。

⇒そもそも組織の社訓みたいな事知らないw 社訓に近い事としては "出来る人から辞めていく" というのがあるが・・・w


ブラック企業として有名なワタミの社長が翻訳していて絶賛しているという事象がなんとも面白いな・・・w

この本によると (この本に限らないが)

"恐怖感では人は動かせない" (動くにしても一時的)

という事が分かるな。威厳を勘違いしていると、どんどん恐怖感を煽るようなコミュニケーションになるんだろう。

人が動くのは

「キャバクラ一緒に行こうよ!その為の軍資金稼ごうよ♪」

的な "お誘い" であるべきだし、まず本人が 「キャバクラ行きたい」 というモチベーションが無ければ、周りへの声がけそのものが発生しないんだよな。

偉い人が

「誰もオレをキャバクラに誘ってくれない・・・。一人で行くにしても金が無い・・・」

と愚痴ってるだけでは、金は増えないし目的であるキャバクラに行く事も不可能に決まっているw

よく "売上○○○円" という目標があるが、何のために目標達成するのか?が無く、読み取ると、"現状維持の為の目標" にしかなっていない気がする。

「アーロンチェアに座りたいから○○○円を達成しよう!!!」 的なお誘いだと、達成した後のイメージが具体的に湧きやすいので、能動的に動く気がする。

そして、売上には直接寄与しないセクションもあるから、彼らを他人事にしないように、それぞれのミッションを設定してあげる必要があると思う。

ステレオタイプな "スキルアップをする" 的な抽象的なミッションだったり、"○○検定に合格する" みたいのはただの儀式で本質を欠いているので無駄だが、少なくても 「自分も目標に寄与しているっぽいな?」 という自尊心ケアが出来るルールが必要なんだと思う。

そうでないと、金は減るわ、必要とされている実感が無いわの相乗効果で、病む人が続出 するんだと思う。



企画面では、直近の事例で、PEPCI NEX ZEROのこの映像を思い出した。

特に今の時代にハマっていると思うが、普遍的な "強くて嫌なヤツを排除したい" 的モチベーションを、生活者と共有したからこそ、話題になり共感が得られているのだと思う。

「映像に金かけて凝ると反響が大きい」

と手法だけで判断する勘違い広告屋フォロアーが顕在化しそうな案件だがw APPLE vs IBM的構図がコアで

ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)

のストーリーが明確にあるから、共感があるのだと思う。

大概 「小栗旬かっこいい!!!」 という反響だけで終わるものなのだが、そういった声もゼロではないが、ブランドの姿勢を評価している生活者の声が多い。

使命を負ってしまった人に対しては、応援したくなるのが人の常。組織内でも偉い人ほど "今期の売上げ" ではない使命を持っていた方が良いと思う。

クリステルにも使命があるみたいだ。


フランス人ってゴミ収集の人たちも 「観光都市を支えてるのはオレら♪」 的自尊心・使命感を持ってる感じがする。そもそも フランス人て "プライド高くてヤな感じ" と世界的に言われるのは、使命を自覚してたりするからなんだろうと思う。当然AZZLOもフランスという土壌の影響があるな。



まずは嘘でも良いので、組織の人たちとの共通使命としては

「嫁とセックスしてないから、キャバクラでお姉ちゃんと遊びたい!!!その為にはお金が必要!!!僕も頑張るけど、君たちとも飲みたいから一緒に仕事ガンバロ♪」

的なお誘いが必要だと思うw

※AZZLOはこのお誘いでは乗っからないが・・・w


2014年03月25日

-読書感想- ゲーミフィケーション / 神馬豪・石田宏実・木下裕司

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ゲーミフィケーション / 神馬豪・石田宏実・木下裕司

2012/4/10発売。2012年4月頃の読書。

ソーシャルメディアを活用した企業プロモーションとかは、広告的な一方的なお知らせで完結出来ず、生活者の能動的な参加があって成り立つもの。そのモチベーションを作るのが企画する上で非常に重要で、例えるなら "キャバ嬢を指名し続けるとイイ事が出来るかも?" 的な仕組みが必要。

スーパーマリオも、"キノコ取った上で、フラワー取れれば後が楽" 的な繋がりのあるしかけがある。

この仕組みは、"ステージの提示" とも言えて、そういう要素がゲーミフィケーションと言えたりするかな?と思う。

すぐ消えそうな広告業界バズワードだなとは思いつつもw しかけ構築の為のコアがありそうだったので手に取った。


1:「自分で欲しいものを検索する時代」 には、費用対効果の高いもの。つまり機能が良くて安いものが売れていましたが、「他人が自分の欲しいものを教えてくれる時代」 には、お金で判断できるような合理的なものよりも、「楽しい」 「みんなで共有したい」 と思われるもののほうが広がりやすいからです。

⇒AZZLOの趣向がニッチ故なのもあるのだがw あまりAZZLOが欲しいものを他人が教えてくれてないとは思う。検索しても日本語の情報少ない・・・。

"他人が自分の欲しいもの" を知る手段は、現状あまり無いよな。この辺は人的ではなくビッグデータ解析によって

"朝食を食べた人は会社に来てすぐにトイレに行く"

"駅のトイレに行く可能性も高いので、ポケットティッシュをオススメする"

という様な事は、全てDBとCPUがやってくれて、人は必要無くなると思う。

楽しかったり共有したくなるものの多くは、FACEBOOKのウォールを見る限り、あまり "売ってるもの" の情報はないな。

2:例えばお腹がすいていないのに、友達に誘われてご飯に行ったとき、飲食店に行ったという 「行動」 をしたことで、「お腹がすいているかもしれない」 と思考し、結局、ご飯を食べてしまうことがあります。

つまり、無料であっても 「行動」 させることで、「私はこの商品・サービスを必要としている」 と利用者が思考し始め、その商品・サービスを購入しようというモチベーションにつなげることができるのです。

⇒例え方はAZZLOよりも上手いかもしれないがw ちょっと違うように思う。

腹減ってなくても飯食ってしまう事はある。しかし試供品の大半は明けずに捨ててしまうのはAZZLOだけじゃないだろう。

3:日本では、戦後の高度経済成長の時代に 「三種の神器」 と呼ばれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫が多くの人から求められ、支持されました。しかし、その時代には 「共感」 「遊び心」 「物語」 の3要素は必要ありませんでした。

⇒遊び心は分からないが、「力道山の試合を一緒に見たい♪(翌日友達と話したい)」 という共感はあっただろうし、"三種の神器を手にしたら人生合格" という物語があったと思う。

4:ゲームの場合はほぼ100%、すぐに何かしらのフィードバックがあり、自分の行動に対する結果が、すぐにわかります。この即時フィードバックがあることで、ユーザーは次の行動の選択をし続けることができるのです。

行動に対する結果がすぐにわかることで、次の行動を待つ時間 (タイムラグ) がなくなり、「早く次の行動をしたい」 というモチベーションが高まり、時間も忘れて行動選択をし続けていくのです。

⇒あとゲームの場合、基本 "ステージを上がる事はあれど下がる事は無い" から "時間かけさえすれば、先に進める" という要素がゲームにハマる要素でもあると思う。

5:例えば終身雇用、年功序列型の昇進・昇給精度です。自分が何年勤め上げれば、どんな役職につき、いくらぐらい給料がもらえるか、退職金はいくらぐらいになるかが、明確に示されていました。

しかし、このような昇進・昇給制度は年とともに崩壊してきています。経済状況や世界の市場との関係、為替の影響などもあって、給与水準は年々変化しますし、職種の変更や移動も激しく、人材の入れ替わりも激しくなっています。

次のレベルはどうなるのかが、ビジネスの世界では見えなくなってきているのです。

⇒いわゆる年功序列が "時間かけさえすればレベルアップする" ゲームと近い事を指摘したいのだろう。

もうそぉいうゲームでは誰もクリア出来ないんだろうな。

そぉいえば、AZZLOは小学校の卒業作文に

「大人はゲーム的考え方ににもう飽きたのだろう」

と書いて、大人をドン引きさせてたなぁ・・・w

6:「サービスを使い始めた初心者は、いったい何につまづくのか」
「サービスを使うことに慣れ始めた人たちは、どんなフォローや課題を求めているのか」
「サービスを使いこなしている人たちは,どんな新たな機能や権限を求めているのか」

このように利用者のことを事前に考えておくことで、利用者はますますあなたのサービスに熱中していきます。

⇒事前に考えるのではなく、ユーザーがつまづいた事実から、課題を発見して、改善をする必要があると思う。ソーシャルゲームの開発はどこで課金したか?離脱したか?のデータを統計学者が解析をしてゲームの微調整を繰り返している。

もちろん想定出来るに越した事はないが、想定出来たならば事前に組み込むべきだ。

7:スコアとランキングの技術は使い方を間違えると、プラスの要素だけでなく、マイナスの要素ももたらす 「諸刃の剣」 となります。(中略)

組織の風土によっても変わってきますが、単純にスコアとランキングを導入すると、通常は全体の20%の社員がやる気を出しますが、同時に20%の社員は 「どうせダメだろう」 「最低限の給料だけもらえばいい」 と考えて妥協してしまい、仕事に対するやる気を出さなくなることもあります。

⇒残りの60%の人はどうなるんだろう?

8:管理の仕事があるから効率的な営業ができること、給料がしっかり定期的に支払われること、営業が雨の日も風の日も頑張るから、オフィス内勤務の人たちの給料が出ていくことなど、お互いの役割をしっかりと理解し、「笑顔」 や 「元気さ」 「情熱」 といった、チームメンバーが仕事だけでなく、人間として持っている価値を評価し合う仕組みを導入すると、よりよい協力が可能となります。

⇒そうとも言えるが、"「笑顔」 や 「元気さ」 「情熱」 " は数値化し難いし、この発想だと 「上司に逆らわず感じ良くしていれば仕事しなくても良い」 と言い始める人も出てくる。

業績が悪い際に、オフィス内勤務 (多くの場合総務系?) が "総務は売上の結果には関与していないので総務の給与は下げない" とかやるから、"総務なんて要らない論" が出てきて、1つの組織での "同じ釜の飯食ってる感" (本来は "感" ではなく事実) が無くなるんだと思う。

9:ゲームは、基本的に 「わかりやすいストーリー」 で構成されています。基本的な話の流れは、以下のようになっています。

① 日常の世界 (主人公はごく普通の生活をしている)
② 冒険への誘い (突然、敵に生活が脅かされる)
③ 冒険への拒絶 (敵から逃げ出したくなる自分と戦う)
④ 賢者との出会い (敵に立ち向かうためのアドバイスをする人が現れる)
⑤ 試練 (敵に立ち向かう自信をつけるための苦難に直面する)
⑥ 仲間・ライバルとの出会い (同じ意思を持つ仲間や、共感できるライバルが現れる)
⑦ 最大の試練 (仲間やライバルによって成長し、最大の苦難に直面する)
⑧ 報酬 (苦難を乗り越え、報酬を手にして帰還する)

話は、このように一定のフレームの中で展開します。このフレームワークは 「神話の法則」 とも呼ばれており、絵本や小説、ドラマや映画など、さまざまなジャンルで使われています。

ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)

と一緒だ。

10:クーポン券は通常、3日間限定や1週間限定といった期限が設けられています。そして、複数回の食事で使えるように3枚や5枚の割引券が渡されます。

利用者はそのクーポン券を見て、「この期間にクーポンを使わなければ損だ」 「できるかぎりもらったクーポン券を全部、使わなければ損だ」 と思うことで、通常よりも多い頻度でその店を訪れることになるのです。(中略)

特に膨大な情報が与えられる現代では、利用者に覚えていてもらう (マインドシェアを確保する) ために、リメンバーの技術は重要となります。

⇒クーポンは既にリメンバーの効果は無いと思うw (クーポン配ってそうな商売においては)

