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2011年10月22日

ドラマ "伝説の教師" を見た

車案件の弟分営業から、どんな流れか忘れたが、"伝説の教師" を見るように言われる。

最近、年上・下関係なく、「学校の教師になれば?」 とか言われるのだがw まぁその流れだろう。

なんでも松本人志の最初で最後の主演ドラマなんだとか。そして原案は松本人志との事で、彼のロジックが詰まった作品なんだろう。期待して見る。

第1話からして面白い。キャスティングもイイ。松本演じる南波先生は

・貧乏である
・無免許教師である
・屁理屈野郎である

そんな辺りが自分と近しいと感じるw

強制ではなく、能動的に人を動かす事を例えるのに
・「フンコロガシにフンを転がしなさいと強制させたところで、そいつはもうフンコロガシやなく、フンコロガサセラレや」
に始まり、非常に本質的に感じる名言ばかりであった。

自分の
人はより良いSEXしたい為だけに生きてる
人を触れずして犯す悪趣味な遊びです。
「給料上げないで下さい。この会社に真っ当なフィードバックを求めるなんて、"知恵遅れにカツアゲするようなもん" です。僕はそんな悪いヤツじゃないです」※こないだ子会社の人事に言った。

に近い 「分かるけども言い方が・・・w」 的な置き換えが痛快だw (自分の場合伝わらない場合も多いが・・・w)

・「中途半端な正義が一番の悪ちゃうんか」

これは自分が学校の先生に感じていた事そのものだ。金八先生の様に真正面から生徒とぶつかる気力がないのであれば、「生活費の為にやってます」とはっきり言えよ!と思っていたからだ。

・「人間の唯一の特権は笑うことや。人間は笑うために生きとんのや。」
・「無免許運転しようがセックスしようがお前の勝手やけどな、笑いながらせな何の意味もないんじゃ。」

孤独好きな自分だが、人とコミュニケーションを絶ってみるとどうなるのか? パリに行った初期段階は近しいものがあったが、あえて日本で実験した際に感じたのは、"笑わないとおかしくなるな" というもので、自分が調子悪い時は、笑っていない時期であった事を実感していた。

2008年の年末、会社が終わってから出社するまで、たまたまゲンシさんが遊びに来た のを除くと誰とも会話をしなかった。その時に思ったのが、"顔の筋肉使ってないとこんなにも調子悪くなるものなのかw" という事で、笑うことの重要性を理解していた。

・・・しかし自分は嫉妬心等でイライラしていると、いわゆるハングリー精神が満たされるのか?とてもイケイケな気分になる。孤独を理解して笑える会話があるとベストなのかな?ここは今後整理していきたいポイントかも。

・「イジメなんてこんなおもしろいもん無くなるわけないやないか 虐められるのが嫌だったら虐め返すしかないなぁ それが嫌だったら笑いに変えてまえ 」

資本主義の燃費悪いヒエラルキーに足引っ張られる自分としては、既にやっている事。共感する。※ヒエラルキーそのものは肯定的です。

イジメや不条理な言動というのは、相手の凸によって自分の凹を認識し、コンプレックスを強めるからこそ生まれると思っていて、苛め苛められるというのは、最終的なアウトプットは不器用で問題があるが、ある種真っ当なコミュニケーションと考える事も出来る。

それに苛めという言動ではないにしろ、自己確認の中で他者と比較した上の優越の確認や、"実は馬鹿にしている" などの感情は、今の社会構造ではあって当然だと思う。自分も人と比較して優位性を醸成・納得して、コンプレックスを感じないようにしている場合もある。"自己満足が指標" の自分とは言え、ある程度免罪符の材料は必要なのだ。

大なり小なりではあるが、純粋な自己満足に達せれるように、自分を矯正していきたいと思う。

"いじめられっこ当番制" を実施したのも、現実の社会を分かりやすく体験・説明させている非常に良い取り組みだと思った。負は無くなったと思っても必ず存在する。それ故にあえて表に出してしまったというのは、バカボンのパパ並の発想だと思う。

・「だったらなんで俺は死ねへんねや 人生に意味なんかない さよならだけが人生や、そこまで思てる俺は何で死ねへんねや」
・「人生なんかなぁ楽しいもんやないんや!だから楽しまんなアカンねや!」

超共感。どうせ死ぬ時は1人だ。死を前提として "肉体あるうちにいかに楽しく過ごすか" をベースにしていれば、あまりストレスは無いように思う。

・「生き物にはなぁ死ぬ為に生まれてくんねや…次の肥やしの為にいちいち生まれてくるだけの物なんや 死ぬとか生きるとかそんな事考えてる事自体がおかしいんや」

スペシャリストの集い で書いた

おそらく人が死ぬ時に思う恐怖をごまかす免罪符は
「自分の子孫は自分よりも幸せであろう。そのバトンを渡せた自分は有意義な人生であった」
のだと思うんです。故に肉体あるうちに、その可能性を高められる行為には夢中になるのはないかと、考えてます。

に近い発想だと思う。"諦めた上でさぁどうするか?" という発想が必要だと思う。

その点で、宮崎駿の都市論 にあるように、"子供が死を目の当たりにしながら生きていく" 環境は必要だと思う。

自分もそうだが、時代の流れと共に、死の現実味が薄くなっているように感じる。前提を忘れたら現在も作れないのではないか?なんて考えてしまうな。

・「何か1つでもええ、学びたいという気持ちがあったらなぁ、原っぱやろうが公園やろうが工場やろうが、そこが学校になるんと違うんかい!逆に、何か1つでもええ、与えられるもんを持ってたら、それが例え、おじいちゃんやろうが幼稚園児やろうが教師になれるんと違うんかい! こいつらが学びたいと思うことを、おまえらが何1つ学ばしてやられへんから、学校がどんどんどんどんおもしろーなくなってるちゃうんかい!俺に言わしたらなぁ、おまえらのやってることは教育やない、学校の押し売りじゃあ!!」

この本質を分かりやすく日本語にしたのは凄いと思う。社会が寺子屋でなければならないという解釈が出来る。

自分の場合は、学校には学びのモチベーションを刺激されるものはなかった。それよりもクラブで、WADAによる "知らないものを知る快楽" に魅了されたし、調子イイ奴が自滅していく様子、謙虚なヤツが着実に地盤を気付いていく様子を観察するのが、自分の学びであったと思う。そして苦境にある人が這い上がる様もである。

リアルの生き様を見なければ、学びにはならないと思う。

・「良い大学出て必ずしも進む道が良いっては限らないですからねー」
・「お前何や名前無かったら飯食われへんのか名前無かったら小便できへんのか肩書き無かったら生きていかれへんのかい! 」

これはつくづく自分の芯だな~と思うw

・・・ってな感じで、めちゃくちゃ共感しつつも、これが人気ドラマであり、DVD化熱望されている作品であるというのは、自分には好都合だ。

ドラマの続編の期待もあるようだが、ドラマではなく、教育バラエティー番組みたいな形でもなんでもいいので、"こぉいう発想もある" というのを、松本という有名・成功者が言い続けて欲しいなと思った。

