∵ TAKA-AKI AZZLO WEB ∵

2014年02月25日

-読書感想- 漫画でわかる萌えビジネス / 浜田ブリトニー

2013-10-17 16-30-21.jpg

漫画でわかる萌えビジネス / 浜田ブリトニー

2011/5/17発売。2012年初頭の読書。

元々、2011年末に実施した 成功案件 の企画の為に買ったのだが、提案前には忙してく読めず・・・w

実施直後、続編の依頼があり、「WEBだけで完結してるのはもう飽きた」 という気分で、リアルなしかけも色々やろうと思ってた最中の読書。


1:コミケは金儲けの場所ではない。買ってくれる人とのコミュニケーションの場。
2:コミケで黒字になるのは5%のサークルのみ。
3:江戸時代の菱川吉兵衛が描かれた女性に恋心を持った事象が、二次元ファンの元祖?BL作品もあったし、葛飾北斎の蛸と海女もあった。更に "正体は化け猫" という設定の遊女が人気になった。
4:如意輪観音像は仏像ファンには超エロい。

浜田ブリトニーがコミケ行ったり、パチスロメーカーに行ったりして、現場で体験する非萌え属性の方々からの感覚を 「ありえね~!!!」 と大声で言い、編集者の人が補足を入れるという、"博士と助手" 的漫画だった。

なんでもすぐ 「パコる」 という "エロい事すれば良い" と考える浜田ブリトニーに共感せざるをえなかったなwww

江戸時代から、いわゆる二次元コンテンツに萌える的な行為はあった様で、近年に始まったものではないという事が良く分かった。ヨーロッパではきっと彫刻に欲情する人もいたんだろうと思う。

萌系ビジネスって、秋葉原のイメージが強く "限られた人のもの" という印象が強いが、

高崎のイオンモールに行くと、毎回こういった車は1台は居るぐらいなので、全国的な趣向であると、改めて思うな。

そして、浜田ブリトニー "関係ない事を面白く伝える" 手法の上手さを強烈に感じたな。言うならば "翻訳" であるが、AZZLOが萌えアニメ系に興味を持ったのは "タレントよりもアニメキャラの方が翻訳になりやすく本質が伝わりやすい" であった事を思い出すな。

ゲーミフィケーションという手法ワードがあったりするし、なんでも、そのままではなく翻訳が必要であると改めて思う。

"やらなきゃいけない事をやりたい事に変換する" と常々自分自身、プロダクションさんに対して思っているのだが、この本の読書からの影響もある事を実感するな。


2014年02月12日

-読書感想- 未来記憶 / 池田貴将

2013-10-17 16-33-07.jpg

未来記憶 / 池田貴将

2011/9/13発売。2011年12月頃の読書。

今後、事実や記憶はWEB上に格納していく割合が増えていくハズなので、"サプリの様に記憶を購入" するビジネスなんかも可能だし、事実を好みの記憶に変換する解釈 (フィルター) の販売も可能となる。

なんかそんな映画もあったと思うが、長期間の義務教育という手間を欠けなくても、日本人は構築可能だ。いわゆる自己啓発本やセミナーなんかもサプリ的なビジネスな訳だし。

広告においては、いわゆる映像やグラフィックといった主に視覚面でのタッチポイントとの接触ではなく、「商品利用した時の凄い気持ち良い体験」 を想起ではなく記憶として得てもらう事も可能だろう。

"WEBでバーチャル体験(劣化体験)" 的な本来の目的は未来記憶作りなんだろうし。

言うならば幻覚なんだがw そういった "起きていない事の記憶" は今後より正確に醸成可能であり、遅かれ早かれ誰かがやるだろうw

"ビッグデータの先読み先いじり" とも言えるな。


1:成果を出すと思ったときに大事なのは、「やりたい」 という感情を作ること、つまりは感情を味方にするということ なのです。

⇒記憶ではなくマネジメントの話になるが・・・w 丸投げで後日disるという上位者の元では、せいぜい "事故らず終わらせる作業" という結果だろう。もしくは反動で何か大きな結果が残るかもしれないなw

成功案件は広告業界に対するテロで

☓金を積んで企業が言いたい事を言いさえすれば、人は購買に走る
○生活者が言いたい事を言えるきっかけ(免罪符)を作ると、とりあえず好意的に受け入れてくれる

こんな感じだったしなw ある程度不条理な広告を知った上でのプランニングだった。

2:多くの人は 「努力」 というと、つらいことを我慢してがんばることだと思い込んでいます。しかし、本来の 「努力」 というのは、積み重ねて続けることを意味しています。いわば 種をまいて花が咲くまでのあいだ、「続ける」 ことを努力と呼ぶのであって、いやなこと、つらいことをひたすら耐えてがんばることが 「努力」 ではない のです。

⇒この摩り替えも教育の根本だろう。

3:「この世の中に行動力のない人なんていない。ただ、"行動したくなる意味づけ" をしてしまっている人がいるだけだ」

⇒この点はAZZLOにも言えるなw 「営業付けずに勝手にやっていい」 という偉いおっさんからの声もあるが、まだしっかりシフトしてないからな。

4:「さぁ、今日はどんなごほうびを用意すればいいだろう?」

そう、根本的な問題を解決しなければ、結局毎回、同じ問題が目の前に立ちはだかるのです。そして、そのたびごとに手を変え品を変えて自分をごまかして、やっとそうじをする。そうじをする時間そのものより、自分の感情をごまかすことのほうに時間を費やしてしまっていたりします。

⇒このご褒美を "手取り" の金の尺度しかないと大変だろう。金以外の手段を持っているのは良い事であると思う。

5:イヤなイメージを持っていることに関しては、マイナスの過去記憶を少くすればいいのかというと、そうはいきません。「こんなイメージを抱いてはダメ、ダメ」 と思うと、よりそのことについてのイヤなイメージを思い出してしまうため、かえってマイナスの過去記憶が増えてしまうのです。

⇒組織批評 (ほぼ批判) 記事は、上記にならないようにやっているとも言えるな。

6:感情は 「燃料」 です。未来記憶を増やし、感情という燃料を燃やすことで、どんどん行動できるようになるのです。

"AZZLOじじい" という別人格が、AZZLOの未来の事すらもじじい視点で懐かしんでいる は現実逃避もあるかもしれないがw 前向きなベース作りとも言えるな。

7:「人は何回チャレンジしたらあきらめるか」 という調査を3万人の男女にしたところ、なんと平均で1回以下という驚くべき結果が出た とあります。つまり、ほとんどの人はチャレンジする前にあきらめているということになります。

⇒課題が何なのかにもよると思うが、"チャレンジとして認定される事象" が明確というか規則に近い強制があるからかな。本人の意思があろうがなかろうが強制されるし、失敗したらdisられる環境故な気がする。

8:「なぜあのときはうまくいかなかったのだろう? そこから学べることは何だろう?」 というふうに原因を解明することに使えば、その事実は次のステップへ進むのに役に立ちます。

しかし、「過去にできなかったから今回も無理かもしれない」 と考えることに使ってしまうと、「できないという思い込み」 を作ってしまうことになるのです。

⇒一歩間違えると "考察はするのだが学びがない状態のまま、しつこくトライする" 的な事になるなw

9:「未来」 を変えるのは 「今」 の行動。ですから目標とは、遠い未来だけではなく 「今」 を変えるものであるべき なのです。

正しく目標が立てられているかどうかは、その内容によって決まるのではありません。目標を立てたあとの行動が 「どれだけ変わったか」 によって決まる のです。これは、とても大切なポイントです。

⇒ "カレンダーを多く埋める" "ソーシャルメディアで多くの人とフレンドとなっている" → 予定の意味が無くコミュニケーションがおざなりになっている。

的な事って多いよなw

10:目標とは、もしそれが達成できなかったとしても、「今」 の言動を変え、確実に自分を成長させてくれるものであるべきなのです。


⇒そもそもAZZLOの目標はなんだろうなw

AZZLO自身の解釈とプロダクションさんの解釈・力を合わせて小さな事でも更新していく。それが "バトンを渡していく" って事。すなわち "肉体を全うする" 事だと思う。

コレがコアなので、自己満足出来ればOKなんだよな。完全に内的モチベーションで、外的悪要素が更に加速させているのが今な感じだがw

そもそもこういった事って抽象的だから 「そう思おうと思えばそう思えなくもない」 事であって、自己採点は自分自身だし。

決して小さな組織内のヒエラルキーや金の大小が人の価値とは思えないな。

11:テストとは違い、人生においては、一瞬だけ結果を出せればいいのではなく、結果が出せる自分で 「あり続ける」 ことが重要です。

⇒何を持ってして "結果が出た" というのか分からないし、そもそも良い結果も悪い結果も "結果は出た" なんだが、一瞬だけでも良い結果が出せるだけでも悪くないと思う。その際に巨匠になったら人として小さいだけでw

12:人生の目標は、何を達成するかではなく、どんな人に成長するか です。

⇒ "どんな葬式にしたいか?" をイメージ出来る必要があると言えるな。一応AZZLOは葬式イメージは出来ている。

13:目標とは、「成長すべき自分の姿」 を明確にするための手段です。だから、いつもラクに目標達成をしている人は、高い目標を見たときに 「これを達成しているときの自分ってどんな自分だろう? そんな自分に成長するってどんな気分だろう?」 ということを考えて、ワクワクしているのです。それがまさに自然と 「未来記憶」 を増やしている状態なのです。

⇒組織では "目標設定シート" みたいなのがあるのだが、でかい事を書いて達成出来ないとマイナス評価になり、簡単な事で達成すると 「簡単な目標だったから価値が無い」 的な事を言われる場合があるw

工場労働員のマネジメント方法を知識労働者に適応している歪なのだと思うが、上記の様な歪を放置するならば、いっそ組織側から明確なノルマ設定した方が良いと思うな。

そしたら 「従業出来た出来てない」 の合否が明確になる。評価者も楽だろう。

14:目標とは、それにふさわしい人のところで実現されるものです。ですから、私たちが焦点を当てるべきなのは、「結果を得ること」 よりも、「得たい結果にふさわしい人に成長すること」 なのです。

⇒金を追いかけ適度に達成はしても、特に誰にも尊敬されない的事象は、こぉいう掛け違いの問題なんだろうな。

15:目標とは本来 「自分の感情にスイッチが入るもの」 でなければいけません。しかし、人から与えられるノルマでは、自分の心は喜びません。

ですから、ノルマを与えられる人にとって大切なのは、「ノルマを目標にしてはいけない」 ということです。ノルマを超えたところにある、自分が本当に実現する価値があると思う目標を設定することが必要なのです。

⇒労働に感情が紐付かない完全従業員体質の人も存在するので、ノルマという目指すべき事象が明確で判断がしやすい設定は悪くないと思う。

ノルマ未達成の場合は必ず減給なり処分が必要になるので、恐怖心でしか動けない人には悪い方法ではない。

しかし一時的で長期的には続く方法ではないと思う。

ま、同じビジネスモデルが長く続かない現代は、そもそも1企業が長く続かない事でもあるので、"常にその場しのぎプラットフォーム" の方が燃費悪いが会社名は長く維持出来るのかもしれないなw

16:目標達成とは、苦しみながらチャレンジして、達成できたら幸せになるというものではありません。まず、その目標に向かうことそのものに幸せや充実感を感じて踏み出し、行動すればするほど、充実感や自身が高まり、気づいたら目標を達成しているものなのです。

⇒広告業における代理店の目標は "プレで勝つ" であり、"勝った後どうなろうが知らない" になりがち。そもそも "媒体問屋" なので、その媒体に乗せる中身は二の次というアイデンティティが今でも根強くあると思う。

多くの企業も生活者目線ではなく企業内目線が多いので、"生活者が購買行動を起こし始めた" という狙いは、今の座組であれば求められない気がするなw せいぜい "おまけ" ぐらいのプライオリティーに感じる。

広告がまだ効きやすいのは、いわゆる流通系商材なだけになってきてるのが現実だし。(元々そうだったような?)