マックや牛丼屋のクーポンとかって、サイフに入れてるだけ邪魔だし、そんなしょっちゅう行かない。来店スタンプとかも、サイフの中にいっぱい入っていて、持ってるの分かってても、出すのが面倒臭いから使わないw

上記はAZZLOの主観だが、紙のクーポン使ってる人をこの10年見てない気がする。

11:限定版として成り立たせるためには、一緒に同梱する商品に魅力がなければ効果はありません。利用者に喜んでいただけるもの、「この特典ならゲームソフトの内容に関係なく欲しい」 と思われるものを提供することが重要です。

特典の質を高めると言われると、「コストがかかるのではないか」 と思うかもしれません。しかし、工夫次第で、コストのかからないものでも十分に限定版の特典として使うことができます。

⇒そういう特典はいわゆる "積みゲー" となるんだろう。積みゲーしちゃう人って一定数居るが、少数派だと思う。

"内容は関係ないゲームソフトにおいて、積みゲーしちゃう様な少数派を売上で上澄みしよう" という話なのだと思うが、なんだか消極的な指摘だな・・・。

12:ターゲットの対象を絞り込みすぎると、「ターゲット以外のお客様を取り逃すのでは?」 と心配になるかもしれません。

ところが、無限に近い情報や商品・サービスがあふれている現在では、「誰でも使える」 ものはなかなか魅力を感じてもらうことができません。むしろ今の消費者は 「人が持っているものとは違うものが欲しい」 と思う傾向が強くなっています。

ターゲットを絞り込めるだけ絞り込んだほうが、そのターゲットとなった利用者があなたのサービスに触れたときに、「これは私のために作られたサービスなのだ」 と思って、より愛着を持つようになるのです。

⇒ターゲットって、"殺傷する対象" の軍事用語な訳なので、"ターゲットを絞らない" という事は、"狙いを定めず発射する" 的な事象なので、そもそも成り立たないハズ。

狙わないのであれば、"数撃ちゃ当たる" 為の膨大な広告予算は少なくても必要だと思う。

そして 「人が持っているものとは違うものが欲しい」 の指摘は、1番の 「みんなで共有したい」 と相反する要素があるな。みんなで共有されたらもう要らないと言える。


・・・なんかどこにでも書いてありそうな、ステレオタイプな事をそのまま引用している感じだった。

AZZLOのこの読書感想も引用あってのものなんだがw その上で、著者なりの歪んだ?もしくは分かりやすく噛み砕いた見解とか読みたいんだよなぁ。普通な見解なのに辻褄合わない感じだった。

更に、ゲーミフィケーション的な事はギリギリ学べたにせよ、マーケティングへの繋ぎが全く無かったような印象。

9番の 「神話の法則」 を上げるにしても、

① 日常の世界 (給食が出てきました。牛乳を飲みました。)
② 冒険への誘い (突然、目の前の人が変顔をしてきました。)
③ 冒険への拒絶 (思わず牛乳を吹いてしまいそうになりましたが、我慢しました。)
④ 賢者との出会い (「牛乳は机の下で飲めばいいんだよ♪」 とアドバイスを貰いました。)
⑤ 試練 (先生に怒られました。)
⑥ 仲間・ライバルとの出会い (変顔に屈せず、牛乳を飲み干せる人も居ました。)
⑦ 最大の試練 (変顔する奴が、「ちゃらり~♪鼻から牛ぅ乳ぅぅぅ♪」 と連呼します・・・)
⑧ 報酬 (なんとか牛乳を飲み干しました。)

みたいな事は、日常的にあって、牛乳を吹かずに飲み干せた達成感はみなさんご存知でしょう?

とか、ま、いずれにしても上記例えはマーケティング関係ないがw そぉいうのももう少し欲しかったな。

あと、この本に限らずだが、AZZLOのピックアップする箇所が、"組織内マネジメント" に関する文章が多いな。

ま、組織内マネジメントは、組織内マーケティングがあった上で成り立つとも言えるので、被っている要素だとは思うが、あらゆる本に記載されているという事実、そしてAZZLOが書き起こすという事象が、時代を反映している感じがする・・・w


2014年03月20日

-読書感想- 「習慣で買う」のつくり方 / ニール・マーティン

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「習慣で買う」のつくり方 / ニール・マーティン

2011/12/13発売。2012年3月頃の読書。

創造し終わったらもう文化じゃなくて、"習慣" に言い換えるべき。よって単純に古い習慣を大事にするだけの行動は文化とは言いたくない。仕事でやりたい事は習慣を作る事です。

と2009年初頭に書いているが、どんなビジネスも疑われない習慣にまで達せられたら、その後ラクだと思うw 特に日用品・消費材はその導線に乗る事を目的としていると思う。

AZZLOの企画は、大概 "出オチ" だがw 予算や広告業界慣習による、"1クールプロモーション" というルールの上では、"出オチ" に特化した方が良いという発想だ。

本来は長期的な関係をどう築くか?を考えたい。とある案件では、"新たに新幹線を敷く数十年単位の妄想" をしたりもしたがw そういったオリエンがあった時に対応出来る状態にはありたいと思う。


1:現状のマーケティングが 「顧客との有益な関係を確立し維持すること」 という本来の目的を果たせていないのは、マーケティングの基本原則を守っていないからではない。守っているからこそ失敗する のだ。

⇒マーケティングの基本原則を知らないので、なんとも言えないがw AZZLOが思うマーケティングは抽象的だが "空気を読んでフラグを立てる"(いわゆる方向性決め) だと思う。※本来は座標決めまで想定するべきだと思っている。

しかし、代理店におけるマーケティングは "調査するまでもない常識をわざわざ調査してデータにして小難しい資料を作る" な感じはする。

2:何かを選ぶときには必ず、脳のなかで同じようなことが起こっている。言い換えれば、製品やサービスの購入を消費者の習慣脳に委ねさせることができれば、そのマーケティングは成功なのだ。

⇒とある調味料の商品で企画していた際、群馬県高崎市のスーパーの棚をチェックしたりしたのだが、(東京のスーパーは参考にするには特殊過ぎるハズ) いわゆる定番商品は絶対にフェースが多い。「そんなにまとめ買いする人いないだろwww」 ってぐらい無駄に多いw

実際流通商品は "棚抑え" というワードがあるぐらい、この店頭での露出の意味は大きいと感じた事象だった。

この "常に露出している" という光景は習慣到達への1要素だとは思う。

3:企業は、顧客の言動ではなく行動に注視すること。習慣は行動の繰り返しから生まれ、時間をかけて確立させていく。だが言動は一時的なものであり、そこから行動を予測することは難しい。

⇒この言動と行動を解明していくのが、いわゆるビッグーデータの可能性だと思うな。行動を見れば見る程、調査するまでもない当たり前の事を列記した資料が完成しそう・・・。行動の裏にあり言動に出ていないコアを探るのがマーケティングだと思う。

4:購買行動は、習慣脳、判断脳の両方に誘発されるが、アンケート調査では、影響力の弱い判断脳にしか接触できない。目的や好みを軽んじるわけではないが、強い習慣が確立されている状態では、その行動を引き起こす合図のほうが行動を支配するのだ。

⇒ビックカメラに行くと、あの店内レイアウトとBGMによって、数千円以下の、ケーブル類やマウスみたいな商品は安く感じたりする。これは通常数万の家電等を買う機会が多いという習慣からのズレなんだと思う。

5:一口に記憶と言っても、その強烈さや正確さはまちまちだ。消えてしまうことや間違えることもよくある。記憶は 「引き出す」 というが、むしろ 「再現する」 と言ったほうがふさわしい。同じことを思い出しても、その内容はまるで伝言ゲームのように、思い出すたびに異なるからだ。

私たちが過去のできごとを思い出すとき、ビデオの再生のように過去に起こったことをそのままに再生しているわけではない。「あのとき」 を現在に呼び戻しつつ、今の自分が生き直しているのである。「あのとき」 のできごとを、今の視点で意味づけしながら、新たに体験しているのだ。

と一緒だ。

6:「何かを学習する」 と言うと、私たちは学校での日々を思い浮かべる。年間一八〇日、一日に五時間机に向かう日々が十二年。大学や大学院に進学すれば、その日々はさらに長くなる。そのせいで私たちには、学習とは読み書きを通じて行うものだという考え方が染みついている。重要事項を必死で暗記し、問題を解くコツを学ぶのは、すべてテストで優秀な成績をおさめるためだ。優秀な成績をおさめれば、よい仕事につけるし、家や車も買えるし、休日に旅行だって行ける。学校で教わった学習方法が、現代社会を生き抜くうえで役に立っていることは確かだ。

だがその反面、そうした学習方法が染みついたことで、書き言葉を使わないと、考えることも学習することもできないという思い込みを産んでしまった。

⇒これは "テストそのものを発見する気付き・必然性を失わせる" フロー的な仕込みだけでなく、手段的にも盲目化されていると言えるな。

7:ストーリーや比喩を用いたり、人々の感性に訴えたりすれば、効果はさらに増す。世の広告メッセージには、中身がなく体裁だけ整えたものが多い。雑誌をめくれば嫌というほど広告が掲載されているが、視覚的には響いても、肝心の商品については何も伝わってこないものがほとんどだ。

⇒AZZLOには視覚的にも響かないものが多い・・・w

その点、JR博多シティ「アミュプラザ博多」 の事例 は久々に広告クリエイティブで良いと思った。

進撃の巨人意識な感じはするが、

・色気無さそうなウルトラの母が、えらい女っぽい。スタイル良い。(ギャップ)
・コミュニケーション対象者との相性も良さ気。
・博多行った事ないAZZLOからすると、新たにビルごと出来た雰囲気がするインパクト。
・"リニューアルした" ではなく "なんかデカイことやちゃいました" は伝わる。
・「シャレトンシュワッ。」 意味分からないが、聴いた事ある声による聴覚刺激。

本質は 「リニューアルしたから是非来て下さい」 なのだろうが、その点は前面に出さずに、遠回しに生活者に想像させる隙があり、良い広告だと思う。

8:消費者に向かって商品の優れた特徴を並べ立てるのは、世間知らずの男性がチアリーダーに向かって、自分の履歴書や学生時代の成績、将来の収入を並べ立て、結婚を前提に付き合ってほしいと言うようなものだ。

⇒現実のそぉいう異性へのアプローチは別に良いと思うがw (学生なら尚更) そぉいう広告は大概社内免罪符作り (開発者対策) であると思う。生活者不在だ。

9:判断脳で考えて 「満足している」 と答えてもらったところで、そんな意見はビジネスの参考にならない。それよりも、自社商品を習慣的に使ってもらうためにできることをもっと真剣に考えたほうがいい。いったん習慣になれば、無意識の恩恵にあずかって、考えるよりも先に選んでもらえるのだから。

⇒不満が見つけられない事を満足していると捉える場合が多いからな。そもそものアンケート項目からして 「その結果がどうであれ、そこから何を捉えるの?」 と思う事はある。

もちろん満足不満足項目はあっても良いが、スーパーに置かれるような日用品・消費材であれば 「一緒に買うものはなんですか?」 「通販で買うものは何ですか?」 等、その商品そのものではない項目もあって良いと思う。

アンケートの作り方は誘導尋問みたいなもんで凄くクリエイティブだと思う。

10:マーケティングの世界では、商品の機能よりも利用者のメリットを追求すべきだと言われているが、実際に構想段階からそれを徹底している企業は少ない。マーケターは通常、設計が完了したもの、または商品として完成したものを受けとり、その機能のなかから利用者にとってのメリットを見つけようとする。最初から習慣的に使ってもらうことを考慮して設計していれば、メリットは自然と見つかるのだが、それができるかどうかは企業の組織構造にかかっている。