どんなに良い教師であっても、自分のように「給料出なかったら、それ続けるのかよ?」という屁理屈学生は居なくならないだろう。松本であれば、生活費の為にやる訳ではない事が分かるので、意味がまったく違ってくる。

彼の番組や生き様を見ていればある程度読めるし、このドラマを見た後では更に読めるが、視点を変えて解釈したりしなければならないので、辿り着く人しか辿り着けないだろう。

xy軸軸の判断の人にとってもz軸の存在に気付くような取り組みを期待したいと思う。


AZZLOの発想・企画方法メモ

自分がやっている企画方法が少し客観的に見つめる事が出来てきたので、整理の為にメモ。

AZZLOの思考法 で書いた事と重複するが、当時はF1放送見たさに急いで書いたのでw 今回はもうちょっと細かく書いておく。

まず2次元で当たり前に考える。オリエンをちゃんと満たしてみるのだ。例えば

東:注目を高める為のアイコンを検討(タレントキャスティング)
西:コミュニケーション対象者が多い場所で情報発信(媒体タイアップ)
南:流入経路拡大(バナー出稿)
北:ソーシャルストリームに乗せる導線創出(FBページ作成とか)

ま、考えるというのもおこがましいタッチポイント創出止まりで既存手段寄せ集めの広告である。
※この段階は最近は5分で終わらせられる事も増えてきている。

普通代理店がやってるのは、この4点であろう。深みはともかく全方向押さえてるからOKであろうという、プランナーの免罪符にしかなっていない企画が多いと思う。

これはまだxy軸しかない思考だ。どれをやっても間違いではないが、要は予定調和なのだ。自分はまず、あえてこの方向で四面楚歌になる。このまま進んでも確認するべきz軸がないから、取捨が出来なくなる。個々人の好みでしか判断が出来ない状態だ。

仮にz軸があったとしても、大概+の方向しかない。いわゆる「もっとジャンプしたい」という上を目指す視点しかない。本来は-もあるハズで、ジャンプではなく地面を掘るという方向もあるハズだ。

z軸の+60座標は対象者には丁度いいが、70座標までいくと手を伸ばしても届かないものになってしまう場合もある。xyzどれも高い数値であれば良いという訳でもない。

この三次元の考えを続けていると、元々の東西南北がどこだったか分からなくなったりするw すると、東西南北がただの習慣から決め付けているだけ(いわゆる常識)で、本質が無い設定だった事が分かったりもする。ここまで行けるのは稀だが、最終的に目指しているのは "本来の東西南北の再設定" なんだろう。

自分があえてエロ施策を作ったりするのは、一度、既存の東西南北を自分の中で分からなくする為だったのかもしれないと今は思う。

1:xy軸だけで考えて、まず四面楚歌に達する。
2:z軸の存在を確認する。
3:xy軸で良かった座標が、z軸含めるとイケてなくなったりする
4:最適なxyz軸の座標を見極める。
5:既存のxy軸から見た現在の座標の読み方を設定。

多分目指してるのはこぉいう事な気がする。すげ~面倒・・・w 特に5番は大変である。

よく「お前はネガティブ過ぎる」と指摘されるが、それはz軸を明確化する為だったし、逆に「異常にポジティブだな・・・w」とも同じ頻度で言われるようになってきている。ポジティブな場合はz軸がある場合だろう。

おそらく自分はyz軸しかなかった人間なんだろうw 故に "上から目線" とか "斜めから物事見過ぎ" とか言われるんだが、反省する気が起きないのは、x軸がなかったので認識出来ないのも当然であろう。

"AZZLOがx軸がないからダメなんだ" というのも別に正しい。しかしみんなz軸がないから苦しんでるように見える。僕はx軸を確認し、z軸の存在を認めやすくするのが、立体的に正確な仕事の進め方なんだろう。

・・・ぶっちゃけこの話は、誰に話しても「分かるような分からないような・・・」と言われるw

xyz軸が分かりにくいのであれば、例えば、"渋谷に行く" 際に地面の上であれば、そのままで良いが、渋谷の20cm上に行くのであれば竹馬が必要だ。渋谷の1000m上であれば飛行機で行かなければならないし、渋谷の100km上に行くのであれば、スペースシャトルで行かなければならないだろう。

同じ "渋谷に行く" でも本来はもっとパターンがあるという事だ。

そして、この場合は重力と地理を前提とした発想だが、正確に言うと、渋谷から5m上は "渋や~ん" という場所で、5km上は "渋やはぁ~ん" という地名かもしれないのだ。そして渋谷から地下10kmは "渋ぅ~ん" という地名かもしれない。

そして、渋谷と今まで言っていたのは、実は "渋ぅ~ん" であって、本来の渋谷は、"ちぷや" かもしれないという事に気付く場合もあるという事。

「余計分かり辛いぞ」という声が聞こえてきそうだがw "円錐を上から見たら円で横から見ると三角" の発想とほぼ同じだ。要は "既存の常識の視点だけではなく、疑って違う視点からも見て考えてみよう" という事だ。

自分を正当化する非常に良い材料に気付けた気がするw ただし人に話す際には、常識の視点から見た座標に置き換える事は忘れずにしなければならない・・・。

おそらくこの方向を持ってしまっていたのは、"クラブによって同じ曲でも鳴りが違う" 体験と、特に聴く側ではなく、やる側として "クラブによってモニターの取りやすさが違う" 体験が大きいように思う。更にマスタリング作業によって、"同じ曲でもコンプの設定次第で意味が違ってくる" という判断を繰り返した事による気がする。

WADAさんのインタビューである種繋がる言葉があった。

○最後に、WadaさんにとってDJとは、Mixとは何でしょうか?
W:二次的創造。それぞれのトラックの、それぞれの持つイメージを組合わせて、さらに違ったイメージに変化させ作り出す事が可能なもの。

"オリエンの持つ意味から分解して、オリエン返しではなく、期待を上回る企画にする"
"『期待を上回る』のはz軸も含めた再定義が必要"

プランニングの仕事は、WADAの言葉を切り口にすると、こんな形で表現する事も可能だと思う。

デニーさんによる星子もある種繋がる感じがする。最低で半年後の完成を踏まえ、更にヴィンテージも想定するというのは、ある種z軸を踏まえた思考が不可欠な気がする。

自分はそもそものx軸が足りないし、最終的な3軸の座標を2軸に変換する作業がまだまだだが、精度を高めていきたいと思う。


スペシャリストの集い

自分が今の会社に入った直後からお世話になっている、製作会社の社長さんから、「変わった人達で集う飲み会をやります!是非来て下さい!」と誘われる。7月の話だ。

正直最初の印象は「意味の無い名詞交換会?まぁ社会勉強の為に行ってみるか・・・」というテンションであった。

初回は、メンバーの自己紹介が中心。やってる事、肩書きも特殊な人達が多かった。
・80歳と60歳の親子とやってしまった人
・ヒットオナグッズの開発者
・逆さ読み業界用語が得意な元役者
などなど。まぁここまではよくある話であろう。