17:多くの人が 「続けられない」 のは、本当は飽きているにもかかわらず、その感情のままむりやり続けようとしているからです。ですが、モチベーションが下がっていることに取り組み続けることができないのは誰でも同じです。それなのに 「私はなんて意思が弱いのかしら!」 と自分を責めてみても、何も生まれません。

ですから、飽きていることを続けることに力を注ぐのではなく、飽きないようにすることに力を注ぐべき なのです。

⇒4番に書いた "自分を騙す手段" だな。本来は飽きているという事は、周りも飽きてたりするので、更新していく事が必要だとは思う。

18:人が行動を起こしやすくなる感情には、大きく分けて2つあります。1つは 「痛みから逃げたい」 というものです。ストレスや不安、劣等感や後悔というマイナスの感情や、財産を失うことや、馬鹿にされるなどの出来事を避けるための感情です。

もう1つは 「快感に向かっていきたい」 というものです。ほめられたい、認められたい。1位になりたい、やせたいなどの、喜びにつながるための感情です。

多くの人は 「現状に不満だから、何とかしなくては」 というように前者を原動力にしてしまいがちですが、ラクに結果を出している人は 「夢をかなえたい」 というように後者を原動力にしています。彼らは自分にとっての喜びが何かをしっかりと把握しているので、それにまっすぐに向かっていくことができるのです。

⇒AZZLOの燃料は両方だな。

企画においては、"とりあえず吐き出させるツール・きっかけ" を強く意識するな。愚痴れるでも自慢出来るでも、そのきっかけが必要だと思う。

そして、よくある "商品写真を取って投稿して下さい" 的な企画は、自慢寄りな事だが、「それじゃあ俺には自慢にもならんし・・・」 的な事で終わるキャンペーンが多いw

映画でもなんでも "強い敵" がいるから盛り上がるので、"解決したい課題" を明確化して "払拭へ共に歩む" 的なストーリー作りが必要だと思う。

19:ネガティブな感情になったということは、私たちの無意識の部分が未来記憶を増やそうよ、というサインを出しているということであり、心地よい 「感情」 を感じたときはそのまま続けてよいというサインなのです。

⇒やはりネガはポジへの肥やしだという事だな。

20:無意識の声にきちんと耳を傾ければ、そこから得るものがあったはずなのに、「不安を感じるのはよくない」 と無理やりシャットダウンしたことで、不安の原因がなんだったのかがわからないままになってしまう。原因がわからないと不安は消えないので、いつまでもそのままでいるはめになってしまいます。

⇒これが "比較的多くの金を手にしても病む" 的な原因な感じするな。偉いおっさんが人間不信的な目をしてたりするしな。

21:多くの人は、簡単には 「継続」 ができません。ということは、「継続」 が得意になるだけで、世の中のトップクラスの道が開けると言っても過言ではないかもしれません。

⇒狙いがあって継続するのか?ただ単にしがみつくのか?では大きな違いがあるがw イチローなんかがこの話を体現している人になるんだろう。

スポーツは通常ルールが変わらないし、肉体の限界的な事があるので "継続 (維持) さえしていれば、時間の経過と共に周りが脱落していく" という現象もあると思う。

しかし、今世紀のビジネスではそうはならないと思うw

22:ウォルト・ディズニーはドリーマー(夢想家)、クリティック(批評家)、リアリスト(現実主義) という3種類の人格を使い分けていたといいます。

どのように使い分けていたかというと、夢想家として壮大な夢を語り、次に、自分の語った夢を批評家として徹底的に批評してダメ出しをおこなう。そして最後に現実主義者としての手腕をふるい、その夢を現実の世界でかなえていったのです。

⇒プランナー(夢想家)、営業(批評家)、リアリスト(プロダクション) という要素が上手くかみ合った場合は良いプレゼンになるし、競合プレゼンで勝つ可能性も高まると思う。

そして、それぞれ軸足はあるが、全員どのポジションでもやれる能力があった上で、お互い尊重していけると良い仕事だと思う。

CM、WEB、リアルプロモーション、といった接点毎の人員区切りが、そもそも違うような気がするな。実際、企画と制作ディレクションでセクション分けるっていう検討も過去にあったみたいだし。この検討は組織に共感する。

多くの場合、"批評家の前提を踏まえた夢の無い企画を、ただ現実にするためのプロダクションの作業が発生する" という事ばかりな気がする。

そぉいう事になりそうな案件はスタート直後すぐ分かるようになったな。

23:たとえば 「年商3000億円の会社を作る」 という大きな目標があるのなら、まず 「300億円稼げるチームを10個作る」 「チームがそれぞれ30億円売り上げる商品を10個作る」 というように、大きな目標をこまかくバラバラにして 「小さな目標」 を作っていくのです。

⇒なんでもタスクは細かくしていった方が良いという事だろう。

この点、AZZLOは、制作ディレクション時に一字の修正でもタスクリストに入れ、全て管理している。1サイト作るのに200~300ぐらいのタスクになるのだが、口頭やメールでは当然忘れるのでw 全てリストに残すディレクションをしている。

全員が "これなら無事公開出来そうだ" という気分作りにもなりw 無駄な不安が生まれないので必須作業だと思う。

ま、この作業はもうやる事が決まっていて "ミスを防ぐ" 段階のものなので、まだやる事が決まってない段階では、"細かくする事が目的" になってはならないと思うw

24:目標を達成するために本当に大事なことは、成長させなくてはいけないことを見きわめ、それを先延ばしにしない。その一方で大事ではないことをどんどん衰退させ、減らしていく。そうすれば、1日の長さは変わらなくても、24時間の質を高めることはできる のです。

⇒見きわめをしないまま、追加が多いので、どれも中途半端という事象は多いと思う。"なんの為に声がかかってるのか分からないMTG" とかそぉいう事だと思う。

25:ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)

ステージ1「天命」-----使命が降りてくる
ステージ2「旅立ち」-----不慣れな旅に出る
ステージ3「境界線」-----スキル成長で問題解決力がつく
ステージ4「師匠(メンター)」-----本当のあなたを教えてくれる人に出会う
ステージ5「デーモン」-----宿敵に負け、人間力のないスキルは付け焼き刃だと気づく

ステージ6「変容」-----スキルではない本当の自分の力が身につく
ステージ7「課題終了」-----デーモンを倒し、目的をはたす
ステージ8「帰還」-----成長して故郷に帰る

じつは、この法則は神話や映画だけではなく、私たちすべての人類の人生にもあてはまるのです。つまり、私たちはみんなそれぞれ 「ヒーローズ・ジャーニー」 という物語の主人公だということです。

⇒ドラクエ、ドラゴンボールなんかは強烈にコレだなw AZZLOのDJも大体こんな感じ。よくやるのが "デーモンを倒したんだけども、その子孫が動き始めた" で終わるストーリーにしてるのもあるな。(ピッコロ大魔王がマジュニアを産んだみたいな・・・)

"努力し難易度の高い実績(高学歴)を得、大企業に就職したのだから、オレはもう平均以上で合格だ"

的な人は、既に入社時点でステージ7に居て、あとは帰還するだけという事になるな・・・w

26:デーモンが訪れたということは、私利私欲のための動機ではなく、もっとまわりの人の幸せや世の中全体の利益などを考えた動機に改めるべきときがきたことを告げているのです。

⇒偉くなくてもノブリス・オブリージュを体現しろ!という感じかな。偉かったらよりそうだろうな。

27:デーモンは、成長するタイミングを教えてくれるシグナルです。未来記憶が通用しないほどの巨大な壁にぶつかったら、自分の志を問い、自分のあり方を定めなおすことです。そして 「世のため人のために生きる」 という、もう1つ上のステージに上がることができれば、解決の方法はおのずとあらわれ、壁を乗りこえて成長することができるのです。

⇒この数年のあらゆるデーモン達のお陰で、

AZZLO自身の解釈とプロダクションさんの解釈・力を合わせて小さな事でも更新していく。それが "バトンを渡していく" って事。すなわち "肉体を全うする" 事だと思う。

が書けたという因果関係はあるな。

28:この本が皆さんの人生において、ステージ4で出会う 「師匠(メンター)」 のような存在になれればいい-------私は心からそう願っているのです。

⇒AZZLOのメンターは、やはり明確なきっかけを多く提供してくれたデニーさんだな。割と短期間で自覚をしたのがデニーさんだが、時間が経って自覚した松本秀人もAZZLOには大きい意味がある。

全員大なり小なり "反面教師" しかりメンターと言える広義な考え方もあるが、肉体を全うするという事は、"それぞれが精神的に背筋良くなるきっかけの提示" とも言える気がするな。整体師じゃなくて整心師とも言える。

29:あなたにとって、「幸せな人生」 「充実した人生」 とはいったいどんな人生でしょうか?

莫大な財を築きあげる人生でしょうか?
それとも歴史的に偉大な業績を残すことでしょううか?