⇒昔は 「客と一緒に商品作りたいんだけど!!!」 と言って上司を困らせていたがw 最近慣れて忘れていたな・・・w

「商品の特徴を教えて下さい」 と企業が代理店に聞いてきたり、その特徴の指摘が、競合プレでの勝敗要素だったりするのだが、もちろんコンサル的な意味では意見は出せるが、「それを言いたいんだったらプライオリティー付けてオリエンしてよ!!!」 ってな事は非常に多い。というかほとんどそうだと思うw

「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」

のヘンリー・フォードの名言は、代理店から企業に対しての視点でも言えると思う。

「もし広告主に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは 『もっと効率の良い媒体が欲しい』 と答えていただろう。」

・・・「いただろう」 ではなく 「遠回しにそう言ってる」 のが現実だと思う。

その上で代理店は、結局メディアプランニング段階の "接点作りの効率化" 部分だけがマーケティングになっているケースが多いなぁ。

11:消費者の手元にリアルタイムの情報を届けるサービスも登場し、マーケターを喜ばせている。ただ、この種のプロモーションが当の消費者に喜ばれているかどうかは定かではない。

⇒そぉいう "言いたい事言うだけジャイアンツール" のWEBの横綱はメルマガだろうか。キャンペーンで無理やり登録者を増やし 「開封率が悪い」 という事が課題になったりするが、当たり前過ぎてコメント出来ない事象も多い・・・。

TWITTERフォロアー数やFACEBOOKいいね!数やアクティブ率なんかも同様な事になってる。従業エビデンスの為に手を出したツールに逆に使われてるケースが多いと思う。

特にFACEBOOKページは、"0120のお客様相談センター" を新たに作るスタンスがないと上手くいかないと思う。タダで使える都合の良い媒体では決してない。

「ページファン数が数千人になった!!!」 というエビデンスが機能しているが、現実に数千人とコミュニケーション計っているならば凄い事だが、大概キャンペーン情報目当てでしかないケースが多い・・・。そういう使い方の場合は、少なくても10万人ぐらいはファン数が無いと、タダ媒体としても手間の割に価値が薄過ぎると思う。

12:ブランドもPR会社も広告会社も、オンラインコミュニティに影響力を与える存在であるかのように振る舞ってはいるが、ウソはすぐにばれる。インターネット、インスタントメッセージ、ショートメールなどを使い慣れている世代は、ネット上でも、面と向かっているのと同じように、空いての言動からすぐさまウソを見破る。ウソがばれれば、信じていた人たちは当然怒る。それだけではない。ウソをついた企業には 「無知で不誠実」 というレッテルが貼られる。

⇒「炎上が怖いからWEBで生活者とコミュニケーションしたくない。だけど競合他者が取り組んでいて話題になっている。だからやりたい。」

というオリエンが、いい加減もう無くなったと思っていたのだが、他の人の話を聞くと、意外にまだまだある話みたいだ。

本の指摘を前提とすると、「無知で不誠実」 である自覚があるからこそ炎上が怖くなるんだと思う。

13:習慣は、同じ条件や状況で同じ行為を繰り返すことから生まれる。その状況を想起させる何かを脳が察知すると、それが合図となって習慣行動を起こす。ブランドはその合図となりうるものの一つだ。

⇒マウスの実験とかでもよくある話だ。

「どこに進んでも電気ショックが起きる」 というマウスの実験の結果、"マウスはショックがあろうがなかろうが、その場から動かくなった" という実験をどっかで読んだのだが、広告代理店の集団痴呆化 は、マウスの電気ショック実験と同様な感じするな。

明確に

「なんかやる度にケチつける人がいるからね。オレはもうひっそりと定年を待つだけだよ」

と言う人も少なくない。

AZZLOも "新ビジネス考案" みたいな案件では、"盛り上がっても実行しない" というトレーニングをして頂いたので、もう参加しなくなってるしな・・・。

どうせ実行しない (金にしない) ならば、妄想だけでも楽しい方が良いので、エロい事ばっか考えたりするんだよな・・・w マーケティングロジック的にもエロ最強論は鉄板だしw

14:「どんな行動も、条件づけをすることで自発的に行うようになります」。(中略)

絶対に強要はしない。動物が自らその行動をとるまで待ち、最初の行動をとってから初めて訓練をはじめる。

動物は、最初に自分からとった行動ならば、見返りを与えることによって、めったにしないことでも自発的にするようになる。「私たちはそれを "シェーピング" と呼んでいます」 (中略)

消費者の行動も、絶えず誰かによってシェーピングされているが、残念ながらそのほとんどが強要だ。

⇒先日、組織内の初対面の人と新人の教育について話たのだが、その人は新人の事を

「まだ何も出来ないのに出来た気になって!!!給料貰えてるんだから、もっと働くべき!!!」

と熱く語っていた。正直AZZLOは明確な反論はしなかったが疑問だった。

何故ならば、"出来た気になる" のは当事者においては出来ているからだw 自分を合格とするかどうかは本人しか居ないので当然な気がした。

個々の合格ラインは違う。確かに "足りてないどころか全く手つけないで合格" としているケースも最近多発しているらしいのだがw 案件としてはダメだったとしても人としてのあり方は新人は自身を合格と思っているのだろう。

AZZLOは、そういった新人そのものに問題があるのではなく、元を辿れば親の影響なのだが、"配属されるまでに、組織の合格ラインを共有する" 事で心地よく矯正する必要があると思う。新人研修期間というのはどこの組織もあるだろう。

就業規則みたいな事ではなく、美意識・正義感の共有だ。当然これは配属先の先輩たちの背中でしか語れないのだが、もうちょっと言語化し配属前に事前に共有出来る部分もあるような気がする。

綺麗に言うとこういう事で、"志" を共有した上で配属する必要があると思う。その結果

こぉいう利他的な人格が集えれば組織として強いと思う。経営者にとっても都合が良いだろう。

利己的であっても結果利他的な作用もあるキューピーとは凄い企業かも。

それでもズレが大きい新人は、新人が良い悪いではなく、その組織と相性が悪いのだと思う。(新人に関しては)

その点、代理店よりもプロダクションの方が、"組織の美意識・正義感" の統一、統率が出来ている感じがするな。



そもそも働いた事もない新卒生を正社員で採用するロジックが全く理解出来ないし、採用でお困りの方も説明出来ない 訳だが、現実狙っている新卒採用とは、"少なくても猫背ではない" 人を採用し "背筋良くなって頂く" という事だと思う。

しかし最初から 「オレは背筋良い」 自覚がある人は、それ以上に背筋良くはなりにくい。これが 学歴偏向の弊害 だ。学歴がプライドや使命ではなく、免罪符としてしか機能していない。

中国では大卒者の4割ほどの400万人が "働いた事がない" 理由で職につけないのだそうだ。

AZZLOの考えの様に "背筋良い自覚は弊害" という理由ではないにせよ、今後背筋良くなるかどうかを考えた上での投資ではなく、"背筋伸ばしから説明する余力は無い" 状態だと思う。日本も、この方向に進む可能性はあるな。



やはり偉いおっさんたち、偉くない先輩たちが、「オレの年収1千万でオレだけは合格。他の人はむしろ相対評価における材料」 ロジックが根にあって利己的なのに 「給料が上がらない・・・」 と愚痴るから、新人は同じ導線を歩む訳がないと思う。

"良い結果を出しても、特に評価には影響がない。であれば楽な方がイイ♪ むしろチャレンジして失敗してdisられるぐらいならば、自ら行動する事はない"

という条件付け、逆シェーピングを実施している事になる。忠犬を求める上での副作用とも言えるが・・・。

ニートの 「働いたら負け」 ロジック はある意味真理なんだよなw

「負けだけど楽しい」 の要素を作る (捉え方を変える) のが先輩たちのやるべき事な気がする。

15:人には、見返りが得られる行為を率先して行う傾向がある。子を持つ親なら、ぐずったり騒いだりする子どもにお菓子やおもちゃを与えて静かにさせた経験があるだろう。だがこれは、「ぐずればお菓子がもらえる」 と教え込んだことになる。しつけ (強化) としては失敗だ。企業でも、他者に乗り換えた顧客を取り戻そうと、戻ってきた顧客限定の特典を用意したりするが、これでは顧客に、乗り換えたほうが得だと教えこむようなものである。

⇒AZZLOも "ココで組織をdisれば、偉いおっさんが飲みに誘ってくれるw" という続いていた傾向を疑ったなw "飲みたいから批判スタンスで書いているのか?" という疑問だ。

ま、偉いおっさんにココがバレる前から、そもそも2000年の2月から続けている行為なので、飲みたいかどうかは関係ないと判断しているw



広告や特にプロモーションにおいては、"FACEBOOKいいね!をすると抽選でプレゼント" ってのが多くある。そして抽選が終わると、多くの人がいいね!を解除するw

従業エビデンスが必要ならば、ヤフオクで格安 で買えば良いと思うw

16:床に電流が流れるかごにマウスを入れ、所定の角に行くように調教する実験がある。マウスが動くたびに電流が流れるが、その角だけは電流が流れないようになっている。いずれは電流が流れない場所にたどり着けるだろうが、それまでは、あちこち動きまわって電気ショックを受ける。そういう経験をさせたマウスはよくノイローゼになるという。そんなことをさせるくらいなら、電流などの障害が一切ないかごのなかにマウスを入れ、所定の角にたどり着いたらチョコレート (できればベルギー製のもの) をあげるほうがずっと簡単で早い。

⇒13番で書いたマウスの話はコレかな?

"チョコレートをもらえる所定の角" という定義が現実では曖昧だし、他の人がチョコレートもらえた角に自分も進んでも貰えない事が多発していると思う。

この動画の後半と同様の事が人間にも起きているw

17:世の販売員は、総じて強化のタイミングが早い。大口の契約がとれそうな顧客を見つけると、その顧客を特別なイベントに招待したり、高給レストランやゴルフに接待したりする。だが、それでは顧客の気持ちは契約に傾かない。契約を決めてしまえば優遇や接待が受けられなくなるからだ。契約を決める前に特別扱いを受けたために、契約が罰に転じてしまったのだ。

⇒「今ならVIPルームへ通常価格でご案内出来ます!」 とキャバクラ客引きのお兄さんが声がけしてくるがw 行った事もないキャバクラに最初から割安で好待遇されるって意味不明だよな・・・。ま、単純に混んでいてVIPルームが空いてる時の営業トークなだけなんだけどw

マニアックラブの第三形態(最終期)では、"バーのスタッフ通り口に挟まって話しているのは常連" という見え方があったと思う。

97年頃?(PARISからの一時帰国中)にマニアックに連れていった友人が、99年の帰国時には、堂々とあの隙間で酒を飲んでいたなw

とあるルックスクオリティーが高い女子は 「あの男と付き合い始めたら、食事はジョナサンになった・・・しかも割り勘・・・。」 と嘆いていた・・・w こぉいうケースは強化ではなく弱化?であり、やはり速攻で別れたんだよなぁ。

"最初に頂上にご案内して後は下り階段" ではなく継続するステージの提示が必要なんだと思う。上手いキャバ嬢はそぉいう事やってる。そして "テスト (記憶確認) の点数が良ければ合格で達成される" ではない承認方法が必要だ。

その点、YAHOO!の "年1回ブラパネ出稿すると割安で出稿出来る" 方が、提供者側からしてもマトモなインセンティブだと思う。

ブラパネは "初回から安い訳ではない" 事がポイントだと思う。

※AZZLOは 「ヤバイ!今ブラパネ出さないと来年は定価に戻っちゃう」 という理由で決まりかけてたAZZLOの企画がブラパネに予算持ってかれて消滅した事がある・・・w

18:会社経営者、親、マーケターといった立場の人々は、相手のどんな意識に影響するのかを考えずに行動する。大きな誤りだ。親は子どもに対し、正しい道徳観や論理観を持った人間に育ってほしいと期待する。誠実で思いやりがあり、真面目に一生懸命働く人間になってほしいと願う。だが、部屋を片付けていなかったり、皿を洗っていなかったりすると大声で怒鳴る。親は、悪い行い (ウソをつく、ものを盗む、いじめるなど) とトレーニングが不十分で身に付いていないこと (部屋を片付けない、テスト勉強をしないなど) を明確に区別できていない。脱いだ服を片付けることは論理の問題ではないのに、片付けをしないのは非行のもとだと言って叱る。それでも道徳的には問題ないのかもしれないが、正しく教えないと習慣は身につかない。