この飲み会が良いテンションだったという事で、facebookでグループを立てる事になる。みんな体の一部のように返信が早いw

そこで、様々なビジネスプランのディスカッションや、エロ話で盛り上がる訳だがw 自分もライフログの可能性を議題にあげたり、個々にメールしたりといった形で、自分の頭をテキスト化する機会に恵まれた。

まだ整理しきれていないが、今後の材料として機能しそうな自分の思いが、結構なボリュームになってきたので、ここで一度ログ化まとめしておく。


・広告代理店に限らず、いつまでもGIVE ME CHOCOLATE(不必要なアメリカ信仰)を続けるのをまず辞める事。もしくは明確に植民地である事を拡大理解して、米語を前提にする事。まずここは大きな岐路かと思います。

・様々な特徴を持った人間がつるむ事でのリソース最大化が組織だと思いますので作業屋も必要なのですが、作業屋が多過ぎだし、強要される組織作りに問題を感じます。

・根本ですが、タッチポイント創出ではなく、カタルシスの設計という発想が出来ないと必要無い存在でしょう。今更クロスメディア(AZZLOの解釈では交わった(クロスした)後に遠ざかっていくもの)発想で終わるデザインでは子供騙しだと思いますw

・生活者調査(特にアンケート)に頼ったマーケティングで終わってるのでは、未来は描けません。

もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、
彼らは「もっと速い馬が欲しい」と答えていただろう。
ヘンリー・フォード

これだけ有名な名言を代理店の人間は忘れているぐらいです。

・代理店は "生活者に対してブランド(企業)を通したカタルシス体験創出" である筈だと解釈しています。媒体(接触機会)を金で買ってもらってナンボではありません。

・前例や世間体(社会常識)から作られるリミッターを外せるようなマネージメントが、まず代理店(っというかウチ)に必要な事だと思います。ここから手をつけなければ、日本企業(クライアント)と共に錆びていくでしょう。

・売り上げ以外の目標・指標の設定もリーダー(社長)が設定する必要を感じます。"不況だ!売り上げ落ちた!大変だ!頑張ろう!" なんて中学生でも言えますからね。企業と生活者以前に、社内のカタルシス設計が必要という事です。人件費=維持費として換算している発想も変える必要を感じます。本来は投資費ですから。

・頭良いんだから、新しいエコシステムを作ればいいのにと思うのです。現状維持にも程があると思いますw

・ウチで体感するのは人事に問題を感じます。総務部としてフロアも別なのですが、彼らをSTAFF、営業フロアで見かける事はありません。"案件によって人を選別する" 事の延長だと思うのですが、どんな人間が居るのか彼らは把握せず、所属長同士で話をまとめた事に対して処理だけしている感じです。客が来てレジ打って袋入れるぐらいの流れ作業ですね。

・ま、ウチが倒産しても困るのはウチの社員(転職出来ない人)とその家族ぐらいですから、好きにしてくれという感じですw

・人が動くのはどこかでタイムリミットがあるからこその "焦り" が発端なケースが多いように感じますよね。よってまだ寿命を明確に意識する年齢ではないですが、今後歳を取っていくにつれて、焦りからエネルギッシュになれる気がしますw

・僕がリミットを意識するきっかけとなったと思われるのは、話題に出ましたがhideの死だと思います。hideが生きていたら僕は楽に(アホに)一生を過ごせてしまっていた可能性がありましたので・・・。

・ライフログは 「そんな未来恐いからヤダ」 という事でタッチしないおっさんが多いようです。「お前の好みは聞いてないぞ」と言いたいところですよねw 同年代は「なんでそこに手出さないんだよ。あのハゲおっさんどもめ!」と共感してくれる人もいます。

・現実に起きるネガを大きく体験すると、心の方は気の持ちようで、ポジにもネガにも出来るな~と感じました。

・クラブの現場が10年以上何も変わってないんですよね。(ここ数年行ってないですが概ね間違ってないと思ってます)楽曲レベルや製作方法などは変化してますが、最終的なリスナー・ファンの体験が変わってないんです。

クラブ=爆音・酒・出会い
ではなく、やはり「なんじゃこりゃ!」という新しい体験が出来る場所だったと思っていますので・・・。

・僕らの体があるうちに、キータイピングというのは、現代のソロバンの様な存在になっていて欲しいと思います。「あのおっさん、またカタカタ打っててウザいわ!」と若手に野次られる未来が理想ですw

・最終的には脳波だろうし、分子コミュニケーションがやれないかなぁ~なんて考えてますが・・・。

・結局のところ、"おしゃべり" に勝るコンテンツはないなと思います。分子コミュニケーションが成立したとしたら、その後に言語を使って再確認するアフターが起きるでしょうし、アフターの為に分子コミュニケーションをするんだと思いますw

・リアル人間も半アンドロイドとして生きていく技能が必要になるんでしょう。アニメや映画の話みたいですがw

・国民番号性がひとつのきっかけかなと思います。「ID維持」になるんでしょう。既にこのFBアカウントが裏ではデジタルで01管理ですから、厳密に言うと全世界ID性になってたりしますけどねw

・極論、人は "アカウント" として、アニメ:サマーウォーズのOZの世界みたいなサービスで(も)生きる未来が見えます。現時点ではそれはFBでしょう。

「ちょっとリアルマネーなくなったきたから、半年OZで稼いでくるわ」と簡単に肉体のON OFFが出来るでしょうから、OZ側に行った際の意思表示として、TEXT TO SPEACHみたいな技術と、それをアウトプットするアバター技術は必須になりますよね。

・"AZZLOさんに広告や世の中的な真っ当な事を求めても無駄。精神的に逆立ちしてる人なのに地に足付けろというのは活用法が間違ってる。その逆立ちのAZZLOが必要な人も居るのに、それが出来ないのであれば、誰も特しない。そんな強制のマネージメントしか出来ないウチに居る理由なんかないよね!"
という感じの意見を貰いました。

・マス vs WEB 的な話は、マス派はWEBもタッチポイントとしてしか捉えていない点をいつも指摘しています。僕としてはある種 "装置" だと言いたい感じですね。

ウチのほとんどの人のWEBプランニングは、"冊子作って配布してもよくね?" という類のものばかりですので。

WEBは上り回線がありますし、ソーシャルメディアが既に普及してる現状からして、"ソーシャルストリームに情報を載せてもらうモチベーションの創出" の視点が絶対に必要だと思うんです。まだまだ "企業の言いたい事だけを言う新しいタッチポイント" で止まってるんですよね。そのくせ美人時計のパクリみたいのは、全員からアイデアが出ますw

・日本はきっと戦後から大分自由になったし、宗教信仰が緩いので、アイデンティティーの確認が難しいんでしょうね。

・バブル崩壊後は、最大公約数と言える導線も無くなったので、若い子ほど、自分探しは大変でしょう。

・世間体という高度成長期時代の残り香があるのも、また彼ら、僕らにとってはウザいのでしょうね。前世紀の感覚を強要される訳ですからね。僕らはある程度歳くって取捨選択の経験があるのでまだ良いですが、彼らはその経験がない状態で、前世紀の押し付けと現代への適応を求められるのですから、とても大変だと思っていますw

・自己完結が目標の僕自身ですら、認められると心身的に楽になったりするぐらいですから・・・。逆に「中途半端に分かったふりするなよ!」と思う時もありますがw

・自己完結が目標の場合、どこで評価するのか?を自分でやらないといけませんから、当然自分を知らないと出来ませんw

・ログを比較検討してアドバイス的なものを出してくれるツールが次のブームになると思います。自動連想機能ですね。

・寿命があるから、焦ったり、悔やんだりするんですよね。死ななければ、「ま、またチャンスあるかな」で終わりますからw

・ビジネスというと、b to bのお金が動く感じがしますが、本質はc to cであり、me to meの生態系の創出だったりしませんでしょうか?