人は人生というものを考えるとき、「結果」 ばかりに目を向けてしまいがちです。でも実際には、どんな結果を手に入れたかではなく、どんなふうに生きてきたかが人生の質を決めるのではないでしょうか。

⇒比較的高額な金を手にしても、人を犠牲にして達成した結果の場合等は、元々悪人であっても、自分自身で合格の採点は出来なかったりするんだよなw

この点は教育とは関係なく、地球民全員が持っている採点項目だと思うw

"自分の葬式のイメージ" を持っていると、自ずと行動にも紐付てくると思うが、イメージが無いと短期的「結果」に盲目になりやすくなる気がするな。

30:人生において、夢をかなえる瞬間というのはほんと一瞬だけです。たとえば第1志望の会社に入社するという夢に向かって2年間努力し続けても、それがかなったあとは、すぐに営業目標や出世、能力を高めるための試験勉強のような新しい目標ができ、そこに向かって努力する日々が始まるからです。

⇒これがまさしく

"テストそのものを発見する気付き・必然性を失わせる"

への仕組みだと思う。

本人の能動的な行動は促されず "やらせる" "やらされる" となり、減点を避けるだけの言動になっていく。

31:たとえば、「年収1000万円を超えなければ幸せになれない」 というルールを持っている人は、900万円の自分は不幸だと思ってしまう。でも 「年収500万円で幸せ」 という人は同じ900万円で大満足が得られるわけです。

その 「ルールのバー」 を超えられるかどうかで、自分が幸せだと感じるか、不幸だと感じるかが決まってくるということなのです。

⇒ 「1000万割っちゃった・・・」 という嘆きを聞く機会が多いがw AZZLOはどこでも今の手取りは手に出来るので、むしろ守るものがないので全く困らないんだよなぁw

ウチではダメだが、転職すれば年収800万ぐらいは稼げる将来は見えている。これぐらいは堅いのだが、今後保守的になったら "年収800万をキープしたい" という発想が生まれてしまうかもしれない。

って危惧するしな。

ある種公務員的な働き方を強制されつつも、ビジネスマン的働き方も求められる比較的高収入従業員って大変だと思う。

32:目標を成しとげながら、本当の意味で充足し、心地よい毎日を送るためには 「目標は高く、ルールのバーは低く」 というのが原則なのです。目標とルールのバーの差が広がれば広がるほど、その目標に達するまでのプロセスはすべて幸せに感じられます。

つまり、その差こそが、「幸せの幅」 であるということです。その幅が広いほど目標までの道のりは楽しくなり、人生における幸せな時間は長くなるのです。

「世界が憧れる東京が欲しい。クリエイティブ国家日本!作りたい!」

という舛添要一の選挙コピーらしきイメージは書いていたな・・・w その手段が

AZZLO自身の解釈とプロダクションさんの解釈・力を合わせて小さな事でも更新していく。それが "バトンを渡していく" って事。すなわち "肉体を全うする" 事だと思う。

という感じがするな。

多くの人は

・目標:年収1000万
・ルール:とりあえず減給になりそうな事は避ける(発言しない)

という感じなので、あまり楽しくないんだろうな。そら年収下がると人の価値を否定される様な痛みがあるだろう。


-読書感想- つらい記憶がなくなる日 / 榎本博明

と比較してあまり記憶そのものの話は無かった・・・w

25番の "ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)" は、仕事や人生をドラクエ3に例えている記事も多いので、非常に分かりやすかったな。現実のデーモン出現タイミングとか読めるようになってきたしw

間違いないのは、デーモンはある時暴れまくっても、AZZLOが倒さなくても勝手に消えるんだよな。ウイルスは対象とされる人間等を絶滅しないように繁殖をするが、デーモンは暴れ過ぎるから、次の対象を失っていくものだと思う。

デーモン自身の食料を作る人間や人間そのものを食いまくっていたら、結果砂漠で餓死する的な感じ。

過去のAZZLOのデーモンは、まだモリモリ食べてる人もいるがw 次の生を残したり食料運んでくれる仲間的な手段は持ってないもんな。

記憶に関する部分は、やはり "ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)" を踏まえて帰還のイメージを持ち、次のステージ(未来)のイメージ(記憶)を持っておこう♪ みたいな事かな。

言い換えると 「こうなってしまう・・・」 を我慢するのではなく 「こうしてみよう♪」 と妄想ぐらいはした方が良いという事だと思うw


2014年02月09日

-読書感想- つらい記憶がなくなる日 / 榎本博明

2013-10-17 16-32-27.jpg

つらい記憶がなくなる日 / 榎本博明

2011/6/6発売。2011年12月頃の読書。

2011年は転職を検討していた
ので、嫌な事象を忘れたかったのか?w ま、2011年から不眠症が明確になり、今となっては1回2時間しか寝れない日が多くなているが・・・w まるで老人であるw

ココの過去記事を検索してみると、"記憶" とういワードを非常に多く使っている事に気付いた。

ネットは無限の記憶力を有している。「はじめて喋ったつもりのギャグは30年前に誰かが言っていた」なんてことが起こるだろう。

(フォールス・メモリについて)記憶は思い出すときにかなり歪み、本人さえもそれに騙される。

今の自分を説明するのに都合のよい記憶が選ばれて自己物語を構成しているのである。

といった、読書からの抜粋や

自分の記憶に不安がある

解釈によって記憶が歪んだという経験をした

"記憶⇒テスト" の繰り返しは本来学びではない。

記憶と感覚を明確に分けているのがポイント。日本だといずれも "知識" で統一されているだろう。

こんな経験、思いがある。

更にAZZLOは

"記憶=事実+解釈"

と考えていて、この "解釈" を多少調整してみんなポジティブになれたら、面白いんじゃないかな~とか思ってたかも?

いずれにしても、人は記憶の為に生きていると思う。

広告においては、一定期間は短期的記憶に残らなければ機能しない側面が強い。逆に短期的記憶に残らず潜在意識に残る方が良いモノもある。・・・よって何かしら記憶のコントロールロジックみたいな事を学びたかったんだと思う。



1:作家や著名人でなくても、人は自叙伝を綴りながら暮らしている。生きるというのは自叙伝を綴ることだ。

だからだれもが 「自分らしく生きる」 ことへのこだわりを捨てられない。そのようにして綴られる記憶のことを自伝的記憶という。私たちの人生は、自伝的記憶として私たち自身の心に刻まれている。

⇒ 周りからの "レッテル" "偏見" みたいな事で、自分らしさを確認したりもするしな。自伝であるという事は、ストーリーもある訳なんで、辻褄が合わない流れは起きないようにしていくもんだしな。

ポジティブな差別(尊重)で、皆、自身を理解し、周りを尊重出来ると良いんだろうな~。

2:過去というのは客観的事実ではない。客観的に自分の外にあるものではない。自分の記憶の中のものである。そこにあるのは、主観的な意味づけだ。

⇒"記憶=事実+解釈" だな。

3:私たちが過去のできごとを思い出すとき、ビデオの再生のように過去に起こったことをそのままに再生しているわけではない。「あのとき」 を現在に呼び戻しつつ、今の自分が生き直しているのである。「あのとき」 のできごとを、今の視点で意味づけしながら、新たに体験しているのだ。懐かしく思うのも、悔しく思うのも、楽しかったなあと思うのも、紛れもなく今の自分である。

過去を振り返ることに伴う新鮮さのルーツはそこにある。

なんか最近、"AZZLOじじい" という別人格が、AZZLOの未来の事すらもじじい視点で懐かしんでいる事があるかもしれない・・・。

「未来に懐かしむ為の覚悟である」 なんてかっこ良く言えそうだが、実際は単純にやり忘れたりする事も誘発しているな・・・w

4:過去にフタをしていては、いつまでたっても豊かな人生は手に入らない。人生が自伝的記憶であるなら、豊かな人生を手に入れるためには、自伝的記憶を豊かにする必要がある。過去にフタをしていると、記憶へのアクセスが悪くなり、自伝的記憶がぼやけてしまう。

⇒AZZLOもどこかでフタしてる部分はあるのだろうが(無自覚)、なるべくココに事実に近い記憶と解釈をログで残す行為は、記憶へのアクセスをエラー無く引き出す為と言える。

5:精神分析学者の岸田秀氏は、隣の家に養子に出されたのだが、実母の家に行って母親のオッパイに吸いついたら兄にどけられた幼児期記憶があるという。そのとき、その母は実母なのだが、戸籍上は母親ではないわけだから、自分には権利がないんだと思ったという。

ここで不思議なのは、母親のオッパイに吸いつくような年頃の子が、戸籍上の権利などということをはたして考えるだろうかということである。まずそれはあり得ないだろう。となると、この岸田氏の幼児期記憶の光景はほんとうに当時のできごとに基づいているとしても、そのときの思いはもっと後につくられたものと推測すべきではないだろうか。記憶の素材は当時のものであっても、その意味づけは後に行われたというわけだ。

⇒と、同時に兄が何歳かにもよるが、独占欲みたいなものも幼少から存在するという事が分かるな。

6:記憶というのは、どんな些細なことがらと思われるものであっても、本人にとっては記憶する価値のあるものなのである。自分にまつわるエピソードが語られるとき、重要なのはエピソードそのものではなくて、そのエピソードがとくに記憶され、想起され、語られたということなのだ。そのエピソードが本人の人生の流れの中で重要な位置を占め、人生の意味を暗示するものであるからこそ、わざわざ記憶され、想起され、語られるのである。

⇒ここで良く書く過去は、最近だと特に 虐め の件だろうか。ヒエラルキーは尊重しているAZZLOだけに、上がおかしな言動をしたという象徴的事象なので、濃い記憶となり、更に何度も書いているのだと思う。

あとは、20歳までに接した人達の事かな。やはりそういう時期に接した人達の影響で人格の多くは形成されていると思うので、自分を知るには過去を整理してみるというのは、みんなやってると思う。

7:記憶の再構成を疑わせるのは、幼児期記憶に含まれる他者の視点だ。たとえば、自分自身の姿が見える記憶はいかにも怪しい。なぜなら、自分の目に自分自身の姿が映るわけがないからだ。その記憶は、明らかに自分を見ている他人の視点を取り込んだものと推測される。

⇒AZZLOは幼少期の記憶が自分視点の記憶がほぼ無い。幼稚園の中の記憶だけは多少あるが、幼稚園以前はゼロかな。

子供の頃から自分の写真を見て、「こんな事あったっけか?」 と非常に不思議な感覚だったという記憶はある・・・。

事象は覚えてないが小4ぐらいから 「もう文字も書けるし普通の生活に必要な算数も出来る。先生の正義とは関係ない教育メニューを淡々とこなすだけの公務員から教わる事は無いな・・・」 という感情が芽生えた気はしている・・・w 小6あたりで確か先生に直接言ってえらい困らせた気もする・・・。

8:他人に覗かれる心配のない自分の頭の中の記憶と違って、日記は他人に読まれる恐れがある。たとえ生前に盗み読みされる恐れのない場合でも、自分の死語にだれかの目に触れる可能性がある。そのためどんなに正直に書いたつもりの日記であっても、そこには他人向けのポーズが無意識のうちに入り込んでいるものである。