たまに偉いおっさんから 「あいつは○△□で・・・まったく困ったもんだよ」(『それに比べればAZZLOはマシだよw』 的フォロー?) という愚痴を聞く事がある。AZZLOは 「○△□がやれちゃう偉いおっさん達の前例があるからでしょう?まず偉いおっさんから身を正すべきです」 と言っている。

この "仲間として恥ずかしくない言動" を常に問いたださざるをえない、規則ではなく規律が必要 だと思う。

だな。更に

コレだな。

大概新人が怒られた後の結果は 「そんなルール知らなかったし!!!むしろ言われた事を遂行したまでだ!!!」 である。

19:ロイヤルでない顧客は、顧客として守るべきルールを破っているのではない。ただ単に、ロイヤルな顧客になるための適切なトレーニングを受けていないだけなのだ。

⇒子は親に忠実。部下は上司の言いなり。生活者は企業を賞賛する。

何故か上記が前提になっているよな。そらそぉいう場合もあるが、当然その理由があって、ポジティブなトレーニングが成立しているからだ。

日本批判をする韓国や中国の一部の人達の状態の様に (良い悪いは別で)

"実行すると気持ち良い規律"

を無意識に組込んで欲しいと思う。

な訳で、お互いの利害を一致させて欲しいと思うな。そら立場が違えば歪があったりするので、上手く摩り替えるのは上位者のテクニックだと思う。

血縁の親子を見ていて感じるのは、親が子を叱っている場合の多くは "親の失敗を八つ当たりしている" ケースが多いと思う。その後、子はどうなるか?ま、幼少だから短期的事象として一時的だが、不貞寝しているだろう。

その延長で上司と部下的関係でも上司の八つ当たりは少なく無い様に思う。

企業においては、「そもそもその商品自分だったら買うのか?」 という事を問いただす必要があると思う。

その点、"タレントが出てきて商品をベタ褒めするCMを流せば流通で棚が抑えられる" ロジックは、生活者不在前提で真っ当だな。

しかし、そのままで "SNSで話題にもしたい" という紐付けは成り立たないハズ。上手くいっても "タレントの話題" でしかないソーシャルキャンペーンになる。

20:調教は、顧客を操ることではない。「クッキー」 や 「第二のクッキー」 を利用して、こちらが望む行動を自発的に起こさせることである。つまり、行動の主導権はあくまでも顧客の側にあるのだ。

⇒ "どうせやらされてる" ではなく "この言動はオレの正義!" に摩り替える必要があるという事だと思う。

鞭で人を動かすのは一時的だし、そもそも偉いおっさんが鞭を振るう時間や肉体労働をするのがもったいないと思うw

偉いおっさんが何もしなくても、勝手に思惑通りになる自発的環境が望ましいと思う。

強要するにしても、"自ら選んだ" と勘違いさせるのがテクニックだ。


企業の思惑は、"無意識に選ばれる・評価される習慣を作りたい" と言えるな。

しかし、そういった事は、韓国・中国の日本批判に見られるように、長期的な仕込みが必要だなぁ。不条理な事を強制する偉いおっさんには 「学校から作ってちゃんと仕込めば?」 と思うしなw

短期的なキャンペーンで旬なタレントやネタを寄せ集めても一時的な関係なので、都度代理店にオリエンをして金が回るという生態系なだけな感じするw

国が違えば習慣も常識も違う。日本国内だって歴史を辿れば昔は今と違っていた訳だし今ある習慣ってホント一時的な事だと思う。

※地理的な違いによる違いは、言語の成り立ちが土地からの影響があるハズだと思うので、一定の傾向はあるんだろうとは思う。

今は無くなったが

ポータブルプレイヤー=ウォークマン

と、呼称が正式名称のようになり、疑いもされない状態が習慣の到達 とも言えるな。

こう考えると、企業のマーケティングって "○△□をして●▲■な結果が出た。だから給料上げろ!(だから給料上げない!)" というエビデンス作りの習慣なだけな感じしてくるなw

"一発芸で取り急ぎ反応があったか否か?"

なだけで、いわゆる司会者になるような大御所芸人は、そもそも目指してすらいない感じする。

常に新ネタを考えないと生き残れない芸人は疲弊するよなぁ・・・。

広告代理店は、新ネタも諦めて、リアクション芸人な感じだな。

熱湯風呂に入る出川哲朗と同じだ。ギャラがボチボチなら良いが、コンビニ店員とギャラが変わらないのであれば、転職が出来ないか、よほどサービス心が強いか、何か強烈な正義感がない限りは、コンビニ店員を選択する人も少なくないだろう・・・w

1990年代の初頭、ハーバード大学のビジネススクール卒業生で広告業界に就職を希望する人は一人もいなかったという話がある。すでにアメリカでは、20年ほど前に広告業界に対する不評の並が起きていたということが窺われる。

な訳だし。

創造し終わったらもう文化じゃなくて、"習慣" に言い換えるべき。よって単純に古い習慣を大事にするだけの行動は文化とは言いたくない。仕事でやりたい事は習慣を作る事です。

を書いた上で、教育に感心が高まっていったのも、当然の流れという事を確認出来たな。

本来この読書は "故に習慣到達のプランニングの必然性を強く感じた!!!" となりたいのだが、組織のダメさ具合が習慣的な事が明確になったし、広告代理店の業務においては、ほぼ習慣とか考える必要がない事は分かった・・・w (勝手に習慣昇華を狙った企画はやるけどね)


2014年03月17日

-読書感想- なんでコンテンツにカネを払うのさ? / 岡田斗司夫 福井健策

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なんでコンテンツにカネを払うのさ? / 岡田斗司夫 福井健策

2011/12/1発売。2012年3月頃の読書。

個人的趣向としては、権利を持ってロイヤリティービジネスするよりも、フリーにして自由に使ってもらった上で、体験と紐付く認知を得るという考えの方が好き。いわゆるくまもん方式である。

しかし、古風なマネタイズが前提なのに、投資もしない、エログロNG、「その上でこのキャラを有名にしてくれ!」 という意味不明なオーダーが続いていたので、この本を手にとった気がする。


1:あらゆる作家やクリエイターは、絶対に模倣やパロディから出発する。そこがクリエイティブの土壌であり、厳選なのだ。禁止すれば必ず枯渇する。既得権を守るために、土壌そのものが痩せてしまったら意味がないじゃないか。

作家の 「食いぶち確保」 より、作家の卵や、作家未満ファン以上の人たちの「活動確保」の方が大切だと確信している。(岡田)

⇒このバランスは特に出版系の方々は非常に苦労されている。

ま、何か発信をする事は、ネット接続が可能であれば、無料であらゆるアウトプットが可能なので、作品そのもの (パッケージ) でマネタイズをするという事がそもそも成り立たなくなってる。音楽CDもそうだし。

食いぶち確保が活動確保になるとも言えるが、そもそも金が欲しいから活動するのではなく、何か表現したいから活動する訳なので、やはり後者の方が大事だと思う。

今、自分の作品だけで食えている人に、「もうお金は発生しないよ!」 と言ったら、創作を辞めるわけではないハズ。

2:権利者はしばしば権利を守ること自体が目的になってしまう。「権利が守られてさえいれば、そこから収入が得られなくてもかまわない」 という本末転倒な話にもなりかねません。(福井)

⇒これ、露骨にキャラビジネスを相談してくる部署そのものだなw

3:合法の範囲で、「遊び」を仕掛けられれば面白い。(岡田)

面白いですよ。その遊びにわずかのグレーさが混じっていたとしても、やってみるという発想がないと、何も変わらないでしょう。(福井)

⇒グレーが全てではないけども、白しか実行出来なくなっている従業員に期待は出来る訳がないな。

4:クリエイターがコンテンツの代価としてのお金を求めなくなるシナリオはあり得るとは、私も思います。(福井)

⇒事実、ニコ動のモチベーションは金ではない。金を得ても満たされない自尊心を、違う形で得ようという発想だと思う。

極論だがプロが作ったコンテンツは必要無くなり馴れ合いだけになってしまう。"ブロガーバズプロモーション" が売り物になるという事実が典型的。ブロガーが今の時代のプロを否定していれば先に繋がるのでまだ良いんだが、そぉいう訳でもなさそう。"無意識だが実は否定していた" であればまだ健全だが、気付いたらクリエイティブには金が回らなくなり全てが風俗になってしまいそうだ・・・。既に部分部分侵食はしている。

あえて "全てがドキュメンタリーコンテンツ" と言い換えると途端に楽しくなってくる感じもするw まぁ人間は向上心(欲)があるので、風俗になってもそこから枝分かれのパイオニアは生まれるんだろうな。そうやって変化してきたんだと思うし。(今後は金が回るかは微妙だが・・・)

コレが確実になってきてる感じするな。

5:僕は 「プロのクリエイターになって、コンテンツで稼ごうと考えるから辛いんだ」 と堂々主張しているんです(笑)。別の仕事で収入を得ながら、楽しんでコンテンツを作って発表すればいい。プロとアマの違いは、生活のために創作するか、楽しみのために創作するかにあります。(岡田)

⇒縛られず、好きな時に創作した方が自由だよな。

某音楽アーティストさんにテーマ曲を作って頂いた事があるのだが、その時は "たまたまアーティストさんの素に合うオーダーをした"(アーティストさんらしさを強調した) ので良かったっぽいが、そうでないケースもあるハズだからなぁ・・・。

6:マンガを描ける、楽器を演奏できる、小説をかける、その程度の能力で、飯を食っていこうというのかと。僕たちの社会が持つ余剰は、そういう能力のある人間をどの程度食わせていくことができるのだろうか?~中略~ 創作だけで食っていこうという態度が真面目じゃありません。

⇒まぁ本人の意思だけじゃない要素も課題だし、"何でも目指せる社会" "でもそうでもない側面もある" という矛盾に陥れている価値観が根っこではあるかな。

選べるからこそ苦しんでるからな。

7:彼女たちはベストアルバムを買って、そのビジュアル系バンドを支えるしかないんです。なぜかというと、それがファンというものだから。つまり、彼女たちが本当にお金を出したいのは、そのバンドが作るコンテンツに対してじゃない。自分たちが好きなバンドを支えているという喜びに対してお金を払っているんです。

⇒帰属意識の担保による自尊心の充足サービスだな。なんでもそぉいうもんな気がする。

8:「あ~、君500円でデジタル版買った人なの?(プッ)僕は5000円の限定版を買ったけどね」。そういうファン意識というか、好きな作品に5000円を払った自分が好きというか。(福井)

⇒CDやゲームタイトルなんかは、既にそんな感じになってるな。

9:結局、コンテンツ産業はタイムラグの中で商売していただけなんじゃないでしょうか。コピーがタダでできる、抵抗感なくできる、そういう技術が登場するまでのタイムラグにはビジネスチャンスがありますが、もう技術が追いついてしまいました。だから、もうそういうタイムラグを前提にした商売は、手じまいにしないといけない。そうでないと、大勢の人間を乗せたまま、タイタニック号みたいに沈没することになるでしょう。(岡田)

⇒確かにDVD・CD・本というのはデジタルでコピーが容易な媒体だったが、そうではないコンテンツも色々あるとは思う。

ソシャゲのプログラムはコピー出来るが、"他ユーザーとの相対的価値" は、仮に不正でアイテムを得て強くなったとして、不正なので達成感は一時的だし薄いだろう。

ソシャゲが人気なのは、ゲーム性もあるが、「こんだけ金払ったんだから・・・」 というコピー出来ない要素によって、自尊心のケアサービスとなっているとも言えるな。

生活者からしても、全てが無料というか、努力が認められないのは面白くないんだろう。

10:コンテンツホルダーやクリエイターを圧迫しているのは、海賊版とか違法コピーじゃなくて、無料の作り手がこんなにいるという事実そのものなんですよ。

⇒ニコ動において、既存のレーベル発信音楽動画を削除しまくった結果、素人の動画しかないから渋々見るようになり、結果プロのコンテンツが必要なくなったという傾向があるんだよな。