・まず僕の基本はネガティブなんです。まず二次元で四面楚歌になってから、三次元に考えるという癖があるようです。xy軸で答えが出ない状態を一度作り、z軸を含めて再定義していくという考え方を実践しようとしてるんだな~と、自分を分かってきたところです。z軸の存在を知らないとネガティブなままで終わりますよね。

僕はある種、z軸の存在を訴えるから、合わない人とは合わないし、自分に無い事を自覚している人は、排除したいと考えるんでしょう。もっと利用してくれればいいのにと思うんですがね・・・w

・"負という肥やしがあるのだから、正は簡単に育つ"
と思ってます。既存のダメなものを全て踏み台にしていきたいですね。そう思わなくても、彼らが勝手に倒れていくので、踏んで進まないといけないと言う様な状況でしょうけどw

・僕の書き込みは、ある種タブーを常に言ってますよね。今の○○さんとのコミュニケーションの様に、負を題材としているから、成り立っている訳で、僕も負がないと僕らしさが活きないのでしょう。キリスト教あってこそのセックスピストルズみたいなもんですねw ディスコが習慣になったからクラブが生まれたというのも近いですよね。

・皆プラスの創出を考えますが、マイナスの払拭を基点にしたほうが、最終的なプラスの創出も大きいと思います。最近プランニングする上では、"より成長する" ではなく、まず "倒したい敵" を設定したりしますよ。映画でもなんでも、そこを握れば関心が続きますからね。

・普通に生きてると敵だと思ってなかった対象を、あえて敵として設定するのが、イノベーションの発端なんかな?なんて考えます。

・みんながよくやるのは、美人になった状態しか見せないんです。しかし整形前のブスな顔を提示すると途端に美人が有難く感じるw そんな心理ってありますよね。

・ま、理解者が居なければチャンスが大きいとも言えると思います。ブルーオーシャンですね。

・資本主義の懐古主義にしがみつくしか生きる手段がない人達が9割以上ですよね。だからこそ、ベンチャーというか新しいプレイヤーが生まれる隙間があると思います。IBMに対するAPPLEみたいなもんですね。

・天才バカボンの中に出てくる美しい作品を書く小説家の家は、激汚いです。キレイに掃除したら、汚い小説しか書けなくなりましたw そぉいう事ですよね。

・僕は宗教・現代を構成する矛盾は死への恐怖から生まれた(歪んだ)と思います。要は時間が限られているから焦るので妬み等も生まれる。という解釈です。

・カンヌの代理店に対するブランド力はでかいですね。まぁ世界大会だから当然ですけども、僕は賞はエントリーして評価されるという事に対してちょっと意味が分からなかったりしますw 素敵なものは世の中に色々とあるんだから、カンヌが探し出して勝手に表彰すればいいと思いますw

・現状が崩れると不利益がある人=現在の権力者

・若い世代に夢やモチベーションを付与する事(影響を与える)が一番のクリエイティブな事だと思いますし、結果は死んでからでもいいとすら思ってますw 故に死んでも人とおしゃべりが出来るライフログに関心が高いですw

・エジソンの最大の発明は研究所であったと本人が語ったそうですね。故に未来の導線を敷く事こそが、発明であったと解釈出来ます。

おそらく人が死ぬ時に思う恐怖をごまかす免罪符は
「自分の子孫は自分よりも幸せであろう。そのバトンを渡せた自分は有意義な人生であった」
のだと思うんです。故に肉体あるうちに、その可能性を高められる行為には夢中になるのはないかと、考えてます。

・嫌な奴の陰口をたたくのではなく、耳元で大声で叫ぶようなもんですw そして死んでもらっては楽しみがなくなりますから、生きておいてもらわないと困りますw 奴らを食わせないと僕の楽しみが無くなるんですw

・資本主義、日本の教育がいかにダメかは僕自身がそのレールで成功すれば証明が出来ます。ある種、幻冬社の見城社長と同じモチベーションです。

・今の仕事が楽しいかと言うと、楽しい部分とアホ臭い部分ありますねw 基本的に企業の我侭を達成させてあげる程、僕は親切じゃないですw


既にココで書いている事も含まれるが、今後これを紐解きながらも、肉付け・整理していくと思う。

二回目の飲み会では、自分の生い立ちの部分で盛り上がった。ユミさんがどうこう以前の部分だ。
何故自分は上から目線なのか考えてますw -生立ち編1-
何故自分は上から目線なのか考えてますw -啓明学園編-
この辺から推測される、自分の家系の話だ。当然不確定で想像の範疇でしかないので、現時点でログ・テキスト化は避けているが、(勘の良い人は上記2エントリーを読めば自分と同じ推測が出来ると思う)雑学知識も多い彼らと話していると、自分の整理が更に進んだりしている。

特に面白かったのが、数年前に学んでいたとある宗教の元信者さんが、メンバーに2人居たりもした。自分が何故その宗教を学びながらもちゃんと信者にはなっていない理由なんかも、点と点が線で繋がった印象を持った。

という感じで、最初は斜に構えていたのだが、非常に良い経験をさせて頂いています。

この数ヶ月の間にメンバーの3人が会社を立ち上げているのも、刺激的だ。※元々非会社員なので、そっちへの憧れは特にないけども、そのエネルギーに共感しているという事です。

やっぱおしゃべりは大事だな・・・と思います。


2011年10月19日

田中麻記子と飯・ハウル

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自分が95年頃にAZZLOで会った友人と久々に再会する。

自分がフランスから帰国後にブレッツで遭遇して、半年程前に彼女の絵の展覧会に顔出して以来。ゆっくり飯を食ってきました。@ 青山 川上庵

馬に関して縁起が良い状態なので馬刺しを食う。

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当然好物のくるみだれせいろも食う。マキちゃんも絶賛だった。

会話は、ブレッツでの再会後何をしていたか?の話。約12年前からの話だ。そして彼女との共通の記憶を繋ぎ合わせながら、想い出に浸る。

・お互いの当時のファッションの話。自分は豹柄のジャケットで、彼女はほぼスキンヘッドに近い短髪でピンクの頭だった。
補足:『豹柄のコートに、さらさらかややねっとりした長髪に、黒縁めがねで、中学生なのに深夜の新宿二丁目の雑居ビルの8階で、ジルベルケ の写真集をレジ打ちしてる 子』 
・現代の若年層のモチベーションに対する思い。
・刺激的な遊び場(コミュニケーションスペース)が無い事への問題意識。