⇒まぁココも当然多少のバイアスはあるよな。故に誤字チェックとかはしっかりやっているつもりw

9:他人に向けたポーズを割り引く必要はあるものの、ある意味ポーズも含めて当時の自分をあらわしているのであり、日記は過去の自分と出会うことを可能にしてくれる記憶の貯金箱といってよいだろう。

⇒過去の記事を見ると 「なんでココで w なんだ?」と思う箇所が結構あるんだよなw そんな今と過去の自分の差異を確認するのは面白い。

10:独りよがりの話では、相手に納得してもらえない。

そこで、辻褄の合う流れになるように整理しながら話す必要がある。そうしているうちに、頭の中で漠然としていた考えや思いがはっきりとした形をとってくる。偏った考えや感受性に浸ることなく、より広い視野をもって冷静にものごとを見ることができるようになる。

⇒なんでも頭にあるものを文字でも絵でも音でも、アウトプットして、改めて自己をインプットすると洗練されていくと思う。日記も企画書も曲も同様であると思う。

11:記憶も変容している。新たな記憶が蘇るのみならず、同じできごともこれまでと違った視点から眺めることで、違う意味をもつものとなる。それに伴い、思い出すことで引き起こされる感情も、違ったものになってくる。

⇒アナログレコードみたいな感じだな。

12:幼児期に親との愛着関係が不安定とみなされた人物が、安定しているとみなされた人物と比べて、自分の幼児期を不幸だったとか不安定だったと回想するかというと、そのようなことはなかった。その代わりに、自分の幼児期を否定的に回想する人物は、肯定的に回想する人物と比べて、現在の生活に適応していないといった傾向が見られたのだった。ここから、自分の幼児期をどのように回想し、評価するかは、実際の幼児期の様相よりも、現在の生活の様相によって決まることがわかる。

⇒AZZLOは幼児期の記憶が 「こんな事あったっけか?」 と戸惑う記憶ぐらいしか無いから回想出来ないな・・・w

13:私たちは、ともすると記憶は過去に属するものと考えがちだが、じつは記憶は想起している自分の視点から再構成されたものであり、現在に属するのだ。このことを忘れないようにしたい。

⇒記憶は常に都合よく更新していってしまうからな。

事実:"AZZLOは既存の代理店が嫌いで、いつまでも居れるような雇用でも無いと言っていた"
解釈:"AZZLOは近いうちに辞めるらしい"
現実に口コミでも起きそうな解釈の滲みっぷりはこんな感じだろう。

という事は非常に起こるからな。

14:それは、私たちの記憶は書き換えることができ、私たちは自分の過去を変えることができるということである。(中略)

ここから言えるのは、今あなたが抱えている自分の過去についての記憶は、いくつもあるバージョンの中のひとつに過ぎないということである。振り返り方によって、同じあなたの過去から、何通りもの物語を生み出すことができる。

虐めを受ける と、"被害者は加害者になる" 的な事もありえるが、"人の痛みが分かる" 的になったりするしな。

15:実際に経験したことの違いよりも、記憶のつくり方の違いの方が大きいのではないかと思うのだ。その証拠ともいえるデータが、多くの心理学実験によって得られている。

その種の心理学実験では、記憶が気分を引きつれてくるという原理を利用して、楽しいできごとを思い出させたり、悲しいできごとを思い出させることで、楽しい気分や悲しい気分に誘導するというやり方がよく用いられる。(中略)

楽しい気分に誘導されて読んだ人たちは楽しいエピソードを多く思い出すのに対して、悲しい気分に誘導されて読んだ人たちは悲しいエピソードを多く思い出したのである。こうした結果からわかるのは、自分の気持ちに馴染むことがらは記憶されやすいということである。これを気分一致効果という。

⇒この記憶を作る前のフィルター(解釈)をどうするか?が教育と言える感じするな。

そして組織運営についても、この動画の様に行えると思う。逆にテロ組織なんかは悲しい気分・怒りを煽りモチベーションを煽ったりするんだろう。

16:生い立ちは客観的な形で記憶を形成するのではない。心の中で意味づけされながら記憶となっていくのである。同じような生い立ちも、その意味づけの仕方しだいで、ポジティブな未来を呼び寄せる記憶にもなれば、ネガティブな未来を呼び寄せる記憶にもなる。

⇒以前生い立ちを追っかけてみた事があったな。

何故自分は上から目線なのか考えてますw -生立ち編1-

何故自分は上から目線なのか考えてますw -生立ち編2-

そして、幼少の頃、ロータリアンであるAZZLOの祖父、祖父の友人である大学教授、政治家等は 「学校には行くな!あそこはバカ養成所だからだ」 と言われていた。 という記憶は事実ではない可能性がある・・・。ずっと引きずっていた記憶のように思うが、書いたのは最近なのだw

少なくても祖父から 「芸大出た所で職なんかない」 は連呼されてた気はするが・・・。

いずれにしても、履歴書的に通常AZZLOは臆病になるスペックだがw "中学中退なんて今の時代そうそう居ない" と思うと、とりあえず自己紹介で目立つんだよな。良くも悪くもw 更に

「スペック無くても普通に生きられる」

という自信があれば、スペック希望者は認証業者の肥やしにしかならんって事に繋がってくる。

AZZLOを育てた先輩達は、いわゆる高スペックではない人達が多いが、彼らの方が、サラリーマンの偉いおっさん達よりも金持ってたりするし、何よりも "ファン" という存在が居るんだよな。

スペックはあっても構わないが、依存し自己防御・他者攻撃する為の意味付け、周りの為に使うわなければならない意味付け (ノブリス・オブリージュ) であるべきだと思う。

そうでない場合、中途半端な大卒者は使い物にならない という事に繋がると思う。

17:うつと記憶の間には密接なつながりがある。過去の辛いできごとの記憶を反芻するクセのある人は、うつに苦しめられることが多い。

⇒AZZLOは半分フランス人なのでw

常にこうなので、疑問を感じる事を非常に考える。ココの記事なんかはその象徴な訳でw 適度な鬱はクリエイティブな感じする。

ストレスチェックでは

"ストレス高いが、解消する手段を持っているので大丈夫"

ってな結果だったな。メンタルケアの先生もそんな事言ってた。

でも、通常ガチな鬱になる要素(環境)は揃っているらしいw

OLランチの愚痴とか聞こえてくると 「それ愚痴になる!?」 とは思うしなw

18:未来に対して希望をもち、明るい未来予想図を描くために、過去についての記憶をポジティブな形に整理しておくことが大切となる。

⇒ココの記事を書く意図の一つはこれだったりもするな。ネガな事を書いているが、単純に "書いてある事の逆をやってみると、良いかもしれないリスト" として機能しているし。

全て未来の取扱説明書が出来ている感じがするw

19:そもそも人が生き方に迷ったとき、なぜ過去を振り返って、あれこれ考えるのだろうか。それは、過去を整理しない限り、前に進むことができないからだ。果たしてこれまでの自分の人生とは関係なく、これから先の人生をどうにでもつくっていけるものだろうか。

私たちは自分の物語を生きている。物語というのは意味の世界だ。できごとの羅列ではない。私たちの過去も、事実の羅列でなく、意味のある物語として記憶の中に保持されているのである。

⇒事象を自己の中でタグ付けして整理する事で、今後起きていく事も整理しやすい的な事だな。

このタグ(整理方法)の違いが人の違いな気がする。

20:悔やまれる過去へのとらわれから解放されて前向きになるためには、とらわれているできごとをしっかり消化する必要がある。考えるのをやめて前をみようなどと言っても、それは無理な話だ。

⇒消化に為にココに書いていると言えるな。誰だって人に話すしな。

たまに 「ブログには書かない方が良い」 的な言葉を貰ったりするが、記憶は変化するので、なるべく事実と記憶が近い状態のフレッシュなログは残した方が良いと思う。

21:100点満点のテストで80点を取って大いに落胆する子もいれば、70点を取って大喜びをする子もいる。70点より80点の方が好成績なのは言うまでもない。それにもかかわらず、80点の子が落胆し、70点の子が喜ぶ。それは、その子たちの生きている自己物語が違うからだ。

⇒故にAZZLOは "歳食った見習いでゴミ" が好きなんだよな。最初からマイナス得点なので、0点になりすれば大喜び出来るぐらいだもんな♪・・・中途半端な得点とかは好みじゃないな。

22:嫌なできごとを思い出すたびにネガティブな気分になる。そんなとき、わざと楽しいことを思い出すことでポジティブな気分を引き出し、気分を中和するというやり方もある。それに対して、視点を変えて語るという方法は、ネガティブな記憶そのものを書き換えてしまおうというものである。

⇒明石家サンタがそんな感じだな。

23:意外に見逃されがちなのが、深刻なことを軽く話しているときにも新たな視点が注入されることがあるということだ。単なる無駄話になっていることも少なくないだろうが、ときに軽いタッチでユーモラスに語るうちに気分が晴れてくることがある。その効果をもっと積極的に利用しない手はない。

⇒ココがまさしくそうだな。

24:未来に力強く向かっていけるような新たな自己物語の中に、悲惨な体験をうまく位置づけることができれば、気持ちは落ち着き、前向きになれる。

⇒コンプレックスも活用して動ける理由に摩り替えていこう♪ という事だな。大概、カンブリア宮殿、情熱大陸、ソロモン流みたいな番組に出てくる人って "トラウマ" みたいな過去を抱えてるし。

25:似たような境遇にあっても、イキイキと充実した日々を過ごしている人もいれば、愚痴っぽくうつうつとした日々を過ごしている人もいる。境遇そのものが問題なのではなく、自分の境遇をどう意味づけるかが問題なのである。私たちは、現実そのものを生きているのではなく、現実が自分にとってもつ意味の世界を生きているのだ。(中略)

自分の人生に対して、「意味がない」 とか 「虚しい」 といった意味づけをしているのは、紛れもなく本人自身なのである。

⇒その点意味づけという意味では、ヒエラルキーというのが便利だ。そして "ヒエラルキーに伴って演じる事が楽しみであり組織の義務となる" だろう。

しかしヒエラルキーを 「偉いのに敬まれない・・・」 といった人の価値として勘違いをするのは、タグの付け方を間違えていると言える。

26:思い出すと心地よい記憶を蓄積しておくと、気持ちの落ち込んでいるときなどに活用することができる。

落ち込んでいるときは、自己コントロールしないでいると、ついついネガティブな記憶を引き出し、反芻してしまう。そんなとき、落ち込みにくいタイプは、ポジティブな記憶を引き出すことで気分を中和しようとする傾向がある。それは、無意識のうちに行っている自己防衛策だが、積極的に取り入れたい手法だ。