ニコ動にある作品の多くはビジネス上のマーケティングは無く、個人のドキュメンタリーコンテンツなだけなのだが、音楽レーベルのアーティストマネジメントが太刀打ち出来なかったりしている。

あと "発信者を支える受信者" という構図が "ネット上のクリエイター" の方が金が絡んでないだけに構築しやすい要素はあるな。

有名レーベルからのリリースだと 「あぁ凄い人なんだ。じゃぁ私が支えなくても大丈夫だね♪」 となりがちだ。

11:僕らが救うべきは、食うや食わずで創作を行っている貧乏なプロクリエイターではなく、無料で作品を作っているプチクリエイターなんですよ。こうした無料のクリエイターこそが、文化の多様性を生み出す最大多数です。だから、制度設計は彼らのことを最優先に考えるべきであり、マネタイズする人の最大利益を考えるのは間違っています。(岡田)

⇒ノブリスオブリージェに言及している事実から納得出来る意見だなぁ。

12:作品からの収益を次の創作の源資にしようとする現在のあり方と、作品はフリー化して、その他の手段で創作者を支えるあり方と、2つのモデルのどんなバランスで創造が一番豊かになるか。その、これからの実証にかかっている気がする。

⇒その点は既にニコ動コミュニティーが実証済みっぽいよな。

13:お金に変換すると、消費税を払わなくちゃいけないし、収益を上げたら所得税を払わないといけない。でもポイントだったら税とは無関係。こうした「貨幣忌避通貨」が近い将来、主流になると思います。すでに僕たちの日常にサブマネーは入っていて、リアル通貨よりも勝手がいいところにいろんな人が気づいている。(岡田)

⇒金よりコメント数、いいね!数の価値が上がっている今、今後を表してる感じだな。

通貨で言えば、2014年の消費税増税のタイミングで、各社のデビッドカード参入が流行だしな。

14:お金はコンテンツから得るのではなく、畑で野菜を作って売ったり、喫茶店でウェイトレスをするなりして手に入れるのがいいと。そういう労働による収入以外を当てにしないのは、奴隷制度からの解放なんですよ。(岡田)

⇒やりたい事と生活費の担保の関係性の話だ。

AZZLOは好きな事と日銭稼ぎを一致させてない。"2頭追う者は・・・" 的なジレンマはあるにはあるがw 元々広告は嫌いなので、日銭稼ぎの方は追ってすらいないかもしれないw 結構時間費やしてるけども・・・w

好きな事の、音楽、写真では金を得ようとは思ってない。特に写真は趣味に留めておきたいと強く思うな。

15:厳しいのは名声と収入がイコールになっているからです。名声があれば、直接のマネタイズができなくても食べていくことはできますよ。(岡田)

⇒名声が無いから、今後得る事も出来そうにないから、個人のマネタイズに夢中になったりする人は少なくないんだろうなぁ。

16:ユーストリームで何とかマネタイズしようとすると、奴隷制度の中に組み込まれて、そこでの身分の高さに一喜一憂することになってしまいます。(岡田)

"馴れ合いの上流" というカテゴリーもあるので、全員がそこを目指してしまいがちなのが、やはり気になる・・・。その上流に行った本人に金が入ればまだいいんだけど、ミクシィとサイバーエージェントにしか金が回らないのは危険だと思う。

とほぼ同じ事だと思う。

17:僕たちの社会は複雑化しすぎていて、小規模なコミュニティだけでは対応しきれないでしょう。まずリアルの家族、小規模なコミュニティ、そしてデジタルの親戚関係。デジタルの親戚関係は、実際の血縁ではないんだけど、お互いに家族のように思える関係を指します。最低この3層くらいないと、現代人は心の平穏を保てないのではないでしょうか (岡田)

⇒昔は地理的な近さの中でなんとかしなければならなかったが、今であれば "思想の確認" 程度であれば、地理的課題は関係ない。よって

こうなりつつある。

しかし、ネットコミュニケーション、いわゆるソーシャルメディアとかでのコミュニケーションは、盛り上がれば盛り上がるほど、絶ぇぇっっっっっっっっ対に、「じゃぁ飲もうか?」 になる。

FACE TO FACEのコミュニケーションの方が圧倒的な解像度であり情報量であるからだと思う。にも関わらず、ネットでのコミュニケーションよりも、"会った方が早い" 的な事実は、まだネット活用する上でのインターフェースが人に合っていないからだろうと思う。

"ネットコミュニケーションなんかよりも居酒屋が最強!"

と現時点では思うが、モニターを通した2次元のネットコミュニケーションが、FACE TO FACEの3次元の居酒屋に近づけるか?は1つ今後の課題としてあるだろうな。

その回答が現状はGOOGLE GLASS的なものなんだろうけど、もっとスマートな手段に昇華されるハズだとは思う。


不条理なキャラクタービジネスを相談してくる人達への返しとしては、良いヒントは特になかったがw "無報酬で人が能動的に動くしくみ" の勉強にはなったなw

7番に書いた

"帰属意識の担保による自尊心の充足サービス"

こういった事が必要で、達成されるとブランドとかいう無形資産みたいな事に達するんだろうな。


2014年03月15日

-読書感想- 2015年の広告会社―80%の広告マンが市場から消える / 植田 正也

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2015年の広告会社―80%の広告マンが市場から消える / 植田 正也

2011/11発売。2012年2月頃の読書。

当時は 「さすがに3年後に80%無くなるは大袈裟だろう。しかし楽観的に捕らえても、2020年に70%程度にはなってそうだが・・・」 という気分だった。

・媒体問屋であるならば、既にコモディティー化されたビジネスモデルで、ネット系代理店なんかは媒体マージン1%で売ってたりする。

・いわゆるマス媒体も成長する要素は今のところはない。

・そもそも中の人も無駄なビジネスだと思ってる。

という点から、いずれにしてもそのままでの成長はないだろう。(ちょっと変われば凄く必要とされ儲かる要素はある)

AZZLOの見解だけでなく、他の人のネガティブ妄想も知っておこうと思いw この本を手にとった。


1:世の中には、成功する人と成功しない人と二種類の人間が明らかに存在する。その違いと差は、どこから生まれるか。それはつまる所、ただ一点、ただ一つの事象に尽きる。ものごとの裏にひそむ真実に気づくか、否かである。

⇒成功がなんなのか?が人それぞれだが、いずれにしても従業員 (国民) には気づかれると面倒臭いので "テストそのものを発見する気付き・必然性を失わせる" 教育があると言える。

2:真実に気づき、それを実行する人が成功する。会社も同じ原理だ。真実に気づいた広告会社は成功するのだ。気づかない人、気づかない広告会社は、成功を手に入れることができない。

⇒組織のトップが気づいている人で、トップ未満の人は気づかないトップへの従順な従業員であれば、ポジティブなワンマン経営として良いと思う。しかしトップも気づかない人である場合は問題。

3:「金に色はない」 などという考えは誤りだ。金には色があり、良い金と悪い金がある。広告は、良い金にかかわる正義でなくてはならない。

従って、消費者を裏切るような反社会的な商品やサービスを商売の道具にする企業は、世の中に存在する理由は、何一つない。

⇒裏切らないようにする事で "何も起きない記憶にも残らない広告" も多いので、バランスが難しいなw

そして、様々な正義は広告に限らないと思う。

4:広告は、ものをダイレクトに売りつけることが、いまや使命ではなくなっている。企業はこのことを間違ってはいけない。

⇒元々ダイレクトでもなかった気がするw 根本 "お知らせ" なだけで、買うかどうか以前に売ろうとしているかさえ微妙な広告も多いと思うw

5:志を持たない広告会社は、時代に翻弄されるだけだ。志を持たない精神的その日暮らしの広告会社に、明日を生き抜く力などは存在し得ない。

⇒広告会社に限らず、個人としてもそうだと思う。

会社に人格のようなものを感じたりするものだが、それは個人、特にトップの人格が反映されるものだと思う。

何をもってして "生きる" が人それぞれだと思うが、金を手にして良い病院でケアをして長生きしても、友達が居ない生き方もある。

6:(2008年クリエイターズ・オブ・ザイヤー賞について)

賞受賞者は4名。全員が電博ADKの3社からの選出である。兎に角、この3社は、ご存知の通り、いずれも工業社会型モデルにおいて頂点を極めた広告会社である。(中略)

この賞を選んだ審査員に問題がある。全員が、日本広告業協会から選ばれたベテラン審査員だ。これこそが問題である。(中略)

20世紀型広告モデル、工業社会型広告モデルの広告評価で選ばれているのである。(中略)

しかし、時代は変わり、消費者は変わり、広告の役割、機能も激しく変わっている。

いまや21世紀型広告モデル、知識社会型広告モデルの広告評価で選ぶ時代になっているのではないだろうか。もっとも、2011年になっても相変わらずこの賞は、20世紀型の賞評価基準で実行されているようだ。

AZZLOは広告賞が嫌いだ。 受賞作品を見ても何も心が躍らない。嫉妬すら無いw

人だからしょうがない部分もあるが、審査員の偉い人たちが 「オレの過去を肯定してくれてる」 と感じる作品ばかりな印象。要は古臭い。

そもそもコンテストみたいな事って、無駄に業界を権威ある雰囲気にして、エントリー料を取って金儲けして、自分らの立場を守るものにしかなっていない気がする。

偉いおっさんが 「ミーは偉いのでユーを受賞させてあげたのだ」 という自尊心のケアのためだけにある感じなのだ。

本当にその業界が好きで健全に拡大したいのならば、審査員がまず自分らで探して、勝手に表彰するべきだと思う。

7:現在の広告会社のトップは、多くの人がAdvertisingで成功をしてきた人たちである。だから、成功体験を捨てることは難しい。もともと、人間はそれほど器用ではない。しかし、この課題をクリアしないと、広告と広告ビジネスの明日はない。トップの断行力だけは、ハッキリしている。そして、環境に適応したもののみが生き残る。広告会社はこの崖っぷちに立たされているのだ。

⇒そら過去を捨てるのは難しい所か無理な話。高学歴を身に付けたトップ自らが気づき、現代に適応するのは更に難しいだろう。

日本全体がそぉいう傾向だから、足並み揃えて停滞し、"てめぇが退職するまでは存続する会社" がフラグになるんだろうな。

そんな状態では、"足並み揃え" という概念が無いベンチャーや海外から全てを奪われるだろう。

8:はっきり言って、4マスメディアの媒体料金は、いまや高過ぎる。効かないとは言わないが、費用対効果を考えたら広告主は使わない。

⇒既に4マスは 「値段が高い事やったから大丈夫だろう」 という社内免罪符として機能してるしな。「新聞出稿なら偉いおっさんが価値を判断出来る」 と明確に企業広報が言ってたりするし。

社内と流通対策として機能しているだけで、生活者不在な案件が大半だと思う。

ただしリーチだけで考えれば地上波CMはWEBと比較して割安と言えるケースも多い。

そして、マスメディアが価値を失ってきたというのは、環境変化による相対的な話で、絶対的には変わらないと思う。

すなわち、"知ってもらいさえすれば売れる" ロジックは、元々幻想だったと言えると思う。

9:広告業界に再び活況状況が来るのは、かつての活況状況とはまったく違った構造の上にしかやって来ないということだ。広告ビジネスの構造改革と経営モデルの転換をした広告会社の上のみにしか、広告の黄金時代は今後やって来ない。(もっとも、その時はもう、広告とは言わない世界であるのだが)