そんな会話を色々した。

後半は当然ハウルに行く。彼女の絵の展覧会の時に星子をプレゼントしたのだが、かなりファンになってくれていたので、やっと作者に出してもらう星子を飲む機会が作れた。

自分は95年当時よく飲んでいたカシスソーダを頼んでみた。当時の想い出がよりピントがあって想起させられて気持ちが良い。

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彼女は近い将来フランスに住む予定との事だが、以前にブリジット・フォンテーヌの作品のジャケットを描きたくて、アポ無しでサラヴァに押しかけたとの事。

サラヴァの事務所で働いているあんちゃんに
「彼女が在籍してたのは、随分前だよ・・・。」
と言われてがっかりしながらも、その事務スタッフが誘うパーティーに出向いたんだそう。

で、その事務スタッフはpopo classicのバンジャマン・バルー(ピエール・バルーの息子)だったとの事w そしてピエール・バルーのでかい家に居候しながら、ブリジット・フォンテーヌに電話してアピールし続けたとの事。

バンジャマンはフランス人と結婚して二人子供がいて、レンヌに移住したとの事。レンヌは自分も大好きな町だ。しかしあいつが日本人以外と結婚したというのは驚いたw ロマン・スロコンブ 並に日本女子好きだったのにw

自分もバンジャマンとは仕事していたし、バカでかいバルー家にも遊びに行った事がある。お互い離れていたが、体験が近しい事が面白いし、違う記憶だが素材は同じ記憶を絡ませるのは不思議な快感があるな。

そんな話をしていると、デニーさんが
「オレもピエール・バルーは良く知ってるよ。アメリカに居た時にヤツがよく飲みに来てたんだ。今も4Fのバーの方にはよく顔出してるらしいよ」との事・・・w デニーさんも繋がりがあったとは・・・w しかもハウルの上のバーによく来てるとは・・・。

偶然バルー家の人達との接点がある3人が、同じ時間を共有するという、不思議な遊びが出来た♪

彼女とはまた近いうちに飲む事になりました。病んでる人 お疲れの素敵な友人が居るから紹介したいとの事・・・w


2011年10月16日

鎌倉散歩

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少し5Dの感覚が掴めてきた感じなので、鎌倉に行く。前回鎌倉に行ったのは、約3年前・・・。以前は毎週の様に行ってたのだが、3年振りでも、懐かしさがないな・・・。歳くった証拠だ。

とりあえず鶴岡八幡宮に行く。

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大通ではなく、脇道を通りながら海へ。

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光明寺 に立ち寄る。

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逗子マリーナへ。

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ロータリークラブのロゴ入り車を見つける。

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逗子マリーナから逗子への道はめちゃくちゃ退屈なので、路地に入ってみる。

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超高級戸建街 に迷い込んでしまった。敷地内の警備車に何度も睨まれたw 電気付いてるのは10件に1件ぐらいだった。

何とか逗子に辿り着き、カフェで一服。

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若い男子の客が、スマホやアプリの知識で店員の女子をナンパしているのが、微笑ましかったな。

今回、フルサイズカメラでの初鎌倉だったが、色々な意味でシビアだと実感。NDフィルターが欲しくなる・・・。


2011年10月15日

会社の事をブログで書かない方が良いとオススメされるw

ちょっと前に連続して複数の人に「個人の領域だけど会社の事ブログで書かない方がいいぞ」と言われる。

自分としては

・起きた事(事実)と感じた事(解釈)をWEB上にテキストで公開するのは、2000年からやっている行為だ。この行為が始まりで、今の自分のWEBスキルがある。ある種ライフワークである。

・TAKA-AKI AZZLOは戸籍の名前とは違うので、会社での名前ではない。

・会社の人が見れば、現実の案件名・登場人物名は分かるだろうが、情報漏えいのリスクは無い内容にしている。(当たり前過ぎだが)

・FACEBOOKに記事のリンクをシェアしている。会社の人と繋がっているが全員相手からの申請だ。プライベート含め自分から友達申請はした事がない。

・FACEBOOKの在籍会社名は、デタラメな名前にしてある。友達関係等を追えば正確な会社名は判断出来る場合もあるが、あくまで推理の結果でしかない。事実は書いてない。

・会社の限られた人に対して、発想の説明が面倒な場合に、ココのURLを教えた事はある。

・書かなくてもおしゃべりはする。ネガバイラルを気にしているのならば、ブログに書かなくても影響は変化しない。むしろソース元が無いと伝言ゲーム的に、どんどん変化していくので、ブログに書いた方が、一時情報が明確で安定している。

・ブログで色々書いてない人が自分より問題扱いのケースもある。

・書いているからこそ、ポジな出来事が起きたりもする。

こんな理由から「とは言ってもねぇ・・・」という感情があった。

割りと会社に対するネガティブな感情を書く事が多いが(ほぼ全部かw)、最近ポジティブというか、今までネガティブな方向で書いていた
・部長
・先輩
・スーツ好きおっさん
に感謝するような感情も出てきている。そぉいうのも書くのはよろしくないのだろうか?多分会社の事を書くのがダメなんではなく、人をネガティブに書くのがよろしくないのだろう。

また、プライベートでもよく指摘されるのだが
「確かに君の書いている事は事実だが、誤解を生みやすい内容だ」
とよく言われてきている。

先日は4年目女子に緩く苦情を貰った。
"しくみ作り実行隊" 発足!
で書いた
>"中指の立て方" を知っている人間である。
という部分。本人からすると「別に中指立てようと思ってやった訳じゃない」との事。確かに本人が意図的に中指立てたとも捕らえられる文章だ。よって注釈を入れました。

ま、こんな感じで、書いている本人は、事実と解釈を分別して書いているつもりでも、解釈が事実に滲んでいく読み方もあるので、誤解を生む場合もあるのは理解出来た。

このノリで自分が誰かのブログに書かれるとしたら
事実:"AZZLOは既存の代理店が嫌いで、いつまでも居れるような雇用でも無いと言っていた"
解釈:"AZZLOは近いうちに辞めるらしい"
現実に口コミでも起きそうな解釈の滲みっぷりはこんな感じだろう。

また、自分が話した事 が、めぐりめぐって聞いた話が伝言ゲームのように変化したという経験をした。
事実:"君はスーツ好きおっさんが言っていた様に、スカートの丈の短さしか求められてないんだよ"
解釈:"「お前はルックスだけで採用された」と言われた"
採用の決め手がなんだったのかは自分は知らないw しいて解釈違いをするならば、「今クビ切られないのは、スカートの丈が短いからイイ感じの妄想が出来るからだ」であるべきなのに!と、当時はうだうだ考えたw