そのためにも、ポジティブな記憶を時々思い出すことで、アクセスを良くしておくことが大切だ。できごとの詳細を思い出すだけでなく、そのときの気持ちも思い出してみるとよい。

⇒その点、AZZLOは95.6年の DJ WADA @ マニアックラブ(生録) を持っているので、ポジな記憶の引き出し手段がある。ログ好きなのは生録が基礎だw

と同時に、ネガな記憶もココの記事であったり、ログ化しておく訳だが、時間が経ってみると 「何を長々と考えてんだ自分?」 と思う記事があるw

この時に自分の変化を感じるし、自分で自分が分からない事の大半は "もう必要ない事" と実感して、今後感じる事のない事象に変化していっている気がする。

例えば腹が立つ偉いおっさんに対して

過去:「腹が立つ」
1年後:「それぞれの育ちが起因だと推測する」
2年後:「世の中の偉い人と偉いおっさんが違う事に気付く」
3年後:「腹が立つ偉いおっさんの真逆を実行する事で、自己成長を目指す」

みたいな事を、それぞれ因果関係を確認出来る様に、ログはあった方が良いと思う。

27:どんなに嫌なできごとにも、時間をおいてからじっくり検討してみると、意外にポジティブな面が見つかるものだ。自己物語面接を通してわかったのは、前向きに生きている人はネガティブな記憶をポジティブに読み替えるのが得意だということである。

⇒まさしくココの事だな。


辛い経験や鬱な人ってのは、端的に言うと "気付く人" であるという気がするな。ネガな事まで気付くから鬱ったりするのだろう。

そして事象としての例えだが

風俗業やAV女優の方々は子供の頃に親にレイプされた経験がある人が多かったりする。「親にやられたんだから、もう誰とでもヤれるわwww」 ってな変換が起きている人もいそう。

ある種、こぉいう変換が出来るのが記憶と付き合うテクニックなんだろう。

まず僕の基本はネガティブなんです。まず二次元で四面楚歌になってから、三次元に考えるという癖があるようです。xy軸で答えが出ない状態を一度作り、z軸を含めて再定義していくという考え方を実践しようとしてるんだな~と、自分を分かってきたところです。z軸の存在を知らないとネガティブなままで終わりますよね。

って思ってたし、"三次元の座標を求めると、まず二次元の限界までネガティブになる必要がある" と言えるな。

AZZLOは男子なので分からないが、"生理後の晴れ晴れとした気分♪" の為に、あえて生理中やってる時期があるのがAZZLOな気がする・・・w


2014年02月08日

-読書感想- プロヴォカティブ・シンキング ―面白がる思考 / 山梨 広一

2013-10-17 16-22-45.jpg

面白がる思考 / 山梨 広一

2010/12/24発売。2011年11月頃の読書。

不条理な環境を嘆くのではなく

☓「ココは焼け野原だから、何もない・・・」
○「ココは焼け野原だから、自分の敷地は自由に決められる」

的な考えを促進させようと思い、この本を手にとった気がする。

ちなみに、最近連発している組織批評は

「みんな自由に敷地決めてるのに、何故かAZZLOだけdisられる。ガラクタを放り込まれる」

的な事だと思う。


1:マインドセットというのは、一言でいってしまうと、可能性を信じ、その実現のために前提条件や境界条件を否定する気持ちである。つまりプロヴォカティブ・シンキングとは、定石や常識的な判断といった無意識に規定されているものも含め、すべての前提条件や境界条件をクリアーして、あらゆる可能性を試してみようという思考だ。

⇒出来ない事、難しい事から考えるのではなく、「あんなこといいな、できたらいいな」はまず持つべきという事だと思う。初期衝動は汚い欲望でもなんでも良いと思うw

逆に難しい事を全部リストアップすると、意外と 「ココ簡単なのに規制されてないw」 という事に気付く事もあるよな。

2:現状維持は結構なことのように思えるが、そもそもビジネスにおいては、何も変わらないということは、どんどん下流に流されていくことを意味する。しかもいまのこのご時世では、「現状維持でいい」 と思っていたところで、それを実現することすら難しい。常に川上に向かって泳ぎ続けていなければ、あっという間に下流に押し流されてしまうだろう。

⇒ある一定の年齢になると 「自分が退職する時まで持てばいいや。新しい事はリスクあるし面倒だし」となるのは、人としてはごくごく当然だとは思う。

しかし、それは後輩達の事情とは違うんだよな。

飯を食うだけの猿の群れじゃなくて、考える人の群れなんだよな。

3:人間は子どものころの本能的な感覚を、成長しながらどんどん失っていく。子どもを見ていると、面白いことにそこらじゅうを走り回っていても滅多にテーブルや椅子にぶつからない能力があるのだが、それがある時期からなくなってしまう。

それと同じように、社会で大人になっていくにつれ、もともと気にしていなかったものを、「こんなことやっちゃたら常務が怒るかな」 というように勝手に条件を決めていくようになる。(中略)

誰のために仕事をしているかというと、社外のお客さんではなく社内の経営者のためなのである。だんだん新しいアイデアを考えることより、経営者の仮説をいかに実現させるか、というようなことが最優先になる。

⇒経営者が優秀であれば、ワンマン経営で後は従業員のみでも良いと思う。

4:議論は、その問題についてみんなで考える機会だ。この機会になるべくスコープを広げて眺めてみよう。なるべく思いきって可能性を追求しようと考えるのが、プロヴォカティブ・シンキングである。いってみれば 「もめるのはタダ」 だ。

<堅実君> は議論の起こらない、静かな会議を目指すが、<面白がる君> は議論を楽しむ。

⇒AZZLOは偉いおっさんに 「もっと喧嘩しろ!憎しみを持て!」 と言われていただけに、"社内で揉めるのはタダだし生産的" と思っている。ま、疲れるから全部率先して揉めなくても良いけどw

喋ってるのが上位者(おっさん)だけで、若い人たちは静かにしているというMTGが結構あるな。若い人達がおっさんになったら、誰も喋らないのだろうか・・・w

5:境界条件を広げて考えるというのは、たとえば 「饅頭はケーキよりも安くて当たり前」 という前提を捨てて五〇〇円の饅頭を喜んでもらえるための条件を見なおしてみることだし、情報の見方を変えてみるというのは、和菓子だからといって和菓子の情報ばかり見ていないで、洋菓子の事例を見たり、あるいはまったく畑違いのファッションやエンタテイメントの事例を参考にしたりすることである。

⇒饅頭でいうなら もみまん の事例が高い値段ではないが、同じような事だと思う。

6:あらゆるアイデアが出尽くしたかのように見える現代では、「できない、無理だ」 と思っていることを可能にするところからしか、新しいものは生まれない。それはやはり、無理だと思わないで、「できる」 と思うプロヴォカティブな発想からスタートするのだ。

⇒「できない、無理だ」 をあえてやっちゃう、勇気ある人、もしくは境界線を知らない馬鹿?w が居るから人の生活は更新してきたと思う。

故に 「出来ない、無理だ」 を考えれが必然的に企画になっていくと思うw ・・・そして大概は営業の度胸の無さで提案しないで終わるw

全部やるべきって事じゃないが 「できない、無理だ」 と言うなら最初からアイデア募集 とかは筋違いな感じするな。

7:「百貨店のフロア活用」で三人はどう行動したか

<思いつき君> の行動
プロジェクトの目標については大して注意を払わず、結果として与えられた目標を受け入れるだけだ。なぜならば <思いつき君> 自身には 「面白いアイデアを出したい」 という独自の目標がどんな場合でも揺るぎなく存在しているからだ。

そして <思いつき君> ははっきりと境界条件を意識することはないが、自分が面白いと思えるアイデアかどうかということが、無意識のうちに境界条件になっているのだろう。

<堅実君> の行動
境界条件を守ることがたいへん重要だと思っている。彼が明示的にとらえている境界条件とは、主に社内の有力者の個人的な仮説である。

そのうえで、「失敗しない」ということが <堅実君> には一番大事な目標となってくる。

<ヒトマネ君> の行動
過去、現在を問わず、成功した具体例と、頼りになりそうなアイデアマンたちが考えた具体案の山であった。彼は、できる限り多くの具体的アイデアを掻き集め、そのひとつひとつを 「真似できるかどうか」 「当該の五フロアで再現・実現できるかどうか」 という視点で判断し、真似すべきアイデアの有力候補を絞り込んでいった。

⇒思いついて堅実に進めるのが良いと思う。堅実さをより確実にする為、共通認識の強化として、ヒトマネの要素もあると更に良いのだと思う。

個で全要素を持っているのが望ましいが、他者と補完しあえるからチームだと思う。

8:<面白がる君> はいまできることにこだらわない。目の前の実現可能性にこだわると、アイデアが広げられないからだ。<面白がる君> はたとえいまはできないことでも、とりあえず実現のための計画をつくり、そこから足りない能力をうめていけばいいという発想をする。

⇒できることにこだわると必要な事が出来ない事って当たり前にあるよな。コンロがあっても鍋がないと作れる料理は限られるからな。逆に制限の上だからこそ、生まれるものもある。

"パスタを数本まとめて周りに肉くっ付けて焼いたら、串も食べれる新しい串焼き料理出来た♪"

みたいな事は制限があるから、しぶしぶ辿り着いてしまう事だと思うw

9:常識にとらわれていると、ポジにしか目がいかないが、プロヴォカティブに情報を捉えればネガの情報も目に入ってくるはずだ。

⇒AZZLOはネガを明確にした上でネガの払拭を考える事が多いかも。単純に "ネガの真逆やれば良い" という企画も多いw

提案時には "イノベーションをソリューションに見せかける" 事にもなり、ネガの明確化はその後楽になると思う。

10:子どもは大人から見るとしょうもないと思われるような情報を拾う。しかし我々もそうなのだが、どの情報が大事で、どこに着目すべきかというのは、プロであればあるほど固定的になって、「このケースではこれとこれとを見る」 ということが決まってしまう。その見方を知っていることが、仕事が出来るということだという解釈すらある。

しかし子どものように情報自体に幅広く興味を持つことで、人と違った発想が出てくるという面もあるのだ。

⇒変化が無い労働であれば、良く言うと "職人" となるので必要な事に集中するために盲目も悪くないケースもあると思う。従業員についても同様だ。ミス無くやってくれれば良いという労働種類もある。

11:<堅実君> の場合は目的関数がミスセットされているのではないか。

つまり、よりすぐれたものを出そうという目的関数ではなく、よりミスをしないこととか、より安全なものを出そうというようになっているのだ。これは本人も無意識に行っていることなのかもしれない。無意識ということは、要するにもう発想や行動が自然にそうなっているということだ。その結果、目的関数が 「一番いい答えを出そう」 ではなく、「一番リスクを冒さないこと」 になってしまっている。これは明らかに目的関数のミスセットだ。