⇒これはあちこちで言われてる話だし、実際自分も中に居て強烈に思う事だ。そもそも "リタゲ" とか扱いはじめている時点で既に広告じゃないしw

10:グーグルのナンバー2であるニケッシュ・アローラも 「過去の周期的な落ち込みの経験から見て、回復基調に転じるには5~8年かかる」 と言っている。この言に従えば、2017年から2018年くらいまで、広告の活況は望めないと言っていることになる。しかも脱広告、卒広告が条件の上でだ。

⇒AZZLOの "2020年で色々と終わる妄想" は2017年辺りから明確になり、アタフタするも現状維持を大事にすると2020年には終わるという事が言えるな。

11:大手広告会社を始め多くの広告会社によく見られるような、引くに引かず、派閥闘争、いや、主導権抗争に時間を費やしているなど、以っての外の愚挙だ。いま日本の広告会社の社長は40代が最適だ。夏の時期を迎えている。40代が、力を発揮する時だと思う。理屈ではない。天の道理である。

⇒ま、何歳でも別に良いと思う。確かに60歳も過ぎると当然新しい事への対応や展望すら難しくなるのは誰しも同じ。しかし、その懸念要素を自覚していれば、60代~でも構わないとは思う。

12:広告を取り巻く環境が劇的に変わってしまったことによる構造的不況が原因だ、ということを頭にたたき込んで欲しい。この環境変化に広告界が対応したイノベーションを以ってしない限り、広告界の明日は100%あり得ないと断言する。

⇒そもそもBSやらCSやら、巨大マスであるテレビのチャンネルを増やした事で、マスが薄くなったのは間違いなくあるよなw マスメディアを薄まらせたのは自らだったと思う。

多分アメリカから 「チャンネル増やして課金しなよ!適度な価格で番組売ってあげるからそれでマネタイズ出来るでしょ?」 言われたんだろうなぁw

13:いま広告は、モノを即売り上げるのには、あまり機能しない手段になっている。広告主はこの前提条件を勘違いしているのだ。広告会社もそれは同罪である。

いま広告の直接の役割は、ブランドを育成、強化することにあるのだ。

⇒ブランド育成って非常に抽象的な事で、達成手段のパターンも無い。しいて言うなら "広告を出し続けて常に接点を持てばブランド育成" という、広告代理店と企業の免罪符に使われているケースぐらいかなw

それも一つの姿勢だが、例えるなら "毎日遅刻せず出社していているけど目が死んでいる先輩" に誰が憧れるだろうか?w

いわゆるストーリーという背景というか、最低限そぉいうのないと帰属意識は作れない。

14:21世紀の知識創造産業を担うとい心構え、理念が〇%

⇒知識労働という感覚すら無く、工業時代の肉体労働の感覚が根強く残っている場合が多いと思う。

"右からお刺身が流れてくるのでタンポポを乗せて下さい"

というルール化出来る労働の名残りによる歪が多いんだよな。

"媒体問屋" はほぼ、タンポポ乗せに近い労働だ。それだけで食えるなら工業労働的で別に良いと思うが。

15:1990年代の初頭、ハーバード大学のビジネススクール卒業生で広告業界に就職を希望する人は一人もいなかったという話がある。すでにアメリカでは、20年ほど前に広告業界に対する不評の並が起きていたということが窺われる。

⇒・・・w

そぉいえば就活生が広告代理店のビルに居るのを見かけると 「ウチには・・・入らない方がいいよ・・・」 と囁く広告代理店の人が居るなw

中の人がオススメしない組織とは、なんとも寂しい話だ・・・。

16:よく、経済環境が悪くて広告主が広告費を絞り、使わなくなったと広告会社は言うけれど、これは大きな間違いで、単なる言い訳に過ぎない。実は広告会社には、広告主が求める商品、サービスが現在しないから、広告主は広告に金を使おうとしないのである。広告主は、とっくのむかしに、このからくりに気づいて、広告会社を信用しなくなっていると見ていい。

⇒「電通を外したいからウチに声がかかった」 みたいな事ってあるな。しかし、広告主が欲しい商品が無い訳ではないと思う。結局新聞15段が一番価値のある媒体という認識の広告主は少なくない。

やはり広告代理店も広告主も、生活者不在で、自尊心のケアをしているだけなケースは多いと思う。

17:実は広告主が、意外に多くの間違いを犯している。この間違いが、さらに広告界を混沌と混乱に陥れている。金の流れは、力の流れで、広告主と泣く子には勝てない。気に入らないが、これは昔も今も変わらない仕組と構造だ。

だから広告主にものを言うことは、なかなか難しいものだ。広告会社は、面と向かって広告主にもの申すことは一種のタブーとされている。しかし、そんな時代は終わった。広告主と広告会社は、パートナーの時代に入った。

広告会社が広告主を神様視する結果、広告主は、自分達の間違いに気づかないものである。裸の王様になっていることが多い。

⇒www

AZZLOは得意先のオリエンに対して

「それでは金を無駄に使うだけで、代理店の営業が 『売上作った』 というエビデンスを得られるだけです。ウチはまぁそれでも良いんですが、貴方の出世する機会になりません。ですから○△□なこの企画で生活者と御社がお友達になって頂き、貴方を出世させて頂きます」

みたいな事を場合によっては言うw 得意先に直接言える関係ではない場合は、「営業の貴方がコレでは出世しない」 とか言うな。

面白い事にAZZLOが言う事のほとんどは 「そうなんだよね・・・。それが真実なんだけどさ・・・。」 という返しだ。

18:CyberAgent Mission Statement

インターネットという成長産業から軸足はぶらさない。ただし連動する分野にはどんどん参入していく。スケールメリットは徹底排除。「チーム・サイバーエージェント」 の意識を忘れない。本音の対話なくして最高のチームなし。採用には全力をつくす。有能な社員が長期にわたって働き続けられる環境を実現。若手の台頭を喜ぶ組織で、年功序列は禁止。法令遵守を徹底したモラル高い会社に。ライブドア事件を忘れるな。ネガティブに考え、ポジティブに生む。自分の頭で考え、オリジナルを創り出す。世界に共通するインターネットサービスを開発し、グローバル企業になる。

⇒サイバーってやたら人の入れ替わりが激しいイメージがあるが・・・w

少なくてもチームを目指す為の手段を列記しているのは良いと思う。

19:かつて電通の吉田秀雄は、電通鬼十則の中で 「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない」 と言っている。仕事は、天から降って来ないのだ。

⇒従業員の従業する規律は、本来コレだけで良いかもしれない。

しかし多くの場合は "要らん作業を明確化して処理に追われる事を仕事とする" 事が多いな。

某若手は 「ホントは工場労働な仕事がしたかったんです・・・」 と言い、自ら "タバコの火が消えているかどうかをチェックする仕事" を作り、タバコ部屋に来て指差し確認をしている。

真面目だとは思うが、組織が金を払う必要はないと思うw

20:哲学を持ってM&Aは実行すべきだ。そして、経営のプロが介在しないと成功しない。M&Aを仕掛けた方も、された方も共倒れになる危険性が高い。

ミクプランニング、創芸、国連社、セブンシーズ、明通、スタ通、協同広告、創広、有楽通信、読売広告社、アイベックス&リムズ、大広などの例を見るまでもない。特に、どちらかの破綻を救うためのM&Aは奨めない。また、単なる規模拡大のためのM&Aも避けるべきだ。

⇒Ohh・・・w 名指しで言われとるw

21:ブランドは、マーケティングの一環として、人々の心の中に作り上げられる 「消費者、生活者の思い出の物語、宝物の入った小箱」 みたいなもので、この思い出を消費者や生活者の心の中に作るのがブランディングである。

⇒ま、帰属意識のケアだろうな。

22:21世紀の広告会社の大仕事は、この企業、つまりクライアントの抱えたブランディングに関する問題を解決することになる。これは、これまでのタイムやスペースを媒体社から仕入れて、広告主に売り、その口銭を取るという生業とは、大きく違うミッションである。

従って、広告主のブランディング戦略支援を展開できない広告会社は、21世紀に存在理由がないことにもなる。しかし、この自覚に欠け、右往左往しているだけの広告会社が実に多いのが、いまの日本の現状である。

⇒媒体メニュー資料を "企画書" としてご紹介する事を "提案" と言ったりするしなw この掛け違いは非常に多発していると思う。

いわゆるメディア提案だけでなく、"キャラクター版権利用提案"(キャラクタータイアップ) みたいなのも "どう利用するか?" が無く、単純なメニュー提案なケースも多いと思う。

"有りモノ横流し" は企画ではないと思う。

23:想い返せば20世紀の広告活動は、広告主の問題を解決するという観点に一度も立っていなかったのではないか。結局、Client Insightには想いが行かず、Agency Insight一点張りであった気がする。もちろん、それはMedia Insightでもあった。ましてや、Consumer Insightなどなかったのだ。

⇒AZZLOの言う "生活者不在" はコレだな。

24:営業がフィーに対して無知なために、作業の初動の段階で広告主ときちっと課金の方法について話がなされないまま、仕事が開始されてしまう傾向が、諸悪の根源であるようだ。

⇒媒体問屋のままで、"WEB上で話題になる施策" を提案し、媒体を買う必然性が薄いのでマネタイズが出来ないという矛盾が発生したりするなw

制作案件においては "100万の案件を90万で仕入れて10万の利益。それに3ヶ月費やしてもOK。何故なら売上が上がったから" という感覚の営業が多い。個人のサイフではそういった事は無いのに、何故か仕事だと疑問も感じない事に対してAZZLOは全く理解出来ない。

金を必要とするのは、スタッフであるAZZLOよりも、営業であるハズなんだが・・・。

WEB中心のスタッフで良く言うのは

「こんなんじゃ客先に行く電車賃にすらならないwww」

である。

広告主も、"製作案件も媒体と同様の10%管理費で請求されるのは、媒体が少なくても数千万あるからだ" という事は知っておいて欲しい。

媒体がなく、製作のみで製作費10%は完全に代理店は赤字なのだ。

25:ストラテジックアカウントプランナー(現在の営業、AEの進化系)

コミュニケーションディレクター(現在のCD、ADを進化させた人)

この二人を21世紀型の広告会社は今後、不可欠とする。逆に言えば、この二人を持たない広告会社は相変わらず広告主の信頼を得られないまま、奴隷のような20世紀型広告会社で留まるか、消えてなくなるかの、どちらかである。

⇒奴隷言われとる・・・w

AZZLOは3人によるチームが好きで、この2人に代理店のメディアプランナー、もしくはプロダクションの技術にも精通しているプランナーが居るのが良いと思っている。

営業が、「客はこう言っている」 という得意先の言葉そのままのフィードバック (伝書鳩) で留まらず、「故に客が必要(決定出来る)なのは○△□の雰囲気のものは可能性ある?」 と昇華して欲しいと思うな。

ただし、よくあるパターンは
「客は和食が好きだ。だから刺し身定食を出そう!」 となり提案をすると 「いつも和食なんで洋食の提案があったので洋食にしました♪」 ってな事が発生するw

この推測も含めてストラテジックして欲しいと思う。

「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」

というヘンリー・フォードの名言はあまりに有名なんだから。

26:『憂鬱でなければ、仕事じゃない』 を読むと分かる。広告界が学ぶべきモデルは、案外、広告業界外に存在するのかも知れない。

「現場でぶつかり合い、自分達が好きなものをつくって、みる人に提示したい。お客さんに合わせてマーケティングでつくったものには、限界がある」

広告界がいま突き当たっている大問題の核心を突いている一言だ。真意は、広告主に合わせるのではなく、消費者に合わせることだと言っているのだ。

AZZLOも読んだ本だ。

生活者に見て頂く、特にWEBのインタラクティブな装置だと "参加して頂く" 必要があり、彼らの手間を借りて達成する必要がある。

よって、"自分らが興奮するようなモノでない限り、人にお誘いは出来ない" と思う。

"広告はラブレター" 論理で言うならば、「デートの食事がファミチキ・・・」 という誘いが多過ぎる。

「お前ら、今が旬のタレントが出てくるCM見りゃ買うんだろ?」
「お前ら、取り急ぎAKBが出てくれば買うんだろ?」
「お前ら、ダンス動画撮影して投稿したいんだろ?」
「お前ら、リアル謎解きゲームしたいんだろ?」