そして!!!なんと今度は自分も解釈によって記憶が歪んだという経験をしてしまったw このリスクを避ける為に自分は極力ボイスレコーダーで会話を録音している。ある日部長と二人の仕事内容報告の際に
記憶:"お前にはおいおい辞めてもらいたい"
と言われたという記憶が出来ていた。ある日この事を部長に話すと「そんな事言う訳ないだろ!!」と言うので、念のため録音したデータを聞きなおしてみると・・・
・お前は1人でやってった方がいいぞ(独立しろ)
・お前とは長くはやれなさそうだな
みたいな発言は複数あったが(今聞き返した訳じゃないので、これも記憶だが)"辞めてもらいたい" は無かったのだ。

確かにこの会話を要約すると "辞めてもらいたい" というオチにはなりやすいのだが、(現在の "自分の判断" なのでフェアではないが)言った言わないで言えば言ってなかったのだ。

この記憶が歪んでしまったのは、自分が本社に出向してまだ半年ぐらいの時に、「お前とは外部の人間として付き合った方が楽しそうだな」と言われた記憶がある。残念ながら当時の日記にはその記録はなかったが、この記憶によって、"部長は自分と付き合いたくない訳ではないが、社内には居て欲しくはないと思っている" という解釈のベースが出来上がっていた。

更にあらゆる人に「なんでウチなんかに居るの?」や「いつ辞めるんだよ。お前の為に言ってるんだぞ」みたいな会話があったのも響いている。

その上で、「お前とは長くはやれなさそうだな」を言われたので、"お前には辞めて欲しい" という記憶が出来上がっていたのだ。

自分は10代の頃から 「斜め視点で物事見過ぎ!」と怒られる事もあったので、事実と解釈は分離するように注意していたのに、こぉいう事が起きたのだ。ボイスレコーダーのデータを聴きながら正直かなり耳から鱗状態であった・・・。

この件については、素直に部長には謝った。バイアス(解釈)がかかりやすい素材が多くあったとは言え、歪んだ記憶を作り誤解を深化させたのは自分であった。

これはボイスレコーダーの記録があったから検証が出来た。もしこのログが無かったら「部長は記憶力が悪い。都合が良いおっさんだ」となっていただろう。

このように、検証する為に精度の高いログは必要で、その為に日記を書いている部分はある。よく過去の記事を読み返すのだが

・うわ~恥ずかしい事言ってるな・・・w
・視点が低いな~

と正直赤面する事が大半だ。逆に

・鋭い視点で勢いあるな
と感じる場合もある。

読み返した時点での自分の解釈を試みて、新しい視点に気付いたりする事が多い。要は自分自身の把握である。よって、なるべく精度の高いログを残していく必要がある。日記の時点で既に解釈を通過した記憶であって、正確な事実は見えないが無いよりはマシだ。逆に当時の解釈が残っているからこそ価値がある部分もある。

3月の震災の時に少し話題になったが、"家等の資産を失った人が写真アルバムを見つけ出して、少し安堵の表情を浮かべた" という話がある。火事の時に何を持って逃げるか?という問いに "アルバム" というのは必ず上位だったような記憶もある。

何故人は過去の事実・記憶を振り返りたいのか?

1:当時のポジな出来事から、ポジな感情に染まる
2:当時のネガな出来事から、「あの頃は弱虫だったな」などと自分の成長を確認する

基本的行動はこんな感じじゃないだろうか?ポジもネガも自分の中で認めて、今後のポジを誘発しネガを回避させる材料として機能させようとしている気がする。

1はある種現実逃避に近いが、過去には現実であった。非常に精度の高い現実逃避なんだろう。
2は今の成長した自分から、未来への希望を感じれる行為な感じがする。

ライフログの進化として、記憶のコントロールサービス?的なものが作れないか?と考えて、部長への誤解確認以前に買っていた非常に面白い本がある。読書感想文はおいおい書くが

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1:作家や著名人でなくても、人は日々自叙伝を綴りながら暮らしている。生きるというのは自叙伝を綴ることだ。

2:過去というのは客観的事実ではない。客観的に自分の外にあるものではない。自分の記憶の中にあるものである。そこにあるのは、主観的な意味づけだ。

3:私たちが過去のできごとを思い出すとき、ビデオの再生のように過去に起こったことをそのままに再生しているわけではない。「あのとき」を現在に呼び戻しつつ、今の自分が生き直しているのである。「あのとき」のできごとを、今の視点で意味づけしながら、新たに体験しているのだ。懐かしく思うのも、悔しく思うのも、楽しかったなあと思うのも、紛れもなく今の自分である。

4:今の自分を説明するのに都合のよい記憶が選ばれて自己物語を構成しているのである。

5:記憶には自分を知るヒントがいっぱい隠されている。自分がどんなことをとくに記憶しているかを探ってみることで、自分がどんな人間で、どんな生き方をしているかがわかる。個人心理学を提唱したアドラーは、自分自身、そして自分が人生に与える意味を理解するための最大の助けになるのは記憶だと言う。

6:過去への評価は、中年世代の方が肯定的なものになっていた。青年の方が、思い出す過去は暗い内容が多く、過去を思い出すと気持ちが沈むことが多かった。

7:どんなに正直に書いたつもりの日記であっても、そこには他人向けのポーズが無意識のうちに入り込んでいるものである。~中略~ ある意味ポーズも含めて当時の自分をあらわしているものであり、日記は過去の自分と出会うことを可能にしてくれる記憶の貯金箱といってよいだろう。

8:私たちは、ともすると記憶は過去に属するものと考えがちだが、じつは記憶は想起している自分の視点から再構成されたものであり、現在に属するのだ。このことを忘れないようにしたい。

9:あなたの抱える過去の記憶は、ひとつのバージョンにすぎない。~中略~ それは、私たちの記憶は書き換えることができ、私たちは自分の過去を変えることができるということである。

10:振り返り方によって、同じあなたの過去から、何通りもの物語を生み出すことができる。

11:私たちは、目の前の現実を非常に主観的に記憶する。自分の感情状態に合わせて、現実を歪めて記憶するのだ。

12:全生活領域のできごとをすべて把握できるのは本人だけだ。その意味では、自分がどんな人間かは、ほんとうは本人が一番よく知っているはずなのだ。

13:なぜ過去を振り返って、あれこれ考えるのだろうか。それは、過去を整理しない限り、前に進むことができないからだ。果たしてこれまでの自分の人生とは関係なく、これから先の人生をどうにでもつくっていけるものだろうか。

14:未来に力強く向かっていけるような新たな自己物語の中に、悲惨な体験をうまく位置づけることができれば、気持ちは落ち着き、前向きになれる。

15:できるのは、素材を消したり取り替えたりすることではなく、素材のもつ意味を変えることだ。

16:視点が変われば、見え方が変わる。真上からしか見ることができないときには円に見えたものが、横からも見ることができるようになると円錐だったと気付く。

17:どんなに嫌なできごとにも、時間をおいてからじっくり検討してみると、意外にポジティブな面が見つかるものだ。自己物語面接を通してわかったのは、前向きに生きている人はネガティブな記憶をポジティブに読み替えるのが得意だということである。

18:過去を整理せずに前向きになろうとするのは、土台を固めずに砂上の楼閣を築くようなものだ。そんな前向きな姿勢には安定感がない。いつまでも過去の亡霊に脅かされつつ、過去の記憶にフタをして生きることになる。

19:記憶がぼやけることは、自分の人生がぼやけることを意味する。


付箋が付いた箇所の一部であるが、"記憶とは財産である" とも言える。(どっかに書いてあったかも?)