⇒7番に書いたが、堅実君も必要だと思う。しかし堅実君ばかりでは何も起きないw

12:最終形を真似していると、その最終形が生まれる過程での重要な洞察をスキップしているから、追加のアイデアが出てこない。

⇒故に "『施策』 だけ真似させて、他社を自滅に追い込め!" って感じだな。

13:都会に住んでいる若い人たちだけが使うのは、普及とはいわない。携帯電話だって、最初は若年層からスタートしたけれど、いまではお年寄りもみんな持っている。普及するということは、社会のいろいろなセグメントに広がっていくことを意味する。

⇒"若い子に普及" "お年寄りに普及" ってのはあるわけで、全世代への普及が必ずしも必要だとは思わない。携帯で言うならば "日本においては全世代に普及" と言える訳で、地球全体で浸透しているとは言い難い。普及とは、ある程度セグメントされた尺度なハズ。

14:1970年代初めのこと、渡部氏(ワタベウェディング) は 「そういえば今年は、ハワイで結婚式を挙げたいので衣装を貸してほしい、というカップルが二組あったな」 と思い出した。そういうカップルで京都のウチの店に来た人達が二組あるなら日本全国ならば一〇〇〇組はいるはず、と考え、1973年にハワイ・ホノルル店をオープン、見込みどおり、初年度一〇〇〇組の海外挙式をサポートしたという。

⇒通常は 「京都でこれだけ結婚する人がいるのだから、全国のハワイで挙式したい人を集めるよりも、各都道府県で店舗を持とう♪」 となるだろう。いわゆるマクロ視点。

渡部氏の例は、まずミクロに気付き、マクロで考えた結果だろう。どちらが優れている訳ではなく、必ずマクロとミクロの繋ぎが必要だと思う。

15:優れた経営者と話していると、彼らはN=1的な情報をよくする。たとえばこういうファッションの着方をしている若い人を見かけた、というような話だ。ただし、経営者として経験も実績もあって、世の中のことを知り尽くしている人がN=1に注目しても、価値のある意味合いがとれないかもしれない。

それはともかく、優秀な経営者はN=1情報に目をとめることが多い。そうではない経営者、といったら怒られてしまうが、「その人が社長になっても別に会社が変わらないなあ」と思わせる経営者は、GDPがどうしたとか、ヨーロッパの成長がどうしたとか、マスの大きな話が空きだ。しかし経済の専門家とも渡り合えるくらいのマクロの経済知識を持った人でない限り、マクロの情報から企業や事業を変革する洞察は生まれないのではないだろうか。

⇒N=1が重要なのではなく、気付いた対象がポイントだと思う。「ウチの嫁が・・・」 もN=1だからである。

いずれにしても、マクロミクロの両方向から辻褄があっている事が必要だと思う。

16:プロヴォカティブ・シンキングにおいても仮説はあとから事実で証明しないといけないのだが、仮説を考える段階では、それが証明可能かどうかは考えない。なぜなら証明可能性を考えること自体が無意識に自分の中に境界条件をつくってしまうからだ。「こんなこと証明できないだろうな」 と思うとアイデアがしんぼんでしまう。

だから証明責任を考えないで、まず発想して、面白い仮説が出来上がったら、今度はそれをどうしたら証明できるかをとことん考えるほうがいい。仮説を立てることと、証明することは別物だとはっきり区別することだ。ここで発想と証明を一緒の作業にしてしまうと、発想が萎縮してしまう。

⇒AZZLOは割と既に証明されている事象を踏み台に考えてるかもな。

「エロ動画を見ると勃起します」

という事象に対して

「その上でしごくと幸せになれます。念の為ティッシュも近くに置いておきましょう♪」

というのがご提案な感じする。

もちろん身内MTGの場合は

「アネロス(エネマグラ)もイイハズ!」

という事象だけの共有もあるがw

世の中 「エロ動画見ると勃起します」 で終わっている企画って多いな。キャスティング勝負的な提案はそぉいう事だと思う。

17:知見がいくらあっても勇気のない人にポジションはとれない。勇気があっても知見がない人は、ポジションをとってもはずしてしまう。その両方があって初めて仮説思考は効果を発揮する。

⇒故に知見がある人と勇気がある人が組み合わさって補完し合えると、チームになると思う。それぞれいつでも一人で完結出来る状態が好ましいが、このマッチングの方が重要だと思う。

18:目標を高くしたら、境界条件も広げないといけない。言い換えれば、なんでもありに近づけば近づけるほど、高い目標を達成できる可能性が大きくなるということだ。

ただし、そのときにできるという前提で考えなければならない。

⇒良い事例として紹介される広告って、大概通常の境界条件ではないんだよな。

よって、単純に境界条件を広げるだけで、話題だけは獲得出来ると思うw

19:可能性を面白がり可能性を自由に追求することで、ともすれば現在私たちの多くが陥りがちな閉塞感を打破することである。出てくるアイデアの質も変わるが、それを考える人の気分や気の持ちようも変わるということだ。

⇒虐めまでうけるAZZLOの状況は、普通閉塞感が強まるハズw

その上で、AZZLOさんとAZZLOクンは分離して、ドリフの舞台に居るAZZLOクンをAZZLOさんが見て面白がっている という事になったと言えるな。

とある若手は 「こんな場所だからこそ自由にやれる」 って言ってるしな。

ま、ものは捉えようってなだけの事なんだがw

デスクがずっと振動してるのも、「今電車乗ってる♪」 と思えばなんでもないもんなw いずれにしても有り難くはないな・・・w

20:可能性を信じて自由に生み出されたアイデアは、たとえそれ自体が実行に移されなかったとしても、次のアイデアが生まれる土壌を豊かにする効果があることだ。

⇒これは確実に思う。故にどの案件で実行になっても良いと思う。"オタクさんにウケが良いコンテンツ" の経験があって、突き詰めていくと "4億アート提案" になった訳だし。


当時の読書時は7番から 「故に <思いつき君> 以外はダメなヤツ」 という解釈だったが、今は <堅実君> も <ヒトマネ君> も、それぞれ必要だと思う。

そしてそれぞれ強要ではなく協調出来ると良いチームになると思う。人の強みを嫉妬して否定したり奪う必要はないだろう。

そして、19番に記載した通り、元々その傾向はあるが、幽体離脱が確実になったかもしれないなぁw

とは言え、AZZLOさんとAZZLOクンは同じ肉体をシェアしてるので、たまに繋ぎが悪い日があるんだよなぁ。誰しもそぉいう事あると思うが。

・・・とりあえず16番に記載した "しごくと幸せになれます" 的な事を含む、ストーリーになっている企画を考えていきたいと思う。


2014年02月02日

-読書感想- 心を動かす音の心理学 / 齋藤寛

2013-10-17 16-30-53.jpg

心を動かす音の心理学 / 齋藤寛

2011/5/24発売。2011年11月頃の読書。

"聴覚で新しい体験ができる事がきっかけ(コンテンツ)のコミュニケーションスペースが必要"

等と、自分のやりたい事を考えていたが、何故聴覚なのか?の必然性を整理したいし、風営法がなんだって賑やかになっているが・・・。 に書いたように、"音があるコミュニケーションスペース" の意味を論理的に説明出来るように、この本を手に取った。


1:音楽が嫌いという方はほとんどいないでしょう。野菜は嫌いでも食事そのものが嫌いという人がいないように、ジャンルやアーティストによって好き嫌いはあっても、音楽そのものを嫌いという方の話を聞かないのは、よく考えてみると不思議なことです。

⇒これは某神を信じる宗教の信者の方とも議論した事だ。"何故神は聴覚での感動を作ったのか?" である。まぁ考えてもキリがないし無くす必要もないから、特にオチは無かったのだが・・・w

2:音楽家の社会的な位置づけは国や文化によっても異なりますが、医者や弁護士などよりも上に据えていることもあるほどです。

⇒自分の祖父である水谷暢宏は、戦時中に "音楽で傷ついた日本兵・韓国兵を癒す音楽演奏家" として戦争を過ごした。この事実からも、スペック化出来ない音楽の意味は間違いなくあるだろう。

現在は既にマーケティングビジネスに組み込まれた文脈の音楽が大半だが、それでも "作られた曲を歌っているだけのアイドルが神扱い" されるぐらい、音楽というのは物凄い威力を持っていると思う。

3:ダーウィンの「性沙汰」という考えがあります。生物が遺伝子を後世に残すためには子孫を残さなくてはいけません。そのためには「配偶者を惹きつける」という能力が必要になってくるのです。~中略~狩猟時代のリズム中心の音楽は、体を動かすこと、すなわち「踊り」と結びついていました。~中略~これらのことからも、求愛の表現として音楽や踊りは、自らの体力や経済力を示す恰好のパフォーマンスだったと考えられるのです。

⇒まぁ現代で言う "本能" は途中から植え付けられた要素もあると思っているので、疑いを持って考えたい事ではあるが、まぁなんとなく辻褄が合っている感じはするな。実際現代でも、エグザイルやらAKBやら、踊る人達が多い訳だし。フィギアスケートへの興味も似たようなものを感じるな。

しかしこの文脈だと、バロック音楽とかは、小難しく視聴するのみで、ダンシングするものではない事になっている。バロックの起源は何なんだろう?という興味が沸くな。

4:登場する男性は二種類。片方は、音楽性溢れる芸術家で創造的知性に満ちています。しかしお金はありません。もう一方は、お金は持っていますが、これといった創造的知性を持ちあわせているわけではありません。この二人の男性を月経周期的に妊娠する可能性の高い女性に選んでもらったところ、創造的知性がないお金持ちよりも、お金のない芸術家を好んだのです。貧しいバンドマンが勝った瞬間です。

⇒Nいくつなのかにもよるし、何を目的とした選択なのかによもるな。"結婚相手" だったらいわゆる公務員がモテたりする訳で・・・。

5:チームが一丸となるために声を出して歌う。応援する側も応援歌を通して連帯感が生まれる。オリンピックで日本選手の活躍を見れば、日本人として国家を歌って応援したい気持ちを高めてくれます。音楽は、社会的な集団を統合したり維持したりすることに多大な影響があるのです。

⇒これは超同意だな。音楽ではないが、「日本チャチャチャ!」的な "お決まり連帯感" というのは何においても必要だと思う。

6:感情が動くスピードが速いのは、視覚からの情報よりも聴覚からの情報によります。気を失った人間が意識を取り戻すのも目よりも耳が先です。

⇒実際、テレビを付けっぱなしにして寝ていると、音で起きたりする。ある日このCMでハっと起きた。

その中でもレイハラカミっぽいハットの音が一番意識と紐付いたと思うな。

7:好きな音楽を聴いたときの気持ちよさは食事や性行動、睡眠や薬物依存と同じです。音楽を聴いて気持ちよくなるのは、側坐核と言われる場所の活動が高まり、ドーパミンの分泌量が増えるからです。