という感じの企画は、生活者を馬鹿にし過ぎ。

生活者を馬鹿にするという事は自信の事も馬鹿にしているという事。「自分を愛せない者は人を愛せない」 みたいな名言ってあらゆる人のであると思うがそれと一緒w

「楽しみをお教え差し上げたい (一緒に楽しみませんか?)」

というポジティブな上から目線が必要だと思う。

広告業界は "古き良き広告を真似することで満足する" 状態にあるように思う。ジェフ・ミルズのようにバックスピンして、やってるDJだけが満足する的な感じがする。

"企業の御用聞き" で儲かるならばそれでも良いと思う。しかし "儲からないで疲弊して面白くもない" のでは、転職出来ない人しか残らない。

いずれにしても、"企画・ご提案" という事を広告代理店は摩り替えている気がする。

27:広告マンは全員がシンボリックアナリストになることが最終的なゴール、目標である。

①営業マンは、Acount Planner(AP)へ
②クリエーターは、Creative Director、またはCommunication Directorへ
③マーケッターは、Futuristへ
④媒体マンは、Cross Media Plannerへ

その他、人事、総務、法律・法務などは少数精鋭となり、処理はアウトソーシング組織となる。とにかく、広告会社のいかなる部門、職能も何らかの形で変わらなくてはならなくなる。いまのままでは、通用しなくなる。

⇒既に外資系の会社だと総務は外注してたりするしな。

AZZLOは、"AZZLOはAZZLO" なので、肩書は業界的にわかりやすければなんでも良いのだが (とは言え組織内ヒエラルキーと定義は利用するがw)、とりあえずクリエーターとかクリエイティブとかという言葉を、広告業界は、あまりに安っぽい使い方をするので、自分は使いたくないな。

Cross Media Plannerってのも好きな定義じゃない。クロスするという事は、一時的に接点は持つが、離れていく意味でもあるからw

この中だと "Futurist" が一番好みだな。実際やってる事は、

1:アホな妄想をする。(Futurist)
2:プロダクションさん(Creative Director)が乗ってきてくれたら嬉しいw ※大概みんな乗ってくるのだが、最近はみんなエロ表現ばかりする様になってきてしまっている・・・w
3:無理くりビジネスに摩り替えて (企業が決定出来るように翻訳して) プレゼンするw (Strategic Planner)

ってな感じで、1と3をAZZLOがやっている。2に進む前に3を想定して2がどうなろうが、辻褄があう検証はする。営業には3のアドバイスとネガ取りをお願いしたいと思う。

28:広告マンは、本来最もクリエイティブな人間であるべき職能である。ところが、いまは思考が停止したのではないかと思えるほど集団痴呆化している。考えない、稼がない、動かないの 「3ない」 人種になっているのだ。一方4マスメディアは、広告の大幅減少に苦しめられながら衰退の一途を辿っている。日本でも2015年には、この現象が起こる可能性がある。そんな中、大変だ、大変だと声を上げて、業界内を走り回っているだけの広告マンが激増している。広告業界の闇は広がるばかりだ。

最近は以前ほど "この先ヤバい感" は出てないな。つまり集団痴呆化しているという事だろうか。

AZZLOは2009年から、ビッグデータ・ライフログの話を組織でした上で、ほぼ全員 「俺ら要らなくなっちゃうから嫌だ」 的な反応なので

こんな感じの気分だ。

"かなり偉いおっさん" にも話したのだが

「AZZLOはSF作家になれば良いんじゃないか?」

という感想だった。

業界を自分らが仕切れてるなら、拒否しても良いだろう。しかし社会もそうだし業界全体がそっち方面に明確に向かっている。AZZLOの妄想段階ではなく、もう現実なんだよな。

29:一番生産性の悪いのが経営陣だ。ほとんどの広告会社の経営者が、リストラの問題に手をつけない。自分をリストラしなければならないからだ。いま広告会社の経営陣は、社員の生産性を高める前に、自らの生産性を高めることに手をつけるべきだ。とにかく広告会社の役員は、数が多過ぎる上に、高給の取り過ぎだ。

⇒未来を描き、追従したくなるリーダーであれば、数が多くて高給で別に良いとは思う。そうでないなら要らないw

ポジティブな影響力によっては、役員が月収1億でも全く問題ないと思う。

経営者に対して労働組合が 「お前の高い車を売れ~~!!!」 とか抗議したりするらしいが、その程度の事に目くじら立てる必要は無いと思うw 嫌がらせをするならば 「お前の子どもは友達が居なくなるぞ~!」 じゃないだろううか?w

AZZLO的には日本の経営者、雇われ社長も含めだが、報酬が少ないと感じているぐらいだ。もっと報酬を手にした分、ポジティブな影響力を期待したい。

会社規模にもよると思うが、社員1人につき、社長報酬が年100万とした場合、10人の会社で年収1000万。100人なら年収1億。そんぐらい別に良いと思う。社員1人につき月8.3万だ。月の営業日を20日とした場合、1日4150円。通常それ以上の価値があるのが、経営者だと思う。

30:究極、生産部門の月あたり一人200万円の粗利額の設定が目標値である。一人当たり年間2400万円の粗利額を稼ぐことだ。この結果によって、給与の配分を考えていけばいい。もちろん配分方法は、相応の工夫とアイデアがいる。恐らく一人当たり月額200万円の粗利額目標設定方式の採用ができている広告会社は、現状ではほとんどないだろう。今後、この考えができていない会社は、倒産予備軍の可能性が高い会社と言える。

⇒AZZLOの家系の近い人はほとんどが自営業なので、子どもの頃から常に損益分岐点の計算をするクセがついている。会社員やってるのはAZZLOぐらいだw よってAZZLOは月100万程の利益があれば、悪くないというざっくり計算をしている。という事は10%マージンで考えた場合、年1.2億の売上は必要だ。それも全て一人で完了した場合の計算となるw

上記基準を達成出来ているWEB中心のスタッフは居ないだろう。よってなんで代理店にWEB部署 (企画・製作)があるのかが分からないw

代理店のWEB部署 (企画・製作) はどこの代理店も持つだけ赤字だろうと思う。(今の業務内容・マネタイズシステムであれば)

31:シンボリックアナリストとは

(1)自ら問題を発見できる人(Problem Solver)
(2)自ら問題を解決できる人(Problem identifier)
(3)発見、解決できる人を知っている人(Strategic Broker)

の事だ。

⇒2番3番が出来る人は多いが、1番はある種パイプカットされる世の中だから、そうそう居ないだろう。2番の手段が1番と相性が良いだけで、1番を達成したとすり替えてるケースもあるな。これはAZZLOも陥る場合もある。

32:いま広告界は、80%の意気消沈組と20%の意気軒昂組に二分されている。

各社各様で事情は違うのだが、恐らくこの20%組が、21世紀を生き抜くグループであろうと思われる。もうそこは、これまでの広告の世界ではない。

20%組の経営者と社員を見ていると、まだまだ広告会社には未来がある。

その結論は、「これまでの経営モデルでは、どんな広告会社も生き残れない」 という一点の共通の時代認識があることだ。

⇒AZZLOは明確に今の組織構造の上で媒体問屋のビジネスモデルでは食えないと思っている。その上で "ビッグデータ (ライフログ) 仲介屋" になると、途端に食えるようになると思っている。今までの蓄積は活かせるハズ。よってAZZLOは20%組だろう。

そして、「そんな事したら俺ら要らなくなる」 と短期的な保身のプライオリティーが高い人は、長期的に保身出来ないと思うので、仮に今 "媒体問屋に意気軒昂" であっても80%だと思う。

33:広告ビジネスは、もともとベンチャービジネスである。常に危険と向き合って成り立つビジネスなのだ。これからも、ベンチャー性は変わらない。

だから広告ビジネスが、保守化したり、権益を守ったり、冒険をしなくなったり、チャレンジしなくなったりしたら、その時は終わりだ。広告は、今日から明日に向かうビジネスである。しかも、若さのビジネス精神が売り物のジャンルだ。過去を振り向かない、過去にしがみつかない、これを身上とするビジネスである。

自分らが居る "業界" も、元々小さな "市場" だった と言えるな。 だな。

34:ひたすら上司の顔を窺い、内部の売り上げや人事にうつつを抜かし、むかしの愚にもつかない成功体験や自慢話に明け暮れていてはならない。こんな精神状態から、明るい未来など生まれる訳がない。革新にはいつもそうだが、「明るく、朗らかに、生き生きと、勇ましく」 の心構えが必要なのだ。

⇒まぁ、そういった人たちは "自分だけ逃げ切る" なんでそうなるんだろうが、AZZLOがココで書いてるのは、「逃げ切れないから!!!」 なんだよな。

余計なお世話なのだが、AZZLOのネガティブ妄想はほとんど当たってきている。とあるおっさんの嫁が自殺するのも当てた事ある・・・w

逃げ切る事に必死よりも、"逃げ切れない事を前提とした上でどうするか?" が必要だと思う。仮に個人として逃げ切れたとしても、葬式には誰も出席しない。

中堅の忠犬さんが 「あのハゲおやじの無駄な展望に付き合ってやりゃいいんだろ!」 とか愚痴ってたりするが、そぉいう似非忠犬よりはAZZLOは面倒臭い奴だが、アラート出すだけ偉いおっさんに優しいと思うw

忠犬と思っていた部下も実はこんな感じの事を言ってたりする。

35:売り上げ800億以下の都市型中堅広告会社とハウスエージェンシー(電博ADK以外は、全て中小広告会社と言った方がいまは正しい) が、二者択一を迫られている対象広告会社だ。

東急エージェンシー、朝日広告社、JR東日本企画、NTTアド、クオラス、大広、協同広告、毎日広告社、読売広告社、オリコム、日本経済社などだ。しかし考えてみると、いまこれら中小広告会社の中でインディペンデントは、売り上げ高ベスト50社で、新東通信、新通、ビデオプロモーション、オリコムの4社くらいしかないことに気づく。つまり、天下りの社長が親会社から来ないのは、この4社ぐらいである。ということは、いまのほとんどの中堅広告会社の社長は、独自の経営判断ができないということになる。

⇒Ohh・・・w また名指しで言われとるw

36:若さとは、生物学的年齢だけではない。Young at heartだ。マーケティングコミュニケーションビジネスは、心の若さを失った人間は、引退したほうが賢明である。また、年は若くても、50歳を超えて萎えたハートの持ち主がいる。新卒者に告ぐ。これからのコミュニケーションビジネス業界は、そんな若年寄の来る所ではない。

面白そうな若手が稀に居るが、やはりそういった人たちから辞めていくな。 そして辞めなかったとしても面白そうだった若手が普通のおっさんになっていったりしているな・・・w

"出来る人から辞めていく" という言葉が既に社訓のようになってるしな・・・w

"広告黄金期の真似をするのが今の広告代理店" だったりするから、歴史を学ぶには良いとは思う。

37:多くの広告会社のトップが、いまや広告主の所にわざわざ出かけて行って広告主の問題に深く関わることもなくなっている。この逆のケースもまずない。どこかが狂っている。と言うか、ビジネスの原点を忘れている。広告会社のトップは、広告主の所に出掛けていくのは義務だ。広告会社の社長は、いつからそんなに偉くなったのか。これでは、広告会社がいま倒産するのは当然である。広告会社の社長が陣頭指揮を取らずに何をすると言うのか。広告会社の社長になるということは、陣頭指揮を取るということとイコールである。