自分がネガな事を多く書くのは、自分の感情への疑いをかけれる履歴を残しておく事であり、過去を整理する材料として蓄積しておく必要がある為だろう。

そして視点を変えてネガな事実にもポジな要素があるという確認を行う事で、足踏み状態で実は進んでいないというような、勘違いを避ける為なんだろう。

これらをデジタルデータにせず、記憶のままにしておくのもありえるが、何時変化した、どう変化したという事は、自分では分からなくなる。得に、ネガな記憶は人は思い出せなくなるらしい。なので、脳意外にログ化しておく必要があると思う。

視点の切替に近いもので、同じものに光を当てても、確度によって、醜い影が出る場合もあれば、美しい影が出る場合もあると思う。あらゆる角度からライトを当ててみないと、どれが一番美しいか分からないのだ。故に当然一番醜い影も一度は出してみるという事だと思う。

自分の変えれない通常であればネガな事実として
・中学中退である。
・子会社が本籍である。
・生涯給与は、本社社員の半額程度であろう。※現時点で3割違う。
という事実に拘るのは、視点を変えれば、軽自動車でF1レースするようなもので、ドライバー(自分)の腕がよほど良くない限り、そもそもレース参加すら出来ないのだ。

故に特にネガ履歴は、ちゃんと自分と向き合う為に残しておく必要があると思う。おっさん達にネガ要素を感じたというのも、全て自分の履歴である。"しくみ作り実行隊" 発足! で書いたように、負の蓄積をして全て肥やしとして活用し、正を大きくする為に必要な行為だ。

自分は、「ポジ・ネガどっちの思考なのかわからない」とよく言われる。これは上記の発想が元であるし、更に初期段階でネガ方向に解釈する事で、最終的な肥やしの質の担保になるからだと思う。

丁度この記事を書いている最中、お世話になっているプロダクションさんから 永劫回帰 について教わった。"最高へは常に最深から" とあったが、自分はこれを意識しているんだろう。

という事なので、今後も会社での体験は日記で書くでしょう。ただし気をつけなければならないのは、解釈が含まれる記憶なので、誤解はあるかもしれないが
"誰がネガ(っぽい)だか特定出来る書き方は避けよう"
という事だと思う。

具体的には、部長、先輩、スーツ好きおっさん、ではなく、まとめて "偉いおっさん" として書こう。どのおっさんだったかは、自分が特定出来れば、この日記の機能としては十分。自分は誰がダサいとかを広めたい訳では全くなく、自己確認・検証の為のログ化の為に書いているので、これで十分だ。

最後に、今までネガ方向で書く事が多かった、おっさんお三方へのポジな感情をログ化しておこう。

・部長
自分にも記憶のすり替えが起きる事を体験させてくれた。誤解を深化させてしまったのは残念だが、自分が能動的に動く(期待されている領域と違うかもしれないがw)環境作りはして頂いていたと思う。

補足すると、会社のマネージメントがダサいという様な記事については、確か部長の事を指していた感情はなかったと思う。会社全体の座組みについての感情だったと思う。その上で色々フォローして頂いていたように思う。

・先輩
何度か「もう辞めろよ!」と言われた事があるがw 先日問題が降りかかった際に、色々とフォローしてくれた。理解者が居る事を知って精神的に凄く助かった。

・スーツ好きおっさん
「もう辞めます」とか言ってはいないのだが、その可能性を感じて動いてくれた。「お前には居て欲しいと思っている」と言ってくれて(あくまで自分の記憶だが)喉の魚の骨が取れたような思いだった。

自分はまだこの場所で筋トレしたいので、自分が動きやすい環境を整える動きをして頂いているのは本当にありがたい。ビジネスとして考えたら1人でも辞めてもらう必要がある状況であるにも関わらずだ。(自分の年収だからこそ、まだキープする駒であるという判断はありそうだがw)

人間同士のコミュニケーションなので、ポジネガ両方あるが、今まで書いてきたレベルのネガについては、すぐにそのまま履歴化するのではなく、ポジはどこに含まれるのか?一度考えてみる癖をつけてみても良い気がする。ネガのベースは人には真似出来ない程、なかなか強固であるw ので同じレベルで積み重ねる必要は無さそうだ。


2011年10月14日

偉いおっさんとランチに行った

勝ちたかった競合コンペで勝った!!
のプレ前だが、とある偉いおっさんがランチに誘ってくれた。赤坂 ひかわ

秋は憂鬱 で書いたように、季節の変わり目でどよ~~んとしていた自分を見て、「なんか元気なさそうだと思ってさ♪」という緩い誘いであった。

相当偉いおっさんなのだが、自分なんかに時間を割いてもらえるのは有難い。・・・普段であったら「ぺ~ぺ~の自分なんかに意識取られてないで、儲かるビジネスモデル作るのに頭使ってくれよ!」と思うのだが、何故かこの偉いおっさんに対しては思わないな・・・。

ランチと言えど3000円以上しそうな高級弁当。「遠慮しないで食べてね♪ あ、オレ毎日こんなの食ってる訳じゃないからね!」と言われて、「毎日じゃないにせよ、週2ぐらいは食ってるのか」と思ったw ま、偉いおっさんが、チェーン系牛丼屋から出てきたら幻滅だw むしろ毎食であって欲しいぐらいだ。

現在の生活環境や軽い生い立ち、そしてライフログの話等をした。
「1億のプレ案件頑張ってくれたまえ」
「○○のやり方はどうかと思うぞ」
とか、その手の話は一切無かったw

しかし、自分のご飯が無くると同時に店員を呼んでくれるわ、「ちょっと席離れる」と言って会計を済ませてる等、非常に紳氏でスマートであった。

立場が違うし余裕があるから出来る事とは言え、無言でアドバイスを貰った感じだ。それがまたスマートだった!!