⇒生活者としての実感だけでなく、科学的にも立証されているという事だ。プレゼンの仕方とか声質とかで反応が違うというのも近い話だろう。

8:言語に関することは言語野という場所で処理されますが、こと音楽に関しては「音楽野」というような場所はなく、脳のあらゆる場所が使われているのです。脳全体を刺激するということは、私たちの行為の中でも極めてレベルの高いもので、ほかの芸術表現にはあまり見られません。

⇒これは面白い事実だと思う。故に音と筋肉を連鎖させるダンスというのは、非常に濃い体験になると言えそうだ。そして規制もされるし利用もされるハズだ。

9:一九九四年~一九九七年にかけてモントリールでは興味深い研究が行われています。九歳の子どもたちに三年間ピアノのレッスンを受けさせて、そのあとの言語能力、空間能力等の発達についてレッスンを受けていない子どもたちと比較しました。結果は、言語、空間、数学能力のすべてにおいて、レッスンを受けた子どもが優位に向上したのです。(~中略~)

また、音楽家や、音楽を多く聴いている人は、普段音楽を聴いていない人よりも他人の感情を読み取る能力が高かったり、人が話す言葉から感情を判断するスピードも速かったりする、という結果が出ました。

⇒ピアノ等の演奏は "二次元化された譜面を視覚で受け取り、筋肉を使って演奏し、聴覚で繰り返し確認をする作業" と、小難しく言える訳なのでw 立体的な思考発想になりやすいという雰囲気はするな。

特に幼少期に楽器をやっていた人とは、Z軸を含めた会話になりやすい気がする。

作曲家の祖父に育てられ、学校に行かずDJ WADAを学んだ自分としては、最低限 "聞き上手" というのは、よく言われるな。

10:本来人間は、「フィードバック機構」という機能を持っています。フィードバック機構とは、ある刺激から分泌される化学物質が多すぎる場合に、別の化学物質を分泌させてちょうど良いバランスを保つという機能のことです。

しかし、A10神経ではこのフィードバック機構が働きません。つまり、音楽を聴いて「気持ち良い」を思った快感は誰にも止められないということです。

⇒A10神経が何であれ、音への欲求は限りがないという事だ。ヴァイナルジャンキーの思考はごくごく普通であるという事だな。

最近では初音ミクムーブメントが特徴的だが、やはり音が紐付いている点が重要だろう。そして、"音×コミュニケーション" という普遍的な要素を、ニコ動の弾幕によって時間軸を超越した体験に昇華していると言えるんだろう。

11:「さっき聴いたからもう感動はない」ということにはなりません。何度聴いても、脳はしっかりと喜んでくれます。(~中略~)聴き手の期待から少しだけ外すのが感動を生むとされています。(~中略~)「意外性」が音楽の感動を作り出すという考え方は、多くの研究者にも支持されており、感動を生むプロセスのひとつとしては間違いない要素と言えそうです。

ハウルが不規則でリーゼントのお兄ちゃんが立ってたり、ガールズバーになってたりしたら、通い難いったらありゃしないのだw そして "星子の聖地" というコアも薄れるだろう。それと同じだと思う。

と以前に書いた。

ハウルのメインは音楽ではないが、毎日デニーさんが居て、その年の星子を飲んで、時間の経過による味の変化を楽しみ、デニーさんとのコミュニケーションの更新や、意外なお客さんとの出会いが、自分がハウルに通う理由だ。(数年振りにヴィヴィアン佐藤さんと久々に会ったり)

音の面では、HOWLのBGMを手がけさせて頂いた。 際にデニーさんは「色々な人がしょっちゅう音を更新するのが良い」と言っていた。「毎日違う人のipodを付け替えたい」ではない所が、"意外性の感動" に繋がる感じがするな。

行動の軸としては同じ事の繰り返しだが、その中で意外性があるから面白い。仏教の修行に似てるし、ミニマルテクノにおける、"『ぼよ~~ん』って1音鳴るだけで盛り上がる" のにも近いなw

12:あなたも恋人の車に乗ったときに、自分のお気に入りの音楽が流れていたらうれしくなりませんか?音楽は集団社会の結束力を高める力があります。男女二人の関係はその最小単位であるだけで、その力は集団のときと変わりません。お気に入りの相手が見つかったら、まずは音楽の趣味を聞くのが良いかもしれないですね。

⇒音楽の趣味が違う人と付き合うというのは、周りを見てもなかなか起きない事のように思う。とりあえず自分において3回以上SEXした相手は、必ず音の会話が出来る人だったw

ある人が言った事だが、「AZZLOさんのDJが好き。だからエッチしてもきっと気持ち良いと思う」 という誘いがあった。非常に理にかなっていると思ったので、この誘いには乗った。

そして、「AZZLOさんとヤリたい」という会社の女子 も、"元カレのVJと会う音をAZZLOが出していたから" という点で紐付きを感じたんだろう。

7年付き合った人とも完全に音楽繋がりだし、今仲良くしている女子もクラブやパーティーに通ってた人だ。ある時はピアニストと付き合って咬み合わない趣味の中の共通点を探すのが面白かった。"譜面 vs MIDI" 議論は熱かったなぁw

男性である自分も受け入れやすくなる訳だが、聴覚と異性の紐付きは女性の方がリンクしやすいという感じはするな。

13:物事をうまくまとめたり、分散している思考を集約したりして考えたりするのは、論理的な思考力を持っているかに関わっています。現れては消え、消えては現れるアイデアをなかなかまとめられないのは、クラシックで言えば、それが提示部にくるモチーフになるのか、はたまた展開部なのか、それとも終結部に持ってくるほどインパクトのあるアイデアなのかが曖昧だから。クラシックを聴いていると自然に論理的な思考力が身につくため、溢れるアイデアをまとめるのもうまくなるのです。

AZZLOの企画書は "紙芝居" になるように意識して作っているのだが、そんな日常を過ごしていると、曲作りや (もうすぐなんかしら公開する予定) ココの文章も上手くなってきている気がするな。

14:「なぜここは右手で弾かなければいけないのか」 といったことを考える習慣が、日々の生活のなかでも 「これは何でこうなっているのだろう」 という 「気づき」 につながっていくのではないでしょうか。日々の生活で接するあらゆることに自分なりに疑問を持ち、自ら考えるようになると思うのです。
 

そぉいやピアノとか 「コレ中指の方が楽じゃん!!!」 ってのあるよなw ハープも指の移動になんかルールあった気がするな。

コレに繋がる感じだな。

15:わずかな装飾音の入れ方とか、音の長さの違いを感じることがその人の繊細さや、気づき、思考能力を活性化してくれるのです。

エンベロープの変化だけで曲になるしな。無意識だが喋り方の魅力って声質よりもエンベロープだと思う。

16:一部の学者の中には 「生物学的に劣化し始めている」 という人もいるくらいです。情報が多いだけに、インプットの作業だけになっていて、それを自分というフィルターを通してアウトプットする習慣が失われているのだと思います。

⇒twitter、facebookといった、前後がないアウトプットを推奨されているしなぁ。まぁ話が早くなるから良いのかもしれないけども、点の共有だけでは誤解が生まれてしまうかもしれないな。

17:意識されにくいだけに難しいのですが、暗黙の了解で 「ここならこんな曲だよね」 というものが存在します。そこを外してBGMを選んでしまうと、 「なんか微妙な雰囲気だよね」 となってしまいます。その場にふさわしい曲を選ぶポイントはまずターゲット設定すること。ここがぶれてしまうとイメージが満載になり、結局大多数から共感を得られないということになってしまいます。よく言われることですが、ターゲットは絞れば絞るほど効果が出ることを覚えていてください。

⇒そんな "微妙な空間" って面白いかも。動画であれば

こんなのがあって、何とも表現出来ない気持ち良さ?悪さ?があるw

オフィシャルのCMでこぉいう事出来るよなぁ。車のCMなんかでまんまパクれそう♪ 確実にテレビに釘付けになるだろうw

18:音楽は無意識の領域に働きかける力が強いため、「よくわからないけど行動してしまった」 ということだってあるのです。良くも悪くも音楽は、無意識のうちに人の感情や行動を変えてしまうパワーを持っているのです。それは、たとえ意識して聴いていなくても。

⇒麻原彰晃の "オリジナルトラックを密室で爆音でかける" というまるでDJの様な行為が、明確に実証しているよなぁw

19:最近行った飲食店のBGMを思い出してみてください。たいていは思い出すことはできないのではないでしょうか。聴覚からの刺激は通常あまり意識されないのに、その場の雰囲気を支配してしまうのですから、音楽というのは怖いですね。そもそも音というのは空気の振動です。振動によってその場の空気に変化を与えれば、雰囲気さえも変わってくるのは、よく考えれば当然のことなのです。

⇒故にキータイプの音、更に振動が激しすぎるデスク環境では、作業は出来たとしても企画はやり難いよなぁ。

オープンオフィスで3時間雑音にさらされた事務職員は、いわゆる「闘争か逃走か反応」に関連するアドレナリンレベルの上昇が確認できました。つまり、オフィスでの騒音によって恐怖心にも似たストレスを感じることが明らかになったということです。

AZZLOの最近の "ほぼ批判の批評"w は、デスク環境が明確に影響してる って事だなぁ。

20:音楽の趣味趣向は、アイデンティティの主張とも言えます。

たとえばクラシックを聴いている人は、「クラシック音楽を愛する自分」 という像を意識します。また周りから 「クラシック音楽を聴く自分」 と認識されていることを知っています。ですから、身なりや言動なども自然と 「クラシック音楽を聴く自分」 に合うように作り上げていくわけです。

⇒聴覚だけでなく、CDジャケットとかヘアスタイルとか、"視覚含めた世界観" に帰属意識を感じるってのはあるよな。故にどんなコレクション(ファッションショー) でも、音の選曲はえらい気にかけるしな。

21:ターゲットを明確にしていれば、その層のお客さんのほかに、「そこを目指している人」 「そこに憧れている人」 にも響いていくのです。これはとても大切なことで、ターゲットを絞ることによって、じつは 「未来のターゲット」 も集めていることになるのです。

⇒ "目の前の収穫量に盲目にならずに種蒔きも行おう♪" って事だな。

22:「嫌なお客さんしか来ない」 と嘆いているお店は、お客さんに問題があるのではなく、お店自体に問題があることのほうが多いのです。

⇒"ウチは当てに行く (なんでもない普通の企画) から、大規模のチャレンジしたい案件は電通に指名で相談が行く。ウチはなんでもない普通の企画すらお買い上げ頂けない" って、あちこちで聞くなぁ・・・。