⇒客先に行くが 「御社は私が育てたのだ」 という自慢話を得意先の若手にして、煙たがられるぐらいなら、行かないほうがいいな。

得意先の若手からすると 「あの代理店には自慢話に散々付き合わされた。だからオレが偉くなったら、もうあの代理店とは仕事しない」 という感覚になるだろう。

38:20世紀の広告ビジネスの繁栄は、自助努力ではなく、他力本願のビジネスモデルの上でこれまで成り立ってきたのだ。そう、私の師匠の梶祐輔がよく言っていた。ただ単に広告は日本経済成長の並にただ乗りしていただけ、と言っても過言ではない。

⇒ま、とは言え上手く乗ったというのは1つ価値があるとは思う。ただしそれは電通だけの話で、他は電通のパクリだ。

39:経営モデルは、代理業から問題解決業へ、そして、広告マンはシンボリックアナリストへの変身が求められている。広告会社という呼び方も、もう、ふさわしくなくなっている。はっきり言って、もうすでに広告会社ではないからである。いま仮に呼ぶとしたら、これまで使用してきたがインタラクティブ・フル・ソリューション・サービス会社、Interactive Full Solution Service Company が、新たな名称にふさわしい呼び名だという気がする。確かに座りはあまりよくない。しかも長い。しかし、当面、妥当なネーミングだろう。

⇒「金持ってるオレは偉い。だから大声で自慢出来る!」 ジャイアンロジックが、まかり通っているから、媒体問屋にインタラクティブはやはり無理な感じする。

得意先企業もそろそろ 「今回はジャイアンごっこやりたい!」 という時だけに相談するのが広告代理店だろう。

40:C・オットー・シャーマーは、組織学習と変化を阻む四つの障壁があると言っている。この症状は一種の病気だ。この病気の兆しがあったら即、治療する判断をしてもらいたい。そして、この病を心身から追い出し、難題を突破することである。

① 見たことを認めない(認知と思考の分離)
② 思ったことを言わない(思考と発言の分離)
③ 言ったことを実行しない(発言と行動の分離)
④ したことを見ない(行動と認知の分離)

恐らく現在の広告マンの前には、実行を阻む山のような事態があるだろうが、これをブレークスルーして初めて大事が成就できる。行動を何も起こさないと、物事は変わらない。

⇒なんか小学校の授業みたいだなw

そぉいや最近 "自分で 『やる』 と言ったのにやらない人" が続出してるな。そら人だから忘れたり忙しかったらプライオリティーは下がったりするのは当然なんだが・・・。

幼少期ではある程度マトモな仕込みをし、その後不条理な仕込みをして、燃費悪い人生を歩ませ、居酒屋等の飲食店で愚痴を吐いて頂き、経済を回すコマとして生涯を終えて頂く為の全部仕込みな気がしてくるw


読書感想文を書き終えた今、2015年はもう来年だ・・・w

本のタイトルから "2015年に80%の広告代理店の人達はリストラにあっている" と捉えていたのだが、 "80%の仕事内容が変わっている" というのが本質で、変わらないならば、そら食えませんね!という話だと思う。

伝統工芸なら守りぬく事も大事だが、新しい技術等の手法オリエンテッドを必要としたりするし、そもそも社会の変化が早くなっているのに "媒体問屋" という6.70年前からのビジネスモデルを "今のまま" 残す必要はないと思う。・・・というか無理。

媒体問屋部分は、全てGoogle Adsenceの進化版みたいな管理・発注ツールが絶対に作れるハズ。理屈上可能なものは全部作ってきちゃったのが人間である。遅かれ早かれだ。

この下部部分にあるオレンジの部分が媒体問屋の領域をほとんど自動でやってくれるようになる。もう分厚い媒体資料を持って 「タイムが・・・スポットが・・・レクタングルバナーが・・・うんちゃらかんちゃら・・・」 というような事はしなくてよくなる。

1:自社商品に関するつぶやきから、既存顧客と潜在層が把握出来る。
2:潜在層が購入したきっかけがデータ化される。
3:きっかけがまだ得られていない層を把握出来る。
4:きっかけは理解しているので、得られていない個人が接触するメディアを選定する。

という事が可能で、既に徐々に実施されつつあるが、こっから先がポイント。

5:個人が接触するメディアは想定出来るが確実ではないので、接触したメディアでリアルタイムに露出を図る。(アクセスしたサイト、見ているテレビ番組のCM等)
6:予算と必要であれば地域、性年齢などを入力して微調整が可能な管理画面を用意。
7:全て企業マーケティング部署が管理画面で出稿を選定する。

このシステムの利用料を代理店に支払う。システム利用の場合、通常価格よりも3割引となる。

今でいうところのDSP配信が、上記の初歩段階だろう。DSPが今のままで留まる事があるはずがなく、より効率よく変化していく。

DSPが進化するもの、そうでない所から発生するもの、あらゆる側面から上記のようなシステムが構築されるハズだ。

ま、そうなったら "媒体メニューのお知らせ" も必要ないという事で、完全に従業員のみで回るようになるな(一時的には)。それも良いかもしれないなw

いずれにしても、アイデア募集 等は絶対に不可能な組織が確立されるだろう。


2014年03月13日

もう二度とitunesで音は聴けない・・・((((( ̄_ ̄;)

去年の7月に elektron monomachine と machinedrum を買ってから、久々に曲作りをしている。

上記ハードウェアを適当にいじってイイカンジのループになったら、単音ソロでMAC BOOK PRO + RME FIREFACE800 + ABLETON LIVE 9.1に録音して編集している。

制作段階は、細かい事を気にしたくないので、3000円のテキトーなヘッドフォン で行っていて、ABLETON LIVE のlimiterでマスターを6db程ピーク潰して、音団子状態で作っているw

ABLETON LIVE 上に、リファレンスとなる曲を乗っけて自分の曲と比較してみると、意外にも同じようなバランス!!!「な~んだ。もうwavesでのマスタリングとか無くても大丈夫じゃ~ん♪」 と楽観的に、2chにミックスダウン。念の為 MAC BOOK PRO上の itunes で再生してみると・・・恐ろしく音が悪い・・・w

制作時は24bit 44.1khzなのだが、24bit 96khzで書きだした方がいいのかな?試してみると、露骨にバランスが違う・・・w



その後のミックスダウン・マスタリングの奮闘は別記事に書くが、こんな経緯から、普段音を聴く環境を考えなおしてみる。

普段音聴く際は、WINDOWSの itunes11 を AIR MAC EXPRESS 2013 から出力して聴いている。STAXは全く使わなくなっていて、なんかレンジが狭くて眠い音な印象が強まっていた。2005年8月の購入なのでもう9年・・・w そらタバコのヤニが振動フィルムにこびりついて、さすがに劣化しているという解釈をしている。

まず、普段よく聴く曲を WINDOWS + ABLETON LIVE 8.1 + RME BABY FACE で再生してみる。おそろしく高音質。itunesの音はドルビーBを通常のソースにかけたような音に聞こえてきたw

「itunesは音が悪い」 ってのはよく出る話だが、AZZLOとしては 「中途半端なDAC出力よりも、AIR MAC EXPRESSからの出力の方が圧倒的に良いので多少音悪いitunesでも相対的に悪くない」 という見解だ。しかしここまで違うとは・・・。itunesがある段階から音悪くなったんじゃないかと思うほどだ。

そこで!もうAIR MAC EXPRESSからの出力は諦めて、音が良いプレイヤーを探して聴き比べてみる。

○WINDOWS + Bug Head Emperor + RME BABYFACE
・帯域バランスはABLETON LIVE 8.1とほぼ同じ。
・CAPSULE / CONTROL が問題なく再生される。ABLETON LIVE 8.1では若干滲んでいる事が分かる。
・PERFUME / ナチュラルに恋して の 「ポぅ!」 がちょい右にミックスされてる事が分かる。
・時間がかかる処理をすると、聴感上レベルが大きくなったりもするが、歪む場合もある。
・PERFUMEがやはり元の声は生声である事が実感出来るw
・NI MASSIVEのギザギザベースが凄い解像度だ
・定位が凄い安定してるな
・メモリーを750MB使用してる・・・w
・とにかくクリア
・"勢よくてかっこいい音"(歪んでたり団子になってる音) がなんでも無い音に聴こえるw
・ストップしないでリストから曲を削除したりすると、フリーズする。
・なんだかチェンバロが聴きたくなってくる。今ならあの倍音が見えそうな気がする。
・中田の自宅スタジオのノイズが分かるw
・エンベロープが超絶的に正確だな。
・マスタリングでノイズ取ってる事が想像出来る曲があるなw
・音がでかい曲と小さい曲の差が大きくなった(聴感上もレベルメーター的にも)。
・温かい音とか冷たい音とか、そぉいう概念がもう無くなるなw (あるにはあるが)
・最近の変更の感想と逆で、OKだった曲がNG曲になった(良い曲のトップが格段に伸びた)
・The Shamen / Boss Drum が更にハットが煩くなくなった。
・生演奏ものは、演奏の会場で聴いてる感じが強まるわ・・・。
・イマイチだった、miwa / Delight が、まぁ違和感なく聴ける。
・きゃりーぱみゅぱみゅ / なんだこれくしょん(アルバム) のコーラスが分かるな。
・きゃりーぱみゅぱみゅ / なんだこれくしょん(アルバム) は、以前から感じていたが、相当ボーカルのハイ削ってる感じする。
・95.6年のマニアックラブでの生録の2013年AZZLO (プリ) リマスタリングは・・・悪くないが、もっとやるべき事が分かる。
・脳内補正が要らないので、美化される感じもないw

すげ~音イイ!がシーク出来ないし、使い勝手は最悪w アナログレコード聴くよりも面倒臭いかもw 逆に一曲一曲を正座して聴く感じで、本気で音聴く時はいいかも。

しかし、毎度D&Dで曲を入れないといけないし、itunesの様な楽曲管理的な要素は皆無なので、JRMCも試してみる。

○WINDOWS + JRMC + RME BABYFACE
・Bug Head Emperorより若干解像度が低く、マスターで3dbほどのリミッターかけた的な団子感があるが、とてもスッキリしているクリアな音。十分だ。
・itunesからライブラリ情報を書き出しJRMCにインポートした。登録日時だけインポートした日時になったが、他の情報は問題なくインポート出来た。
・WAVファイルにもジャケット写真が埋め込めるみたいだ。どうやらDBに書き込んでいる模様。
・動作が軽い。
・初期設定ではボリュームを操作しても音量が変化しなかった。(変更出来る) これはボリュームをバイパスして、余計な処理をしない為の模様。かなり音質へのこだわりが分かる。

○改めて WINDOWS + itune 11 + AIR MAC EXPRESS 2013
・やはりハイは露骨に落ちているし、解像度は酷いものであるw 完全にAMラジオ。
・テキトーなヘッドフォンによる爆音との掛け合わせで "鼓膜コンプレッション" を踏まえたフラットを認識していたが、そら無理がある事を明確に認識w



もうitunesとAIR MAC EXPRESSは使わないだろうから、さっそくミキサーへの接続を外そうとすると、RME BABY FACEからの入力のEQのミッドハイとハイが1時ぐらいの位置になっていた・・・。テキトーなヘッドフォンがあまりにAMラジオクオリティーなので、若干ハイを上げていたのだった・・・。

itunes + AIR MAC EXPRESS2013 がハイが落ちているのではなく、RME BABY FACEがハイが強くてクリアになっていただけだった・・・w

改めて聴き比べをすると、傾向は変わらなかった。itune 11 + AIR MAC EXPRESS 2013 は音が滲んでる感じするな。

STAXでも久々に聴いてみると、劣化していると認識していたのだが、まったくそんな音ではなく、非常にクリアで繊細なSTAXの音を変わらず体感できた・・・w

歪んでいたフラット認識を改める良い機会になった♪


~2006/12 ~2005
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