"記憶=事実+解釈" であるが、この事実を緩くする事で解釈にも幅が出る。ダメな人には事実をピント合わせないと伝わらないであろう。

しかし場合によっては「それはあなたのジャスピンであって、自分は違うもん!」と反発を食らう場合もあるだろう。彼の意図とは違うものにピントを合わせるかもしれないが、自分でピントを合わせる努力をする為の、被写体と構図のヒントを貰った感じだ。

自分のコピーを作る為のマネージメントではない、素敵なマネージメントを体感出来た。


偉いおっさん達が握手しに来た

勝ちたかった競合コンペで勝った!!
で書いたように、モチベーション高かった案件で勝つ事が出来た。

会社に出社してみると、普段は見かけない偉いおっさん達が、賞賛の声がけと握手をしに、自分の席に来てくれた。

素直に人として有難いとは思うが、1億の案件でも最終的に残る金はたかがしれてる。一応案件単体では黒字案件にはなるだろうし、WEBだけで1億は確かにでかい部類だが、CM打つような案件であれば、むしろ小さい案件だ。労力と利益のバランスとしては、日常的にこれぐらいは維持しなければならないレベルだと思う。

9社コンペという確立が低い案件で勝った故なのか?1億という金額故なのか?どっちなんだろう?ま、なんであれ、自分としては、してやったりである。

4年前、自分が本社に合流した時に、パーカーのフード被ってデスクに居た姿を材料に「あいつは事件を起こす危険な人物だ」と言った偉いおっさんが居たらしい。

「あんたの予想通り事件起こしてやったよ!」
そんな心の叫び全開中ですw

ビジネスとしては、このぐらいの案件は2.3ヶ月に1回は取らないと成立しないビジネスモデル。10月で5年目に入ったので、まだ4年に1度のペースという計算になる。そもそも1億のWEB案件なんてそうそう存在しないが、"ウチでも、自分でも勝つ事もある" という事を体験した今後は、少し勝率や金額も意識してしまうかもしれないな・・・。大人になりたくないな~w

メディア代や他部署での計上もあるので、自分の換算じゃない領域もあるが、今期に確定している売り上げは

・今回の案件(メディア代含む)
1億

・他の案件1(WEB制作費のみ)
400万ぐらい

・他の案件2(メディア代含む)
6000万ぐらい

・他の案件3(WEB制作費のみ)
300万ぐらい

・その他細かいの
300万ぐらい

1.7億の売り上げには関与した(する)事になる。マージン10%として1700万の利益。10人が1/3の時間を使っていたという想定で、3で割ると約560万。3人がフル稼働したという想定も出来るので、1人当たりの雇用経費を考えると、会社への上納金を踏まえて、1人年収500万以上では成り立たない計算だ。

本来売り上げは、この倍はないとビジネスとしてはダメだな。一応下期が終わったばかりなので単純計算では、倍になると言えばなるが・・・w

300万の製作案件でプレで勝つ事によって、管理画面上、10%マージンで30万利益が残ったように見えるような案件は、現在のビジネスモデルの上では赤字だ。1億の売り上げがポンと来ても計算上厳しい。良くて+-0だろう。

・・・という事なんで、やはりライフログなり、メディアマージンではない、ビジネスモデル・インフラは必須だという考えはより強くなるなぁ。

ま、とりあえず既存の代理店ビジネスをもっと上手くこなしつつ、次の構想は固めていこうと思います。


2011年10月07日

勝ちたかった競合コンペで勝った!!

3月末に提案予定だったが、震災でプレそのもの無くなった案件が、秋になって復活!

ウチは当てにいっても、どうせ看板負けする会社。同じ提案内容だったら電通とやるのが得意先の心理だ。なので、どうせ負けるんだから、バントではなくホームランか三振か?という方向性でプレをした。

当初、アヴァンギャルドな方向性だったので営業とは揉めまくった。「面白いのは分かるが、そんなもの持っていけるか!!」と怒られたりもしたので、「だったら他の人とやって下さい。そんな言い方するなら自分は降りますよ」とまで言っていた。(ほぼ全営業に言うセリフだがw)

リスクがあるのは理解しているが、ポジが大きい方向性だったので、何度も調査資料を探し出して理解を求めた。最終的には、自分よりも営業がノリノリになっていたw

元々11社参加予定だったのが2社辞退して9社による入札。大概3社か4社による競合なのだが、9社ともなると、非常に可能性の低いプレである。だからこそ、ブっとんだ提案にした。

ある種、以前から車を持っていて車の買い替えを検討している人にバイクを売ろうという様な方向性だ。

・あなた家族いないでしょ?
・雨降らないよね?
・駐車場ないでしょ?

バイクなら風も気持ちいいよ!

そんな感じの提案だ。

この方向性はA案として春に骨格は作っていたが、新たにB案として出した緩い方向性も、得意先の本質と被る面もあって、2案とも自分の切り口で提案した。

WEBだけの提案なのに150Pの企画書になって、最後の製本作業が手間取ってしまったw

ただでさえプレは緊張するのに

・入札説明会の時に1回しか行ってない。
・クライアントと喋った事ない。
・メディアプラン以外は、頭から尻まで、9割自分がプレする。
・典型的な大企業の大会議室。
・WEBだけで1億円の案件。
・他店がやった過去施策は大成功している。
・勝ったら確実に自分の代表作になる

という、アガる要素満点なプレw

前日から徹夜作業をし、早朝にメンバーに対してプレリハはした。まぁ、条件からすれば、落ち着いてプレは出来たかな?

プレ後の質疑応答では、興味があるが故、生まれるような質問もあった。まぁプレ後の直感はあてにならないのだが、とりあえずやりきった!メンバーと握手をし、爽快感満点で会社に戻った。

翌日(10月7日)になり、朝に営業から
「ウチは最終選考に残っている。今日、質問に答える為に得意先に行くかもしれないから、時間空けておいてくれ」との事。まぁここまではよくある話で、最後に負ける事も多々あるw

あまり期待せずに、別件の打ち合わせで外出したまま、自宅で待機する。

徹夜と部の歓迎会(10月から隣の部に異動になった)が重なっていたので、待機のつもりで寝てしまったが、営業からの電話で起きる。

「プレの結果出ました。・・・勝ったよ!!!」
との事。「やったぁ!!!!」と自分らしからぬw 感情剥き出しで叫んでしまったw "果報は寝て待て" であるw

9月までお世話になった部長からも電話を貰う。
「やったな!!これで漢になったな!!」
と言葉を貰った。

今までの案件では、勝っても負けても、「まぁそぉいう事もあるよね」という感情でしかなかった。ぶっちゃけ、多くの人の意見が入る競合プレでは、自分の要素が薄いし予定調和な内容になりがちだったからだ。集団で居る事のデメリット満載なのが、ウチだw

しかし今回は2方向ともに自分の切り口。個々を薄まされるのではなく、濃くする為に各メンバーが動く事が出来た。これは当初は揉めたw 営業のハンドリングによるものだ。

結果はA案で勝った。この方向性を確実なものにしてくれた、プロダクションにも大変感謝!!!さっそく電話でプロデューサーとディレクターに連絡。ディレクターさんは結果の後、2秒程固まっていたw

この会社とは3案件目のプレで、過去2案件は負けているので、プロデューサーさんは「AZZLOさんと始めてから、もう1年ですからね!いい加減勝ちが欲しい所でしたよ!!」と、感想を貰ったw

ジョブズが亡くなった当日のプレで "Think different" な方向で勝つ事が出来た!!!中学中退の自分(中学二年の途中までしか行ってない)が電通の高学歴・高収入の連中に勝ったのだ!!!

不気味な笑みでこの勝利を噛み締めてます!!

とりあえず一人星子で乾杯!!

2011-10-07 21-01-46

~2006/12 ~2005
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