昔から聞いてた気ぃするけど、最近如実に嘆きを聞く機会が増えてる。

AZZLO自信は "300万~500万でキャンペーンサイト作って、マージン10%で30万~50万の利益の為に徹夜する" 案件がホントに嫌だった。そして成功案件によって、一切そういう相談は無くなったw "社内外で評判の良い営業" が見付けてくれて新たな取り組みをしているが、年初の今、ほぼ案件が無くなったw

きっと社会は健全だから、ちゃんと未来のヒントを感じさせることが出来たら、きっと仕事は来るはず。なぜなら社会は未来に行きたいから。

AZZLOもこんなスタンスでやってるのだが、そもそも未来とか面倒臭くて停滞したいのだったら、そらAZZLOは要らないわなぁw やっぱ偉いおっさんのアドバイス通り、営業とか無しで1人でやった方がいいんかなぁ。AZZLOは Team (Together Everyone Achieves More) を物理的な距離の近い人とも達成したいとは思っているのだが・・・。

23:「批評家としてではなく、受け手として聞きたいという欲求を持つこと。また相手の同意を得たり、相手を変えたりするのではなく、その人を理解したいという欲求を持つこと」

⇒AZZLOは、"今となっては嫌いな偉いおっさん" に対して最初から嫌いではなかったw

リーダーとしての意向を汲み取り共に達成したいという、ある種 "最高の軍師" になれればベストだと思ってた。この言葉は組織の面談でも明確に発した言葉だ。「分かるけどお前に軍師はまだ無理だよw」 なんて言葉を貰ったなw イメージからして "らしくない" だろうがw 何度も書くがヒエラルキーは尊重しているのだ。

しかし、

1:"まだ何もやってないのにdisる"

2:"偉いおっさんの戦略にミスがある雰囲気がしてきたらdisる"

3:"偉いおっさん抜きに良い結果出たらdisる"

とか連発されたら、こちらから理解したいという気持ちは枯れるんである。特に3番は 「1人で結果出せ!」 的に言うてた偉いおっさんなだけに致命的だ。

昔は 時給換算500円でも奮闘!してた が・・・、そもそも、この時点からdisられてるからな。

最近でも対AZZLOではないが、「あいつはやる気がないからダメだ」 と対話せずに決め付ける偉いおっさんが居るしな・・・。

"何故やる気が無さそうに少なくても自分には見えるのか?"

を問いただす必要が偉いおっさんにはあるんだよな。

「・・・ったく!赤子はギャーギャー泣いた上に、トイレも自分で行けねぇしよぉ。マジでキツいわ~・・・」 と親が言ってるのと同じ。

幼児虐待した親が老後の面倒を見てもらう事はそら無理だろう。


「この読書感想は組織批評 (ほぼ批判) にならなくて良くなりそう!?」 と期待していたのだが、イイ感じの流れだったのにオチが落ちた・・・(涙)

ま、ポジな部分で言うと端的に "聴覚の影響でかい!" だな。

成功案件においてもテーマ曲が出来る前は 「プレで勝っちゃったけど、実際どうなんのかね?www」 っていう少し他人事だったが、テーマ曲が出来た時点で、数十人の関係者が同じ三次元の座標を明確に視認した感じがする。全く迷いが無かった。

ボーカロイド施策!!!・・・を断念。 してるだけに、"聴覚サブリミナル施策" な事やってみたい!!!(少しポジティブになったw)


2014年02月01日

東京都知事選2014 今思う事

とりあえず猪瀬前都知事が嫌いだったAZZLOは、新報道2001の半レギュラーと言えるw 舛添に対して 「猪瀬なんかよりも舛添の方がずっとブレが無くて良いよな~」 という感情は持っていた。

原発に関しては、福島の事象は例外中の例外な訳であって、"原発=福島" という考えは違うと思っている。そらリスク面では原発無いに越した事はないだろうが、"即時中止" は様々なバランスが崩れる訳で、同時に新たなバランスも考慮する必要は当然ある。・・・でも見切り発車しちゃえば必然的に追いついてくる事もあるとは思う・・・w

そんな最中、舛添が出馬した。「これは人生初の投票しちゃうかなぁ?」 と思っていた中、若手が 「家入が当選したらヤバイですよw (僕は家入に投票します)」 という意見を聞く。

若手によると
「家入で一度ぐちゃぐちゃになったらいいんですよ。能動的な政治参加が促されるしね!」
みたいな事であった。確かに

"ぐちゃぐちゃにする事で、隙間が出来る事によって、今世紀の構成に仕切りなおす事が出来る"
(一度ちらかす事で片付けざるを得ない)

みたいなきっかけにはなるな。

後世をぐちゃぐちゃにする仕事に接せれた自分はラッキーな人間だ。接点を持てたという小さい事ではあるが、誇りに感じてぐちゃぐちゃに整理する仕事をしたいと思う。

とAZZLO自身思っているし。

候補者全員ではないが、政見放送を見てみる。


・細川
原発廃止が都民にもメリットがあるのは分かった。都知事から声を出していくべき内容である事も分かった。"逃げた首相" と言われるが、「逃げただけに、最後にお詫びしたい」 という気持ちも無くはなさそうな印象。この点は表裏一体だな。言えばいいのに。むしろ共感を呼ぶと思う。

・ますぞえ
キャラ変わったw えらい柔らかい人になってる・・・w 明らかに老人向け。選挙戦略を凄い感じる。"過去の件について自民党に謝罪した" らしいが別にしなくても良かった気がする。有権者に支持されるべきなのに、何故政党に挨拶・謝罪しなければならないのだろう?もちろん選挙戦略が出来るという点は、今後の東京都戦略をAZZLOの好みかどうは別として、実行出来る雰囲気はするが・・・。

・田母神
そら全部やった方がいい。でも今の "東京の維持" なバイアスを感じる。やや老人向け。出来れば新しい東京の提示が欲しい。

・宇都宮
フラット。何気にバランス良い感じ。オリンピックに対する見解は共感。

・入家
"自分の居場所を感じられる東京" 的な事言ってた。AZZLOが言う所の "自尊心の担保" に近い話だと思う。


ざっくりこんな印象。

入家に関しては記者会見動画も見たのだが、

入家:「ネットをフルに活用して選挙戦を闘います」
記者:「ネットやらない人に対してはどうするんですか?」
入家:「ネットやらない人はやればいいんじゃないですかね?やらないとダメでしょ?」
記者:(「・・・ですから、そのメッセージをネットやらない人が知るには・・・」)

みたいなやりとりが面白かったw 腹立つというよりは可愛らしいw

政策に関しては、候補者それぞれが、今までの彼らの人生を基にした正義感を感じられ、中々面白い。政見放送を見る限りでしかないが、結局の所、全員正しいと思うw ただしもうちょっと、任期が終わった後に 「確かに最初言ってた事達成したね!」 と言える指標は欲しいかな。必ずしも数字の提示が必要とは思わないが、現状あまりに抽象的過ぎるかも。ま、現都知事じゃないと数字とか出しにくいので、抽象的でもビジョンに近いもので現状は良いのかな。

老人向けな人の政策に関しては、とりあえず今のAZZLOは老人という枠にはまだ入ってないが、遅かれ早かれな訳で、仮に老人まで生きたとした場合、「あん時の老人寄りな都知事のお陰で助かったわ~」 的な事はありえるだろう。現状だと30年後には老人の日雇い労働街が東京に数箇所出来てると思う。ま、悪いだけの話ではないんだが・・・w

ますぞえのキャラ変えによって、一気に投票モチベーションは落ちているのだがw 仮に投票しなくても、今までで一番関与している都知事選かな。

やはり若手に教えてもらった入家が気になるw azzlo.comサーバーはペパボのサーバーだしw ほんとツボを抑えたサービス、アップデートがあるんだよな。いわゆるIT成金みたいな金の奴隷感無いしw

「ネットで意見を集めて政策を考える」

っつってるけど、民主主義としてはかなり本来あるべき形に近付きやすい気がするが、いわゆるネット民の中だけの多数決になりがち。ネットはインフラとして普及しているとは言え、ネット上で活発な人はまだまだ限られていると思う。"お色気下着はどこでも売ってるが、お色気下着を買った人がAV女優になる訳ではない" 状態と同じだと思うw

ちなみにAV女優と区分される人は常に1万人ぐらいは居るらしい。しかしお色気下着を買う人は1万人どころではなく、数十万人以上は居るだろう。

そして、「ネット民だけで事を進めるな!」 といったデモみたいな事を既存マスメディアが報道をする事で、入家が 「じゃぁお手数なんですけど、このアプリぐらいは入れて声を聞かせて下さい」 と言い、より政治参加が促される気がする。

プレゼンも得意ではなさそうだしw 奮闘する入家には同情?というと上から目線過ぎるが、"裸の王様には服着せてあげたい"(あれじゃぁ俺らが恥ずかしいわ・・・) という気持ちが都民に生まれて、様々な自浄効果がありそうな気がするw

仮に堀江が都知事だったら
「みんなの声を聞いてやるから、アプリインストールぐらいやれよ?そんぐらい出来るでしょ?」
と口調強めに言ってしまい、反感を買う事になる。その点入家は周りがサポートせざるをえないから、上手く回るのかも?

組織の部構成について

「○△□(3年目の雑でミスが多い女子)がイイ!あいつが部長だったら、危なっかしくて部員は率先して部長を助けるだろう?結果部員が自ら能動的に動くチームになりそうな気がするよwww」

こんな風に思ったりするしなぁ。言うならば政治におんぶにだっこの生活者ではなくなるきっかけになりそう。

他候補は大なり小なり "過去の継続・維持" すなわち "物理的豊かさ" 的な要素があるが、入家は "心の豊かさ" を言っているように思う。

ざっくりまとめると


・細川
原発中止を見切り発車した上でのフォロー、完成形への促進プラン (ネガ要素軽減 /ポジ促進)の展望が欲しい。

・ますぞえ
当たり障りなさ過ぎで、芯が見えなくなっちゃった・・・。選挙で勝つ事しか考えてない。手段が目的化している感じ。当然だが政治慣れしてる。

・田母神
間違いは無い。でも維持なだけで刺激が無さそう。

・宇都宮
短・中期的に良い。周りをどう巻き込めるかがポイント?

・入家
短期的には酷い事になるがw 長期的には良い。


とりあえず今日は、こんな感じに思うな♪


~2006/12 ~2005
MOBILE
QRコード


SINCE FEB 2000